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第六章 余計なもの

[住宅地の建設は、この森にしようかと思ってる。平地にするよりも、自然の溢れるこの土地に作った方がいいだろう?]

[ちょうど電磁路からも逸れているし、近くには川もある。立地条件としては問題なさそうだな]

[あと問題なのは……どういう建物を造っていくか、だ。ノアがあんな格好だから、できるだけこの辺は自然な作りで行きたいところだけど]

[これだけの木があるし、材料に不足はない]

[森林、植物促進課担当は……確かガウディだったな。住居を建てるならどの材木が良いか、聞いてみよう]

[あいつのことだ、きっと、木を斬り倒すなって怒るぜ?]

[はは。有り得るね]

[けど、ガウディの植物系育成技術は素晴らしいな。見る見るうちに植物が増えていく]

[あいつ、今度は花を育てるらしいぞ]

[花か。それは必要だな。このノアにしか咲かないような、珍種の花とか作れないのかな]

[考えてるらしいぜ。名前ももう決まってンだってさ]

[そうなのか?]

[エバーラブって言うらしい]

[ハッ。あいつらしいよ。そういう……ロマンチストっぽいの]

[……聞いたオレが恥ずかしかったよ]




[連絡が入ったぞ。もう少ししたらスタッフが増えるらしい]

[やっとかーっ]

[あいつら、ホント手伝ってくれないモンなー。先にここにいるからってさー]

[でかいツラしてるし?]

[そうそう]

[ま、いいさ。スタッフ増えるなら]

[さぁーっ、がんばるかーっ。地球のみんなが待ってるぞーっ!]











 ――数日が経過していた。

「……前の時より深刻だな……」

「そうですね。今回はかなり深いところまで落ちてしまっているようです」

「……あの時すぐに目を覚ましたのは、きっと、ロックの気持ちを読み取ったからだと思う。……今度はゆっくり治すつもりなのかな……」

「それにしても少々時間が掛かりすぎています。全回復とまでは行かなくとも、目を覚ましてもおかしくはない時期です。故意的に眠らせられているのかも知れません」

 アリスの病室。一向に症状の回復しない彼女の様子を二人で見に来た。

 開けられたカーテンから明るい陽射しが広がる室内は一見爽やかだが、ベッドと布団の間から様々なコードやチューブが伸び、周囲を医療器に挟まれた姿には痛々しさをも感じてしまう。

 タグーは少し離れた位置から目を閉じたままのアリスを不安げに見つめ、深く息を吐いて胸の前で腕を組んだ。

「敵の攻撃がないだけマシだね。今、敵に襲われたらアリスへの負担も大きくなるし……」

「しかし、いつ攻撃があるかもわかりません。……今のこの静かな状況が理解できないくらいです」

「まぁね……。実際、あれからすぐ再戦になるかと思ってたけど何もないし。……おかげでこっちも整備完了したからラッキーだけど」

 タグーは「……はあ」と脱力してため息を吐いた。

「……まったく、ヒューマの考えてることは全然わからないよ」

 ――あれからヒューマの動きが全くない。タグーの言う通り、時間ができたことは幸運だが、それにしても不気味すぎる。あれだけの兵を見せつけておいて何もしてこないなんて。

 その思いはクリスも同じだった。

 ケイティ内司令塔――。カタカタカタ……と電子文書という形でプリンターを介して資料が送られてくる。そのひとつひとつに目を通していたアーニーは、総督席で外部モニターを確認しているクリスを振り返り、近寄った。

「多国籍軍のヤムゼル艦長からです」

 切り取られた紙を差し出され、クリスはそれを受け取って目を通し、意味深げに息を吐いた。

「……また光の柱か……」

「いったいどういうつもりなのかしらね……。あれっきり、私たちに奇襲を掛けることなく他に手を出しているなんて。……私たちを恐れているとは考え難いし」

「……念のために警戒だけは強めよう。連邦から何か連絡は?」

「現在捜索中との連絡は届いてます」

「……いつまで捜索に時間を掛けるつもりなんだ……」

「管轄外ってことなんでしょうね。……被害が拡大する前に歯止めを掛けなくちゃいけないってことを理解していないのよ」

 呆れて首を振るアーニーの言葉にクリスは額を押さえて、椅子に深くもたれて項垂れた。

「……見捨てられているような気分だ」

「ホントね」

「……ヤムゼル艦長に、シールドの技術開発支援を提案しておいてくれ。他人事じゃないからな……」

「了解」

 アーニーは素直に返事をしてデスクに戻る。その背中を見送り、クリスは再びモニターを見つめた。

 ――地球の宇宙連邦もそろそろ黙ってはいないだろうと思った。先日のノア奇襲も、そして、相次ぐ光の柱の放出も。これだけ立て続けば、さすがに重い腰を上げるだろうと。だが、尚渋っているようだ。

 ただの“管轄外”なのだろうか。それとも、ヒューマに立ち向かうことを恐れているのか。考えが読めない今、やはり自衛で持ち堪えるしか術がない。

「退屈だねー」

「ホントだよなーっ。退屈だよなーっ」

「仕事があったらあったでブツブツ言うクセに、贅沢なんだよお前らは」

「……アポロンだ」

 ハルの言葉に三人は青空を見上げた。綺麗な機体が通り過ぎていき、それから数秒遅れて轟音が届く。

 ケイティ艦甲板の隅っこ――。のんびりとひなたぼっこの最中だ。

「飛行訓練だろ」

「誰だったっけ、新しいパイロット。あの……すっげー真面目な人」

「キーファーって人でしょ」

「そうそう、キーファー。……なんか、いじめられそうだよなー」

「ロックさんの言いなりになってたよ。尊敬してるんですって」

「……相手を間違えてるだろ」

 ハルの言葉に三人は「まったくだ!」と大きくうなずく。

 整備の仕事もだいぶ落ち着いてきて、ザックに、

「よくがんばったな。お前たちに一日自由時間をやろう」

 そう言われて今日一日は自由の身になった。「やったー!!」と喜んだのも束の間。――やることがない。しかも、いつ敵襲があるかわからないから、という理由で遠出も禁止されている。つまり、艦内で過ごすしか残されていないのだ。シアタールームもプレイルームも飽きているし、晴れた青空の下、結局ケイティの甲板に出てぼんやりとしている。

 トニーは口を尖らせてゴロンと大の字で仰向けになった。

「こんなに退屈だと死にそうだーっ」

「遊ぶものもないしねー」

 ロマノは大きくあくびをして、自分の膝枕で目を閉じているジュードを見下ろし、彼の髪の毛を軽く引っ張った。

「ねぇ、何か遊ぶもの探そうよ」

 ジュードは目を開けるとめんどくさそうな顔をするだけ。ロマノは「もーっ」と頬を膨らませて強めに髪の毛を引っ張った。

 ハルは三人の様子に気を向けることなくゆっくり立ち上がると、のんびりした足で甲板の鉄柵まで近寄り、そこから地上の方を見下ろしたり遠くを見渡した。特になんの代わり映えもない景色だ。

 しばらくそこでぼんやりと過ごして、再びみんなの所に戻ってきた。

「……なぁ、ここってさ、宇宙船だよな?」

 「そうだっただろー」と、トニーがあくび混じりで答える。

「……じゃあさ、地面掘っていったらそのうち機体にぶつかるんだよな?」

「そりゃぶつかるだろー」

「……だよな」

「だからなんだ?」

「……どれくらい掘ったら底に付くのかと思って」

「掘ってみたいなんて考えるなよ?」

「……わかった」

 素直にうなずくハルを見てトニーはため息を吐いた。

 会話がなくなり、遠いところで小型機の飛ぶ音や機動兵器の機動音などが至る所から小さく聞こえる。たまにケイティから出てくる機動兵器がズシンッズシンッ! と地響きをあげて歩いていく姿も見受けられる。

 ボー……としていたハルはふいに、眠りに落ちそうなトニーへと目を向けた。

「……なぁ、ここの端っこって、どんな感じなんだろう?」

 トニーはぼんやりと目を開けて眉を寄せた。

「端っこ?」

「……行き止まりになってるのかな? ……壁があるのかな?」

「壁になってるんじゃねーの? ……。行ってみたいなんて言うなよ?」

「……わかった」

 コクン、とうなずく。トニーは「やれやれ……」と再び目を閉じた。

「……なぁ」

「なんだよーっ?」

 いちいちうるさいなーっ、と、トニーは不満を露わにしたが、

「……ノアコアって、どんなところだろう?」

 ハルの問い掛けに、トニー、そしてジュードとロマノも眠気をどこかに吹き飛ばした。

 ――遊ぶものがなければ、それを作ってしまえばいい。ただそれだけのこと。ただし、それには“リスク”も伴う。

「カールっ」

 外で異人クロスの機体のデータ改善をしていたカールは、プラスチック板のようなデータ通信コンピューターを手に「ん?」と顔を上げた。ケイティの方から“あの四人”がやってくる。

「なんスか?」

「なぁなぁっ。なんかさっ、簡単な乗り物ないかっ?」

 トニーが馴れ馴れしくカールの肩を抱いて笑顔で注文を付ける。

「乗り物? どこか行きたいンスか?」

「ちょーっとなっ」

 ニコニコ顔のトニーを見て、カールは「……ははは」と笑いながらジュードを見た。

「な、なに考えてるッス? ……嫌な予感がするんスけどねぇ……」

「退屈だからちょっと散歩しようと思ってさ」

「散歩なら歩いた方がいいと思うッスよ」

「……ノアコアに行きたいんだ」

 ハルが馬鹿正直に告げ、「うわっ、ばかっ!」とカールの肩を抱いていたトニーがギョッとする。

 カールはキョトンとしていたが、ハルを見て苦笑した。

「ダメッスよ。あそこにはしばらくあなたたち人間は近付けないようにってコトになってるッスから」

「オレたちの中にはライフリンクはいないから大丈夫だって!」

 トニーが拗ねてグイッとカールの肩を引っ張る。

「いーじゃんっ。ちょっとくらいっ」

「だ、ダメッスよ。バレたら怒られるッス」

「カールのせいにはしないって。なっ?」

「ダメったらダメッス。ケガでもしたら大変ッスよ」

 カールは困り果てながらトニーから逃げようとするが、肩をしっかりと抱かれて離してもらえない。

 ロマノは「んー……」と目を上に向けて考え、ジュードに首を傾げて見せた。

「んじゃあ、歩いていく?」

「遠いんじゃないのか? 場所もよくわからないし」

「あの建物目指せばいいんでしょ?」

 遠くそびえるノアコアを指差すロマノに、カールは困惑げに首を振った。

「ダメッスよーっ。ノアコアは広く作られてるし、行ったら行ったで絶対に迷子になるッスーっ」

「カール、案内しろよ」

 トニーが強要するように強く肩を抱くと、カールは「無理ッスよーっ」と口を尖らせた。

 意地でも頭を縦に振ることなく、四人に囲まれて逃げる隙を窺っていると、「何してるのー?」とのんびりとした声をかけられた。みんなで振り返ると、ジェイミーを連れたリタだ。カールは「……ヤバイ!」と内心慌て、咄嗟に笑顔を作った。

