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いろ、色、イロ 10

「じゃ、あとは頼んだわよ」


 豪生の運転する黄色のスポーツカーは、灰色の煙をまき散らしながらネオンの海へと消えていった。

 午後七時半。辺りはもうすっかり暗い。人工の光溢れる表通りから一本中に入ったところにある、四角いビルの前に霧夜と柚羽はいた。

 WCカンファレンスセンター。ビルに掲げられた看板にはそう書かれている。照明は落ちており、人の気配は全くない。だが、ここにミドリがいるはずなのだ。


「肩凝るなあ、この恰好」


 黒のタキシード姿の霧夜が、こきこき首を鳴らす。今から行く場所は正装でしか入れないため、仕方なく着ているのだが、見違えるとまではいかなくても、昨日の残念なお洒落よりは何倍もマシに見える。


「雷華さんもその姿を見れば、少しは所長のことを見直すかもしれません」


「見直されなきゃならないほど俺の評価って低いの!?」


「……さ、行きますよ」


 黒のロングドレスを華麗に着こなす柚羽は、霧夜の問いには答えずに、彼の腕を引っ張りビルの裏口に回った。

 ヒジョウグチと片仮名で書かれた扉のドアノブに手をかけ回す。が、扉には鍵がかかっており、霧夜たちが入るのを拒んだ。


「ま、開くわけないか。えっと、番号は――」


 扉の横に設置されているテンキーに、豪生から教えてもらった番号を入力する。5380141。ゴミハオイシイという、なんともふざけたゴロ合わせだ。

 カチリ。鍵が外れる音がする。もう一度霧夜がドアノブを回すと、今度はすんなりと開いた。


「キルちゃん、心の準備はいい?」


「私は所長が心配です」


「それはどーも」


 非常灯の頼りない灯りを頼りにビルの一階を進み、関係者以外立ち入り禁止の立札が置かれた階段を下りる。資料室と書かれた扉が並ぶ仄暗い廊下を歩き、目的の場所を目指す。


「不気味だねえ。もっと明るくすればいいのに」


「秘密の場所なのですから、当然ではないかと」

 

「表の玄関閉まってるんだから、誰も来ないと思うけどねえ――お、ここだな」


 霧夜が立ち止まった場所は、多目的トイレの前だった。故障中の紙が貼られているスライド式の扉を開け中に入る。


「鏡はどこだ?」


 真っ暗な個室でペンライトを点けると、扉と反対側にある鏡のふちに手をかけた。鏡に映る自分たちの姿はかなり不気味だ。鏡を手前に引くと、またテンキーが現れる。入り口で入力した番号を押すと、がこっという音がして壁の一部分が少しだけ動いた。鏡の下にある洗面台を持って、ドアを開けるように押す。壁の先は下へ続く階段になっていた。


「はあぁ、凝ってるねえ」


「この先にあるものを考えれば、当然の措置だと思います」


 柚羽の言う通り、階段の下にあるものは決して公には出来ない代物だ。非合法の場所。だが、いつの時代も需要が絶えない場所でもある。

 入ってきたトイレの壁を閉めると、階段に灯りが点いた。足元を照らすだけの小さなライトだが、一段一段に設置されているため、かなり明るい。驚くことに階段には赤い絨毯が敷かれていた。

 およそ一階分の階段を下りきると重厚な造りの黒い扉があり、その前に黒いスーツ姿の男が立っている。サングラスをかけていることもあって、受付係というよりかは用心棒のようだ。


「いらっしゃいませ、会員証をお渡し願います」


「ほいよ」


 ポケットから取り出したコインをサングラスの男に渡す。もちろん豪生が用意したものだ。暗証番号だけ知っていても入れない仕組みになっているのだとか。どこで手に入れたのかは聞いていないし知りたくもないが、まず間違いなく昔のお仲間関係だろう。


「確かに。どうぞお入り下さい」


 コインを確かめていた男は、深々と頭を垂れながら扉を開けた。途端に賑やかな音がする。今までの静寂が嘘のようだ。別世界と言ってもいい。


「それじゃまあ、行くとしますかね。お手をどうぞ、キルお嬢様」


 にやりと笑って霧夜は腕を差し出す。


「……ありがとうございます」


 一瞬、眉根に皺が寄りかけた柚羽だったが、すぐに表情を元に戻し霧夜の腕に手をからめた。

 扉の先は、着飾った人間で溢れ返っていた。その隙間を縫ってウェイターがカラフルな液体が入ったグラスを持って歩いている。歓声を上げている者、悔しそうにしている者、顔が土気色になっている者、無表情な者。態度や表情は様々だが、していることは皆同じだ。

 それは――賭博。

 そう、ここは限られた人間だけが来ることが出来るカジノなのだ。大会社の社長、会長、あるいは裏社会の大物。そういった人間がここで大金を賭けて、カードやダイス、ルーレットのゲームに興じる。豪生が言うには、政治家も来ていたりするらしい。

 そして、この裏カジノのオーナーが、ウィロウ・コンサルティング社長、柳辰実やなぎたつみ


「ポーカーにバカラ、ブラックジャックにルーレット。あっちの隅でやってるのはもしかして半丁賭博? 和洋折衷だねえ」


「所長、カジノ台ばかり見ていないでミドリさんを捜してください。もしくはオーナーの柳を」


「ええっ、せっかく来たんだからちょっと遊ぼうよー」 


「どこにそんなお金があるのですか。ベットはおそらく百万単位ですよ」


 ふらふらとブラックジャックの台に行こうとする霧夜を、柚羽は腕を引っ張って止める。

 台の上でやり取りされているチップは、ほとんどが“1”で、稀に“10”を出す客がいると、周りから歓声が上がっている。客層から“1”が一万円とは考えにくい。1ベット百万円と考えるのが自然だろう。


「つまんないなー。っと、トイレ社長発見」


 霧夜がくいっと顎で示す先には、数人の男女に囲まれている柳の姿があった。ホームページに載っていた顔と同じで、まあまあの男前だ。


「それはもしかしなくとも柳社長のことですか」


 緊張感の欠片もない霧夜の発言に、柚羽は額に手を当て溜息を吐く。


「鬼が出るか蛇が出るか――イッツショータイムといきますか」

 


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