王太子から見た悪役令嬢
久々に見る隣国の城下町は、相変わらず活気付いている。
あいつも一緒に降りてくれば良かったのになぁ。
我が友アレクセイがこの場にいない事が残念で、俺はつい溜息をついた。
ま、俺ってば嫌われてるから仕方ないか。
意外と女に優しいからな、あいつは。
女の扱いが適当な俺と合わないのはしょうがないっつーか。
「殿下。なりません。この先は、治安が悪うございます!」
「大丈夫だって。何回俺が此処にお忍びで来たことあると思ってんの?良い店があるんだよ、美人ぞろいの。お前にも紹介してあげるからさ。」
「で、殿下!お待ちください!」
「俺を守るのもお前らの仕事だろ〜。」
すいすいと進む俺を、後から護衛が着いてくる。
さーて。今日はどの娘にしようかな。
黒髪のエキゾチックな子?それとも、胸の大きな子?あえて肌の黒い子もいいかも。
そんな事を思いながら、娼館の門をくぐろうとした時だった。
「ろ、ローランド王た…様!」
「あ?」
突然、見窄らしい女に声を掛けられた。
ボロボロの服に、あぶらぎった髪の毛。垢まみれの肌はどう見ても、その辺の浮浪者だ。いや。此処にいるということは、娼婦か。
こんなんで客がつくとはとても思えないケド。
世の中、色んな趣味の奴らがいるんだね。俺もまだまだってことかな。
「ローランド様、如何なさいますか?」
警戒した様子で、隣に控えていた護衛のウィルが俺の指示を仰ぐ。
当たり前だ。どう見ても貧困層の最底辺にいるような女が、俺の姿を見て正体を言い当てたのだから。
刺客か、それとも別の何かか。
どちらにせよ、只者じゃない。
めんどくさいなあ。
折角、遊ぼうと思ってたとこなのに。
ただの庶民なら、そのまま斬り殺してたのになー。アレクセイからは後で小言いわれるだろうけどさ。
「うーん。あんまり、他国で問題は起こしたくないしね。君、何か俺に用?なんで俺の名前知ってるわけ?」
「お、覚えていらっしゃらないのですか。」
「はぁ?お前みたいな浮浪者、覚えているわけがないだろ。」
そう言うと、女は傷ついたように瞳を潤ませる。
この間抜けな感じ、どうも刺客には見えない。だとすれば、どこかの御令嬢か?俺の知り合いって、貴族しかいないし。
いや。でも、こんな所に子女がいる理由が…
あ。思い出したかも。
「もしかして、エリザベス?」
「そ、そうです!エリザベスです!」
「あー、はいはい。なるほどね。」
噂には聞いてたけど、ここまで堕ちちゃってたんだぁ。
こりゃ、アレクセイに土産話が出来たぞ。後で、社交界でのネタにしてやろう。
それにしても、酷い格好だ。
改めて彼女を見る。
きっと騙されて身ぐるみ剥がされたか、あるいは仕事にあぶれたんだろう。目の前のエリザベスは、宮廷で見たときの華々しさがカケラも見えなかった。
彼女は“自分はもっと質素な暮らしで十分”ってよく言ってたけど、所詮現実はこんなもんだよね。お嬢様で、体力も技術もない彼女にできる仕事っていったら、さ。
ぼーっとしていた俺はそこでやっと、目の前の女が泣いているのに気がついた。
え。なに。なんで泣いてるわけ。
「わ、私…実は婚約を破棄されたんです。それで、お父様から修道院行きを命じられて、それが嫌で家出して。」
「あーうん。知ってる。そりゃもう噂になってたしね。」
大貴族の御令嬢が家出がバレて勘当されたというのは、当時社交界で大きな話題となった。もちろん、世紀の滑稽話として。
もっと詳しい噂によれば、どうやらその家出がバレた原因というのが、彼女が昔拾った従者の密告だというのだ。
それ見たことかと周りの貴族は全員したり顔だった。
平民は、とりわけ奴隷は生まれついて卑しい性根を持っている。どんなに外面を取り繕っても、それは消せない。
奴らはいつだって、虎視眈々と、貴族へ反逆の狼煙を上げる機会を狙っている。
だからこそ、俺たちは常に気をつけなければならない。
決して、奴らが反抗心などという愚かなものを持たぬよう。豊かな暮らしをしたいなどという、不相応な思いを抱かぬよう。
徹底的に“身分差”という秩序を、その身に叩き込む。
そうして初めて、愚かな大衆は国として纏まることができるのだ。
「で?俺に何の用なの。買ってくれっていう頼みなら無理だよ。」
凄く汚いし、性病に掛かってそうだし。
とは、流石の俺も空気を読んで言わなかった。
はー。やっぱ俺って女の子には、甘いんだよねぇ。浮浪者同然の女にも気を遣っちゃうなんて。我ながら情け無い!
「い、いえ。そうではなく…つい、お見かけして声を掛けてしまっただけなのです。」
「あ、そう。」
「お、お待ちを!あの…ローランド様さえ良ければ、また会ってくださいませんか?」
「…君さぁ。」
おどおどと俺に話しかけるエリザベスには、呆れを通り越して感動すら覚える。
なんて図々しい女だろう、と。
確かに彼女がまだ貴族だった頃、俺たちはそこそこ仲が良かった。
一緒に乗馬をしたり、文を交わしたり。悩みを打ち明けたり、愚痴を零しあった事もある。陰じゃ、俺たちが男女の仲なんじゃないかって勘繰る奴らも居たほどだ。
でも、それらは全部前提があってのこと。
「俺を誰だと思ってるわけ?身の程を弁えなよ。」
アヒルと白鳥が友達になれるわけないんだから。
エリザベスの目が大きく見開かれる。綺麗なグリーンの虹彩が、キラキラと瞬いた。
こうして見ると、やっぱり彼女の外見は素晴らしいね。今は汚くて触る気も失せるけど。
あーぁ。どうせ平民に堕ちるなら、その前に一発ヤらせてもらえば良かったかも。アレクセイだって、こっちが相応の利益を提示すれば、喜んで差し出してくれただろし。
勿体ないことしちゃったな。
「ど、どうしてですか。私たちは友達だったでしょう。あれは、全部嘘だったんですか…!」
「ウィル〜、早く行こう。あとコイツ五月蝿い。」
「畏まりました。直ぐに黙らせます。」
「な、なに。や、やめて!来ないで!ローランド様、助けてください!」
びしゃ。白い通りが、赤く染まる。
動かなくなった死体を横目に、俺はついにある決意を固めてポンと手を打った。
うん。今日は、金髪の子にしよう、と。




