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色恋に身を焦がす

三月中にあげるといってこのザマです。私の体たらくを笑うがいいさ!



……というのは冗談です。とはいえ、本当にお待たせしました。もう本当に申し訳なさすぎて頭があがりません。最終回楽しんでいただけたら幸いです。

あと、後書きのほうにお知らせ的なものがあるので、暇な方はそちらも是非。

 大事なのは順番だよ、と本田は前置きとして言った。

 僕が夏川侑里を振ってから、君が告白しにいく。この順番の意味は分かるよね? 夏川侑里が先に失恋しない限り、どう足掻いたところで君の告白は成功しないってこと。

 ……怒るなよ。事実だろ?

 だから、僕が最初に夏川侑里を振る。それはもうこっぴどく振る。その後彼女は教室から出ても、すぐには帰ろうとしないだろう。このラブレターを読む限り、好きな相手に無残に振られても泣かない、相澤みたいな性格じゃなさそうだしね。

 ……ごめん言い過ぎただから腕つねらないで地味に痛い。

 ……とにかく、夏川侑里が教室から出ていったら、君はすぐに彼女の後を追うんだ。彼女が振られたショックから立ち直って落ち着いた頃を見計らって、偶然を装うかして自分に気を引かせる。

 そして、そう、その後に、君が告白する。

 上手くいくか? それは君の手腕次第だろ。なんとかしろ。

 ーーいいか? 限りなく零に近かった君の告白の成功率を、半分にまで引き戻す。僕達に出来る協力は、そこまでなんだ。後のことは、全て自分でなんとかしろ。他人に考えてもらった告白の言葉を述べたって、お前の思いは伝わらないんだから。絶対に。


***


 そう言い終えると、本田は、岡本達に教室を出ていくよう促した。

 岡本は、それを当然の意見だと思い、足を扉に向ける。そして出た。だが、岡本は誰かに制服の襟を掴まれ、教室に引き戻され、今は教卓の中に潜んでいた。

 誰にと言うまでもない。相澤だった。


「おい相澤。一応聞くが、どうして俺らは今教卓の中にいるんだ?」

「岡本クンもっと小声で。じゃないと、本田クンに聞かれちゃうでしょ?

 後、その問いにはこう答えるよ。ーーーーだって面白そうだから」

「言うと思った……。

 お前ホント悪趣味だな。他人の失恋現場見て楽しむか? フツー」

「岡本クンだって楽しんでるじゃん」

「楽しんでねえよ!! 巻き込まれただけだよ俺は!!」

「はいはい。小声なのに完璧なツッコミしてくるとかそれもうある種の才能だよねー」

「あからさまに話をそらすな」

「ていうか、ギャグ漫画においてツッコミ役って大概不憫な扱い多いけど、その辺どーなの岡本クン……って、聞くまでもないか。そーだわ……」

「うっっせえよ!!」

「……ん、静かに、岡本クン。ーー来たみたいだよ」

「!」


 教卓の中に無理に二人で入っていることを窮屈に感じながら、岡本は耳を澄ます。

 ドアが開く音がした。


***


「あ……、本田君。ごめんね、急に呼び出したりなんかして……」


 女子特有のソプラノの可愛らしい声が、岡本の耳に届いた。

 ……始まった。もう、後戻りは出来ない。

 酷いことを、していると思う。本田にも。夏川にも。隣にいる奴は別だが。

 自分の私利私欲のために他人を巻き込んで、あまつさえ利用して。直接的な原因は自分ではないにしろ、いやむしろ隣の奴のせいだけど、それでも、

 ……これで、俺の告白が成功しなかったら、この後、どんな顔でこいつらに接すればいいのだろうか。

 ーー特に、本田。

 本田は、もともと夏川を振るつもりだと言っていた。けれど、興味がないから告白を断るのと、目的のために告白を断るのとでは、意味合いが全然違う。

 ……背負うものが、全然違う。

 ……俺は、本当に、こんなことをしてよかったんだろうか。

 だが、


「あ、あのね? 本田君」


 岡本が逡巡している間にも、非情なことに時は進む。


「……私、……………………。…………ほ、本田君のことが! す、」

「はいストーップ」

「!」

「メールとかじゃなく、ちゃんと直接告白してくれるのは悪くないんだけど。夏川さん、ごめんね? ぶっちゃけて言うと、僕、君に興味ないんだよね」


 ……躊躇の欠片もねぇーー!!

 いや、確かに俺の時の対応よりかは随分とソフトだけれども! それでもここまで言うか普通!! もしかしなくても、女子への対応はいつもこうなのか本田樹!? いつもこうやって相手の告白を断って、平気な顔をしているのか本田樹!?

