焼かれた想い
あまり気持ちのいい内容ではありません。
「魔女の処分は勇者に任せろ」そう宣言した馬渡に王は満足そうに頷いた。王の許可を得た馬場はゆっくりと愛子の前にまわり、彼女の髪を鷲掴みにして引っ張り、無理やり顔を上げさせる。馬場によって思い切り地面に叩きつけられた愛子の鼻は赤くなっていて、ドロっとした生暖かい液体が出てきた。馬渡はソレを大層嬉しそうに「汚いな」と嗤い、未だ唖然と傍観している峰と酒井に愛子の両腕をとり歩かせるように指示する。金髪のウェーブかかった峰菜月は嫌そうに舌打ちをして、汚いモノに触るように愛子を扱う。そしてもう一人、栗色ショートの酒井美由は「それ、飛ばさないでよね」と鼻血を指差してから腕を掴んだ。二人に支えられながらよろよろと立ち上がる愛子を確認した馬渡は、近くにいた兵に牢屋は何処にあるかと尋ねて案内させる。
「殺すなよ」
「分かっています」
「まだ利用価値があるかもしれんからな」
「はい、殺しはしません」
「まだ利用価値があるかもしれない」と言う王に対する馬場の答えには何か意味が含まれているようだった。案内された道はとても暗く不気味であり、長い長い階段を降りようやくたどり着けるような深さであった。心なしか空気も薄い気がする。着いたものの、薄暗い牢屋の入り口で微かに抵抗する愛子に苛立った馬場は、彼女の背中を強く蹴った。
「おい、こいつに枷」
「はいはい、美由は手な」
「うん」
「やめて、お願い、助けて」
両手足に枷をつけられている間、愛子は抵抗し、必死に命乞いをする。必死だった、今までは学校というコミュニティの中でのみ行われていたいじめだったから耐えられたのだ。馬渡達が行きすぎたことをしても、重大な犯罪に繋がるようなこと、法で裁かれるようなことはしない確信があったのだ。しかし、この世界ではそんな保証はない。
現に、殺すなよと王から言われた。取り調べなんて生ぬるいモノがない証拠だった、殺すという選択肢が王の中にあったということだ。それに彼等は今、勇者という立場であり、この国とってとても重宝されるべき存在である。しかし、それに対して愛子は歓迎されていない、むしろ排除すべき魔女という立場。救世主となる彼等がした行為であれば、たとえ殺すこともまた必要なことだったのだと容認されることも否定できない。下手をすれば「殺しちゃいました、てへ」などとと言って舌を出したとしても、勇者のしたことだから正しかったのだと判断され、片付けられてしまう可能性があるのだ。
「あの、殺さない……よね」
「殺しはしないさ、」
愛子は安堵する、それならば枷をつけられて牢屋に入れられるくらいまだ我慢できる。だが馬場の言葉は歯切れが悪く小さな言葉を続けた。愛子は生唾を飲み込んでその言葉の続きを待つ。
「ただ」
「ただ?」
馬渡は愛子の前に立ち、しゃがみ込んで目線を合わせてきた。峰と酒井によって、両手足に枷をつけられた愛子は床に横たわり起き上がることができない、しかしそれでも馬場の言葉を待つ。馬渡は一度口を開いて、また口を閉じて、何かをためらっている素振りを見せていた。もしかして私を逃がしてくれる……? そう微かな希望を感じた愛子は何とか馬場に近づこうと身体をねじらせた。馬場は愛子の必死な姿に目線をそらし、手を顎に添えて少し考えていた。そして愛子にニコリと笑いかけておもむろに彼女の髪を掴み、顔を無理やりあげさせて空いている左手を愛子の顔面に翳す。
「いっそ殺されるほうがマシだと思えるくらいにしといてやるよ」
次の瞬間、馬渡が短く言葉を発すると左手から青白い炎が噴き出した。至近距離のため咄嗟に避けることも出来ず、愛子は炎を真正面から受け止めてしまった。炎は容赦なく愛子の顔全体を覆う。
「うぁあああああぁあああああ!!!」
「はははははは! 馬鹿だよなぁ、お前は」
「いたいいたいいたいぃいいい!!!!!」
「一瞬でも助かるかもって顔してたろ、面白すぎでしょ」
「俺がお前を助ける訳ねーじゃん」
