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第八章 星に刻もう

 艦内は一時混雑した。――数時間後、ノアコア方面から数台の見慣れない機体が到着。上官たちの指示に従い、クルーたちや全ての人々が一人一人、わけのわからない部屋に通された。中央にポツンと椅子があり、そこに座らされたのだ。画面も何もない空間に、いきなり数種の画像が浮かび上がり続け、その後、また別室に通された。その後また同じように繰り返される者もいれば、それきりで解放される者もいた。

 ロックたちのもとにも医務官が現れ、「こちらへ」と案内され、タグーとロックとガイは数回部屋を通されたが途中で解放。再びアリスの病室へと戻る、その道中――。

「……なんなんだよ、いったい」

 不愉快げに口を尖らせるロックに、タグーはため息を吐いた。

「脳指紋だよ」

「……脳指紋?」

「スパイを捜してたんだ。脳にある記憶の断片に刺激を与えて反応を見てたんだよ。僕たちが知るはずもないことに反応したら怪しいってね」

「……なんで俺たちは何度も通されたんだ?」

「知ってるはずもないようなことを知ってたからだろ。……。……さっきリタから情報もらってたしね」

「……途中で解放されたということは……」

「……。見つかったンだろ」

「だな」

 戸惑うクルーたちとすれ違いケイティ内を歩きながら、ガイはタグーを見下ろした。

「これからどうなさいますか?」

「そうだね……。……とりあえず……クリスかフライに会おう。……詳しい話を教えてもらえればいいんだけどな」

「教えてもらわなくちゃ困るだろ」

 と、ロックが鼻から深く息を吐いて、胸元で腕を組んだ。

「このままなんて、冗談じゃねーぜ」

「……そうだね」



「……なんだか慌ただしいね」

「仕方ないだろ」

「それにしても、さっきのヤツ、なんだったんだろうな?」

「……脳指紋だ」

「タグーさんたちはエラく長かったみたいだな」

「そりゃ、あの人たちは十年前に活躍した人たちだし。オレたちよりもたくさん知識があるはずだからな」

「ロックさんも?」

「……深層心理だろ」

 アリスの病室――。すぐに解放された四人はここに先に戻ってきた。

「タグーさんたち、遅いなぁ」

「誰かに話を聞き回ってるんじゃないのー?」

「だといいけどな。詳しい話をもっと聞きたいし」

「……総督に聞くしかないと思うけどな」

 それぞれが室内でバラバラに落ち着いている。

 まだクルーたちには正式な発表も何もない。そのうちあるのだろうが、その“そのうち”というのがいつかわからないのが尚不安だ。彼らはリタからの話しでおおよその状況はわかっているが、何も知らないクルーたちの緊張と不安は半端ではなかった。

「……いったいどういうことなんだかな」

 ジュードは床に座り込み、壁に背もたれながら天井を仰ぐ。

「あんまり……よくわからなかった……」

 「そうだね……」と、ロマノも壁に背もたれた状態で足下に視線を落とした。

「……私たち、……どうなっちゃうんだろ……」

「……。ヒューマ人になるんだろ」

 トニーが拗ねるように口を尖らせた。

「または、クロスかもな」

「オレたちには選ぶ権利はないってヤツか……」

 ジュードは不愉快げに俯いて目を細めた。

 ロマノはそんな二人を見て、「……けど」と、なんとか笑顔を取り繕った。

「あの話が本当かわからないモンね。……そんな簡単に、連邦が私たち見捨てるワケないモンね」

 ……ないよね? と、ロマノは不安げに彼らに問うが、誰も何も言わない。

 ハルは窓に手を付いて外を見回した。

 ――デコボコした大地。そこにヒューマたちの機体……

「……地球発の大戦って……なんで起こるんだろう……」

 彼の呟くような声に、三人が振り返り、「……さぁな」とジュードはため息を吐いた。

「例え、そういう計画が練られていたとしても……オレたちに当たるなって感じだよな」

「まったくだよ。話がホントならとんでもないことだぞ」

「これって……、どこかに訴えられないのかな?」

 三人が言う言葉をハルはおとなしく聞いていたが、ドアがノックと共に開いてそちらを振り返った。タグーたちが戻ってきた。

「長く掛かってましたね」

 ジュードが問うと、「まぁね」とタグーは苦笑混じりに肩をすくめた。

「仕方ない。それだけ情報は豊富だから。……それでも、僕たちにもわからないことはまだまだたくさんあるんだけど」

 椅子に腰掛けため息を吐くタグーの隣りにガイが立ち、ロックはアリスの顔を覗き込み、手を握った。

「おい、起きてるのか?」

 問い掛けてから数秒後、指先がほんの軽く動いた。それを見たトニーは身を乗り出してロックを見た。

「それなに!? 何かの合図!?」

 「企業秘密だ」とロックは答えてアリスに目を戻した。

「よぉ。さっきの話し、聞いてたんだろ? ……あれは事実なのか?」

「ロック、無理強いしちゃ駄目だって」

 タグーが呆れ気味に制した。

「もう少しゆっくりさせてあげろよ」

「ンなコト言ってる場合か?」

「気持ちはわからないでもないけど、でも……今は話よりもアリスの体調を気遣って。ヒューマのことはそれまでクリスたちがなんとかするんだし」

 ロックは少し不愉快そうに口を尖らせ、枕元に腰を下ろした。

「話とか、詳しいこと聞きました?」

 ジュードに問い掛けられ、タグーは「いや」と首を振った。

「聞きに行こうとは思う。これからのこともあるし……。ノアコアのこともヒューマと話したいからね」

「カールたちは?」

「んー……どうだろ。……こういう言い方をしちゃいけないんだろうけど……、彼らは彼らで、片親との再会を喜んでいるだろうから。カールたちクロスに話を聞くのは……今はちょっと気が引けるかな」

「そうですね……」

「わたしはクリスたちの動向が気に掛かります」

 ガイはタグーを見下ろした。

「混乱していることでしょうから、それに紛れて無謀な判断をしなければいいのですが」

「……うん」

「ヒューマたちの話が真実か偽りかがわかれば一番いいのでしょうが、その手立てがないのですから、今は落ち着いた判断を下すことに集中しなくては」

「そうだね……」

 タグーは視線を落として考え込み、「……よし」とうなずいてガイを見上げた。

「クリスのトコに行ってみようか。詳しい話も聞きたいし」

「オレたちも付いて行っていいですか?」

 真顔で身を乗り出すジュードたちに、タグーは間を置いてため息混じりに苦笑した。

「わかった。付いてきていいよ」

 タグーは椅子から腰を上げて歩き出す。ジュードたちも彼の後を追うが……タグーは途中で足を止めて振り返った。

「ロック、一緒に来ないの?」

 ベッドに腰掛けたままの彼を見て問い掛けると、ロックは首を傾げるタグーからアリスにそっと目を移した。しばらく何か考え込むようにじっとしていたが、口をへの字に曲げると同時にアリスの手を軽く引っ張って揺すった。

「……なぁ。みんな困ってるんだぞ」

 再びアリスに問い掛ける彼を見て、タグーは「ったく……」と呆れ気味に肩の力を抜く。

「ロック、キミは何度同じことを言わせれば」

「少しだけでもいいんだ。ヒューマは信じてもいいのか? 信じない方がいいのか?」

「ロック」

「それだけでいい。それがわかれば少しは先に進めるんだ。信じてもいいのか悪いのかもわからないままじゃ、立ち往生したままになる。せめてそれだけでも知りたい。信じても大丈夫な奴らなのか、どうなのか」

 ロックは真剣に問い掛け続ける。タグーが「……こいつー」と目を据わらせ、「駄目だってば」と注意気味に近寄った、その時、――アリスの唇が微かに開いた。ロックは顔をしかめると口元に耳を近付けた。

「……なんだ? ……聞こえない」

 みんなが顔を見合わせてベッドに近寄る。

 アリスは少し顔を歪めた。ロックは微かに漏れる言葉を聞いて眉を寄せると、顔を上げるなり訝しげに待っているタグーを振り返った。

「ヒューマのトコに連れて行けって言ってるぞ」

 ガイ以外のみんなは目を見開いた。タグーは「……え?」と声を漏らす。

「連れて行けって。……どうするんだ?」

 顔をしかめて首を傾げると、タグーは困惑気にガイを見上げた。

「……大丈夫……だと思う?」

「クリスに相談してみましょう。今無断な行動をすると、返ってクリスの負担に成りかねません」

「……そうだね」

 タグーは内線機に近寄ると早速連絡を入れる。

 その姿を見てロマノはロックへと目を向けた。

「……アリスさん、どうしてヒューマのトコに?」

「さぁな。連れて行けって言うんだから……連れて行ったら何かがあるんだろ」

「……嘘じゃないでしょうね?」

 ハルが疑い深く目を細めると、ロックはムカッ、と目を据わらせた。

「じゃあ、お前も聞いてみろよ。ホントにそう言ってンだ」

 言いながらベッドから離れる。ハルは代わりにそこに近寄ってアリスを見た。

「……聞こえますか? ハルです。……ホントにヒューマのトコに行くんですか?」

 問い掛けてから口元に耳を持っていくと、しばらくしてアリスの口が微かに動いた。聞き取りにくいほどの小さな声を捉え、間を置いてハルはゆっくりと顔を上げた。

「どうだ? 言ってただろ?」

「……言ってますね。嘘じゃなかったんだ」

 相変わらず失礼なハルにロックはムッと再び目を据わらせた。

「クリスも付き添うって」

 タグーはベッドに近寄りながら、こちらに向く彼らを見回した。

「ヒューマのアーサーって人に話をするから、しばらく待ってろってさ」

「……ヒューマのトコに行ってどうするんでしょうね」

 ジュードが訝しげに腰に手を置いて、目を閉じたままのアリスを見下ろした。

「……何かを感じ取るつもりなんでしょうか?」

「けど、今何かを感じて負担になるのはわかってることだからね。……ヒューマに何かがあるのかな?」

 疑問を投げ合うが、当のアリスは目を閉じたままでやはり身動きひとつしない。――それから十分ほど経つと、待っていたみんなの元に数名の上官たちを引き連れたクリスとフライスがやってきた。部屋の中が一気に人で溢れ、ジュードたちは壁際に寄った。

「クリス、ごめん」

 タグーが謝ると、真顔を消すことのないクリスは軽く首を横に振り、ベッドの上のアリスを見下ろして背後を振り返った。

「この女性がそうです」

 そう言うクリスの言葉に続き、共にやってきたジャドが横に並ぶ青年に何かを伝える。タグーたちにはわからない言葉だ。青年はジャドを見ていたが、ベッドの方を見てそこに近寄るとアリスの顔を覗き込んだ。そしてジャドを見て何かを伝える。ジャドはその言葉にうなずきながらクリスを見た。

