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第七章 TRUE or LIE

 視線を落としたまま声にするタグーの静かな言葉にロックは「――は?」と顔をしかめた。

「じゃあ……つまり、ノアの番人たちは……」

「……。生きている」

 ジュードたちは顔を見合わせ、ロックは顔をしかめたまま無口になる。

 ガイはしばらく間を置いて、タグーを見下ろした顔を動かさないまま言葉を発した。

「そうヒューマが言っているということですか?」

「……そうなんだ。……ヒューマは十年前の、僕たちがここに来るその前からもうすでにノアを立ち去っていて、ここにはほとんど近付いていなかったらし

い。……タイムゲートを作ったのもノアの番人なんだって」

「そんな話を信じたんじゃないだろうな?」

 ロックが不愉快さを込めて訝しげに問うと、タグーは戸惑いを隠すことなく軽く首を振った。

「信じるも何も……わからないんだよ、何が本当で何が嘘なのか。……逃げ出したマリー、あの子はヒューマたちには関係ないって言ってる。ノアの番人

側に関係があるはずだって。……今からヒューマたちがここにやってくるのも、実はスパイ探しが目的なんだ」

 みんなは顔を見合わせた。

「ヒューマがスパイを見つけだしてくれるらしい……」

「そんなの信じるなんて、どうかしてるぞ!」

 ロックが呆れて身を乗り出し訴えるが、タグーは困惑気な顔を上げた。

「そんなことを言われたってっ、……何もわからないんだよっ。ノアの番人は生きてるって言うし……タイムゲートを今撃ち放ってるのはそのノアの番人た

ちだって……。……ノアの番人たちが悪巧みをし始めて、ヒューマは手に負えなくなったから、どうしようもなく彼らを見捨てたんだって」

「詳しい話はされたのですか?」

 ガイの問い掛けにタグーはすがるような目で彼を見上げた。

「ヒューマたちがここに来てからクリスたちが正式に話し合いをするみたいだよ。……ガイはどう思う? ヒューマは信じていいの?」

「わたしにはその答えを出すことはできません。ヒューマの話を聞いてみなければわからないこともありますから」

 ――その通りだ。ガイに問うことじゃない。

 タグーは「……そうだね……」と俯いて視線を落とした。

「しかし、彼らはなぜ今ここに? なぜわたしたちに戦いを?」

「……タイムゲートが宇宙に放たれているのを知って、またここが犠牲になってるんじゃないかって不安になったらしい。……彼らにとって、ここは大切な場

所らしいから」

「……大切な場所?」

 ロマノが繰り返して首を傾げると、タグーは俯いたままでうなずいた。

「そう……。……ここにはクロスたちが住んでいるから。ヒューマにとって彼らはとても大切な存在らしいよ。……僕たちのことも、ノアの番人の手先じゃな

いかって疑ってたらしいんだ。だから、力試しをするつもりで戦いを仕掛けたみたい。……最初はそのつもりだった。けど、ノアの番人の艦隊にしては戦力

がないってわかって、それで話し合うために昨日はやって来たみたい。……なのに、こっちから戦いを始めたろ? ……向こうも混乱したみたいだね。ノ

アの番人の手先なのか、一般地球人なのか……」

 「……わかんねぇ!!」と、ロックは苛立ち気味に頭を掻きむしる。

「なんだっ? つまりっ……ヒューマは全然悪者じゃないってことなのかっ?」

「ちゃんと話を聞いてみない限り、わからないよ。……けど今は……信じるしかない。……ううん、これが降伏の意味なんだ。……どちらにしても、僕たちに

は対抗する術がない。……相手は僕たちに一切の危害を加えないと言ってる。むしろ、協力をしたいって。……それを信じるしかないよ……」

「……けど、もし騙されていたら?」

 ジュードが真剣に問い掛けるが、タグーは何も言わない。ただ視線を落とす彼を見てガイはその肩に手を置いた。

「判断を下すのは話し合いの後でいいでしょう」

「それよりもさ!」

 ロックがすっくと立ち上がった。

「アリスに聞いた方が早いんじゃないのか!? 何か知ってるはずなんだろ!?」

「駄目だよ、ロック」

