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またの名をデレタイムとも言いまして

ふと思った事だが、視線が刺さると言うのは、中々に的を得た表現だと思う。

現在進行形でぐいぐい顔に刺さっている。そう、視線が。主に右に座っている鎧姿の人間の視線がぐいぐい刺さっている。勿論、周りの人間からの視線も刺さっている。主に右に座っている鎧姿の人間に。

違うぞ。見世物ではないぞ。確かに『世界』が変貌してから現れた第一村人ならぬ第一異世界人ではあるが、現れ方がインパクトの塊であっただけで、貴様らと何ら変わりのない人間だぞ。いや、確かに今も鎧を纏っていて、インパクトの塊ではあるが。

因みに外に飛び出した時に取れた兜は、絶賛放置中である。全体的にへしゃげているし、もう使えぬだろうな。ついでに兜だけでなく全部脱げばいいのに。嗚呼、本当に視線が痛い。

「あー……確かお前は……」

「ルマン・ヴェターニュだ。覚えにくければルーとでも呼んでくれたまえ!」

「そうか。それでルマンとやら、私の顔に何か付いているのか?」

「いいや? 全く何も付いていない。眉目秀麗で羨ましい等と思っていないぞ!!」

……そうか。羨ましいと思っているのか。私は一切顔の良し悪しを気にしていないから羨ましいと思われても、正直困る。そういえば困っていても私の表情筋は仕事をしないので、他人からは全く動じていないように見えると穹が言っていたな。いや、長生きはしてるが多少は動揺するぞ私も。

「分かるー。羨ましいよな。でもな、龍夜って美形にも拘わらず、ほんっとうに自分の容姿に興味がないんだよなー。美形は爆発すればいいと思うんだよな。あ、鎧さんも爆発すればいいと思うよ」

詮無い事を考えていたら、確かサムズアップというのだったか。右手が素早く穹のぺらぺらな大胸筋の前に掲げられた。その上に向いた右手の親指が、下に向かない事だけを切に願う。はは、笑顔が怖い。遠回しに脅されている気がせんでもない。

そして穹、名前を呼んでやろうな。確かルマンの筈だ。

そして名前を呼ばれなかった件のルマンは……ああ、顔が青ざめているな。

「わ、わ、若人よ、私は眉目秀麗ではないぞよ。爆発とは恐ろしい事を言わないでくれたまえ!? 後、鎧さんではない。私はルマンだ!!」

ないぞよという言葉を初めて聞いたような気がするな。あ、いや……百年程前に元居た世界の亡国の皇女が使っていたな……。高飛車で面倒くさかったのを思い出した。

穹が口を開きかけたのを見て、先手を打つ。

「穹、とりあえずそこまでに。今日はお前の家に泊めてくれまいか。『世界』がこんな風になった今、離れていると少し守りにくい」

ついでにこれを泊めてやったらどうだと視線で訴えてみると、お気に入りの定食屋に食事しに来たが、嫌いな物しか出されなかったみたいな顔をされた。因みに穹は一度丸飲みしようとして死にかけた為、ミニトマトが嫌いだ。散滅すべし!! 等と叫んでいた。何故丸飲みをしようとしていたのか、甚だ疑問なのだが。サイズ的に難しいだろうて。

「えええええ……どうしてもか?」

「ああ。どうしてもだ。私を泊めたら安眠出来るし、これを泊めたら恩も売れる。もちろん食事は私が作るが……」

「はい喜んでーーー!!」

「これ扱いとは酷くないかね!?」

この一角だけは、至極平和である。周囲の状況は芳しくないが。視線も刺さるし、穏やかとは程遠い。

……店の窓ガラス全部が壊滅とは恐れ入る。店主の懐からどれだけ羽ばたいていくのやら。勿論、右隣の人間からも羽ばたいていくのは想像に難くない。

……待て。この世界の通貨をこの人間は持っているのか?




所変わって俺の家。

一軒家だが、一人暮らしをしている。高校生になるまでは、確か龍夜は頻繁に泊まりにきていた。

両親とかは物心ついた時にはもういなかった。悲しいかと聞かれると……いまいち分からない。顔も知らない。何時からいないのかすら、覚えていない。

俺の事を途中まで育ててくれたのは、何処かの世界の魔王様だった。とても優しい笑顔をしていたのを覚えている。龍夜と知り合ったのもそのタイミングだ。今思い返してみても……龍夜は過保護かもしれない。

親友だけれど、まあ、ある意味父親みたいなもので間違いはない。かなり、認めたくないけど。

隣に立つ龍夜を見上げる。じっくり眺めると改めてムカついた。うん、縮め。

身長は190ぐらいはあるんじゃないだろうか。少し長めの黒髪が風にゆらりと揺れる。何を考えているか分からないラピスラズリの瞳がそれを受けてゆるりと細まったのを見て、コイツが笑ったところを思い出そうとしたが、挫折した。眼では笑うんだよなあ。眼では。