「神経機能を圧迫されているようです。このままでいても命に関わることはないでしょうが、回復までにかなりの時間を要すると思います。穏和剤を調合することができますが、どうしますか?」

 クリスは少し腕を組んでタグーを見た。

「つまり……、アリスはヒューマに手当されることを望んでいるということか?」

 タグーは「うーん……」と考え込み、アリスの手を取った。

「……アリス、どうする? ……彼らに任せていいのかな? ……任せてもいいのなら、指を動かしてくれる?」

 少し間を置いてアリスの指が動いた。タグーは不安を感じながらもクリスにうなずいた。

「……やってみよう。……アリスには何か確実なものがあるんだと思う。これで快復できたら、僕たちにとってもプラスだし」

「そうだな……」

 クリスはうなずいて青年へと目を向けた。

「お願いできますか?」

 ジャドが青年に伝えると、青年は笑顔でうなずき、何かを言う。ジャドはそれを聞いてうなずきながら苦笑しつつクリスを見た。

「地球人は不便ですね、と言ってます」

「……。不便?」

「意志の疎通が難しい」

 クリスは少し微妙な笑みを浮かべる。

 青年がジャドに何かを言うとジャドがそれに答え、クリスを窺った。

「今、治療スタッフを呼びました。誘導無しでここまで来てもよろしいのでしょうか?」

「構いませんが……。クルーを迎えによこしましょうか?」

「いいえ。誘導はできるので。ただ、わたしたちが艦内を行き来していると、クルーの方々が不安になるのでは、と言ってます」

「大丈夫ですよ。……人間と同じ姿で現れてくるのでしたら」

 ジャドが伝えると、青年は少し笑ってうなずいた。ジャドはそのままクリスにうなずく。

「それでは、こちらにそのまま来てもらいます」

「お願いします」

 クリスとジャドと青年の様子を見ていたロックは、そそそ……とフライスに近寄った。

「……ありゃ……誰だ?」

 その問い掛けに、タグーとガイもフライスに目を向ける。

「ジャドは知ってるな? クロスの指揮官だ。あちらにいるのがヒューマの代表のアーサー」

 ロックは青年を見て「……ふうん」と鼻で返事をする。パッと見た感じは人間だ。20代の男性というところか。端整な顔立ちをしていて、着ている服はみんなと同じ軍服のようだ。

「……人間と同じ姿なんだな」

 ロックの呟きに、フライスは首を振った。

「あれは仮の姿だ」

「……。へ?」

「対地球人用として作られた、彼らの……スーツみたいなものらしい。オレたちが着る宇宙服と同じ役割を持っているみたいだ。彼らは重力のほとんどないところで生活をしているらしいから、この大地で生身で歩けば潰れてしまう。それに、呼吸方法も何もかもが全て違う。会話というものも存在しないし、オレたちとはまったく異なる生活形式を持ってる。対地球人の研究は進んでいるからオレたちに合わせることが可能らしいんだ。だからこのスーツも、オレたちの恐怖を煽らないようにと作られたものなんだそうだ」

「……技術がすごいんだね」

 タグーが感心するようにため息を吐くと、フライスはうなずいた。

「機動兵器のことも少し聞いたが、……彼らの進化はすごい。ここのところの戦いで回収した彼らの機体にパイロットがいなかった事情もわかった。元々、オレたちの前に現れた機体は……オレたちに合わせて作られたものらしいんだ」

「……というと?」

「彼らは彼らで、ちゃんと彼ら専用の機体は持っているらしい。……オレたちが戦っていたのは、オレたちのレベルに合わせ、オレたちが作る機体に似せて作られたものなんだと」

「つまり、彼ら専用の機体で戦闘に出れば、わたしたちは完全に敗北すると言うことですね?」

 ガイの言葉にフライスはうなずく。

「戦力については何も言わないが……そういうことになるだろう。……それに、彼らにはパイロットという存在もないらしいんだ。オレたちで言うフル・サイコントロール形式になっているらしいから、戦いで犠牲になる者はいない。オレたちが回収した機体にパイロットがいなかったのは、そういうことだな。機体はオレたちの作るものに似せてあるから、操縦席も全て似せてたみたいだ。最初、地球の戦闘機の操縦席を見て何をする空間なのかがわからなかったそうだぞ」

 タグーは「……はは」と微妙な笑みを浮かべた。

「こりゃ……、……とんでもないな」

 そう言う彼の傍、ロックは何やら不愉快そうな表情。――と、アーサーは顔を上げてジャドに何かを言う。ジャドはうなずくとクリスを見た。

「来ました。通してもよろしいですか?」

 クリスはうなずき、同行してきた上官に「中に通して」と告げる。上官がドアに近寄ってそこを開けると、通路に二人の若い女性が立っていた。白い衣装を着ているところを見ると、医務官を現しているのだろう。小脇に何か鞄のようなものを抱え、笑顔でみんなを見回し何かを言うと中に足を踏み入れた。ジャドはクリスを見る。

「治療スタッフのフィービーとアシュレーです」

 二人の女性にクリスが「……よろしく」と笑顔で言う。ジャドがそれを伝えると女性たちはニッコリ微笑み返した。アーサーが目を向けると彼女たちはうなずきベッドに近寄る。

 アーサーがジャドに長々と何かを話すと、ジャドはうなずいてクリスに近寄った。

「まず、体内の液体を少量採取します」

「……液体?」

「人間で言う血液です。抗体反応などを確かめて、彼女に害が及ばないようでしたら投薬します」

「……わかりました」

 クリスとジャドが話をしている間に、彼女たちは手際よく鞄の中から見たこともない様々な機材を取り出す。重力に不慣れなのか、たまに機材を落としそうになって慌てる場面もあるが、それでも笑いながら作業に掛かる。

 壁際から様子を見ていたトニーはジュードに顔を寄せた。

「……大丈夫なのかな?」

「……。大丈夫だろ。みんなが見てる前だからな。迂闊なことはできないだろうし」

「……だよな」

 フィービーがアリスの手を取る。その手を軽く触りながら見回すと、一段と血管が浮き出るそこにちょんと指先を当て、その指先をなんなのかわからない機械の間に通した。その後すぐにアーサーはジャドに何かを告げる。その言葉を聞いてジャドはうなずき、クリスを振り返った。

「終わりました」

 え、もう!? と、みんなが唖然と目を見開くが、ジャドはそのまま続けた。

「異常は見られませんが、少々気が高ぶっているようですね」

「……つまり?」

「彼女が極度の緊張状態にある、ということでしょうか。少し落ち着かせてから薬を投与した方がいいんじゃないかと話しています。緊張状態で薬の投与を行うと、回復する際の体内変化時にショックを起こしてしまう危険性もあります」

 ジャドの話が終わるか終わらないかのその時、フィービーがクリスに向かって何かを言う。その言葉をジャドが聞いてクリスに伝えた。

「やはり、しばらく落ち着かせた方がいいということです。怖がっているのかも知れません。刺激するのは良くないそうです」

「……そうだな」

 クリスも胸元で腕を組んでうなずいた。

「……もうしばらく様子を見てからにしようか……」

 軽く鼻から息を吐いたクリスを見てロックはアリスへ目を向けた。じっと目を閉じたままの彼女は何も言わないし、動くこともない――。

 ロックはため息を吐くとそこに近寄った。

「おいアリス。お前、何ビビってんだよ」

 顔を覗き込んで睨む彼に、「ロ、ロックっ」とタグーが慌てて近寄った。

「落ち着かせなくちゃ駄目だろっ」

「何言ってンだ。こいつがヒューマのトコに連れて行けって言ってたんだぞ? 自分から言って置いて今更ビビるなんて」

「仕方ないだろっ。生まれて初めての体験なんだからっ」

「上手く行くって確信があったからこうしてるんだろっ?」

「土壇場で怖くなることはあるじゃないかっ」

「なに弱っちーコト言ってンだよっ、弱小者!」

「そういう言い方はないだろ!」

 周りの様子を無視して睨み合う二人が気になったのだろう、アーサーがジャドに何かを訊き、ジャドがそれに答えていると、タグーは「通訳しなくていいよ!」と慌てて遮った。

 ロックは「ったく!」と不愉快げにアリスを見下ろした。

「腹をくくれ! もしヘンなコトがあったら、そン時は俺がこいつら再起不能にしてやるから!」

「ロックっ!」

 そんなこと言うモンじゃないだろ! と怒鳴ろうとしたが、ジャドがそれをアーサーに伝えようとしているのを視界の隅で捉えて、慌てて「通訳しなくていいってば!」と振り返り止めた。しかし、ジャドからの話を聞いたアーサーも女性たちもクスクスと笑っている。

 クリスは「ったく……」とロックを睨み付けた。

「お前は絶対に外交向きじゃないってことがわかったぞ」

 言われたロックは「うるせーよ」とクリスを睨み返す。

 上官たちが呆れて互いの顔を見合わす中、ガイは顔を上げてジャドを見た。

「ジャド、今の状態はどうでしょうか?」

 言われたジャドは女性たちに伝える。フィービーが笑顔でアシュレーに何かを告げると、アシュレーはうなずき機械を手に取った。どうやら、投薬を開始するようだ。

 ロックはアリスへと身を乗り出してニヤリと笑った。

「まぁ任せておけよ。どれだけの戦力持ってるか知らねーけど、こいつら着てるスーツさえ引っ剥がしちまえばこっちのモンだ」

「そういう卑怯なコトして勝つしかないの?」

 タグーが訝しげに目を座らせると、ロックは「ふふん」と鼻で笑って胸を張った。

「勝ちは勝ちだ」

「そんな勝ち方したって嬉しくもなんともないよ」

「ばーか。勝ち負けに嬉しいも何もあるかよ。だから弱小者ってンだよ」

「なんだよそれ」

「勝って嬉しいって思えるほどの戦いってどんなンだよ? 戦って勝ったって、待ってるのは次々に現れ、る……、……」

 ロックは不意に言葉を切らし、少し目を逸らす。タグーは怪訝に眉を寄せ、彼の視線の先を追った。

「……喉が……渇いた……」

 みんながベッドの方を見た。アリスはゆっくりと目を開けると、ぼんやりとした目で天井を見つめ、口を動かす。

「……喉が……カラカラ……。……。……ロック……、……ジュース」

 医療器具類を片付ける女性たちの傍、タグーやジュードたちが目を見開いて嬉しそうに身を乗り出し「アリス!」「アリスさん!」と声をかけるが、

「俺に指図するんじゃねーよっ」

 と、ロックだけは不愉快そうに胸の前で腕を組んだ。






「……すごく不思議な感じ。……なんだろ。こう……手や足や……体の隅々まで暖かくなってきて……」

 ベッドの上、枕をクッション代わりに背もたれ座ったまま、胸の高さまで上げた両手をくまなく見つめた。

「……軽くなってた。……頭がちょっとぼんやりするけど、……。……ああ、お腹空いた」

 ガクッと肩を落として背中を丸め、空腹感をあらわにする最後の一言でロマノがクスクスと笑った。

 ――あの後、アーサーたちに礼を告げ、クリスたち上官一行はいったん彼らの見送りに。その間にアリスは検査を受け、異常のない健康体だと確認された。ロマノの手伝いでとりあえず体を綺麗にして着替えをし、一般病棟へ移動し終わった頃、それと同時に上官たちを追い払って艦の様子はアーニーに任せ、クリスとフライスの二人がやってきた。

