僕と葉巻とS君と
今夜はキツイ事を思い出したので書いてみますた。
僕と葉巻とS君
皆さんは葉巻に対してどの様なイメージを抱くだろうか?
お金持ち?
悪役?
男らしさ?
僕は葉巻を嗜むのだが、僕のイメージでは大人の男が癒しを求めて煙を燻らせるのが葉巻のイメージである。
よって僕の様なおちゃらけた男が葉巻を燻らせるのはビジュアル的にも自分で許せない物があり、僕が葉巻を嗜んでいるのは「誰も知らない知られちゃいけない」事実として頑なに伏せていた。
当然誰にも内緒の秘密の趣味であれば、自宅でこっそりと葉巻を咥える事が多く。自宅でこっそりと嗜む趣味であればリラックス出来る部屋着などで、リラックス出来る場所で自分勝手に葉巻を咥える事になる。
結果として自宅のベッドサイドに腰掛けて、缶チューハイを啜りながら録画したアニメを消費するステテコ姿の葉巻を咥えたバカボンのパパが出来上がるのである。
なので、なおの事他人には言えない趣味になって行くのだ。
最近ではとても良い仲間に巡り会えたおかげで月に一二度、行きつけのバーでマスターも交えて葉巻とウヰスキーを嗜む会を催して、僕の秘密の趣味は段々と皆んなとの共有の趣味になり、葉巻を咥える事の見栄や理想の様な物は形を潜めて行った。
葉巻を知らない人は、葉巻の事を煙草の上位互換とか高級な煙草の一種とかと考えている人も少なくないと思うが、煙草と大きく違うのは煙を肺に入れずに芳香や味を楽しむのが葉巻だと僕自身は思っている。
なので、よっぽど煙が嫌いな人以外は葉巻を楽しむ事が出来て、葉巻の世界を覗き見る事が可能である。
近年は女性の愛好者も多く。太い葉巻に大きな口を開けて咥え込む事を嫌った女性の為に、吸い口を切り取るカット方法も色々と増えている。
スタンダードな物はフラットカット。ギロチンカッターと呼ばれる器具でバサリと切り落とした直径二センチ弱の切り口を、口の中に突っ込んで吸い込む男らしい切り口。
女性に人気の切り口がパンチホール。乱暴に説明すると少し太めの針を突き刺して穴を開けて、フレンチキスの要領で葉巻に吸い付く女の子らしいキュートな吸い口で口紅が付きにくい。
他にもキャッツアイ等もあるがここでは解説は控えておくとする。
人によって葉巻の何処が好きなのかと問われれば答えは千差万別であり、その答えを統一する為には流血覚悟の殴り合いが必須であるが、ここに僕の僕の個人的な意見を言わせてもらうのであれば「味」である。
当然香りも大事であるが、僕個人の葉巻におけるウエイトは「味」が占めているのだ。
前置きがかなり長くなってしまったが、今日は何故僕が葉巻の味に拘るのかを少し語って行こうと思う。
知っている人は知っていると思うが、この頭の悪そうな文章に反して僕は結構なおっさんである。
僕が初めて葉巻と出会ったのは昭和後期、今から数十年前に遡る。
当時僕の通っていた学校は生え抜きのバカが通う学校であり、入学式当日校門の前でお出迎えしてくれたのは変形学生服の中は素肌に白いさらし、若しくはラメ入りの腹巻きでコーディネートされた先輩達一同であり、入学初日から真剣に退学を考えてしまうこの世の楽園に僕は足を踏み入れてしまった。
全校生徒の喫煙率は生徒目線で控えめに言っても八割を超えるこの学校に、ある日一人の転校生が現れた。
転校時期としても中途半端な時期だがその辺の理由はあまり頭の良くない僕にとってはどうでも良い事であり、その転校生の趣味がガンプラであった事に夢中になっていた。
その転校生を仮にS君とするが、彼とのガンプラ談義はとても楽しく。少し都会から来たS君の世の中を少しハスに見た感じのトークがとても楽しくて、とても新鮮で、学校の行き帰りは何時も彼と肩を並べて歩いたものだった。
