表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢のズレた世界観  作者: 蒼井空
3/5

従者から見た悪役令嬢



「お父様!婚約破棄されたって、本当ですの!?」


「あぁ、そうだ。今朝方、王城から正式な通告があった。」


「や、やりましたわ!」



悲壮な顔をしていらっしゃる旦那様の横で、お嬢様はにんまりと口元を歪めなさっています。

俺は、思わず呆れてしまいました。


彼女は、事の重大さに気がついていないのでしょうか。

だとしたら、本当に“愚か”としか言いようがありません。



「エリザベス。お前にはもはや、良縁は望めまい。3日後、修道院に行ってもらう。その方がお前の為にもなろう。」


「分かりました。」


「話は以上だ。出て行け。」



彼女は軽やかな足取りで部屋を出て行きます。反対に、俺は鬱々とした気持ちでした。

なぜって?そりゃ、そうでしょーよ。


折角、この馬鹿女に媚びて媚びて媚びりまくってきたっていうのに。この女は皇太后になるどころか、修道院送りになっちまったんだから。


あーぁ。俺の今までの苦労は全部水の泡かよ!



「ルーカス。さっきの話は聞いていたわね?」


「はい、お嬢様。」


「でも、私は修道院なんかに行くつもりはないの。私は、平民として生きていくのよ。ずっと、普通になりたかったの。」



何を言っているんだこの女は。


俺は生まれて初めて、仮にも貴族相手に本気の殺意を覚えました。

この女は、毎日どれほどの人間が死んでいるのか知らないのだろうか。病気や飢餓、凍死や殺人。ほんの少し裏通りに行っただけで、死体がゴロゴロ転がっている。



平民は、貴族とは違うのだ。


暖かなベッドは勿論、穴の空いていない壁すらない。

一日中働き続けても、粗末な食べ物をたべ、病気になっても薬一つ買えない。田舎の方では、不作の年は子供を口減らしに売らなければならないし、都会の方では、女は身体を売らなければ一人で生きる術もない。


それを、なりたかっただと?


毎日毎日毎日。シーツのあるベッドで寝て、一日三食も食事をしていたお前が?病気になった時には医者を呼んでもらえたお前が?所詮は庭いじりしかした事のないようなお前が?


冗談じゃない!

どれだけ、俺たち平民を馬鹿にすれば気が済むんだ。



「幸い家督はお兄様が継いで下さるし、この家は私が居なくとも十分に繁栄しているわ。だから、今度は私の番。私、此処を出て街で暮らそうと思うの。」


「…家を出るという事ですか。旦那様の許可も無しに。」


「そういうことになるわね。ねぇ、ルーカス。貴方も、一緒に行かない?此処にいたって、どうせお母様たちにいびられるだけでしょう。自由に生きてみたくはない?…まぁ、決めるのは貴方次第だけどね。」



ダメだダメだダメだダメだダメだ。


俺は、この能天気女を殴りたい衝動を抑えるのに、必死でした。


なにが、自由だ。なにがいびられるだ。

俺が、お前の何倍苦労して今この地位に立っていると思っているんだ。どれだけ貴族に媚びへつらって、此処に立っていると思っているんだ。

お前は何一つ知らないだろう。奴隷が、ここまで這い上がるのにどれほど危険を冒してきたかなんて。


どこかニヤニヤとした面構えのエリザベスが、心底気持ち悪く思えました。

まるで、自分の言葉こそ真理だとでも言いたげな顔。

俺が同行することに、些かの疑念も覚えていないようでした。



「嫌です、俺は残ります。」


「え。な、なんでかしら。」


「俺は、平民になんてなりたくない。そんな所で止まりたくない。もっと、もっと上を目指したいからです。」



信じられないような顔をするエリザベスを見て、ほんの少しだけ胸が空きます。


こいつに拾われた時、虐待の酷い主人から逃げてきたと言ったがそれは違います。真っ赤な嘘です。

俺の前の主人は、とある伯爵家の当主でした。

彼もこの女のように変なことをほざく奇人で、周りからは常に孤立していました。

たしか俺を買った時も、奴隷制度に反対だの何だの言ってたっけ。


そこでの生活は、なかなかに快適でした。だが、それじゃダメだ。

俺はもう二度と、奴隷時代のような生活には戻りたくなかった。すぐ目の前にあるような、貴族たちの生活が眩しくて仕方なかった。

俺も、ああいう風になりたい。綺麗な服を着て美味しいものを食べて、お風呂に入って暖かい寝床で寝たい。



そう思うのは自然な事でしょ?


もう、決して誰にも虐げられないように。

虐げる側の人間に、俺はなりたかった。



だから、あの日。

主人の財産を奪って、数人の仲間と共に俺は屋敷から逃亡しました。

その金を元手に、商売を始めるつもりでした。

うんと大金持ちになってやる。そう思っていました。

ところが、計画は失敗。俺は途中で仲間に裏切られ、道で野垂れ死にそうになっていたところを、偶然にもこいつに拾われたというわけです。


その時やっと俺は悟りました。

違う、成り上がりたいのなら逆らうのではない。“貴族に媚びへつらう”事こそ、成功への近道なのだと。


「こんな所で終わってたまるか。俺は、成り上がりたい。例えどんな事をしてでも。登りつめて、もう二度とあんな惨めな生活には戻らない。」


「ちょ、待って。どこへ行くの?」


「出ていくというのなら、どうぞご勝手に。俺は旦那様から給金を得ているのであって、貴女の僕ではありませんので。失礼します。」



焦った声を無視して、扉を閉める。

もはや役に立たない女など眼中になく。俺の頭は既に、どうすれば旦那様に気に入られるかという事へ傾いていました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