 ベッドに近寄ろうと足を踏み出した彼をタグーが見上げて制する。

「アリスは意識を取り戻しただけでまだまだ安静の身なんだ。ここで負担をかけさせるわけにはいかない」

「けど、アリスから話を聞けば何が本当か嘘かがわかるだろ!?」

「それは……そうだけど……。でも、どっちにしてもアリスはまだ言葉もしゃべれないんだし」

 ロマノはゆっくりと、目を閉じたままのアリスを不安げに窺った。

「……アリスさん、お話聞いているのかな……?」

「起きてれば聞こえてるだろうけど」

 と、ジュードもベッドの上、目を閉じたままのアリスを見つめた。

 ロックは少し膨れっ面でまた座り込み、あぐらをかいて腕を組んだ。

「……で、これから俺たちはどうしたらいいんだ?」

「……ヒューマとの話し合いでいろいろ決められるはずだよ。……どうするのかは、その後だね……」

「それまでどうしたらいいんだ?」

「……。それは……、……おとなしく、だよ」

 忠告するように横目でタグーに睨まれ、ロックは「……チェッ」と舌を打った。






 そろ……とリタは物陰から辺りを窺った。

 ……シェルターに帰れって言われて、「はいわかりました」って私が返事すると思ったら大間違いだよ、パパ。

 コソコソと、誰にも見つからないように移動をする。その間、多くのクルーたちの姿を見かけた。そして、彼らの立ち話も。

「ヒューマが全面協力を申し出ているらしいぞ」

「どんな奴らかもわからないのにか?」

「司令塔にいたヤツが聞いたんだ。ヒューマは結構、いいヤツそうだったって」

 ――いいヤツ? ふん。でも、本を正せばヒューマがノアの番人たちに手を貸したことから始まったんだもん。……本当にいいヤツかどうかは、自分で

見極めてやるんだから!

 と、心に決めてケイティに残って情報収集することに決めた。。

 話し合いがあるとすれば、おそらく総督執務室の隣にある会議室だろう。そこで重要な会議が行われているのは知っている。執務室からこっそり聞き耳

を立てて話の内容を聞いてやろうというわけだ。

 だが、そう簡単に執務室に辿り着けるわけもないし、予期せぬ事態だっていつ起こるとも限らない。――そう不安になりかけた時、クイっと服を引っ張ら

れ、ドキッ! と肩を震わして後ろを振り返った。

 真っ直ぐな視線には誰の姿も映らない。

 服が何かに引っ掛かったのかと思ったが、視界の下に何かの影――。そろっと見下ろすと、キョトンとした顔のジェイミーと目が合った。「うわ!?」と慌

てて捕まえようとするが、ジェイミーはタタタッとリタから逃げ、そして遠くからニマーっと笑う。――予期せぬ事態だ。

 リタは顔色をなくして頬を引きつらせた。ここで見つかったら追い出されるのは間違いない。おまけにキッドからも怒られる。その上ジェイミーまでいたら

……。

 ……ああ! 考えたくない!!

 「待て!」と腰を低くしてコソコソと追いかけるが、ジェイミーは構わず「キャッキャッ」と笑顔で逃げる。追いかけっこを楽しんでいるようだ。

 違うったらっ。遊んでるんじゃないのに!

 ジェイミーは「ふ?」と小首を傾げるが、また楽しそうに笑って逃げる。何かを心得ているのか、人には見つからないよう影に隠れながら。

 リタは「……こいつーっ!!」と表情を険しくしたが、その時、「おい、キミ、何をやっているんだ」と声を掛けられてビクッ!! と肩を震わせ振り返ると、

「……あははっ」と訝しげな警備兵に笑ってみせた。

「ち、ちょっと……迷子に」

「迷子?」

 警備兵が顔をしかめると、トタタっとジェイミーがリタの足下に駆け寄ってきた。そんな少女を見て、警備兵は首を傾げる。

「……ああ、総督の所に行くのか?」

「……。え?」

「総督は司令塔の方だ。そこにエレベーターがあるから最上階に行って、通路脇に案内板があるからそれを見るといい。早く行かないと、客人が来たら会

えなくなるぞ」

「……う、うん」

 リタはジェイミーを抱えると、「……そ、それじゃっ」と走ってエレベーターの方へと向かった。

 そ、そうかっ。ジェイミーがいたらクリスおじさんのトコに行くんだってみんな思っちゃうんだ! ラッキー!

