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雪血華伝〜明治妖奇譚〜  作者: 死ノ宮 華婪
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壱 未来からの来訪者

時代背景の都合上、わからない単語が多いと思われるので、わからない単語は最後の方の注釈を参照してください。

 時は明治。所は西洋文化が花開くあずまの都、東京。

 近代国家が治める文明開化の世と言へど、妖は潰えず人を喰らふ。

 されどこの東京府に、悪逆非道の妖に天誅を下す者あり。

 極悪非道な妖に、今宵も必殺の剣が唸る____。



 まだ旧幕時代の面影残る東京のとある下町にある神居神社。

 この神社には、白銀の長い髪の先を黒く染め、側頭部には獣耳のような癖毛を生やし、桜色の唇をした齢十八の少女___ 白尾しらお 狐雪こゆきが居候しながら過ごしていた。


 瑠璃色に輝く瞳を持ち、まるで人形のような可憐な容姿に恵まれていながらも、この美しい姿は文明開化が進み西洋文化が流行るこの明治の世でも十分異形と言えるような風貌であった。


 それもそのはず、彼女は元々人間ではなく、人間と狐の妖怪の間に生まれた妖人と呼ばれる怪物なのである。

 狐雪は幼い頃に幕末の動乱に巻き込まれ両親を失い、天涯孤独の身であったため、それを哀れに思った神居神社の神主・神居かむい 永山えいざんによって引き取られ育てられた。


 彼女は健康に育ち、そして今では彼女はこの神社で居候しながら、愛刀・を引っ提げて明治の東京に蔓延る悪人を成敗し、人に仇なす凶悪な妖の退治に勤しんでいた。



「コーンコンコン、コココーン♪」

 ある日、狐雪が自分でもよくわからない変わった鼻歌を歌いながら神社の境内を掃き掃除している時だった。

 ふと空を見上げると、何か影のような物が落ちてくるのが見えた。


「コン? あれは一体なんでしょうか? なにやら影みたいなものが空から...って、人!?」

 よく目を凝らして見てみると、それは人であった。さらによく見てみると今度はその人影の顔が見えた。どうやら狐雪と同年代くらいの少女のようだ。


「こ、これは大変です! 一大事じゃないですか! お義父様! 空から女の子が‼ ...ってしまった、そういえばお義父様今外出中だったんだぁ‼」


 そうやってあたふたしている間にも少女は地面へと真っ逆さまに落ちてきている。

 なんとか地面に激突する前に受け止めなければと考えていると、狐雪は何かがおかしいことに気づいた。


 少女の落ちる速度が妙に遅いのである。

 まるで某天空の城のヒロインが冒頭で空から落ちてくる時みたいに。

 

 普通ならば自分があたふたしている間に地面に激突していてもおかしくない。

 それに某天空の城のヒロインが持つ飛行石とかいう石みたいな何か特殊な道具を持っているような様子もない。


 どういうことだろうか。

 まさかあの娘には空中浮遊出来るような能力でも持っているのであろうか。


 いやそんなこと今はどうでもいい。

 後で考えよう。

 今は早く地面に落ちる前に彼女を受け止めるのが先決だ。


 狐雪は地面と接触する前になんとか空から落ちてきた少女を両手で受け止めた。

「ふぅ...、なんとか地面にぶつかる前に間に合いました。それにしてもこの娘一体どこからやってきたんでしょうか。着ている服がなんだか奇妙な感じですが...。まあ目が覚めた時に聞いてみましょう。」

 自分の腕の上でうつ伏せ状態になっている少女を神社の中まで運ぼうとした時だった。


 ムニッ


 自分の左手に何やら妙な感触のモノがあった。

 そして自分の左手がちょうどこの娘の股間にあることに気づいた。

 いや、この娘を受け止めた時にはもう気が付いていた。

 この娘には男のアレが付いているということを...。

「コン? 何でしょうかこれ...。なんかこの娘には普通の女の子には絶対付いてはいけないようなモノの感触がするんですが...。胸もなんか板みたいですし...。でもなんかこの感触、嫌いじゃないです...。この柔らかいのが段々硬くなってくる何とも言えないような感触...、何だか段々クセになりますっ。」


 そうやって何度も左手の中にあるものを揉んでいると、腕に抱えていた少女 (?)が目を覚ました。

「んん...、確か俺は講義に遅れそうになって急いでたら、大学の階段から落ちて...。うーん、なんかそこから先がよく思い出せない、さっきから股間を触られてるような感触はするんだけど......ん?」