「もう平気か?」

「はい。大丈夫です」

 フライスに問い掛けられ、アリスは笑顔で答える。クリスは微笑みうなずいた。

「キミと同じ症状のクルーが二人いてね、彼らにも同じ薬を投与してもらったよ。今、少しずつ回復してきている」

「そうですか。……よかった」

「ビビりのクセに」

 ホッと笑顔を浮かべるアリスに壁際のロックがボソッと貶す。アリスはそっぽ向いている彼に苦笑した。

「ロック、……ありがとう」

「……は?」

「いつも様子を見に来てくれて」

 アリスの言葉にみんながロックに目を向ける。彼はとぼけるように窓辺に近寄ってそこから外を眺めるだけ。

「持ってきたよ」

 ドアが開いて、そこからガイが食べ物を、タグーが飲み物を運んでくる。アリスはお腹を撫でると情けない笑みで手を伸ばした。

「ありがとう! お腹ペコペコ!」

「食欲があって良かった」

 ベッドに装備されているテーブルを引っ張ってアリスの前に固定させると、そこに食事を並べる。

「キッドが作ってくれたよ。あとで様子を見に来るって」

「うん。……んーっ、いい匂い!」

 タグーが並べてくれると、早速「いただきます!」とそれを食べる。食欲旺盛な彼女にロマノは少し笑った。

「アリスさん、いい具合で痩せてきてたのになー」

「んグ。……ロマノ、それを言うんじゃないの」

「はーい」

 少し笑いが起こる。

 クリスは来客用の椅子に腰を下ろすと、がっつく彼女を見て苦笑した。

「焦って食べると胃を壊すよ」

「……ン。……ふぁい」

 間の抜けた返事をした後、それでも次々と食べていく。

 タグーは少し笑ってガイと一緒に壁際に寄り添った。

「これでひと安心、ということでよろしいのでしょうか」

 ガイの問い掛けに、タグーは少し息を吐いて肩の力を抜いた。

「そうだね……。……とりあえずは」

 アリスはムグムグと食事を進めながら、笑みを浮かべているクリスを窺った。

「……ン、あの……ヒューマの人たちは?」

「一度自分たちの艦に戻ったよ。今日は今からクロスの彼らと出会いを祝うそうだ。わたしたちにもぜひ参加をと言っているが……、まだまだ困惑気味でね」

「……でしょうね……。……ごめんなさい。私がちょっと油断してた……」

「……ライフリンクのマリーのこと?」

「……うん。突然だったからビックリしちゃって。……すごい圧力だった。……あの子、メリッサ以上に力の強い子かも知れない」

「けど、あの子はタイムゲートの所まで行けたんだよ?」

 タグーが口を挟む。

「あそこまで行くのは、力の強い子じゃ堪えられないはずだ」

「……そうね。……けど、状況を知っていたら平気なんじゃないの? キッドさんや、リタのように」

 タグーとガイは顔を見合わせ、アリスへとまた目を向ける。

「じゃあ……、あの子はタイムゲートに行ったことがあったってコト?」

 アリスは少し視線を落とし、食事を進めるスピードを緩めた。

「……あの子はかわいそうな子。……やったことは許せないけど、あの子はあの子で必死だった。……それはわかる」

「……、何か感じたのか?」

 フライスが真顔で問うと、アリスは間を置いてじっと水の入ったコップを見つめた。

「……事情はよくわかりません。ただ……、彼女には親しい身内がいて、その人がノアコアにいたんだってことはわかりました。ただ、その内情は……公にはされていなかったはずです」

 みんなが目を見開く中、クリスは軽く身を乗り出した。

「じゃあ……やっぱりスパイだったのか?」

「……。スパイはスパイでしょう。……ただ……彼女は途中で気が付いたんです。……タイムゲートのある部屋まで行って。……知ったんです。本当のことを。そして……怒りと悲しみを抑えきれなくなってしまった。その感情を私は感じてしまったんです。同時に……彼女の情報のすべてを受け取ってしまって。……彼女には悪気はなかったはずです。ただ……自分自身をも壊してしまいたかったんだと思います。……“利用”されていたことに気が付いて。……何かにぶつけたかったんだと思います。……怒りも、悲しみも、やり場のない……気持ちも、すべて」

 悲しげに話す彼女の言っていることはよくわからないが、クリスはためらいがちに小さく切り出した。

「アリス、元気になって早々で悪いが……」

 アリスは彼を見ると軽く首を横に振った。

「そのために私も早く目覚めたいって思ったから。……ちょっと待ってね」

 と、残り少なくなってきた食事を全部平らげ、最後に水で喉を潤す。ロマノが食器の片付けを始める頃、それと同時にドアがノックされ、近くにいたトニーが出迎えようと近寄った。

「アリスおねーちゃん元気ー!?」

 リタが勢いよく飛び込んできてトニーと激突。二人して床に倒れ、背後からやって来たキッドは「……この子ったら……」と、顔を歪めるリタを見下ろしため息を吐き、笑うアリスに微笑んだ。

「アリス、元気になって良かったわね」

「はい。心配かけてすみませんでした。あと……ごちそうさまでした。おいしかったです」

 アリスは申し訳ない笑みでそう謝って、トニーと一緒に「いたた……」と立ち上がったリタに笑い掛けた。

「リタ、大丈夫?」

「大丈夫。トニーお兄ちゃんがクッションになってくれたから」

 トニーは「いてて……」と腰を撫でつつジュードたちの元に戻る。そんな彼を見てアリスは苦笑していたが、キッドの足元からこっそり顔を覗かせるジェイミーを見て、笑顔で手を伸ばした。

「ジェイミー、おいで」

 ジェイミーはコソコソと後ろに隠れるとキッドを見上げた。不安げな目を向けられ、キッドは少し笑った。

「行っていいのよ」

 そう優しく勧めるが、ジェイミーは戸惑っている。

「……どうしたの?」

 アリスが首を傾げると、クリスは苦笑した。

「さっき司令塔まで来てね、フライに怒られたんだ。だから遠慮してるんだよ」

 クリスはジェイミーを振り返って少し笑った。

「リタに騙されたのにな?」

「騙したんじゃないモン!」

 リタがムッと眉をつり上げ反発するが、そんな彼女にフライスはギロッと横目を向けた。

「忘れるな。お前は明日一日、チャチャプの小屋行きだ」

 リタは頬を膨らませて目を据わらせる。

 アリスは少し苦笑するとジェイミーを見た。

 じゃあ……また今度遊ぼうね。

 そう心の中で言うと、ジェイミーは嬉しそうに笑った。

 アリスは微笑み、小さく息を吐くと同時に肩の力を抜いて改めてクリスを窺った。

「え……と。じゃあ……、遅くなったけど、ノアコアの報告……ですね」

「もういいのか? もう少し時間をおこうか?」

「ううん。……みんな待ってたでしょ? それに……あんまり悠長にしている場合じゃないし」

「……。それじゃ……」

 視線を落とすアリスの様子に何かを察したのか、クリスは眉を動かし、少し戸惑った。

「……ヒューマたちが言っていた話は……」

 アリスは少し間を置いてうなずいた。

 彼女のその行動にそれぞれが視線を落とす中、ジュードは不安げにそっと訊いた。

「……地球に戻ったみんなは……」

 アリスはジュードを見ると、悲しげに目を伏せ、軽く首を振った。

「……どうなっているのかはわからない。……生死の判明は付かないけど……。……自由の身ではないはず」

 ジュードはグッと歯を食い縛って「……くそっ」と拳を握った。

 フライスは悲しげに俯くアリスを真顔で見つめた。

「……いったい、ノアコアで何を見たんだ?」

 アリスは深く息を吐いてうなずくと、言葉を切り出した。

「……ガイに連れて行ってもらった場所。ノアの番人たちの居住区域。そこで見たのは……楽しそうに生活している人たちの姿です」

 みんなが、視線を落としながらも話す彼女に目を向ける。

「なんて言うんだろ……。張りつめたものも何もなくて、生き生きとしていて……とにかく楽しそうだった。……彼らの様子を見てちょっと驚いた。思っていたノアの番人とは全然違ったから。本当に普通で……、……そう、普通だったの」

 アリスは何かを思い出すように少し言葉を止めた。そして再び口を開く。

「……彼らは地球人。……ここには仕事で来ていた。高給を取れる長期出張だって。仕事の内容は、ここを地球と同じような環境に整えること。森林育成、住宅の建設、全て彼らに任されていた。彼らは彼らで、その仕事がたまらなく楽しかったみたい。テーマパークを作ってるような感覚ね……。早く地球のみんなに完成を知らせたい、早く地球のみんなをここに呼びたいって、それだけが楽しみだった」

「……ち、ちょっと待って」

 タグーが戸惑い口を挟む。

「あの……。ノアの番人は?」

「うん。……私も気になったの。……地球人の絶滅を恐れたノアの番人。そんな彼らの姿がないから。それで気が付いたのよ。……ノアコアには、ノアの番人と、そしてもうひとつの地球人のグループがいたんだって。……ガイに連れて行ってもらった場所は、そのもうひとつのグループの人たちが住んでいた場所だったんだって」

「……。じゃあ、その人たちは……、なに?」

「そう。……ノアの番人たちとの繋がり、……そして彼らの役目。いろいろ辿っていたら……わかったの」

 アリスは睨むように目を細め、間を置いて顔を上げるとフライスにその目を向けた。

「フライ、……十年前の時点で、私たちはすでに地球に見捨てられてたのよ」

 フライスは目を見開き、クリスは訝しげに少し眉間にしわを寄せた。

「どういうことだ?」

「……あの時、すでに連邦はノアの番人と手を組んでいた。……だから、私たちがどんなに協力を要請しても、動いてくれなかった。……そりゃそうようね。ノアの番人と手を組んでいたんだもの。その彼らと敵対しようとする私たちは、邪魔だったのよ」

