肆 拐かし
時代背景の都合上、わからない単語が多いと思われるので、わからない単語は最後の方の注釈を参照してください。
遡ること二日程前。
ここは、太政官庁のとある一室。
そこでは髷を落とし洋装に身を包んでいるにも関わらず、顔に白粉を塗り、歯を黒く染めて額に麻呂眉を書いた公家風の男が、一人の軍人を呼び寄せていた。
「御呼びでしょうか。三条様。」
呼び出さた軍人の青年は容姿端麗な優男で、片目を隠し後ろ側が結ってある空色の髪に、翠玉のような瞳が特徴的であった。
体には濃藍の軍服を身にまとい、腰には日本刀とサーベルが合わさったような刀___雷雲刀を帯びていた。
「うむ、よく来たでおじゃるな。狼士組局長、蒼村 陰狼。」
蒼村 陰狼と呼ばれた軍人は公家風の男_______________太政大臣・三条 実美にこう言った。
「ところで三条様。何のために私を呼び出したのでしょうか?」
「お主を呼び出したのは他でもない、ここ最近起きている拐かし事件のことでおじゃる。どんなに捜査をしても犯人どころか証拠さえ見つからぬものだから、妖の仕業であるという噂が立っておるそうではないか。全く、警察の連中はだらしがないでおじゃるなぁ。だから蒼村、これはお主ら狼士組がすべき仕事だとは思わぬでおじゃるか?」
「お言葉ですが三条様。我々は今、『闇桜』なる正体不明の謎の組織の調査に忙しく、生憎今は警察の手伝いどころでは…。」
「何を申すでおじゃるか! 闇桜の調査など後でもいいでおじゃる! とにかく今はだらしがない警察の連中に代わって、拐かしの事件を一刻も早く解決するでおじゃる! お主らは余のおかげで、食いっぱぐれることも討伐されることもなく、今まで過ごせている事を忘れておるのでおじゃるか!? それに拐かしがもしかしたら闇桜と関わっている可能性も否めぬでおじゃろう? 」
「そ、それもそうですね……。ではこの蒼村 陰狼、謹んで此の命、承ります。」
「うむ、それで良いのでおじゃる。」
陰狼は三条の命令を受け、部屋を去っていった。
陰狼は幕末の頃、『蒼銀の狂狼』・『紫黒の化け狐』・『紅蓮の怪猫』・『灰白の二角獣』という異名を持っていた四体の妖からなる『妖四天王』の中でも筆頭格の、『蒼銀の狂狼』という二つ名を持っていた元長州藩所属の犬神の妖人である。
しかし明治になってから妖追討令が出され、妖士隊が口封じのために弾圧対象になったため、多くの者が正体を隠し名前を改めて姿を消し、陰狼たち妖四天王もそのうちの四人であった。
だがどういう訳か、陰狼たち妖四天王はある時、
「どうでおじゃるか。妖士隊の秘密を黙っているというならば、最も功績の大きかったお主ら四人だけに要職を用意してあげるでおじゃるが。」
と、三条から仕官の話を持ちかけられたのである。
正直この時、陰狼は迷った。
官職に就けると言うのはまたとない千載一遇の機会であったが、それは弾圧を受けて身を隠している同志に対する裏切りとも言える行為であったためだ。
しかし、
「近頃、旧幕の頃より人間と妖の均衡が徐々に崩れかけていたのが今ではさらに酷くなり、旧幕の頃よりも人と妖の間で起こる騒乱が倍以上に増えてしまったのでおじゃる。そして今や、日常的に妖による人食い事件が起こり、いつ幕末の動乱期に戻ってもおかしくないような混沌とした時代をこの国は迎えているのでおじゃる。そのため、凶暴化した妖どもからこの国を守る役目が必要なのでおじゃる。引き受けてくれるでおじゃるか?」
そう言われて陰狼は決意した。
陰狼の信じる正義は、たとえ政府の高官であっても自分と同じ妖であっても、己の醜い欲望や身勝手で独り善がりな正義で、この国やそこに住む人々や妖に災厄をもたらさんとする輩を葬り去ることである。
自分は今まで異国相手に弱腰になり、失政を重ねてこの国に災厄をもたらした幕府を倒すために戦ってきた。だから今度は、この国に災厄をもたらさんとする悪の妖を葬るべきだろう。
熟慮した末ではあったが、三条の提案を受け入れることにそう時間はかからなかった。
こうしてできたのが、太政大臣直属妖討伐特殊第一部隊『狼士組』、またの名を『第二の新撰組』であった。
日本という国を思う陰狼の熱意が、『狼士組』として妖怪退治に勤しむという別の熱意へと変質した瞬間であった。
ちなみに仕官の話に乗ったのは、陰狼の他には『灰白の二角獣』の二つ名を持っていた元薩摩藩所属の下白沢 慧紀のみで、現在彼は『第二の京都見廻組』の異名を持つ狼士組の姉妹組織、右大臣直属妖討伐特殊第二部隊『夜廻組』の局長として京都で活動している。
後の二人、土佐藩所属であった焔猫 華燐は戦いから離れてひっそりと暮らしたいという理由を持っており、陰狼と同じく長州藩所属であった狐々乃尾 一藍は妖を利用しておいてその恩を仇で返す明治政府のやり方に失望していたこともあり、最終的に仕官の誘いを蹴っている。
陰狼が太政官庁から狼士組の屯所へと帰ってくると、
「おかえりなさいませ蒼村局長! 今日は一体どんな用事で三条様に呼び出されたんですかにゃ?」
「まーた三条様から無茶苦茶な命令を押し付けられてなきゃいいけどな。」
出迎えてくれたのは猫耳のような癖っ毛と口から生えた八重歯が特徴的などこか幼げな少女と、黒髪のストレートヘアに軍帽を被った中性的な顔立ちの青年であった。
青緑色の軍服の青年は狼士組副長兼一番隊組長の河田 総司郎という河童の妖人で、頭の皿を見られたくないという理由でいつも軍帽を被っている。