 これも予期せぬ事態のうちか。

 リタは余裕の笑みでジェイミーを抱いたままニコニコと執務室に向かう。時々警備兵とすれ違っても、「クリス総督の所へ行かなくちゃいけないので」と一

言。昨日、ジェイミーが戦いをやめるようにと言ったことをみんなが知っている。今回もその類だと疑わないのだろう。

 なんとか執務室まで辿り着くと、そこから先は秘書官がいるので上手く騙さなければ……。と考えるリタを余所に、下ろされたジェイミーは笑顔でデスク

ワークをしている秘書官に走り寄った。「!!」とリタが慌てて手を伸ばすが、その時にはすでに秘書官はジェイミーに気が付き、微笑んでみせたところ。

「あら、どうかしたの?」

「……うー……、……うぃぅー……。……あーうー」

「総督を捜しているの?」

 秘書官はジェイミーに近寄ると、「よいしょ……」と抱き上げた。

「総督は今司令塔の方なのよ。連れて行ってあげるからね」

 優しい笑顔で言いながら、秘書官は歩いていく。影から窺っていたリタは「チャンス!」と走って秘書官のデスクに行き、ドアの開閉ボタンを押した。ロッ

クが外れると、すぐに中に潜り込んでバタンッとドアを閉めて「ふぅーっ」と大きく息を吐き出す。

 ……ジェイミー、大丈夫かな……。

 気にしながらも、「……あとでたくさん遊んであげればいいか!」とすぐに開き直る。

 とにかく……話を聞かなくちゃいけないしね。

 クリスもまだ司令塔ということは、少々時間がありそうだ。退屈しのぎに、部屋を見回して物色を始めた。大きなデスクに行き、その上にある書類を見た

り、ペン立てを見たり。そして――、写真立ての中の笑顔を見つめて、そっと指で撫でた。

 ……ジェイミーのお母さん……。

 動くことのない優しい笑顔を見つめていると、悲しみが溢れ、同時に腹立たしくなってきた。

 十年前にノアの番人と戦わなかったら、元気で生きてたかも知れない。……パパだって、苦しい思いしなくて済んでたかも知れない。……ノアの番人た

ちを作ったのは……ヒューマだ。

 グッと込み上げてくる怒りを堪えながら、目に浮かんだ涙を袖で拭い、また物色を始める。デスクに飽きると、今度はその付近の棚。引き出しを開けた

り、資料を手に取ってみたり。……と、たまたま手に取った資料を見て、リタは「ん?」と少し眉を寄せた。






「……おい、見ろよ」

 ロックの声にみんなが窓辺に集まり、上空を見上げた。未だアリスの病室にみんなで留まっている。

「とうとうおいでなさったみたいだぜ」

 不愉快そうに顎をしゃくるロックの言葉に誰一人反応することなく、ただそれを見続けた。

 青い空にゆっくりと無数の小型機や艦、機動兵器が現れる。彼らが現れると少しずつ空気が振動して低いエンジン音が響く。

「……ノアコアの近くに着陸するみたいだな……」

 タグーが目を細めると、ロックは訝しげに彼を振り返った。

「……じゃ、ひょっとしたら奴らがノアコアを占領するんじゃ?」

「……。わからない。……ただ、あそこにはジャドたちが待機してるから。カールたちクロスも、みんなあっちに行ってるからね。彼らととりあえず再会したい

のかも知れないよ」

「……。カールたちを巻き込むつもりじゃねぇだろーな?」

「……さぁ、……どうだろうね」

 確かにその不安はあった。異人クロスと接触して、彼らに何かをしてしまうんじゃないか、と。だが、ジャドもカールも笑顔だった。特にカールは「もしヒ

ューマが何か言ってきても、オレたちはタグーさんたちの味方ッス! ヒューマ蹴散らして来るッスよ!」と笑っていた。

 ジャドは中立としての立場を守るようだが、カールはノアコアを離れていたこともそう、やはり、なんらかの不信感は抱えているのだろう。そのカールを信

じるしかない――。

 みんなでじっと艦隊の着陸を見守っていると、ガイが不意に顔を上げた。左腕の小さなパネルを開けてボタン操作を行う彼に、隣にいたタグーが「どうし

た?」と首を傾げつつ見上げた。

「リタから通信が入っています。……はい、こちらガイ」

 内蔵交信機で話をするガイにみんなが訝しげに目を向けた。

「……リタ、そこから出てください。見つかったら怒られるどころではありませんよ。相手の素性がはっきりしていないのですから」