 どこか怒りを込めたアリスの声に、みんなが静まり返って呆然とする。戸惑う空気を感じながら、アリスは少し目を閉じ、ゆっくりと開けた。

「M2で反乱が起こり、一部の人間はヒューマの手を借りてこの地に下りた。……その時点でおかしかったの。……どうしてM2とヒューマは繋がりがあったの? どうやってノアの番人はヒューマと連絡を取り合えたの?」

 タグーは訝しげに眉を寄せた。……言われてみれば、それもそうだ。

「……公にはしていなかったけど、元から連邦は地球外生命体の存在は知っていたし、彼らと交信だってできていた。……それは友好的なものだった。――その時までは」

 アリスは真顔で目を細めた。

「M2で反乱が起きたことは事実。ヒューマがそれを知って、反乱者たちの訴えに耳を貸し、彼らの話しを信じて手助けをしようと思ったのも事実。それで反乱者たちを救出するようにここに連れてきた。そして、彼らと一緒に地球人救出作戦を練った。……けれど、そうなって連邦がおとなしくしているはずはない。……連邦はすぐにヒューマと連絡を取り合い、決して地球人の滅亡など有り得ないことを話聞かせたの。けれど、もうノアの番人たちは逆上しきってる。……連邦は、ヒューマに申し出た。……ここを、ノアを地球に売ってくれないか、って」

 クリスは愕然と目を見開き、間を置いて目を泳がせた。「まさか、そんな……」と少し息を乱す彼に心苦しさを感じながらも、アリスは続ける。

「……いつか、ノアの番人たちも目が覚める。その時、地球には帰り辛いだろうから、そんな彼らのためにここを売って欲しいって。……ヒューマは気のいい人たちだから、ノアの番人たちの行く末を考えて無償でここを地球に売った。……連邦は、ここをより地球化するために、エキスパートの人間たちを送り込んだ。――それが、ノアの番人たちとは別のグループ。彼らはただ、ここを人の住み易い場所にするようにと命令されて来ただけだったの。ノアの番人たちの裏事情なんて聞かされてなかったし、ただ仕事のため、命令されてここにやって来ただけ。……ヒューマは、楽しそうな彼らを見て、ここもきっと幸せな場所になるだろう期待していた。……けれど、ノアの番人たちが暴走しだした。……ここは住み易い大地に変化してきている。……おまけにヒューマたちの技術も詰まってる。……。……偉大な力を手に入れたと、勘違いしたの」

 アリスは悲しげに目を閉じた。

「……タイムゲートも、元々の基礎はヒューマが作っていたものよ。けれど、ヒューマの目的は地球とノアを行き来するためのゲートってだけ。ノアは宇宙船だから、いつどこに移動するかもわからなかったし、地球人たちのために確実な移動手段を作ってあげたかったの。……けれど、ノアの番人たちがそれを改造してしまった」

 アリスは軽く首を振って項垂れた。

「……彼らの頭は戦うことしかなかった。……ヒューマは恐れていた。彼らが本当に暴走することを。それで……計画を実行したの。……クロスを作ることを。……ヒューマはいつかクロスを作ろうと考えていた。……ううん。作らなくちゃいけないって感じたの。……地球発の大戦が起こる前に」

「……それは……なに?」

 タグーが目を細めて訝しげに訊くと、アリスは「……そのままよ」と答え、少し口ごもった。だが、意を決したのか、再び言葉を切り出した。

「……地球人の、種の起源。……。知ってる? 一部の科学者たちは、地球上に人間の遺伝子が誕生するにはもっと長い年月が必要だったはずだって言ってたこと」

 タグーはピクッと目蓋を動かした。それを感じ取ったアリスは項垂れたままの状態でうなずいた。

「……その通り。……地球に人の遺伝子を運んだのは、地球外生物。……地球人は、彼らの手によって作り出されたエリート中のエリート。……太陽系で、優秀な頭脳を持ち合わせた生物。……私たちは、本を正せば彼らによって作られた生き物だったの……」

 静かな声に、みんな表情もなく突っ立っていた。――戸惑ってはいた。けれど、頭の中での整理ができない。追いつけない。

 だが、アリスは更に続けた。

「……優秀な地球人は、凄まじいほどの発展を遂げた。地球に残っている古代遺跡やオーパーツもその彼らが作ったもの。……地球人を作った生命体たちは、その進化を誉め、新種の誕生を喜んだ。……けれど、地球人の優秀な頭脳はやがて争いを引き起こした。……弱肉強食、階級支配、……それは地球内に留まらず、宇宙へと飛び火した。……地球人たちの身勝手な暴挙に堪えきれなくなった生命体たちは、全力を持って地球人の壊滅を狙い、巨大な生物を送り込み……彼らに恐怖を与えて全滅へと導いた。……地球外生命体たちは嘆き悲しんだ。……綺麗な青い星。……美しい生命体をそこで生活させようと思っていたのに、ことごとく失敗してしまって。……最初の教訓として、遺伝子レベルを落とし、もう一度地球に頭脳を持った生き物を誕生させようと思った生命体たちは、恐竜を全滅させるために地球を攻撃した。……そして……再び人を落とした」

「……」

「……少しずつ進化を遂げる生命……。地球外生命体たちからしてみたら、それは子どものようでかわいらしかった。最初の時のように、いきなり進化するわけでもなく、少しずつ、少しずつ進化を遂げる地球人が。……けれど、そんな地球人にも、やはり最初同様、なくすことのできなかった遺伝子があった。それは――戦うこと。……地球外生命体は、またいずれ訪れるかも知れない事態に備え、地球人を時にさらい、その成長を見守り、そして……、……私みたいに特殊能力を持つ者を低い割合で誕生させた。……いつか起こるかも知れない戦いの時、私たちの力を集結させて、宇宙に飛び火しないよう地球内で戦いを鎮めさせるように。けれど……私たちは迫害されるだけで何もできなかった……」

 アリスは辛そうに眉間にしわを寄せ、いったん深く息を吐いてから続けた。

「……段々と地球人は進化を続ける。そして……アンドロイドを作るほどの技術を身につけた。宇宙にも気軽に飛び立てるようになった。……その頃には連邦と交信の取れていた地球外生命体たちは、連絡を取り合いながら地球人の動向を気にしていたの。……地球人の腹の内が気になっていた。それで考えたの。……新種、クロスを作ることを。……元々は……、地球人を再び全滅に追い込んで、クロスを地球に落とそうと考えていた。……けれど、彼らは希望に賭けてみたの。クロスを中立の立場に置いて、地球人が宇宙に向けて戦いを始めようものなら彼らに制してもらおうと。……地球人との混血種を作ることで、絆を生みだし、説得することができたなら、なんとか戦いは収まるんじゃないかと。……地球上で頼りにできる生命はいない。だったら、作るしかない。……地球発の大戦を防ぐためにも。……このノアは、一時的にクロスたちが暮らすために、地球外生命体のひとつ、ヒューマが前もって作っていた場所だった……」

「……地球発の大戦って……、……つまり……。支配ってコトか?」

 クリスが真剣に問うと、アリスは「……そう」とうなずいた。

「過去、同じように地球人は地球外生命体に牙を剥いた。……自分たちが一番優秀で、この宇宙で一番賢い生き物なんだと。……それをノアの番人たちは繰り返そうとしていたの。だから、それを知ったヒューマは他の地球外生命体たちとの話し合いもなく急いでクロスたちを作った。結果、右も左もわからないクロスたちの誕生で、多少のノアの番人たちは彼らに対しての保護者的愛情で慈悲を取り戻した。……けれど、それでも闘争本能の消えないノアの番人たちもいた」

 アリスはゆっくりと目を開けた。

「……ヒューマたちがどうしたらいいのかと考えているうちに、ノアの番人の中でも賢い人物が……計画を企てた。……ヒューマの技術はすごい。……その技術力を連邦に売ろうとしたの。――連邦は喜んで飛びついた。それを知ったヒューマは、連邦に騙されたんだと、……ノアの番人たちの生活のためだとここを提供したのに、戦いの場として利用されることに怒って、ここをクロスたちに任せて去ってしまった。……自分たちが残れば、また、自分たちの技術を盗まれてしまう。……それを恐れたから。……でも、クロスたちはそんなヒューマの考えなんてわからなかった。ヒューマが怒っていたのは気付いていたけれど、彼らは彼らで、赤ん坊の状態だったから。……けれど、ヒューマの血が流れている。……平和を願う強い血が。……クロスたちは、ヒューマの血に逆らうことなく、戦いを引き起こそうとするノアの番人たちを制しようとした」

 アリスは段々と表情を険しくさせ、顔を上げた。

「……ノアの番人の中でも、一部の者は連邦と裏取引があるって知らない者もいたの。……クロスたちと仲良くしていたノアの番人たち、ね。……彼らは戦いを望まず、それでもM2で反乱を起こし地球を敵に回してしまったと思い込んで悔やんでいた。悲しんでいた。けれど、そこにクロスが誕生し、彼らの面倒を見ることで罪を流そうとした。……そしてそこに、ノア開発のため、連邦から送り込まれた民間人が現れて……彼らは喜んだ。地球との縁は切れてなかったんだって。……民間人と協力して、彼らもノアの開発に勤しんだ。クロスも協力した。……けれど、彼らの安心を余所に、ノアの番人の数名は、その中で連邦と手を組んでヒューマの技術を流し、宇宙の中で地球人の圧力を増幅させようとしていた……」

 アリスは、険しい表情を浮かべるクリスに目を向けた。

「……このノアを豊かにしようと勤しんでいた彼らは途中で気が付いたの。――段々とロボットが増えていく。戦闘機まで出来上がっている。ノアコアの怪しい雰囲気。それを連邦に報告しているのに無対応。……そして、いつの間にかヒューマもいなくなってしまった。タイムゲートで人がやってくるのがなぜなのかもよくわかっていなかった人も中にはいた。――十年前、私たちがこの地に来た時、彼らは焦った。戦いが始まってしまったから。……残された彼らは救助船の要求をした。けど……最後まで助けは来なかった。どうしたらいいのかわからずに、彼らはヒューマが残したゲートを使って地球に戻ろうとした。……けど、そこで見たのは……たくさんの人がカプセルに閉じ込められて死んでいる姿だった」

