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7/8

恋に燃える理由とは

お待たせしました

約半年ぶりの更新です


次回で完結します

…多分

 窓から沈みかけの夕日が射し込む、放課後の教室。そこには、先程まで椅子を並べて話し合っていた三人の姿はなく、代わりに男子生徒が一人だけ立っていた。

 本田だ。

 ……まさか、こんな展開になるとはね。

 相澤と岡本は、今頃どこか別の場所で最後の告白練習でもしているだろう。少なくともこの階にはいないはずだ。扉から出ていく姿はちゃんと見たし。

 しかし、まあ、

 ……改めて考えると、厄介な事に首つっこんだよなあ……。

 いつから僕はこんなお人好しになったんだろうか。いや、この場合偽善者か。

 先の展開を見越して、一人の人間の気持ちを踏み躙ろうとしているのだから、やはり偽善だ。偽の善だ。

 ……まあ、なるようになるかな……。

 そう思い、本田は思考を意識の中に沈めていく。

 ――何故、本田が独りだけ教室に残っているのか。

 全ては、ほんの数十分前に遡る。


***


「個人によると思うけど、経緯を話すことで相手への好感度が上がるなら、やった方が良いんじゃない?」

「というか、メルアドも知らない仲って言ってたよね? だったら、いきなり好きですは止めた方がいいと思うよ」

「おお。……やっぱ、過程って大事か?」

「もちろん。――経験談で言わせてもらうとね」

「嫌みかこの野郎」


 ……あれ、何だかまともな話し合いになってるような。

 椅子の上で体育座りをしながら話し合いに参加していた相澤は、ふとそんなことを思った。

 そもそも私が岡本クンに協力しようと思ったのって、この状況があまりに愉快極まりなかったからであって……。――うん、大丈夫。本旨はずれてない。本田クンを引き込んだのも、人数が多い方が面白いと思ったからだし。

 ――ただ、その本田クンが岡本クンに真面目に協力してるのに疑問を感じて……。


「――――とか。こういうのはどうだ? 相澤」

「――え?」


 どうやら自分は、独り思考の渦に入っていたらしい。正面を向くと、訝しげな表情で岡本が此方を見ていた。


「あ、……何?」

「だから、最初ちょっとした世間話から入って、好きになった過程からの告白っていうのはどうだ? って」

「ああ、うん。なんというか敢えてオブラートに包んで言わせてもらうと、――――岡本クンはやっぱりウブだね」

「その話題はさっき冗談で終わっただろうがぁーー!!」

「いやいやだってさぁ。普通世間話とかしないでしょ。ねぇ、告られることに関しては百戦錬磨の本田クン?」

「あー…、……うん。しないね、普通は」


 う、と目にみえるように落ち込んだ岡本は、しかしすぐに立ち直りこう言い放った。


「いいんだよ!! 誠意が伝われば直前に世間話しようがしなかろうが!! お前らみたいなのには一生分かんねぇかもしれねーけどな!!」


 ……心外。

 眉を顰めながら、相澤はそう思った。

 確かに、私だったら告白する前に世間話なんてしないだろう。というかまず、そんな機会自体訪れないだろうけど。

 でも、だからといって、それは私がそういうことをする人の気持ちを理解出来ないからやらない、という訳ではない。

 むしろ、大抵の人の気持ちなら理解出来る。だからこそ、私はそういった情から生じる言動を、“私には必要ないモノ”と切り捨てているだけなのだ。そう、少なくとも、私は人の感情を理解出来る。本田は知らん。