「何と……若人、君の住む家は随分立派なのだな……!!」

「え? 立派……なのか?」

「ルマンは分かるのか。いやな、変貌前の世界基準で考えると、見掛けは普通の一軒家でしかない。だが私が年月をかけて色々施してきたので―――変貌後のこの『世界』では、下手な城よりかは強固になってしまったと思う。正直言ってやり過ぎた、すまん」

「止めてチート!!」

「一人暮らしは何かと物騒だからな。子が心配な親心を理解してくれ」

「誰が子で誰が親か」

「私が親だ。それは譲らぬ」

「そんな話をしたい訳じゃない!!」

「あー……とりあえず家に上がろうじゃないか。こんな場所で喧嘩をするのは、私良くないと思うぞ」

「一理ある。早く家に上がろう」

「覚えとけよ!!」

「それは不良とか、チンピラ? とかの捨て台詞じゃないのか?」

「もう龍夜と口きかないからな!!」

「すまない、パパが悪かった」

「誰がパパだ!!」

「すまんかった」

高いアイスを買ってくれていたので、不問にしました。俺って心広い。けど財布を見て、深いため息をついていたのが気になる。……もう少し安いのにすればよかったか……?

「意外と居心地がいいな、この家は。入口では、私はもしかしたら入れないかも知れぬと思ってしまったぞ」

「穹に対して敵意を持ったら爆散する。私に対しての敵意ならばノーカウントだ。良かったな」

「……うん、若人よ、どう見てもこの魔王が君の過保護な父親にしか見えないのだが」

「親友だよ」

「ちち」

「親友だよ」

「わ、悪かった親友だったなははは私とした事がうっかりしていたーははは」

ごり押しって、強いよね。

龍夜は親友ですー。父親は二人しかいないんですー。血の繋がった父親と育ててくれた父親の二人しかいないんですー。

無表情で二十代後半にしか見えない父親なんて嫌だ。

「じゃあ老ければいいのかね」

「心読むな、じゃあで老けようとするな。お前を父さん……ないわ」

「穹が冷たい。これが反抗期という奴だな」

「反抗期はとっくに過ぎたわ!!」

「君達はいつもそんな感じなのかい……?」

ルーさんが何とも言えない顔でこちらを見ている。因みに鎧は全部脱いでもらった。そして龍夜が何処かに消していた。私の鎧がー!! 等と叫んでいたが家の中にまでガシャコガシャコ響かせて欲しくない。床に傷が付くし。ねっ!

「ああ、うん、いっつもこんな感じだと思う」

「ああ。父親、子供ネタは何度やっても飽きないな」

お聞き頂けただろうか。遠回しに面白いとのたまったぞコイツは。無表情のまま雰囲気どや顔まで披露してきたぞコイツは。もぉー……コイツ魔王じゃなくて愉快犯じゃないのか? そう思うのは俺だけ? ……じゃなかったみたいだ。見た目がヘドロにしか見えない、立てミスった抹茶を勧められたお客様みたいな顔にルーさんがなっている。しっぶい顔してやがるぜ……。

「うむ、君が嫌がる理由がよく分かるよ……若人よ、苦労したのだな」

目の部分を手で押さえながら不憫なと小さく呟くのは止めて頂きたい。不憫じゃないからな。龍夜、視界の端っこの見えるか見えないかの所で頷くのは止めろ。不憫じゃないからな。

「ソラ? だったな。悩み事があるならいつでも聞こう」

おめでとう!! 俺はルーさんから保護対象と認定された!!

そんなテロップが脳内に一瞬流れた。いや、監視されてるのは龍夜だからあまり関係無いのだけれど、あ、うん爆散する可能性がぐっと下がったね。良かったね。

流そう流そうと思ったけど……ルーさんの俺を見る目がさっきより柔らかい。

それでもってこの人馴染み方が半端無い。んー……いやいや、馴染み方もそうだけど一番近いのはなんだろ?

「情にほだされ過ぎ」

「それだ」

そうだそれだ、この人は何かほだされ過ぎている……いや、ちょっと待てまた心読みやがったなお前。

ええいそっぽを向くな。こっちを見やがれこの魔王。

「……分かるかね、よく言われてしまうのだよ……ほだされ過ぎだと」

あっ、ルーさんが萎れてしまった。黙っておいた方が良かったかな……。

「別にそれでも構わないのではないか? 極めれば個性とも言うだろう」

「……慰めは要らんぞ魔王……どうせ私は情に厚い只の盾役だ!! 五人いる魔法使いに被害が及ばぬように自分を盾にするしか脳のない只の盾役なのだ!!」

「なにそれ可哀想」

「護り役を一身に受け過ぎだろう貴様。せめて一人減らして前衛を入れろ前衛を。ほだされ過ぎにも程がある。なんだその鬼畜な後衛共は……。……よくぞ生きてこの『世界』まで訪れる事が出来た……極めれば個性と言ってすまなかったな」

おっとお、認定タイムに突入致しましたね。では説明しよう! 認定タイムとは『龍夜の独断と偏見による仲間認定タイム』の略である! 余りにも不憫過ぎると発動するんだよなあ。……違う、違うぞ、俺は不憫じゃないぞ。