そんなある日彼の部屋で二人きりで何時もの様にガンプラ談義に華を咲かせている時に、S君が不意にアルミ製の円筒形の筒を僕に差し出して来たのだ。
「八田君葉巻って吸った事、あるかい?」
僕は通っていたバカ学校にそこそこ染まっていたが、S君の以外な言葉に少し戸惑っていたら、彼は慣れた手付きでアルミ製のチューボから喫いかけの葉巻をシュルリと取り出して、先端をライターで炙り始めた。
「葉巻はね、キチンとした手順で火を消せば嫌な臭いも残る事なくまた途中から吸えるんだよ」
煙草とはまた違った手順で葉巻に火をつける彼の手元に見入っているとニコリと微笑みながら吸い口を僕に差し出した。
「肺に煙を吸い込む必要は無いよ。香りを楽しむだけで良いんだよ」
今まで同じステージに居た筈のS君が、突然大人のステージ上からグルーピーに手を差し出すかの様に葉巻を差し出したのだ。
僕はS君に負けたくないと言う気持ちもあり、葉巻をパクリと咥えた後にスパスパと吹かし始める。
「ああ……とても良い香りだね、高級な感じがするからとても高価なんだろうね」
僕は香りから察する経験も無いのに、アルミ製のチューボから察した感想を述べてしまう。
「ううん……きっと高いんだろうね……貰った物だから……」
S君は言葉を濁すが、僕がその言葉を疑問に思ったのが顔に出ていたのか、S君は言葉を続けた。
「それより八田君。自分の唇を舐めてごらんよ」
僕はS君に即されるままに自分の唇をペロリと舐める。
「美味しい……」
初めて葉巻に目を向けて心からこぼれ落ちた感想を聞いてS君は少し嬉しそうに微笑んだ。
「それが葉巻なんだよ」
これが僕と葉巻のファーストコンタクトである。
その後S君は物腰の柔らかさと、隣を歩いていると間違った風を装って手を繋いで来ると言う嫌がらせを校内の不特定多数の男子相手にやらかした事により、ホモ疑惑が持ち上がり校内男子からアンタッチャブルな存在と化してしまう。
去年行われた同窓会にて彼の本名を出して、その行方を数十年ぶりに顔を合わせた同級生に尋ねて見ると、全員が「誰それ?」「そんな人居たっけ?」と言う返答であった。
僕は随分と変化球気味のイマジナリーフレンドを持っていたのかと軽く自己嫌悪に陥りそうになりながら、彼のアンタッチャブル時代のニックネームで尋ね直してみた。
「ああ!S君?!」
彼の本名は誰も覚えていないのだが、S君のニックネームは数人覚えている人が居て少しホッとする。
しかし、その後や行方は誰も知らず。あろうことか卒業式に彼が居たのかも解らないのだ。
昭和の時代LGBTなんて言葉も無かった時代。
少しの誤解から同性愛の疑惑を持たれてしまうだけで罪人扱いを受けたあの時代。
彼は本当にゲイだったのだろうか?
僕は今夜も葉巻の吸い口をギロチンカッターで切り落としながら考える。
思い起こせばやけに中途半端な時期の転校生。物腰が柔らかい。一緒に歩いていると手がぶつかる。
これだけのデータで彼はゲイ認定を受けてしまった。
彼にとっては残酷なのかも知れないが、思春期を迎えた男の子にとっては防衛本能だったのかも知れない。
だが本当にそれで良かったのかと大人になった今、葉巻の吸い口に思いを寄せる。
当時は都会にしか置いていなかったアルミ製チューボに収まった高級な葉巻を誰がS君にプレゼントしたのか、味や香りは当時の記憶を蘇らせるが、あの時吸った葉巻の味は未だに忘れられないし、これから先あの時の葉巻を超える物と出会える気はしない。
そして今夜また一つ当時の記憶が蘇ったのでこのエッセイを書いてみた。
「あいつの差し出した葉巻はパンチホールだったなあ……」