「な、なんでもないッスよ! ほ、ほら、ここは危ないからジェイミーを連れてあっちに行くッス!」

 慌てふためきながらさっさと手を振る彼にリタは顔をしかめた。

 ジェイミーはそれぞれの顔を見上げてぼんやりとしていたが、ハルを見つけるとニマーっと笑い、両手を伸ばして駆け寄り足下で立ち止まった。

「うー、あーっ」

 見上げながら腕を伸ばされ、ハルはしばらく間を置いて「……よいしょ」と抱き上げて肩車した。願いが叶ったジェイミーは嬉しそうに髪の毛を掴んで足をバタバタと動かす。

「この子、かわいーっ」

 ロマノが笑顔で近寄ってハルの頭上のジェイミーに手を伸ばすと、ジェイミーはにっこりと笑ってロマノの指先を掴んだ。

「おうおーっ。あうういーっ」

 聞き取れない言葉にロマノは戸惑い、「はははー」と作り笑いを浮かべてリタを振り返った。

「な、なんて言ってるの?」

「私にも理解不能」

 リタは肩をすくめてカールに目を戻し、腰に手を置いた。

「それで? なにコソコソしてるの?」

「コ、コソコソなんかしてないッスよー」

「コソコソしてるもん」

「し、してないッス。全然。……あ、そ、そうだ。タグーさんのトコに行ったらどうッスか?」

 肩を抱くトニーに自由を奪われながらもニコニコと首を傾げて伺われ、リタはじとっと目を細めた。

「……なんで私を遠ざけようとするの?」

 疑い深い鋭い視線を受けてカールは「……うっ」と言葉を詰まらせ、トニーは硬直する彼を離さないまま笑顔でリタに向かって軽く腰を曲げ、顔を覗き込んだ。

「なぁなぁリタちゃんっ。なんか簡単な乗り物ないっ?」

 カールが「ダ、ダメッスよ!!」とトニーの服を掴む中、リタは「乗り物?」と顔をしかめた。

「どこに行くの?」

「退屈でさ、だからノアコアに行ってみたいんだ」

 ジュードが気にも留めない様子で言うと、「た、退屈なだけで……」とカールはがっくりと頭を落とす。そんな彼をリタはギロッと睨み付けた。

「また私を仲間外れにするつもりだったんだ?」

「そ、それは誤解ッスよっ」

 カールは慌てて顔を上げた。

「それに、今ノアコアは立入禁止になってるッスっ。もしこのことがバレたらフライスさんたちに怒られるッスよっ」

「バレなきゃいいんじゃない」

 と、あっけらかんと肩をすくめる。そんなリタにジュードは少し笑った。

「話がわかるじゃん」

「ノアコア行きたいなら私が連れて行ってあげるよ。ウィンドカーもあるし」

「ウィンドカー?」

 首を傾げたトニーの腕の力が抜け、カールはその隙に脱出すると慌ててリタに近寄って彼女の肩を掴み押した。

「ほ、ホントにダメッスっ。何かあったらどうするンスかっ? 危険ッスよっ」

「だったらカールも来てよ」

 つんとした顔で見上げられ、カールは訝しげに眉を寄せた。

「あの……、行かないようにしようとは思わないッスか?」

「だって、行くんだもん」

 強行ではなく決行。当然の成り行きと言わんばかりのリタにカールはぽかんとした。

「さ、行こ行こ」

 こっちだよ、と歩き出したリタの後を付いていく四人を見てカールはガクッと頭を落とし、「……ま、待つッス~」と情けなく後を追った。

 ――シェルターの近くにある物資倉庫からこっそりウィンドカーを運び、誰にも見つからないように森の中へ逃げ込む。使い方を知らない四人に説明し終えると、それを軸道上に並べ置いた。

 ジュードはハルを見てチラッとその頭上に目を向けた。

「その子、どうするんだ?」

 いつまでも肩車をしているジェイミー。結局付いてきたカールは「ダメダメ!!」と首を振った。

「ジェイミーは絶対に連れていけないッスよ!! ホントにダメッス!!」

「声が大きいってば」

 リタは彼を睨みながらハルに近寄り、その上のジェイミーに手を伸ばした。

「ほら、ジェイミー、おいで」

 ジェイミーはリタを見下ろし何かを察したのか、ハルの髪の毛を掴んだまま、イヤイヤと首を横に振った。

「みんなでノアコアに行くの。ジェイミーはお留守番してなくちゃ」

 イヤイヤ。

「パパに怒られるでしょ。ほら、おいで」

 イヤイヤ。

 口を尖らせて首を横に振り続ける彼女を見てリタは「ったく……」とため息を吐くと、ハルの背後に回って後ろからジェイミーの脇に手を入れ引っ張った。

「いーっ」

 ジェイミーが必死になってハルの髪の毛を掴む。「いたたたたっ」とハルは首を縮めて顔を歪めた。

「ほらっ、離さないとお兄ちゃんが痛がってるでしょっ?」

 リタはそれでも強引に引っ張る。ジェイミーは半べそ気味にパッと手を離した。そして地面に下ろしてもらうと、今度はハルのズボンをしっかりと掴む。傍にいたジュードのズボンまで。

 リタは「……もうっ」と腰に手を置き、拗ねるジェイミーを睨み付けた。

「そんなわがまま言ってると、チャチャプの小屋に閉じ込めちゃうよっ?」

 平気で脅すリタに、カールはじっとりと目を据わらせた。

「リタもわがままッス」

「なにか言ったぁ!?」

 ギロッと睨まれて、カールは「な、なんでもないッス……」と肩身狭くすごすごとウィンドカーへ向かう。

 リタは鼻から息を吐くと「ダメッ」と二人のズボンを掴むジェイミーの手をパンッパンッと叩き落とした。ジェイミーは「うっ……」と泣き出しそうな顔をして胸の前で手を握る。

「泣いてもダメっ。ジェイミーはお留守番っ」

 スン、スン、と鼻をすすりながらポロポロと涙をこぼすジェイミーを見て、「……か、かわいそう……」とロマノがうろたえる。リタは「いいのいいの」とそんなジェイミーを放ったらかすだけ。

 ジュードとハルは間で泣いているジェイミーを見下ろして目を見合わせた。

「……。罪悪感に駆られるのはオレだけか?」

 困った顔のジュードにハルは小さく首を振り、のんびりと腰を下ろしてジェイミーと向き合った。

「……ノアコアから戻ってきたら遊んでやるから」

 「……よしよし」と頭を撫でるハルに、ジェイミーは手の甲で涙を拭って鼻を真っ赤にしながらも、間を置いてコクンとうなずいた。ハルは「……待ってろな」と頭をもうひと撫でしてから腰を上げる。そんな彼を見てジュードは苦笑した。

「お前はホント、子どもには弱いよな」

「……子どもは誰かが護ってやらないといけない。それだけだろ」

 ハルは特に表情を変えることなくそのままウィンドカーへ近寄る。ジュードは少し笑うと「あとでな」とジェイミーの頭を撫でてウィンドカーに駆け寄った。トニーも「オレも遊んでやるからなーっ」と、ジェイミーの頭を撫でていき、ロマノも「待っててね」と、腰を低くして笑顔で頬を撫で、ウィンドカーへと向かった。

 拗ねながらもじっと見送るジェイミーにリタはため息を吐き、背中をトン、と軽く押す。

「ほら。ママのトコに戻ってるの」

 ジェイミーはそろっとリタを見上げた。――その目が何かを訴えている。

 リタは鼻から息を吐くと、腰を下ろして「イイ子イイ子」と頭を撫でた。

「怒ってないよ。嫌いにもなってないから。ジェイミーのこと、好きだから」

 引き寄せ抱きしめられ、ジェイミーは「へへ……」と嬉しそうに笑ってリタの肩に顔を埋めてすり寄せた。その姿に、「……かわいいっ!」とロマノは愛おしそうに拳を作った。

「あんな子どもが欲しいーっ!」

 「了解ー」とジュードが手を上げて返事をし、ロマノは目を据わらせた。

 リタは「ほら、行って」とまた背中を押す。ジェイミーは押されるまま、タタタっと走っていった。

 カールはウィンドカーのエンジンを入れると、不安げに、やってきたリタをそっと窺った。

「……ジェイミー泣かすと、あとでキッドさんに怒られるッスよ?」

「元気になってたから大丈夫」

 ケロッとした様子で言いながら、同じくエンジンを入れる。それぞれが体制を整えると、リタを先頭にノアコアへと走り出した。


 その頃……――


「……よっ、と」

 トスン、と床に着地すると軽く埃を払い、周囲を見回した。もちろん、予め確認したとおり人は誰もいない。窓も今はカーテンが閉められて外の様子はわからない。

 天井のダクトの開いた蓋と、そこから垂れ下がるロープをそのままに、ロックはベッドの方を見た。……昨日と何も変わりはない。

 いろいろな機械の間を通って静かにベッドへと近寄ると、“いつもと”同じように椅子に腰掛け、眠っているその顔を見る。

 ……まだまだ目を覚ましそうにない、か――。

 ベッドの側にある棚に見慣れない果実がある。誰が持ってきたのかはわからないが、手慣れた様子で棚の引き出しから小型ナイフを取りだして皮を剥き、一口、かぶりついてみた。果汁も多くて甘い。「うんうん、旨い」と、数回うなずくと皮を全部剥いて細かく切り、皿に並べてスプーンの背でそれを潰した。そしてペースト状にしてしまうと、いったん棚に置いて、アリスの首下に腕を差し入れ浮かせ、枕を動かして軽く体を起こす。

 スプーンで少し果実をすくい、それをアリスに運んで唇の間に流し込み、口の脇から流れる汁気をティッシュで拭う。

「……ったくよぉ。こんな点滴とか栄養剤とか。……こんなんじゃおいしくもなんともねぇよな? もうちょっと考えろってんだよ」

 文句を呟きながらも少しずつ果実を運ぶ。

「それにしても退屈だよな。静かって言うのか……。全然襲撃もねぇし。……これじゃ、俺が造られた意味もねぇじゃんなぁ?」

 問い掛けてもアリスが答えるわけはない。

「ホントに襲撃なんてあるのか? 戦争なんて起こるのか? ……なんだかそんなもの、起こらない気がする。……けどそれじゃ、俺はここにいたってしょうがないよな。……そうだろ? ……戦うために造られたのに、戦いがないなんて。……俺はどうしたらいいんだ……」