 うらやましいなこん畜生!!!


「何故だろう。なんだか今、岡本クンの心の声が垂れ流しで聞こえてきた気がする」


 うるさい相澤なんか文句あっか。


「しっかしまあ……。容赦ねぇーなー、あの男。トラウマ植えつける勢いで喋ってない? あれ」

「つーかあいつ、最初女子を振ったことで、恨みなんか買いたくないとか言ってたんだけど。どういう心境の変化だよ……」

「協力してる内に乗ってきちゃったんじゃない? それか、岡本クンが本気だと分かって、その熱意にあてられたとか」

「……後者だけは絶対にないな」

「あー……。岡本クンは、ちょっと私達を非人間扱いしすぎじゃないかな? ーーあ、ちょうど終わったみたい」


***


「……………………そう、だよね。興味ない人に、好きって言われても、迷惑な、だけ、だよね……。……………………あの、ほんと、ごめっ……、っごめんなさい…………!」


 そう言って、夏川侑里は出ていった。

 教室には、後味の悪い空気だけが残る。不気味なほどの静寂の中、本田が思うことは、

 ……とりあえず、僕の役目はこれで終わった。後のことは当人達に任せて、僕は部室でギターでも弾いていよう。

 そう思い、夏川の告白が終わったことを相澤達に知らせようと、携帯を取り出し、ディスプレイに映し出された時間を見て、

 ……ああ、でも、部活の開始時刻からもう一時間弱経過してるから、部室に行ったら絶対部長にアンプぶん投げられる……。

 もはや暴君として君臨している部長の姿を思い浮かべながら、本田は先程交換したばかりの番号に電話をかける。すると、


「……なんで古畑のテーマ?」


 本田以外に誰もいないはずの教室から、電話の着信を知らせる音楽が流れた。


***


「……なんでお前らがここにいるんだよ」


 本田の怒気を帯びた声を聞きながら、岡本は、相澤によって教卓から押し出される。


「いや、俺は相澤に無理矢理引っ張られてだな」

「私は体が勝手に動いちゃったんだよねー」

「お前らな…………」


 ……俺は本当に仕方なくなんだって。

 岡本はそう心の中で弁明するも、ため息を吐く本田に何も言えなくなる。


「…………ごめん」

「別にいいよ。もう終わったことなんだし。それよりお前、こんなところで油売ってていいのか?」

「え?」

「さっき言った作戦。振られた夏川が教室を飛び出していったら?」

「……追いかけて告白する」

「分かってるんなら早く行け。あの方向なら、行き先は多分屋上だ」

「お、おう。……なんか、ありがとな、二人共」

「いいからさっさと行け」

「頑張ってねー。岡本クーン」


 本田の無愛想な声と相澤のひらひら振られる手に見送られ、岡本は屋上へと走る。廊下を抜け、階段を駆け上がり、恋い慕う少女のもとへと向かう。

 自分の思いを、本心を、少女に伝えるために。


***


「行っちゃったねー、岡本クン」

「……そうだな」


 岡本が去った後の教室。そこには、帰り支度をする、相澤と本田の姿があった。しかし、二人ともほとんど荷物を広げていなかったため、帰り支度といっても、鞄を肩にかけるだけで終わっていた。

 ……部活、行くか。

 本田は、疲れ顔で携帯の画面を見た。時計は既に部活の終わり際を指しており、どう弁解しても、部長の雷が自分に落ちることは確実だった。相澤に確認したいことはあるが、それは今じゃなくてもいい。今はとにかく部室に行って、無断で欠席したことを謝るべきだ。

 そう考え、本田は教室の出口へと急ぐ。


「じゃあな相澤。お前は帰れよ」

「あ、ちょっと待って本田クン」

「……なんだよこの手は」

「いやさ、ーー岡本クンの告白がどうなるか、見たくない?」


 相澤の、三日月を描いた笑みに、本田はこう思った。

 ……あ、終わったわ僕。


***


 沈みかけの夕日によって、橙から朱へと変化しつつある色彩に染められている建物。その屋上の端に佇む少女は、喉の奥から漏れ出ようとする嗚咽を出すまいと、必死に唇を噛みしめていた。

 ……振られちゃった、なあ……。

 絶対成功するって、自信があった訳じゃない。振られたのならそれはそれで、ちゃんと結果として受けとめるつもりだった。けど、

 ……本田君、口が悪いよ……。

 さっきのことを思い出しただけで、視界が歪んでくる。どうしよう、止まんないや。落下防止用のフェンスに食い込んだ指が痛い。泣きすぎて頭痛もしてきた。失恋するのって、こんなに辛かったっけ?


