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【4】 接触 (コンタクト)

 その日、私は意を決して、編集者に電話をかけることにした。

「すみません、なろうでオファーを頂いた小山と申しますが、担当のMさんお願いします」

「ああすみません、オファー間違いでした」

 などと言われることもなく、電話口に出てくれたのはまだ若い女性の声。話しぶりからも、少し若者の感じがする。く、おじさんには眩しすぎるぜ。とりあえず声だけだけど。

「ああ、小山さん。お電話ありがとうございます。F文庫のMです。今回、作品の方を拝見させていただき、とても面白く感じ、オファーをさせていただきました」

「はあ」

「とくに、ゆうまの成長がとても魅力的だったと思っています。そして……で……最後に○○になる。これは面白かったです」

 ゆうま、ではなくて、ゆま、遊馬である。主人公、ゆうま違う。

「ありがとうございます」

 素直に礼を言って、オファーのメールのいくつかの疑問をぶつけてみた。

「少し疑問があるんですが」

「はい、なんでしょう」

「今回のオファーなんですが、F文庫様から、ということで、紙ベースなんでしょうか? 電子書籍ではないんですよね?」

「はい。紙ベースの文庫です。失礼ですが、メールに併記してあった、弊社のF文庫のHPも見ていただけたでしょうか?」

 そういえばそんなのもあった。もちろん、しっかりとチェックした。肯定を伝える。

「よかった。そうなんです。弊社の今度創設された『F文庫』というレーベルで、ライト文芸というジャンルで出させて頂ければ、と」

「ライトノベルですか」

「『ライト文芸』、です」

 Mさんは強調した。

「……なるほど。それで、こちらからお金を払う……ということはないんでしょうか?」

「それは一切ありません。今度、一度お会いして、契約に関してご説明させていただきたいと思うのですが……」

「ああ、すみません。いや、ほら、最近、自費出版詐欺って流行ってるじゃないですか? それで、ちょっと慎重になってて」

「ああ、そうですね……。でも、心配はありませんよ。契約時も、契約書を一旦持ち帰っていただいて、ご納得なされた上で、判を押して頂ければ結構ですし。お金を頂くようなことは絶対ありませんから」

「はい、わかりました。契約書は持ち帰って、よく読ませてもらおうと思います」

 猜疑心、ここに極まりな回答をする。

「それと、今回担当いたしますのは、私、Mと編集プロダクションのSさんにお願いしたいと思います。いわば、ダブル編集ということになります。よろしいですか?」

「はあ」

 担当編集が二人? そんなこと可能なのか? 

 船頭多くしてなんとやらにならないのだろうか?

 Mさんは続ける。

「それでこちらとしまして、出版は、○月というふうにメールさせていただきましたが……」

「無理です、それ。絶対無理です。今から×ヶ月しかないじゃないですか。死にます。無理です」

「そうですよね。それで私どもも、△月くらいになるかなーっと」

(いや、それでもタイトすぎるだろ。何その殺人スケジュール。『新人作家殺人事件~凶器は『締切』に隠されていた?』とかいうドラマを放送したいの?)

「……はあ」

 しかし、オファーを受けた方は弱気である。これを断って話がなしになるのは正直悔しい。

「それでは、一度お会いしてお話をさせて頂ければ、と思っているのですが、小山さんのご都合の予定の良い日などは」

「……そういえば言い忘れてましたが、私、平日は仕事なので……まともには土日し書けないような状況です。それで大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫ですよ。それでスケジュール組みますから」

「……はあ」

「お会いすることは可能でしょうか?」

「……ああ、えーと、会うといっても家、遠いですよ?」

「どこなんですか?」

「○市です」

「ホントですか! 実はつい先日、○市近くの××駅近辺の書店に、本が積んであるか営業に行ってたところなんですよ!」

「マジですか!? こんな遠くまで、そんなことまでしてるんですか?」

「本当本当! では、こちらから会いに行きますよ! 日程調整して、一度お会いしましょう!」

 それから、実際に会う前にもう何度か、電話やメールでの打ち合わせをすることに決まった。

 ――こうして、ファーストコンタクトは終わった。

 担当編集は気さくな感じの女性で、話自体は盛り上がったからよしとすべきだろう。


【注】 

 ここまでで分かったと思いますが、『コミュ障だから作家する』と考えている人は、少し覚悟しておいたほうがいいです。ちゃんと話さないと、最初の交渉から、果ては執筆に入ってからの打ち合わせなど、かなり難しいです。

 時にはぶつかって、自分の意見をはっきりいうことすら必要になってきます。

 この時点で、私も正直に述べてますね。「自費出版でないかどうか」「紙ベースの出版かどうか」「まともに書けるのは土日しかないが、大丈夫か」。そういったことのすり合わせを、編集とは延々とやっていくことになります。

 まあ、参考意見として……。



 Mさんがいやに強調してたので、『ライト文芸』というのを調べてみる。

 「ライトノベル」とは少し毛色の違うジャンルらしい。いわば、「大人向けのラノベ」という感じで、「一般文芸」と「ライトノベル」の中間に位置する、新ジャンルなのだとか。

 F文庫以外に有名な出版社には、メディア○ークス、講○社タ○ガ、新○文庫n○x、集○社オ○ンジ文庫などが挙げられる。なるほど、これは面白い知識になった。


 そうしてそれから、メールのやり取り(往復)が始まる。

 一例を挙げれば、世界観についての共通理解を固めること。

「物語では、死者の未練を晴らすということがメインテーマになっていますが、当然、未練を解決できない死者もいるんですよね? そういう人たちはどうなるんですか?」

「すみません考えてませんでした」

「主人公たち、“エージェント”は人間ではないんですよね? 恋愛感情とかはどうなってるんです? 人と違うのに、人間と一緒なんですか?」

「すみません考えてませんでした」

「ゆうまの住んでいるところってどこなんです? 一体、どこで寝泊まりしてるんですか?」

「すみません考えてませんでした」

 ちなみに、(ゆうま)ではなく、遊馬、(ゆま)です。また言えなかった。


 そういった設定を煮詰め、書籍版の構成へと話が移る。

 原作全5話| 最終話は上下なので6話分)を書籍版では1話分カットして全4話に。1話目を書き下ろし、使える話は1話分、それをブラッシュアップして、残り二話分はほとんど書き下ろしの大改稿を加えることになった。

 実に、8割以上の書き直しである。


 プロット締切は、電話での打ち合わせから初顔合わせまでの3週間以内。

 それぞれ、オチやトリック的なもの、盛り上げなどの構想を考えたものを3話分 (1話分はブラッシュアップで行けるので後回し)、すべて構築しなければいけない。

 かなりタイトなスケジュールではあるが、私は結構充実感を得ていた。


 どうしてかって?

 だって、編集が、極力原作を尊重してくれているのがわかるから。

 原作を尊重した上での改稿の提案なのだ。

 そのことが、嬉しくて嬉しくて。

 

 ここまでの編集とのやり取りで、既にそのくらい、このレーベルのことが好きになってきていた。

 ――たとえ、8割以上が書き直しだとしても。


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