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いろ、色、イロ 17

 夜遅く、住宅街の中にある公園。昼間は若者や親子連れで賑わうこの場所も、今は静寂に包まれている。公園の隅に設置された時計が指している時間は、午前一時。

 無人で当たりまえの時間に、一人の人間が公園に現れた。その人物は、公園の中で一番目立たない場所に置かれたベンチに腰を下ろした。街灯の灯りも届かないその場所は、間近の人間の顔すら判別できないほどに暗い。背格好から男だとは分かるものの、個人を特定するのは難しかった。


「用件は?」


 突然背後から聞こえた女の声に、男はびくっと身体を震わせた。しかし、振り返ることはせずに、一度深く息を吸って吐きだすと、ゆっくりと口を開いた。


「シルバーのアクセサリが欲しい」


 緊張しているのか、男の声は少し震えている。


「希望の品は?」


 対照的に女の声は冷静で、真冬のように冷たい。


「最高級」


「報酬は高くつくわよ」


「構わない。この女を殺してくれ」


 男は一枚の写真を取り出し、ベンチの上に置いた。暗くて見えないが、そこには男が自分のものにしようとして失敗した相手が写っている。愛情はすでになく、あるのは憎悪のみ。男の感情は完全に逆恨みのそれだったが、男にその自覚はなかった。


「自分でしない理由は」


「一度やって懲りた。あんな大変な思いをするのはもうこりごりだ」


 男は前にある人間を自殺に見せかけて殺していた。テレビやネットから得た情報をもとにしたのだが、見るのと実際にするのは大違いで、二度とやりたいとは思わなかった。苦労した分、警察に疑われていない自信はあったが。愚鈍な警察などに見破れるわけがない。男の口元に醜い笑みが浮かぶ。

 だが、その笑みが長く続くことはなかった。


「なるほど。――じゃあ貴方に最高級のアクセサリをプレゼントするわ。ありがたく受け取りなさい」 


「契約成立だな」


「ええ――柳辰実、殺人罪で逮捕します!」


 女がそう言った瞬間、今まで真っ暗だったことが嘘のように、ベンチ一帯が激しい明かりに照らされた。男は慌てて立ち上がるが、あまりの眩しさに眼が眩み、それ以上動けなかった。どこに潜んでいたのか大勢の人間にあっという間に取り囲まれる。


「なっ!? どういうことだ!」


「こういうことよ。お望みのシルバーのアクセサリの感触はいかがかしら」


 男――柳の手首には、鈍く光る灰色の手錠が嵌められていた。 



「今回はありがとうございました」


 初夏の日差しが差し込む山神探偵事務所。応接ソファに座って美味しそうにコーヒーを飲む雷華が、霧夜に軽く頭を下げた。


「いやいや、雷華さんのお役に立てるならなんだってしますとも! トイレ社長はどんな感じです?」


「素直に自供しています。逃げられないと観念したのでしょう。余罪がたくさんありますから、複数の課が入れ代わり立ち代わり取り調べをしています」


 カジノからミドリを無事に連れ戻せたとして、それで終わりだという保証はなかった。だから、霧夜は柳との会話を録音し、それを雷華に渡した。彼を牢屋にぶち込んでもらうために。

 本来、公園で柳と会う役は柚羽がする予定だった。彼が来るかどうか不確かだったし、何を依頼してくるか分からなかったからだ。だが、話を聞いた雷華が危険だから自分がやると言い出し、結果、深夜の公園での逮捕劇と相成った。


「あの場ではせいぜい任意同行を求めるしかできないと思っていたのだけど、まさか殺人の自白をするとは。山神さんに騙されているとは微塵も思わなかったんでしょうね」


「口の上手さにかけて、所長は天才的な能力を持っていますから」


「ちょっとキルちゃん、その言い方だとまるで俺が口先だけの男みたいに聞こえるんだけど」


「違うのですか?」


「違ったんですか?」


「雷華さんまで!? ひどいです! 俺の繊細な心は致命傷を負いました」


 柚羽だけでなく雷華にまで真顔で訊き返された霧夜は、胸を押さえ、ぐはっ、と血を吐く真似をして机に突っ伏した。


「じゃあ私そろそろ帰りますね。仕事がまだ残ってますから。柚羽さん、今度ご飯食べにでも行きましょう」


「はい、是非。お気をつけてお帰り下さい」


 コーヒーご馳走様と言って、雷華は事務所を出ていった。起きかけた霧夜の上半身が再び倒れる。


「うおぉぉ、どうして俺は誘ってくれないんだぁぁ」


「自業自得かと。――それより所長、そろそろ行かないと約束の時間に遅れます」


「約束? ああ、今日だったっけ」


 ゆっくりと身体を起こし、窓の外を見る。ミドリやハクとカイチの墓に行く約束をしていた。

 雲一つない快晴。

 浮かれ気分で外に出るには、これ以上ないほどの天気。だが、こんな日に墓参りをするのも悪くない。

 椅子から立ち上がり上着を肩にかける。ポケットに手を入れると、固い感触が指に触れた。


「欲張りは災いのもと、ってね」


 ポケットの中のものを取り出し、指で弾く。それはくるくると回転しながら放物線を描き、かこんと音を立ててゴミ箱に入った。


「途中でお花を買いますから」


「ほいよー」


 霧夜と柚羽は事務所を出て、階段に向かう。

 誰もいなくなった部屋。ゴミ箱の中には一枚のチップが落ちていた。

 この話はこれで最終話です。

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