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偶然の脅迫状 2

 扉の前、常時薄暗いビルの通路に立っていたのは、黒色のキャスケットを被り、サングラスをかけた男だった。年齢は三十歳くらい。ジーンズにジャケットというラフな格好をしている。


「あのー、ちょっと相談したいことがあるんだけどさ、飛び込みでも大丈夫?」


 男は待ち望んでやまなかった依頼客だった。柚羽はとびきりの営業スマイルを浮かべ、事務所の中へと促す。


「もちろんです。どうぞお入りください」


「あら、お客さんね。じゃ、アタシは店に戻るわ」


 煙草を灰皿に押し付け、豪生は来たときと同じように身体をくねらせながら歩いて扉から出ていった。何しに来たんだと霧夜がげんなりした顔でぼやく。 

 柚羽は吸い殻の入った灰皿をさっとキッチンへ下げ、依頼客のためにコーヒーの準備をする。

 男は物珍しそうにキョロキョロと首を動かしながら、先ほどまで豪生が座っていたソファに腰を下ろした。


「探偵事務所ってもっと薄汚いところかと思ってたけど、意外ときれいなんだな」


「うちは秘書が有能でして。汚すと怒られるんですよ。あ、所長の山神です」


 頭を掻きながら霧夜は男の向かいに座り名刺を差し出す。男は、ふぅん、と言って名刺を指で挟んで受け取り、ジャケットの胸ポケットにしまった。


「それで、相談したいこととは?」


「ああ、うん、それなんだけどさ、ここで喋ったことって誰にも知られないよね?」


「それはもちろん。守秘義務がありますので」


「俺がここに来たってことも内緒にしてくれる? 事務所に知られたら絶対怒られるから」


「事務所?」


 霧夜が訊き返すと、男がサングラスを外した。男性にしては、ぱっちりとした眼をしている。細い眉に、爽やかな顔立ち。一言でいえば男前。身に着けているものが全て高級ブランドであることから、裕福な生活を送っているらしいことが窺える。

 じっくり観察しているうちに、霧夜は彼を見たことがあるような気がしてきた。


「失礼します。よろしければお召し上がりください。あら、もしかして……湧宮さんではありませんか?」


 答をもたらしたのは、コーヒーを持って来た柚羽だった。あまり感情を出さない彼女が眼を丸くして驚いている。


「あ、そうそうそうだ。さっきCMで見たんだ」


 ぽんと手を叩いて頷く。探偵ドラマが終わったあとに流れていた化粧品のコマーシャル。眼の前にいる男は、イメージキャラクターの女性に一目惚れする役で出演していた。確か『君の瞳に酔いしれる』とか言っていたはずだ。

 湧宮わくみや煌刃こうじん。五年前に解散した人気アイドルユニット“Cold Blue”のメンバーで、現在は俳優として活動している。アイドル時代からのファンも多いらしい。そういえば、この前結婚したとかいう記事を何かの雑誌で読んだなと霧夜が煌刃の左薬指を見れば、そこには指輪が嵌められていなかった。


「指輪、されてないんですね」


「え? ああ、結婚指輪? なんか指輪って苦手なんだよ。違和感があるっていうの? だから必要なときしか嵌めないな」


 そう言って煌刃はコーヒーカップに手をつける。指輪を嵌めることをわずらわしいと思っているようだった。もしかすると、束縛されることを嫌うタイプなのかもしれない。


「つい数日前に奥様がレストランをオープンされましたよね。予約が半年先まで埋まっているとか」 


 とても素敵なレストランなんでしょうねと言葉を繋げる柚羽に、煌刃はさぞ女性受けがいいだろうと思われる笑顔を彼女に向けた。


「場所も料理もサービスも一流ってのがウリらしい。次のドラマの撮影でも使われるんだ。良かったら来る? 俺と入れば予約なしで食べれるよ」


「すいません、話が逸れてしまいました。そろそろ本題に入りましょうか」


 煌刃の目的が相談からナンパにチェンジされそうな気配を感じた霧夜は、わざとらしく咳払いをして彼の意識を自分に向けさせた。

 決して煌刃の見た目の良さに嫉妬したからなどという理由ではない。自分の顔が良いか悪いかなど興味がないし、服装だって不潔でなければいいだろうという感覚だ。そもそもめんどくさがりの霧夜にとって、毎日あれこれ服を決めるなどという作業は苦痛以外の何ものでもない。まあ、ごくごく稀に例外のときもあるのだが。

 では、何が理由なのか。答えは、依頼人――になる予定の人物を、柚羽から護るためだ。彼女は軽薄な男が死ぬほど嫌いだったりする。以前、彼女をナンパしようとした男が、瀕死状態になるまで攻められていた。

 と言っても、危害を加えたわけではない。柚羽が使用したのは口だけだ。彼女には言葉だけで相手を再起不能に出来る能力がある。

 不幸にもたまたまそれを目撃してしまった霧夜は、それ以後なるべくそういった脳みその軽そうな男を柚羽に近づけないようにしていた。

 犠牲者は少ない方がいい、という思いからではなく、二次被害とばっちりを貰いたくないという防衛本能からだった。


「ああそう、そうだね。相談したいことっていうのは、これなんだけど」


 少し残念そうに柚羽から視線を逸らし、煌刃はジャケットの内ポケットに手を入れた。

 柚羽の眉間には微かに皺が寄っている。彼女の中で、湧宮煌刃という人物の評価がプラスからマイナスに転じたのが、霧夜にははっきり見えた。


「三日前から毎日来るんだ」


 そう言いながら煌刃がローテーブルの上に置いたのは、二通の封筒、それと一枚のメッセージカード。


「中を拝見しても?」


「ああ」


 なるべく指紋をつけないように気を付けながら霧夜は封筒の中身を取り出した。


「これはまた、分かりやすい内容ですね」


 メッセージカードに書かれていたのは、煌刃に金銭を要求する内容。そして、封筒に入っていた紙には、それぞれ『復讐してやる』『殺す』と記されていた。      


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