 横を振り向いた少女 (?)と目が合う。

「あ...、どっ、どーも。」

 すると少女(?)は漆黒に輝く長い黒髪をはためかせ、狐雪の腕から飛び降りる。

 そして下半身を恥ずかしそうに押さえながら紫水晶アメジストの如く輝く瞳で狐雪を睨みつけると、

「なっ、なんだお前は!? 人が気づいてない間にそんな変なところを触るとは一体どういう了見だ!?」

と顔を赤らめながらまくし立てた。


「えっ...、いや...あの...これはなんというか...。」

「問答無用! くたばれ! この変態痴女が‼」

 少女(?)はしどろもどろ言い訳をする狐雪の顔面目掛けて渾身の鉄拳をお見舞いしてきた。

「コオォンッ!」

 狐雪はそのまま神社の壁へと吹っ飛んでいくと、神社の壁を突き破ってそのまま壁にはまってしまった。



「ほ、本当に申し訳ないっ! 助けてくれたとは知らずに命の恩人であるあんたを思い切り殴ってしまった。なんとお詫びしていいか...。」

「まぁまぁいいですよ、それに僕も貴方の...その...、貴方の股の刀を触って揉んでしまったのでお互い様です。あ、あとこれ粗茶ですが。」

 申し訳なさそうに土下座する少女...いや少年___博玉 霊璽郎を、殴られて赤くなった鼻をさすりながら狐雪は許し、急須に入れた緑茶の湯呑みを霊璽郎に差し出した。


「だ、だけどあんたにお詫びも何もしないってのは俺的にも罪悪感で気分が悪いというか...、それにお茶まで頂いちゃって...。」

 どうやら義理堅い性格の持ち主らしく、霊璽郎は狐雪に対していきなり殴ってしまったことのお詫びとお茶のお礼をしたいと言ってきた。


「そうですか、優しいんですね。んー、そうだ、ではこういうのはどうでしょうか? 貴方がこの神社の巫女になって、神社の壁の修理費を稼ぐっていうのは?」

 狐雪は顎に人差し指を当ててしばらく考えると、なんと霊璽郎にとってはとんでもないことを言い出してきた。


「ブフォッ!?」

 当然ながら霊璽郎は飲んでいた茶を吹き出してしまった。

「ゲホッ、ゲホッ、じょ、冗談だろ!? だって俺男だぜ!? そんなのよりもっと良い仕事が...。ってかあんたこの神社の巫女じゃなかったのか!?」

「僕はただこの神社に居候しているだけですよ。だいたいこの服装で私が巫女に見えますか。」

 確かに服装的にはそうは見えなかった。現に狐雪は桜と思しき柄が入った袖と本体が分かれた薄桃色(ただし襟元と袖の一部は空色)の着物に桃色の帯を締め、下には短いスカート状の赤い袴を履いている。

 足に履いている太腿の中程まである長い足袋たびも白ではなく着物と同じ色をしていた。


 しかしもし巫女でないとすれば、この目の前にいるどうやら神主の娘でもないらしい少女は何故この神社に居候しているのだろうか、と言う疑問が霊璽郎の頭に浮かんでいた。

「確かに服装的にはそうは見えないけどさ...。じゃああんた一体なんなんだよ!?」

「私は、所謂孤児というやつなんです。幕末維新の動乱で両親を失い、兄も戊辰戦争に従軍して今ではどこにいるのかも、ましてや生きているのか死んでいるのかもわかりません。天涯孤独の身で路頭に迷っていたところを、ここの神主である神居 永山さんに拾われてきた、という訳です。」

「そ、そうなのか...。なんかつらいこと思い出させちまったみたいで悪いな...ん? あんた、親や兄弟を失ったって下りのとこで何て言った?」

 霊璽郎は狐雪の言葉に何やら違和感を覚え、こう聞き返した。


「コン? だから幕末維新の動乱で両親を失って、兄は戊辰戦争に従軍したっきり行方不明って言ったじゃないですか。それが何か?」

「いやいやおかしくね? 今年って平成三十年、2018年だろ!? 何でこんな150年も前のことを最近であるかのように言ってんだよ!? あんた一体歳いくつなんだよ!?」


「いや貴方の方こそおっしゃる意味がわかりかねますが!? 何ですかその『ヘイセイ』っていうのは!? 今年は明治十一年、西暦だと1878年ですよ!? あ、あと歳は十八です。」

「明治十一年!? 巫山戯ふざけてるのか!? 俺は大学の階段から転げ落ちて気絶しただけだぞ!? さっきからここが学内でないことには気づいてたけど、なんで階段から落ちた先が今から丁度140年前の世界になってんだよ!? 学内からいきなりどこにあるのかもわからない神社に飛ばされたってだけでも訳わかんないのにさぁ!? あ、そうか! これは夢なんだ! きっと頬を抓れば現実から目覚めるはず!」


 衝撃的な事実を聞かされ混乱している霊璽郎は自分の頬を抓ってみるものの、

「痛たたたた! ゆ、夢じゃないだと!?」

 頬を抓った時の痛みがこれが現実だという残酷な事実を少年に突きつけただけだった。


「と、とりあえず落ち着いてください! これは夢なんかじゃありません、れっきとした現実ですよ! こういう時こそリラックスしてこれからどうするべきなのかを考えるべきです。そしてほとぼりが冷めたら、今日からこの神居神社の巫女になってください!」

「いや、なんでその流れでそうなる!? だから俺は男だし、そんなの恥ずかしくて嫌だから断る!」

 当然の如く霊璽郎は狐雪の言葉に対して反発した。


 対する狐雪は不満そうな顔で唇を尖らせながら不平を漏らす。

「え〜...。もったいないじゃないですか。貴方、結構可愛いのに。端から見ればどう見たって可愛い美少女ですよ。巫女の衣装だって普通に似合いそうです。所謂、『こんな可愛い子が女の子のはずがない』ってやつですよ。」