 脱力気味にため息を吐いていたが、手の動きがおろそかになりかけ、また果実を運ぶ。

「ンなこと言ってても仕方ないか。……はぁーあ。退屈だなぁ……」






 巨大な建物に近付くに連れ、見上げてもその頂上がどこなのかわからなくなってきた。

 鉄でできたゲートが見えてくると、リタは「よっ……」とウィンドカーのブレーキをかけて止まる。……が、その横を「ブ、ブレーキってどれだっけー!?」とトニーが通り過ぎ、みんなが「あいつはぁ……」と呆れて見ていると、彼は途中で飛び降り、ウィンドカーはガンッ!! とゲートの壁にぶつかった。

 トニーは「うひーっ」と慌てた顔でこちらへ走ってくる。

「やっべーやっべーっ。壁に激突するかと思ったー!」

「してるだろ」

 と、ジュードがため息混じりに突っ込む。

 ロマノはズボンに付いた土を払い落とすトニーを見て笑った。

「それでよくパイロットの試験合格できたよねーっ」

「インペンドに乗ると性格変わるんだ!」

 エッヘン、と胸を張って言うが、

「……エンジニアとライフリンクがカバーしてくれたんだろうな」

 ハルの言葉にムッと彼を睨み付けた。

 近場の木陰にウィンドカーを固めて置くと、そこから四人は改めてノアコアを見つめた。

「……バカでけぇよなぁ……」

 トニーのぽかんとした言葉にロマノもうなずく。

「……これ、全部まわってたら一日潰れちゃうね」

「カールたちもここにいたのか?」

 ジュードが振り返り訊くと、カールは首を振った。

「最初のウチはここに住んでたッスけど、ノアの番人たちのやり方が気に食わなくって出ていったッス。ここに残っているクロスは、それでもノアの番人たちに親しみを抱いていた仲間たちッスよ」

「……今もいるのか?」

「いるッスよ。ノアコアの管理を任せてるッス。……見つからないようにしないと怒られるッスよ」

「じゃあ、どこから入るんだ?」

「裏口があるよ」

 と、リタが口を挟んで導き歩き出したが、

「……あの人が倒れたっていう場所は?」

 その問い掛けに、リタは足を止めてハルを振り返った。

「あの人って?」

「……アリスさん。……あの人が倒れた場所」

「ああ、アリスお姉ちゃんか」

「……お姉さんって年じゃないと思うけど」

 そう呟くハルの元へとリタは笑いながら近寄り、遠くを指差した。

「あそこだよ」

 ジュードたちもハルと一緒に指差し示された方へ目を向けた。――ゲートの近く。何もないただの道ばただ。

 ロマノは「うーん……」と小さく唸って、手を下ろしたリタを訝しげに窺った。

「……なにもないみたいだねぇ?」

「何もないよ。だって、あのライフリンクの人にやられたんだもん」

「やっぱりそうなのか!?」

 トニーが怒り顔で身を乗り出すが、カールが首を横に振った。

「まだそうとは決まってないッスよ」

「でも、絶対にそう」

 リタは厳しい表情でカールを見た。

「あの人しかいない。あの人がアリスお姉ちゃんをあんな目に遭わせたんだよ」

「なんでそう強く言いきれるんだ?」

 ジュードが訝しげに問い掛けると、リタは少し考え込む。

「なんでって……。……。なんとなく」

「なんとなく、ねぇ……」

「だって、あの時ライフリンクはアリスお姉ちゃんだけじゃなかったんだよ? 何かの衝撃波が出たとしても、他のみんなには何もなかった。アリスお姉ちゃんに情報流そうとしたあの人が一番怪しいモンっ」

「けど、アリスさんより能力値の弱い人だったんだろ? そんなヤツにアリスさんを倒すことができるのか?」

「……そこが問題なのっ。そこが引っ掛かってるのっ」

「なるほどね」

 むきになるリタに、「こりゃ掘り下げても無駄か」と、ジュードはため息を吐く。

 ハルはじっと遠くを見つめ、カールを振り返った。

「……熱量は計りましたか?」

「あの後、調査団が来ていろいろ調べたッスよ。大気中の熱量の残留は見つからなかったみたいッス。ただ、アリスさんが倒れたっていう場所、土からは微妙の特殊エネルギーが残ってたみたいッス」

「特殊エネルギー?」

 トニーが首を傾げて繰り返すと、カールはうなずいて胸の前で腕を組んだ。

「このノアの大地にはないエネルギーで、特定されてないみたいッス」

「つまり……どういうこった?」

「オレたちが思ってるのは、ひょっとしたら空から放たれたんじゃないかってことッス。無差別に放たれたエネルギー砲が、偶然にもアリスさんのみに当たってしまったんじゃないかって」

「それだったら、手をつないでいたあの人にも何かがあるはずじゃないっ」

 リタがムカッと眉をつり上げて反発する。

「絶対あの人なのにっ。なんでみんなちゃんとあの人のことを調べないのっ?」

「調べてるッスよー。身元から何から何まで。けど、何も出てこないンスから疑いようがないッス」

「隠してるんだよっ。そうに決まってるっ。私にはわかるんだからっ」

「……リタちゃん、そんなにその人のこと嫌いなの?」

 敵意剥き出しな様子にロマノが苦笑して首を傾げると、リタは不愉快さを露わに口を尖らせた。

「だってアリスお姉ちゃんにひどいコトした!」

「だから、まだそうとは決まってないッスよー」

 困ったもんスねー、と、カールは苦笑いで肩をすくめる。

 ハルはそんな彼らからもう一度、遠い場所を振り返った。それを見たジュードが「……ったく」と肩の力を抜く。

「見に行きたいなら付き合ってやるぞ」

 彼のその言葉に、ハルは「……うん」とうなずき、歩き出した。ジュードもその横に並び、トニーとロマノも後を追う。リタとカールは顔を見合わせると、「?」という感じで後を追いかけた。

「この辺か?」

 足を止めたジュードの問い掛けにリタはうなずき、ハルはゆっくりと辺りを見回した。

 ロマノは「んー……」と腰を下ろして地面の土を触った。サラサラとした滑らかで柔らかい土だ。ゴツゴツとした石や鉄の塊も転がっている。

「すごく綺麗な土だよねー。これだから、植物はたくさん育つんだろうなー」

「あんまり触らないほうがいいッスよ。原因がわからないままなンスから」

 カールに注意されて、「そ、そうか」とロマノは慌てて手を払う。

 トニーは空を見上げて腕を組んだ。

「けどさぁ、エネルギー砲が降ってきたとしても……そんな運悪くアリスさんに当たるかなぁ……」

「……狙ってれば当たるだろ」

 素っ気なくハルが言う。

「……偶然にしちゃ、話ができすぎてる。……空からなのか、ライフリンクのヤツからなのかはわからないけど、あの人を狙ってたとしか思えない」

「そうだな。……ってコトは、アリスさんが気に食わなかったってコトなのかな?」

「アリスさんは悪い人じゃないのに?」

 と、ロマノが顔をしかめてトニーに伺うと、彼も「うん、悪い人じゃない」と真顔で同意する。

 ジュードは肩をすくめると、ゲートの奥の建物へと目を向け、カールを振り返った。

「もう、ここから入った方が早いんじゃないのか?」

「それはそうッスけど……。ゲートのその奥にクロスの仲間がいるッスから。見つかるッスよ」

「みゅーっ!? カール! なにしてるみゅ!!」

 突然の大きな声にみんながビクッと肩を震わせて振り返ると、ゲートの奥からフローレルが走ってきた。

「みんなで何してるみゅ!? どうしてここにいるみゅー!?」

 楽しげな問い掛けに「し、しーっ!」とカールが慌てて一本指を口元に立てるが、その視界にノアコアに住む異人クロスたちの姿が映ると、ガクッと頭を落とした――。

「コソコソしなくても、安全な場所くらいでしたら案内しますよ」

「……悪かったッス」

 カールが申し訳なく頭を下げると、フローレルが「ぷぷっ」と笑った。

「どうせリタに命令されたみゅ?」

 そう問い掛けるがリタにギロッと睨み付けられ、フローレルはサッと顔を逸らした。

 ノアコア内、異人クロスたちの居住区画――。

 ジャドの自宅に隣接する建物の一室に通され、四人はキョロキョロと見回した。敷地内に足を踏み入れ、見上げたノアコアにも興味はあったが、異人クロスたちの“家”も気になる。しかし、いざ入ってみれば地球の建造物とさほど変わりがなく、内心残念に感じた。

 ジャドはテーブルを挟んで座るジュードたち四人を笑顔で窺った。

「好奇心が旺盛なのは結構なことです。しかし、それには時に犠牲を払うということも、理解せねばなりませんな」

 「……すみません」と素直に四人は頭を下げる。

 カールは出された果実のジュースを一口飲んでジャドに切り出した。

「ノアコア内の調査は続けてるンスか?」

「続けているよ。フライスさんたちからも、彼らが動けない分お願いされているからね」

「何かわかったことは?」

「まだ進展は何もないんだ。フローレルにそのことをフライスさんに伝えてもらおうと思って、ここに来てもらっていたんだよ」

「みゅ。フローレル、メッセンジャーみゅ」

「それじゃ、アリスさんが倒れた原因も、まだ不明なんスね……」

「早急に発見したい所なんだが……」

 視線を落とすカールの後に続いてジャドも腕を組んで深く息を吐き考え込む。

「しかし……本当に何が原因なのか。タイムゲートの再活動、先日の攻撃に続いてこれだから、何か意味があるとは思うんだが……」

「まったくッスね……」

 ジャドとカールの話をおとなしく聞いていたロマノは「……んー……」と視線を上に向けていたが、隣りに座っているリタにこっそり顔を近付けた。

「……あのジャドって人も、クロス?」

「うん。そうだよ」

「ふうん……。……」

 何やら訝しげに首を傾げる。疑問を抱えているようなロマノに気付いて、ジャドは微笑みかけた。

「お嬢さん、どうなされた?」

「……えっ?」

「何か聞きたいことがあるのなら、お答えしますがね」

「あっ、は、はいっ、どーもっ」

 ロマノは背筋を伸ばしてぎこちなく会釈した。

「え、えーとっ。そのっ……。……クロスって……私が見た資料じゃ、地球人とヒューマの混血だって」

「はい。そうですよ」

「……不思議、なんですけどぉ、……あなたたちって、ノアができてから誕生したんですか?」

 彼女の質問の意図がわからず、みんなが顔を見合わせる。

「あ、だ、だからつまりっ……えーと……このノアができて、どのくらいになるのかわからないんですけど……。混血ってコトは、少なくともこのノアができてから、地球人とヒューマとの間で……、……。……そうなったってコトですよね?」