「わかんないよ、もう……」


 嗚咽と共に、そう声が漏れた時、


「夏川!!!」


 屋上のドアが開く音と、自分の名前を呼ぶ声が、少女ーー夏川侑里の耳に届いた。


***


 ……やらかしたぁーー!!

 岡本は、数秒前の自分の行動を恥じていた。本田から伝えられた作戦では、走り去る夏川に対して、まず岡本自身に興味をひかせるところから始めなければならなかった。だが、

 ……失恋に傷ついて、泣いてる最中に名前呼んじゃったよ俺!

 しくじった、失敗したという考えが、岡本の頭を埋める。ーー否、

 ……失敗してない。少なくとも、まだこの時点では。だって、本来の目的である、夏川の気を引かせることには成功しているのだ。むしろ、問題なのはここから先のことで……。


「えっと……、ーーーー何君だっけ?」


 夏川のその問いに、岡本は落胆する。

 ……だよなあ。夏川とクラス同じだけど、ほとんど喋らないし。今日の告白だって、俺が勝手に好きになって、勝手にやろうと思っただけで。夏川からすれば、顔は見たことあるし知ってるけど、詳しいことは何も知らない男子だもんな、俺。だけど、

 ……おかしいな。妙に、落ち着いてる。

 吹っ切れたのか、岡本は思った程、自分が失望していないことに気付く。自分の名前を問われた状況を、冷静に分析しているのがいい証拠だった。

 なんだ、と岡本は思う。だったら、とも。自分がこれからすべきこと、かけるべき言葉なんて、そんなもの、


「思ったことを、ただ正直に、素直に口に出せば、もうそれで良いんだよな……」


 そう呟いた言葉は、夏川には聞こえていない。夏川は、先程の自分の質問に答えず、俯いたままの岡本に首をかしげるばかりだった。

 その沈黙を破るように、岡本は言う。


「岡本、だ。今日、お前にラブレター出した」

「あ、…………そっか。岡本君、か……」


 夏川は、気まずそうに岡本から目を逸らすと、フェンスに指を絡め、町の風景へと視線を送る。


「……今日ね、私もラブレター出したの。岡本君じゃない、別の人。…………それで、さっき、振られちゃった」

「…………ああ」

「タイミング、悪すぎだよね。同じ日にラブレター出す人が二人いて、それも、それぞれ別の人宛てで。……ほんと、すごい偶然」

「………………」

「私、岡本君のこと全然知らないし、さっき失恋したばっかりじゃない? ーーだから、その、悪いんだけど……」


***


 ……よっしゃ振られるか!?

 屋上のドアの物陰から、相澤は、夏川の拒絶の言葉を聞き、思わずガッツポーズをしていた。そして、その反対の手には、制服の襟を掴まれ諦め顔の本田がいた。


「お前ホントに他人の失恋見て喜ぶんだな……」


 本田クン黙らっしゃい。というか、こんな美味しい展開喜ばない方がどうかしてるのよきっと。

 そうして、続きの会話を聞こうと、少し開いているドアから耳をそばだてると、


「夏川」


 ……お?

 岡本の、意志の通った力強い声が、相澤と本田の耳に届いた。


「振るならせめて、俺が告白してからにしてくれ」


 ……いや主張するとこそこかよ!!


「あ、……ごめん。一人で話進めちゃったね」


 しかも納得しちゃうんだ! 凄えなこの二人!!


「なんだこの会話……」

「初めて意見が合ったよ本田クンと……。

 ……あ、会話再開するっぽい」


***


 岡本は言う。


「俺は正直、皆がいう恋愛がよく分からない。仮に付き合い始めたとしても、俺は特に用事もないのに電話やメールをしたいとは思わないし、デートだってあまりしようとは思わないんだ。そういうドライな付き合い方をしてる人だって、世の中にはいるんだと思う。でも、きっとそれは、皆が普通に思い描いてる恋愛とは違うはずなんだ」