ちなみに軍帽の中には皿が乾かないように水袋が入っているらしく、軍帽を取るのは水袋を交換するときだけでしかも一瞬で終わるため、誰も彼の軍帽をとった姿は見たことがなかった。
剣術は局長である陰狼には若干劣るものの、かなりの腕前を有しており、狼士組の中ではかなりの実力者であった。
薄紅色の軍服の少女は狼士組二番隊組長の又猫 鈴鹿という猫又の妖人で、女性ということもあってか軍服の下にはスカートを履いていた。
剣術に関しては猫爪式小太刀二刀流の使い手で、それを表すかのように、腰には二本の小太刀を帯びていた。
「ああ、実は最近巷で話題になっている拐かし事件のことでな。警察がだらしないから俺たちに皺寄せが来たってことだよ。あれ? そういえば傘唐と鹿路坂は?」
普段なら三番隊組長の傘唐 多田羅と四番隊組長の鹿路坂 苦美がいるはずだが、二人の姿が見当たらなかった。
「ああ、あの二人は闇桜の調査で今はいませんぜ、蒼村さん。てゆーか、まーた俺たちが無能な警察のお手伝いさんをやらされるんすか。マジで勘弁してくだせぇよもぅ。」
と不平を漏らす総司郎。
「まぁまぁ、警察って言っても所詮は人間だから仕方ないにゃ。それに拐かしが起きているのは夜だし、しかも家の中にも気配を消して入ってくるらしいから、これはやっぱり妖の仕業に違いないのにゃ。だからこれは、私たちが出向く事件の匂いがするのにゃ。」
不平を漏らす総司郎をなだめ、逆に事件解決に意欲を示した鈴鹿。
「まぁとりあえず、夜中に俺たちで見回りをすべきだろうな。後は又猫、狐雪にも一応このことを伝えておけ。お前はあいつとは仲がいいし、それに名目上俺たち狼士組とあいつは協力関係ということになっているしな。」
「了解したにゃ。」
「まーたあいつ呼び寄せるんすか。あいつ、普通の妖よりは腕が立つけど、正直俺たちからしてみれば雑魚同然ですぜ。」
「まあそう言ってくれるな河田、仕方無かろう。俺たちとあいつは、表向きは協力関係ってことになっている。それにあいつのことだ、仮にこっちから呼ばなくてもあいつの方から勝手に事件に首突っ込んで来るさ。」
「ま、それもそうっすね。あんな奴でもいないよりはマシですし。」
狐雪にも協力してもらうことに否定的だった総司郎だったが、陰狼にそう言われると納得した様子であった。
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そして時は二日後の夜。
蒼村 陰狼はいつものように部下である総司郎と鈴鹿を引き連れ、神居神社へと訪れた。
「こ、こんなに夜遅くにご苦労様です。狐雪なら今寝ておりますが…。」
出迎えたのは永山であった。
「いや、俺が起こしに行く。永山さんはそこで待っていてくれ。」
陰狼は軍靴を脱ぎ、総司郎と鈴鹿を伴ってそのまま神社の中にズカズカと入っていった。
案の定狐雪は寝衣に身を包んで、スヤスヤと寝息をたてて眠っていた。
しかも、見たことのない小娘と一緒の布団で。
陰狼は容赦なく狐雪の顔前に雷雲刀をかざし、眼の前でその刃をチラつかせた。
「コ〜ン、ムニャムニャ……。もう食べられませんよぉ〜霊華さ〜ん。」
目の前に刀の刃があるというのに寝言を言いながら気持ちよさそうに寝ていやがる。
全く呑気な娘である。
そこで陰狼は、狐雪の眼前に思いっきり雷雲刀を突き立てた。
「コ、コオォンッ! なんなんですかこの刀は!! 夜襲ですか!!!」
「ああもう五月蝿いな狐雪…。一体何が……。って、うわああああああああああああああああああああああああああ!!!」
狐雪と霊璽郎は自分が寝ていた場所、しかも頭の近くに刀が突き刺さっていることに驚き、すっかり眠気が吹っ飛んで飛び起きてしまった。
それもそのはず、もし一歩間違えていれば二人仲良くあの世へ行っていたかもしれなかったからだ。
そして二人は刀を突き立てた張本人の方へと顔を向けた。
「誰かと思ったら狼士組の局長の蒼村 陰狼さんじゃないですか。それに総司郎君と鈴鹿ちゃん。こんな夜遅くに一体何の用ですか。」
陰狼は刀を引き抜いて鞘に収め、呆れたようにこう言った。
「何の用って…、お前だろ。今回の拐かしの件は私にも協力させてくださいって言ったのは…。それに拐かしは夜に出るんだから、夜に見回りしないと意味ないだろ。」
「ああ! すっかり忘れてました! 誠に申し訳ありません! 私が未熟なばかりに!」
「反省は後にして、今はさっさと着替えて準備しな。」
「もう、狐雪ちゃんは寝坊助さんだにゃ。あと、その娘は一体誰にゃ? 見かけない顔だにゃ。」
「ああ、彼は今日からこの神社の巫女になった博玉 霊華さんです。なんでも未来から来たみたいで、おそらく普通の人間にはない特別な能力を持っていて、巫女としての素質があるらしいです。少なくともこの人僕が知る限り、普通の人間にはないと思われる時間移動能力と浮遊能力が備わっています。」
「ん? 今彼って言わなかったか? もしかしてこの小娘、陰間(※五十六)なのか!?」
陰狼はさりげなくとんでもないことを言い出した。
「いきなり何とんでもないことを言い出すんですか全然違いますよ!! 色なんか売ってません!! それに俺の本名は霊璽郎です、霊華は狐雪が勝手につけた名前なんです!」
「そうか…。お前、この神社の新たな巫女と言っていたな。面白い。俺たちの足手まといにならないというなら、付いて行ってもいいぜ。」
正直そんな保障はなかった。