「もったいないってなんだよ!? あと何その偏った意見!? それに可愛いって言われたって俺は全然嬉しくないんだよおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 霊璽郎の絶叫が辺り一面に響いた。


「...つまり、ここは明治十一年の東京の下町で、俺は大学の階段から転げ落ちて140年後の現代からこの時代にタイムスリップしたってことになるのか?」

 その後しばらくして、なんとか落ち着きを取り戻した霊璽郎は、再び茶を啜りながら狐雪にそう問いかけた。

「まぁ、そういうことになるでしょうね。僕も貴方が未来から来たってことは少々信じがたいですが。それにもし貴方の話が本当ならこんな漫画やアニメ、ラノベの主人公みたいな体験ができるのって滅多にありませんよ! そう考えたらめっちゃラッキーなことだと思いませんか? まぁ、なろう系とかでよくある異世界転生ではなかったのは残念でしょうけど...。」


 漫画やアニメ、ラノベの主人公。なろう系。異世界転生。

 明治の人間の言葉からは到底出てきそうもない言葉を平然と発する目の前の少女に霊璽郎は思いっきりツッ込んだ。

「おい待て、あんた明治の人間なんだろ? なんでそんな百数十年以上も後の時代の偏った知識があんたの頭に豊富に詰め込まれてるんだよ!? 実はあんたも未来から来てるってオチじゃねぇのかこれ!?」


「コッコッコッ(笑)。そんな細かいことを気にしたら負けですよ。あと、僕は正真正銘この時代に生きている者ですし、そもそも人間ではありませんよ?」

「は? 人間じゃない? じゃああんた一体何者なんだよ!?」

「なんかさっきからツッコミで忙しそうですね貴方。僕は何もボケているつもりはありませんよ。あ、ちなみにこの僕、白尾 狐雪は狐の妖怪と人間の混血である妖人、言って仕舞えば半妖というやつですよ。そして純血の妖怪と私たち妖人の総称を妖というんです。まぁ妖人も妖怪の一つだと思ってくれて構いませんが。」


 妖怪。半妖。

 聞いたことがある言葉だった。

 確か某ちゃんちゃんこに下駄を履いた少年の漫画や某紅白巫女と普通の金髪魔法使いで有名な弾幕シューティングゲーム、そして某友達腕時計などで有名なアレだ。

 まさかそんなものが実在する、いや歴史上実在していたとは今まで思ってもいなかった。


「よ、妖怪だと!? そんなことが信じられるか!? そ、そんな漫画とかアニメ、ゲームの中の世界でしか存在しないようなのが実在するなんて...。それに妖怪ってこう...年齢は何百歳とか何千歳とかが普通なんじゃないのか? なんであんた俺と同じ年齢なんだよ。」

「いいですか。世の中目に見えているものだけが真実ではありません。例えば、この世に妖怪がいないってことを完璧に反論の余地なく証明できる人間は存在するんですか? 」

「うっ...。」

 霊璽郎は言葉に詰まった。


「妖怪だけじゃありません。幽霊だって神様だってサンタクロースだって未確認生物だって宇宙人だって、見たことある人間なんてまずほとんどいないでしょうが、ただ見たことがないからといってそれが存在しないということの証明にはなりませんよ? それは単に貴方が今までそれが見えていなかっただけで、貴方が見えない所でそれらはちゃんと存在しているんですよ? しかも現に貴方の目の前に妖人である僕が存在しているのですから、もうこの時点で妖怪がこの世に存在しないなんて理屈は通りませんよ?」


 確かにそうだ、妖怪も未確認生物もUFOも見たことがある人間なんてそうそういないだろう。

 だからってそういったものがいないという説明にはならない。

 だが、そんな存在を今まで見たことがなかった人間である霊璽郎が、狐雪の言葉を簡単に信じられるかどうかは別問題である。

 そのため彼は、半信半疑で狐雪の言葉に耳を傾けていた。


「あと僕たち妖人はあくまで人間と妖怪の混血であり純血の妖怪という訳ではないので、人間とほとんど変わらない年齢の方々が存在していても別に珍しくもなんともないんです。そのため普段の妖力は純血の妖怪には若干劣りますが、少なくとも妖力が皆無の人間に比べれば身体能力は格段に上です。まぁ妖力には個体差もあり、中には普通の妖怪と同等か滅多にいませんがそれ以上の妖力を持った妖人もいますし、寿命だって数百年とか数千年レベルですけどね。人間みたいに早くから老化に悩まされることもありませんし。僕たち妖人はまさに、人間譲りの容姿と成長スピード・社会適応能力、妖怪譲りの寿命と妖力・身体能力を同時に兼ね揃えた存在なのです。」