 それを、さも私が血も涙もない冷酷な人間であるかのように言われるのは、とても心外だ。

 まあつまり、今の気持ちを一言で言うならば、


「――今のセリフもっぺん言ってみろクソガキ」


***


 本田は、今後の自分の身を案じながら、話し合いに参加し、意見を求められれば応え、談合がどこに行き着くかを静観していた。そして、その結果として、

 ――相澤がキレた。

 まあ、そんなことはどうでもいいとして、問題は、

 ……さっきの言葉は、ちょっと応えたかな……。

 先程の、岡本の言葉だ。


「……お前らみたいなのには一生分からない、か……」


 思わず声に出してしまった事に驚き、本田は今の発言が聞かれていないか二人を見遣る。

 ……えーと、なんか相澤が岡本の首を腕でホールドして落とそうとしているような……。

 見なかった事にしよう。とりあえず今は、自分の思考を優先すべきだ、と思い、

 ……でも、言ってる事は当たってるんだよな。

 確かに、分からない。一応誤解の無いよう弁明しておくと、僕が分からないと言っているのは、誠意がどうとかではなく、他人を好きになる、という感情についてだ。

 好きだという言葉を、何度も言われた。付き合ってほしいとも。だけど、その結果得られるものといえば、こんなのではなかったという、否定の言葉だけだった。

 結局、彼女達が見ていたのは僕の表面だけで、僕の内面までを受け入れようとはしなかったのだ。恋愛なんてそんなものと、そう言ってしまえば、それでお終いだけれど。

 ――だけど、それなら、

 ……誰かを好きになる事に、一体どれほどの意味があるってんだ。

 ――分からない。どうして、人は他人ひとを好きになるのか。

 ――分からない。人は、他人のどの部分を見て好きになるのか。

 ――分からない。人は、何を以てその人が好きだと判断出来るのか。

 ――分からない。人が、恋に燃える理由とは、何だ。


***


 そして、今。幸か不幸か、この場に、その疑問に答えることが出来る人物が一人いる。

 岡本青空(そら)。異性に情を覚え、色恋に身を焦がしている男。

 本田は思った。ここが転機なのかもしれないと。好きという感情が、――否、愛するという心の真意が何なのかを、理解するかしないかの分かれ道。

 別段、理解しなくても困る事はないだろう。だが、

 ……人を人とも思わぬ人間が最早人ではないように、人を本当の意味で好きになれない人間も、既に人とは呼べないはずだ。

 だったら――、いや、こんなのは只の言い訳だ。だって僕は、知りたいと思っているのだから。

 ただ純粋に、ただ素朴に、知りたいだけなのだから。

 岡本が、異性に心を寄せている理由。それを知れば、きっと僕はこう思えるはずだ。

 すなわち、

 人を好きになる事は、もしかしたらもの凄く、価値の有るモノなのかもしれない、と。

 だから、


「――なあ、お前」


 本田は言った。


「お前は……、どうして、相手の事を好きになったんだ?」


***


 落ちかけていた意識の中で、岡本は本田の言葉を聞いた。同時に、相澤の腕から力が抜けたことに気付く。これ幸いとばかりに腕の拘束から抜け出すと、岡本は改めて本田に目を向けた。


「……………………」


 本田は、俯いたまま動かない。先程の発言の意図も、今の彼の心境も、岡本には察することが出来なかった。だが、問われた内容は理解出来る。それは、

 ……彼女の事を、好きになった理由。

 俺が、告白を決意した時にまず直面した問題だ。

 相手を好きになったからには、それなりの理由があるはずで。じゃあその理由は何だろうと、考えたのだ。そして、その答えは、あまりにも簡単なものだった。


「――ねぇよ」

「…………は?」


 岡本の答えに、本田も相澤も疑念の声を上げた。だが、岡本はそれを気にすることなく、言葉を続けた。


「彼女の事が好きなんだって分かった時、どうして好きになったんだろうって考えたんだ。顔とか、性格とか、趣味が合うとか……。色々理由は浮かんだけど、どれもしっくりこなかった。その時、気付いたんだ」


 それは、


「俺は、彼女――夏川の事が、理由とか押し付けがましいものなんか無しに、……ただ純粋に好きなんだって」


 そう言って、思う。

 ……何言ってんだ俺はぁああああ!!

 俺の好きな相手――夏川侑里へのこの思いは、本音だし、本心だ。だけど――、

 ――だけど想像以上にこのセリフくさい! なんか青春くさい!! なんというか若さを感じる!!

 これは間違いなく、二人に何か言われるだろう。岡本はそう思い、浴びせられるであろう悪態や皮肉に身構えた。

 だが、


「……………夏川? 今、君、夏川って言った?」


 返されたのは、本田の困惑の言葉だった。


***


「言ったけど……、それがどうかしたのか?」


 岡本の返答を聞き、本田は思った。

 ……まじかー…。

 なんてタイミングの悪さ。ダブルブッキングとは正にこのことを言うのだろう。いかにも意地の悪い作者が好みそうな展開である。

 ……作者って誰だよ。

 とりあえず、黙っていても仕方がないと判断し、本田は意を決して口を開いた。


「あのさ…………、すごく言い辛いんだけど」

「何だよ。はっきり言えよ」

「僕、ラブレター渡されて、告白されにここに来たって言ったよね」

「ああ」

「僕がラブレターもらったの、その、夏川って人から」


 一秒、二秒と間が空き、


「はあ!?」


 岡本と相澤の声が重なった。


***


「本当だって、ほら」


 そうして、本田がズボンのポケットから取り出した可愛いらしい風体の便箋を、相澤は岡本と並んで見る。そこには、


「うわ、ホントだ」


 “夏川”と書かれた、丸く小さい文字があった。

 え、これ、やばいんじゃないの? と思いながら、相澤は岡本を見ると、


「……………………………………」


 ……魂抜けてらっしゃるぅーー!!

