もはや強制エンカウント
刺々しい気持ちを無くす為に、必死に龍夜に八つ当たりしていると、不意に空気が何だろう……水の中にいるみたいにもったりとしたような気がした。因みに龍夜は終始やめろしみたいな顔をしていて何か笑えた。
「……? あれ? 何だ?」
「嗚呼、よく分かったな。この席に簡易的に結界を張っただけだ。あんまり気にしなくても大丈夫だから、カフェオレがまだ温かい内に飲みきってしまえ」
俺に叩かれながらそんな事をしていたのかと、少し呆れる。結界を張る前に、まず肩を殴る俺の頬を張るのが先じゃないのか。殴られたら多少は痛いとか言ってたのに。
でもそんな事を言ったら、デフォルト無表情のままで、
「はは、面白い面白い。この私が頬を張ったら穹は爆散して仕舞うが宜しいか?」
とか平手打ちの体勢に入りながら返されるんだろうな。おかしいな想像に難くないし、爆散したくもない。黙っておこう。
「穹、ちょっとそれは……」
それにしても何だろうな、このもったり感。さっきは水の中に例えたけど、もしかすると砂糖入れすぎたコーヒーみたいな感じが一番近いのかな。
「……聞いているのか?」
空気がもったりしているせいか、このカフェオレも何か手応えがもったりしているような……
「穹、砂糖入れ過ぎだ。やはり聞いてなかったな」
「あっれええ気のせいじゃなかった! え!? 俺って砂糖いつ入れたよ!?」
「私が飲みきってしまえと言った瞬間だが。考え事をしていたせいだろうな。何をやっているのだ全く」
返す言葉もございません。カフェオレにこんもりと乗っかった砂糖を見ると、本当に何やってるんだ俺と悲しくなる……。そりゃあもったりもするよな……。どうあがいても飲めない絶望。
軽く落ち込んでいたら、ああああとか、うおおおおとかいう悲鳴が、小さく耳に届いた。何だ?
「……ふむ」
隣にいる龍夜は優雅にカフェオレを味わっているみたいだけれども、悲鳴に気付いているのだろうか? くそ、美形は目を閉じても美形とかふざけてる。気付いてそうだから俺は何も言わん。この美形め! 因みにカフェオレの山盛り砂糖は、乾燥させて持ち帰る事になりました。流石龍夜。角砂糖にまで戻すなんて。万能かよ。
一人ぎりぎりしていると、悲鳴はますます大きくなり、終いには断末魔のような悲鳴になって、唐突に二つ隣の窓ガラスから人影が勢いよく出ていった。兜だけを残して。
……そう、出ていったのである。いや、飛び込んでくるならまだしも、出ていくっていうのは、何か逆に新鮮さを感じるような気がせんでもない。というよりどこから来たの?
あれ? 飛び出していったと思われる人影が、ヨロヨロしながらやって来たんだけれど……どうすればいいんだ?
「ここで会ったが百年目だな魔王ぉぉおおーーー!!」
「魔王違いだ」
明らか満身創痍な出で立ちで、立派な大剣が立派な杖と化している人物は、ガシャコガシャコ音を立てながら、龍夜に対して魔王と叫んだ。何だコイツ。
龍夜は龍夜で、すぱんと違うと返答を返す辺り、度胸が有り過ぎる様な気がしてならない。いや、流石。
あれ? ちょっと待てよ、魔王ってバレてるよ? ドウシテカナー?