 最もらしいことを言ってやったとドヤ顔を決める狐雪に対し、霊璽郎は人を疑うような何か言いたげな様子の目で狐雪を見る。


「何か文句があるような目をしていますね。言いたいことがあるならこの場で言ってみてください。」

「じゃあ、狐雪。あんたがその...妖怪だっていう証拠を見せてくれよ。」

「そうですか、では...コォンッ‼」

 狐雪がいきなり掛け声を上げたかと思うと、側頭部のアホ毛が逆立ち、狐の耳に変化した。

 それと同時に狐雪は手の中から紫色の火の玉を出し、神社の壁の穴から見えた一本の木目掛けてそれを放った。


 すると、木は瞬く間に紫の炎によって瞬く間に跡形もなく燃え尽きてしまった。

「な、なんだと...。これが妖怪の力だっていうのか?」

 その光景を見た霊璽郎の顔が驚愕の色に染まっていたのは言うまでもないだろう。

 なんたって今の今まで妖怪が実在するということを信じられなかったのだから。

 だがもうこの単なる手品とは思えないようなこの光景を見てしまった以上、もはや妖怪の存在を信じるしか選択肢がなくなってしまった。


「まぁ、これはあくまで妖としての力の一つです。他にもっと色んな能力だってありますし、この国には僕以外にも妖が大勢います。ただ最近は明治政府の妖追討令で、少なくとも政府に反抗的な妖たちは軒並み政府直属の妖怪退治のための特殊部隊『狼士組ろうしぐみ』によって退治されたりしていますが...。」


 妖追討令? 狼士組?

 聞いたことがない言葉だった。

 少なくとも高校時代に日本史の授業でそんな言葉を習った覚えなんて全くなかった。

 少年は聞き覚えのないその言葉を聞いて、頭に疑問符を浮かべたような顔をしていた。


「なんだかよくわからないって顔してますね。では約束してください。今から話すのは政府にとっては他言無用の機密事項なので誰にも絶対に言わないでください。そしてこれを聞いてしまった以上、貴方は恐怖と陰謀が渦巻く妖の世界へと足を踏み入れることになります。つまり、もう後戻りできないですよ。もし貴方にその覚悟があり、他言無用の約束が守れるというならば話してあげますが...。」

 なにやら意味深なことを話す狐雪に対し、霊璽郎は背筋がぞっとするような感覚を覚えた。


(ああ、やっぱりこいつ...本当に妖怪なんだな...。)

 霊璽郎が初めて、目の前にいる少女が妖怪であるということを肌で実感した瞬間であった。

 そしてそれは、霊璽郎の心にある覚悟が既にあったという事を自覚した瞬間でもあった。


「わかった。正直もう俺もただでは元の時代には帰れないっていう事は薄々気づいていたし、何より今まさにあんたが妖だってことを俺は肌で感じたんだ。それと同時にその、妖の世界でもなんでもいいからとにかく未知の領域に足を踏み込むという覚悟は、元の時代に簡単には戻れないとわかっていた時点で既に決まっていたことがわかったんだ。それに俺、口は硬い方だから、絶対にこの事は言わない、約束するよ。」


 霊璽郎からその覚悟を聞いた狐雪はしばしの間黙だんまりした後にこう続けた。

「今のが貴方の覚悟なのですね。わかりました。では話しましょう。妖と明治政府の禁じられた物語を。」



 何で政府と関係ないようなこの娘がそんな重要機密を知っているのかわからなかったが、妖追討令や狼士組と言った言葉を歴史の授業で習わないのは、何か明治政府にとっては公に知られてはまずい理由があるのではないかというのは何となく察しがついていた。

 そして霊璽郎のそんな予測はまさにビンゴと言えるようなものだった。


「10年前、薩長土肥(※十八)中心の明治新政府は妖の力を借りて見事に倒幕を果たしました。その時に結成された妖中心の特殊部隊・妖士隊は戊辰戦争での官軍の勝利に大いに貢献しました。」

「え! えぇ!? 信じられるわけねぇだろそんな、明治維新が妖怪のおかげで実現できたなんて! それにそんなこと日本史とかの授業で学んだことないんだが!?」

 明治維新がまさか妖怪の力で成し遂げられたなんてまるで信じられなかった霊璽郎は、驚愕の声をあげた。

 

「落ち着いて続きを聞いてください。箱館戦争で薩長と幕府の戦いが終結した後、新政府は自分たちが妖の力で倒幕・維新を成し得たという事実を隠蔽するために彼らを口封じのために抹殺しました。そしてその後、逃げた妖士隊の残党や人間に敵対心を持つ妖を始末するため、そして妖を討伐することで欧米諸国に日本が迷信のない近代国家であることをアピールし、条約改正に繋げるために妖追討令を発布しました。まぁ公には治安維持と思想の近代化を名目に出されたものですが。」


 ここまで聞いた霊璽郎はあることを察した。

「もしかしてそういう目的で結成されたのが...。」

「察しがいいですね。それに基づいて組織されたのが妖人による妖退治のための部隊、『第二の新撰組』という二つ名を持つ狼士組という訳です。ただし農民や浪人の集まりだった新撰組と違い、表に出ない裏の存在とはいえ彼らの地位はかなり高く、なんと明治政府の太政大臣(※十九)・三条 実美(※二十)公を直属の上司としているのですよ。」


「ちょ、ちょっと待てよ! 妖人に妖退治をさせるなんて同士討ちもいいところじゃないか!? なんでそんなことになったんだよ!?」

「それに関しては当初は人間の隊士もいたらしいのですが、当然強大な力を持つ妖怪に陰陽師以外の人間がまともに対抗できるわけがありません。箱館戦争の後、新政府は用済みになった妖士隊を始末するために陰陽師を利用したらしいのですが、その直後、近代化のために陰陽道を公的に廃止(※二十一)してしまいました。これからは銃や大砲、軍艦等の近代兵器の力で妖の脅威に対抗しようとした訳です。」


