1話 12年後の君へ
「頼もう‼」
彼が学校に姿を現したのは、桜の葉もいつのまにか見かけなくなった四月の下旬のころだった。
「この学校で一番強いやつと戦いに来た‼ 中に入れろ‼」
校門の前でそう騒ぐ彼を見るために集まった人数は、授業中にも関わらず四十人から五十人と大人数だった。無論、私もその一人だ。隣にはこの高校で知り合って一年になる友達のケイコに連れられてきた。
「うわ、チヒロ。なんかすごい騒ぎになってるな」
「う、うん、そうだね…」
人波にもまれながら、ケイコが男のような短い髪をかきむしりながら言った言葉を、私は前髪をいじりながら上の空で返事をする。
「まさか、ね…」
私は気が気でなかった。全く身に覚えのない出来事のはずなのに、昔の記憶をかき回されるような、そんな心地がした。
「おい! なんだ貴様は‼」
「ここは道場じゃないぞ‼」
校門前で警備員と彼の激闘が繰り広げられていた。
「そんなことは知ってるわ! 俺も道場なんかに用はねえ‼ 俺はこの国立魔道学園で一番強い……強くなってるだろう奴と戦いに来た‼」
迅速に駆け付けた警備員に両腕を押さえられ、男は身動きの取れない状態となっていた。それでもなお大声を出す彼の姿を見ていた校門の向こう側の生徒たちが滑稽に感じたのだろう。一人、また一人と失笑を隠し切れなくなる。気が付けば、私たちは生徒の嘲笑の渦の中にいた。
「はっははは! 何、あの人!?」
「だっせえなあ! 誰だかわかんねえけど、あんなやつがうちの高校のやつに一人だって勝てやしねえよ!」
嘲笑の声は次第に大きくなり、ついには授業に生徒を連れ帰ろうと来ていた先生も笑いだす始末だった。
「……ホント……笑えるなあ。チヒロ、落ちこぼれのあんたでも一応魔法使えるんだし、あいつになら勝てるだろ」
「どうかな……」
隣にいたケイコもお腹を押さえて、もう一方の手で涙をぬぐいながら言った言葉に、私はまた上の空で返事をしてしまう。
「ねえ、ケイコ。あの男の人、私たちと同い年くらいに見えない?」
「え?まあ、言われてみればそうだな、それになかなかイケメン……って、それがどうしたんだ?」
「ううん、なんとなく」
ケイコの返答で、いままで感じていた違和感が確信に変わった。いや、思い出したというほうが正しい。
やっぱり私、あいつ知ってる……。
「くっそ、ここで使いたくはなかったが…仕方ねえな」
彼は舌打ちをすると、自由に動かせる右手のひらを握り、拳に力を込めた。
なんで、まだ覚えてたの……。
「な、なんだあれ⁉」
「右腕、光って……⁉」
生徒たちの嘲笑がざわめきに変わる。彼の右腕は青白く光っていた。
「チ、チヒロ、あれ…魔法の波動じゃねえか⁉」
横にいたケイコも異変に気付き、驚きを隠すことなく私を肘でつついている。しかし、私にはそんなケイコと話をする余裕がなかった。
「なんで、忘れてくれなかったの……もう十二年も前の約束じゃない……?」
私がつぶやいた次の瞬間、彼は右腕を大きく振りかぶり、押さえつけていた警備員を振り払った。唖然とした警備員はそのまま宙を舞い、校門に背中をぶつける。激しい金属音に生徒たちは叫び、大きく後ずさった。
「貴様、何をした⁉」
一部始終を間近で見たもう一人の警備員は戸惑いを隠しきれないのか、彼から手を放し腰に提げていた拳銃を構える。その動きは一瞬で無駄はなく、本来なら彼に抵抗する時間はなかった。しかし、私は見逃さなかった。
右腕と同様、彼の両足が青白い光をまとっているのを。
次の瞬間、彼は警備員に肉薄。射程範囲から一瞬で消えた警備員は何の抵抗もできないまま、彼の右の拳の餌食となった。人の倒れる音と、拳銃が地面を捨てる音が響く。それ以外の音が全くなかった。私の周りの生徒、そして先生までもが、彼が目の前でとった行動を目の当たりにして絶句していたのだ。
「本当はあいつと戦うまでこの力、見せたくなかったんだが……まあ、仕方ねえ。少なくともこれで、俺を馬鹿にする気は失せただろ」
彼は校門の柵に手をかけると、例によって両腕に魔力をこめ、鉄柵を曲げた。できた隙間から、学園内に侵入してくる。
「なんだよあいつ、なんであんなことできるんだよ……」
「特殊な家系でもない限り、人なんか殴ったら殴った腕のほうが折れるはずよ……」
「ていうか、あれ魔法?なんでここの生徒でもない人が、あんなに自由に魔法を使えるわけ……?」
生徒たちは恐怖をにじませながら、彼が歩み寄る分だけ後ずさる。
「お、おい、誰か攻撃魔法で迎撃しろよ」
「無理よ、見たでしょ⁉ この距離で攻撃しようとしても警備員の二の舞よ」
「生徒会執行部はだれか来てないのかよ……逃げるしかねえじゃねえか」
生徒たちの恐怖がパニックになりつつあった。
「な、なあチヒロ、早く逃げようぜ。このままここにいたら、あたしら殺されちまうよ」
ケイコが私の肩を揺さぶる。でも、私は微動だにしなかった。いや、できなかった。目の前の彼が、どのような目的のもとここに来たのか、私だけははっきりと理解したから。
「レント……」
「お前ら、聞け‼」
彼、いや、レントのその一言で、パニック状態だった生徒たちは水を打ったような静寂に包まれた。
「俺は、この学校に入学するために来た‼ だが、試験を受けられなかったから、俺の戦いを見て俺がこの学校に入る実力があるかどうかを判断してもらいたい‼」
レントはいまだ堂々としている。そしてレントの言葉で笑い出す人は、もう誰もいなかった。
「無論今の戦いではない、あんな不意打ちに近い勝利では納得するものも少ないだろう‼ だから、俺はこの場にいるある人物に正式な試合を申し込みたい‼」
次の瞬間、レントははっきりとこちらをにらんだ。私とレントの視線がぶつかる。
「神崎チヒロ‼ 決着をつけ、約束を果たすときだ‼……俺と勝負しろ‼」