「どうしたガイ」

 タグーが真顔で問い掛けると、ガイは彼に顔を向けた。

「リタが総督執務室に隠れているようなのです。今から始まるだろう会談を盗み聞きすると言ってます」

 「さすが」とジュードがニヤリと笑うが、タグーは呆れてため息を吐き、眉をつり上げてガイの左腕に顔を近付けた。

「リタ! 勝手なことばかりするんじゃない! 今、みんなでアリスの病室にいるから、こっちに来るんだ!!」

「……嫌だと言ってます」

「リタ! 言うことを聞かないと!!」

「ヘタに動くより、そこでじっとさせた方が良くないか?」

 ガイの胸に向かって怒鳴るタグーの姿は滑稽だが、ロックが真剣さを交えて口を挟んだ。

「ついでに話をこっちにも回してくれりゃあさ」

「バレたら大変だよ!」

「リタのことだ。上手くやるだろ。あのガキ、悪巧みは得意そうだからな」

「……ロック、リタが後で電撃ムチだと言ってます」

「やれるもんならやってみろ」

 ガイの伝言にロックは胸の前で腕を組んで目を据わらせた。

 タグーは「ああっ、もーっ!」と自棄気味に口を尖らせるが、「あれ、見て」と言うトニーの言葉に窓の外へ目を向けた。数機の小型機がこちらに向かって

くる――。

 ガイは、睨むようにそれを見つめるタグーを見下ろした。

「リタには留まってもらいましょう。下手に動いて彼らに見つかって仕舞ったら、リタがスパイだと勘違いされる恐れもあります」

 タグーは「……ったくっ」と小さく言葉を吐いた。

「リタ、絶対おとなしくしてるんだぞっ」

「……了解、ということです」

 ガイは交信を切ることなくそのままを維持する。



 その頃総督執務室では、ガイとの交信をオンにしたまま、見つけ出した医療用補聴器を取り出し、壁際に寄って吸盤をくっつけた。ちょうど大きな棚が

あるため、それが影になって誰かが入ってきても見つかることはないだろう。そこに落ち着くと、持ってきた資料のページを捲り、「……ふむ」と内容に目を

通す。時々ページの端っこを折り曲げ、そして持ってきたペンで文章の一部にラインを引く。真剣な顔で資料を見ていたが、隣の部屋の様子が慌ただしく

なり、少し顔を上げた。

 バタバタとした足音、数名の慌てる声。

 ……そろそろかな……。と、資料本を床に置くと、小型の交信機を口元に寄せた。

「……ガイ、そろそろ始まりそう」

《リタ、しゃべるのは危険です》

「……大丈夫。……小声だからきっと聞こえないよ……」

 余裕の笑みを浮かべて、「聞こえやすいところは……」と、補聴器の位置をずらしていく。



「くそっ、イライラするっ」

 病室では、ロックが歯がゆさを隠せずにウロウロと歩き回っていた。

 ケイティの側に着陸した小型機を眺めていたロマノは、室内の壁際に立つガイへと目を向けた。

「……ど、どんな姿をしてるんだろうね?」

「不明です。わたしはともかく、あなた方人間とも種類は違うでしょうから」

 トニーはアリスのベッドの片隅に腰を下ろしていたが、目を閉じたままの彼女を見て小さく息を吐いた。

「……どうなっちゃうんだろうな、アリスさん。……けど、どんなことがあっても、オレがアリスさんを護ってあげるからね」

 ロックは顔をしかめて足を止めると、トニーを見て「……ハッ」と鼻で笑い飛ばした。

「お前に何ができるってんだよ、ガキのくせに」

 トニーはムスッと頬を膨らませ、不愉快さを露わにすることで反発する。さすがに、彼に楯突く勇気はない。

 ジュードは壁に背もたれて腕を組み、窓の向こうを見ているタグーを窺った。

「もし、本当にノアの番人たちが生きているとしたら……どうなるんでしょうね」

 静かな問い掛けに、タグーは彼を振り返って首を振った。

「ノアの番人たちの目的次第だね……。タイムゲートを放つ意味がわからないし。……ただ、これが何か悪いことの前兆なら……どうにかしなくちゃいけな

いことだから」

「そうですね……」

 ジュードは小さくうなずく。

 部屋の隅に座って視線を落としていたハルは、部屋の中を再びウロウロと歩き回るロックを目で追った。

「……落ち着いたらどうです? あんたがそうしてたって何も起こらないんだから。……埃が立つだけです」

 ロックはハルを睨み付け、何か文句のひとつでも言ってやろうかとした時、