「ん? へ?」

「貴様は苦労し過ぎだ。貴様が護っていた魔法使い共がどの程度のものなのか皆目見当もつかんが、魔法使いとて自己強化しての前衛も可能だぞ? 過去から現在にかけて何回か目にした事があるからこれは確実だ。実際に私も試した事がある。どちらにせよ私は前衛タイプだが」

ルーさんが戸惑ってる。龍夜のあの魔王然とした雰囲気見た後だから当然っちゃ当然だよな。無表情ながら心配そうな雰囲気出すの、凄いと思う。

「あ、ルーさん大丈夫。ルーさんが仲間認定されただけだから。龍夜って世話焼きな所があってさ……女性や子供、不憫な奴とかには一応甘いんだ。勿論例外もあるけどね。あまり仲間認定されにくいんだけど……良かったね、ルーさん。よっぽどの事がない限り助けてくれるよ」

「それは良い事なのかい!? 私不憫扱いされたという事になったという事で良いのかな!?」

「良い事だよ。あの魔王然とした雰囲気、あまり向けられないから。後、不憫かって言われたら……うん、そうだね。かなり不憫っぽいね」

「不憫だな」

「うううううう」

世界がファンタジーに変わったから、色々大変な事が起きてきたけど……まぁ、今日も今日とて平和である。

「不憫なのは納得がいかない!!」

「ルーさんだってさっき俺に対して不憫って言ってたじゃないか」

「うっ……」

ぐうの音も出ないとはこの事。

ふっふっふ……この夕凪穹、伊達にあの人に育ててもらって、魔王様を親友にしてないぜ!!

ぐうの音といえば、ご飯どうしようかな。ありがたい事に龍夜が毎回作ってくれてるけど……スーパーって機能してるのか……? コンビニは一応機能してたから、多分いけると思うんだけど、コンビニも淘汰されかけてたような……。

「ルマンよ、私は一個人として認めはしたが、穹に危害を加える、又はその考えを抱くなどしたら命はないと思いたまえよ」

チクリと釘どころか錐を刺して、台所に引っ込む龍夜。そして青ざめるルーさん。あっ、ヤバい洗うって言って食器洗ってないってなって同じく青ざめる俺。

「……穹?」

「ウィッス」

はいきました。龍夜さんお得意のお叱りの仕方です。名前を呼ぶだけ呼んでじっと見てくるから非常に怖……はい、本当にごめんなさい。SF小説楽しすぎか状態でした。やってません。洗濯もしてないです。はい、ゴメンナサイ……スミマセン……ユルシテクダサイ……。

「本格的に一人暮らしを許した途端にこれだ。もうパパここに住んでしまうぞ」

「パパじゃないって言ってるだろ!! ダメだよ住まわせないよ俺が何も出来なくなるだろ!! 泊まりに来るならばいつでも来い!」

「ソラ、全てにおいて何か違う気が……」

「もうすでに出来ていないし、いつでも来いじゃあ駄目だろう。私が毎日泊まったら住んでるも同義……」

「あーあー聞こえなーい」

「はあ……一応教えてきたのだがなあ……私の教え方が悪かったのか……至れり尽くせりで堕落させてしまったのか……?」

「堕落はしてないつもりだからな! 堕落しなかったら龍夜のご飯美味しいからめっちゃ生きてるの楽しいってなる。是非お願いするって言ってる」

「……」

「解せぬって顔は止めようか」

「……ソラ……それはうーん……」

「すぱんと言ってくれ殴ったから」

「年下に殴られる私!! 殴るからではないのだね!? いや、もうすでに駄目なのでは……?」

「あぁん?」

「はははうん何でもないよ私の勘違いだったみたいだーははは」

龍夜が何やら口をもごもごさせているけれど、知らんぷり。

諦めたのか、ため息を一つ溢した。本当に何をやっても様になる魔王様だ。

……別に悔しくなんてないからな。

「すまないが、私は少し出かけてくる。留守番をしていて欲しい」

「ああ、行ってらっしゃい」

「一時間ぐらいは出ているつもりだ。色々な場所を確認しに行ってくるので……すまないが夕飯は遅くなる」

本当に申し訳なさそうに言うけど、龍夜は気にし過ぎだよな。

やらなきゃいけない事ばかりだから気にしなくてもいいのになぁ。

「まあ、龍夜に言っても意味無いだろうけど、気を付けてな」

「穹は特に気を付けたまえ。それではルマンよ、穹を暫し宜しく頼むぞ」

「あ、ああ……任せたまえ」

ルーさんはまだ戸惑いは抜けきっていないみたいだ。ま、仕方ない。ぼちぼち慣れていってくれると、俺が面白い。

ていうか、改めて思うけど魔王様の口から夕飯って単語が出てくると、何か笑えてくるよな。

任された食器洗いをしながら、おおよそ一時間後の夕飯に思いを馳せるのであった。お腹すいたなぁ。

あ、しまった……生ゴミ捨てるの忘れてた。……え、でも今後回収してくれるのかな。

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