ただし、成り行きでこの神社の巫女になってしまった以上これから妖相手に戦うことになるのだから、妖との戦いに慣れなければならないというのも事実であった。
それに、一藍から貰った四枚の札があればなんとかなる気がした。
「はい、行かせてください。」
「そうか、なら決まりだ。」
「えー、人間を連れてくるんすか。ぜってぇコイツ足手まといになるっすよ。辞めといたほうがいいっすよこれ。」
「そうかにゃー。私は別にいいと思うけどにゃー。それに結構この娘可愛いし。」
否定的な総司郎に対し、鈴鹿は特に気にしていないであった。
「まあいいや、霊璽郎だったっけ。足手纏いになるんだったら俺がその場で斬っちまうからな。」
総司郎はその場で鯉口を切り、刀の刃をチラつかせた。
「は、はい! 肝に銘じておきます!」
総司郎に対して本能的な恐怖を感じた霊璽郎であった。
「ねぇ、陰狼さん。僕って足手纏いですか。」
その頃、狐雪は自分が足手まといではないかと陰狼に訊いていた。
「いきなりどうした。」
「それが……。」
狐雪は昼に起きた出来事を陰狼に話した。
「なるほどな、あいつが言いそうなことだ。安心しろ。少なくとも俺は足手纏いになりそうな奴を素現場に連れて行こうとは思わないさ。それにお前を正規の隊士に入れないのは、戦場では何が起こるかわからないからだ。もしお前に何かあったら永山さんに合わせる顔がないだろう。そして稽古に関しては、お前が望むというならばこれからいくらでも私が相手をしよう。部下に任せっきりで、すまなかったな。」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
狐雪は、涙を流してその言葉に感謝した。
と、その時、玄関の扉を激しく叩く音と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「た、大変なことが起きたの! 助けてちょうだい!」
玄関の方へ行くと、牛鍋屋の女将である華燐が血相を変えて中へと駆け込んできた。
「か、華燐さん!? 一体何があったんですか!?」
霊璽郎の訊ねに華燐はこう答えた。
「あ、あかりが拐かしに攫われたの!」
「何だと!? 早速犠牲者が現れたか!」
「ああ、陰狼。貴方も来ていたのね。ちょうど良かったわ!」
とりあえず華燐を神社の中に入れて詳しい事情を訊くことにした。
「とりあえずそのあかりという娘が攫われた時の情報を教えてくれ。」
「わかったわ。実は私とあかりは別々の部屋で寝ているのだけれど、今日の夜の十一時辺りかしら。あかりの部屋から何か物音がすると思って、起きて見に行ったらあかりがどこにもいなかったの! 家中どこを探してもいないから本当にどうしようかと思って…。」
華燐は今にも泣きそうな表情でその時の状況を話した。
「わかった。ここは俺たちに任せて……と言いたいところだが、待ってろと言ってもお前はついていくんだろ?」
「ええ、私も行かせてもらうわ! 今宵限りだけど、『紅蓮の怪猫』を復活させることにするわ!」
そう言って華燐は着物を一瞬で脱ぎ、忍び装束のような赤い衣装に一瞬で着替えるというまるでアニメのような着替え方を済ませ、右手にはどこから持ち出したのか一本の薙刀____ 炎月青龍剣を持っていた。
「よし、では行くとするか。」
こうして彼らは拐かしの調査へと向かって行ったのであった。
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とある夜道にて、日本髪を結った若い女性が提灯を手に持って歩いていた。
しかし、彼女は気づいていなかった。
後ろから怪しい二つの影が付いてきているということに……。
「もしもし、そこの若い娘さん。ちょっと道を教えてはくれないかな?」
「ひっ!」
背後からの声に驚き、恐る恐る後ろを振り返る。
その瞬間、女性は頰被りをした猿顔とネズミ顔の男二人に取り押さえられてしまう。
落とした提灯は一気に燃え盛り、跡形もなく燃え尽きてしまった。
「きゃあ! 何するんですか! 離してください!」
「このアマァ! 痛くして欲しくなければ大人しくしろぉ!」
「なぁに、ちょっとお前さんに用があるだけでさぁ。」
女性は必死にもがくが、人間の力では妖人である男たちの拘束を解けるわけがなかった。
「助けて! この人たち拐かしよ!」
「だから騒ぐな! さもねぇとてめぇをぶっ殺す!」
「おいっ! あまり大声を出すな! でないと……。」
絹を裂くような女の悲鳴と粗暴な男の怒鳴り声を聞きつけ、狼士組と狐雪、霊璽郎、そして華燐の六人がその場に駆けつけてきた。
「ああもう! てめぇらが騒ぐから見つかっちまったじゃねぇか!」
「仕方ねぇだろ! この女が無闇に騒ぐからいけねぇんだよ!」
「た、助けてください!」
彼らを見るなり男たちは仲間割れを起こし、女性は助けを求めた。
「霊華さん、ここは貴方の出番です。相手には人質がいるので僕たちは無闇に手を出せません。心の中で己の特殊能力を信じ、『札封じ』と唱えてください!」
狐雪は、魔法少女アニメに出てくる妖精のような台詞を霊璽郎に言った。
「え、えぇ!? 俺がやるのか!?」
「いいから早く! でないと賊が逃げてしまいます!」
「………ええい! こうなったら一か八かだ!」
霊璽郎は目を閉じ、己の特殊能力を信じて、相手の動きを封じる術を頭の中で思い浮かべる。
そして________________________________________。
“札封じ!”
