さらに一人、追加
書いてて思いました
こんな女子高生が本当にいたら嫌だ
相澤香楽は放課後、誰もいない廊下を一人で歩いていた。目的地は、自分の教室だ。
……本を教室に置き忘れるなんて、我ながら失態だなあ……。
学校からの帰りに、借りた本を返しに市の図書館まで行ったはいいものの、肝心の本を学校に置き忘れたことに気付いたのだ。そして急いで学校まで戻り、現在に至る。
……よく考えたら、返却するだけなんだし、別に急がなくてもよかったよね。
本の返却にたいした手続きはなかったはずだ。もし図書館が閉まっても、返却ポストに入れておけばいい。
「………………はあ」
本日二度目の自分の失態に、相澤はため息をついた。
それでもきたからには、せめて本はちゃんと持ち帰ろうと心に決める。
「……?」
目的地である教室にたどり着いた相澤の耳に、教室から話し声が届いた。会話というよりかは、むしろ怒号などに近い。
……誰か残ってるのかな。だとしたら、鍵を取りに行く手間が省けてありがたいんだけど。
「わぁーすれーものーーっと」
今まで気分を一新し、景気づけるために、わざとリズムをつけながら言いつつ教室に入る。そこには、
「……………………ん?」
男子生徒二人が取っ組み合いの姿勢のまま、相澤を凝視している姿があった。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
三人分の沈黙がその場に流れる。
……あれ、この二人って。
相澤は、その二人の男子生徒の顔に見覚えがあった。
一人は岡本青空。もう一人は本田樹。共に相澤のクラスメイトだ。
相澤は、驚愕の表情を浮かべている二人を視界にいれつつ、なるべく表情を変えないように、
…………ミスったー……。
放課後の教室に、男が二人いるというこのシチュエーション。その場には、攻防の跡が伺える。
……しまった。どう考えても。
「……放課後の情事か!!」
「違う!!」
二人同時に訂正がはいった。
岡本が掴んでいた本田の腕を勢いよく離し、相澤のほうへと近づく。
「どこをどう見たらそう勘違いできんだよ!」
「こいつはともかく僕に同性愛の趣味はないよ。失礼だな」
岡本を指差しながら、本田があきれた口調で言う。
岡本は相澤に向かっていた足を止め、本田のほうに振り向くと、
「俺もねぇよ! お前が一番失礼だよ!」
唾をとばす勢いで否定しているので、どうやら本当に違うらしい。……なんだ。
「なんだ。違うのか。つまんねーの」
言って、相澤は歩きだす。さっきの岡本の発言で、岡本と本田への興味は完全になくなっていた。そのまま二人の前を通りすぎ、自身のロッカーへとたどり着く。
そもそも、相澤がここに来た本当の目的は、
……本、どこに置いたっけ。
起き勉している教科書類をずらし、黙々と本の捜索に勤しんでいると、怒りに満ちた岡本の声が教室に響いた。
「つまんないってなんだよ!! というか、お前は一体何に対して残念がってるんだよ!!」
「学校という公共施設の場において、およそ漫画の中ででしかありえないような非日常的シチュエーションが行われなかったことに対して」
「はあ!?」
相澤が岡本の方を一切見ずに作業を続けながらそう言うと、岡本は意味がわからないというように、眉をよせ叫んだ。
それに対し、本田は何度か小さくうなずき、
「なるほど。つまり相澤は世間一般でいうところの腐女子なのか」
「いや違うよ。私はただの快楽主義者。間違っても腐ってなんかないから」
「――学級崩壊が起きたらどうしようと困惑の表情を浮かべつつ、内心その状況を心底楽しんでるタイプってことか。納得」
「何、なんでお前ら会話成立してんの!?」
意志疎通がとれている本田と相澤を交互に見ながら、岡本は叫んだ。
知恵がないなあ……。
相澤はそう思いつつ、岡本をちらりと見やる。
目的の本はみつかり、今はロッカー内のものを元に戻す作業を行っていた。
「それはただ君に読解力がないから、話についていけてないだけだよ」
「すみませんねぇ! どうせ俺は国語の成績二ですよ!」
ああ、うん。そうなんだ。それはさておき、
「ところでさー。むさい男二人が放課後教室に残って、一体何してたの?」
***
むさいって……!
相澤のむさ男発言に、岡本は少なからずショックを受けていた。
変な歌を歌いながらいきなり現れたクラスメイトの女子にあらぬ疑いをかけられ、読解力がないと馬鹿にされ、終いにはむさい男呼ばわりである。
無意識のうちに、両手に力が入る。
「……………………!」
……我慢だ。そう思い、岡本は握りしめていた手を両方ともひらく。
今ここで文句を言っても、あの女には軽くいなされるだけだろうし、なにより。
……告白するために教室に残っているなんて、絶対に知られたくない……!
知られたら最後、馬鹿にされ罵られ、明日の朝には学校中に知れ渡っている……ような気がする。それを防ぐためにも……ごまかそう。
相澤の問いに対する応えを述べようと、岡本は口を開く。だが、続く言葉は、男の声によって遮られた。
本田だ。
「――僕は女子に告られに」
……しれっとした顔で告られ宣言をしよった強者がここにいる……!
一瞬思考が停止しかけるも、岡本は慌てて本田の発言に続けるように言った。
「あ。お…俺はちょっと私的な用事で」
「…………フーーン……」
ロッカーを整理する作業は終わったのか、相澤は右手に本を持ちながら、訝しげな表情で本田、岡本を順に見る。
「――つまりは告り告られの訳ね。せーしゅんだなあーー」
「女子高生が何そんな枯れたセリフ言って――」
……ん?
言いながら、岡本は気付く。今の相澤の発言におかしな点があることに。
「……告り?」
「告り」
「…………誰が?」
「ユーが」
そう言いながら、相澤は岡本を指差す。
「……………………」
……なんで。
「なんでさっきわざわざ伏せたのに俺が告白するって分かるんだよ!!」
***
……いやなんでっていわれても、ああもあからさまな態度じゃねえ……。
隠せるものも隠せないだろう、と相澤は思う。
「いや、なんとなく?」
「なっ……!!」
君の言動から冷静に推理してみたら自然と結論にたどりついたんだよ。――とは、さすがに言えないなあ。
そう思いつつ、相澤は、驚いたまま動かない岡本を見る。すると、今まで事の成り行きを見ていた本田が、出口へと向かっているのに気付いた。
……茶番劇にはつきあってられないってところかな?
先程も告られにきたと言っていたが、告白を受けるつもりなど元からないのだろう。現に今、待ち合わせの場所である教室から出ようとしているのだから。
…………でも。
逃がしはしない。相澤は、表情が緩みそうになるのを必死にこらえる。
これは、快楽だ。放課後、それぞれ正反対の目的をもって望む、男子たちの告白現場を見れるのかもしれないのだから。
快楽は、相澤が人生を過ごす中で唯一価値をもつもの。それを実現させるためなら、彼女は道徳を手段として用いることも厭わない。
世間ではそんな人間のことを、快楽主義者と呼ぶ。
……そして舞台には、役者は多くいたほうがおもしろい。
相澤は、出口へと向かう本田の後を追いかけ、腕を掴む。己の腕ごとからませて、そう簡単には逃げだせないように。
――それじゃあ、開演といこうか。せいぜい楽しませてもらうね。――岡本クン。