【3】 オファーが来た! 『F文庫』って!?
ちょっとしたことで一旦筆を折ってから、『小説家になろう』からは、かなり遠ざかっていた。その時は、せいぜいが一週間に一度、チラ見でログインするかしないか。
新作も立ててない、立てる気もない。作家同士の交流も途切れがち。
だから、本当にログインしたのは気まぐれ以外のなにものでもない。
小説家になろうにログインすると、通知が来ていた。
『新着メッセージが1件あります』
久しぶりのメッセージだ。正直、作家仲間からの連絡もないし、差出人が赤字で『運営』と書いてある。
「もしかしたら?」という気持ちもあったのだが、開いてみて、やはり驚いた。
なろうの運営母体、ヒナプロジェクトからの通知。
タイトルは、『書籍化打診のご連絡』だった。
いつも小説家になろうをご利用頂き、ありがとうございます。
小説家になろう運営のYと申します。
この度、書籍化のお申し出がございました為、ご連絡致しました。
本当にざっくりといえば、このような内容。
嬉しい半面、警戒もした。
そもそもが、私の作品にオファーが来るとは、どうにも理解しがたいではないか。
手紙には、拙作『あなたの未練、お聴きします』という作品に深く感銘を受けたこと、読んでみた感想、ぜひ出版を検討したいこと、そして、連絡先が添えられている。
しかし、中でも一番初めに注目せざるを得なかったのは、レーベル名である。
『F文庫』?
知らん。そんなレーベル、聞いたことないぞ?
オファーがあったのは、前述したとおり、『あなたの未練 お聴きします』という作品で、完結したのは2014年の1月。しかも、超低ポイント作品である。なんで、このような作品に?
――怪しすぎる。
ぶっちゃけ言ってしまえば、第一声はそれだった。
今流行りの『出版詐欺』ではないだろうか?
『あなたの作品を本にしませんか?』という甘言で近づいてきて、『出版するには○○円必要です』と金をむしり取り、おざなりな部数を書店に置くだけの詐欺。
ここらへんの出版詐欺に関しては、百田尚樹の『夢を売る男』に詳しく載っている。
作家になることに、ほんのわずかでも興味がある人には、ぜひ勧めたい一冊だ。
ちなみに私は、この出版詐欺を持ちかける男に出会ったら、果たして嘘を見抜けるかどうか、自信はない。そのくらい巧妙な手口が描かれている。
文庫版も出ているので、買って損はないと思う。
もうとにかく『疑惑』が先に立ってたから、疑おうと思えば芋づる式に怪しく思えるところが出てくる。
そもそも、仕事が忙しい。書けるとしても、平日2,3時間、あとは土日だけだ。
こんな状況で、仕上げることはできるのか?
迷った挙句、友達に相談することにした。
「出版の話が来てるんだけど、どうしよう?」
返ってきたのは、判を押したように同じ答え。
「やめといたほうがいいんじゃない?」
「感想も誰にでも言えるようなことが書いてあるし、何か怪しい」「本業はどうするんだ。作家なんてやったら、仕事に支障が出るだろ?」。なかには、「仕事で忙しいだろうから、信頼できる人に頼んで代筆してもらうのがベスト。俺が書いてやる」という人すらいた。
しかし、全ての人に反対を食らっても、やはり「書籍化」というのは魅力的なオファーであり、諦められない自分がいた。小説書きなら、書籍化の話に、わずかばかりでも胸が踊らない人は、稀であると思う。たとえ出版を断るにしてもだ。
そんななか、唯一背中を押してくれたのが、今では盟友となっている、『異世界落語』の著者・朱雀新吾さんだ。
彼は、『オファーを受けないと、絶対後悔するよ!』と、熱く語ってくれた。
もしかしたら、人というのは、自分の意思に沿うような答えにこそ従うのかもしれないが、それが決め手となって、私はオファーを受けることにした。
彼がいなければ、間違えなくオファーを断っていた。だから、今、本が出るという事態に至った所以は彼にあり、感謝に感謝を重ねても、しきれないところがある。
それを言うと、彼は困惑するのだが、事実だから仕方がない。
一旦オファーを受ける方向で決めると、F文庫のことを、徹底的に調べ上げた。
キーワードを検索エンジンに打ち込み、色々な本にその名前を見つけ、それでも疑い、メールに記載された住所と電話番号を、F文庫のHPと照らし合わせる。
ひとつ気にかかったのが、F文庫には、委託出版みたいな制度があって、しかしそれは電子書籍で、のことだった。読んでみたが、イマイチ理解できない。自費出版ではないか?
どうなんだろう? F『文庫』から出版のオファー、と言っているのだから、紙ベースなのではないのだろうか?
でも、もし電子書籍なら、この委託出版みたいな形になるのでは?
もしかしたら、オファーを受けたら、「出版費用」みたいなのを請求されるのでは?
いやいや、でも、このオファーは「なろう・ヒナプロジェクト経由」だぞ? そんなところに、詐欺業者が噛む余地が有るのだろうか?
いやいや、しかし――。
幾多もの不安を抱え、思い切って電話をかけたのは、約一週間後、『F文庫』の書籍の第一弾が出たばかりの頃だった。
そうして、自分でもそれと気づかないうちに、宴の幕が静かに上がっていく。