「……つまり岡本君は、意味もないのにメールしたり、デートしたりするような一般の恋愛像は、恋愛として認めてないってこと?」

「そうじゃなくて、そういう恋愛も、俺は、恋愛の一つとして有りなんだと思ってるってこと」

「……訳、分かんないよ。それに、岡本君は今、私に告白してるんだよね? ーー岡本君が何を言いたいのかも、その気持ちも、全然伝わってこないよ?」


 ……だろうな。だって、まだ何も伝えてない。だから、言わないと。好きだって言葉も、その気持ちも、俺の意思も、夏川に対して思ったこと、全部。

 言う。


「ほんのつい最近まで、俺は、恋愛はただの依存だと思ってた。

 何か嬉しいことや悲しいことがあると、それを恋人に話して、同意をしてもらって。この嬉しさや悲しみは、自分だけのものじゃないんだって、誰かに分かってもらえるんだって。そういう安心感を得るための行為を恋愛って云うのなら、そんなのは、相手に依存してるだけなんじゃないかって、今までそう思ってたんだ」


 だけど、


「違ったんだ。俺、間違ってた」

 ーーそもそも、恋愛に意味とか理由なんて、求めるのがおかしかったんだ」


 そんなお堅いもの無しに、俺はさ、


「惚れたんだ。クラスのある女の子に。その子が何かする度に、気付いたら目で追っていて……。ああ、これが恋なんだって。俺はあの子のことが、どうしようもないくらい好きなんだって。

 『誰かを好きになるのに、理由なんていらない』っていう言葉の意味が、ようやく分かった。分かったんだよ、やっと」


 だから、


「夏川さん。失恋した直後で申し訳ないけど、告白をしたいと思う。

 俺は、夏川さんのことが好きです。よかったら、付き合って下さい」


 ……言った。言いきった。自分の気持ちを正直に。これで振られても、後悔は……、


「……………………卑怯だ」

「……え?」

「そんな風に好きになった理由を馬鹿正直に言われて、それで告白断ったら、私、悪い女みたいじゃない」

「え……? あ、ご、ごめんなさい……」

「しかも私の知らない内に、私が岡本君の恋愛に対する価値観変えちゃってるし」

「…………。えっと、それで……お返事は……?」

「……もうしたつもり、なんだけどなー。さっきのセリフから、推測できない?」


 推測? さっきのセリフから?

 ………………え。ちょ、あれ、これって、


「……………………了承と、受けとって、いいですか」

「うん。私なんかを好きになってくれて、ありがとう。岡本君」


 この時、岡本が心の中で勝利の雄叫びを上げたのは、もちろん言うまでもない。


***


「見てた感じだと、どうやら上手くいったみたいだな」


 と、少年の声が路上で生まれた。高校から駅へと通じる歩道。日は既に沈み、街灯がなければ互いの顔の判別がつかない時間となっていた。

 そんな中、二つの影があった。一つは、先程の声の主である本田。もう一つは、相澤だった。

 岡本の告白が終わった後、本田の携帯に軽音部の部長からメールが届いていた。内容は『明日、昼、部室』という短いもので、そのメールから部長の怒り具合を察した本田は、内心ため息を吐きながら、そのまま相澤と帰ることを選択したのだ。二人は、駅までの帰路を横並びになって歩いていた。


「そうだね。振られるところは見れなかったけど、やけにこっ恥ずかしい告白現場を見れただけでも良しとしようかな」

「お前将来大物だな……」

「何をわかりきったことを」


 相澤との応答に、本田は軽くため息を吐くと、


「……ああ、そうだ。相澤」

「なにさ、本田クン」

「お前が部室から盗んだ、顧問の先生のビンテージギター、いい加減返せ」


***


 二人は、歩むことを止めなかった。

 相澤に至っては、薄っすらと笑いを浮かべながら、前へと進んでいく。


「………………いつから気付いてた?」

「脅迫されたちょっと後には」


 おかしいと思ったんだよ。


「脅し文句に使うくらいだから、ギターの盗難は、僕が鍵を閉め忘れたのが原因だって、ある程度確信があったか、知ってたってことだろ? 普通だったら目撃されたと考えるべきだけど、用事もないのにお前が軽音部の部室がある部室棟まで行くのはおかしい。相澤、お前どこの部活にも所属してないだろ」

「一つ聞くけど、何で私が帰宅部だって決めつけられるの? 図書館で借りた本を取りに、学校に戻ってきてたから、が理由なら、今日は部活が無いだけって言うだけだよ?」

「それは無い」


 本田は断言する。


「吹奏楽以外の文化部は、必ず部室棟に部室がある。だけど、入学してから半年、僕はお前をそこで見たことが一度もない。そこで顔をあわせたことがないだけだと反論するなら、僕はこう返す。ーーこれでもほぼ毎日部室で練習してるんだ。見たことないとは言わせない」

