母親から見た悪役令嬢
私は、幸せな人生を歩んできたと自負しております。
良き父母を持ち、立派な淑女となるための教育を施され、良き夫と結ばれました。子供も男の子と女の子が一人ずつ産まれました。
結婚は、“女の一番の幸せ”です。
さらに、旦那様のお世継ぎを産むことが出来た時には、本当に嬉しくて嬉しくて。天にも昇る思いでございました。
ですから、私はこんな事態になってとても困惑しているのです。
娘、エリザベスの様子がおかしくなったのは、あの子が熱病から回復した直後でした。
歩き方から食べ方、話し方まで何もかも。
あの子は変わってしまった。
まるで、平民のように下品で可笑しな振る舞いをするようになったのです。
…もう、みなまで言わなくともお分かりでしょう?
そうです。
娘は、熱病のショックで気が狂ってしまったのです。
そうでなければ、説明がつきませんもの。
あぁ。
本当に、なぜあの子がこんな目に遭わなければならないのでしょう!
神さまは残酷でございます。
あの頃の娘は、一体どこへ消えたというのかしら。
「お母様!また新しいドレスをお買いになったの?。」
「あら。良いところに来ましたね。エリザベス、貴女も何か仕立てて貰いますか?ほら、今流行りのレースのドレスなんかどうかしら。とても似合うと思うの。」
「お母様!」
出来るだけ、娘を刺激しないように優しく言ったのに。
エリザベスは、怖い顔で私を睨みます。
信じられません。これが母親に向ける顔でしょうか?
恐ろしい。
きっと、彼女には悪魔が取り付いてしまったに違いありません。そうでなければ、普通、親にこんな態度を取りませんもの。
「そのドレス1着で、どれだけの領民の生活が楽になるとお思いですか?その宝石も、その髪飾りも!これらは全て、民の貴重な血税で賄われているのですよ。こんな無駄遣いなんかしている場合じゃないでしょう!」
捲し立てるエリザベスは、とても恐ろしい形相です。
あらまぁ、なんということ。
あんなに口を大きく開けて喋って、はしたない娘。扇で隠すこともしないなんて!
私は恥ずかしくて、ついつい頰が熱くなるのを感じました。
だって、そうでしょう?
たった一人の娘が、こんなはしたない子に育つなんて。これじゃぁ、どこに行っても家名に泥がつきます。
夫になんて言い訳をすれば良いのか。
お義母様にも、嫌味を言われるに違いありません。
そもそもの話、領民とは私たちのお陰で暮らしていけているのです。
いわば、家畜と一緒。
私たちの温情で貴重な土地というエサを貸し与え、耕させる。そうして出来た作物も、私たちの温情で、全てではなくごく一部を税として回収する。
それを、私たちが不満に思うことこそあれど、なぜ彼らに気を遣わねばならぬのでしょう?
彼らが血を流すほど働くのは当たり前です。
だって、その土地は私たちのものなんですもの。
働く以外で、彼らが私たちの役に立つことってあるかしら。ただ起きて、食べて、寝ることしか能のないような家畜なのに。
働かぬ家畜にタダでエサをやるなど、可笑しな話ではありませんか。
「エリザベス。貴女、口を慎みなさい。」
「お母様こそ、もっと私の話に耳を傾けてください。」
「自分がなにを言っているか分かっているのですか。領地の経営に、女が口を出すなどみっともないことです。」
もし夫に聞かれていたら、鞭打ち程度では済まなかったでしょう。息子も、妹のエリザベスがこのような生意気な態度を見せたなら、腹を立てるに決まっています。
それが、どうしてこの子には分からないの。
絶望に近い感覚に襲われ、眩暈がしてきます。
私は、幸せな人生を歩んで参りました。
でも、それももう終わり。
この子のせいで、私の幸せは終わるのです。
先日も、婚約者のアレクシス殿下に無礼な振る舞いをしたと聞いております。それも令嬢相手に無体を働いた従者なんぞを庇って。
外だけでなく家の中でも、娘は常に反抗的です。経営に口を出す以外にも、夫の女性関係を酷く非難した時もありました。
殿方が、愛人の一人や二人持つのは当たり前ですのに、本当に困ったものです。
彼女は、もはや貴族の子女としての自覚も責任感も、常識も何一つ持ってはいないのでしょう。
だからこそ、そのような迂闊で愚かな選択ができるのです。
正しき淑女ならば、まかり間違っても王族の貴き御方に盾つこうなど思いませんし、家の名声に傷をつけるような振る舞いもしません。
家長である父親の誇りを貶すような事もしません。
正直に言いましょう。
私には、もうこの子が理解できないのです。
手に負えそうにないのです。
せめて、彼女の母親として最後の責務を果たすとするならば。
この子を少しでも良い家に嫁入りさせることではなく。
その振る舞いがこれ以上の厄災を招かぬうちに、彼女を田舎に軟禁することなのかもしれません。
あぁ、可哀想なエリザベス。
どうか、貴女に神のご加護がありますように。
私に出来ることといえば、あとはもう祈ることのみです。