 曖昧に言葉を濁すロマノに、「そうなったって?」とリタが首を傾げる。

「つ、つまり……。……その……」

 恥ずかしそうに視線を泳がすロマノを見てジャドは少し笑った。

「我々の誕生は、そういうものじゃないんだよ」

「……へ?」

「このノア自体がいつできたのかはわたしたちにも定かではないが、我々クロスは、地球人とヒューマの混血だとは言っても、生殖されたものとは違うんだ」

 四人は「……どういうことだ?」と怪訝に顔を見合わせる。カールはそんな彼らを見て苦笑した。

「そんな質問されたのは初めてッス。みんな、オレたちに馴染んでしまってるから、そんな質問してこなかったのかも知れないッスけど」

「……生殖されたものじゃないって……どういうことだ?」

 ジュードが顔をしかめて問うと、フローレルが「んみゅー」と目線を上に向けた。

「つまり、みゅー、と……合体?」

「合体?」

「みゅ。フローレルの体は元々この体みゅ。……みゅー。元々は違う。地球人の細胞、取り入れてこうなった」

 両腕を広げて言う。

「フローレルの姿は、地球人の細胞取り入れたからこの姿みゅー」

「遺伝子の改造、と言うのかな」

 ジャドが真顔で続いた。

「わたしたちは元から混血というわけではなく、ヒューマとして誕生し、のちにこう造られたんだよ。ただ、体内変化の悪影響で、それ以前の自分の記憶、行動、全てが失われてしまったがね」

「だから、オレたちにはヒューマの記憶はないンスよ。どこで生まれたのかも、どうやってここに来たのかも、全然わからないッス。自分で望んでこうなったのかも、それすら。自分の親兄弟もわからないし、元の姿もわからないッス」

「みゅー。けど、フローレルにはお兄ちゃんがいたみゅ。フローレルには記憶なかったけど、お兄ちゃんがフローレルを妹だって教えてくれたみゅー」

「そのお兄さんって?」

 トニーが首を傾げると、「みゅー。死んじゃったみゅー」と答えられ、慌てて俯いた。

「ご、ごめん。ヤなこときいて……」

「みゅー、いいみゅー」

 笑顔で首を振るフローレルに、トニーは「……ははは」となんとか笑みを向けた。

 ジュードは胸の前で腕を組んで訝しげに眉を寄せた。

「その兄さんがフローレルを妹だって言ったってことは……兄さんには何かの記憶があったってコトか?」

「みゅーん。……よくわかんない。深く考えたこと、なかったみゅー」

「その……遺伝子の改造って、ヒューマが?」

「ヒューマがやったのか、ノアの番人がやったのかはわかりません」

 ジャドは軽く首を振り、視線をテーブルの隅に落とした。

「しかし、わたしたちにはノアの番人は親のようなもの。ヒューマとはまったく面識はありませんでしたから、ノアの番人たちに頼らざるをえなかった」

「じゃあ……混血って言っても、どちらかと言えばヒューマに近いんですね」

「そうなるでしょうな。なんのために我々が誕生したのかはわからないが……」

「……なのに……ヒューマよりもノアの番人たちの方を?」

 ロマノが少し戸惑うと、ジャドは寂しく笑った。

「ヒューマは、わたしたちにとって……架空の人物のようなものなんだよ。見たこともないし、例え自分がそうであってもその記憶もない。しかし、ノアの番人たちはわたしたちをかわいがってくれた。わたしたちには親切だった」

「……それは、全てのノアの番人がそうだったんですか?」

 ハルが問い掛けると、「……というと?」とジャドは首を傾げる。

「……ノアの番人の中には、戦いに明け暮れる人と平和を望む人がいたそうですが。……あなたたちクロスに優しかったのは、全てのノアの番人たちがそうだったんでしょうか? それとも、平和を望むノアの番人たちだけですか?」

「なるほど。……ノアの番人たちの間には、確かに戦いを望むものと平和を望むものがいた。しかし、それをわたしたちが区別することはできなかった。……いや、区別をしてはいけない。区別をすれば、いつかそれは差別になる。そう教わりましたからな。……だから、たとえノアの番人の中にもふたつの考えのものがいたとしても、わたしたちにとってはノアの番人はノアの番人。……たとえその中の一人が卑しい者だとしても、また別の者が心豊かな者で有れば、それでいい。……正と負、表と裏、光と闇、善と悪――。それらふたつは、ひとつのもの。ノアの番人は、ノアの番人でしかない。……親切で優しかったノアの番人たちも多かった。全てのノアの番人が本当はそうであることを、私たちは望み、信じている」

 ジャドは静かに目を閉じた。願うようなその姿を四人はじっと見つめる。

 カールはコップを置いて小さく息を吐いた。

「……という考えを持っているクロスの仲間たちは、このノアコアに留まってるッス。……オレたち、ノアコアを離れたクロスは、ジャドさんの気持ちもわかるけど、それでも戦いを続けようとするノアの番人のやり方はやっぱり阻止しなくちゃいけないって、そう考えた者の集まりッス。ジャドさんの言ってることは……理想ッスよ。理想は希望を与えるからいいッス。けど、理想は理想。現実とは違うッス。……いつ崩れるかわからない理想を抱え続ければ、そのいつかの時、ショックは大きくなるッス」

「……それでもいいんだよ」

 ジャドはゆっくりと目を開けた。

「……例えそれが間違っていたとしても、信じたいんだ。……裏切られるのはいい。ただ、それでもわたしたちは信じたい。ノアの番人たちが戦いを望んでいたのも、いつかは過ちを認めるだろうと。……そして今、ヒューマたちが何かをやろうとしているのも、きっと、なんらかの理由があるのだと。……そう信じたい」






「……なんだろうね。すごく……考えちゃう」

 トボトボ歩きながら呟くロマノの横、ジュードは空を見上げた。

「そうだな……。なんて言うか……、前にタグーさんに言われたさ、勝ち負けなんて関係ない戦争、……勝ち負けでケリが付くんだったら前に何かをしていたけど、それでも望みを捨てなかったからっていう……。……あの意味がなんとなくわかるな。……もっと、ここについてはいろいろ調べなくちゃいけなかったんだ」

「そうだね……」

「ノアの番人にいいヤツと悪いヤツが居た、か……。……そう言われてみたら、クロスもそうだよな。ジャドみたいな奴らもいれば、カールたちみたいな奴らもいる。……不思議なところだな……」

「そぉ?」

 と、先を歩くリタはジュードを振り返った。

「不思議なトコなんてないよ。ジャドは戦いが嫌いなの。カールは武力行使するの。パパとママだってそう。ママは戦うの嫌うけど、パパは戦うのは仕方ないって思ってる。みんな、同じだと思うよ? ただ、お兄ちゃんたちは戦いバカになってるんだよ」

「……戦いバカ?」

「うん。機動兵器とかに乗って、飛び回ってるから。戦うのが当たり前って思ってるの」

「……。そんなことはないぞ。それでも、平和が一番だと思ってる」

「でも、敵が攻撃してきたら反撃するでしょ?」

「当たり前だろ」

「だから、それが当たり前だって思ってること自体、やっぱり戦いバカなんだよ」

 リタにため息混じりに肩の力を抜かれ、ジュードは少し不愉快そうに目を据わらせた。

 ジャドと話し終わった後、彼らの案内で軽くノアコア内を案内してもらった。だが、大して物珍しいものはなく、ただ冷たくて静かな“ビルの中”といった感想。タイムゲートのある場所にも行きたかったが、それはさすがに駄目だと断られ、渋々退散した。

「ジャドが言ってたみゅ。地下道の配線関係も調べるって」

「けど、配線関係に支障があったら、真っ先に植物たちに異変が起こるッスよ。そっちは異常ないと思うンスけどね……」

 帰るための近道を知っているフローレルとカールは、森の中、彼らの先頭を歩きながら互いに言葉を交わす。

「みゅー。けど、念のためにってー」

「それはいいッスけど。でも、時間が掛かるッスよー。その間に攻撃があったら、地下は危険ッス」

「みゅ。でも、調べることのできるところは全部調べるみたいみゅー。だから、もし攻撃があった時は、できるだけ地上戦は避けて欲しいって、そうクリスに伝えて欲しいって言ってたみゅー」

「そうッスね……。どっちにしても奴らが現れるのは上空からッスから、そこでの戦闘になるッスよ」

 そんな二人の会話の後ろ、ジュードたちはジュードたちで別の話になる。

「それにしてもさ、ノアコアの中って、あんまり大したことなかったよなぁ」

 ウィンドカーを小脇に抱えて呟くトニーにジュードもうなずいた。

「もっとすっげーものでもあるのかと思ってたけど、ちょっと拍子抜けだな」

「やっぱり、タイムゲートのある部屋くらいまで行かなくちゃ珍しいものはないんだよ」

「そんなことないよ」

 と、リタが口を挟む。

「タイムゲートのある部屋に行ったって、別に珍しいものはないんだよ」

「そうなのか?」

「うん。でかいコンピューターと、あと、壁にカプセルがあるくらいで」

「……カプセル?」

「人を閉じ込めていたカプセルだよ。今はもう全然機動能力ないからね。行ったって、珍しいのは最初だけ。でも、それだって大しておもしろいものじゃないし」

「リタちゃんは」

「その、ちゃん付けはやめて」

 リタは頬を膨らませてジュードを睨む。

「なんだか子ども扱いみたい」

 ――子どもは子どもだ。と、ジュードは苦笑して続けた。

「リタはタイムゲートのある部屋には何度も行ったのか?」

「うん。何度も行ったことあるよ。ノアにいる人たちは絶対一回は行ってる。興味と、あと調査と」

「ふうん……」

「オレもその部屋に行ってみたいなーっ」

 トニーが背伸びをしながら言うと、「私も行きたい!」とロマノも笑顔で賛成する。

 リタは少し笑った。

「じゃあ、今度はこっそり裏手から回ろうか」

 よしよし! と、気の合う雰囲気に笑い合う。

 ジュードはあまり話しに加わらない背後のハルに気付き、その横に並んだ。

「どうした? 何か気になることでもあるのか?」

「……あのクロスたち」

 ハルの視線の先、カールとフローレルの背中にジュードは「ん?」と目を向けた。

「……あの人たちも、言ってみたらこの戦いの犠牲者なんだよな……」

 呟くような声に、ジュードは「……そうだな」と神妙にうなずいた。

「……なのに、なんであんなに穏やかなんだろう。……ジャドさんにしても。……我慢してるだけなのかな」

「ン、そりゃそうだろ……。不満があったって、それをぶつけるところもないんじゃないのか?」

「……ノアの番人たちにぶつけようと思えば、それができたはず。……あんなにいい機動兵器を作れる人たちなんだから、レジスタンスとして活動すればそれこそこのノアを支配できたんじゃないのか? ……そうしなかったのは、なんでだろう」

