紙耐久メンタル
龍夜があの人を傷付けなくて、本当に良かった。そんな事をさせてしまったら、龍夜がもっと遠くに行ってしまいそうで……。
はは、ただでさえ人間らしからぬ動きをしてる時があるっていうのに……。コンクリート素手で殴って粉砕ってどうよ?
ほっと安堵のため息をついていると、龍夜があの人の後ろのもやもやした何かを、右手を握り潰す動きをして消すところだった。
それにしてもあの人、中途半端な爬虫類みたいな姿のままなのはどうなのかな。
「なぁんて言うかぁー……魔法って詠唱しないと普通発動しないわよお……えっぐいわぁ。敵に回したくないタイプよねぇ」
女神様は悩ましいポーズで龍夜の使った魔法の事を解説している。目の毒だからそっぽを向いておこう。
「発動しない?」
「そう。教えてあげるわぁ。彼が使った魔法の数々……本当は詠唱しなきゃ発動しないのよぉ。それを彼は魔力だけで発動させた……やっぱりただ者じゃあないわぁ……」
「ええええ詠唱っていうのは……?」
そっぽを向いたのはいいものの、それを嘲笑うかのように女神様のお胸様が視界にログインしてきました。それ以上いけない。
「うーん………………分かりやすく言うとぉ……詠唱っていうのはレシピや材料みたいなもの……かしら?」
「レシピや材料……ですか?」
「ええとねぇ、あたし達は料理を食べたいけどぉ、レシピや材料がないと作れないし、食べれない。でも、彼はレシピや材料なしで料理を作って食べられるって……………感じなのかしらぁ?」
ええと……発動した魔法というのは料理。そして詠唱というのはさっき教えて貰った通り、レシピや材料という事になるよな。
うん、龍夜がやった事は何となく凄い事だっていうのは何となく分かった。
龍夜に関してはハイスペックじゃなくて廃スペックってした方がいいのかもしれないなー。え、違う? よく分からないやー。
「穹は最近私に対してぞんざいではないか……?」
爬虫類から人間の姿に戻った男性をずるずる引き摺りながら龍夜は話に加わる。因みに右足を掴んで引き摺っているので、俺的には鬼畜の所業である。確かに傷付けないで欲しいとは遠回しに言ったけどさぁ……その扱いは、その人のプライドずたずたに傷付けるんじゃないのかなぁ。龍夜の事だから肉体的じゃないからノーカンとか言い出しそうだ。
引き摺られているあの人の目は死んでいた気がする。
「いやいや龍夜さん気のせいだよ」
確かにぞんざいな気はするけど、目に見える証拠はないのでそういう事にしておく。
「そういえば……ソラくん? あたし女神だから女性になるのよねぇ?」
何か言いたげな顔をした龍夜を尻目に、女神様は、自分の顎近くを左手の人差し指で触りながらそう声をかけてきた。
「…………ああ、もしかしてルーさんから聞きましたか。あのですね、危険度によっても変わるんですよ……女性でも、神様ですよね? ナ、ナターリア様? でしたっけ? もうちょっと長かったかな……」
名前を覚えてないとは言えなくて、つい目を泳がせてしまう。
女性に優しいとは確かに言ったけど、それは俺に対して危害を加える事が可能かによっても変わってくる。過保護ここに極まれりってやつか?
