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【5】 初顔合わせ ~へ? へ、編集長ですか!?~

 プロットは順調に仕上がっていった――というわけではない。

 はっきり言ってしまうと、私という人間は、かなり厄介な作家の類に分類されると思う。

 1話分、50ページの原稿を書くために、40ページにわたる詳細なプロットを提出した挙句、それに赤を入れることを求めるバカが、他にどれだけいるだろうか? 

 打ち合わせの1時間半後に、議事録を作って送りつけてコンセンサスを得ようとする強迫が、どこにいるというのか?

 その点に関しては、まったく編集部の苦悩が忍ばれる。

 

 提出したプロットには、赤がぎっしり入って返されてきた。

 『心が折られるのでは?』と思う人もいるかもしれないが、逆だ。ちゃんと読んで赤を入れてくれる、アドバイスをくれるわけだから、これほどありがたいことはない。

 直された箇所を参考に、案を修正していく。

 

 最終話については、プロット作成に行き詰まっていた。というのも、WEBではギリギリOKであるかもしれないが、原作において、登場人物にある病名をつけているのが出版倫理的に完全にアウトだということで、大改稿、ネタの練り直しが求められていたからだ。

 途方にくれてしまう私に、Mさんは「今度の顔合わせで、一緒にブレスト (ブレインストーミング)してみましょう」と提案してくれた。


 顔合わせは、私の最寄り駅近くということ。

 どこか話せるところを事前に探してみたが、思いつく良さそうなところはファミレスしかない。とりあえず駅周辺を歩いてみる。

 

 喫茶店という洒落たものも一応あって、「お、喫茶店で打ち合わせとか、プロっぽくていいじゃない!?」と、意気込んで視察してみたが、そこはすごく狭い、場末のバーのような店だった。

「いらっしゃいませ」

「すみません間違えました」

 怪訝な表情の店主を尻目に早々に退散し、次は大手コーヒーショップを見て回る。

 席はあることはあるが、物を置けるほど机が大きくない。

 

 選択肢は結局、最初に目星をつけていたファミレス一本に絞られた。

 あとは、当日を待つだけだ。

 季節もそろそろ夏めいてきた頃だった。 

 


 当日はスーツで行くことにした。

 別にめかしこんでいったわけではない。仕事帰りの打ち合わせで、わざわざ着替えていくのが面倒だったし、スーツだったら無難だろう、との安易な考えである。

 担当のMさんから連絡が入り、ダブル編集のSさんは予定がつかなくなったので、上司と一緒に行くことがメールで伝えられた。

 駅に着くと、誰かを待っているような感じの男女がひと組。

(あの人たちかなー)

 携帯をかけると、案の定だった。

「どうも、お待たせしました。小山です」

「あ、はじめまして! Mです。こちらが上司のKです」

「よろしくおねがいします」

 Kさんはスーツ姿で、夏の入り口なのにきっちり上着を着ていた。Mさん(女性)は、スラックスにTシャツ、サマージャケットという、どちらかといえばラフな服装。

 二人共、ピリピリした会社員風の雰囲気もなく、かといって「俺ら業界人だぜー」みたいなチャラい感じもなく、ごくごく親しみやすい感じで、正直胸を撫で下ろした。

 事前に視察しておいたコーヒーショップ(件の喫茶店は却下した)を覗いたが、やはりテーブルが小さいということで、結局ファミレスへ。

 席につき、ドリンクバーを注文し、各々飲み物を取ってきたところで、名刺を渡された。

「F文庫のKです。本日はよろしく」

「Mです、よろしくお願いします」

「ごていねいに。申し訳ありません、私は名刺作っていませんので……」

 外回りのない事務職に、名刺というものは作られない。少し後ろめたさも感じたが、とりあえず名刺に注意深く目を通す。実は未だに、詐欺ではないかという疑いは消えてなかったのだ。

 そして、Kさんの名前の脇に添えられた役職を見て、流石に驚いた。

(上司の方って……へ、編集長さんだったんですか!?)

 目を瞬いてよくみるとこのKさん、容姿からしてただものではない。

 髪型も清潔にセットされて、鋭い双眸。硬い顎の輪郭に硬質の鼻梁。そして、その高い鼻からは、鼻毛が出ていた。

「あ、それと、これもお渡しします」

 Mさんの手には、一冊の本があった。まだ発売されていないF文庫の新刊だ。

「それでは……まず、契約について話しちゃいますね」

 Mさんが始め、Kさんが頷く。

「あ、はい」

 居住まいを正す。

「お渡しした書類を見てください。色々と細々書かれていますが、順を追って説明していきます。質問等ありましたら、遠慮なさらないでください」

「はい」

 それから、事務的なことが説明されていく。慣れているのか、口調に澱んだところは感じられなかった。

「……本書が出版されるまでは、このことはどうか内密に願います。ご家族などに言うのはオッケーですが、公式な場では控えてください」

「情報解禁されるのは、いつくらいなんですか?」

「大体△ヶ月くらい前ですかね。解禁してもオッケーになったら、弊社から連絡差し上げます」

「わかりました」

 その後、契約についてや印税についてなど事務的な説明が続いた。

「何かご質問はありますか?」

「いえ、よくわかりました。ただ、質問なんですが、小説家ってどうやって食ってるんですか?」

 その質問は飲み込んで、口にしたのは前半の相槌だけだった。

 ただ、作家の報酬というのは現実にはかなり厳しいものなのだということはわかった。

 実際の金額の話というのは、交渉の最後に持ってこられるのが、出版業界の常らしい。モノが出来上がってこないと、その見込み売上を立てることができず、報酬を渡せないのだ。

 

 さて、この時初めて報酬の話がなされたわけだが、私と同様の新人作家で、オファーの最初から印税報酬などを聞ける人は、ほとんどいないと思う。

 なぜかって?

