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偶然の脅迫状 8

「彼女の話が本当だとすれば、垣内という女性には湧宮を殺害する動機があるわね。課長に言ってくるわ。所轄の刑事に調べてもらわないと」


 リビングのドアを開け雷華は上司を捜しに行ってしまった。

 大きなソファには煌刃の妻が浅く腰かけて俯いていた。先ほどと変わらない姿だ。他の部屋を捜索しているのか、刑事や鑑識の姿はない。

 話を訊くなら今のうちだと、霧夜は彼女に近づいた。


「すみません、少しよろしいですか?」


「まだ何か? 私が知っていることは全てお話しましたわ」


 棘のある口調だ。俯いたままで、拒絶されているのをひしひしと感じる。


「奥様、私たちは警察の者ではありません。煌刃さんの知人です」


 柚羽がソファの横に屈んで優しく語りかける。 

 昨日会ったばかりで、しかも探偵と依頼人という関係だが、知り合ってはいるので嘘ではない。 


「そうだったのですか。それは失礼しました。ここにいるのは警察の方だけだと思っておりましたので」


 ようやく妻はゆっくりと顔を上げ霧夜と柚羽を見た。涙で多少化粧が崩れてしまっているが、美人といって差し支えない顔をしている。意志の強そうな黒い瞳が印象的だ。それに、とても綺麗な白い肌をしていた。


「この度のことは心からお悔やみ申し上げます。さぞお辛いことでしょう。お気持ちお察しします」


 感情の篭った声で哀悼の意を述べる柚羽は、さっき廊下で「クソ野郎」と呟いていた人間とはとても思えない。これも面の皮が厚いと言うのだろうか。


「煌刃さんがお亡くなりになられて私どもも大変残念でなりません。彼を殺めた犯人は必ず報いを受けるべきです」


 依頼報酬を貰えなくて残念だ、犯人に代わりに払わせてやる。そう言っているように霧夜には聞こえた。気のせいだとは思うのだが……。


「俺たちはその手伝いをしたいと思っているんですよ。ああすみません、私は山神、こっちは折留です」


 自己紹介をして軽く会釈する。柚羽も立ち上って一礼した。


「山神さんに折留さんですね。私は湧宮瞳子(とうこ)と申します」


 膝の上で両手を重ねて頭を下げる仕草は、とても優雅で洗練されていた。


「存じております。大手建設会社、竹部コーポレーションの会長、竹部たけべ公久きみひさ氏のご令嬢でいらっしゃいますよね。つい先日に瞳子さんがオープンされたレストランも、大変評判だと聞き及んでおります」


「ありがとう。夫にも色々アイデアを出してもらって開いたレストランなんです。でも、こんなことになって、続けていく自信がないわ。……ごめんなさい、初対面の方にお話しすることではなかったですね。それで、何だったかしら」


 頬に左手を当て、瞳子は微かに首を傾ける。薬指には銀色の指輪が嵌められていた。


「実は、こんなことを妻である瞳子さんに言うのは気が引けるのですが、どうやら湧宮さんは誰かに恨まれていたようなんですよ。心当たりとか、ないですかね?」


「……分かりません。主人はいい人でした。私が言えることはそれだけです」


「そうですか。では――」


「ちょっと山神さん、勝手に動かないでください。ほら、行きますよ」


 般若顔の課長との話が済んだらしい雷華がリビングに入ってくるなり霧夜を睨みつける。そして霧夜のジャケットの袖を掴むと、先ほどマネージャーの深耶と話していた廊下へと引っ張った。柚羽は「失礼します」と瞳子に言って二人の後を追う。一人リビングに残った煌刃の妻は、状況を理解出来ずにきょとんとした表情で三人を見送った。


「どこに行くんですか? いやいや、雷華さんとならアマゾンの密林でもシベリアの極寒の地でも、どこにでも行きますけど」


 玄関を出てエレベータホールに行く。ボタンを押した雷華は、嬉しそうに頭を掻く霧夜を見て深々と溜息を吐いた。


「何の話をしてるんですか。貴方の事務所に脅迫状を取りに行くんです。それ以外に一緒に行く場所なんてありません」


「すみません雷華さん、所長は頭のネジが溶けてしまってるんです」


「キルちゃん、それどういう」


「なるほど」


「あ、ちょっと雷華さん! 納得しながら閉めようとしないで!」


 霧夜は閉まりかけるエレベータの扉をがしっと掴んだ。



「確かにお預りします」


 ビニール袋に入った三通の脅迫状を受け取った雷華は、くるりと身体を反転させ事務所のドアノブに手をかけた。その背中に霧夜が待ったをかける。


「雷華さん、マネージャーが言ってた大学病院の先生に会いに行きますよね? 俺も一緒に行きたいなー、なんて思うんですけど」


「駄目、です」


「脅迫状だって渡したし、それを書いた一人を当てたんですよー。いいじゃないですか、必ず役に立ちますから」


 めんどくさいが、一度受けた依頼は自分で解決したい。たとえ報告する相手がこの世からいなくなったとしても。探偵とはそういうものだと霧夜は思っていた。

 けして雷華ともっと一緒にいたいという理由からではない。おそらく。


「分かった、分かりました! 連絡しますから!」


 しつこく食い下がる霧夜に雷華が根負けしてそう叫んだのは、それから十五分後のことだった。

  

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