「別に大丈夫よぉー。確かにあたしの名前って長過ぎるのよねぇ。愛称みたいで嬉しいわぁ」
不機嫌になるかもしれないと覚悟したけど、逆に上機嫌に。女神様改めナターリア様は少女のような笑顔でにこにこし始めた。
「そ、そうですか、良かったです。でですね……」
「大体分かったわぁ。貴方に危害を加えるか否か……よねぇ? うふふふ、微笑ましいわぁ」
慈愛溢れる目で微笑まれもしてしまって、何だかいたたまれない。流石女神様。懐も深いし、把握能力も高いなあ。
ナイスバディ過ぎて目のやりどころに困るけど。
……私も随分永く存在してきた。自分の負の感情を上手くコントロール出来ないと、壊れていくような気がする。
たまにだが本当にその感情を抱えているのか分からなくなってくる時があるが、永く生きていく為にはそれが正しいのだと遠い昔に誰かに言われたような気もする。
狼藉者の足を引き摺ってやりながらぼんやりと考え込んだ。
「ええと……リュ、リューヤさん? 僕の足を何で引っ張ってるのかなー」
「穹を傷付けようとしたではないか」
反射的に返してから、手を離す。痛い等と聞こえたが、知った事ではない。
そうだ。今の私は穹が無事でいる事が一番大切なのだから。
「うう……それは悪いと思ってるよ。さっきまで僕はそうする事が一番正しい事だと思い込んでたんだ。洗脳……なのかなぁ……?」
胡座をかきながら首を捻る青二才は、真剣な表情で考え込んでいる。
穹に対して危害を加えたこれに対して、沸々と煮えたぎる怒りを感じてはいるが、今は無いものとして考えるとその感情が遠ざかる。本音を言うなら私の全力を持って蹴り飛ばしてやりたい。亡き者になるのは請け合いだが。
「いいや、それは洗脳ではない。寧ろ洗脳の方が救いようがあったやもしれん。……私の知っている奴の性質は、『虚偽』だ。そしてあれは本当に救いようのない屑でしかない」
間違いない。あれはまだこの世界にいる。ニヤニヤと薄ら寒い笑いをしながら何処からか私達を見ている。
「へ、へぇぇ……あの方、いや、あの人屑なんだぁ……」
「貴様の心臓に魔力を仕込んで爆散四散させようという心積もりの奴だぞ? 屑以外にどうと表現するのだ?」
途端にカカオ95パーセントのチョコレートを無理矢理口に投げ入れられたかのような顔になった。前に口にした事があるが、あれは正直苦すぎる気がする。食べ物として扱うのは、私、どうかと思うぞ。そんな事は今はどうでもいいか。
「それは……屑だねぇー」
しみじみした口調で返答されたが、多分もう少しオブラートに包んだ言い方を探していたのだろう。だがしかしあれはどう表現しても屑でしかない。
「なぁ龍夜……とりあえず……家直して欲しいんだけど……」
「「あ」」
穹に言われるまで忘れてしまっていて、思わず青二才と目を合わせてしまった。見た私も悪いが、こちらを見るな気持ち悪い。
家が壊れたのは、青二才も確かにそうだが、大体屑のせいに違いない。いや、絶対全部屑のせいだ。
「ええとねぇ……ソラだったかな? ごめんよ、こんな事をしてしまって」
項垂れながら言葉を紡ぐ青二才。先程までの性格の悪さは何処にいったのかと言うぐらいにしおらしい。まあこちらが本来の性格なのだろう。
自らに非があれば、年下にも謝罪をする辺り意外と育ちは良いのかも知れないが、竜王として生きている為プライドは少し高めか。ふむ。後4000年程生きれば良い竜王にはなる、か。
「あ、いや、大丈夫ですよ。確かに剣を向けられた時は死をちょっと覚悟しましたけど、龍夜が助けてくれて無事だったし、半壊した家は龍夜が直してくれるから特に問題はないです」
「うんごめん、ごめんね。本当にごめんなさい」
顔を両手で覆って泣き出した。メンタル弱すぎるだろう。心に刺さる内容を言われたとしても、相手は子供だぞ。言われ慣れてないとしても、メンタル弱すぎる。
とりあえず青二才を穹に任せて家を直しにいくとしよう。今のこれならまあ、大丈夫だろう。
……参ったなぁ……泣き出しちゃったぞ……。泣かせるつもりは無かったんだけどな。でも俺より年上だろこの人。人? 竜? ……人でいっか。龍夜は家を直しに行っちゃったし、これはこの人のお守りをしろっていう事でよろしい?
