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シリアスは遊びに行きました

はてさて。

力を使って直ぐに目的地に向かっても良いのだがどうしようか。暫し自問自答。ふむ、自分の足で歩いてみるか。なに、自分の力量を驕っている訳ではないが、とりあえずは今の私に敵などいない筈だからな。

それに……一つ、確認したい事が。

こうして静かに一人、目には見えぬが変わり果て切った世界のただ中で辺りを見回してみると、異常な変貌の理由がはっきりと分かる。神や魔王共が一斉に動くだけでは、こんな風には成り得ぬ。


嗚呼、やはり間違いではなかったか。


この『世界』の『神』は死んだのだ。


「だが、いつ? 私の知覚する限りでは、変貌する前は確かに『神』は生きていた筈だ」


疑問に答える声は当然ない。骨が凍り付く程の冷気を纏った風が、私の髪を掻き乱して去っていく。

『神』がいなくなったとなると、この『世界』は今まで見てきた他の『世界』と同様、戦場になるやも知れぬ。世界が終わる可能性も有り得る。

……が、穹の命を守る為ならば、この力を以て全てを葬る事に一片の罪悪感も覚えないだろう。この『世界』を喪うよりも、あの子を喪う方が耐えがたい。

いとけないあの子の指が、あの子の涙で濡れた瞳が、この私の指を掴み、見詰めてきたあの瞬間から、あの子の命尽きるまで私は守ると決めたのだ。

そう。例え、私すらも犠牲にしても。


「……ふむ」


何れにせよ、先ずは確認からだ。流石にこれ以上は一斉に動かないであろう。互いに牽制しあってくれれば私も動きやすいというものだ。

……再び一斉に動き出したら何が何でも特定して消し炭にしてくれる。するべき事を増やされるのは、私の望むところではない。

考えを纏めるにも、結論を出すにも、判断材料が足りないな。一時間という制限時間でどこまで調べられるか……私の手腕が試されるか。鈍っていないといいのだが。

ひゅうと口笛に似た音の風が耳元を駆け抜けた。嗚呼、


「寒いな……」


思わず両の手を擦り合わせる。

『神』がいない。即ちこの世界には加護がないという事になる。人間は加護というのは当たり前のように世界に存在すると思っているが、『神』がいてこその加護である。季節は狂い、花は枯れ、生き物はもがき苦しみ、世界は少しずつ死に絶える……。

詰まりはそんな最低な終わりを迎える事とイコールだ。

嗚呼、本当に……この世界は最低すぎて笑えてくるな。

灰色の空から降り始めた汚れを知らない雪が、積もる事無く踏みにじられて溶けた。

未だに両の手は合わさったまま。まるで祈りの様だと頭の片隅で考える。

祈る『神』なんて私にはもういないのに。

「……」

頭を軽く振るい、ゆっくり歩を進める。生き物の気配も感じられず、まるで私一人だけが生き残ったようだ。

じゃりじゃりと積もる筈だった雪を踏みにじりながら、取り留めもなく過去を思い返していた。


元居た世界。

白い床。

黒い玉座。

赤。

朽ち果てた国。

一人。


そこまで思い出して、無意識にため息がこぼれ落ちた。白は駄目だ。退廃的な記憶ばかり浮かび上がって嫌になる。

「歳は取りたくないものだな」

誰ともなしに呟いて、軽く地を蹴った。やはりさっさと終わらせてしまおう。私は過去に生きているに非ず。現在に生きているのだ。

「暗澹たる気持ち、というのはこの事を言うのだろうかな、と」

第三者が居たら化け物を見るかのような眼差しをされそうだと思いながら、空に浮く。こっちでは久方振りにこんな風に力を使ったな。剣と魔法の世界になったのだからまあいいではないか。誰も聞いてはいない言い訳をしてみる。

ふむ。どうやら現代社会の常識みたいなものも残っているようだ。重力のかかり方もきちんと残っているみたいで安心した。

「『世界』の確認も済んだ、この世界の法則等もおかしくなっていない、後はライフラインの確認だけだな」

実はこれが一番重要だったりするのだが。

誰だって覚悟なしにいきなり自給自足は無理だろうしなあ。

とりあえず、発電所辺りにでも飛んでみようか。

力を使って確認する事柄が、我ながら現実的であるのに思わず力が抜けた。穹に指をさされて笑われてしまいそうだな。

それが嫌ではないのが、愉快だった。


「……今度は暑いな。スーツでは辛いものがある。が、確か暦の上では今は夏だったか……」

全体をざっと見た所、どうやら正常に動いているみたいだ。成る程、成る程なあ。

どうやらここは、加護が生きている。多分『神』が最後の力を振り絞りライフラインを死守したのだろう。我が子らである、人を生かす為に。『神』は生来独善的が故に人を生かす為だけを考えて加護を残した……

