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いろ、色、イロ 11

 霧夜と柚羽は、ウェイターからシャンパンの入ったグラスを受け取り、好みの台を探すふりをしながら柳に近づいた。すぐ近くにあるバカラの台で、下品な笑い声を上げて遊んでいる肥満男の頭皮丸出しの頭を見ながら、会話に耳を傾ける。


「ここは本当に素晴らしい。いやぁ、柳さんには感謝していますよ。――しかし、建設にはさぞ苦労されたのでは? このご時世、これ程の設備を秘密裏に造るのは、そう簡単なことではありますまい」


「大したことではありませんよ。ビルを建設した業者にはたっぷり報酬を払いましたから。まあ、ですから皆様には、より高額なベットで遊んでいただければ幸いです」


「これはこれは、私たちから業者に払った口止め料を巻き上げるおつもりですかな」


「とんでもございません。ほんの冗談ですよ。どうぞ心ゆくまでお楽しみください」


「ああ、そうさせてもらおう」


 柳と会話していた男たちは、それぞれ思い思いの台へと散っていった。


「随分と楽しそうな話をしているじゃないの」


「きな臭いの間違いでしょう。いま去っていった男性、製薬会社の会長と飲食チェーンの社長ですね」


「キルちゃんよく知ってるねえ」


 霧夜は壁にもたれかかって美味そうにシャンパンを飲む。柚羽もグラスに口を付ける。が、彼女は唇を湿らす程度にしか飲まない。酒が飲めないわけではないが、酔っ払うわけにもいかないからだ。

 肥満男が野太い歓声を上げた。どうやら自分が賭けた方が勝ったらしい。


「たまには所長も新聞をお読みになってはいかがですか」


「あー、そういうのはキルちゃんに任せてるから。俺は番組欄以外に興味ない」


 隣から発せられる殺気にも似た怒気。しかし、霧夜は全く気にせず通りがかったウェイターを呼び止め、空になったグラスを交換する。ウェイターが柚羽を見て、一瞬怯えた表情になったのは気のせいではないだろう。爽やかな顔立ちの彼は、一礼すると不自然に見えないぎりぎりの速さで霧夜たちから離れていった。


「トイレ君は誰かを待ってるみたいだねえ」


「……ミドリさんを待っているのでしょう」


 客に声をかけながら会場を回っている柳の視線は、さりげなく入り口に向けられている。

 ミドリは今夜、あるものを手に入れようと、ここにやってくる。そのために必要な金額が、五千万。本当ならカイチが来るはずだった。恋人のためにどんな制裁も覚悟の上で、組から金を盗んだ彼は、しかし不慮の事故で死んでしまった。


『カイチの思いを無駄にしなくない』


 音声ファイルに入っていたミドリの言葉だ。

 

「もうそろそろかな。ミドリが来たら、キルちゃん、打ち合わせ通り頼むわ」


「分かっています。所長こそしっかりやって下さいね」


 会話を交わしながら霧夜と柚羽は、入り口と柳の中間あたりに移動する。

 ルーレットの台でどよめきと拍手が起こった。どうやら誰かが高配当を得たらしい。柳の視線がそちらに移る。と、それを見計らったかのように入り口の扉が開き、一人の女性が入ってきた。艶やかな黒髪の清楚な女性。ミドリだ。彼女は真っ黒のワンピースを着ていた。まるで喪服のように。手には銀色のアタッシュケースを持っている。

 霧夜と柚羽は眼で頷き合うと二手に分かれた。

 緊張した顔で会場内を見回すミドリに、柚羽がぶつかる。その拍子にシャンパンがグラスから零れ、ミドリのワンピースにかかった。


「きゃ」


「あっ、すみません。よそ見をしていたものですから。お怪我はありませんか?」


「あ、いえ、大丈夫です」


「まあ大変、お召し物にシャンパンが。お化粧室に行きましょう。すぐに落とさないと染みになってしまいますわ」

   

「え、あ、あの」


 反論する暇を与えず、柚羽はミドリの手を取り奥にある化粧室に向かう。

 一方の霧夜は、ルーレットで大勝ちした客に賛辞を送っている柳に声をかけた。 


「いやぁ、羨ましいなあ。俺も彼みたいに勝ってみたいもんです。何か秘訣でもあるんですかね」


「ルーレットは運ですから。お客様もご自身の運を試されてみてはいかがですか」


 突然現れた霧夜に、やや面喰いながらも、柳はにこやかに答えた。


「運、ねえ。あんた、失礼、柳さんは物凄く運が強いんでしょうね。自分の会社のビルの下にこんなところを造っても、警察に感ずかれずにいるんだから。もしかすると、人を殺したって気づかれないんじゃない?」


 ルーレットの台を見ながら片手をポケットに突っ込み、シャンパンを煽る。霧夜の発言に、柳の目元の筋肉がぴくりと動いた。

 ディーラーがベットの開始を告げ、めいめいの場所に客がチップを置き始める。ホイールが回り、ボールが投げ入れられる。


「あーあ、俺にもそんな運があればなぁ。あの女に頼らなくても済むのに」


「女、ですか?」


 興味をそそられたのか、お愛想なのか、柳は霧夜の愚痴っぽく漏らした言葉に反応を返した。

 ベット終了の鐘が鳴り、客は固唾をのんでボールを見ている。入ったポケットは赤の13。溜息と歓声が聞こえてくる。


「面倒ごとを引き受けてくれる女。まあそいつの要求してくる金額が高くて高くて。何でもやってくれるから重宝してはいるんですけどね。この間なんて少し文句を言ったら、足の骨折られかけたんですよ」


「それはまた……」 


「美人だから怒ると恐さも倍増でしてね。名前からして、お前を殺す、なんですよ。名は体を表すってのは本当だって実感しました」 


「美人の便利屋ですか。それは一度会ってみたいですね」


 何を想像したのか、柳は口元にあまり品の良くない笑みを浮かべた。


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