「ジャドが戦いを望まないクロスだから、だろ。……カールだって、なんだかんだ言ってもあんまり争いが好きそうじゃないし。クロスってのは、平和が好きなんだな」

「……。なぁ、それって……どっちの遺伝子を受け継いでるんだ?」

 ジュードは少し表情を消してハルを見た。――ハルはただ真っ直ぐを見ている。

「……地球人とヒューマの混血。あの穏やかさは……どっちの血を引き継いでるんだろうな……」

「……。さぁな」

 ジュードは少し視線を逸らし、間を置いて深く息を吐くと空を見上げた。

「けど、どっちにしてもヒューマだって地球人だって戦う時は戦う。結局、性格だろ。もしくは……遺伝子操作された時に、そういう性質になってしまったのかもしれない」

「……だとしたら……なんとなく、わからないか?」

「なにが?」

「……あの人たちが誕生した理由。ジャドさんはわからないって言ってたけど……、もし、あの人たちがこのノアを制していたら……きっとここは、戦いの起こらない、平和な場所になってたんだろうな……」

 いつもと変わらない冷静な声に、ジュードは少し目蓋を動かした。彼の戸惑う空気を感じつつも、ハルは動じることなく、歩き保ってただ遠くをじっと見つめる。

「……なにが本当なのか……。地球人の滅亡を恐れ、ここを第二の地球にしようとしたのが本当なのか、……だったら、クロスはなんのために生まれたのか。……ヒューマとノアの番人……。そいつらが本当に目指していたのは、なんだったんだろうな。……この大地の豊かさも、……第二の地球にしたかったのは、誰がそう望んだことだったんだろう。……ホントに、第二の地球にしたかったのかな……」

 呟くように淡々と続けるハルの言葉を聞きながら、ジュードは先頭を歩く二人を見つめ、少し視線を斜め下に向けると小さく息を吐いた。

「……今となっちゃ、その事実を探る手立てはどこにもない。ノアの番人たちは全滅したし、ヒューマは敵対してくるし。……闇に葬られたな」

「……」

 ハルは遠くを見つめた。……闇に……か――。






「何やってんだ!!」

 タグーは腰に手を置いて、彼らを横一列に並べて睨み付けた。

 ケイティの外のハッチ付近で、ジャドから連絡をもらっていたタグーが険しい顔で待ち構えていた。逃げるにも逃げられず、いきなり彼から説教だ。

「ノアコアには近付いちゃいけないって聞いてただろう!? 何かあったらどうするつもりだったんだ!?」

「何もなかったもん」

 リタが拗ねて口を尖らせるが、タグーはそんな彼女をも睨み付けた。

「なかったからそんなこと言えるだけだろ! 何かあってからじゃ遅いんだからな!」

「……いーじゃないっ。カールもフローレルも一緒だったんだからっ」

「そういう問題じゃないだろ! もうちょっと危機感ってものを背負わなきゃダメじゃないか!」

「危なくないもんっ」

「危ないんだぞ!!」

 ギリギリと睨み合う二人に、カールは「すんません……」と頭を下げ、フローレルは「関係ないのにーっ」と拗ねる。

 首を縮めていた四人は、申し訳なくそっと窺った。

「タグーさんすみません。オレたちがリタに連れて行ってもらうように頼んだものですから」

 ジュードが深く頭を下げると、ロマノもガバッと頭を下げた。

「軽率でしたっ。……すみませんでしたっ」

「キミたちが一番用心しなくちゃいけないはずだぞ!!」

 「……はい。すみません」と、四人は何度も頭を下げる。タグーは「ったく!」とまだ怒りを鎮火させることなくそれぞれに厳しい目を向けた。

「リタ! キッドが呼んでたから行け!」

「えーっ!! 怒られる!!」

「当たり前だ!!」

 怒鳴られてリタはムカッ! と眉をつり上げながらも、ズシッズシッと歩いていった。

「カール、フローレル、キミたちはフライのトコっ!」

 二人は「あぁー、怒られるー」と、がっくりと頭を落として歩いていく。タグーはその背中を見送り、ジュードたちを睨み付けた。

「キミたちはクリスのトコだ。……どうなるか、わかってるだろうけどな」

 脅しを含めた声に「はい……」と俯く、その中、ハルはぼんやりタグーを見た。

「……すみません。……ジェイミーと遊んでやる約束してるんですけど」

「そんな約束を果たしてる場合じゃないだろ」

 タグーが注意するが、ハルは首を横に振った。

「……約束は約束です。……遊んであげなくちゃ……」

 無表情ながらもどこか真剣さを覗かせる。そんなハルにタグーは顔をしかめた。

 ――そういえばこいつ、アリスの時もロックの時もそうだった。決めたことは頑として貫き通すっていうめんどくさいたちの……。

 思い出して、「……はあ」と深く息を吐いた。

「……わかった。あとでジェイミーを連れて行ってあげるよ。今はクリスの所に行くんだ」

「……わかりました」

 ぺこりとお辞儀をしてケイティに向かう。ジュードたち三人も会釈をしてハルの後を追った。

 おとなしく立っていたガイは、「ったく……」と呆れてため息を吐き腕を組むタグーを見下ろした。

「皆さん、無事戻ってきて何よりです」

「……それはそうだけど。……あの子たちにはホントに今の状況がわかってるのかな……」

「彼らは彼らなりに考えることがあるのでしょう。タグーたちと同じですね」

 タグーは「……同じって?」と訝しげにガイを見上げると、彼は顔を向けた。

「自分たちで立ち向かうことを決心し、上官に楯突いていた、あの時のタグーたちと同じですよ」

「……。それは……」

「彼らの全てを制しますか? それとも、助言しつつ見守りますか?」

 問い掛ける雰囲気がどこか愉快そう。

 タグーは分が悪そうに口籠もり、がっくりと項垂れてため息を吐いた。

「……わかったよ。協力的にはなる。……はぁ。……今になって、あの時フライが怒ってたことが理解できるよ……」

 情けない声に、ガイはポンポンと、励ますようにタグーの肩を叩いた。

 ――総督執務室に赴くと、コンコンとクリスに説教食らった。それが終わると今度はアーニーだ。ヘロヘロになったところでダメ押しのザック。そのまま機材運びをするように命令されたが、ジェイミーがやってきて、しっかりハルのズボンを掴んで離さなかった。ザックがジェイミーを離そうとすると、彼女を連れてきたタグーが、

「彼らにはお守りを任せているんで、そうさせてください。クリスからも言われてるから」

 と援護。結局四人はジェイミーと一緒に少し広く造られた個人部屋に“監禁”された。

 ハルが軽く投げるボールを、ジェイミーは「きゃっきゃっ」と楽しそうに追いかけ、掴み取るなりハルに投げ渡す。それを何度と繰り返し、飽きると、今度はロマノがジェイミーにぬいぐるみを渡してみる。すると、ぬいぐるみを相手に「うー、あー」と話をし出す。その姿を見てロマノはたまにぬいぐるみを動かして腹話術の真似事で彼女を喜ばせた。

 トニーは床の上に横になって大きくあくびをした。

「まーた退屈になったなぁ……」

「ジェイミーと遊ぶの楽しいよー」

 ロマノがぬいぐるみではしゃぐジェイミーの相手をしながら楽しそうに振り返る。

「トニーも遊ぶ?」

「やーだね」

 フン、とそっぽ向くトニーに、ジェイミーはタタタッと近寄ってぬいぐるみを差し出す。トニーは「……」としばらく笑顔の彼女を見て、渋々ぬいぐるみを手に取ると、動かしてみせた。

 ジュードははしゃぐジェイミーから、一人でボールを投げて遊ぶハルへと目を向けた。

「リタたちも怒られたかな?」

「……怒られただろうな」

「これでタイムゲートのある部屋に行くのは困難になってしまったワケか」

 「あーあ」と、とジュードは無念なため息を吐いて床の上にばらまいてある積み木で遊び出す。

 ハルはボールを床に転がし立ち上がると、窓辺に赴いて外を窺った。

 段々と日が沈み掛けている――。表では数名のクルーが歩き回っているが、彼らが何をしているのかまではわからない。

「……。静かだな」

「今のうちにクロスの機体の整備をしたい所なんだけどなぁ」

 ジュードが“家”を作りながら呟くと、ロマノは顔を上げ、「私も乗りたい!」と手を上げた。

「次は私が借りる番ね!」

「順番なんて元々ないぞ」

「じゃあ、次は私がっ」

「ダメだ。あの機体、結構操作が大変なんだからな」

「ジュードとハルにできるならオレたちにだってできるよなーっ」

 ジェイミーの相手をしながらトニーまでもが言う。

「あとでカールに頼もーっと」

「……やめとけ」

 と、ハルが真顔で振り返って二人に首を振った。

「……やめておいた方がいい」

「なんでだよーっ?」

「……ジュードの言うとおり、操作が大変なんだ。……忙しないし」

「お前らに乗れるんだからオレたちだってっ」

「……試験合格順位、最低ラインだったたろ。オレとジュードは最高ラインだった。……この差だ」

 事実は事実だが、まるで見下されているような気がしてトニーはムッと眉をつり上げた。

「そんなの納得行くか!」

「……カールさんたちには、お前たちは乗せないようにって言っておくから」

 捨て台詞を吐いてまた外へと目を向けるハルをトニーは頬を膨らませて睨み付けた。ロマノもふてくされた様子で拗ねる。

「パイロットなのにぃーっ。またここでお留守番ーっ?」

「危険がなくてラッキーだろ?」

 ジュードが笑いながら相槌を問うが、トニーとロマノはフンッとそっぽ向いた。

 ――その頃、アリスの病室では……ロックがベッドに顔を伏せて昼寝をしていた。

 どれくらい寝ていたのかはわからないが、ふと目を覚ますと「……んーっ」と大きく背伸びをしながらあくびをして腕を下ろし、同時に深く息を吐き出した。

 ……やべぇやべぇ。眠っちまったか……。

 あまりにも退屈で、静かで、ウトウトとしてきたのは覚えているのだが――。

 そろそろ誰かがやって来るかも知れない。退散しなくちゃな……、と、椅子から立ち上がって、肩を回しながら眠っているアリスを見下ろした。

「……早く目を覚ませよ。みんな、結構気にしてンだからな」

 呆れ混じりのため息を吐くと、ダクトの下、ロープに掴まって登り、天井裏に入り込んでからロープを引き上げ、蓋を閉じた――。






 送られてくるデータを確認しながら過去のデータと見比べる。アーニーは、一旦休憩を取って司令塔を離れていたクリスが戻ってくると、総督席に座った彼を見計らって近寄り、データの紙を二種類差し出した。