「ああ、んじゃあそれでいいじゃねえか。なんでわざわざ同士討ちさせるような真似をするに至ったんだよ?」

 霊璽郎が怪訝そうに問い返した。

「確かに近代兵器であれば刀や槍よりも安全に妖と戦えます。ですが、それを扱う者が人間では近代兵器も妖の前ではほとんど役に立たなかったのです。その結果、政府内では妖怪退治のための狼士組の構成員を人間から妖人に変えるか否かで派閥争いが起きましたが、結局は毒を以って毒を制する(※二十二)という案が通り、今では隊士たちはほぼ全員が人間と妖怪の混血である妖人となったんです。」


 なんだかひどい話だった。

 いくら事情があったにしろ自分たちの目的のために妖の力を利用し、用済みになったら容赦なく始末し、そして無理やり同士討ちをさせるなんてことが許されるわけがない。

 これでは政府を恨む妖たちもさぞ多いことだろう。

 霊璽郎は明治政府の所業に対する怒りと妖に対する同情心を自身の心に抱いた。


「なんだよそれ......それじゃあ明治政府ってあんたら妖にとっては、もはや単なるエゴイスト(※二十三)共の集まりじゃねぇか! あんたも妖だっていうなら同志集めて政府にクーデターでも何でも起こせばいいじゃないか! どうせその......狼士組っていう妖のくせに政府の犬みたいになってる奴らを除けば他は人間なんだし、狼士組さえなんとかやっつけられれば後は妖の力で政府をどうにかできるんじゃないのか!?」


 これまでの話を聞いて怒り出した霊璽郎に対し、狐雪は呆れたようにため息をつきながらこう続けた。

「はぁ......お気持ちはわかりますが、とにかく一旦落ち着いてください。僕はその狼士組と協力関係にあります。つまり実質的に維新政府に仕えている身ですので、正直彼らの悪口とか聞いていて気分がいいものではありません。」


 それを聞いた霊璽郎は目の前の少女が何故憎いはずの明治政府にんげんに味方しているのか訳が分からなくなり、こう言った。

「えぇ!? なんでだよ!! 妖士隊とかいう連中もそうだけど、なんで妖であるあんたまでそんな政府に味方しているんだよ! 本当はあんた明治政府に不満があるんじゃないのか!?」


 狐雪は霊璽郎とは対照的に冷静さを保ちながらこう続ける。

「僕自身特に明治政府に対して特に不満はないですよ。それに個人的にはむしろ人間とはできれば普通に仲良くしたいと思っているんですよねぇ。人と妖の世界の均衡が崩れつつある今、わざわざ人間と仲悪くする必要もないじゃないですか。」


 納得できない様子の霊璽郎はその言葉に対して反論を続ける。

「だからその人と妖の世界の均衡ぶっ壊したのって他でもない明治政府なんだろ? それに憎んでてもおかしくない相手と仲良くしようだなんてバカじゃないのお前!? ああそうか、お前要するに同族を見捨てて人間に媚び売ってる訳なんだろ? 全く薄情な奴だぜ。」

(はっ...!)

 霊璽郎は流石に言いすぎたと思い、慌てて口をつぐんだ。


 しかし、狐雪は霊璽郎のきつい言葉に対して声を荒げることはなかった。

「とにかく最後まで聞いてください。私は別に人間に対して媚び売ってる訳ではありません。人と敵対さえしなければ妖追討令に引っかかって退治される事もないからっていうのは確かですけど。」


「じゃあ一体なんだっていうんだよ?」

 霊璽郎が怪訝そうに訊ねる。

「私はただ自分の理想とする国のために戦っているだけですよ。つまり、己の正義というやつです。それに単に妖と言っても人間に友好的な者もいれば敵対心を持つ者、無関心な者、只々血肉を求めるだけの危険な者等色々いるんですよ、その辺は人間と全く同じなんです。妖同士でも仲の良し悪しとか普通にありますし、狼士組の方々だって別に人間に敵対心を持っている方はいないので、別に嫌々明治政府に従っている訳ではありませんよ。」

 

「そ、そうなのか...。じゃあ一体何で...?」

 そう問いかける霊璽郎に狐雪はこう答えた。

「私が望むのはこの国の平和と人と妖の共存です。」

「人と妖の共存?」


「ええ。明治政府が進める廃藩置県による中央集権化と徴兵令による軍隊の近代化、そして国民の教育レベルの向上と殖産興業政策による産業の育成は今や急務。内戦を起こしている暇なんてありませんよ。幕末の動乱の頃だって、太平天国(※二十四)やら米利堅メリケンの内戦(※二十五)やらで色々あって、たまたま列強の目が日本から遠のいていただけです。もし現在に至っても未だに幕末の動乱が続いて国内がゴタゴタしていれば、いずれこの国は香港島や九龍半島(※二十六)などを奪われて虫食い状態になった清国(※二十七)や、国が丸ごと英国の植民地と化した印度インドみたいになってしまいますよ。」


