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いろ、色、イロ 15

「どうしたんですか。これはポーカーをするための台でしょう? 早くカードを用意してください。どうしてこんなところにどんぶり? 邪魔だからどけますよ」


 どんぶりを床に置き、「ポーカーにサイコロなんて使ったかしら」と首を傾げながら霧夜の隣に座るミドリ。おかしい。本来の計画では、彼女の役割はただ黙って霧夜と柳の勝負を見守るだけのはず。

 柚羽が説明していないのか。いや、性格に少々問題があるような気がしないでもないが、仕事はきっちりこなしてくれる。彼女のミスとは思えない。

 ミドリが独断で動いている? 台の下からカードを取り出す柳に気付かれぬよう霧夜は隣を窺う。憎き相手の一挙一動を食い入るように見ている彼女の瞳に迷いの色はない。自分の言動に不安を抱いている様子もない。よほど自信のある策があるのか、それとも――


「勘違いをしてる、のか」


 声には出さずに呟く。一つだけ柚羽に言っていなかったことがある。柳と何の勝負をするかだ。柳に近づき、彼から大金をせしめ、それを元手にミドリと五千万を手に入れる。柳の注意を引く方法、ミドリとの接触の仕方、連絡のタイミングなどは細かく打ち合わせていたが、どんな賭けをするかの話はしていない。チンチロリンにしたのは、会場で半丁賭博をしているのを見たからだ。サイコロの出目を自由に操れる霧夜にとっては幸いだったが、もし洋式の賭博しかなければ他の方法を考えていた。今回の計画でそこだけが流動的だった。

 おそらく柚羽はミドリに、霧夜が賭けをしようと言い出すからそれに同意するよう、もしくは柳が賭けに応じるよう促すように言ったのだろう。ミドリは頭の中で柚羽から言われたことを反芻はんすうし、柳と霧夜がいる部屋に乗り込んだ。そして、緊張していた彼女はポーカーの台を見て思い込んでしまったのだ。この二人はポーカーをしていたのだと。まさかポーカーの台で他の勝負をしていたとは思いもしなかったに違いない。そして、どんぶりとサイコロを見ても何の反応も示さないということは、チンチロリンを知らないのだろう。

 最後の最後、一番肝心のところで計画に破綻が生じるとは。霧夜は額を台に打ちつけたい衝動にかられた。だが、そんなことをするわけにもいかず、チップの山を見ながら、普段は使わない頭を高速で回転させる。

 チンチロリンで全敗した柳だ。違う賭けにしようと言われるかもしれないとは思っていた。そのときは悩む素振りを見せ、柳からチェスで勝負と言わせるつもりだった。高級なチェスセットが会場のところどころに飾られているのを見て、相当凝っていることが窺えた。霧夜がボードゲームは得意ではないことをそれとなく匂わせれば、絶対に勝ちたい柳はかなりの確率でチェスを提案してくるはず。時間がかかるゲームが嫌いなため普段はほとんどしないが、勝つ自信はあった。

 今から提案してみるか? いや、すでに柳はカードを用意し終えて壁際にいた黒服を呼んでいる。受け入れはしないだろう。それに、ミドリの反応も心配だ。彼女は計画が順調に進んでいると思っている。混乱してボロを出されでもしたら計画はパアだ。水の泡どころか海の藻屑もくずとなりかねない。

 もう一つ、ミドリが知らない計画が進行してはいるが、それはここを出て初めて効力を発揮するもの。今この場では何の役にも立たない。それどころか、柳に知られれば確実に命が無くなる。


「この男がディーラーをしますが、構いませんね?」


 ミドリと反対、霧夜の右隣に腰かけながら柳が訊いてくる。


「え、ええ、もちろん」


「クローズドでチェンジは一回。ショーダウンは同時ということで。ところで、お飲みにならないんですか?」


 全く口が付けられていないグラスを見て、柳は訝しんだ様子を見せた。その表情には余裕が戻っている。ポーカーには自信があるのだろう。もしくは――

 仕方ない。霧夜はグラスを持ってへらへらした顔で頷いた。


「そのやり方でいいですよ。じゃあ始めましょうか」


 黒服が手際よくカードをきり、裏向きにカードを配る。そのとき、柳の口元に一瞬笑みが浮かんだのを霧夜は見逃さなかった。

 カードを取ろうと持っていたグラスを台に置こうとする。が、手を滑らせ中身が勢いよく台の上に流れ出た。芳醇なブランデーの香りが辺りに広がる。


「うあっ、ととっ、すいません。あーあ、カードがびしょ濡れになっちゃった。新しいのに変えないと駄目ですね」


「そ、そうですね。おい、すぐに拭くものとカードを持ってこい」


「いえ、俺が行ってきますよ」


 霧夜は返事も待たずに部屋を出て、通りがかりのウェイターに布巾を貰い、ブラックジャックでディーラーをしていた女性から柳に言われたといって封の切られていないカードを借りた。


「はいどうぞ」

  

 部屋に戻り黒服にカードを渡し、こぼした酒を拭く。水分は布巾に吸収されたが、緑色の台には大きな染みが残った。


「いやあ、本当に申し訳ない。ま、でも勝負には影響しませんから構いませんよね。あ、もう配ってもらっていいですよ」


「は、はあ」


 困惑した顔で黒服は柳を見る。先ほどの余裕はどこへやら。柳は顔色を変えて身体を震わせていた。


「どうしたんですか? 早く配って下さいよ」


「わ、わかりました」


 霧夜にせかされ、黒服はカードを配り始める。霧夜はにやけた笑みを浮かべて、柳は額に汗を浮かべて、それぞれカードを交換した。

 

「では――ショーダウン」


  

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