2話 原点
十二年前。
「くそ!なんでチヒロに勝てねえんだ‼」
当時五歳だったレントとチヒロは、幼稚園の子供たちの中でも小学校中学年に相当する魔法技術を有していた。そのため、将来優秀な魔法使いになると周りの大人たちから期待されていた。
「ふふん、これでレントもわかったでしょ?私のほうが強いって」
そのことをレントとチヒロ自身自覚していた。そして、暇さえあればお互いの魔法をぶつけてどちらがより強いかを競っていた。
「くっそ、今日が最後だから、何としてもチヒロに勝ちたかったのに‼」
「そっか。これでレントと会えるの、最後なんだよね……」
この日は幼稚園を卒園した後、レントが家の事情で筆耕してしまうため、チヒロと会える最後の日だった。
「……でもなあ、チヒロ。知ってるか?」
「何が?」
疲れ果てて寝そべっていたレントが、唐突に起き上がる。
「優秀な魔法使いは、十五歳になったら魔道学園ってところに入れるんだってよ。だから、俺達またそこで戦えるぜ」
「そうなの⁉じゃあ、またレントと戦えるのね⁉」
レントの言葉に、曇っていたチヒロの表情が明るくなる。
「ああ。そのとき、決着つけようぜ。それで、勝ったほうが一番だ」
「うん‼約束‼」
チヒロとレントが小指を掛け合う。
「ゆーびきーりげーんまーん、……」
沈む夕焼けに照らされながら、二人の幼子は契りを結んだ。
そして時は経ち、チヒロは見事国立魔道学園に入学する資格を得た。しかし、いくら探してもレントの名前がない。
「なによ、約束したのに……」
小学校、中学校と常にその地域で一番の魔法の実力を持ち、「魔女」とまで謳われたチヒロは、魔法学園でレントに会うことを心から楽しみにしていた。だからこそ、道半ばで挫折したのか、実力が衰えてしまったのか、そんなレントを想像しては憤慨したし、目標を唐突に失ったチヒロは一時期抜け殻のようになっていた。
「……ううん、これじゃだめだ」
しかし、チヒロは思い直した。
「レントが忘れたのなら、思い出させてあげないと」
今もどこかにいるレントにまで名前が届くくらい、有名になってやる。そのためには、まずこの学校で一番になることだ。チヒロは一層の情熱をもって魔法の勉強に打ち込んだ。
「……あれ?」
しかし、チヒロは疑問に思った。いくら勉強しても、実戦練習に取り組んでも、一向にこの魔法学園のほかの生徒のような実力が身につかないのだ。
「お前、不思議な奴だなあ。毎日徹夜で勉強してるのあたし知ってるけどさあ、なんで上達しないんだろうな」
全寮制の魔法学園で最初に友達になったのは、ルームメイトのケイコだった。
「せっかくチヒロとは最初に顔合わせた縁があるんだ、なんでも力になるからな」
「ケイコちゃん……ありがとう」
入学してしばらく、ケイコに授業の内容を復習してもらう日が続いた。だが。
「……ごめんなチヒロ。あたし、ここでつまずくとは思わなかったから……なんて説明していいのかわかんねえ」
「そっか……わかった、自分で理解するよ」
チヒロがケイコに質問した内容は、どれもケイコいわく基礎的な内容だったようで、納得のいく答えが得られたことはほとんどなかった。
「お前、こんなところで躓くなんて……どうやってここに入学したんだ」
担当の先生に質問しても、帰ってきたのはおおむねケイコと同じような内容の答えだった。
「なんで、私だけこんなに遅れてるんだろう……」
気が付けばチヒロは努力の甲斐なく及第点ギリギリのレベルの進級となり、学年中の生徒から「落ちこぼれ」のレッテルを貼られていた。
「元気出せよ。どんなに優秀でも、組織の中にいる以上序列はつくし下のやつは上のやつがバカにする」
「うん……」
「……チヒロ、お前は魔法が使えるだけで十分すごいんだ。気に病むことないからな」
「うん、そうだよね。ありがとうケイコ」
中学生までの基礎魔法とは違い、魔法学園に入学した生徒にはより高度な魔法を学ぶ機会が与えられ、世間的にはエリートに位置づけられる。魔法学園出身とう学歴だけで重役ポストを用意する企業もあるくらいだ。
二年生に進級する準備期間、ケイコは何度もチヒロを遊びに誘い、すっかり自信を無くしたチヒロの元気を取り戻そうとした。チヒロにとってそれはうれしいことでもあったが、同時に罪悪感もあった。
(成績の悪い私に付き合うと周りからもあまりいい印象もたれないのに……)
チヒロはケイコの助力もあり徐々に元気を取り戻していったが、当初のような「レントにも名前が届くような実力を」という志は失っていた。