「これを見て」

 コンピューターの上に並べ、グラフや数値を見比べるクリスの視線の先、軽く指を差す。

「十年前の数値と、そしてこの前の数値。若干変わってるの」

「……そのようだな。……この数値は……」

「エルグ値よ。ガンマの大きさが以前の倍にはなってる」

「……この十年で、相手もかなり技術の進歩を遂げたみたいだな」

「ガニメデ付近で停滞しているロジャー艦隊から通信が入っているの。つい最近、光の柱らしきものを見たらしいんだけど、たぶん試し打ちだろうって。注意するようには言っておいたけど……」

 クリスは二枚の紙を手にとって、じっと内容に見入った。

「……あの時、ゲートシールドで防げたのは奇跡に近いな……」

「そう思うわ。データを基にシールドの強化をしていってるけど、それに並んで相手も進んでる。……追っかけっこね」

「シールド強化も含めて、最大包囲値を上げよう」

「了解」

 アーニーが自分の席に戻っていくと、クリスはデスク上にある数種のモニターをそれぞれチェックする。

「大気圏外偵察中のインペンドからの情報は?」

「異常を知らせる連絡は届いてません」

「総督、スーパーノバの爆発が迫っているようです。座標1289、3452、499」

「監視を続けてくれ」

「了解」

 それぞれが与えられた仕事に励む。

 ……ここのところ、とても静かで落ち着いた時間を過ごしていた。それでも緊張感をなくすことはないが、しかし、気持ちに余裕があってまだ楽だ。それはここにいるオペレーターだけじゃない。他のクルーたちも同じだろう。

 様々なクルーや上官たちが行き交う中、一人のクルーがクリスに近付いてきた。警備兵だ。敬礼をひとつして、書類を差し出す。

「ライフリンクのマリー・ハーレイの調書です」

「……様子はどうだ?」

 受け取って目を通し訊くと、警備兵は「はい」と背筋を伸ばしたまま答えた。

「落ち着きは取り戻しつつあります。ただ、心的外傷があるのか、睡眠を取るとうなされているようです。安定剤を摂取しているのですが……」

「ライフリンクを薬に頼らせるのは返って危険だ。バランスを失ってしまう可能性がある。担当医に、できるだけ薬の投与をせずに彼女の気持ちを落ち着けるよう努力してくれと、伝えておいてくれ」

「了解しました」

 敬礼をしてその場から足早に去っていく、その背中を見送ることなくクリスは受け取った書類に目を通した。

 彼女と軽く会話をして、そして調書を見る限り、怪しい点はどこにも見あたらない。むしろ、クルーたちとも仲良くやっていた優秀なライフリンクだ。

 ……しかし、油断することはできない。アリスがはっきりと意識を取り戻すまでは――。

 全ての“鍵”はアリスが握っているはず。そう思っているのはクリスだけじゃない。フライスもアーニーも、タグーもガイもそう思っている。だから、一刻でも早くアリスには目を覚まして欲しいのだが……。そればかりは強制できることじゃない。せめて、次の攻撃が起こってしまう前に目覚めて欲しいものだ。書類をデスクに置き、一息吐いた。……その時!

「総督!! インペンドからの緊急連絡です!!」

 オペレーターの一人の大声に、一瞬にしてみんなの顔色に緊張が走る。

「在籍不明の小型機を発見!! 先日の襲撃にて目撃した小型機と同型のようです!!」

「警報発令!! 戦闘クルーは直ちに出撃庫に集合!!」

 クリスの言葉で、艦内に警報が高々と鳴り響き、【非常事態発生! 非常事態発生!!】とオペレーターがマイクに叫ぶ。

「民間人を至急避難!! 艦外で作業中のクルーを撤退!!」

「総督! インペンドからです!! 熱量確認!! ノアに近付いています!!」

「規模は!?」

「確認中です!!」

「クルー搭乗手続き開始! 配置指令お願いします!!」

 騒々しさが増す中、「……クソ! 来たか!!」と、クリスは険しさを露わに舌を打った。

 ――突然の警報に、「!?」とロックは顔を上げた。ちょうどダクトの中を中腰で進んでいた時だ。

【非常事態発生!! 非常事態発生!! 戦闘クルーは直ちに出撃庫に集合!! 搭乗手続きを終え、指示に従い速やかに行動せよ!!】

【艦内スタッフ、民間人は衝撃に備え座席に着きシートベルト着用!! 医療スタッフスタンバイ!!】

 スピーカーから流れる慌ただしい声に「チッ……」と舌を打った。

 ……とうとう来たか!!

 待ってました! と言わんばかりに意気込むが、ふいにアリスの方を振り返る。

 ……待てよ。……このまま戦いになったら、あいつに掛かる負担が大きくなるんじゃないのか……?

 このままでいいのか!? とウロたえながら病室に戻り、ダクトの蓋を外してロープも無しに飛び降りると、ベッドに駆け寄って寝顔を覗き込んだ。

「おい起きろ!! 敵が来たぞ!! 襲撃だ!!」

 枕元に手を付いて身を乗り出し焦りを含めて大きく言うが、アリスはピクリとも動かない。

「何やってんだよ! お前大丈夫なのか!? このまま放って置いてもいいのか!? 誰か呼んだ方がいいのか!?」

 ――返事はない。

「なぁ! 一人にしてもいいのかよ!? ……戦いが起こっても大丈夫なのかよ!? 爆撃の振動とかにちゃんと堪えられるのか!?」

 問い掛けても目を閉じたまま。

 ロックは「……ああーっ! くそーっ!!」と苛立ち急いで部屋を出た。

 こんな時まで寝てやがって!!

 アリスとしては「好きで寝てるんじゃない!」と言いたいところだろう。

 走って窓口まで行くと、係員が「……あれ!?」と足に急ブレーキを掛けたロックに目を見開いた。

「キミ、いつの間に!!」

「ンなことはどーでもいいだろ!! タグーを呼べ!! 早くしろ!!」

 彼の剣幕に押されて、係員は急いで内線を鳴らす。

【タグー・ライトさん! タグー・ライトさん! 至急CR窓口までお越しください!!】

 繰り返し呼ぶ係員の傍、ロックはイライラしながらウロついていたが、係員がマイクを置くと同時に、

「タグーが来たらアリスのトコに来いって伝えてくれ!!」

 そう告げて、「おい、待ちなさい!!」と呼ぶ彼を背後に、また病室へと走る。警報機のうるさい音に気を留めながら、ベッドに近寄ってその顔を覗き込んだ。

「おいおいこんな時に寝てる場合じゃねーだろっ! 今から戦争がおっ始まるんだぞ!!」

 窓の向こうではすでにインペンドが空に飛び立つ姿が見受けられる。その轟音まで室内に響く。

 ロックはガシッとアリスの肩を掴み、ユサユサッと揺さぶった。

「このくらいなら堪えられるか!? どのくらいの衝撃なら堪えられるんだ!? もっと激しくてもいいのか!?」

「ロック何してンの!?」

 ドアが開いてガイと一緒にタグーが現れたが、アリスを揺さぶるロックを見てギョッ! と目を見開き慌てて駆け寄った。

「ダメじゃないか!! そんなことしちゃ!!」

「いいのか!? このまま放って置いていいのか!?」

 アリスを離して戸惑いを露わにするロックに「……はっ!?」と顔をしかめた。

「爆撃とかあっても、こいつは堪えられるのかって聞いてンだよ!!」

「そ、それは……ない方がいいだろうけどっ。でも、戦いが始まったら爆撃があっても仕方ないんだからっ」

「バカか!? 仕方ないで済ませるなよ!! こいつの命に関わるかもしれないんだろーが!!」

 怒鳴られ、タグーは「うっ……」と身を引く。

 ガイはロックを見た。

「ロック、アリスのことは任せてください。あなたは早くグランドアレスに搭乗を」

「わかってる!」

 ロックは苛立ち返事をしてタグーの鼻先を指差しながら睨んだ。

「しっかり護ってろよ!? わかったな!?」

「わ、わかったよっ」

 軽く身を仰け反らしてうなずくと、ロックは「よし!」とそのまま走って出ていった。

 タグーは「なんなんだ……?」と彼の背中を見送って、開いている天井のダクトに気付き、アリスへと目を向けた。

「……やっぱり、ロックはロックなのかもしれないな……」

 呟いてため息を吐きながら、ロックのせいで乱れた布団を整えてアリスにかけ直す。そんなタグーから、ガイは窓の外に目を向けた。

「爆撃がひどいようでしたら、シェルターに避難しましょう」

「そうだね」

 タグーはうなずくと、念のため、アリスに繋がっている医療機器が動かせるかを確認しだした。

 ――クルーたちが慌ただしく行き交う通路、ロックは走って格納庫へと向かう。途中、クルーたちが口々に言い合う言葉に耳を傾け、心の中で舌を打つ。彼らが慌てているのは、とにかく“先日の交戦以上に敵機の数が多い”ということだ。

 聞いた話じゃ、この前の戦いの時にだいぶ攻撃を食らったって話だから……今回はそれ以上ってコトも有り得るな。そう考えながら格納庫に着くと、騒々しい戦闘クルーたちの間を抜けてすぐに壁際のグランドアレスへと向かう。ちょうどその足下にザックが待機していて、彼を見つけるなり「ロック!!」と声をかけてきた。

「内線を入れてすぐにクリスの話を聞け!」

「わかった!」

 グランドアレスのハッチまで向かう足掛けに掴まる、そんなロックにザックは一歩近寄って彼の腕を掴んだ。

「お前を頼りにしている。……けれど、絶対に死ぬんじゃないぞ」

 真剣なザックに、ロックは少し笑みを浮かべてグッと拳を作ってみせた。

「任せとけよ! オレがケ散らして来てやっから!」

 ザックが苦笑気味に手を離すと、ワイヤーから伝い下りているスイッチを押し、ハッチへと向かう。そしてそこに足を着けると足掛けが自動収納され、すぐにシートに飛び込み深く座った。座席の横に置いてあるメットをかぶり、手早くボタンやスイッチを入れ、ハッチが閉まるとシートベルトをかけながらモニターのスイッチを入れる。