 アリスは悲しげに首を振って、ガイに目を向けた。

「ガイ、……あなたがタイムゲートのある部屋で見た遺体は……その人たちだったの。……連邦に情報を流していたノアの番人たちが、彼らを殺したの……」

 ガイは顔を上げた。

「……理解できました」

 「……なにが?」とタグーが声をかけると、ガイを彼を見下ろす。

「記憶回路に何かの断片が残っている、と言いましたね? ……それです。わたしが見たのは、敵にやられ床に倒れた時、故障した視界回路に映った……名札です。……連邦軍環境開発部門。ノアの番人がどうしてそんな名札を付けていたのか、疑問だったまま、回路が途切れてしまいました」

「……。そう、だったのか……」

 タグーが愕然と俯く。

 アリスはガイから真顔でいるフライスに目を向けた。

「……私たちが最後に戦ったあの時の相手、……あれはヒューマじゃなかったんです」

「……。ノアの……」

「……はい」

 フライスは愕然とした表情で視線を泳がした。

「……そんな……」

「あの時の相手がヒューマだったら、私たちは完敗してました。……ノアの番人たちだったから、まだ勝てたんです」

 アリスは真剣さを消すことなく視線を落とした。

「……ノアの番人が未だにこのノアを残しているのは、ヒューマの技術が蓄えられているからでしょう。……いつかここを攻めようと、力を蓄えていたんだと思います。ヒューマも、それをわかっています。……ヒューマも、他の地球外生命体も、もう、地球に対しての哀れみはほとんど持っていません。……、つまり……どういう意味か、わかりますね?」

 見上げられたクリスは、唾を飲んで目を細めた。

「……、地球が壊滅されて、……、あの大地にはクロスが落とされる……」

「……新しい地球人の誕生です」

 アリスは睨むように視線を落とした。

「……だからこそかもしれません。連邦がノアの番人と手を組んだのは。……地球外生命体からの攻撃を防ごうと。……自分たちの行動は棚に上げて」

「……」

「……これが、私が感じ取ったすべてです。……。……あの時生き延びたノアの番人は、今また、連邦と手を組んで戦力を付けているでしょう。……ヒューマの人たちは、それを察しています。……でも、彼らはまだ、微かな希望を抱いています。だから、私たちの元に現れたんじゃないでしょうか……」

「……それじゃ、彼らは……」

「……悲しいですけど、今、信じられる人がいるとしたら……、……ヒューマの人たちだけです」

「……」

「……彼らは殺戮を好まない種族です。……だから、ノアの番人たちに攻撃を仕掛けるということもしないんです。……戦うことを知らない種族……って言うんでしょうか。……逆に、私たちは戦うことを知っている。……平和よりも。……。……ヒューマの人たちの目的は、たぶん、私たちの戦う気持ち……闘争本能と彼らの技術を利用することでノアの番人たちを完全に壊滅し、連邦にも思い知らせることにあるんじゃないかと思います。……楯突くようなことはするな、と。地球外生命体の中で、地球人と深く関わってしまった、……それが彼らの罪……」

「……。しかし……、……そうなったら……」

 クリスが曖昧に言葉を切る。

 アリスは間を置いてうなずいた。

「……私たちはノアの番人を、……地球連邦を相手に戦い、本当に……、……地球には二度と帰れなくなります……」






 ――遠くで明るい光が上がっている。ノアコアの方だ。きっと今頃、異人クロスとヒューマたちは楽しいひとときを過ごしているに違いない。明暗がくっきりとわかれた形で、ここは静かで……雰囲気が暗い。

 夜空を見上げれば、ヒューマの機体が見回りをしている姿がたまに映る。

 タグーは「……よいしょ」と“山”を昇ってアリスに近寄った。

「……もう寝てなくて平気?」

「すこぶる快調。これならディアナに乗っても大丈夫ね」

「まだそんなこと言ってるの? ほんと、諦めが悪いね」

「その通りよ」

 笑うアリスの隣りに腰を下ろす。そしてデコボコした大地を見回し深く息を吐いた。

「……フライたち、これらどうするかを話し合ってるよ」

「……そうね……。どうするか決めなくちゃ、ね……」

 涼しい風が吹き抜け、言葉が途切れる――。

 数秒そのままでいたが、アリスは膝を抱えると笑顔でタグーを見た。

「地球のご両親とは連絡取り合っていたの?」

「……ううん。僕は元々、親の反対押し切ってフライ艦隊群に入ったようなものだったからね。親も二度と帰ってくるなって言ってたし。……だから、全然連絡してないよ。……アリスは?」

「私はたまにしてたよ。……私からはしなかったけど、連絡が入ったら一応返事はしなくちゃって思ってね」

「そっか……」

 再び言葉が途切れ、風の音が耳をかすめる。

 タグーは少し視線を落として、小さく切り出した。

「……マリー、見つかったらしいよ。……ノアコアの、居住区画の一室で。……調べたら……お兄さんの部屋だったらしい」

「……。そっか……」

 アリスは俯いて目を閉じた。

「……彼女の通信記録からいろいろ探って、……見つかったよ。……遺書のようなもの。……、謝っていたよ、キミのこと」

「……うん」

「……お兄さんのことを知りたくて、連邦に相談して……、そそのかされるままにフライ艦隊郡の情報を流していたみたいだ。……ノアコアに行って、初めて真実を知った。……お兄さんの、最後を見てしまったんだね。……ヒューマに攻撃をした理由は、わからないけど……」

「……壊したかったのよ」

 呟いたアリスに、「……え?」と、彼女の横顔を見つめた。

「……壊したかったの。……ノアを。……ヒューマに、それをやってもらいたかったの……。彼らなら、それができるから……」

「……。そっか……」

「……うん……」

 ――再び沈黙が流れ、寒いくらいの風が通り過ぎる。

 アリスは遠くを見つめながら少し笑みをこぼした。

「……おかしいよね……」

「……なにが?」

「……だって、……考えてみたら、私たち、あの時地球人同士で戦ってたってコトになるんだよ?」

「……。……うん」

「フライと……ダグラス教官もそうだった。……ロックも……」

「……。うん……」

「……。……脆いね……」

「……」

 沈黙が流れ、タグーは足下を見つめると、土を軽く蹴った。

「……アリスはどうする……?」

「……。どうって?」

「……うん……」

「……。そうね……。……。フライ艦隊群に付いていくわよ。……クルーだから」

「……。そっか……」

「……うん……」

「……僕も付いて行こうかなー……」

 「え……?」と、アリスは少し目を見開いてタグーの横顔を見た。タグーは夜空を見上げ、星の群れを目で辿る。

「ここにはもう、エンジニアは必要ないし……。僕は、僕が必要な場所に行く……」

「……私たちも必要じゃないかもよ?」

「……。どうしてそういうひどいコト言うのさ?」

 不愉快げに睨み付けるタグーを見てアリスは少し笑い、そして夜空を見渡した。

「……。ねぇ、知ってる? ……あれから、たくさんノバが誕生してるのよ」

「……そんなことに気を回してる余裕はなかったよ」

 そう答えながら同じように夜空を見回す。

 アリスは「ふふ……」と笑みをこぼしていたが、段々と表情を消した。

「……星の位置が変わっていく。……形も変わっていく……」

 呟くような微かな声に、タグーはそっと俯いた。

「……、ね、アリス」

「……ん?」

「……意識を取り戻したのは……ロックがいたから?」

「……。そうね……。……あいつ、またウジウジしてたよ」

 どこか呆れ気味な言葉に、タグーは「……やっぱり」と軽く息を吐く。肩を落とす空気に気付いて、アリスは苦笑した。

「……そういうトコは変わらないわよね……」

「……いいヤツだから」

「……。……嫌いだけど」

 アリスの一言にタグーは少し笑った。アリスも少し笑うと、小さく息を吐いて再び夜空を高く見上げる。

「……言ってたわよ。……戦いが終わった時、……役目を終えた時は、眠ってる間に機動を停止して欲しいって……」

「……」

「……かわいそうね……。なのに……、……何もできないね……」

「……」

「……感情なんて……、……ホントにいらないものだったのかも知れない……」

 寂しげな声に、タグーは間を置いて首を振った。

「……そんなことないよ。……必要だ」

「……私たち人間にはね」

「違う。……それは人間の勝手だよ」

「違うわ。……そう思うのも人間の勝手じゃない」

「彼らには心が必要なんだよ。……ただ誰かの言いなりで生きているなんて、そっちの方がかわいそうだ」

「……けど、……ロックは苦しんでる」

「ガンコだからだよ。素直に受け止めたらいいんだ。……それだけの能力だってある。……そうだろ? ……ロックは僕たちと何も変わらなかった。……一緒に笑って、一緒に怒って、騒いで、……試験目指して……。……泣いて……苦しんで……」

「……」

「……感情が必要だとか、不必要だとかじゃないんだよ。そんなのは、後の話だ。……生きているってことを、わかって欲しい。動いて、息して、食べて、寝て。そうして一日を過ごしているんだって、今を生きてるんだってことを実感して欲しいんだ。……僕たちと同じように」

 タグーは目を細めて足下を睨んだ。

「……ロックの苦しみを僕たちは見守り、支えるしかないよ。……彼の代わりにはなれないから。ただ、ロックはそのことを真っ直ぐ見つめるべきだ。……一人じゃないことも、……僕たちが傍にいることも。……一緒に生きることができるってことも。……僕たちは、ロックを見捨てない。ロックは、僕たちの仲間だからね」