「おい龍夜なんで魔王ってバレてるんだよ四十文字以内で今の俺の心境をどうぞ!?」
「『あれ? ちょっと待てよ、魔王ってバレてるよ? ドウシテカナー?』だろう。後、多少感知系が鋭い人間なら、私が魔王だとすぐ分かるぞ。人間のなら兎も角、私自身の場合は隠せるものではないからな」
「今、俺はお前を全力で殴りたい」
「何故だ解せぬ」
一字一句寸分違わず声に出されて、うわあってなる。
うわあ。
チートなら、せめて一部だけでも隠す努力くらいしてくれよ龍夜さん……。
「私とて出来る事と出来ぬ事がある。無茶を言うな」
「その前に心読むな」
「お、おい貴様等!! この私を無視するな!」
あ、若干忘れかけていた満身創痍さんが涙目で話しかけてきた。
お、優しいな龍夜、怪我を治してあげるなんて。ていうか治せるんだな。いや、知ってたけど。知らないふりしたかった。だってチートだもん。チート加速するの余り見たくないもん。
だって治し方が半端ない。無言で指パッチンて。ああほら、目ぇむいてるし。ぶっちゃけ俺もね初めは目ぇむいた。
ステータス欄ヤバイもんな。レベルが有り得ないもんな。能力値とか全部同じ数字だもんな。
魔法なんてさ、五十音順に三ページに渡って書かれてるんだよ。お前はチートか。いや、うん、まごうことなきチートだったよ。
「ぐうう……敵に情けをかけられるとは……!! このルマン・ヴェターニュ一生の不覚!」
自己紹介以外で自分の事をフルネームで言う人、始めて見たわ。
満身創痍さん、何か、アレだよな。空回り系熱血漢だよな。多分。体感温度が上昇した気がする。鎧だし、見ててむさ苦しいし。だが、イケメンである。
「いきなり貴様に敵対されただけで、私は必ずしも『敵』になる訳ではない。この『世界』を変貌させた犯人でもない。そんな事をするくらいならば、新しくそういう世界を生み出した方が速い。いや、生み出せるのは『世界』だけか」
「止めて!? チート拗らせないで!?」
「拗らせるとは何だ。とんだ御挨拶だな」
出来そうじゃなくて、出来るって断言できるから怖い。呆れたようにため息をつきながら言わないであげようね。今度こそ満身創痍さんの目玉が落ちそう。
「な……新たに世界を生み出した方が速いだと……馬鹿な、世界創造は神にのみ許された行為……一介の魔王ごときが出来ていい筈がない!!」
「……生まれ落ちた世界毎に、魔王の意味合いも変わってくる。私が元居た……あの『世界』では……魔王は『神』と同義だった」
チートが止まらない。この世界にいる皆様の中に、抑止力はおりませんか? この魔王様のチートを止めてください。切に。
止めてくれよ。お前がチートを拗らせると、俺もチートにならなきゃいけなくなるじゃないか。平凡な一般人なのに。
「ああ、神よ……私はこの魔王に勝てるのだろうか……いや、私は勝たねばならない!!」
「人間の騎士よ。私は貴様とは戦うつもりはない。そも、此度の『世界』改変……貴様の世界の『神』が一因だろうが。貴様等の『神』がやらかした事を、魔王に……私に擦り付けるな」
龍夜の柳眉がつり上がる。腹に据えかねてるみたいだ。やってもいない世界改変を自分のせいにされるのは、誰だって不愉快だもんなぁ。
「我等が神を愚弄する気か!」
「愚弄はしていない。私は真実を語っているだけだ。そんな事も分からぬのか」
うう、何か空気が宜しくない空気に変わりつつあるような気がする。気のせいじゃあ……
「貴様を倒ぉおす!!」
「はぁ、いくら説明しても聞く耳を持たぬのなら、貴様は虫と同じだな。虫けらの様に踏み潰してやろうか……?」
ないね!! かなり空気が宜しくないね!!
「ちょちょちょ、ちょまた!! 待った!!」
「穹、危ないからここから一歩も動かないで欲しい。話はあの虫けらを潰した後で聞くから……」
「駄目だって! 今聞いてくれないと困るんだって!! 後、その人人間だから!」
「仕方のない……分かった。聞こう」
仕方なくない。どうあがいてもお前の方が仕方ない奴だよ。
とりあえず話を聞いてくれる姿勢にはなってくれたけど、 ここからどうやって戦意を喪失させよう? 案が全く浮かばない。
ううむ……厄介な事になった。どうしたものか、他愛もないお遊びのつもりだったのだが。
あの人間から怒気が伝わってくるな。全くもって怖くない。子犬が健気にも威嚇しているみたいだ。見かけは鎧姿で可愛いさとは対極だが。
この人間の名前は何だったか……。ロマンだったか? いや違うな。マロンか? いや違うな。何だったか……。まあいいか。
虫けら発言は宜しくなかったな。お遊び魔王モードに入ると、些かノリノリになってしまうのは、私の悪い癖だ。うむ、反省。
「あーっと……ううう」
穹が頭を抱えている。だろうな。穹は私が激怒していると思っているからなぁ……。ふざけただけなのだが。
「穹」
「アッハイ」
どうしよう、穹が物凄い勢いで震えだした。そういえば今思い出したどうでもいい事だが、人間はこの状態の事をガクブルするとか、マナーモードとか言うのだろう? いやそんな事を考えている場合ではなかった。
これは……大丈夫か……?
