プロローグ
二作目ということで長編です。
サスペンス・ミステリーとファミリードラマの間というやつですが、中途半端にならないように努めたいと思います。
プロローグ
「…ありがとうございました。」
白衣の集団が去った後で、男は途方に暮れていた。最愛の妻が、息子を産み遺して亡くなった。その事実に打ちひしがれていた。
曲がった背中で振り向くとそこには長女である娘が立っていた。母が亡くなったという事実を彼女にどう伝えるべきか。迷いながらたどたどしく彼は口を開いた。
「葵、来ていたのか。」
「母さんは。」
そう尋ねた娘を男は無意識に抱きしめていた。
「母さんは、母さんは亡くなったんだ。」
そう口走った男の目に雫が伝った。
「…そう。」
「弟を残して亡くなった。」
「…わかった。」
余りに、淡白な反応に男は少し拍子抜けした。
幼さ故に死というものが理解できないのか。いや、葵には彼の娘には感情が欠如しているのだ。男は理由の察しがついていた。単に大人びていただけだと思っていたのは大きな誤解だった。一ヶ月前、彼女を検査にかけた時にその病は発覚した。
"無痛症"
彼女は痛みを感じない。そのことに自分でもショックを受けて、以前よりすっかり感情表現が乏しくなってしまったようだった。
「お父さん、私たちこれからどうなるの。」
男は願った。この子がこのままでもしっかり幸せになることを、だから伝えようと思った。心に残ったありったけを。
「葵、大丈夫、大丈夫だ。葵を守ってみせる。僕らは幸せになれる。生きていこう。3人で。前を向いて。」
葵は沈黙した後で静かに尋ねた。
「弟の名前は。」
男は少し口角を上げて答えた。
「翔也、上田翔也だ。」
プロローグということで本作はまだまだ続きます。不定期ですが、読んで頂ければ幸いです。