婚約者から見た悪役令嬢
僕の婚約者は、変わっています。
突然泣き出したり、怒り出したり。
かと思えば、甘えてきたり。
僕の家庭教師は、貴族というものは感情を押し殺さねばならず、それが出来ぬ者はただの阿呆だとよく言うのだけれど。
公爵令嬢の彼女には、まったく当てはまらないようです。
今だってほら。
心底冷たい眼差しで、僕を睨んでいます。
「殿下。さっきのは聞き間違えでしょうか?それとも、本気で仰っているの?」
「もちろん本気だ。逆に、なぜそこの従者を解雇しないんだい?他所の御令嬢に水を掛ける従者なんて、前代未聞だよ。」
「それはっ、彼女が先に仕掛けてきたからです!多少過激なのは認めますが、ルーカスは私のためにしたのです。」
まるで、彼女を理解しない僕が変なのだとでも言うように。
彼女は繕いもせず、怒りの篭った口調をぶつけます。
仮にも王族である、この僕に。
彼女は、つくづく変わった人だと思います。
“多少過激なのは認めますが”なんて。そんな言い方したら、普通は足元を掬われます。
反論したいのなら、少しでも譲歩したと受け取られかねない言葉は決して口にしてはならない。
それが社交界の常識だと教わった気がするのですが…、僕の記憶違いかもしれません。
「とにかく、どうしてもルーカスを解雇させたいというならば、私も罰してくださいませ。彼を正しく御することのできなかった私にも、責任はございましょう。」
責任?
彼女が?
一体、何の話をしてるんでしょう。
僕は、単純にびっくりしてしまいました。
使用人は使用人。貴族は貴族。
そこには、ただの一点の繋がりもありません。
彼ら使用人たちは、生まれた時から死ぬまで。
僕ら貴族に尽くすのが“当然の義務”です。
そこに、どうして僕らの責任が発生するのでしょうか。
彼らは、為すべきことを、為しているだけ。
僕らが彼らを正しく導くというのは可笑しな話です。
導く義理もなければ、理由もないのですから。
むしろ、彼らは僕らに仕えることができて感謝すべきでしょう。
「分かった。君がそこまで言うなら、もうこの話は止めよう。」
「えぇ。そうしてくださいませ。」
ツンとした顔でそう言う彼女。
僕の婚約者は、やっぱり変わっています。
昔の彼女なら、間違っても貴族と使用人が同列の生き物であるかのような発言はしなかったでしょう。
いや。
変わってしまったと言うべきかな。
僕と彼女 エリザベスが、初めて会ったのは僕が6歳の時でした。
僕より一つ年下の彼女は、煌びやかなドレスがよく似合っている女の子でした。ハキハキとよく喋る子だったとも記憶しています。
初対面の際は明らかに緊張してはいたものの、その立ち振る舞いは既に立派なレディ。
実際に話してみても、彼女の中身は僕にとって好ましいものでした。幼いながらしっかりと自己主張ができ、また周囲を従える器のある子だったからです。
将来、この子が僕の妃となり、国母となるのか。
そう思うと、不思議と胸が暖かくなりました。
彼女に恋愛感情はありませんが、彼女と創る理想の王国はきっと素晴らしいものになると心が踊りました。
でも、彼女は変わってしまった。
彼女が10歳を迎えたある日。
突然、エリザベスは原因不明の熱病で倒れたのです。
そして、目覚めた時には今の彼女になっていました。
男のように乗馬をしたり、下人のように庭弄りをしたりするのはまだ序の口で。
その辺に倒れていた奴隷を勝手に拾い自分の従者にしたり、公爵が買い与えた宝石類を無断で売ったりと意味のわからない事ばかりするようになりました。
一歩間違えば、窃盗とも取れない行動です。
最初は気まぐれだろうと好きにさせていた周りも、年々酷くなる振る舞いに頭を悩ませているそうです。
愛娘に甘い公爵でさえ、最近は娘の修道院送りを検討していると聞きます。
特に、最近の彼女は酷すぎます。
女のくせに、家長である公爵や次期公爵の兄に反抗したり、政治のことに意見したり。
新しい農法や肥料を開発すると言って、周りの領民を惑わしたこともあると聞きます。
今だってそう。
従者を庇って王族に逆らうなんて話、聞いたことがありません。
このままでは修道院送りは免れても、僕の婚約者からは外されてしまう可能性があります。
…そのうえ、彼女には近頃キナ臭い噂があるのです。
なんでも、隣国の王太子と親密だとか。彼は根は良い奴なのですが、少々性に飜弄なところがありますからね。
まぁ、仮にも王族の婚約者に手を出すほど愚かではないでしょう。
問題は、彼女がそれを一切僕に報告していないことです。
それどころか草の者によると、僕の愚痴まで言っている始末です。
なんでも、僕は民のことなど全く考えない横暴な奴だとか、別の女にうつつを抜かしている最低男だとか。
まったくもって、理解できません。
なぜ、この僕が民のことを考えねばならないのでしょう?
そんなもの、宰相にでもやらせておけばいいのです。貴族というのはそのために存在するのですから。
なぜ、この僕が婚約者以外の女に手を出してはいけないのでしょう?
王家の子供は一人でも多いほうがいいのに。
この国の民は全て僕のものだというのに、横から口を出してくるなんて。彼女こそ、横暴で最低な人間です。
叛逆者として牢にぶち込まなかったことに、感謝してほしいくらいです。
…話が逸れました。
とにかく、僕自身、今の彼女に国母を任せたいとはとても思えまないのです。
その事が僕はとても悲しい。幼き日の彼女を知っているからこそ、尚のことです。
きっと。
彼女は、あの熱病のせいで頭がおかしくなってしまったのでしょう。
せめて、あの気高かった頃のエリザベスがこれ以上の醜態を晒さなくて済むように。
僕は、今から貴族用の精神病院を探してみようと思っています。




