夜遊びの代償
十二時。もうガラスをこつんとされなくても気配でわかる。車の音が遠くで止まる音が聞こえると、満流はこっそり家を抜け出した。チャリで遊んでいるうちに、夜遊び仲間が増え、満流らはバスケ部の元先輩たちの集団にも出入りするようになっていた。先輩が車を出して、行動範囲が俄然広くなる。
「あれ、祐二?」
てつの隣で祐二が頬をピンクにして照れくさそうに笑ってる。
「今日だけ入れてな。ストレス発散するけん」
てつとひろしが肩をすくめ、初心者マークの周がぶいーんと車を走らせた。
おんぼろパジェロはすでに定員一杯。寿司詰めの車内はなんだかこの世に自分たちしかいないような感覚を生み出す。自然ににやけてハイな気分になってくる。たまり場の諒の家にいつものようにどたどたと入り込んで行くと、いつもと違って、派手目のギャル風な女の子三人が入ってきた。
その後ろから周の職場仲間の男二人も来て、女三、男四、それと満流たち中学生のガキ四人という、妙な集団になってきた。真ん中の二重の幅の広い、目の大きな子が、やたらと満流を見てきて、何なんだと思ってたら、周に手招きされて、ガキ四人は部屋から体よく追い出された。
「あー、疲れた。」
ひろしが今まで息ができなかったかのように大きく深呼吸してみせる。
「おれら完全にお邪魔虫やったもんな。」
祐二が言うと、てつはキョトンとしていた。まあ、せっかくだから今夜は四人で楽しもうということになって、ひろしが車のキーをプラプラさせる。
「とにかく例の場所、行こうや。」
周のパジェロで例の場所、車で砂浜のすぐ近くまで入れる海岸に向かった。諒の家からは細い裏道を通って五分ほどで来れる場所だ。国道378号線。夕日が日本一綺麗だと謳われている場所だけど、今は霞んだ月が出ているだけ。
車を止めて部屋から持って出た飲み物を飲みながら車内であれやこれやしゃべった。夜中の吹きさらしの海岸では十月中旬でも、かなり寒い。窓を閉め切ると、ガラスがほわーっと白く曇る。
ひろしと祐二は缶入りの発泡酒を飲んだ。満流とてつはコーラ。てつは前に一回飲んでみて、すぐに気持ち悪くなって、飲むのをやめたのだけど、満流は酒は一生飲まないと決めている。
ひろしはポケットから煙草も取り出してぷかぷかやってる。勧められるまま、満流たちも吸う。夜中のドライブでは、酒が入るのは初めてだったけど、煙草はいつものこと。満流は買ってまでは吸わないけれど、勧められればいつも吸った。皆が吸うと煙たすぎて、結局寒いけど窓を開けた。
「さっきの高校生、どの子がよかった?」
ふだんあまりしゃべらないひろしが酒の勢いで饒舌になっていた。
祐二が真ん中の子と答えた。三人ともまあまあだった。ただ、真ん中の子が目が大きくてはっきりとした顔立ちで、後の二人の印象をぼやっとさせていた。
「真ん中の子、みっ君ばかり見てたな。」
残りの三人が顔を見合わせてにやっとした。
「ちょっとケバかったけど、目は瞳ちゃんに似てた。」
と言って、ひろしが何とも言えないでれっとした顔をしたのでてつがすかさずフォローした。
「ひろっちゃん、開田のこと、好きなんやもんね。」
するとひろしが負けずに返した。
「てつもそうやん。」
満流には初耳だった。てつは耳たぶを赤くして、唇を真一文字にしてひろしを見た。そして両手を振って強く否定した。
「一年の頃のことやが。今は違うけん。」
ひろしとてつは一年の時、同じA組、瞳もA組だったらしい。ひろしは一年の五月まではきちんと学校に行っていたが、その後、だんだん休みがちになり、二年になってからは一度も登校していなかったのだ。
「俺、瞳ちゃんに会うために学校行ってたようなもんやけん。」
祐二が横槍を入れる。
「ほんなら、今は? 学校行ってないやん。」
動じず、にやりとひろしは笑う。
「そりゃ、学校がかったるくなったけん行かんだけやどな。瞳ちゃんは俺のことなんか相手にしてないし。」