「リタからです」

 ガイが言う。

「……話し声が聞こえてくるようです。……作った翻訳機を持っているジャドが通訳に回っています」

 みんなが顔を上げ、ガイに近寄った。

「……まずは挨拶をしているようですね。……ヒューマ側の上官の名前は……、……ありませんが、地球形式でアーサーと名乗るそうです」

「……名前がないって、どういうことだ?」

 トニーが訝しげにジュードに問い掛けるが、ジュードも「さぁ?」と首を傾げるだけ。

「……他にもヒューマ側に……少なくとも十名はいるようです。……カールとフローレルも同席しているようですね」

 「あいつらだけっ」とロックがふてくされる。

「……まだ挨拶が続いているようです」

 タグーは小さく息を吐いて、不安げにガイを見上げた。

「相手も慎重なのかな……?」

「どうでしょうか。空気が読めないのでどうなのか、……リタからです。……雰囲気としては和やかなようです。……フローレルがみんなを笑わせているそ

うです」

 「……こんな時まで」と呆れてため息を吐くタグーにガイは顔を向けた。

「雰囲気が和やかだというのはいいことですね」

「……まぁね。……出だしは順調ってことか……」

「……カールがクリスたちのことを紹介しているようです。……クリスたちにはたくさん助けられたと言っているようですね。……ジャドが訳しているそうで

す」

「……少しでも点数稼がなくちゃ」

 腰の低いタグーにロックはじっとりと目を据わらせてため息を吐くと、アリスのベッドに近寄って片隅に腰を下ろした。そして、布団の間から微かに出て

いる指に気が付くと、ベッドに手を着くふりをしてそっと手を握った。

「……話し合いが始まったようです」

 みんながガイに注視した。ガイはリタからの話を聞いているのか、じっと動かずにいる。……あまりにも長い時間硬直したままなので、心配したタグーが

「……ガイ?」と彼の腕を撫でた。

 ガイは間を置いてタグーに顔を向け、言葉を切り出した。

「あまり詳しい話が伝わってこないのですが……。……まず、このノアという大地はノアの番人たち、地球人に譲るために作ったものではないようです。第

二の地球にしようとしたのは地球人たちの一方的な思い込みで、ヒューマはそのつもりはなかったようですね」

 タグーは顔をしかめた。

「けど……、ヒューマがノアの番人たちをここに連れてきたんだろ?」

 問い掛けがガイの交信機を通してリタに伝わると、しばらくしてガイが答える。

「はい。それは間違いないようです。ヒューマがノアの番人たち、つまり地球人をここに運びました。……ヒューマが地球人の滅亡を恐れていたのは確か

なようです。……しかし、彼らはそれにこだわることはなかった。むしろ、こだわっていたのはノアの番人たちのようですね」

「……わからないな。……それじゃ、ヒューマはいったいなんのためにノアの番人……M2の科学者たちをここに呼んだんだ?」

「……。純粋に彼らを救い出しただけです。……。ヒューマが望んでいたのは、地球人の滅亡危機を未然に防ぐこともそうですが、何よりもクロスを作り、

新人種の繁栄を望んだようです。ノアの番人たちはそのための、一時的な混血の材料として選ばれました。ヒューマの目的は、クロスを作ること。このノア

はクロスたちのために作られたものだそうです。……ノアの番人たちを救ったことで予定が変更になってしまったようです」

 ガイは言葉を切り、またしばらく黙り込む。

 ロックはアリスを見た。――微かに指先が動いた。だが、それを誰かに知らせることなく、ただ彼女の手を握る。

 数分後、再びガイが言葉を発した。

「圧力が掛かっていたようですね」

「……圧力? ……誰から?」

「地球です」

 タグーは顔をしかめた。

「……どういうこと?」

「……。地球発の大戦が起こることを、周囲は恐れているそうです」

「……周囲?」

「ヒューマのような、宇宙に存在する生命体です。……。退化したはずの地球の文明は再び進化していっている。歴史が繰り返されることを恐れていま

す。……繰り返されないために様々な努力を尽くしてきましたが、それらはすべてムダに終わっている。……。……」

「……ガイ?」

