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偶然の脅迫状 11 

「よく犯人が分かりましたね」


 珍しく感心した様子で、柚羽が言う。

 霧夜と柚羽、それに二人をからかいに来た豪生は、それぞれ飲み物を手に視線を一点に集中させていた。

 窓の外には綺麗な夕焼けが見える。


『本日午後二時十三分、俳優の湧宮煌刃、本名湧宮浩司氏の殺害容疑で男性一名を逮捕。えー、氏名は谷中 雅也まさや、年齢二十八歳、職業――』


 警察の記者会見。偉そうな顔をした男が偉そうに喋るたび、何度も何度もカメラのフラッシュが激しくたかれる。チャンネルを変えても、同じ映像が映る。うんざりした霧夜は、持っていたリモコンを部屋高く放り投げた。


「マネージャーの彼氏が犯人だったんでしょ。理由は何だったの?」


 “セカンド”から持参のマグカップ――ハートマークが乱舞しているデザイン――をテーブルに置き、メンソールの煙草に火を点けながら豪生が訊ねる。

 そう、谷中雅也は煌刃のマネージャー、深耶の恋人だ。凶器が一般的でない鋏、そして傷口に付着していたのもがOPP――延伸ポリプロピレンと聞いて霧夜の頭に浮かんだのは花束だった。花を切るのに使うのは専用の鋏、花を包むのに使うのはOPP。花屋の店員ならばどちらも簡単に手に入る。

 雷華に頼んで深耶の恋人の勤務先を調べてもらい、雅也に会いに行くと、彼は警察手帳を見て面白いほど狼狽してみせた。自ら犯人ですと名乗ったのと同じだった。


「まあ、簡単に言えば早とちり?」


「はあ?」


「なんていうか、思い込みが激し過ぎたんだわ」


 牛乳をたっぷり入れたコーヒーを飲みながら、雅也の顔を思い浮かべる。良く言えば優しそう、悪く言えば気弱そうな彼は、恋人が心変わりをしたと思ったのだ。深耶に頼まれて煌刃の楽屋に花束を持っていった雅也は、彼女がメッセージカードを用意しているのを見てしまった。そのとき中に書かれた文章を読んでいれば、今回の悲劇は起こらなかっただろう。しかし、彼はカードに触れたものの、中を見る前に楽屋の外でスタッフと話していた深耶に呼ばれ、読むことが出来なかった。


「彼氏のためにしたことだったのにねー」


「深耶さんが煌刃さんに恋文を送ったと思ったのですね」


「まあ、柚羽ちゃんったら若いのに渋い言葉使うじゃない」


 紫煙をくゆらせる豪生が、大袈裟に身体をくねらせる。可愛らしい仕草のつもりなのだろうが、体格と顔が厳つすぎて、珍獣が芸をしているようにしか見えない。もちろん口が裂けても本人には言えないが。


「で、勘違いした雅也クンは、深耶さんの手帳を盗み見て煌刃の予定と彼の自宅の住所を知り、マンションに行った。使い慣れた鋏とエプロンを持って」


 そして駐車場に向かう煌刃の後をつけ、犯行におよんだ。


「どうしてエプロンなんか持っていったわけ?」


「返り血を防ぐためだってさ。返り血のことを考える頭があるんだったら、凶器のことももっと考えなよって突っ込んじゃったわ。雷華さんにすごい怒られたけど」


 使い慣れた鋏で殺すなど、捕まえて下さいと言っているようなものだ。現に、鋏についていたOPPの切れはしが傷口に入り込み、犯人を逮捕する手掛かりとなった。

 行動力はあるが肝心なところが抜けている思い込みの激しいおっちょこちょい。谷中雅也という男を簡潔に表現するとこうなる。


「どうせ殺すなら煌刃氏が私たちに報酬を払った後にしてほしかったですわ。空気を読めない人ですね」


 無茶苦茶なことを柚羽が言うが、あながち冗談でもないだろう。というか、本気で言っている可能性が高い。彼女にとっては煌刃の命よりも、煌刃が払うはずだった金の方が大事だということだ。


「キルちゃん、殺人犯に空気読めって、それはさすがに無理なんじゃないの」


 鬼より非情な柚羽に、霧夜は苦笑するほかない。

 事務所の扉がノックされる。柚羽が開けに行くと、入ってきたのは雷華だった。


「雷華さん、お疲れ様です」


「雷華さん! リンジー、邪魔だから店に戻ってくれない?」


 雷華を見てぱっと顔を明るくした霧夜は、応接ソファに座る豪生に向かって、しっしっと追い払う仕草をした。


「んまー、邪魔ですって!? 失礼しちゃうわ」


「あ、いえ、私はすぐに帰りますのでお構いなく」


 どぎつい恰好の豪生に、瞬きを繰り返した雷華だったが、すぐに我に返るとやや引きつった笑みを浮かべてぺこりと頭を下げた。そして霧夜に視線を移す。


「山神さん、今回はありがとうございました。おかげで迅速に犯人を逮捕することができました」


「いやー、ただの勘ですよ。でも雷華さんの役に立てて嬉しい限りです」


 だらしなく顔を崩して霧夜は頭を掻く。


「“殺す”と書かれた脅迫状は、妻の湧宮瞳子が書いたと本人が認めました。垣内絢菜が言っていたとおり、煌刃の浮気を疑っていたと供述しています。しかし、殺意はなく、ジャケットの内ポケットに入れたのも、すぐに誰の仕業か分かるだろうと思ったからとのこと。煌刃がこれはどういうことだと訊いてきたら、浮気のことを問い質すつもりだったようです。では、失礼します」


「え、え、え? もう帰っちゃうんですか」


 扉を開けて出て行こうとする雷華を霧夜は慌てて呼び止める。その様子を柚羽は無表情で、豪生は面白そうに見ていた。


「ええ、お礼を言いに来ただけですから」


「もっとゆっくりしていって下さいよ。あ、そうだ、一緒に食事でも行きませんか」


「食事、ですか? いえ、まだ仕事が残ってますし、それにふた――」


「ふた?」


「あ、えっと、犬と猫に餌をあげないといけないので。ごめんなさい」


 あたふたとしながら雷華は事務所を去って行った。 


「蓋がどうしたんだろ? へえ、犬と猫を飼っているのかー。きっと雷華さんみたいに可愛らしいんだろうなあ」


 ぬいぐるみのように愛らしい犬と猫と戯れる雷華を霧夜は想像する。そして、次こそはと心に誓う。彼女と一緒に食事をするのに、その二匹が一番の障害になるとは露ほども思わずに。   

 “偽りの愛、愛の嘘”改め“偶然の脅迫状”はこれで完結です。

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