霊璽郎がそう唱えた瞬間、手には二枚のお札が現れていた。
「今です! その札をあの二人に投げてください!」
「わかった! はぁっ!」
霊璽郎は掛け声とともに、二人の男に向かってお札を投擲した。
「ウッキィ!」
「チュワー!」
額に札を貼り付けられた男たちはその場に倒れ、その場で金縛りにあったかのように手足を痙攣させていた。
「た、助けてくれてありがとうございます!」
「いえいえ、俺たちは当然のことをしたまでです。」
男たちの拘束から解放された女性は、霊璽郎に対し感謝の言葉をかけた。
ちなみに男たちは、たまたま近くを見回りしていた熊谷という警察の役人に引き渡した。
「さて、お嬢さん。また同じような目にあったら困りますので家まで送りましょうか。」
と陰狼が言う。
「はい、そうして頂ければ助かります。」
ということでひとまずは女性を送り届けることにした。
女性を家まで送り届けた後、一行は狼士組の屯所へと向かった。
一旦集合して、その後の調査の計画を立てるためであった。
「にしてもお前、妖相手に結構やるじゃねぇか。正直見直したぜ。」
「いえいえ、俺は別に何も…。」
「そんなことないにゃー。もし私たちの誰かが手を出していれば、きっとあの女性まで巻き添えを食らっていたにゃ。そういう意味では霊璽郎君、大活躍だったにゃ。」
今回の霊璽郎の活躍は、彼をあまり信用していなかった総司郎も素直に褒めちぎるほどであった。
正直自分が妖に勝ったなんてことは信じられなかったが、褒められると悪い気はしない霊璽郎であった。
全員が狼士組屯所の会合場所に集合した後、陰狼が本題を切り出した。
「さて、さっそく本題に入るが、次は奴らの黒幕をどうやって特定するかだ。おそらくは誰かが金で雇っているに違いないが、警視庁に保管されていた拐かしに関する証拠が全て消えていて、黒幕が特定するのが困難になっている。そこでだ、誰か意見はないか。」
「はーい、意見ありまーす!」
「「「「「「「!?」」」」」」
その聞き覚えのある声が聞こえたのはなんと外からであった。
「この声は…。」
「お邪魔するぜ。」
「おやおや、皆さんお揃いでしたわね。」
「集める手間が省けたでござるな。」
入ってきたのは一藍とその配下、二結華と黒羽であった。
「一藍、なぜ貴様がこんなところにいる。貴様は明治政府の役には立ちたくないんじゃなかったのか? 仕官の誘いが入った時も、政府に仕えるのは御免被りたいとか言っていただろう。それが、今になって急に政府に協力でもしたくなったのか?」
陰狼が怪訝そうに訊ねる。
「勘違いするな。私は今でもあんな政府の役に立つなんて御免だと思っている。私はただ、契約を一方的に破棄した相手に叩かれる前に、いち早くそいつを叩き潰すために、拐かし事件の黒幕がわからないで困っているお前さん方にいい情報を提供してあげようと思っただけさ。」
「ええ、それ以外の目的は何もございませんわ。」
「だったらもったいぶってないでさっさと話したらどうだ。」
陰狼は機嫌が悪そうに、一藍に対し早く情報を明かすように促す。
「じゃあ一つ、拐かし事件以外で最近何か変わったことはなかったか?」
「「「「「「変わったこと?」」」」」」
ここにいる一藍たち三人を除く全員が、首を傾げた。
「あ!」
先に何かを思いついたのは狐雪であった。
「そういえば最近、裏ルートでしか手に入らない筈の人肉を胃野鵜肢屋という怪しげな店が表で売るようになったような…。」
「え!? 人肉って……人の肉ですよね? それを食べるんですか?」
霊璽郎はそれを聞いた瞬間、背筋に寒気を感じた。
「まぁ、そりゃあ私らは妖だからな、普通に食うぞ? まぁ最近は処刑された罪人や(※五十七)に巻かれて投げ込み寺(※五十八)に捨てられた遊女の死体を裏業者が引き取って加工したもの、後は隣国の清から密輸される凌遅刑(※五十九)に処された人肉の塩漬けが裏ルートで売られているのを買うくらいだけどね。戊辰戦争の頃は倒した敵の肉を解体した上で鍋にして食ってたんだけどなぁ。なぁ? 陰狼、華燐?」
「確かにそういう時もあったわねぇ。本当に美味しかったわあの時の人鍋は。」
「だが人間たちには死体を埋葬するという文化があるらしいじゃないか。そのおかげで一部の妖たちは毎度墓を掘り起こして食事にありついているそうじゃないか。俺たち妖にとって人間の死体は大事な食料なのに、何故人間はその食料を埋めてしまうというもったいない行為をするのか到底理解できん。」
平気で恐ろしいことを言い始めた元維新志士三人組に対し、本能的な凄まじい程の恐怖を感じた霊璽郎であった。
(人間と妖って、意外なことで分かり合えないもんなんだなぁやっぱり……。)
「あ、安心してください! 僕たちは別に生きてる人間を襲って食べてる訳じゃないですから! そんなことをしたら討伐されるのはこちらなんですし!」
「安心できるかああああああああああああああああああああ!!!」
夜の闇に霊璽郎の絶叫が響いた。
「狐雪、それ、買ったのか?」
「い、いいえ! 買う訳ないじゃないですかそんなどう見ても怪しげな物なんて!」
(いや、だからそもそも人肉食う時点でお前ら異常なんだよ。あと裏でも表でも人肉であることには変わらねぇからな。)
