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いろ、色、イロ 1

 

『事件現場に残されていたこのピアスは貴方のものですね』

『え!? でも彼の耳に穴は開いていませんよ』

『ええ、もちろん知っています。貴方はピアスの穴を開けてもらいに被害者に会いに行きトラブルになった。結果、自分の耳ではなく、被害者の胸に穴を開けてしまった。そうですね?』

『……こ、殺すつもりなんて、まさか死ぬなんて、お、思わなかったんだ』

『いやぁ、助かりました。まさかこの男が犯人だったとは。これからどちらに行かれるので?』

『風の向くまま気の向くまま。また、どこかでお会いしましょう』


「ふぅ、面白かった。風来探偵はいつ見てもしびれるね。キルちゃんもそう思うだろ?」


「そうですね、風来探偵の助手をしていれば、もっといいお給料が貰えるだろうとは思います」


 テレビから眼を離して欠伸をする霧夜に、パソコンから眼を離すことなく柚羽は冷たく答えた。

 山神探偵事務所所長、山神霧夜。助手兼秘書兼所員、折留柚羽。

 雇う者と雇われる者。それが本来の二人の関係なのだが、最近では給料を催促する者とされる者という関係に変わりつつあった。もしくは、勤勉な者と怠惰な者か。

 何故自分はこんな駄目人間の下で働いているのだ。もっといい職場はいくらでもあるのに。机に片肘をついて牛乳たっぷりのコーヒーを飲みながらテレビを見ている冴えない男を眼鏡の奥から見つめ、柚羽は心の中で深々と溜息をついた。


「何言ってんの。風来探偵は弱者の味方なんだから、報酬なんて貰わないの」


「それはドラマだからです。現実にはお金を貰わなければ生活できません。ですから、早く依頼してくれそうな人を見つけて来てください。会社員でも主婦でもヤクザでも前科持ちでも構いませんから」


 柚羽が見ているパソコンの画面には今月の事務所の収支が映っている。一番下の合計欄の数字、その頭にはくっきりと“-”がついていた。つまり、このまま今月が終われば赤字ということだ。柚羽が誰でもいいから依頼人をと望むのも無理からぬことだろう。


「後半の二つはお断りしたいかな」


 柚羽の焦りとは裏腹に、霧夜は危機感の欠片もないのほほんとした口調で言った。 

 待てば海路の日和あり、というのが霧夜の持論だ。今は状況が悪くとも待っていればそのうち幸運がやってくるという意味だが、それはつまり自分からは何もしないということ。言い換えれば、勤労意欲がない。

 

「お二人さん、ちょっといいかしら? いいわよね? 邪魔するわよ」


 何の前触れもなく事務所の扉がガチャリと開き、ド派手な男が入って来た。

 山神探偵事務所が入っているビルの一階にあるカフェバー“セカンド”のオーナー、リンジーだ。 

 輪寺豪生わのでらごうきという立派な名前の持ち主なのだが、彼の前でその名を口にすると笑顔で額に煙草を押し付けられると、まことしやかに噂されている。

 いつもであれば、女性よりも女性らしい仕草で霧夜に色目を使う彼が、がに股歩き且つ般若のような顔をしている。辛うじて口調はいつものままだが、そのほかは完全に男に戻っていた。


「こんにちはリンジーさん、随分苛立っていらっしゃいますね。どうかしたのですか?」


 柚羽は立ち上がって豪生にソファを勧めた。

 霧夜もテレビを消して立ち上がる。様子のおかしい豪生も気になる。だが、もっと気になるものが他にあった。 


「おい、リンジー、そいつ誰だ?」 


 霧夜は開いたままの事務所の扉を指差した。正確には事務所とビルの廊下に跨ってうつ伏せに倒れている人間――おそらく男だと思われる――を。


「ああもう、ほんとに情けないヤツね。さっさと起きなさい」


 ソファに座りかけていた豪生は、ちっ、と舌打ちすると、倒れている男に近づき――無造作に蹴り上げた。


「うぐぅぉぉっ!」


 男の身体は事務所の中を三回転ほどして応接ソファに激突し、止まった。突然の暴力に霧夜も柚羽も眼が点になる。が、蹴った当人は平然と何事もなかったかのように灰色の重い扉を閉めて戻って来た。


「お、お願いしますっ。頼れるのは豪生さんだけなぐふぇっ!」


 よろよろと起き上がろうとする男の背中を、豪生は無造作に踏みつけた。

 どうやら本名を口にした者は“煙草を額に押し付けられる”のではなく“ヒョウ柄のピンヒールで踏まれる”のが正解らしい。


「ちょっと、傷害事件起こすならよそでやってくれる?」 


「いやねえ、こんなの傷害のうちに入らないわよ。ほら、いつまで寝てんの。二秒以内に起きないと、永久に遺伝子を残せないようにするわよ」


 ソファに腰を下ろしながら低い声で言い放つ豪生。理不尽にも程がある。しかし、男は眼にも止まらぬ速さで立ち上がった。豪生の言葉がけして冗談ではないと感じたからだろう。

 髪を金色に染め、耳には複数のピアス。ロングTシャツにカーゴパンツというラフな服装をしている。年齢は二十代前半といったところか。


「こいつの名前はハク。本名はあたしも知らないわ。興味ないし。ハク、あんたがあたしに言ったことをもう一度この人たちに話しな」


「はっ、はい!」


 ハクと紹介された男の左の頬は、ぷっくりと膨れ上がっていた。

 

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