「ふうん。」
祐二がなんだか興味深そうに聞いている。満流はなんて言っていいか分からないので黙っていた。
「開田ってどこがいい?」
祐二はなおもひろしに質問を浴びせる。
「まず顔。それとあの姿勢…」
てつがじれったそうに乗り出して、口をはさむ。
「ひろっちゃん、体育館で開田の練習見て、ほれこんでるんよ。」
めずらしく、言いたくて仕方がないらしい。酔いが回ってきたのかひろしは口をゆるめ、目を遠くにやったままゆっくりした口調でしゃべり出した。
「なぁんか、俺、感動したんじゃ。あーんな細い棒の上、平気で一回転するんで、びびったわ。背筋ピーンと伸ばして、何回も何回も飽きもせずに同じことして、」
ひろしの家は、町営体育館の裏にある。体育館は大きなガラス張りの窓で、中の様子が外から見える。まじめに生きること、おなじような日常をおくることを毛嫌いしてるとばかり思っていたひろしがそんなことをいうのは意外だった。
「体育館の覗き見はいけませんよ、ひろしくん。」
祐二がわざと真面目な顔をして、その後にやっとしてひろしをこずいた。ひろしは目を向いて、
「体操はゲージュツやけ、ユウちゃんも一回見たらわかるって。」
まじめに熱弁するひろしをもの珍しそうに見ながら、祐二はひろしの横で居心地悪そうな顔をしている満流に今気づいた。
「ひろっちゃん、みっ君がなんか言いたそうにしとるよ。」
ひろしが不思議そうな顔をして満流を見た。学校に行っていないひろしに、満流と瞳との噂が耳に入るはずがない。てつも何も言わないし、もちろん満流も言わない。ひろしの周りに同級生の仲間はほかにいなかった。にやにやしてばかりの祐二と何とも言えない顔をしている満流、頼みの綱のてつに目を向けると
「みっくん、、開田とつきあっとったんよ。」
てつは自分のことのようにちょっとはにかんで言った。ひろしは腫れぼったい目を思いっきり見開いた。そして、
「へえ、さすがみっ君や。」
過去形のところは気にせず、穏やかに
「やっぱり瞳ちゃんえらいな。」
満流は瞳にふさわしい相手だと認めているのである。満流は性格いいし、頭もいいし、スポーツもできる。それにかっこいい。だからお似合い。そうひろしは言った。
「でもな、こいつ、ふられてんの。」
祐二が笑いながら暴露しておまけに
「俺はつきあうまえに振られたけどな。」
なんて大笑いしている。何のことか飲み込めないひろしに、またもやてつが楢崎との一件を説明すると、
「楢崎恭子ちゃんもいいな。俺、恭子ちゃんでもいいや。」
そう言ってひろしは頷く。
「おまえ結局誰でもいいの?」
話題が楢崎に流れたところで満流がやっと口を挟むと、祐二は祐二で
「恭子ちゃんでもって何だよ、」
不服そうに言ってるけど、目をくりくりさせて、内心ちょっと嬉しそう。
「あの子、えくぼがかわいいよな。ちょっと太めだけど、俺なんかにも笑ってくれるし、おっぱいでかいし。」
そう言ってちょっとひろしがいやらしい笑い方をしたのでとうとう祐二にどつかれた。祐二、まだ楢崎を好きなのかな、なんて思って見てたら目が合った。そして、
「おっぱいと言えばえみり、でかいよな。」
祐二は楢崎からえみりにほこ先を向けて、満流をターゲットにしようとする。
「うんうん、校内で一番くらい。」
てつがあいづちをうつ。今まで言いたかったけど、言えずにいたので、この時とばかりに。さすがのひろしも下級生までは把握できていなかったようで、ぽかんと口をあけて聞いている。
「そうかな。」
しぶしぶ答える満流を祐二は攻撃する。
「開田に振られたっていうけんまた俺らと同じになった思うたら、すぐ次の彼女できるんやもん、カッコイイ奴はいいよな。」
「みっ君、もてるもんね。」
てつも同意。
ひろしはやっと自分の発言の場がきたとばかりに意気揚々と
「うん、俺も女だったらみっ君彼にしたい。」