裏で売られている人肉は買うくせに、表で売られているのは胡散臭くて買えないっていう言い訳に、妖相手にそんなことをツッ込むのは野暮だとわかっていながらも、心の中でツッコミを入れざるを得ない霊璽郎であった。
「で、人肉が表で売られていることと拐かしと、どう関係があるんだ。拐かしは犯罪のプロ、そういう奴らが人肉なんていう代物を表で売りさばくなんていう、犯罪に慣れてない奴がしそうなことをするとは思えんが。」
続けて陰狼が一藍に訊ねる。
「先程、内務省官僚の井上 平三郎の邸宅に、拐かしを連れた警察幹部の熊谷が入っていく所を見たんだ。」
「井上? そいつは一年前に汚職が発覚して閑職に追い込まれた井上のことか?」
「しかも熊谷だぁ? どうしてあの警察のお役人が拐かしなんか連れてそんな所に?」
怪訝そうに訊ねる陰狼と総司郎に一藍は続けて答える。
「それで、その井上が困ったお客さんでねぇ。私から大量の武器を買い漁ったくせに、契約を一方的に破棄して代金を踏み倒しやがったんだ。そして私があいつの弱みを握ろうと、黒羽をそいつの屋敷に忍び込ませて、独自に調査を進めていたところ、表ルートでの人肉販売の元締め、つまり胃野鵜肢屋の経営者が井上本人であることが判明したんだ。おそらく当初は私から大量に買った兵器の代金を支払うために、拐かしを雇って攫った子供や若い娘を殺して、その肉を売りさばいていたのだろう。子供や若い娘の肉は、大人の男の肉よりも柔らかいからよく売れるしな。だが、あいつは犯罪行為には慣れていなかった。だから証拠隠滅のために、警察の役人である熊谷に自分が内務卿になった暁には大警視に出世させるという条件を取り付けて仲間に引き入れた。私から購入した兵器の代金を踏み倒して全ての罪を私に擦り付けるっていうのも、その熊谷の入れ知恵だろうな。井上の最終的な目的は、不平士族のテロと見せかけて私から購入した兵器で内務省を襲い、現内務卿大久保利通を謀殺してその罪を雇った士族たちと武器の購入先である私に着せた上で、自分が労することなく内務卿の座に就くこと、まぁ事実上のクーデターだな。全く、払うべきものを払わずに私腹を肥やしてあわよくば出世しようだなんて、巫山戯るのも大概にしろってもんだ。」
「成る程、叩かれる前に叩き潰すって言ったのはそういうことか。それにしても、まさか拐かし事件にそんな大それた陰謀が隠されていたとは、何故それを早く言わん! あとその情報は嘘ではないのだな? お前は昔から信用ならん奴だからな。」
「はぁ…。陰狼、お前まだあの時のこと引き摺ってんのか。安心しな、黒羽は元江戸城隠密御庭番衆の上位隠密。こいつの情報捜査に間違いはない。」
陰狼は何故か一藍の事をあまり信用していないみたいであった。
かつての同志であるはずなのに、仲が悪いのだろうか。
「華燐さん、あの二人って仲悪いんですか?」
「ええ。あの二人、実は昔京都の島原(※六十)で…。」
「「その話はするな! 思い出したくない!」」
「そ、そうだったわね。気をつけるわ。」
二人にどやされ、華燐は口篭った。
結局陰狼と一藍の仲が悪い理由は謎のままであった。
「それで、どうする? 警察に通報するの?」
「それだと一手遅れる、しかも連中が官僚の邸宅に逃げ込んだとなれば厄介だ。」
「警察も証拠がなければ動くことができませんからね。下手すりゃ自分達が責任を取らされる訳ですから。」
「じゃあどうするんですか! もたもたしていると、すぐに証拠を隠して逃げますよ!」
霊璽郎の怒りも最もであった。
私利私欲でそのような残虐な行為に手を染めた悪党が、お上の権力を笠に着てヌクヌクと過ごしているなんて到底許されるはずない。
そんな悪党はそれ相応の罰を受けるべきである。
「だからこうして馬車を飛ばしてきたんだよ。これからやるのは伸るか反るかの大博打。お前さん方、張ってみる度胸はないか?」
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ここは内務省の官僚、井上 平三郎の屋敷。
屋敷の主はお怒りの様子で部下たちに怒鳴り散らした。
「何をしておるのだお前たち! よくものこのこと帰ってこれたなぁ! 今夜からいつも連れてくる分の倍は連れて来いと言ったはずだぞ!」
「も、申し訳ねぇ。」
「てめぇが騒がなければこんなことにはならなかったんだよ!」
「あんだとゴルァ!」
「黙れこの馬鹿者どもが!」
「井上様、ここは一旦落ち着いてください。」
「これが落ち着いていられるか! 熊谷、お前もお前だ。現場には狼士組もいたのだろう。こやつらを警察署に連れて行かなければ怪しまれるだろうが!」
「承知しております。ですので急ぎ匿い、井上様にご報告をと。」
「それが愚かだと言っておるのだ。途中で首を刎ねればよかろう! 処分も含めてお前に任せたというのに。」
「お言葉ではございますが、それでは大事になります。」
「その通りだ。そんなことされたら、くたばる前に警察に出頭してやる!」
「俺らは一蓮托生ですぜ井上の旦那、あんたも甘い汁をたくさん吸っただろう。」
「俺たちが稼いだ金で買った兵器で旦那は不平士族のテロと見せかけてクーデターを起こし、内務卿になる。そういう算段だったはずだぜ。まあ代金に関しては踏み倒したみてえだがな。」
