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いろ、色、イロ 5

 二時間後、もう少しで夕暮れ時になるころ、山神探偵事務所に雷華が訪れた。

 慌てて身だしなみを整えに寝室兼書斎に駆け込む霧夜の足を、すれ違いざまに思い切り踏みつけた柚羽は、眉間に皺が寄り顔色があまり優れない女刑事に、ローズマリーのハーブティーを用意した。

 

「あぁ、美味しい。ありがとうございます、柚羽さん」


 ふた口ほど飲んだ雷華は、ティーカップを両手で持ったまま傍に立つ柚羽を見上げた。


「大分お疲れのようですね。所長が無理を言って申し訳ありません」


「気にしないで下さい。いい気分転換になりましたから。ま、ちょっとイラッとしたのは事実ですけど」


 そう言って笑う雷華に、柚羽はもう一度、すみませんと頭を下げた。


「どの事件を捜査されているのですか?」


 まだ霧夜は部屋から出てこない。柚羽は雷華の向かいに腰を下ろして尋ねた。

 今この周辺で起きている事件で雷華が担当しそうな事件は、玩具メーカー勤務の女性が帰宅途中に刺され重体、老夫婦が自宅で不審死、飲食店で男性二人が暴れ客の一人が死亡、のいずれかだろう。毎日欠かさずニュースをチェックしている柚羽は、そう見当をつけたのだが、答えは違っていた。


「一週間前に男性がマンションのベランダから転落死した事件よ」


「ビルから転落死? え、でもあれは自殺だったのではないのですか?」


 一週間前の深夜、一人の男性が自室のベランダから転落し死亡した。部屋には遺書も残されており、争った形跡もないことから、警察は自殺として死亡した男性の関係者から話を聞いている。確かそう報道されていたはずだ。


「公式の発表ではそうなのだけど、ちょっと引っ掛かる証言が出てきたのよ。それでもう少し調べろって課長に言われてね。でも、事件性が明らかになるまで捜査本部も立ち上がらないから、担当は私ともう一人だけ。まったく、人使いが荒いったらないわ」


 艶やかな黒髪を乱暴に掻き上げる雷華を見て、疲労回復にいいとされるローズマリーではなく、気分を落ち着かせる効能があるハーブティーにすればよかったかな、と柚羽は思った。


「引っ掛かる証言、ですか」


「死亡した男性、石竹いしたけ弘武ひろむは建築事務所の経理だったのだけど、亡くなる少し前、大学からの友人と飲みに行った居酒屋で、こんなことを話していたの」


『どうにもうちの事務所は騙されている気がするんだ。だから少し調べてみようと思う』


 その数日後、彼は物言わぬ人となった。


「その石竹という方が何かを知ってしまい、それを良く思わない何者かによって消された――つまり自殺に見せかけた他殺だと?」


「そういうこと。でも建築会社の人間は、騙されてなんかないの一点張りで、もう困っちゃって。WCが怪しいと私は睨んでいるのだけど、証拠がね……」


 はぁ、と深く溜息を吐く雷華。


「ダブリューシー? トイレ、ですか?」


「違う違う。確かにトイレもWCって書くけど、会社名よ。ウィロウ・コンサルティングの略ね」


「コンサル会社ですか」


 なるほど、と柚羽が納得したところで、ガチャリと寝室兼書斎の扉が開き、ようやく霧夜が姿を現した。黒のスーツにワインレッドのシャツ。ぼさぼさだった髪は、ヘアワックスを使用したのかきちんをセットされている。普段の彼とは雲泥の差だ。

 ただ、残念ながら、売れないホストにしか見えない。


「いつの時代のお洒落ですか」


 人差し指で眉間を押さえながら柚羽が呟くが、浮かれまくっている霧夜の耳には届かなかった。 

  

「お待たせしました、雷華さん! さあどこに行きましょうか。イタリアン? フレンチ? それとも中華ですか?」


「は?」


 芝居がかった仕草で霧夜に手を差し伸べられた雷華の眼が点になる。それはそうだろう。訳の分からないファッションの男に訳の分からないことを言われれば誰だって同じ反応を示すはずだ。


「一人でゲテモノフルコースでも食べて来て下さい」


 柚羽はそう言い放つと、霧夜の手を叩いた――のではなく、手首に手刀を落とした。


「ぃだぁっ! キ、キルちゃん、ほ、骨が折れた……」


「折れてません。もし折れていたとしても自業自得です。雷華さんはお忙しいのですから、さっさと座って下さい」


「ひ、ひどい」


 手首を押さえて涙目になりながらも、霧夜は言われたとおり柚羽の隣に腰を下ろした。


「えっと、お尋ねの二日前の深夜に死亡した富赤とあか一吾いちごの事故についてですが、スピードの出しすぎでカーブを曲がり切れず電柱に激突。ブレーキ等に細工されていた痕もないことから事件性はないと断定されています」


 見なかったことにしようと思ったのだろう。ティーカップをソーサーに戻した雷華は、霧夜にではなく柚羽に視線を向けて口早にそう言った。

 富赤一吾はカイチの本名だ。事故に見せかけた殺人――豪生は否定していたが――の可能性も捨てきれなかったため雷華に確認を取ったのだが、どうやら杞憂に終わったようだ。


「じゃあ私は捜査に戻ります。お茶、ご馳走様でした」


「ええっ、ちょっ、待って下さいよー、雷華さーん」


 雷華はそそくさと立ち上がり、事務所から去っていった。後を追いかけようとする霧夜。柚羽は無言ですらりと長い脚を伸ばした。霧夜の足が引っ掛かるように。


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