 その辺は高校の時に世界史の授業で習ったことがあった。

 確かこの時代は欧米列強がアジアやアフリカの国々を脅して不平等条約を結ばせたり、侵略戦争を起こして植民地にしたりしていた時代だ。

 そんな時代に内戦なんて起こしていたら、この国は外国の植民地になってしまうことは間違いなかった。

 霊璽郎はそんなことを考えながら、アヘン戦争やインド大反乱といった言葉を頭の中で思い出していた。


「ならば僕はこの国を守るために、国に災厄をもたらさんとする私欲にまみれた悪人や人に仇なす悪い妖にお灸を据えてやるだけです。この世の中を妖追討令や狼士組なんかがなくても、人と妖が互いに共存しあって生きていけるような平和な世の中にするために。それが僕の理想の世の中なんです。」

 狐雪のそんな言葉を聞いて、怒っていた霊璽郎はだんだんと冷静さを取り戻していった。


「は、薄情な奴なんて言ってすまない。俺実はあんたが自分の保身のために同族を売るような自分勝手な奴だと思ってしまってさ、エゴイストっていうのは俺が一番嫌いなタイプの人間だからつい怒りがこみ上げてしまって......。それに明治政府にだってこの国のことを考えている人がいるってことは俺もわかってるし......。」


 霊璽郎の謝罪を受け入れた狐雪はこう続けた。

「別に良いですよ。本当にひどい話ですのでまぁ怒るのも無理はないでしょう、これがきっかけで人間不信になった妖も多いですし。ちなみに今まで話したことは狼士組の局長さんから直接聞いたことですよ。まぁ...ただ明治政府の闇を知った時は正直私も驚きましたがね、でも彼らとて所詮は革命家の集まり、綺麗事だけじゃ革命は成し得ないってことですよ。」

「ま、まぁ確かに革命に血は付き物とか言うしな...。」


「ただ妖士隊の中には維新政府を利用して自分が天下の覇権を握ろうとした不届きな連中もいたらしいですし、そういう者たちを排除したという点では英断だったかもしれませんね。まぁそれならそもそも妖の力なんて借りるべきではなかったんでしょうけど。」


 確かにそうだ。

 端から見ればひどい話だと思うが、強大な力を持っている分、人間にとって妖は味方になれば心強いが、敵に回すと途端に恐ろしい存在となるのは間違いない。

 それに妖だって必ずしも最初から人間に友好的だとは限らない。

 自分たちが恐ろしいと感じたものは何が何でも排除したくなるのは人間の性である。


 明治政府にとっても妖の力は喉から手が出る程欲しいものの、妖そのものは心から信用できるような相手ではなかったのだろう。

 何かよからぬ思惑を持った上で政府に協力した妖だっていたことだろうし、そう考えれば政府が妖にした仕打ちも許されることではないが、一応筋は通っているだろう。


「ところで貴方、名前をまだ聞いていませんでしたね。名前を教えてください。」

「は、博玉 霊璽郎だけど......。」

「では霊璽郎さん、今日から貴方の名前は霊華です。さて、大幅に話が逸れてしまいましたので、話を戻しますが霊璽郎さん改め霊華さん、今日から貴方に、僕と一緒に悪に天誅を下すこの神社の巫女になってもらいます! 実は幕末の動乱が終わったとはいえ、その頃から人間と妖の均衡が徐々に崩れかけていたのが今ではさらに酷くなり、旧幕(※二十八)の頃よりも人と妖の間で起こる騒乱が倍以上に増えてしまったのです。そして今や、日常的に妖による人食い事件が起こり、いつ幕末の動乱期に戻ってもおかしくないような混沌とした時代をこの国は迎えています。ですので貴方に凶暴化した妖からこの国を守る私のお手伝いをして欲しいのです。あ、ちなみに拒否権はありませんよ? なんせこの神社の壁壊したのは貴方ですし、先程後戻りできないって言いましたからね♡」


「あ! 狐雪てめぇ嵌めやがったな! 最初から俺に巫女やらせるつもりで語ってたんだろお前!? 妖怪退治ならまだしもなんで俺が巫女にならなきゃいけないんだよ!?」

「はて何のことやら、それに関しては霊華さん、貴方が覚悟を決めたって言うので話してあげただけですよ。あと、霊華さんには少なくとも僕が知る限り、普通の人間にはないと思われる時間移動能力と浮遊能力が備わっています。普通の人間にはない特別な能力を持っている、これ即ち霊華さんには巫女としての素質があるということです! だから僕と契約して、この神社の巫女になってよ!」


「そんな無茶苦茶な......。だからって俺に妖怪退治のための特別な能力があるとは限らないだろ......。つかお前はいつからキュ○○えなったんだよ。はぁ......。」

 その根拠が曖昧な変な自信はどこから来るのだろうか、と思いながら霊璽郎は大きくため息をついた。


「最初から諦めてはダメですよ。己の特殊能力を信じなければできるものだってできません。それに僕は妖人なので巫女にはなれないんですよ。こればっかりは人間の貴方に頼むしかないんです。その代わりと言っては難ですが、私にはこれがあります。」

