いろ、色、イロ 6
霧夜が顔面を押さえて身悶えしていると、今度は豪生が入ってきた。ハクはもう帰ったらしく一人だ。手にはティーカップが載った丸形のトレーを持っている。
「まあ、霧夜ちゃんったら、どうしたのそれ?」
ローテーブルにトレーを置いた豪生は、まじまじと霧夜を見る。もちろん彼が訊いているのは霧夜の額と鼻が赤くなっていることではない。霧夜の服装についてだ。
「リンジーには関係ねえよ。何持ってきたんだ?」
ふくれっ面で霧夜はそう言うと、ソファにどっかりと腰を下ろす。何があったのかと豪生に眼で尋ねられた柚羽は、溜息とともに首を振った。
「あらあら、ご執心の美人刑事に冷たくあしらわれたのね」
「よくお分かりになりましたね」
「違う! 雷華さんは捜査で忙しくて帰っただけだから。冷たくあしらわれてなんかないから」
きっ、と柚羽と豪生を睨むが、説得力はほとんどない。
「そんな可哀想な霧夜ちゃんにぴったりの飲み物を持ってきたわよ。その名もリンジースペシャルティー。これを飲めば身も心もあったまること間違いなし。さあ、柚羽ちゃんもどうぞ」
「ありがとうございます、いただきます」
俺は嫌われてない、嫌われてないよな、と真剣な表情で自問自答を繰り返している霧夜の隣に座り、柚羽はまだ湯気の立つ透明のティーカップを手に取り、琥珀色の液体を口に含んだ。
「とても美味しいです。蜂蜜が入っているのですか?」
「大正解よ。あとブランデーも入ってるわ。ほら、霧夜ちゃんも飲んで飲んで」
「うるせー。そんなことより、何か情報持ってきたんだろ。とっとと話してとっとと店に戻れよ」
これ以上ないほどふて腐れている霧夜。しかし、それでも紅茶には手を付けた。認めたくはないが、豪生の入れる飲み物は、コーヒーや紅茶をはじめカクテルに至るまで、どれも例外なく美味いのだ。今回のリンジースペシャルティーのように、オリジナルの紅茶やカクテルを作ることも多く、“セカンド”の常連の多くはそれを目当てに通っている。リンジー目的だという女性の常連客も少なからずいるらしいが。
「せっかちねえ、まあいいけど。ミドリの携帯の通話記録から気になる相手を二人見つけたわ。一人は――」
さらっと問題発言をする豪生。霧夜は飲んでいた紅茶を噴き出しそうになりながら、慌てて止めた。
「ちょ、ちょい待ち。え、なに、通話記録? そんなもんどうやって調べたんだよ?」
「それは聞かぬが花よ。まあいいじゃないの、細かいことは」
豪生はウィンクして誤魔化した。おそらく昔の仲間だか知り合いだかに頼んだのだろう。善良な市民が絶対に関わってはいけない類の、それはそれはやばい人間に。
「言っておくけど、今回は時間がないから特別にやっただけで、いつもこんなことしてるわけじゃないから。あたしは真っ当なか弱い人間なんだから」
言い訳するように付け足した豪生に、霧夜と柚羽は心の中で「嘘つけ」と突っ込みを入れた。
「話をもとに戻すわよ。ミドリの通話記録から、気になったのは二人。一人は東雲由利子。カイチが死んだ翌朝、つまり昨日の朝にミドリは彼女に電話してる。かなり親しい間柄だったんじゃないかしら。それと、ちょっと驚いたんだけど、由利子は“水”じゃなくてなんと銀行勤めなの」
豪生は大手都市銀行の名を口にした。
「勤務先まで……いや、もう何も聞かない。それで、もう一人は?」
眉間を指で摘みながら、霧夜は続きを促す。すると、豪生の表情に戸惑いの色が表れた。
「それがねえ、変なのよ」
「何が変なのですか?」
「昨日の夜九時、それに今日の朝十時にミドリは同じ番号にかけてるんだけど、その番号の持ち主が柳辰実なの」
「柳辰実? 誰だそいつ?」
聞いたことがない名前だった。
「霧夜ちゃんが知らないのも無理ないわ。WCっていう会社の社長よ」
「何それ? トイレの会社?」
「ウィロウ・コンサルティング。そうですね? リンジーさん」
確かウォータークローゼットの略だったっけと首を捻る霧夜の隣で、柚羽が口を開いた。豪生が眼を丸くして驚く。まさか言い当てられるとは思っていなかったのだろう。
「柚羽ちゃんよく知ってるわね」
「先ほど雷華さんとの会話で出てきたものですから」
この偶然に柚羽も驚いていた。雷華とした雑談と今回の依頼に繋がりがあるとは。豪生が帰り次第、すぐにウィロウ・コンサルティングについて調べなければ。リンジースペシャルティーを飲みながら、そう柚羽は思った。
「キルちゃんいつの間に雷華さんとそんな話してたの」
「所長がその服装に着替えている間です。それより――どうしてミドリさんの通話相手が、その柳という方だとおかしいのですか?」
ずるい、と愚痴る霧夜を華麗に無視し、柚羽は豪生に尋ねる。返ってきた答えは、そこはかとなく嫌な予感しかしないものだった。
「柳は黄燐会と繋がりがある人間なの」




