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いろ、色、イロ 2

白咲聡しろさきさとし、周りからはハクって呼ばれてます。お願いします! 彼女を、ミドリを捜してください!」


 口早にそう言うと、ハクは勢いよく頭を下げた。その後頭部を豪生がはたく。


「あだっ!」


 踏んだり蹴ったりの青年は、後頭部を抑えて涙目になった。が、すぐに「すいません!」と再び頭を下げる。よほど豪生のことが恐いらしい。


「どんだけすっ飛ばしてんの。もういい、あんたは黙ってなさい。あたしが説明するわ」


 豪生は胸ポケットから煙草を取り出し火を点けると深く吸い、紫煙をくゆらせた。

 柚羽は簡易キッチンで手早く二人分のコーヒーを用意し、応接机に並べる。「自分の店から持ってこいよな」という霧夜の空気を読まない発言は、全員に黙殺された。


「ハクは墨田組の人間なの」


 三度ほど吸っただけの煙草を応接机の灰皿に押し付けた豪生は、溜息とともに言葉を吐き出した。高ぶっていた感情も少しは落ち着いたのか、般若の顔から元通りの厳つい顔に戻っている。


「墨田組と言えば、黄燐会こうりんかい系のヤクザですね」


「柚羽ちゃん、よく知ってるわね。そうよ。まあ、見てくれから分かるとおり、こいつは下っ端だけどね」


 豪生が感心した様子で柚羽を見る。

 彼女が言った黄燐会とは、東日本最大のヤクザの組織だ。何十もの組を束ね、その構成員は二万とも三万とも言われている。黄燐会の名前は広く世間に知られているが、傘下の暴力団の名を把握している人間となるとそう多くはない。普通に生活を営んでいる人間には縁もゆかりもない世界だからだ。暴力団の組織図がどうなっているかなど、知る必要がない。また、その機会もないだろう。なのに何故、柚羽が知っているのか。それは、彼女が勤める探偵事務所が暇だからに他ならない。

 情報は最大の武器となる。これが柚羽の持論だ。依頼がないとき、ぼけっとテレビを見ている霧夜とは違い、柚羽はパソコンや新聞などで情報を収集している。つまり、事務所が暇であればあるほど彼女の知識は深く広くなっていくのだ。

 

「それで? そのヤクザさんがウチに何の用? 誰かさんと違って俺は真っ当な探偵屋なんだけど」


 自分の机に後ろ手に両手をついてもたれかかっている霧夜は、嫌そうに口を開いた。豪生の細長い眉がピクリと動く。


「失礼ね。あたしだって真っ当な人間よ。そりゃあちょっとは悪いことしてたときもあったけど、昔の話じゃない」


「二年前は昔とは言わないだろ。っていうか“ちょっと悪いこと”だと? 東日本最大のヤクザ組織にいたことのどこが“ちょっと悪いこと”なんだよ。過去を捏造ねつぞうするんじゃねえよ」


 そう。豪生は二年前まで黄燐会の構成員だった。普通なら冗談としか思えない噂の数々が、真実味を帯びているのはそのせいだ。

 さらに言えば、彼はただの構成員でもなかった。


「別に捏造なんてしてないわよ。あれは若気の至りだもの」


「黄燐会若頭補佐のどこが若気の至りなんだ……」


 若頭補佐といえば、相当な幹部である。己の組を持っていてもなんらおかしくはない立場だ。というより持っているのが普通だろう。豪生は組を持つことに興味がなかったようで、勧められても旗揚げしなかったらしいのだが。そして、幹部にまで上り詰めておきながら、あっさり組織を抜けた。理由は「飽きたから」。太平洋に沈められても文句は言えないような理由だが、何故か黄燐会会長は豪生の脱会を認めた。


「所長、少し黙っていて下さい。リンジーさん、話の続きをお願いします。ハクさんはソファにお座りください」


 いつまでたっても話が本題に入らないことに痺れを切らした柚羽が間に入り、場を仕切る。そして、「だってリンジーが」と不満げに零す霧夜をひと睨みして黙らせた。


「そうね、ごめんなさいね柚羽ちゃん」


「あ、俺、いや、自分は立ったままで――」


「座れ」


「失礼します!」


 豪生の一言で、ハクは瞬間移動並みの素早さでソファに座った。まさに鶴の一声。


「えっと、どこまで話したかしら」


「まだそいつが墨田組の人間ってことしか聞いてねえよ」


「ああそうだったわ。それじゃあ話すわね。こいつには仲の良い兄貴がいてね、名前は――」


 豪生は二本目の煙草に火を点けながら話し始めた。

 彼の話を要約すると、こうだ。

 墨田組の下っ端であるハクには当然大勢の兄貴がいる。その中の一人に、ハクは可愛がってもらっていた。名前はカイチ。カイチは若いながらも有能で、組長の覚えもめでたく、近いうちに組の幹部になるだろうと言われていた。その証拠に彼は組長の情婦イロだった女を譲り受けた。その女の名前がミドリだ。ミドリは、ヤクザものの女としては珍しい少々おっとりとした性格の持ち主だが、芯はしっかりした人間だった。そしてまた、たいそうな美人でもあった。

 カイチは周りから羨ましがられ、妬まれながら、ミドリとの愛を育んだ。カイチはミドリを愛し、ミドリもまたカイチの愛に応えた。二人は幸せの真ん中にいた――はずだった。

 三日前、カイチが組の金、それも黄燐会に納める上納金を奪って逃げるまでは。

 

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