《ロック、準備はいいか?》

 内線からのクリスの声に、ロックはシートベルトをグッと絞めながら口元に笑みを浮かべた。

「バッチシだ!」

《敵機の数が予想以上に多い。今はまだノアの大気圏外で停滞しているが、いつこちらに向かってくるかはわからない》

「機動兵器の数はっ?」

《正確な数は確認できていない。敵艦が七隻。内三隻は出撃口確認から戦闘機専用艦だと思われる。……数は半端なものじゃないぞ》

「へっ。だろうな」

《アポロンを先頭に立たせる。お前はバックアップだ》

「……はぁ!? 冗談だろ!?」

 愕然と目を見開くと、訝しげに身を乗り出して腕を広げた。

「キーファーをオレのバックアップに付けさせろよ!!」

《お前はこれが初めての戦闘になる。キーファーはベテランだ。彼の指示に従い、援護をしろ》

「……くそ! 結局それか!!」

 不愉快げに吐き捨てながらも、それ以上の文句は言わない。そんなロックにクリスは冷静に続けた。

《いいな、ロック。……オレたちの戦力が敵よりもないことはわかっているんだ。……混戦になってしまえば、正直、負け戦になる確率が高い》

 ロックは手袋をはめて指の間にフィットさせると、力強く操縦桿を握った。

《……それでも、ここで負けるわけには行かないんだ。……わかるな?》

「ああ。わかってる。……俺はそのためにいる。そうだろ?」

《……ああ。……。お前なら乗り越えられる。……そう信じている》

「任せとけよ」

 ロックはノアの大気圏外を映し出す外部モニターを睨み付けた。

「……絶対負けねェぞ……!」






「くそ!! ここを開けろよ!!」

 ジュードがドアを叩くが、誰もLOCKを解除してくれない。

 ロマノはポカンとしてぬいぐるみを抱いているジェイミーを抱き上げ、部屋の片隅で護るように縮こまった。警報が鳴り響き、戦闘が始まるというのに彼らは閉じ込められたまま。

 トニーは窓ガラスに近寄って外の様子を見上げ、ジュードを振り返った。

「みんな出て行ってる!! 敵の姿はまだ見えないぞ!!」

「開けろよ!! ここを開けろって!!」

 ガンガン!! と何度もドアを叩く。しかし、微かに走る足音と飛び交う言葉が聞こえるだけで、他には何もない。ジュードは「くそ!」と言葉を吐き捨てた。

「このままここでじっとしてろってのか!?」

 ドンッ!! と怒りにまかせて壁を殴りつける。そんな彼の姿にロマノは戸惑い、ジェイミーを膝に抱いたまま、冷静に辺りを見回しているハルを見上げた。

「よ、様子がわからないんじゃどうしようもないよね……?」

「……様子がわからないから、どうにかしなくちゃいけないんだ」

 ハルはそう答えてジュードの傍、ドアの横にあるパネルを探る。それを見てジュードは顔を上げた。

「なんとかできそうかっ?」

「……やってみる。……どこかにマイナスドライバーかナイフがないか、探してくれ」

「わかった!」

 ジュードがすぐに備え付けてある棚を開けて中を探る。トニーもそこに加わって中を物色しだし、ジェイミーは「宝探しだ!」と言わんばかりの笑顔でそこに駆け寄って彼らの間に入り込み、中の物をどんどん外に巻き散らしだした。ガサガサッ! と探る音、そして「ち、散らかすなってば!」とトニーの戸惑う声が響く中、ロマノはそっと窓の外を見上げ、訝しげに眉を寄せた。

「……、ねえ……、……あれって……なに……」

 警報音に掻き消えそうなほどの怯えにも似た小さな声に、ジュードは振り返り、そこに近寄って彼女の視線を追った。

 インペンドが次々と空へ向かう、その先。青空に、塗り潰したような黒い“染み”がじわりじわりと広がっていく――。

「……なんて数なの……」

 司令塔――。アーニーが愕然とした表情で呟いた。本人としては言葉にしたつもりはなかったのだろうが、無意識のうちにそう口にしていた。彼女だけじゃない。他の誰もがそう感じていることだ。外部モニター、インペンドから送られてくる情報とその光景を見て、みんなが息を飲み、視線を釘付けにした。

 七隻の艦。そしてその周りに小型機と機動兵器。続々と現れ、威嚇しているのかなんなのかもわからなくなる。数を増やすだけ増やしていくが、そこからノアに向かうこともなく、ただ停滞しているだけ。

 上官たちがクリスに「どうなさるんです!?」「これでは降伏しか道は!!」「連邦に連絡を!!」と口々に叫き立てる。しかし、当のクリスはモニターを睨むように見つめ、グッ……と拳を握った。

「……各艦隊、クルーは戦闘配置に付き、そのまま待機。……シールド強化率アップ、ゲートシールドチャージ」

 静かに告げる言葉をオペレーターたちがすぐに伝達する。

 上官たちが「それではとてもじゃないが乗り切れない!!」「直ちに通信を取り交渉を!!」「多国籍軍に救援連絡を!!」とクリスを取り囲む。そんな慌ただしい司令塔に、クルーたちと交差しながらフライスがやって来た。

「クリス! 状況は!?」

 総督席に近寄ってきた彼をチラっと見ただけで、クリスは何も言わずにただモニターへと目を向けた。その様子を見てフライスは軽く舌を打ち、上官たちが空けた傍に立って腰を曲げ、デスクに手を付いてモニターを覗き込んだ。

「数が多いな……」

「……前回ディアナにやられたことを教訓にしているのかも知れない。……“彼女”の力以上のものを用意して来たんだろう……」

「……。グランドアレスとアポロンは?」

「待機させてある。……二人のコンビネーションが噛み合えばいいが……」

「……それに期待するのはやめよう。……カールたちも準備はできている。こちらの指示に従うらしいから、回線をつなげてくれ」

「わかった」

 フライスの言うとおりに、クリスは回線をオープンにするスイッチを入れた。

 ――その頃、クランドアレスの中ではロックが操縦桿から手を離すことなく外部モニターを見つめていた。格納庫から飛び出し、空に向かうことなく、薄いベールの膜を張り巡らしたシールドに護られているフライ艦隊郡の側に仁王立ちしている。上空には多くのインペンド、そして異人クロスの機体や小型戦闘機が待機している。

《ロックさん、キーファーです》

 アポロンの新パイロットの声に、ロックは耳だけを傾けた。

「……ああ、どうした」

《敵が攻撃を開始次第、わたしは敵本艦を撃とうと思います》

「そうか」

《援護をお願いします》

 ロックは少し眉間にしわを寄せた。

「そりゃ俺に命令してるのか?」

《……。いえ、命令ではありません。しかし、ロックさんの協力がなければ敵本艦に近付くのは不可能に近いので》

「悪いな。俺はここから離れるつもりはない」

 しばらく内線が静かになる。

《……ロックさん、敵本艦を叩かなければ次から次へと》

「ンなことはわかってる」

《だったら、わたしたちが集中するべきことは》

「俺はここに残る。お前は勝手に敵本艦に行けよ」

《……。ロックさん》

「インペンドとか連れて行け。……いいか、誰がなんと言おうと俺はここからは絶対に離れないぞ」

《根本から絶たなければ敵の数は減らないんですよ?》

「相手にも限界はある。どれだけ機体を積んでるかはわからないけど、出てくる奴らを叩き壊しちまえばいいだけの話だ」

《けれどそれではわたしたちが保ちません》

「腕が悪いんだろ」

 しばらく内線が静かになる。

 ロックは気を緩めることなくモニターを睨み付けた。

「悪いけどお前に構ってる暇はねぇんだ」

 冷静だが、突き放すような声に、プツ、と回線が切れた。

 ――そしてその頃、ケイティ内のアリスの病室では、タグーが窓ガラスに手を付いて上空を見上げた。

 警報が鳴り響いてからすでに十数分。……まだ何も起こらない。空に黒い影は広がっているが、その姿をはっきりと捉えることは出来ない。

「……静かだ」

 その言葉に、ガイはアリスの傍を離れることなく彼の背中に目を向けた。

「敵の攻撃はまだのようですね」

「……僕たちの出方を窺っているのかもしれない……」

「タグー、窓辺にいては危険です。こちらへ来てください」

 注意するような言葉に、タグーは後ろ髪引かれる思いでそこから離れ、ベッドに近寄った。

「……被弾する数が多くなったら、僕は格納庫に行くよ」

「はい。アリスはわたしが見ています」

 タグーはうなずくと、眠ったままのアリスを見下ろし、彼女の頭を軽く撫でた。

「……ここで挫けるわけにはいかないもんね?」

 そう、敵が何者であれ、簡単にやられるわけにはいかない。もがき暴れるのは“得い技”だ。

 ――司令塔ではクルーたちが忙しく行き交い、いろんな言葉が飛び交っている。焦るような声と、急かすような声。そんな声を気に留めつつも、送られてくるデータと外部モニターを交互に見ながら、クリスは艦隊の指示に、フライスは異人クロスの指示に追われる。

 敵艦隊が現れて、静かで不気味な地球時間の数十分が経過していた。

 威圧しているのか? それとも、別の考えがあるのか? 密かに何かを仕掛けているのか?

 インペンドたちからの情報で今後の行動を一度模索しようとした、その時、敵の小型機が動きを見せ始めた。宇宙から送られてくる偵察インペンドの情報が外部モニターを通して伝わってくる。そこに映し出されているのは、少しずつノアに下りていく小型機の群れ。それに一歩遅れて敵艦隊も降下を始める――。その様子を目で捉えると、クリスは顔を上げた。

「戦闘態勢!! 甲板砲撃手は待機!」

「敵機、ノア大気圏突破!」

「敵艦隊三隻の移動確認!! 小型機に続きノア進入!!」

 フライスは、外部モニターに映る光景を凝視した。ゆっくりと、少しずつ敵艦がノアの空に現れた。インペンドたちはその場に留まりながらも機体をそちらへと向ける。

 上空に停滞する敵……。みんながその動向を見つめ、固唾を呑んだ。時……敵機小型機がジェットエンジンを点火させ、いきなり猛スピードでノア上空を旋回しだした。

「インペンド、敵機を追跡!!」

 クリスが言うと同時に、モニターに映るインペンドの一部が上空に飛び立つ。

「総督! 敵機動兵器が動き出しました!」

「ノア進入!! 艦隊と合流します!!」

「敵機動兵器五体、こちらへ向かってきます!! ……停止しました!!」

「総督!!」

 どうなさいますか!? とオペレーターが振り返る。

 クリスは近寄ってくる機動兵器の様子を外部モニターで見つめた。

「……インペンド、攻撃に備え銃器を構えて待機」

 そう言うクリスの隣り、フライスは敵の様子を見て少し顔をしかめた。

「……何か様子がおかしいな。……攻撃をしてくるつもりじゃないのか……?」

「……。だといいけどな」

 と、クリスはモニターを見つめる目を細めた。

「……オープンにして交信を試してみよう。……相手に通じるかはわからないが」

 アーニーが「了解」と回線電波ナンバーを変えようとしたその時、突然、何かがモニターを横切った。みんなが「え!?」とそれを見つめる。

「今のは誰だ!?」

 騒然とする司令塔内、フライスが愕然と身を乗り出すが、その時にはすでに遅く、ケイティから飛び出した小型戦闘機はいきなり敵機動兵器に向けて発砲。敵機たちは瞬時にそれを避け、放たれた砲弾は上空に消えた。それで封を解いたように敵機が一斉に動き出し、銃器を構え、襲い掛かってきた。

