クラスメイトが地味にひどいやつなんだが
出口に向かおうとする本田に、岡本が待ったをかける。すると、本田は立ち止まり、岡本のほうに少し顔を向けて言った。
「何だい?」
「えっ……と……」
言いよどむ。とっさに声をかけたのはいいが、言うべき言葉が思いつかない。
そんな岡本の様子をみかねたのか、本田は全身を岡本のほうに向け、
「…別に心配しなくても、君が教室で奇行に走ってたことを言いふらすつもりはないよ」
「奇行に走ってたつもりはないんだけどな! 本人はいたって大まじめだったんだよ!
…って、そうじゃなくて」
そんなことを心配して声をかけたんじゃない。そう思いながら、岡本は本田の持っている手紙を指さし、
「お前それ、ラブレターだよな? ここに来たってことは、教室が待ち合わせの場所なんじゃないのか?」
「ん。まあ、そうだけど」
「俺が言うのもなんだけどさ。
いいのかよ。相手待たずに帰って」
ラブレターをもらったということは、こいつは告白を受けに来たんだろう。自分の告白だけで正直いっぱいいっぱいだけれど、そのせいで他人の告白が流れるのも良い気分はしない。
そう思い、譲りの姿勢をみせると、本田は鼻で嘲笑うかのように笑い、
「君は教室で一人芝居をしているやつのそばで女子に告白させるのかい? 随分と酷なやつだね」
「いや、そのときはさすがに空気を読んで出ていくよ! そこまで神経図太くないよ俺!」
「それに、別にいいんだよ。どーせ振るつもりだったしさ。この際先客優先だ」
「お? おお……」
……これ、こいつ良いやつであってるよな? 実はひどいこと言ってないよな?
と、一考し、
「…………なんか、ありがとな。お前、ほんとは良いやつなんだな」
「いやいや、お礼を言われるまでもない。そのかわり、だからといってはなんだけど、この手紙の主が来たら君、僕の代わりに振っておいてくれないかい?」
「前言撤回!! お前ほど世界でひねくれたやつはいねぇよ!!」
「知ってるよ、そんなこと」
……飄々と言いやがって……!
好意をみせると嘲笑われ、罵倒をすれば軽くあしらわれる。それに。
自分の代わりに相手を振れだ? ふざけたことを言いやがって。
多少の怒気を含ませながら、岡本は言う。
「つーかお断りだそんなの。女子振るくらい自分でやれ」
「えー……。……嫌だよ。もし振ったことで恨みでも買ったらどうすんのさ」
「そりゃ代理に振られれば誰だって傷つくだろうよ!」
すると本田は、納得したかのように手をポンと叩き、
「大丈夫。それで恨みを買うのは代理で振った君だ。僕に弊害は及ばない」
「ちょっと待て!
自分から持ちかけてきた話のくせに、なんで今、ああ、その手があったかみたいな顔した!? それと、了承した覚えはないからな!」
「いやだってさっきの冗談だし。君そんなこともわからないの?
まあ、代理をやってくれるっていうんなら喜んで任せるけどさ」
「誰がやるか!!」
***
まあそれも冗談だけど、と本田は呟き、体を出口へと向ける。
いささか時間をかけすぎたようだ。教室にある時計を見れば、とっくに部活が始まる時間は過ぎていた。
……どうせ告白は振るんだし、すっぽかしても問題ないだろ。
「じゃあね。これから部活なんだ。結果はともかく告白頑張れよ」
……最後の言葉は余計だったかな。
まあいいや。どうせ他人事だし。さ、部活部活。
そうして歩きだした本田の腕を
「あ、ちょっ……。まてまて!」
岡本が掴んだ。
***
顔だけ振り向き、眉をひそめながら本田は応える。
「……………………なに」
予想以上に不機嫌なトーンで返事が返ってきた。……なんか琴線に触れるようなことしたかな、俺。
でも、聞きたいことがある。こんなチャンス、おそらくもう二度とこないだろうから。
息を整え、岡本は本田に問う。
「お前さ。ラブレターもらうってことはもてるんだよな。もし絶対に成功する告白とか知ってたら教えてくれよ!」
「知らんわ帰る」
即答だった。
岡本の手を振りほどき、本田は再び出口へと向かう。だが、岡本はあきらめず、さっきよりも強い力でもう一度本田の腕を掴んだ。
「そんなこと言わず、少しだけでも! な!」
「くどい。そんなの自分で考えなよ。なんで僕が君の愛のキューピッドにならなきゃいけないんだ」
「この際、ヴィーナスでもかまわないから!」
「性転換した覚えはない!!」
と、そのとき、
「わぁーすれーものーーっと」
教室のドアが開かれ、
「…………………………ん?」
一人の少女の声が響いた。