「……。過ちを繰り返さないために、彼らは地球上の生物を時にさらい、そして時に力を与えた。……彼らが地球を滅亡の危機から救い出すだろうと期待

していましたが、彼らの行く末は、迫害されるのみ」

 ロックはアリスの手を握る方へと目を向けた。……微かに震えている――。

「……根本的に間違っているんだと気が付いたようです。……ですからクロスを作ることに決めました。中立の立場の彼らを作ることで、歯止めが掛かる

んじゃないかと」

「ま、待って。……いったい何? ヒューマたちはいったい何を言ってるんだ? 地球発の大戦って……。……僕らにはそれだけの力は全然ないんだ

よ? ヒューマとの戦いだって歯が立たなかった。地球には、まだそれだけの力は備わっていないのに」

「……本当にそうでしょうか?」

「……」

「もしも、それを伏せている組織があるとしたら、どうです? そして、その組織がノアの番人と手を組むようなことになって仕舞ったら。あなた方、フライ艦

隊郡にある特殊な機動兵器も、元を正せば“その技術”を利用した物では?」

 タグーは目蓋を震わせ、真顔で目を見開いた。

「ノアの番人たちはヒューマの技術を盗んでます。……もし、その技術を利用するとなれば」

「で、でも、それは……。……」

「……。地球からの支援はありますか? ……と、聞いています」

「……」

「……ないのは、……あなたたちが見捨てられた証拠だと」

 タグーはガイを見て目を見開いた。

「……見捨てられた……って……」

「……。つまり、あなた方は地球の敵だと見なされたわけです」

「な、何言ってンの!?」

 トニーが慌てるように身を乗り出す。

「ワ、ワケわかんないよっ。なに!? なんでオレたちが敵なワケ!? オレたちは何もしてないじゃん!」

「……ノアの番人に逆らっています」

「……。え……?」

「……地球の連邦は、あなた方を切り捨てたのでしょう。……。……あなた方、離脱して地球に戻られた方々がいらっしゃいますね? ……彼らの命の保

証はないと言ってます」

 ジュードたち四人の動きが止まった。静まり返った部屋の中、何も言葉が出ない。タグーはそんな彼らを見て、真剣にガイを見上げた。

「……つまり、……連邦はノアの番人たちと手を組んだってことなの?」

「はい」

「……ヒューマと接触した僕たちは……」

「完全に敵だと判断されているでしょう」

「……」

「スパイが潜んでいる内は、それでもまだ見込みがあったんじゃないか、ということです。上手くあなたたちを騙して何事もなかったように地球に戻そうと。

けれど、もう駄目だと悟ったようですね。スパイを使ってヒューマとの戦いを引き起こしたのも、共倒れを狙っていたのではないか、ということです」

 タグーはゆっくりと視線を落としていく。

「……じゃ……僕たちは……」

「地球に戻ることは不可能です」

 ガイの冷静な声にタグーは視線を落とし、静かに目を閉じた。トニーとロマノもそう。戸惑いを露わにしながらも悲しげに目を泳がせている。

 ロックはアリスを見下ろした。――微かに目蓋の奥が動き、唇が震えている。

 ジュードは床を見つめたままで頭を左右に振った。

「なんのコトだか……全然わかんねぇよ。……みんなが……、……」

 一緒に学んでいた候補生も、そしてステーションでの生活上仲の良かった人々も、――みんなが死んだかも知れない。反逆者として。

 しばらく黙っていたガイは再び言葉を発する。

「……ヒューマは全面的にわたしたちを保護すると言ってます。……クロスたちもお世話になった恩返しだと」

 タグーはゆっくりと目を開けた。

「……クリスは……なんて言ってる……?」

「……。しばらく考えさせて欲しいと言ってるようです。……。……かなり困惑しているようです。……みんなが黙っているそうです」

 タグーは真顔で俯いた。睨むように足下を見つめて、何も言わない。ジュードたち四人も、困惑して何も言わない。

 ロックはじっとアリスを見た。震えていた唇も、今は止んでいる。手の震えも収まっている。だが……。

「……」

 ロックは何も言わずに、そっと目尻から流れる涙を拭い取った。

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