「よくぞ加護を残せた……敬意を表するぞ、この世界の『神』よ。……静かに眠れ」

それが……私には堪らなく嬉しい。人を生かす方に力を使用したのだから。

一安心した。これで穹が健やかに生きていける。

なれば私は、見守ってやろうではないか……大概、私も独善的だと自覚しているが。私は私の物差しでよろしくしてやろう。

さて、ここだけでも確認すれば、他は容易。スーパーも使用可だろうし、ガス等も使用可だろう。諸々の補充や点検は人がせねばならぬから、その事を考えると面倒だが……それは私の仕事ではないな。うん。

それよりも先程から嫌な予感が凄まじい。

さっさと寄り道をして、家に帰るとしよう。一応信用したあの騎士もいるから大丈夫だとは思うが、何が起きるか分からない『世界』になってしまったからな。いかんせん……今の時点で諸々異常が多すぎる。

嫌な予感が当たらなければ良いのだが、残念ながら外れた事も無いのだ。

こればかりはどうも、難しい。




「ルーさんや」

「何だいソラさんや」

「ノッて頂きありがとうございます」

「いやいや、意外と楽しいな、こんな風に話をするのは」

「どや」

「どや?」

「どや顔といいまして、要は『俺凄ぇんだぜ、格好いいだろう』ってう顔の事です」

「おお……凄いな、この世界の人達は……博識なのだな……!」

いいえ、ルーさんや。貴方に教えている知識は、残念ながら殆ど実用性のない知識なのです。ああ素晴らしきかな無駄知識。ルーさんが披露して恥ずかしい思いをするのは俺の責任だ。

だが俺は謝らない。

三十代前半の少しくすんだ金髪オールバック一房垂れイケメェェンが、必死にどや顔練習してる姿を想像してごらん。

ほぅら和むだろ? そして和んだ後に、笑えてくるから。おすすめ。流石ルーさん皆の癒し。いや、分かんないけど。

一瞬何とも言えない顔した龍夜が頭に浮かんだが、そんな事はなかったぜ。ああそうとも気のせいだ。

「こうか!!」

「そうだ!!」

「私は今……感動に震えている……どや顔を取得した事に、今! 猛烈に!! 感動している!!」

「そうだろう!!」

「ありがとう、ソラ! 私はまた一つ真理を知る事が出来た! 君のような前途ある若人と、言葉を交わせている事を誇りに思う」

うん、ごめん、ルーさん……どや顔は真理じゃないんだ。ただの腹立つ顔なだけなんだよ……ルーさん……ごめんな。俺だけが面白くなり過ぎててごめんな。

だが俺は謝らない。

「そのどや顔、ちゃんと忘れるんだよ……? これ、穹君との約束だからな……?」

「ん? 何か言ったかね?」

あっ、ダメだ。興奮してたから話が流れていった。

うん、もういっか。面倒くさいし、ルーさんのどや顔和むし。ほっこり。

「あらぁ、ルーくんじゃないのぉ……こんな所でどうしたの? あっ、あたしを追いかけて来てくれたのねっ」

本当に三十代前半には見えな……あれ? 今誰が喋ったんだ?

ばっと声のした方に思わず顔を向ける。冷や汗が止まらない。誰だ? 何が起きた? 一体……!?

混乱したままの目や頭でも、視覚情報を一応拾ってくれたようで、今、ゆっくりと処理が始まった。

綺麗な女性だった。

ゆらゆらと燃えていると錯覚するぐらいに妖しく艶やかな髪は、よく見ると赤紫色をしていた。アーモンドのような形をした瞳の色ははルビー、結構胸元のざっくり開いた服を着ていて、いたずらっ子の様に笑っていた。何時もなら思わずお胸の方を見てしまうかも知れないが、今は危機感で一杯だ。

誰だ、コイツは。いつこの家に……?

コイツの事なんて、知らない。

どうしよう。龍夜、俺は、どうしたら。

「なっ、ナタスウィーリア様!! 何故貴女様がこちらに……!?」

その声に、はっと我に返る。ルーさんが様付けで呼び掛けて慌てている。なら、ルーさんの知っている人? みたいだ。

とりあえず……危害は加えられない……のかな。多分。

色々ぐるぐる考えていると、目の前のナイスバディな女性が口を開いた。

「この『世界』の『神様』に、遊びに来ないかって誘われちゃったのよぉ。でもね、いざ遊びに来てみたら、肝心の『神様』はいなくてぇ……あたし以外の、強い力を持った方々が4柱いただけだったのー。でねでね、ルーくん聞いてよー椅子に座ってえっらそーに頬杖してた黒ずくめの男がね……」