と厚めの唇をすぼめてキス顔の真似をする。喜んでいいのか、悲しんでいいのか、満流は苦笑するしかない。
そんな無駄話ばかりでいつのまにか午前三時。海岸通りから裏道に入り、ひろしの運転で引き返すと、もう合コンは終わったらしく、ひっそりとした部屋で、諒だけが酔い潰れて寝ていた。
車を置いて歩いて帰るにはみんなの家はそれぞれ少し遠い。しかも、雨がポツポツ降ってきた。今までも満流らが道路を運転する事はたまにあったけど、いつも周が助手席にいた。県道ではごくたまーにだけど巡回しているパトカーに出くわすことがあり、みつかったらやばいけど、みつからないようにできるだけ裏道を通って、ひろしがみんなを車で送り届けることにした。酔ってはいても一番運転が確かなのがひろしだったのだ。なんてったってひろしは一年の頃から母親の軽自動車を山道で乗り回していて、運転歴三年のキャリアなのだから。
祐二の家が一番近いので、まず祐二の家に向かうことにする。すると祐二が、「こんな夜遊びは今日だけにするから、記念にちょっと運転させてほしい」と言い出した。運転は初めてだから大丈夫か?なんて言いながらも、結局誰も止めなかった。県道に出るまでの、畑に囲まれた田舎道だけ、ということで。
ひろしと入れ替わり、ハンドルを握った祐二は、おそるおそるアクセルを踏んで発進する。「お、うまいじゃん」とひろしにほめられ、調子に乗ってアクセルを踏み込んで、助手席の満流に目配せしたつかの間、目の前にみかん畑があらわれ、パジェロは緩いカーブを曲がりきれずにまっすぐ畑につっこんだ。しかも、ブレーキを踏む代わりに焦ってさらにアクセルを踏み込んで、密集するみかんの木にあわや激突。思い切りハンドルを切ると、土手の斜面に片側を乗り上げ、勢い余って別の木に衝突し、はずみで横転。タイヤを真上にして止まった。
深夜の静まり返った畑で、ドーン、ぐしゃんと不気味な音が響いた。あっという間の出来事だった。天井はつぶれたけれど、片方のドアはなんとか開いた。四人は血だらけになって素早く外に出た。腐ったみかんとガソリンの臭い。呆然としていると、すぐそばの民家に明かりが点いて、車のライトの前方から、懐中電灯をぶらさげて人がやってきた。
四人とも怪我をしていたのですぐさま救急車が呼ばれた。警察にも連絡がいった。家主が電話をかけている隙に
「運転していたのは俺やから。」
突然の出来事に動転し、何も言えない三人に向かって、ひろしが囁くように言った。
とっさに満流とてつはひろしを見て、それから祐二に目をやったが、祐二は下を向いたまま、何も言おうとしなかった。
無免許運転、しかも酒気帯び。真っ先に浮かぶのは内申書。そして怒りと悲しみで途方にくれる親の顔。体は無事だ、無事だからこそ、心がぎしぎし震えた。
祐二は今日だけだからと言った。ひろしは日常的に運転していた。でも実際に運転して、事故を起こしたのは祐二だ。満流の頭はざわざわとざわめいた。頭が痛い。ガラスでぶつけて割れた額の痛みがズキズキ心臓に突き刺さる。だけど、ひろしが警察に名乗り出ても、ただ自分のくたびれたバスケットシューズを見つめていた。
幸い畑の主はてつの父の親戚筋にあたる、満流の親も祐二の親も顔見知りのみかん農家。突っ込んだのはみかん畑。私有地だ。そこだけ切り取れば、道路交通法違反にはならない。そして、祐二の叔父に警察官がいたので、未成年の夜遊びも、酒も、たばこも全部伏せて、事を穏便にすませることができた。
一番けががひどかったのが助手席に座っていた満流で、むち打ちと、額と耳が大きく裂けたのと、左手首の骨折。念のため、一週間の入院を言い渡された。運転していた祐二は天井で頭頂部を打ってたんこぶができただけ。後部座席から運転席に身を乗り出していたひろしは通院程度の軽いむち打ち、寝ていたてつは衝撃の瞬間まで力が抜けていたせいか、顔に少しのかすり傷ですんだ。そして軽症の三人は、すぐに検査が終わり、帰る事ができた。