 そう言って狐雪は背後にある刀掛け台から一振りの刀を持ち出し、その場で抜刀して見せた。


「か、刀!?」

「そうです。これはこの神社に奉納されている御神刀、雪血華で僕の愛刀なんです。これを使ってえい! やぁ!ってな感じで天誅を下すんです。」

 そしていきなりその場で刀を振るい始めた。


「うわっ! 危ないじゃねえかそれ振り回しながらこっち来んな! というかこの時代ってもう廃刀令が出された後なんじゃないのか!?」

「大丈夫ですよ。この刀で斬られても別に死にはしないし痛みもないんで。だから仕込み刀より安全な代物ということで一応政府にはこの雪血華のみという条件付きで帯刀許可をもらってるんですよ。ただし普通の刀の帯刀は当然認められていませんし、帯刀許可の代わりに僕には狼士組への協力義務が課せられて、事実上明治政府に仕えることになりましたけどね。ただこの刀で斬られた者は特殊な術にかけられ、直接火で炙られるか熱い風呂に入れられるか釜茹でにされるまで、呼吸と心臓の鼓動以外の一切の動作を封じられるので、多少の火傷を負う覚悟がなければもう何もできなくなってしまいます。それはまるで、氷漬けにされたかのように。」


「それって普通の刀とは別の意味で危険ってことなんじゃ......。」

「人の命を奪わないだけマシですよ。不殺ころさずって言いながら峰と刃が逆になった刀を振り回してた某伝説の元人斬りみたいなもんです。まぁ中には刀で斬られた際にかけられた術を解く過程で、全身に大火傷を負って某弱肉強食の木乃伊ミイラ男みたいになってしまったり、焼死してしまったりする方もいるそうですが、それは私の関知するところではありません。あ、いいことを教えてあげましょうか。霊華さん、もし貴方が巫女になるっていうのなら、今やっているこれを辞めてあげますが?」


 冗談じゃない。

 あの刀で斬られて強制的に大火傷を負う羽目になるくらいだったら、いっそ恥を捨ててこの神社の巫女になってやろうじゃないか。

 霊璽郎はそう心に決めたのであった。


「わ、わかったから早くその刀しまえよ!」

「ココッ、物分りがよろしいようで助かります。」

 そう言って狐雪は雪血華を鞘に収めると、

「では、はいっ。」

 その合図で指をパチンとならした。

 すると霊璽郎の着ている服は、自身が通っていた高校の制服から巫女服へと一瞬で変わってしまった。

「へ? うわっ! なんてことしてくれたんだ狐雪! 俺のパーカーとジーンズをこんな......巫女服に変えやがって! 今すぐに元に戻せ!」

「戻す訳ないじゃないですか。こんなに似合っているのに...。あぁっ、霊華さんっ、貴方のその恥ずかしがっている姿を見ているとっ、なんだか可愛らしくって色んな意味で食べてしまいそうですっ。ハァッ...、ハァッ...。」

「う、うわぁっ! 辞めろ! こっち来んな!!」


 狐雪の声が妙に色っぽく感じた。

 彼女は、着物の胸元をはだけさせ、顔を赤らめ熱い吐息を吐きながらこちらに迫ってきた。

 霊璽郎はそんな様子の狐雪に本格的な貞操の危機を感じ、一刻も早くこの場を立ち去ろうとする。

 しかし強い力で腕を押さえつけられてしまい、逃げられなくなってしまう。

 なんとか逃げ出そうとする霊璽郎だったが、相手は妖である。人間である自分がもがくだけ努力の無駄であった。


「ココッ、もう逃げられませんねぇ。」

 狐雪は色っぽい感じで舌舐めずりをすると、霊璽郎の唇に、自身の瑞々しく柔らかそうな桜色の唇を近づけてきた。

 ああ、これから自分はこの妖女に色んな意味で食べられてしまうのか......。

 まぁでも、この娘かなりの美少女だし、正直言ってしまえば顔は自分の好みどストライクだし、巨乳だし(ここ重要)、なんだか悪くないかもな......。

 霊璽郎がそう思った時だった。


「狐雪! 今帰ったぞ!」

 玄関から年老いた男性の声が聞こえてきた。

「あ、どうやらお義父様が帰ってきたようです。チッ、いいところでしたのに。」

 狐雪は舌打ちをしながら霊璽郎から手を離し、玄関へ向かった。


 どうやらここの神社の神主が帰ってきたらしい。

 このままだと自分の貞操がマジで脅かされるところだったので正直助かったと胸をなでおろす霊璽郎であった。

 神主さん、グッドタイミング!