あれ一気に気が抜けた。目の前のナイスバディな女性の喋り方で、力が一気に抜けました。俺のシリアスを返して。

目の前の……あー……女神様? って、少しあざと過ぎませんかね? 俺の気のせいじゃないよ、ね? ギャルが少し入ってもいるよね。どういう事なの。

「……恐れながらナタスウィーリア様、私は貴女様のお話を最後まで拝聴させて頂く所存で御座います。ですが、この小さな友人は貴女様の口調に慣れていないのです。どうか、お慈悲を……」

混乱している俺を察してか、ルーさんが遠回しに分かりやすくお願いします的な事を言ってる。

ありがたき気遣い、痛み入ります……!

「あ、ごめんねぇ。ルーくんったらこの喋り方でも何時もきちんと聞いてくれるから……そうよねぇ、あたしみたいな喋り方、君って慣れてなさそうだもんねぇ。あれ? んー? んー…………うん、とりあえず、皆揃ってから話したいし……先ずは自己紹介からしようかしら」

うん、美人の目力強い。睫毛がばさばさしてる。俺には刺激が強過ぎる。もうキツいので視界に少し入るかなってぐらいに視線をそらす。お胸は目の毒。保養じゃなくて、毒。さっき確かにお胸の方に目が行くって思ったけど、健全な青少年なら仕方がないと思うの。けど保養じゃないこの矛盾。

話の途中、何かに気付いたみたいに軽く天井の方を見て、暫く首を傾げていたナイスバディ様は明るい声でそう言った。

見た目はナイスバディな大人のお姉さんなのに、喋りだしたらあざといギャルちっくとかそれなんてギャップ。

「あたしの名前はナタスウィーリア。ルーくんの世界の『神様』をやってるの。性質は『楽観』。よろしくネ! ええと、ユウナギ、ソラ? くん!」

人外だったら周りのステータス見えるって事で良いのかな。龍夜も見えるみたいな事を言ってたし……。

「いや、必ず見える訳ではない。世界毎にステータスの概念が違うからな。この『世界』は自分のステータスしか見えないようにされている。そして今も尚。ところで穹、この目のやり場に些か困るレディは、この『世界』の変貌の原因の一柱だぞ」

「だから心読むなって……ん? んん? ええと?」思わず突っ込みを入れたのはいいものの、龍夜がいつの間にか帰ってきてた事に衝撃、聞こえてきた内容によって更に衝撃を受けた。え、ナイスバディ様何をしてくれやがりますのん?

「この目のやり場に些か困るレディは、変貌の原因の一柱と言ったが」

龍夜は優しいから二回目を言ってくれたよ。思わず頭を抱えてしまった俺は、決して悪くない。

「お初にお目にかかる、『楽観』のナタスウィーリア。つかぬ事を聞くが、此処で……いや、この世界で何をしている? 嘘偽りなく答えよ」

龍夜は何時もの無表情のまま、けれど威圧感が増しに増した無表情で静かに問う。

「……初めまして。あたしはナタスウィーリア。貴方は……ラインハルト・ルーズィンで、間違ってないわよね? 貴方の養い子のお家に、勝手に入ったのには謝るわ。そして恐怖を与えてしまった事にも……ルーくんの気配がしたから、つい入ってしまったの……。でも、でもあたし、この『世界』に対して、何もした覚えが無いのよ!! 本当よ!! えっらそーな黒ずくめの男が何か言ったと思ったら……あたし気絶しちゃって……気が付いたら、この『世界』がこんな事になってたの……あ、あたし何もやってないのよ!!」

途中からどんどん必死になっていくナイスバディ様に対して、龍夜は何を考えているのか分からない何時もの無表情で聞いていた。

話が終わると、龍夜は瞳を軽く伏せて、穏やかに言葉を紡ぐ。

「そうだな…………貴女の言葉は本物だ。信じよう」

「あ、ありがとお!! 実は、信じて貰えないと思ってたの……」

何を思ったのか、龍夜は自分のステータスを可視化してナイスバディ様に見せた。

数多ある魔法の中から、お目当てのある一つの言葉を指差しながら言葉を紡いだ。

「万が一を思い、すまないが虚言無効を使わせて貰った。貴女が今話したのは、紛れもない本当の事だった………嘘をついていたならば、私は女性であろうとも吹き飛ばしていたよ」

空恐ろしい事を無表情で言ってのける龍夜は、本当に敵に回したらダメな存在だと思いしった。

あーあ、ルーさんもナイスバディ様も震えてるよ……。龍夜がこんなんで、本当ごめんね。

にしても、黒ずくめの男か……おかしいなぁ何か引っ掛かるんだよな……。

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