 アリスは少し鼻をすすって大きく空を仰いだ。

 ――そんな二人を遠くから見つめるふたつの影……。

 ムムム……、と、リタは盛り上がった“山”からふたつの背中を見続け、斜め後ろに立つハルを振り返った。

「……ちょっと、ハル兄ちゃん、アレ、いいの?」

「……なにが?」

「放って置いていいの?」

「……言ってる意味がわからない」

「すっごくいい雰囲気じゃない」

「……だから?」

 リタは目を据わらせ、ハルの方を向くなり睨んで腰に手を置いた。

「ハル兄ちゃん、アリスお姉ちゃんを取られてもいいの?」

「……アリスおばさん、じゃないのか?」

「……。取られてもいいの?」

「……そのセリフをそのまま返してやるよ」

「私のことは放って置いてよっ」

「……大体、お前は何か勘違いしている」

「ううん、勘違いじゃないっ」

「……オレがあの人のことを好きだって思ってるんだろ?」

「そうでしょ?」

「……残念だったな。……オレ、年増には興味ない」

「年増って……。アリスお姉ちゃんはまだ二七才だよ」

「……オレより七つも上だ」

「年なんて関係ないじゃない」

「……お前はタグーさんと十才は離れてるしな」

「そうよ。……って私の話じゃないってばっ」

「……いいのか? 取られるぞ?」

「……」

「……いい雰囲気だぞ、あの二人」

 リタは「うっ……」と言葉を詰まらせると、ハルの手を掴んで引っ張り歩き出した。そしてわざとらしく、

「あーっ。二人ともこんな所にいたんだーっ!」

 と愉快げな声を掛ける。

 タグーとアリスは“山”を昇ってくる二人を振り返ると少し笑った。

「いつからそんなに仲良しになったのー?」

 アリスが笑って言うと、リタは「……へ?」とキョトンとしていたが、慌ててハルの手を離して首を横に振った。

「違う違う!! ハル兄ちゃんとはさっきそこでバッタリ会って!!」

 「照れることはないのに」とタグーも苦笑する。

 リタはピクッと頬を引きつらせ、「あははははっ!」とわざとらしく笑った。

「ハル兄ちゃんが二人の様子を見て気にしてたからーっ!」

 ハルは「……オレ?」とリタを横目で窺う。

 アリスは顔をしかめ、タグーは「……ああっ」とアリスから少し離れた。

「ごめんごめんハルっ。ちょっと話してただけだからなんでもないんだよっ」

「……なんのことです?」

 目を据わらせるハルの背中を、「ほら行けっ」とリタが押す。ハルは押されるまま二人の間で突っ立った。そしてリタにズボンを引っ張られてその場に座り込む。リタはリタで、

「やぁーだなぁーっ。ハル兄ちゃんってば素直じゃないんだからーっ」

 と、ポンポンと頭のてっぺんを叩いてタグーの隣りに座った。

 ハルは不愉快そうにアリスを見た。

「……ダシに使われてるんですけど?」

「恋する女の子はたくましいのよ」

 と、アリスは少し吹き出して笑う。

 そんな二人などお構いなしに、リタは「ねぇねぇっ」とタグーに寄り添って見上げた。

「ヒューマが全面協力ってコトはさっ、私たちの圧倒的勝利だねっ。この戦い終わったら、たくさん遊ぼう!」

 楽しそうなリタにタグーは少し苦笑した。

「そうだね。……けど、戦わなくちゃいけないからね」

「ヒューマがいるから大丈夫!」

「そうとは限らないよ」

「どうして?」

「戦うのは、結局僕らだ」

「だからなに?」

 たいしたことじゃない、そんな雰囲気で首を傾げるリタを見て、タグーはため息を吐くと遠くに目を向けた。

「……ロックが言ってたんだ。……勝って嬉しいって思えるほどの戦いってどんなのだって……」

 リタは少し顔をしかめて、「んー……」と考え込む。

「勝って嬉しいって思えるほどの戦い? ……今回みたいなの?」

「そうじゃない。……そんな戦いなんて、存在しないんだよ」

「なんで? 勝ったら嬉しいじゃない」

「……どうして嬉しい?」

「勝てば嬉しいもん」

 当然のことを聞かないでよね、と、言わんばかりの不愉快さにタグーは再度ため息を吐いた。

「……戦争は遊びじゃないよ」

「わかってるもんっ」

「いいや、わかってない」

「わかってる!」

 むきになって睨むリタに、タグーは間を置いて首を振った。

「……僕も最初はそう思った。……けど、ロックに言われて気が付いた。……戦って、そして勝って。……嬉しいって思えるほどの戦いなんてないんだよ。……嬉しがってちゃいけないんだ」

「なんで?」

「……そのために、どれだけの人が犠牲になると思う?」

 タグーは、言葉を切らしたリタを見ずに、遠くを見たまま。

「……赤の他人も、知ってる人も……友人も。……犠牲にするものが多いのが戦いなんだ。……生き残っても……背負わなくちゃいけないものが多い。……戦って勝ったって、待ってるのは……恐怖と孤独だ」

「……。難しいよ」

 リタが拗ねるように俯く。

 タグーは深く息を吐くと、少し笑みをこぼした。

「難しくていい。……そういうのがわからない方がいいよ。……そう思う」

 リタは「うーん……」と視線を上に向けて考え込む。

 アリスは斜め下を向いた。

 ……恐怖と……孤独……――

「うげ!! ここはいつからイチャ付き場になったんだ!?」

 下からの声に四人が振り返ると、ロックが「マジか!?」という愕然とした様子で彼らを見上げていた。

「信じらんねぇ!! こんな時にまでイチャつくか!?」

「……なに言ってンの」

 と、タグーが呆れて鼻から息を吐いた。

「ちょっと話をしてただけだよ……」

「そういう雰囲気じゃなかったぞー?」

 いやらしく笑いながら昇ってくると、「そこをどけ」と言わんばかりにハルの背中を押した。だが、ハルは動かない。

「ハル坊、どけ」

「……いやです」

「どけっ」

「……いやです」

 ロックはムカ、と眉をつり上げた。アリスはそんな彼を見上げてため息を吐く。

「座りたいなら、他に場所があるでしょ」

「……そうか。他にあったな」

 ロックはうなずきながら前に回り込み、アリスの前で立ち止まるとストンと彼女の膝の上に座った。

「いいクッション発見!」

 アリスは目を据わらせ、ドンッと背中を押す。ロックは「てっ!」とゴツゴツしている地面に落とされて腰を撫で、アリスを睨み付けた。

「乱暴者!!」

 アリスはフーンとそっぽ向く。

 ロックはムスっとしていたが、「おーい!! こっちだこっちー!!」と大きく手を振った。すると、「いたいたー!」とジュードたち三人がやってくる。

「ずりー!! みんなでこんなとこにいて!!」

 トニーが拗ねるようにハルを押すが、ハルはやはり動かない。その隙にロマノがもう片方、空いているアリスの隣りに腰を下ろした。

「アリスさん、もう歩いても大丈夫なの?」

「うん。平気よ」

「やっぱ元気が一番だよな」

 ジュードが笑顔で言いながらロマノの隣りに腰を下ろす。

 タグーはアリスの目の前、下り坂になっているそこにバランス良く座るロックを見た。

「ガイは?」

「おお、クリスたちと一緒だ」

「……そう」

「俺もさっきまで一緒だったんだけどな。大体の話が決まったぞ」

「……うん」

「ヒューマの手を借りて、とにかくノアの番人たちを叩きのめすみたいだ。あと……連邦もな」

「……そっか」

「連邦の方に事実を確かめようとして連絡入れてるらしいんだけど、まったく応答がないみたいだぜ。それどころじゃない。今まで連絡取り合ってた多国籍群とかとも、一切連絡付かないみたいだ」

「……そっちまで手が回ったんだね」

「そういうことだな。これで完全に孤立しちまったってワケだ」

「……。うん……」

「しかも、ゲートシールドだっけ? それの仕組みをどこかの艦隊に教えたみたいでさ、それが連邦やノアの番人側に知れたら、こっちの防御策は絶たれたってコトになる」

 肩をすくめるロックを見て、タグーはため息を吐いた。

「ってコトは……、光の柱に飲み込まれる可能性が高いな」

「ヤバイだろ?」

「ヤバイけど。……キミはどうしてそう楽しそうなの?」

「ワクワクするだろ?」

 ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべているロックに、「しないよ」とタグーはそっぽ向く。ロックはチェッと舌を打った。

 トニーはロックの隣に腰を下ろし、そっとアリスの顔を覗き込んだ。

「……アリスさん、どうする?」

「どうするって?」

「総督たちの話じゃさ、ここはヒューマに任せて宇宙に出るっていうことなんだ。ンで……、艦に残りたいクルーだけを連れて行くって言ってるんだよ」

 どこか寂しげなトニーに、アリスは「……そう」と視線を落としかけ、少し笑みを見せた。

「その方がいいわね……」

「アリスさんは……どうするつもり?」

「……私は行くわよ。クルーだからね」

「そっか。……じゃあ」

「あなたたちはここに残りなさいよ」

 トニーも、そしてジュードもロマノも、ハルも「……え?」と顔をしかめた。

「当たり前じゃない。ここに残ってもらうわ」

「……冗談でしょ?」

 ハルが少し訝しげに問うが、アリスは真顔で首を振った。

「本気よ。艦には乗せない。ここでおとなしくしててもらうから」

「そりゃないぜ、アリスさん」

 ジュードがロマノを挟んで不愉快げに身を乗り出した。

「オレたち、傍観するためにここに来たんじゃないんだからさ」

「わかってるわよ。地球に戻ったって行くトコがないからってコトだったわよね?」

「……。それは……」

「地球に戻らなくて正解だった」

 ためらいもない言葉に、目を逸らし掛けたジュードは「……え」と目を見開き彼女を見た。

 アリスは優しい笑みを浮かべて軽く首を振る。

「ここはヒューマがいる限り安全だろうし、地球と同じ造りをしているからノビノビできる。住んでる人たちも親切だしね。贅沢すぎる場所よ。ここなら、あなたたちだって生活できる。そうでしょ?」

