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さあ、喜劇は既に始まった

 ……変なやつ。

 それが、本田が相澤に対して感じた印象だった。そして同時に、こいつとはあまり関わるべきではない、とも。


「……………………」


 相澤と岡本の会話を聞きながら、本田は考える。

 快楽主義者だと、相澤(あの女)は自らのことをそう言った。その言葉が一体、どれほどの意味を持っているかなど、大体のことは察しがつく。

 人にとって、楽しいと思えることはそれぞれに違っている。これは可能性だが、あの女にとっての快楽はおそらく、

 ……他人の感情の変化を観ること、だろうな。

 “見る”ではなく“観る”なのが厄介な点だよな、と本田は考える。

 後者の場合、それは人間の行動を観察する意味合いをもつ。たとえば、科学者が実験用のマウスの行動をチェックするようなものだ。

 その場合、科学者はあの女で、マウスは今日告白する予定があるあの男になるのか。――――いや。

 それは違うな、と本田は自分の考えを否定する。これは実験ではなくもはや演劇だ、と。

 なぜなら、あの女は告白男に対して、一歩踏み込んだ発言をしているからだ。「つまりは告り告られの訳ね」なんて、事情は大体把握したから、だから、君たちはこれからどう動くの? と。そう聞いているようなものだ。

 つまりその問いかけは、自分もこの状況には参加するけれど主体はあくまで君たちで、発言はするけれど自分はあくまで傍観者でしかないのだ、という相澤の意思を表明している。

 ……面倒な。

 本田は心の中で舌打ちし、考えを巡らせる。

 発言内容からみて、あの女は告白男のみならず、僕のことも巻き込もうとしている。放課後の教室でそれぞれの男女が色恋に身を焦がす、このくだらない茶番劇に。

 関わるつもりは当然ない。だが、途中で舞台から降りることをあの女は良しとしないだろう。

 ……チャンスがあるとすれば、今か。あの女が告白男と会話している今なら、こっそり抜け出すことも可能なはずだ。

 できる限り気配を殺し、静かにしかし素早く本田は出口へと向かう。

 何事もなくドアにたどり着いた瞬間、安堵からか思わず息をついたほどだ。

 ――――しかし。

 ポンと、左肩に突然置かれた手の感触に本田はびくりと体を震わせた。


「――っ」


 本田が抗議の声を上げるより早く、肩に置かれた手は腕へと下り逃げだせないようからみついた。その手を離そうと、本田は腕に力を込める。が、相手も相応の力をいれているのか、簡単に引き剥がすことはできなかった。

 本田は首をねじり、腕を掴んでいる人物――相澤に顔だけを向ける。何をするんだとその手を離せの両方の意味を込めた目で相澤を見るために。

 そして、

 目が合った瞬間、相澤は唇を弧を描くように持ち上げて、笑った。


***


 相澤は本田の腕をからめ持ったまま、岡本のほうに体を向ける。右隣からなにやら抗議に近い視線が感じるが、無視だ無視。そうして、岡本に話しかける。


「しっかし告白かー。若いなー。若さの代名詞だなー。

 ……ま、がんばってOKもらえるといいねー」

「お前その反応、絶対俺が振られるの望んでるだろ!!」

「やっだなー。快楽主義者の私でも、さすがに人の不幸を笑ったりなんかしないよー」


 ただ、


「……ただそうなったらおもしろそうだなーと思っただけで」

「人の不幸笑ってんじゃねーか!!」


 相澤は岡本との受け答えに苦笑しながら、

 ……からかいがいがあるなー……。

 最近の子はどうもノリが悪いせいか、こういった会話は新鮮でおもしろい。熱くなる自分かっこ悪いみたいな風潮があるが、肝心なときに盛り上がらないでどうやって人生楽しむんだろう。永遠の謎だ。

 そして、岡本に何か言い返そうと口を開くと、


「……おい相澤、いいかげんこの手を離せ」


 横から不機嫌な小声が聞こえた。


***


「ん? いやだって、離すと本田帰っちゃうでしょ?」


 自分がしたように小声で言う相澤に本田は、

 ……帰るにきまってるだろう……!

 というより、

 部活に行かなくちゃいけないんだよ……!!

