悪役令嬢から見た世界
この国は、変わっています。
生まれついての身分制度のもと、貴族は平民や奴隷をまるで家畜のように見下しています。平民や奴隷たちもまた貴族を神のように畏怖しています。
私たちは皆同じ人間だというのに、なぜでしょう。
貴族たちの横暴は、とどまるところを知りません。
民に平気で重税を課し、気に入らない領民は領主裁判権で処刑。
民が汗水流して働いている傍らで放蕩に耽り、気に入った女性や男性はたとえ相手が既婚者でも召抱えます。
ただ、生まれた家がたまたま貴族というだけで。
彼らは同じ人間を、虐げるのです。
貴族の長ともいえる王族さえ、それを平然と行います。
本来なら、彼ら貴族を叱責し、民のための国をつくるべき立場なのに。王も皇后も王子も王女も。皆、そんなことはこれっぽっちも頭にありません。
むしろ、国の頂点である自分たちに周りが奉仕するのは当然と考えています。この国全てが自分たちのものであり、そこに住まうものは人も家畜も等しく自分たちのものだと。
周りのプライド高い貴族たちさえ、その考えには些かの疑問も持ちません。
かくいう私も、昔はその中の一人でした。
平気で領民を傷つけ、気に入らない使用人はクビにし、自分より格の低い人間には見向きもしませんでした。
ですが、私が10になった頃。ある転機が訪れたのです。
熱病に倒れた私は、ベッドの中で唐突に《前世》を思い出しました。前世では、私は地球という星で日本人女性としておおよそ30年間生きていました。
今の私の人格は、どちらかといえば彼女に近いでしょう。
10歳以前の記憶ももちろんありますが、それは実体験としてではなく、どこか他人事のように思えるほどです。
そして、私はその前世を思い出す過程でとんでもない事に気がついてしまいました。
それは、この世界がとある恋愛ゲームとそっくりだということです。
私は焦りました。それによれば、私の婚約者である殿下はヒロインと恋に落ち、私は二人の恋路を邪魔する悪役令嬢なのですから。
ルート次第では国外追放や、幽閉、処刑なんてものまであります。
こんな歳で死にたくない!前世の分まで、今度は長生きしたい!
そう強く思った私は、バッドエンドにならないよう様々な努力をしました。
民を苦しめ賄賂にまで手を染めているお父様を諭し、女性や平民を軽視しているお兄様には平等を説き、散財の限りを尽くしているお母様には民の暮らしの大変さを説きました。
ヒロインと仲良くなってゆく殿下に対しては、邪魔をせず、けれど婚約者としてしっかりと真正面から接してきたつもりです。
しかし、結果はどれも上手くはいきませんでした。
どうしてでしょう。
どうして、誰も私の意見に耳を傾けてくれないんでしょう。理解してくれないんでしょう。
私は、正しいことを言っているのに。
幼い時はあんなに輝いて見えた王子も、今やすっかり色褪せてしまいました。
彼と話すたび、その価値観の違いに驚かされます。
普段は女性にも分け隔てなく優しいのに、ふとした拍子、民衆だけでなく貴族の私たちまで見下しているような節があって、私はそれがとても悲しかったのです。
でも、彼はそれを指摘するとキョトンとした顔をします。
まるで、私が訳の分からないことを言っているとでも言いたげに。
私の考えこそ間違っているように。
…いいえ。そんなはず、ないわ。
間違っているのは私じゃない。
私に共感しない、そっちですわ。
だって、そうでしょう?私は、この世界よりずっと進んだ国で過ごしてきたのだから。
電気も石油も無ければ、民主主義や人権なんていう基本的な道徳心もない彼らを、私は正しく導いてあげなければならない。
えぇ、そうよ。それ以外に、どんな答えがあるっていうの。
私は、間違ってなんかないわ。
なのに。
どうして?
どうして、誰も私に手を差し伸べてくれないの。
「エリザベス。お前には失望した。まさか家出を企てていたとはな。ルーカスが伝えてくれなかったら、どうなっていたことやら。」
「るー、かす?な、なんで。裏切ったの?」
「裏切るも何も、俺の雇い主は最初から旦那様ですから。」
奴隷として野垂れ死にそうになっていたところを拾ってあげた彼が、可笑しそうに私を見る。
なぜ。
なぜ。だって、こんなのおかしいでしょう?
彼が、私に感謝するんじゃなくて。よりによって、お父様に告げ口するなんて。彼が今生きているのは、私のおかげなのに。
「もう、お前を更生するのは諦めた。好きに出て行くがいい。ただし、此処を出たら最後、お前は二度と公爵家の名を名乗るな。」
お父様が、冷たい顔でそう言う。その物言いでは、まるで私が公爵家の地位に執着しているみたいだ。
なによ。私ばっかり、こんな目に遭うなんて可笑しいじゃない。これもゲームの強制力とでもいうの?
別に、公爵令嬢の地位だって私が望んだわけじゃない。
私は、ただ自由に生きたいだけ。御付きなんていらないし、掃除や洗濯なんて一人でも出来るわ。フリルのついたドレスも必要ない。
家格に頼らなくたって、生きていけるのよ。
私はキッと目の前の男を睨みつけた。
「そうですか。では、公爵様。もう二度と会うことはないでしょう。私は此処を出て行きますわ。さようなら。」
私は、貴方達とは違う。
一人で、生きていける。貴族じゃなくても生きていけるの。
あぁ、此処を出たらどこに家を持ちましょう。多少狭くたって構わないわ。けど、お風呂には浸かりたいわね。
仕事は女性だとすぐには難しいかもしれないけど、選り好みしなければ必ずあるはず。
お父様たちからは理解されなかった新しい農法や私の持つ進んだ知識はきっと役に立つでしょう。農村に行って、スローライフを楽しむのもいいわね。
もしもの時は、隣国に行きましょうか。ローランド王太子殿下とは仲が良いから、きっと助けになってくださると思うの。
考えただけで、胸が弾む。私は、悪役令嬢として死ぬかもしれないと言う恐怖から、今やっと自由になれたのだ。
そうよ。
私は、生きていける。彼らに助けてもらわなくとも。贅沢にしがみつく彼らとは違うもの。
私は、平民の気持ちが十分分かっているし、一人で自炊してた記憶もしっかりある。何より、前世の記憶があるのだから。
だから、大丈夫。
きっと前みたいに、楽しく暮らせるわ。