「事がうまく運んだところで、全てバラしてもいいんですぜ。そうすりゃたんまり金が貰えそうだ。」
「チッ……、毒を食らわば皿まで(※六十一)か。わかった。儂のツテで大阪まで逃がしてやる。急ぎ支度を整えろ。」
「へへ、恩に着ます。」
「熊谷、お前もほとぼりが冷めるまで戻ってくるなよ。」
「御意。」
「井上様! 狐々乃尾様が再びお見えです。」
突然また部屋に小間使いが現れてこう告げた。
「なんだと! もう二度と金は払わんと言ったはずだぞ! どれ! 今すぐ追い返してやるわ!」
突然の来訪者に騒めく井上邸。
一藍が二結華と霊璽郎を伴って客間で待っていると、血相を変えてこちらへやってきた。
「なんじゃ! 儂はもう貴様なんぞに一銭の金も払わんと言ったはずだぞ! 今頃何の用だ!」
「ああ、金ならもう必要ありません。ただ、契約を反故にした代償を貴方に支払ってもらいに来ただけですよ。あ、それとこれは忠告ですが、まずはここに匿っている拐かしの身柄を警察に引き渡した方がいいですよ。」
「拐かし? 何のことだ? 儂にはさっぱり心当たりがないのう。それに仮に儂が拐かしを匿っていたとして、何故お前にそのようなことを言われなければならんのだ?」
「あくまで白を切るおつもりか。では、霊璽郎、頼む。」
「はい。」
霊璽郎は一藍に促され、勢いよく障子を開いた。
縁側を挟んだ向こう側、玉砂利が敷き詰められた中庭に現れたのは、拐かしの身柄を拘束した黒羽の姿であった。
「連中を蔵で見つけたでござる。」
「「クソッ! 離しやがれこの覆面野郎!」」
覆面で顔を隠した黒羽が、簀巻き(※六十二)にした男たちを引っ張ってきた。
例の猿顔とネズミ顔の男であった。
「あらあら、署にいるはずの連中が何でこんなところにいるんでしょうかねぇ。」
「ギクゥッ!」
「さてどうする? これ以上の言い逃れはできないと思うけど?」
「………….。」
井上は額から脂汗をダラダラと流して押し黙る。
そして、
「狼士組だ! 御用改めに参った!」
客間の襖を蹴破って突撃してきたのは陰狼率いる狼士組と狐雪、そして華燐であった。
「あーあ、遂に狼士組まで来てしまいましたねぇ。万事休すとはまさにこのこと。こうなる前に、借金をちゃんと払っておけばよかったのに。コッコッコッ。」
「…….狐々乃尾ぃっ! 貴様ぁっ! 図りおったなぁっ!」
「はて、何のことでしょうかねぇ。それに先に裏切って私を嵌めようとしたのはそちらでしょう?」
「うっ…….。もはやこれまで、出合え! 出合え!」
井上は開き直ったように声を上げると、雇っていた大勢の士族や破落戸、浪人たちを呼びつけた。
呼びつけられた士族たちは一斉に刀を抜き、こちらに襲い掛かってきた。
対するこちら側も全員戦闘準備に入る。
「こちらは二手に分かれよう、狐雪と霊璽郎と華燐はあっち、私と狼士組と二結華はこっちをやる。黒羽は警察を呼んできてくれ!」
「「「わかりました!」」」
「「「わかった!」」」
「わかったにゃ!」
「御意!」
全員それぞれの戦闘配置につき、黒羽は捕まえた拐かしを気絶させるとその場から姿を消した。
「霊華さん、今度は『霊器・神刀大幣』と唱えてください! それで周りにいる暦を倒すことができます!」
狐雪は襲いかかってくる士族たちを斬り伏せながら、霊璽郎に再び魔法少女アニメの妖精のようなアドバイスをした。
「ああ! わかった!」
霊璽郎は目をつぶり、先ほど札を出したように頭の中のイメージを集中させると、
“霊器・神刀大幣!”
と、唱えた。
すると、その言葉に応えるように、彼の右手に光の粒子を纏ったお祓い棒、神刀大幣が現れた。
「それでそのまま振るってください。紙垂(※六十三)が光の刃となって相手を倒してくれるでしょう。大丈夫です! 斬っても相手は気絶するだけです!」
「わかった!」
霊璽郎は言われた通りに大幣を振るい、大幣から伸びた光の刃で襲いかかってくる井上の配下たちに立ち向かう。
「死ねい! この狼藉者がぁっ!」
「はぁ!」
「グハァッ!」
斬りかかってくる士族たちを、カウンターの一刀で斬り伏せる。
狐雪や狼士組の皆、そして一藍に比べれば素人同然の動きだ。
だが、数では向こうのほうが有利。
しかも乱戦状態なので、敵が次々と湧いてきて息つく暇もない。
「てえぃっ!」
「邪魔だ!」
「ぐわああ!」
「覚悟!」
“冰雪斬!”
狐雪の方は刀に極低温の冷気を籠らせ、
「せぃっ! やぁっ!」
「ぐはぁ!」
横薙ぎの一刀で複数人を同時に斬り伏せ、返す刀で背後の敵を倒していく。
彼女も昼間の出来事で覚悟が決まったのだろう、その真っ直ぐな太刀筋からは迷いなど一切感じられなかった。
狐雪と霊璽郎は武器の仕様の都合上、一人も殺してはいなかったが、後の者達は敵に対して容赦がなく、二人のすぐ側では残忍で凄惨な仁義なき血だまりの殺戮ショーが繰り広げられていた。それはまるで、そこだけが幕末の京都か戊辰戦争の真っ只中であるかのように。
具体的に言うと、こんな感じである。
“炎毒弾丸!”
バァン!
一藍は遠くの敵を次々と青い炎の弾丸で撃ち殺し(しかも弾は貫通して向こう側の敵にも命中していた)、
“蛇毒牙炎刀!”
近くの敵は青い炎を纏った妖刀・妖鬼瘴で、次々と毒の炎で焼き尽くしながら斬殺していった。
“冰爪冷斬!”