 そのことで、出版取り消しになるのが怖いから。ありえないことなんだけど。


 しかし、正直に言うと、多くの新人作家と同じように、私にとっても謝礼は二の次のものでしかなかった。自分の本が出されて、それが読まれていくこと。それが恐ろしくもあり、楽しみでもあり、不安と期待で心臓の高鳴りが抑えきれない。

 

 口にしたのは、別の質問だ。

「何度も繰り返して申し訳ないのですが、今回のお話って、紙の書籍の話ですよね? 電子書籍ではないですよね?」

「はい? そうですけど?」

「こちらからお金を払うようなことは?」

「いっさいありません」

「……というのも、御社では、電子書籍の自費出版みたいなこともやっていると、HPに書かれていたので」

 そこでKさんが割り込んだ。

「ああ、弊社のことを調べていただきありがとうございます。でも、あの電子書籍のシステムも、お金は一切いただかないことになっています。自費出版とはシステムが違います。当然、今回の話もです。安心してください」

「……そうですか。わかりました」

 正直、肩の荷が降りた。

「他に質問は?」

「大丈夫です」

 Mさんは頷くと、テーブルの上に、分厚い、とても分厚い原稿用紙の束を、どさりと載せた。

「作品、拝見させていただきました。先日打合せさせていただいた件と、提出されたプロットに関して、それに、最終話のネタの再考に関してブレストを行えれば、と思います」

「……あの」

「はい?」

「……読んでいただけたんですか? それ?」

「もちろんです」

 なんてことだ。こんな拙い出来の作品を、プリントアウトまでして。

 さらに驚愕すべき事実が、話し合いに入って、すぐに明確になる。

「私はこの作品を読んでみて、ここは○○したほうがいいと思ったんですよ」

 とKさんが話し出す。

 ――読んでくれていたのだ。担当でもないのに。編集長が。私の作品を。

 

 そして、何より。


「遊馬たちの事務所は『人間には見えない』という設定ですが、ぶっちゃけその設定いらないですよね」

「そういえばそうですね、なんでそんな設定にしたのか、自分でも謎です」

「1話目は、もう少し設定を煮詰めたほうがいいですね」

「それだと、ページ数が――」

「――3話目は、こういう方向性で」

「Kさん待って! それだと、○○と矛盾しませんか?」

「そこは描写で魅せるようにして……」


 信じられますか? 大人三人が顔を突き合わせて、人の入るファミレスで、真剣になって、まだ出版もされていない『お話』について、あーだこーだ議論を交わしてるんですよ?

 しかも、それは、私が作った作品。プロが書いたものじゃないんだ。今はまだ、全然素人なんだ。

 それなのに、こんなにも熱く、考え、語り、この話をどうしていくのがベストなのか、一緒になって物語を作り上げていく。


 馬鹿らしいと思う人もいるかもしれない。「何なんだこいつら? キモい」と思う客もいたかもしれない。でも、その時、私たちは真剣だった。真剣になって、馬鹿げた議論をくり交わしていた。


 話が煮詰まり、「少し休憩入れましょうか」と、飲み物を取りに行く。

 ドリンクバーに『エスプレッソ』というのがあったので、試しに入れてみると、凄まじく濃いコーヒーが、50ml位のちょぼちょぼした量でカップに注がれた。

 私は渋面になって、Kさんに訊く。

「エスプレッソって、初めて入れましたが、こんなに少ないんですか?」

「ああ、そんなもんですよ、それがエスプレッソです」

「……そうなんですねー」

 気に食わなかったので、お湯でカップいっぱいまで割った。


 小休止中、Mさんが、呟く。

「この作品は、ぜひ売りたいんですよ。2巻3巻と続けていきたいと思っています」

「はあ。それは……、売れれば」

 実際には重版だって怪しい。自信のなさは私の得意技で、どうしてもネガティブにことを考えてしまう。


 ブレストは、それからさらに時間をかけて行われた。

 大まかな方向性が決まって、解散の流れになる。


「それでは、今日はありがとうございました」

「ありがとうございました。執筆、大変だろうけど頑張ってください」

 恐縮しつつ頷くと、私は今日ずっと感じていたことを、胸の底から言った。

「ありがとうございました。こんなに楽しかった打ち合わせは、初めてです!」

 そうして二人と別れた。近くに大きな書店があったので、二人はそこを見てから帰るとのことだった。ドリンクバーは奢ってもらった。

 

 それにしても。と思う。


「Mさんの、主人公の遊馬の読み方、結局、『ゆま』じゃなくて、最後まで『ゆうま』だったな。なんて訂正したものかなあ……」


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