 暫くした後に、狐雪が白い狩衣を着て黒い烏帽子をかぶり、白い顎鬚を生やした老年の男性を連れてきた。


「お義父様、紹介します。この方が今日からこの神居神社の巫女になってくれる博玉 霊華さんです。霊華さん、紹介しますね。この方がこの神居神社の神主、神居 永山さんです。」

「ほう、お前さんが狐雪が言っていた未来から来たという不思議な人間か。うちの狐雪がお世話になったようだね。まぁ今更居候が増えたところで私には別に何も困ることはないし、それに今日からうちの神社の巫女になってくれるってならこれ以上商売的に上手い話はない。お前さん、他に帰る場所がないのだろう。ならば是非この神社を自分の家のように好きに使いなさい。これからよろしくどうも。」


「え、あ、はい。こちらこそ今日からよろしくお願いします。神居さん。あと、神社の壁を壊してしまってすみません。俺がその......これから巫女として働いて修理費稼ぐんで。」

 半ば脅されたような形ではあったが、引き受けてしまった以上は修理費を稼ごうと思っていたが、いきなりその必要がないことを言われてしまう。


「ああ、それだけど別に今からでも修理できるぞ? それにお前さんが今日からうちの神社の巫女になってくれるのだろう? ならばそれで許そう。だからあまり緊張せずに楽にしていなさい。それにしてもお前さん、だというのに、ずいぶんとまたのように可愛らしい顔をしておるのう。端から見ればどう見ても女子であるぞ。」

「え? なんで俺が男だってわかったんですか?」


 霊璽郎は初めて初対面の人物に男だとわかってもらえたことに驚愕していた。今迄出会った者たちは少なくとも自分の股間の刀を触った狐雪以外は、初対面で自分のことを男だとわかった者はいなかった。

 いくら言葉遣いを男っぽくしても「俺っ娘」とか「ボーイッシュ」などと周りから言われるだけで、自分から男だと言わない限りは絶対にわかってもらえなかったし(しかも大抵一度だけじゃ信じてくれない)、銭湯に行ってもいつも女湯の鍵を渡されるという毎日を送っていた霊璽郎は戸惑いながらも心の中ではそのことに大いに感動し、目に涙まで浮かべてみせた。


「言葉遣いと声でわかるわいそんなもん。一人称が俺だし声も中性的で、若干男の子みたいであったからもしかしてと思ったのじゃ、まあ自信はそれほどなかったが。あと、男の子で霊華という名前なのはどういうことなのじゃ。」

「実は霊華ってのは狐雪が勝手につけた名前で、本名は博玉 霊璽郎というんです。ですが、俺は今そんなことはどうでもいいくらいに嬉しいんです。今迄初対面の人で俺が男だってわかってくれた人は貴方が初めてなんです。ああ、まるで夢みたいだ......。」

「そ、そうであったのか。く、苦労しておったんじゃなお前さんも......。」

 泣いて喜んでいた霊璽郎を見て、永山は若干引き気味になっていた。


「それでは、私は霊華さんを街へ案内していきますね。」

 そこで今迄黙っていた狐雪が口を挟んだ。

「そうか、では儂は神社の壁を直しながら待つことにしよう。日が暮れるまでには帰ってくるのじゃぞ。」

「はい、ではお義父様。行って参ります。」

「あ、ちょ、ちょっと放せよ! わざわざ腕引っ張らなくっても自分で歩けるっての!」

 霊璽郎を無理やり引っ張っていくようにして狐雪は東京の街へと出かけて行った。

(※十八):薩摩藩(鹿児島県)・長州藩(山口県)・土佐藩(高知県)・肥前藩(佐賀県)のこと。これらの藩は倒幕派の中心として維新後藩閥を形成し、明治政府の要職をほぼ独占するようになった。

(※十九):太政官制時代(1868〜85)の政府の最高職。現在の総理大臣クラスであるが、国内の政治の実権は内務卿が握っていた。

(※二十):藤原氏の血を引く名家出身の公家、政治家(1837〜91)。1863年、八月十八日の政変で京都を追われ、長州に逃げる(七卿落ち)。王政復古にて政界へ復帰し、維新後は議定・副総裁などの要職を経て太政大臣となり、維新政府の名目上のトップに君臨した。内閣制成立後、内大臣。

(※二十一):明治三(1870)年に明治政府は陰陽寮廃止と天社禁止令を発布し、陰陽道は迷信だとして公に廃止した。

(※二十二):悪を取り除くために、別の悪を利用する事。

(※二十三):自分の事しか考えず、他人を顧みない利己主義者。

(※二十四):清末の宗教家洪秀全(1814〜64)がキリスト教の教えに惹かれ、1851年に南京を首都として自ら天王を自称し建国した国。清朝打倒を目指し勢力を広げるも、曾国藩(1811〜72)・李鴻章(1823〜1901)らの軍隊や英仏などの列強の力を借りた清朝に鎮圧され、1864年に洪秀全が病没した後程なくして滅亡。

(※二十五):アメリカの南北戦争(1861〜65)、奴隷制の是非を巡ってアメリカが北部と南部に分裂し、北部が勝利した内戦。奴隷解放と『人民の人民による人民のための政治』を唱えたエイブラハム・リンカーン大統領(1809〜65)で有名。

(※二十六):香港島の北にある半島。1856年のアロー号事件をきっかけに起きたアロー戦争(1856〜60)の結果、イギリスが清から割譲させた。

(※二十七):当時の中国を支配していた女真族(満州人)の王朝。17世紀後半から18世紀の、康熙帝(在位:1654〜1722)から乾隆帝(在位:1735〜96)の時代にかけて最盛期を迎えるも、作中の時代では既にアヘン戦争(1840〜42)敗戦以降進出してきた西洋諸国に屈しており、半植民地化が徐々に進んでいる状態。

(※二十八):明治維新後、江戸幕府を指してこう呼んでいた。

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