楽しそうに笑う馬場の声はもう愛子には届いていなかった、彼女が最後にみた景色は馬場の蔑むような表情に愉快そうに笑う峰と酒井の顔、そして自分に迫り来る青白い炎だった。愛子は身じろいで馬渡から離れ、炎を消すように何度も何度も床に顔をこすりつけた。魔法の炎だからか、全く消える気配がなくむしろ勢いを増しているようにも感じられる。その炎はまるで馬場の、愛子への執念が詰まっているようで、笑っていた峰や酒井も次第にソレを不気味だと感じた。
消えない炎は愛子の顔だけを執拗に溶かしていく。愛子は床に擦り付けて皮膚を削り、炎によって溶けていく肌、焼かれていく肌に大声で叫ぶ。彼女の耳に聴こえてきたのは峰と酒井が甲高い声で笑い、馬渡が「その顔が気に入らなかったんだよ!! 死ねよ!!」と叫んでいる声だった。
「ひぃ!!! け、消さないと!!!」
愛子が叫ぶことをやめ、苦しみながら喉をヒューヒューと言わしているのを見た神官が慌てて氷か水か、炎を消す呪文を唱える。このままだと愛子が死んでしまうと判断したのだろう、王の命に背く訳にはいかず、その行為を馬場達は止めはしなかった。炎を打ち消す魔法によって愛子は一命を取り留めることが出来たのだが、爛れた皮膚のせいで目も開けることが出来ず、まともに声を出すことも出来ずにいた。彼女はただただ、焼け溶ける痛みに耐えうめき声をあげていた。
「う……ぁぁあ……」
「やば、あんな顔じゃあ死んだ方がましだわ」
「修平もやることがえげつないよね」
「うるせぇな酒井、まだまだこんなもんじゃねーよ」
「私達だってやりたいことあるのに、ねぇ美由」
「そうだね、たっぷり楽しませてあげなきゃね」
三人の笑い声とガリガリと床をこする音が交差する。殺しはしない、ただ死にたいと懇願するまで、思うまで苦しめるのだと。愛子は馬場の言葉を頭の中で繰り返していた。と言うことは、今よりもっと酷いことが行われるのか、酒井や峰も愛子をいたぶりたいような事を言っていた。
――やっぱり私は異世界に来てもやられることは変わらないんだ。
愛子は痛みに耐え、歯を食いしばり、焼かれた喉をヒューヒューと言わせながら涙を流した。
「あ、そうだ神官さん。魔法ありがとうね」
「あ……いえ、でもそのように使用されるとは一言も……」
「んー? 修平のは事故だよねぇ?」
「菜月超悪顔じゃん! 修平は悪くないもんねー?」
「俺は軽く脅すつもりだったんです、ただ愛子が自分から炎に……」
「でも、そんな風には見え……」
「神官さん、俺ら、勇者ですから」
な? と馬場はが神官に圧力をかける。神官は小さく頷いて愛子を一瞥した。愛子はうめき声を上げながら今も顔を床にこすりつけている。焼けた皮膚のせいで目の位置が分からないが床には血と涙が混ざり合って大きな水たまりを作っていた。
「あーあ、腹へっちまった」
「そういえばこの後いろいろあるんだよね?」
「『歓迎の宴をせねばならんな』って王様言ってたもんね」
「じゃあ行こうぜ、こいつもう動かなくなったし」
「ブ、蓑虫みたいじゃん気持ち悪っ」
「じゃあ愛子ちゃん、また明日ね~」
馬場は動かなくなった愛子を一蹴りして飽きたと言い牢から出る。三人が城に続く長い階段を上がって行くのを確認した神官は暫く愛子の様子を眺めていた。魔女に間違いはないが本当にこの子はこの世界に害をなす存在なのだろうかと神官は考えていたのだ。召喚されたばかりで何も把握をしていなかったようにオモエスし、勇者達の一方的な暴力に反抗することもなかった、勇者達のやっていることが正しいとは思えなかったのだ。まるで彼等の加虐欲を満たしていたいだけなのではないだろうかと、そんな疑問さえも浮かんだ。しかし、この神官にはそれを進言する権限もない。ただ今の自分に出来ることと言えば、彼等にバレないように少しだけ、彼女に痛みを和らげることだった。
「ヒール」
魔力を最低限に抑えて呪文を唱える。魔法をかけられた愛子の外見に変わりはなかった、痛々しい傷跡は依然残ったままである。ただ、彼女の眉間によった皺や息苦しそうな表情は少しだけマシになったようだった。神官はそっと牢を出て、彼等の後を追いかける。彼女が復讐を考える前に早く彼女が解放されればいいのに、そう願うばかりであった。