 本田が所属している軽音部は、部長が厳しいことで有名だ。部長は背も小さく、一見気弱な女子に見えるが、部活中あまりにふざけた行動をとるとアンプを投げとばしてくる。

 その実、独裁というわけでもなく、後輩の意見も聞き入れるので人望は厚い。

 だが、

 ……部活動に一時間も遅れたうえ、その理由が他人の恋愛沙汰なんて知ったら――――殺られる。確実に殺られる。


「早く部活に行かないと、ぼ・く・が、部長に怒られるんだよ」

「まあそう固いこと言わず。ここに迷えるクラスメイトがいるのだから、プロポーズ大作戦としゃれこみましょうよ」

「……本音を言うと?」

「振られようが振られまいが結果はどっちでもいいけど、玉砕される姿は目に焼きつけたい」


 ……それはもう振られることを前提に話を進めているのではないのだろうか。

 本田は、自分たちの会話の内容を気にした素振りをみせる岡本に視線を向ける。

 哀れ、告白男。お前の命運は既に尽きた。


「…良い性格してるよ、ホント。でも、僕は協力するつもりはないからね。一人で勝手にやってれば?」

「――フゥーーーーン」

「…………何」

「いーのかなーー? 協力してくれないと、本田君が所属してる軽音部でこの前起きた盗難事件について、部長さんに報告してあげてもいーんだけど」


***


 時間が止まったように感じるのは、多分気のせいじゃない。

 二週間前、日曜日に行われた部活動のことだ。皆が帰った後も、本田は一人残って練習していた。だが、帰るときに慌てていたため、本田は部室の鍵を閉め忘れてしまったのだ。

 そのことに気付いたのは、その日の内、もう寝ようと布団に入った瞬間だった。

 翌朝、急いで部室に向かうも時既に遅く、顧問の私物であるビンテージギターが一本盗まれていた。

 ……このことは、誰にも話してないのに。

 犯人ではないにしろ、盗難の原因をつくりだしたのは、施錠を怠った自分だ。もしこのことが部長に知られたら、鉄拳制裁かもしくは、

 ――最悪強制退部……。

 それは嫌だ、と本田は思う。

 音楽は好きだ。ミスせずに曲を弾き終わったときの達成感や全員の音が合わさることで曲がつくりあげられていくあの感じ。その全てがたまらなく好きで、壊したくなくて――だからこそ、誰かに相談でさえしていないのに、


「…………んで、しっ、て…」


 かろうじて出せた声は、途切れ途切れで、相手に動揺を悟られてしまうような声色だった。

 だが、相澤はいかにもおどけたように、


「さあ? なんでだろーねー?」


 見られたのか。だとしたらいつだ。鍵を閉めずに部室を出たとき? それとも朝早く部室に駆け込んだときか? ――――わからない。心当たりがないんだ。一体、どうすれば――。

 その時、シリアスな空気を全く読まない間延びした声が教室に響いた。


「――おーい。お前ら、いつまでこそこそ話してんだー?」


 岡本の声だった。


***


「なんでもないよー。ちょっと世間話してただけー」


 返される相澤の言葉に岡本は、

 ……世間話をしているようにはまず見えなかったけどなー。今だって、快楽女は楽しそうに笑ってるし、一人称僕のクラスメイトはこの世の終わりみたいな顔してるし。

 何を話していたんだろうと考え始めると、


「ねー、岡本クン。ちょっと一つ聞きたいんだけどさー」


 それを遮るかのように相澤が話しかけてきて、


「告白するのはいいとして、どう告るかは決めてるの?」


 ……は?

 思わずそう声に出しそうになるのを、岡本は必死に飲み込んだ。

 ――どうしてそんなこと聞くんだ? と疑問を浮かべるも、すぐにその考えを否定し、

 ……そんなこと聞いて、一体どうするんだ?

 目の前で笑っている女は、とりあえず善人ではない。自分がどう告白するか話したところで、

 ……良い予感が全くしねぇな……!

 だから、


「…………なんでそんなこと聞くんだよ」

「クラスメイトのよしみでさ。岡本クンの告白が成功するよう協力しようと思って」


***


 相澤に腕を拘束され教室から出ることができず、あげく脅迫まがいのことをされた腹いせに、本田はこう呟いた。


「…よく言うよ。ホントはただこの状況を楽しみたいだけのくせに」


 全力で足を踏まれた。


***


 なにやらボソリと呟いた僕男が快楽女に足を踏まれ、痛みに悶えている様を岡本が若干引き気味に眺めていると、


「ダメかな? 三人で協力すれば、絶対上手くいくと思うんだけど」


 ……三人ということは、僕男も協力するのだろうか。

 どうなんだ? と、岡本は本田に視線を送る。

 すると本田は、岡本と相澤を交互に見て、あきらめたようにため息をつくと、


「悪い話じゃないと思うよ。君がどう告白するかは知らないけど、一人で考えるより、成功の可能性は高まるんじゃない?」


 成功の可能性――か。

 正直なところ、岡本本人も告白が成功することはそうないだろうと思っていた。

 ……だって、接点そんなにないしな。今まで一方的な片思いだったし。

 そう思うと、想い人の姿がふと頭に浮かび、

 ――――それでも、やるからには成功したいよな。

 相澤と、いつのまにか腕の拘束を解かれ、だが教室を出ようとしない本田を岡本は見る。

 協力するって言ったんだ。そこにどんな考えが裏にあったって関係ない。悪くいえば、利用することになるんだろう。だけど、


「――――じゃあ、お言葉に甘えて」


 これは、チャンスなんだ。岡本は、そう自分に言い聞かせる。

 岡本のその返事に、予想通りとばかりに相澤が笑ったような気がした。



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