「あー……ええと? ゼルさんでしたっけ?」
「……うん、そうだよ……けど君には言う必要があるかな…………僕の真名はディマーゼル」
ごしごしと手で涙を拭いながら俺の方を見る。にこりと微笑まれて、ちょっと悲しい気持ちになった。龍夜も無表情ながらも腹が立つ程イケメンなのだが、目の前のゼルさん改めディマーゼルさんも腹が立つ程のイケメンだからだ。まあ、龍夜とディマーゼルさんはイケメンのベクトルが違うけど。因みにディマーゼルさんは中性的なイケメンだ。
つかディマーゼル言いにくい。何なの馬鹿なの俺の周りの存在の名前言いにくいのばっかりじゃねえか。二重の意味でふざけんな。改めなくてゼルさんでいいや。
「イケメンは滅べ」
「真名を言っただけで滅べ!?」
うん、意地悪してごめんよゼルさん。やばい本当に楽しい。
「ごめんなさい。つい」
「ついで滅べなんて君も大概あの魔王の影響を受けてるよねぇ」
眉を下げながら龍夜の影響を受けてると言ってくるゼルさんだが、俺的には受けてないと心の中で言い張る。けど、
「まあ、本当に俺が小さい頃からお世話になってるからなぁ」
似てるんだろうなあ。
そういえば、あの人がいなくなったのは何時だったっけ? 最近だったような……いや、小さい頃? ……分からない。
「……君は良い子に育ったみたいだね」
頭をぽんぽんと軽く触られたけれど、なんだろうか。俺の頭はよく触られる気がする。あれ? それよりも、ゼルさんのさっきまでの態度と今の態度が全然違うんだけど。どういう事。
「あれがそうなるように吹き込んだのだ。虚偽の力を使って。あれは一時的に偽りを真実に出来るからな。それより、ディマーゼルという真名だったのか。まあ貴様のステータス欄どうでもいいから見てなかったが」
「うう……ゼルって自己紹介してごめんよ。そうした方がいいってあの人にも言われたんだ……」
何時もの様に俺の心を読んで返答してきた龍夜においと声をかけようとしたけど、またゼルさんが落ち込んでしまったのを見て、ゼルさんを励ます事にする。
「ゼルさん大丈夫だから。何かあったとしても、龍夜の事を頑張って止めるから。だからほら泣き止もうね?」
「………………僕泣いてな、からー……」
「うん説得力皆無だけど泣いてない事にしておくね。ほらティッシュだよー」
「……ありがとう。でもソラくん、僕は君より年上なんだから子供扱いは納得いかないなー」
なんだろう、弟が出来た気分。ゼルさん年上なんだけどな。つか年上。おい年上。そうだよ年上。よく泣く竜王だなおい。
「人外としては確かに年上だが、人間年齢に換算してみると、実は穹と同い年だったりする」
「「えっ」」
今同い年と申されましたか龍夜さんや。今俺が19だから、必然的にゼルさんも人間年齢19歳という事に……。
なにそれこわい。
「穹も19歳には見えぬがな」
おいそれはどういう意味かな?
やはり分かっていなくとも、同い年だと仲良くなりやすいようだな。家を直す傍ら話に加わったりしてみる。
先程同い年だと告げた途端に、二人共が口をぱっかり開けてこちらを見てきたが、そんなに驚く事だろうか? いや、私の換算した年齢に対してなら分かるのだがね。
「ゼルよ、貴様に対してしてやりたい事は山程あるが、妥協してやろう。貴様の鱗を寄越せ」
ぱっかり開いた穹とゼルの口の中を眺めながらそう話しかけると、素早く鱗を何処からか取り出した。
「これで良いかな……? 薬に使おうとこの前剥いだ物なんだけれどー……」
「……確かに受け取った。ふむ、これは額の近くの鱗……だな。ならば軟膏を作るつもりだったのか」
「……凄いね、リューヤさん。見ただけで何処の鱗で、何の用途なのか理解してしまうなんてねぇー」
心底尊敬しましたという顔をされたのだが、まさかとは思うが精神年齢はやや幼めなのか……?
……とりあえず今は置いておくとして、この鱗を使ってお守りを作る事にしよう。やれやれ、一日が長い気がするな。