それに続いて二結華も氷でできた巨大な爪で敵を斬り殺していく。
“雷光撃斬!”
陰狼は、青い電気を纏った刀で次々と敵を斬り伏せ、
“斬流水剣”
総司郎は鋭い水の刃の刀を自在に操り、まるで水が流れるかのように華麗に敵を斬り裂いていき、
“猫爪交鋏斬!”
鈴鹿は二本の小太刀をまるで鋏のように交差させながら相手を斬り裂いていく。
そして華燐も、
“炎槍青龍剣!”
赤い炎を刃に纏った炎月青龍剣で、敵を次々と斬り裂いていった。
その様子を見ていた士族達の中には、
「う、うわああああああああああああ!! あいつらバケモンだああああああああああああああ!!」
「ひえええええええええええ!! 誰かお助けえええええええええええええええええええええ!!」
と、次々と逃げていく者が多かった。
「ば、バカな!」
次々とやられていく自分の配下たちに、熊谷は驚愕の顔を浮かべていた。
「チッ、なんだこの程度か。十年前の戊辰戦争で戦った奴らはもっと骨のある連中だったぜ? これじゃあ肩慣らしにもならねぇ。」
「弱すぎるくせに数だけは多いね。烏合の衆とはこのことか。」
「これでも男なのかしら?」
そして元維新志士の三人は、相手が弱すぎることに不満を漏らし、熊谷に文句をつけた。
「ええい! 出てこい! 針女! 目目連!」
熊谷は己の正体を現して鬼熊に化け、小間使いが己の正体を現したものである針女と、障子に擬態していた目目連と共に、三人に襲いかかった。
目目連は華燐に狙いを定めて大量の目から一気に光線を放った。
しかし、そこには華燐の姿はなく、気がついた時には
“紅蓮鬼斬!”
上から炎を纏った薙刀で一刀両断にされると同時に、目目連は跡形もなく全焼してしまった。
「ふぅ、やっぱり障子には刃物と炎が相性いいわね。あと、貴方にはそこで灰になっているのがお似合いのようね。」
華燐は燃え尽きた先程まで目目連だった灰を見てこう言い捨てた。
「キヒヒッ、後ろがガラ空きよ!」
針女は一藍の後ろに回り、彼を針のように鋭い無数の髪で串刺しにした。
「あらあら、あっけなさすぎね。幕末の妖四天王もこんなものなのかしら。」
しかし針女が薄ら笑いを浮かべた次の瞬間、
「どうやらお前さんの目は節穴みたいだね。よく見たまえ!」
背後からこんな声が聞こえたかと思うと、
「えぇっ!?」
いつの間にか、串刺しにされたはずの一藍の体が、先程までその辺に転がっていた士族の死体にすり替わっていたのである。
(か、変わり身の術!?)
しかし、それに気づいた頃にはもう遅く、
“煉獄死炎!”
青い炎の竜巻を纏った妖鬼瘴で針女は背後から斬首され、体の方は青い炎に包まれ跡形もなく燃やし尽くされた。
後には首の断面が黒く焦げ、強い毒で爛れた生首が転がっているだけであった。
「グルオォォォォォォォ!!」
その頃、鬼熊と化した熊谷が陰郎に襲いかかり、
「死ねぇ!」
その巨大な爪で斬りかかった。
そしてその爪による切り裂きとパンチを連続で繰り出してくる。
百戦錬磨の陰狼といえど、これでは敵に容易に近づくことができなかった。
さて、どこから手を出そうか。
陰狼が隙を窺っていると_____________。
「ハァ…ハァ…。」
どうやら相手は攻撃のやりすぎで疲れがたまっているらしい。
もちろん陰狼はその隙を見逃さなかった。
そして熊谷の懐に狙いを定めると、
“雷撃槍刺斬!”
強い稲妻を帯びた雷雲刀で、相手の急所めがけて刀を突き刺した。
「グルオォォォォォォォ!!」
熊谷は全身に強力な電撃を食らい、感電死してしまった。
そして、これで全ての敵を倒したので、後は拐かしの被害者を助け出すだけだと皆が思っていた。
だがその時、
ドオオオオォン!
「グハハハハハハハハハハハハ!!」
突然の轟音とともに、聞き覚えのある笑い声が聞こえてきた。
屋敷の一角が突然崩れ、白い土埃が舞って、視界が遮られる。
「ほれ!」
ドォン!
次の瞬間、土煙の向こう側から一発の砲弾が飛んできた。
狙われたのは狐雪であった。
「コォン!」
「危ない!」
“召喚、火雀!”