「……それはそうだけど。……けど、このまま」

「何を言ってもムダ」

 アリスは言葉を遮ってジュードを睨み付けた。

「クルーたちには絶対にあなたたちを乗せないようにって根回しするからね」

「……ひでぇ」

「そ。私はひどいヤツなのよ」

 「わかってるけどな」と、ロックが小さく言うがアリスに睨まれてそっぽ向いた。

 ロマノは背中を丸めると、心配げにアリスの顔を覗き込んだ。

「じゃあ、アリスさんも残ってよ。……ね?」

「駄目よ。……私は行くの。……行かなくちゃ」

「どうして?」

「……この力を有効利用するために、ね」

 アリスは自分の手を真顔で見つめた。

「私の力が戦いを防ぐために授けられたものなら……そのために使わなくちゃ」

 「どうせ何もできねぇくせに」とロックにまた言われてアリスはため息を吐いた。

「……何もできなくっても、よ」

「ただの邪魔じゃねーか」

「……邪魔で悪かったわね」

「おーおー。邪魔者は必要ねーんだよ。タグーと一緒にここに残ってろ」

「何言ってンの、僕も行くよ」

 ロックは「はぁっ?」と顔をしかめ、リタは「え!?」とタグーを見る。

「い、行くの!?」

「うん。エンジニアとして復活だ」

「な、なんで!? ……け、けど十年もブランクあるんじゃあ駄目だよ! きっとみんなの足手まといになるよ!」

「ならないよ。逆に僕の腕が試される。ヒューマの技術はクロスの技術に似てるだろうから。その技術を僕は学んでる。きっと、……ううん、絶対に役に立つ」

「で、で、でもっ。……ガイは!?」

「……ガイがどうするかは……ガイに決めさせる」

「じ、じゃあっ……私はっ?」

「ここに残らなくちゃいけないに決まってるだろ」

「……。そんなぁ!!」

 悲しげに眉を寄せるリタに、ハルとタグーを挟んでアリスは苦笑した。

「リタ、ロマノたちと一緒に残って。この四人に、ここでの生活を教えてあげて」

「十年前もそうだった!! 私、置いてけぼり!!」

「子どもだったから」

 と、タグーが素っ気なく肩をすくめると、「今はもう子どもじゃないモン!!」とむきになり、「ガキだろ」とロックに言われてギロッと彼を睨み、またタグーに目を戻した。

「イヤったらイヤ!! 絶対付いていく!!」

「キッドに言って閉じ込めておいてもらうよ」

 タグーが横目を向けてさらりと言い放つと、リタはギュッと口を一文字に締めて恨めしそうに睨み付けた。

 ハルは間を置いて、苦笑しているアリスを見た。

「……どうしても、オレたちはここに残らなくちゃ駄目なんですか?」

「どうしてもよ」

 アリスがうなずくと、「悪いなぁ、ハル坊」とロックが鼻で笑う。

「役立たずは連れて行けねーんだとよ」

「……違うでしょ」

「は?」

「……あんたの場合、そうじゃないでしょ」

「なにがだよ?」

「……あんたの場合、ホントはアリスさんにもタグーさんにも行って欲しくないでしょ?」

 ロックはムッとハルを睨み付けた。

「お前はほんっとうにかわいくないガキだなぁ?」

「……かわいいって思われたくはないですけどね」

 睨み合う二人を見て、ジュードは「……またかよ」とため息を吐く。

 ロマノは悲しげにアリスを窺った。

「……。ちゃんと……戻ってくる……よね?」

 アリスはロマノを見た。彼女は少し視線を逸らす――。

「その……。……みんな、ちゃんと……。……」

 ためらうように言葉尻を小さくするロマノに、アリスは微笑んで見せた。

「……そうね」

 そう一言答えるアリスを見てロックは「……ケッ」と鼻であしらった。

「ンなことわかるわけねーだろ、遊びに行くんじゃねーんだぞ」

 ロマノが悲しげに顔を歪め、「おい」とジュードはロックを睨み付けた。だが、ロックは構うことなく続ける。

「戦いってのはそんなモンだ。生きて帰るなんて約束、そんなモンできるわけねーだろ。約束するのは簡単なんだよ。それを守るのが数倍も難しいんだろーが。そんなモンをイチイチ考えながら戦ってられるか」

 愛想なく突き放され、ロマノはシュン……と俯いた。

 タグーとアリスはロックを見る。そして……

「……約束して」

 アリスが真顔で切り出した。

「……ロック、約束してよ」

「……は?」

「……約束。……約束して」

 真顔でじっと見つめられ、ロックは「……あのなぁ」とため息を吐いた。だが、それでもアリスはしつこく身を乗り出す。

「ここに戻ってくるって約束。約束してよ」

「……。できねぇって言ってるだろーが」

「して」

「できねーよっ」

「してったらっ」

「できねーってんだろっ」

 睨み合う二人を交互に見て、ハルはため息混じりにロックに向かって顎をしゃくった。

「……ムダですよ。この人、勝つ自信がないから約束ひとつもできないんです」

 ロックはムカ! とハルを睨み付けた。

「なんだと!?」

「……そうでしょ? 勝つ自信がないから、戻ってくるかもわからないって言ってるんでしょ?」

「この……クソガキっ!」

「……勝つ自信があるなら、約束のひとつやふたつ、できますよね」

 試すような眼差しに、ロックは眉をつり上げてグッと拳を握った。

「してやる!! 約束なんかいくらでもしてやる!! なんだ!? アリス、なにがいいんだ!?」

 身を乗り出して問われ、アリスは少し身を引いていたが、苦笑すると小さく切り出した。

「じゃあ……まず……ここに戻ってくるコトね」

「よし!」

「もちろん、ノアの番人に勝つことも」

「よし!」

「あと……、……そうね……」

 アリスは少し目を上に向けていたが、

「……戻ってきたら……、……一緒に遊ぼう」

 ロックは顔をしかめたが、「……よし!」とうなずいた。

「約束だな! 約束! よし! 守ってやる!」

 意気込む姿にタグーは苦笑し、ハルは「……単純だな」と呟いた。






 ――夜も段々と更け、睡眠を取る者は睡眠を取り、不安で眠れない者は雑談室で仲間たちと語り合う。

 アリスは「……んしょ」と太い茎を持ち上げた。先日からの戦いのせいで、ひまわり畑にも大きなダメージがあった。半分以上は焼失。残った花も、茎から折れて地面に横倒しになっている。ほとんど花は枯れ、茎にも元気がない。真っ直ぐ伸ばそうとしても重い“頭”を支えきれず、地面に向けてしなってしまう。アリスは小さく息を吐いて、倒れていたひまわりをそっと地面に寝かせた。

 ……また……いつか元気になるよね。……絶対に……。

「ここに獣ってヤツがいたら、お前は間違いなくすぐに殺されるな」

「……。その前に、獣がいないってわかってるからここまで来れるのよ?」

「お前はバカだねぇ。獣ってのはいろんな種類がいるんだぞ?」

「あんたみたいなヤツとかね」

「俺は獲物を選ぶけどな」

 アリスは不愉快げにロックを振り返った。

「後を付けてくるなんて、いやらしいわね」

「おいおい、勘違いするなよ。俺が行こうとした場所にお前が向かったんだ」

「あら、そう。じゃあ、あんたはあっちに行ってよ。私はここにいるから」

「なんでお前に指図されなくちゃいけないんだよ?」

「私の方がエライから」

「ワケわかんねぇっての」

 ロックは近寄ってくると辺りを見回し、不愉快げにため息を吐いた。

「ひっでーモンだな。全滅かよ。ヒューマの奴らに文句言おうぜ」

「言ったって始まらないでしょ。……キッドさんがまた大切に育ててくれるわよ」

「長く掛かるぞ」

 ロックは言いながら足下のひまわりの茎を持って空に伸ばした。だが、やはり元気がなく下を向く。ロックは「うーん……」と考えると、一度花を地面に横たえ、木々の倒れている森の中へと入っていった。アリスは「?」とその背中を見て、ひまわりたちを見回す。

 ……ひまわりの種、残ってるのかな……。

「ラッキーっ、いいもの見ーっつっけたっ」

 嬉しそうにロックが戻ってくる。そしてまたひまわりの茎を掴み伸ばすと、アリスを見た。

「お前、ヒモ、持ってないか?」

「……ひも?」

「パンツのヒモでもいいぞ」

 アリスは目を据わらせる。睨まれたロックは「チェッ」と舌を打つと、自分の服の裾を上げ、軽く噛みきった。

「糸を取れ。たくさん」

 そう言われて、アリスは小首を傾げながらもほころんだそこから上手いこと糸を取る。

「……ボロボロになるわよ?」

「いいから」

「……」

 アリスは言われるまま、糸を数本抜き取った。

 ロックは「よし」とひまわりの隣りに長い木を突き刺した。そしてそれが倒れないことを確認して、アリスが解れから取った糸でひまわりと木を結びつけていく。数カ所結び、少し揺らしてひまわりが倒れないことを見ると満足げにうなずいた。添え木だ。

「これでよし!」

「他のひまわりにもする?」

「……そこまでの余裕はないっ」

「……ケチ」

 ロックはアリスを睨み付け、ひまわりへと目を向けた。

「あとは水と日光浴だな」

 腰に手を置いて笑顔で言う、アリスはそんな彼を見て少し笑った。ロックは「……なんだよ?」と横目で見る。

「ヘンなヤツ。何しに来たの?」

「ひまわり見に来た」

「……ヘンなヤツっ」

 吹き出し笑われてロックは不愉快そうに目を据わらせただけ。

 アリスは笑うのをやめると、少し息を吐いて「……ありがとう」と礼を告げた。

「きっと、すぐ元気になるね……」

「当たり前だろ。俺の応急処置はバッチシだ」

「はいはい」と返事をしながらまた少し笑う。

 ……ほんの数日前からは想像もしなかった光景だ。ロックと再び会うことも想像していなかったし、こうして話ができることなんて、想像の域を超えていた。彼が復活した後も、こんな会話ができるなんて思っていなかった。……なのに今、普通に話をしている――。