 いや面白いけど! 本田クン宛てのラブレター持ちながら、虚空見上げて幽体離脱面白いけど! ――でもこの状況はさすがにまずい!!

 どうしよう岡本(これ)、という目で本田を見ると、


「…………まさか、こんな展開になるとはね」


 ……いや、そんな諦め入ったような口調で言われても。

 ていうか元凶君だろ。巻き込んだ私が言う事じゃないけどさ。


「……だね。

 ――ていうか誰が想像するよ。告白しようとラブレター出した相手が、同じ日に、しかも違う相手に、告白しようとラブレター出してた、なんて」

「その事実がこいつを傷付けたのは確かだとして、今止めを刺したのは間違いなくお前だな」


 そう言われ、相澤は再度岡本を見ると、

 ……あー、床に手と膝ついて挫折のポーズになってるー。


「えーっと、…………岡本君、大丈夫? ショック死とかしてない?」


 相澤は、教室に来なければならなかったそもそもの原因である本で、岡本の身体をパシパシ叩く。だが、そんな扱いにも、岡本は何の反応も返さなかった。


「相澤、しばらく放っとけ。今は再起不能だ」

「…………ま、だろうね。恋愛初心者にはショック強いだろうし。

 しかし、どーするよこれ。なんか話がすごいこじれてきちゃったんだけど」

「それは心配ないよ。僕に良い考えがある」


 そう言って、本田は、相澤と岡本の二人から少し距離を取ると、


「僕が夏川って人をこっぴどく振るから、彼女が失恋で傷心してる隙に告ればいい」

「お前最低だよ!!」


 相澤と岡本が同時に叫んだ。


***


 ……あ、再起動した。

 さっきまで挫折ポーズだった岡本が、ツッコミと同時に立ち上がったのを、本田は視界に捉えていた。そして、岡本はその勢いのまま、


「なんっでお前はそう、やること為すこと一々方法がエグいんだよ!」

「快楽主義者であるこの私ですら引かせるとは……。恐ろしいわー。末恐ろしいわー、この子」


 やかましい。

 こんな話がこじれた状況で、岡本の告白が成功するような案が他にあるか。

 ともかく、引いている二人を説得しようと、前置きとしてため息を吐き、本田は言った。


「あのね? さっき言ったやつが、今考えうる上で一番最適な方法だと思うよ?

 だって、僕はラブレターをもらって、岡本はラブレターを出してしまってるんだから。どちらにしろ、夏川って子は来てしまうし、どちらかの告白が失敗することは避けられない」


 それに、


「言ったろ? 僕は最初から振るつもりでここに来たんだ。君は自分の為すべきことをしろ。

 ――彼女のことが好きなんだろ?」


 本田の言葉に、岡本は困惑の表情を浮かべ、ややあってから、ため息を吐くと、


「……お前は、本当は良い奴なのか、悪い奴なのか、一体どっちなんだよ…………」

「さあ? どっちでもいいだろ。そんな事。

 ――で、そんな言葉を返すってことは、僕の提案に乗るとみていいのかな? もう、あんまり時間もないだろうし」


 時計を見ると、本田がこの教室に来てから、既に四十分が経っていた。夏川侑里が来るとしたら、もうそろそろと思った方が良いだろう。

 岡本もその事が分かっているのか、本田の言葉に頷きを返すと、


「ああ。反論はしたけど、それ以外に良い方法なんて思いつかないからな。ここは、腹を括るしかないだろ」

「そこは、フツーに覚悟を決めるでいーんじゃないかな……」

「男の浪漫ってやつがあるんだよ……!」


 どういう浪漫だよそれ。

 まあ、ともかく、


「方針が決まった以上、一秒たりとも無駄に出来ないよ。夏川って子は、僕らが準備し終えるまで待ってくれないんだから。

 今から、僕が言った方法の詳しい説明をする。それが終わったら、すぐに教室を出て別の場所に移動するんだ。というかしろ。これ絶対な」


***


 ――そして今に至る、という訳だが。

 本田は感じていた。

 ああ、始まるな、と。

 コツ――、コツ――と、誰かが本田のいる教室へと、向かう足音が聞こえるのだ。

 音の軽さからして、おそらく女子。これで夏川侑里本人じゃなかったら、おもいっきり笑ってやろう。

 足音が止まる。

 ドアの向こう側から感じるものは気配。

 ……腹を括る時が来た。

 本田は微かに笑う。なるほど、こっちの方が浪漫がある。

 そして、

 ドアが、開いた。


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