「おぼぼぼぼ」
おうこれは大丈夫じゃない。所謂『あ、これアカンやつや』というアレだな。
「穹、そんなに怯えなくとも大丈夫だから。私少しおふざけしただけだから。とりあえず良い子だからリラックスしようか」
「どこが少しなんだよ。全然おふざけに見えねぇわ。ガチギレにしか見えんかったわ!! ふざけんなタコス!!」
「タコスは食べ物であって、罵り言葉ではない。あ、うん、悪かったから。私が全面的に悪かったから。だから胸ぐら掴まれるとパパ悲しい」
「誰がパパか」
「すまんかった」
胸ぐら掴まれてぐわんぐわん揺さぶられていると、気持ち悪くなってきた。どれだけ魔力を持っていたとしても、物理的に脳を揺さぶられてしまうと吐き気が出てきてしまうのだな。納得した。とりあえず揺さぶるのをやめようか。
「お、おい若人、その……魔王の顔が死んできていないか?」
暫定マロンの声が意識の遠くの方で聞こえてきた。あ、これはいけないきもちわるい。
満身創痍さんの声にハッとなる。あ、ヤバい。
龍夜が青い顔で口元押さえてる。やらかしたー……。龍夜も黙ってされるがままだから、余計いけないんだよなぁ……。途中で止めてくれたらやりやすいのに……ごめんな。
背中を撫でようとしたら拒絶された。うん、ホントにごめんな。ごめん、ごめんな……。俺が悪かったよ……。リバースする所を見られたくないんだよな……。
「何と言うか、君は凄いな……その強大な魔王を弱らせる事が出来るなど……」
「……こんな事が出来るのも、コイツは絶対に俺に手をあげないって確信してるから出来るんですよ」
俺に手をあげなさすぎて、自分がダメージばかり受けてる可哀想な奴なんだよ……。
ま、手をあげられたら即死ですが何か。
「うむむむむむ……」
おや、満身創痍さんの様子が……?
「君達のような関係性は、正直この私としても初めてだ。魔王が一般人とこのように仲良くなり、尚且つ手を出されても怒りもしないとは……だが私に向けられた、先程の魔王然とした態度には冷や汗をかかされた。いつそれがこの世界に牙を剥くか分からない!! よって私はその魔王を監視するつもりだ!!」
「多分無意味だと思うよ」
おめでとう!! 満身創痍さんは、監視役に進化した!!
いや、いらんし。監視役なんていらんし。
わー無意味だと思うって言われて、満身創痍さんへこんでるや。
「私は別に構わないが。監視されるのはとりあえず私だけだろう。取り立てて気にするまでの存在でもない」
あ、龍夜が復活した。けどまだ顔が青い。そして何て身も蓋もない言い方。心なしか監視役さんが萎びてる気がする。
「それでいいのか龍夜? プライベートが監視されるんだぞ?」
「よろしい私のプライベートは高いぞ」
金を取る気らしい。あっ、監視役さんが膝から崩れ落ちた。切り干し大根みたいになってる。水をあげたら戻るかな?
「ぐうう……やるな魔王よ」
「私は何もしていない」
確かに何もしていない。監視役さんが勝手に先走って、勝手に決めつけて、勝手に玉砕しただけの話である。これは言わねばなるまい。ただ一言……ザマァと!!
「穹も穹で良い性格をしていると思うのだが」
「誉めるな誉めるな。こちとら伊達にお前の子供してないっての」
「誰が子供か」
「ごめんご」
ぽんぽん会話が弾んでしまって楽しい。
「ちょっと良いだろうか」
楽しいと思っていたら満身創痍さんの待ったがかかった。
「何かね?」
「と、とりあえず貴様が完璧に無害か有害か分かるまでは、監視をさせてもらう!! ……プライベートは覗かんからな……」
うん、お金取られないといいね……。
そんなこんなで監視役さんが俺等に付いて回る事になった。
おめでとう! ……ええと……うん、名前忘れた。監視役さんがとりあえず仲間的な何かになったよ!!
あ、いや、名前知るにはステータス見れば良いんだったよ。
なになに……ルマン・ヴェターニュ。
イケメンは、名前でさえもイケメンだというのだろうか……確かに龍夜っていう名前もそうだけど、ラインハルト・ルーズィンという名前もイケメンだよな。
俺、夕凪穹。
……比べたら、負けなのかな。