「ピョエエエエエエエ!」
霊璽郎はとっさに赤く火という文字が書かれた札をかざして召喚し、現れたのは赤い朱雀のような鳥であった。
その鳥、火雀は炎の息を吐き、砲弾を一瞬で溶かしてしまった。
「大丈夫か! 狐雪!」
「はい、ありがとうございます。おかげで助かりました。」
「チィッ、外したか。」
狐雪に砲弾を撃った犯人が、土煙の中から姿を現した。
ガシャリガシャリと金属音を鳴らしながら、中庭に降りてきたのは_________。
右腕にアームストロング砲(※六十四)、左腕に回転式機関砲を備えたまるで機械人形のような姿をした頑丈そうな西洋風の鎧であった。
「狼藉はそこまでだこの破落戸共が! 」
「この声は、井上!?」
「奥の手、といったところでしょうか。」
突如現れた大きな鎧を前に、全員が武器を構えた。
しかし、
「エイィ!」
井上は左腕の回転式機関砲から容赦なく銃撃を浴びせてきた。
「ほらほら! 何をボサッとしているのだ! 早く避けないと当ててしまうぞ! 一分間に二百発もの弾丸、お前たちに避けきれるかなぁ!?」
「あいつ! わざと外して私たちを嬲り殺す気よ!」
「グハハハハ! 見たか! これこそが金の力! 金さえあれば何でも買える! 金こそが全て! 真の最強はこの儂だ! グハハハハハハハハハハ!!」
「購入代金踏み倒しといてよくそんなことが言えるな!」
興奮状態の井上はどうやら周りが見えていないらしく、あちこちに右腕のアームストロング砲と左腕の回転式機関砲を乱射しまくっていた。
おかげで井上の屋敷は、正気を失った主人によりどんどん破壊されていく。
「チッ、あいつマジでヤベェな…。屋敷がもう全壊寸前じゃねぇか…。」
「とにかく周りが見えてなさすぎだにゃ!」
「実はあれは私が開発した新型兵器で、その名も『金剛力神』! 奴に近接戦を仕掛けるなんて無茶だ! くそっ、こうなるんだったらやっぱり売るんじゃなかった!」
「全くだ! これで全滅したらお前のせいだからな! だいたいお前はあの島原の時も余計なことしかしなかったよなぁ!」
「あの時は陰狼のせいでああなったんじゃないか! というかいつまで引き摺ってるんだよそれ!」
「一藍様、その話、後で詳しく……。」
「辞めろ! 今はその感情は抑えてくれ頼む!」
「皆さんいい加減にしてください! 仲間割れしてる場合ですか! 今はとにかくこの難局をどう切り抜けるか考えてください!」
「とにかく今みたいに走り回って避けるしか……ん?『近接戦は無茶だ』……そうだ! ここは俺に任せてください!」
「「「「「「「え!?」」」」」」」
霊璽郎はなにやらいい考えを思いついたらしく、ここからは自分に任せる様に残りの全員に言い放った。
皆は不安そうな顔をしていたが、霊璽郎のその顔を見て気概を感じ取ったのか、すぐに安心した様な表情になっていた。
霊璽郎は残りの三枚の草・水・雷と書かれたお札をかざすと、
“召喚、草亀!”
“召喚、水龍!”
“召喚、雷虎!”
残りの三体の式神を一度に召喚した。
「グワアアアアアアアン!」
「グウォオオオオオオン!」
「ガウォオオオオオオン!」
現れたのは黒味がかった緑色の巨大な亀と青い龍、そして黒地に黄色い縞が入った虎であった。
「小賢しいわああああああああああああああああああ!!」
ドォン!
井上は右腕のアームストロング砲をぶっ放した。
しかし、
「ピョエエエエエエエ!」
その砲弾は再び火雀によって溶かされてしまった。
「な、なんだと!?」
「よし、いっけええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
霊璽郎の掛け声を合図に、四体の式神は攻撃を繰り出した。
まずは草亀が足を踏み鳴らし、地面から大きな蔦状の植物を生やして井上の動きを封じた。
「ぐぅ! う、動けん!」
次に、水龍がもの凄い勢いの水流を浴びせ、雷虎が強烈な電撃をお見舞いし、そして最後に火雀がトドメの炎の息を、金剛力神に身を包んだ井上に吹きかけた。
「ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
水の電気分解によってできた水素と酸素が混ざり合い、そこに火を浴びせたことにより金剛力神はその場で爆散し、爆心地には黒焦げになった井上が倒れていた。
その後、狐雪は目元を暗くした状態で、無言で井上の方に歩み寄る。
「い、命だけはお助けを……。」
起き上がるや否や彼女の足元にすがりつき、見苦しく命乞いをする井上。
「汚い手で僕の足に触らないでください。あと………。」
狐雪はすがりついてくる井上から足を無理矢理振りほどき、ハイライトのない死んだ魚のような目でその男を見下すと______________________________________、
「命乞いなら、貴様の大好きなお金様にでも頼んでみろおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!」
雪血華の峰で、井上の顔面に強烈な怒りの一撃を食らわせたのであった。
「ブヘアァッ!」
井上は歯が折れ、顔が歪んだ状態で、空中で横に回転しながらゴミ屑のように吹っ飛び、壊れた屋敷の中で仰向けになって倒れた。
「たす……け……。」
ちょうどその時、屋敷の外から警察の笛の音が聞こえてきた。
「おやおや、これは酷いでござるな。屋敷がめちゃくちゃでござる。」
どうやら黒羽が警察を連れてきてくれたみたいであった。
「遅くなって申し訳ないでござる。ほら、届け物でござるよ。」
主を失えば烏合の衆、戦意を失っていたこともあり、井上の一派はあえなくお縄となった。
(※五十六):男娼(男色を売る中性的な美少年)のこと。
(※五十七):藁や竹などで編んだ敷物。
(※五十八):身寄りのない遊女や行倒れの死体が放り込まれた寺の俗称。新吉原の浄閑寺など。
(※五十九):王朝時代の中国で最も重い刑罰であり、罪人の体から肉を少しずつそぎ落とし、長時間激しい苦痛を与え続けながら死に至らしめるという処刑方法。主に反乱の首謀者などに科せられた。良い子は検索しちゃダメ。ゼッタイ。
(※六十):京都の遊郭。
(※六十一):一度罪悪を犯したからには、徹底的に罪悪を重ねるということ。
(※六十二):すのこで相手の体を巻いて拘束すること。
(※六十三):大幣の先につけて垂らした、特殊な立ち方をして折った紙。
(※六十四):幕末三大兵器の一つで、イギリスのウィリアム・アームストロング(1810〜1900)が1855年に開発した大砲の一種。日本では佐賀藩がいち早く製造していたとされ、上野戦争(戊辰戦争の一局面)にて長州藩の軍学者大村益次郎(1824〜69)が彰義隊を破った際にも使用された。