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10/12

【10】 ただ、凄さを知り――己を知る

 F文庫10月発売のラインナップは、拙作『あなたの未練、お聴きします。』と、もうひとつ、『サムウェア・ノットヒア』という作品だった。

 『サムウェア・ノットヒア』は、小野崎まちさんの作品で、小説家になろうでは、「サムヒア・ノーヒア」というタイトルで連載されているらしい。なぜ原題がわかったかというと、twitterでその情報が流れていたから。『サムウェア』を強く推す人がいて、私も気になって検索してみた。

 検索してみると、あらすじを見る限り、『泣きもの』なのかな、という気はしてくる。

 うん、あらすじ自体は面白そう。引っかかったのは、「全14話」ということ。書籍化には、少し短い感じもするな。

 ブツブツ言いながらも、一話目をクリックして、開く。

 先頭から視線を横に滑らせていき、言葉を頭の中に放り込みつつ、目線を下げていく。

 なかなか面白い。いや、すごく――? いや――?


 ――なんだ、これ?


 瞬く間に引き込まれていた。文章の森というのがあれば、その一字一句に魅せられ、絡め取られ、森の奥まで引きずり込まれる、そんな感じだった。

 音が、温度が、声が、そして、沸き上がってくる映像があった。それらは全て「活字」で表現されているはずなのに、その活字が生きている魔物のように、読み手の心を揺さぶってやまない。

 ――先ほど述べたように、『作品の中に引きずり込まれる』。まさにそんな感じだった。

 

 私は慌ててブラウザを閉じた。正直、戦慄していた。これは、凄まじい作品だ。一話目を読んだだけで、全身が総毛立っている。

 私は読書は紙ベース派であるから、このままWEBで読むのはどうにももったいないと確信した。どうしても、この作品は紙ベースで読みたい。

 もともとは、「同じ月に発表される作品はどのようなものか」、という好奇心に駆られて検索した作品だったのに、しかも一話の途中までしか読んでいないのに、もう古くからのファンになってしまったような気がする。

 余りにも感動してしまって、公式サイトに、ついツイッターのつぶやき寄せてしまったほどだ。文面は次のようなもの。


「なろうで少し読みましたが、端的に言ってしまうと凄い作品のようです。序盤読んだだけで、圧倒され、鳥肌が立った。

これは書籍で読もう。凄い。語彙力疑われるけど、凄いですよ、この作品。

もう、それだけ。ステマ支援ではないです、念のため。」


 力の差が圧倒的すぎたこともあるのかもしれないが、それ以上にこの作品の美しさを賞賛したい気持ちが胸に巻き起こっていた。


 それから、ツイッターのタイムラインには、『サムウェア』関連のツイートが瀕発するようになる。この作品が好き、書籍で読みたい、サムヒア書籍化は強い……とにかくもう、賛辞に溢れていた。

 私も、この作品には、それだけの価値があると思う。

 ただ、やはり同月のラインナップとしての自分の作品を思うと、少し心が沈む。

 せっかくふすいさんという神絵師にイラストを描いて戴けたのに、私はその恩に報いることができるのだろうか。応援してくれている人に、対価に見合うだけの作品を届けることが出来るのだろうか?


 原稿もまた赤が届き、修正をかけなくてはならなくなっている。

 

今は、無心に筆を取ろう。

 私は紛れもなく、凡人だ。

 凡人なら、魂を削って書くしかない。

 魂を削って、届ける、それだけだ。


 ――それにしても、と思う。

 スゴイな、やっぱりスゴイ、『サムウェア』。

 小野崎まちさん、あなた、本当にすごい作家だと思う。

 こんなに短時間で、とことん魅了された作家は、あなた以外にはそれほどいない。

 そのくらいすごい出来だった。そのくらいすごい作品だと思った。 

 小野崎さんには、紛れもなく賞賛される価値がある。皮肉を言う気にすらさせてくれない、心底驚嘆すべき作家さんだ。


 ――それなら。

 凡才の私は、どうあるべきなのだろうか。

 どんな作品を届ければいいのだろうか。

 どんなことを信じて、書いていけばいいのだろうか。


 しかしそんな迷いは、深刻なものにもならずに解消されていた。

 

 ――なぜって?

 

 それは、前述したように、力の差が圧倒的で、嫉妬心すら湧いてこないという、下衆な理由かも知れない。あるいは、本気で『サムウェア』の素晴らしさを応援したいという胸を揺さぶる感動のせいだったかもしれない。


 しかしそれ以上に、私の作品を買ってくれ、根気強く付き合ってくれた編集への信頼、そして、こんな私の作品を楽しみにしてくれている読者への感謝が、大きかったからだ。


 私は私にできるなりの楽しみを届けたい。

 それだけだ。


 私の注意は、ビックタイトルと比較することよりむしろ、自分の作品をより良くするにはどうするか、どうすれば、面白い作品を読者に届けることが出来るかの方にこそ向いていった。


 もっと正直に言ってしまえば、私に出来ることは、それ以外になかったのだ。


 あとがきについて書き始めたのも、この頃。

 正直、何を書けばいいかわからなかったが、なろうの自分のプロフィールを眺めていると、「佳作が書ければいいと思う」という一節が目に入った。

 そこから発展して、頭の中にフレーズが思い浮かんだ。

 その時にはもう、自分が求めていたものを言葉に表して、編むことができていた。


 あとがきの冒頭。私は、こう綴った。


『……目指したのはベストセラーでも名著でもなく、小粒な佳作。私は「佳作」と呼ばれる作品こそ心に深く残るものであると思っているし、本書もそんな一書になれたら良いと思う。』


 ……とどのつまり、それが私という作家の矜持であり、私の生み出したいと思っている作品だった。

安いプライドかも知れないし、商業的には、売る側の立場を裏切っている。

 

 でも、やはり、私の原点は、そこにあるのだと、そんな結論に行き着いていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] これから書籍化していく私たち後輩に宛てた虎の巻になるでしょう。 [一言] 僭越ながら予行練習として、活用させていただきます。
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