 アリスは、木に寄り掛かって真っ直ぐ伸びるひまわりを笑顔で見つめた。

「……帰ってくる頃には、支えがいらなくなってるかな」

「さぁなぁ……。ま、こいつはタフそうだからな。案外、明日来たら元気になってるかもな」

「それはないわよ。そうなったら……植物のバケモノだわ」

「……。そうだな」

 うんうん、と二人してうなずく。

 ――しばらくひまわりを見つめ続けるだけで言葉が途切れる。

 ロックはほつれた服の裾を手で揉みながら、花を撫でるアリスを窺った。

「……で、お前は宇宙に出てどうするんだよ?」

 アリスは「ん?」と、キョトンとした顔でロックを見た。

「どうって?」

「戦うって言うのか?」

「そうよ?」

「どうやって?」

「……ライフリンクとしてインペンドにも乗れる。あと……ディアナにもね」

「ああ、あの禁断の機体か」

「……オーバーよ、禁断だなんて」

 苦笑してしおれかけている葉っぱを撫でるが、ロックは胸の前で腕を組み、訝しげに眉を寄せた。

「けど、その機体に乗ったパイロットは死んだんだろ。聞いたぜ」

「……それは……長く乗り続けていたからね。……体に負担が大きかったの。……。……とてもいい人だった」

「それを知ってて、なんであの機体に乗りたがるんだ?」

「……なんでって……」

 アリスは少し目を泳がせ、間を置いて無愛想に深く息を吐いた。

「たまたまよ。あの機体を動かせるのは私みたいに力のある人間じゃないと無理だし」

「そうじゃなくて、前のパイロットが死んでるのに、どうしてそれでも乗りたいって思えるんだ?」

 更に眉を寄せて問うロックを見ることなく、アリスは「……それは……」と言葉を詰まらせ、なんとか気を取り直してツンと顔を上げた。

「ずっと乗り続けなければ大丈夫だからよ。たまにだったら平気だから」

「みんな、反対してるだろ」

「してるけど……、でも、必要だもの」

「そう思ってるのはお前だけだろ」

「そんなことないわよ。あんたが目覚める前、私はディアナに乗ってみんなを護ったんだから」

「護った……ねぇ……」

 意味深げにどこかを見て呟く、呆れたような雰囲気に、アリスは口を尖らせて横目を向けた。

「……なによ?」

「……お前、ホントにそう思ってンの?」

 方眉を上げて訊かれ、アリスは少し眉を寄せた。

「……どういう意味?」

「誰かを護ったって思ってンのかってコトだよ」

「……実際みんなを護ったわよ」

「……。それ、違うんじゃないのか?」

「……え?」

「お前、誰かを護るつもりで護られてるんじゃないの?」

 アリスは目を見開いて息を飲んだ。

「……な、なによ、それ……」

「お前は勘違いしてる。そんなことじゃ、お前は誰も護れない」

「……。……ハ、よく言うわよ、そんなこと」

 馬鹿にしてあしらい笑うと、ロックは「ああ」と、あっけらかんとした様子で肩をすくめた。

「言えるね」

「なんでよっ?」

 ムカッと眉をつり上げて睨むと、ロックは真っ直ぐな目を向けた。

「俺がお前と同じコトして誰も護れなかったからだ」

 ――バクン! と、心臓が高鳴り、アリスは表情を消した。

「護れなかっただろ、俺は」

「……。な、なんの話よ……?」

「この前の戦いだ。……あ、お前は寝てたからわからなかったのか」

「……。……え?」

 戸惑っていると、ロックは遠くへ目を向けた。

「グランドアレスに乗って飛び出して、地上に攻撃されるのを防いで、クルーの奴らを助けて。……ありがとうのひとつを言ってもらって。何人かのクルーを救ったと思う。……けど、それは護ったんじゃない。……誰かを護ったんじゃなくて、自分を護ってたんだ」

「……」

「……傷付くのを恐れて、傷付くのが怖いから、周りを巻き込んで、……自分を護ってるんだ。……誰かを護ってるんじゃない。……そうやって気を紛らわして、自分を護ってるんだよ。……そうじゃないのか?」

 目を見合わすことのないロックの冷静な問い掛けに、アリスは困惑げに目を泳がせて強く首を振った。

「ち、違うわよっ。私はっ……誰かを護りたいからパイロットになってっ」

「本当にそうなのか?」

「……そっ……」

「誰かを護りたいンなら、パイロットになんかならなくったって護れるぞ。……この拳ひとつでも、充分に護れる」

 ロックはグッと拳を上げてそこを見つめた。

「戦力が大きいからって、それが一番だとは限らない。……俺に言わしてみたら、それは口実っぽいけどな」

「……」

「そうやって誰かを護るって口実を隠れ蓑にしている間は、お前は誰も護れねーよ。むしろ、早死にするぞ」

「……」

「お前はバトルタイプじゃないんだ。タグーもそうだな」

 すべてを見通している、と言わんばかりに淡々と話しながら拳を降ろすロックに、アリスは段々と表情を険しく歪ませた。

「じゃあ、……自分はどうなのよ? ……あんただってそうじゃないっ」

「……。かもな」

「そうよっ。あんたはバトルタイプじゃなかった! 苦しみを隠してただけじゃない!」

「……。……けど、今はもうバトルタイプだ。……お前とは違う」

「私だって戦える! 誰かを護れる! 護られてばかりじゃない!!」

 アリスは怒りを露わに身を乗り出し食って掛かる。

「そのためにがんばってきたんだもの! いろんなコトに堪えた!! ずっとがんばった!! もう誰かを!! ……」

 途中で言葉を切らして目を大きく見開いたアリスを見て、ロックは「……ほら見ろ」と顎をしゃくった。

「……それが本性だろ。誰を護りたいンじゃない。……誰かを護れないのがお前は怖いんだよ。ただそれだけなんだ」

「……。……違う……」

「いいや。それだけだ」

「違うわよ!!」

 アリスは息を切らし、顔を紅潮させて強く首を振った。

「護りたいものがあるから戦う!! そうでしょ!?」

「ああ。……けど、今のお前はそうじゃないって言ってるんだよ。護りたいものなんてホントはないだろ」

 睨み問われて、アリスはグッと拳を作り、俯いた。

「……あるわよ」

「言ってみろよ。お前が護りたいものってなんだよ? お前に護られるべきものってなんだ? お前に護られなくちゃいけないほど弱いものってなんだよ?」

「……」

「自分の力を過信するな。お前に護られなくちゃいけないようなものなんてねーよ」

 ――冷静な声が心臓を貫くようだ。

 アリスは項垂れて足下を見つめた。――震えていた拳が落ち着いていく。怒りが段々と別のものになっていく……。

「……なんで……そんなこと言うのよ……」

「ホントのことだろ」

「……じゃあ……私には……何も護れない、って、言うの……?」

「……。今のお前には何も護れない。無駄な努力だったな」

 アリスは歯を食いしばった。鼻の奥が熱くなると同時にブワッ、と涙が溢れる。そして――

「私にだって護りたいものはたくさんあるのよ!! 護りたかったのよ!! 護りたかったのに……!!」

 ……護れなかった!! ……助けてって言ってもらえなかった!!

 そう言葉がよぎると同時に一気に感情が盛り上がり、その場でしゃがみ込んで口を押さえ、肩を震わせた。

 自分が非力だということは、誰よりも知っていた。誰に褒められたって、それで晴れない気持ちがあった。なんとかしなくちゃと思った。なんとかできると思っていた……。

 ロックは声を押し殺すアリスを見下ろし、しばらくして小さく声を掛けた。

「……全てが望み通りにいくほど、甘くはねーさ」

「……」

「……ただ、もがき暴れるのはムダじゃない。……そう思うぜ」

「……っ……」

「……お前はもがき暴れることもしないで、叫くこともしないで、ただ考えて突っ走ってばかりなんだよ。……暴れりゃいいんだ。泣くときゃ大声で泣けばいいんだ。……自分をセーブするなよ」

「……」

「……お前はバトルタイプじゃない。……お前はライフリンクとしてインペンドに乗ってりゃいいんだ。……個人機には乗るな」

「……。……なんでよっ」

「パイロットとエンジニアが、お前を護ってくれるだろ」

「……」

「ライフリンクは、護られるべき位置にいるんだ。……よく考えろ。どうしてお前らはパイロットたちより後ろの方にいるのか、カプセルに入らなくちゃいけないのか。サイコントロールシステムのためだけじゃない。……あの機体はそれだけのために作られたものじゃないぞ」

「……」

「フライがどれだけライフリンクのことを考えていたか、……キッドをずっと捜していたあの人のことを考えれば……わかるんじゃないのか?」

「……」

「ライフリンクは立派な戦闘クルーだ。……けれど、それと同時に護られなくちゃいけない奴らでもある。……虐げられてきたんだろ? ……お前は、誰かを護る前に、護られなくちゃいけないヤツなんだよ」

「……」

「だから、ディアナには乗るな。……パイロットとエンジニアに護ってもらってりゃいいんだよ」

 アリスは「っ……」と何度も息を詰まらせた。

『……お前はディアナには絶対に乗るな!! お前はここにいたらいいんだ!!』

 ――いつか彼に言われた言葉。あの時、その意味がわからなかった。

 ……その時から、護られていたんだ……。

 情けなくなってきた。小さな自分が。そして、それと同時に、何か、心の中で広がっていた雲がどこかに流れいていく気もした――。

 次第に気分も落ち着いてくると、アリスは鼻をすすり、「……うそつき」と小さく言った。

 ロックは少し笑う。

「バレた? やっぱし?」

 冗談っぽい声と雰囲気。

「……うそつき……。……」

「けど、半分は本当だぞ」

「……。……うそつき……」

「何度も言うなよ。……。いいな? ディアナには乗るんじゃねーぞ」

「……」

 アリスはグイッと服の袖で涙を拭うとゆっくりと立ち上がり、よく見えない地面に視線を落として拳を握りしめた。

「……私にだって……護れるわよ」

「まだそんなこと言ってンのかよ?」

「……護れる。……。……ううん。……もう絶対……なくさない」

 ――力強い目を向ける。ロックはその視線を真っ向から受け、少し間を置いて笑った。

「わかったわかった。いや、お前はすごいね。立派なヤツだよ」

「……。バカにして!」

 ムカッ! と眉をつり上げて不愉快さを露わにするが、ロックは「ホントだって」とまだ笑う。

 アリスは彼を睨み付けて口を尖らせていたが、ゆっくりと視線を落とし、遠い地面を見つめた。

「……ロック」

「おう? なんだよ?」

「……、……約束、しよう……」

「はぁっ? またか!?」

「……私たち……、……ずっと仲間だって。……何があっても……仲間だって。……遠く離れても、心は離れないって……。……約束しよう」

「ったく。お前もタグーも仲間仲間って。なにジャレ合ってンだ」

「……。約束」

「わぁーったよっ。約束すりゃいいんだろっ。仲間仲間っ!」

「……。じゃあ……、……星に……刻もう……」

「……はっ?」

 アリスはゆっくりと夜空を見上げる。

「……星に……刻む。……忘れないように……」

「……俯かないように、ってか」

「……。……うん……」

 ロックはため息混じりに空を見上げた。

「……で、どれにするんだよ?」

「……あの星……。すごく光ってる」

 アリスが指差す方へと目を向ける。

「おー、あいつか。……エラく光ってるな」

「……あの星に……刻む。……。私たち……仲間ね……。……ずっと……」

「……おお」

 しばらくじっと星を見上げる。――と、アリスは息を止めた。ロックの顔が目の前に現れ……。

 抵抗することも、身を引くこともなくそれを受ける。しばらくして離れると……ロックはニッと笑った。

「へっへーん! ざまーみろ!! どこのどいつだっけ!? 俺には引っ掛からないって言ってたのは!!」

 指差して大笑いするふざけた姿に、アリスは眉をつり上げてギリギリと奥歯を噛み締め、ググッ……と拳を握りしめた。そして――ゴンっ!!

「てっ!!」

「……うがいしなくちゃ」

 ケイティに向かって歩き出す。ロックは「くっそー!!」とアリスの後を追った。

「このクソ女!! ゲンコツ痛ぇって言ってンだろ!!」

「あっそ」

「バカ女!! お前なんか大嫌いだ!!」

「私もあんたなんか嫌いだもの」

「俺はそれ以上に嫌いだ!!」

「付いてこないでよっ。変態っ!」

「お前こそ一緒に来ンな!!」

 文句を言い合いながら戻っていく。その二人の背中を見送る一本のひまわりがしおれた花びらを風に揺らした。

 優しく手を振るように……

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