「ーーうん。それで?」

「同じ理由で、吹奏楽もありえない。軽音部は時々、音楽室借りて練習するんだよ。その時、吹奏楽の人間とはすれ違うけど、お前の姿は見たことがない。運動部はまあ、最初から考慮してなかった。クラスメイトのよしみで言わせてもらうと、お前暴投多すぎ」

「いやあ、つい力んじゃうんだよねー。

 ま、だから本田クンは、私が帰宅部だと?」

「そうだ。

 さらに、部室に鍵がかけられていなかったのは、日曜の夕方から月曜の朝にかけて。夜は部室棟自体が施錠されるし、月曜は僕が朝一番に部室棟の鍵を開けたから、犯行が起きたのは、日曜の夕方から夜の間だと推測出来る」


 つまり、


「僕の推理はこうだ。お前は何らかの理由で日曜に学校にいた。そして、鍵の空いた軽音部の部室に侵入し、ビンテージギターを盗んだ。日曜の夕方なら、ほとんど生徒も残っていないだろう。お前はまんまと学校からギターを持ち出せた訳だ」

「成る程ね。一応筋は通ってる。ーーでもちょっといい? その推理だと、どうして私が日曜に学校にいて、どうして部室棟に入ったのか、説明出来てないよ?」

「残念だけど、そこまでの事情を僕は知らない。けど、僕が覚えてる限りでは、日曜は確か、数学の成績不良者の補講があった」


***


 本田の言葉に対する相澤の返事は、沈黙だった。

 相澤も本田も、しばらくの間何も話さず、ただ駅へと歩みを進めていた。

 悔しいのだろうか、と本田は思う。ーーいや、相澤のことだ。俯いて表情は分からないけど、今だって、きっと心の中では、


「ぷ。ふ……、ふふ。……はは、あはははは」


 急に笑い出した相澤に、二人の近くを歩いていた人達の視線が集まる。


「……今のお前、ちょっと気味悪いぞ」

「ああ、ごめんごめん。我慢出来なくてさー。

 まさかあの短時間の内に、少ない情報から完璧な推理がされるとは思ってなかったもんだから。いやー、とんだ所に名探偵がいたもんだ」

「まあ、同じクラスだから分かったことだけどな。お前が数学苦手だってことも」

「いやだってあれ意味分かんないし習ったって何の役にも立たないよそもそもどうしてわざわざ日曜に補講やるのさ折角のハッピーサンデーが台無しじゃん」

「それはお前の不勉強が原因だろ。四の五の言わずにいいからさっさとギター返せ」

「あー……。もうちょい待って。修理し終えるのに、後一週間かかるらしいから」

「……お前もしかして、軽音部の部室が開いてるのをいいことに、部室探検とか称して中を物色してたら、運悪くギター壊しちゃったとかそんなオチか?」

「んー……。正しくは、数学の補講が終わった後、すぐに帰らずにぶらぶらしてたら、部室棟から聞こえてきたギターの音につれられて、かな。……後半は合ってるけど」

「お前なあ…………!」

「安心して。直ったらちゃんと元の場所に戻すから」

「当たり前だ! そんなの」


 全く、と本田は心の中で毒づく。部室の鍵をかけ忘れるという不注意で、まさかこんなことに巻き込まれるとは。

 そして駅に着き、同じホームで電車を待っていると、隣にいる相澤が嗤って言った。


「でもさあ、本田クン。犯人が私だって気付いてたなら、岡本クンの告白の練習、付き合わなくてよかったんじゃない?」

「……………………」


 電車が来た。本田たちの目の前で、扉が止まる。普通○○行き。相澤の地元に行く電車だった。


「君達二人、案外この後、仲の良い友達なんかになったりするのかもね」


 そう言うと、相澤は車内に小走りで乗り込んだ。すぐに扉が閉まり、電車は目的地へと出発する。

 ホームに一人残された本田は、去っていく電車を見送りながら、こう呟いた。


「勝手に言ってろ、快楽主義者」


 その数日後、果たして相澤の予言は当たることになるのだが、それはまた、別の話。


終わりました。若干消化不良のところもありますが、これが今の私に書ける作品だと割り切っています。感想・ご指摘などがあれば、遠慮せずに送ってください。


という訳で、次回予告。

色恋本編から一年後。相澤香楽は空港にいた。なぜなら、高校生活におけるビックイベント、修学旅行が始まるからだ。しかし、旅行先の沖縄で、相澤たちはある不可解な事件に巻き込まれる……。

「スピンオフ・相澤香楽の事件簿」

先に言っておきます。この話は、本当に修学旅行中に起きた事件を元に書いてます。ミステリに興味のある方がいらしたら是非。

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