 クリスは舌を打つと、オペレーターたちに向かって大きく腕を振った。

「防戦しろ!!」

「あれは誰なんだ……!!」

 と、慌ただしくなってきたその場で、フライスがすぐに怒りを露わに格納庫に連絡を入れた。

【クルーが一人、小型機を奪取しました!! ……申し訳御座いません!! エンジニアの数名が負傷!! 外傷はありませんが動けません!!】

 すぐにスピーカーから聞こえてくる。

 フライスは「くそ!」と拳を作る。それと同時に爆撃による振動と光が司令塔に伝わり、オペレーターたちが数名、小さく悲鳴を上げた。走っていたクルーたちも近場の壁に寄り掛かり、体制を整えるとすぐに自分の持ち場に走っていく。

 クリスは焦るように身を乗り出して、指示を繰り出すアーニーを見た。

「敵艦に交信を続けてみてくれ!! 今の攻撃は味方機による暴走で我々の意志じゃないことを!!」

「けれどもう、戦いは始まってますよ!!」

「構わない!! 続けるんだ!!」

「……了解!!」

「総督!! ノア大気圏外より敵機続々下降!!」

「インペンドナンバー12被弾確認! 機体回収機を出します!」

「総督! 防戦一方では被害拡大します……!!」

「サブレットより交戦要請が出ています!」

 爆音に紛れ、オペレーターたちの悲痛な声にクリスは唇を噛む。

 フライスは「……駄目だ」と小さく首を振って拳を握り締めた。

「……もう相手には通じない。……こっちから仕掛けてしまった。……このままじゃ本当にクルーたちを犠牲にするだけだぞ」

 クリスはクッ……と悔しげな顔を上げた。

「……応戦開始だ……!!」

「了解!!」

「……さっきの小型機のクルーが誰なのか、早急に調べろ!!」

「了解しました!!」

 ――突然のことに、司令塔はもちろんだが、待機していた戦闘クルーたちも驚きを隠せなかった。

 応戦開始の伝達を受け、ロックは軽く舌を打った。

 ……こっちからは絶対に先に手を出さないんじゃなかったのかよ!?

 上空から溢れるように現れる敵機を見て、グランドアレスがアックスを取り出し構える。

《ロックさん! 行きます!!》

 キーファーの声と共に、隣にいたアポロンが光剣ライトソードを手に飛び出した。それに続いてインペンドも敵機に突進していく。その光景を見て、ロックは地上に近い場所でグランドアレスを身構えさせていたが、上空で混戦する様子に舌を打つと、操縦桿を引き、そこに向かった。

《こちら、太陽系内地球在籍のフライ艦隊! 認可コードE550-RTY23! こちらフライ艦隊! ノア上陸にて着艦の地球艦です! 貴艦、応答せよ!》

 アーニーの焦るような声が響く。

 グランドアレスは敵からの熱弾を避け、巨体ながらできる限りのスピードで近付きアックスを振りかざした。しかし、スピードの勝る敵機にかすり傷すら負わせられず避けられる。接近戦が無理なら……!! と弾導ミサイルを放ち、それに逃げる敵機を追いかけアックスを奮う。

 ……重い!!

 操縦桿を精一杯動かすが、グランドアレスがなかなか気持ちに付いて来れない。そうしている間に敵機が襲ってきて、振り下ろしてくる光剣ライトソードを「……ヤロォ!!」とアックスで受け止め払い落とし、足蹴りを食らわした。味方機のピンチがモニター上に映ると、すぐにそちらに向かい、敵機に向かって拳を振り上げ、味方機を救い出す。入り乱れて、時折近くで爆発が起こり、それに巻き込まれそうにもなる。

 ロックは「くそ!」と敵を追いかけながら舌を打った。と、その時、地上に向かう敵の姿を捉え、「……行かせるか!!」とすぐに追いかけた。操縦桿に付いているスイッチに親指をあてがえ一度軽く押すと、モニターに映る敵機に向かってスコープが現れる。

【ENEMY CATCH.ROCK ON】

 機械音を確認して再びスイッチを押すと、ドンッ!! と低い音と同時に軽い振動が起こり、ダーグバロンから誘導ミサイルが発射。それに気付いた敵機は逃げようとしてその行く手を異人クロスの機体に阻まれ、誘導ミサイルに撃ち貫かれた。ケイティの真上に落下していく様子を見て、グランドアレスはすかさずそれにライフルを向け放つと、激突する前に敵機は砕けバラバラになってケイティのシールド上で弾けた。

《ロックさん! そこまでする必要はないッスよ!!》

 カールの声を無視して、ロックは操縦桿を動かし再び上空へと向かう。その後を異人クロスの機体、カール機が追った。

《深追いは返って危険ッス!! 下のことは地上部隊に任せた方がいいッス!!》

「狙った獲物は俺の獲物だ!!」

 怒鳴るように答えながらもまた敵機を追いかける。

 カール機も素早い動きで敵機動兵器と対峙して、急所を外し痛め付けた。

《余計な圧力は敵を刺激するだけッス!! 追い払う程度でいいンスよ!! ……この戦いを始めたのはオレたちッス!! 止められるのもオレたちなんスよ!!》

 ロックは答えることなく敵に向かってミサイルを放つ。その間をかいくぐって味方機たちが敵を狙い撃った。

《インペンドナンバー21、被弾!!》

《インペンドナンバー37! 機体回収機の援護を頼みます!!》

《インペンドナンバー19下腹部を落とされました!! 誰か救出に向かってください!!》

《敵機の急所は!? 早く情報をくれ!!》

《駄目だ!! 追いつけない!!》

《弾倉が弾切れです!! 帰艦します!!》

《後ろ!! 危ない!!》

 ――焦り戸惑うクルーたちの声。それをあざ笑うように一向に減る様子のない敵機たち。

 そして敵艦からは地上に向かって爆撃が開始され、ロックは「チッ!」と舌を打ってモニターで上空を探った。

 ……あいつか!!

 次々と爆発物を投下する敵艦を捉えると、アックスを片手にジェットエンジンを吹かし突進した。襲い掛かってくる敵にはアックスを奮い、殴り、連動銃を撃ち込む。グランドアレスが向かう先、敵の機動兵器搬送艦からは続々と敵機が出撃し、または帰艦していく。ロックはできる限りのスピードでそこに向かいながら、バスターレーザーを引き抜いた。その様子を見た敵機たちが一気にグランドアレスへと向かってくるが、そこをアポロンが猛スピードでやって来て光剣ライトソードを奮い敵を斬り倒していく。

《ロックさん!! やっと話がわかりましたか!!》

 嬉しそうなキーファーの声に、ロックは「ケッ!」と無愛想に吐き捨てた。

「お前には興味ねぇんだよ!!」

 グランドアレスがバスターレーザーを構える。ブォンッ……と、銃口に光の粒が集まり、それは次第に巨大にものになっていく。

「放つぞ!! 避けろ!!」

 特定することなく周囲にいる味方機に告げると同時にドォン!! とバスターレーザーから光弾が放たれた。それは無数の敵機を巻き込み敵艦へと突っ込む。……しかし、当たった場所は誰が見ても“無関係”な所だ。敵艦の側面からモウモウと黒い煙が上がり、《どこを狙ってるんだ!!》と誰かの怒鳴り声が聞こえるが、ロックはそれを無視し、再びバスターレーザーを構えて撃ち放った。だが、それも別の敵艦の側面に穴を開けただけ。

《ロックさん!! 撃ち落とすなら機動力のある中枢部の!!》

「うるせぇってんだろ!!」

 言葉を遮ると、バスターレーザーを仕舞い、敵機動兵器に襲い掛かった。



「!!」

 大きく揺れる足下、そして窓から入り込んでくる閃光に顔を伏せ、アリスの上から彼女を覆い庇うように腕を広げて背中を丸めた。そんなタグーの傍、ガイが医療機器を支えながら彼を振り返った。

「このままの状態が続けば、ここも長くは保ちません」

 ガイの冷静な言葉にタグーは少し目を見開いて彼を見上げた。

「どういうこと!?」

「シールドにも限界はあります。いつまでも保ちません。このまま被弾し続ければここは危険です」

 タグーはアリスに覆い被さったまま愕然と大きく目を見開いた。

 つまり、ケイティが――

「万が一に備え、地下へと移動しましょう。……気休め程度ですが、ここにいるよりは若干余裕があります」

「……余裕って……!」

 戸惑いを露わに言葉を続けようとしたその時、近場に落ちた爆撃に艦が大きく揺れ、タグーはバランスを崩して床に倒れた。ガイも危うくその場に倒れそうになったが、ベッドの周りの機械が大きく揺れ動き倒れかけ、すぐにアリスを抱き上げてそこから離した。彼女に付いていたコードやチューブが引き離され、そのあとすぐにベッドの上に機械が散乱する。

 タグーは怒りと焦りを含めた表情で「くそ!」と体を起こすと、すぐに立ち上がってガイが抱えるアリスへと目を向けた。

「アリス!!」

「大丈夫です。急いで地下へ向かいましょう」

 タグーは「……わかった!」と走ってドアへと向かうが、「!?」とドアを見上げたり触ってみる。何かを探るようなタグーに、背後に立つガイはアリスを抱え直しながら首を傾げた。

「どうしました?」

「……開かない! さっきの衝撃で壊れたんだ!!」

 タグーは焦りながらタッチパネルから手動で開けようとするが、すでに配線自体がショートしてしまったのか、反応すらしない。

 ガイは「頼みます」とアリスを床に横たえ、タグーがそんな彼女の傍に腰を下ろすと同時にドアの間に指を差し入れようとした。しかし、隙間すらなくピッタリとくっついているドアの間に指を差し入れることができない。

「内線は!? 通じないかな!?」

 アリスを抱き支えるタグーの言葉に、ガイは足早に内線機へと近寄った。

「こちらCR室。どなたか応答いただけませんか。こちらCR室」

 言葉を繰り返すが、何も応答がない。

 タグーはその様子を見ながら舌を打ったが、また床が大きく揺れて閃光が窓から入り込み、「……っ!」と顔を逸らして光から目を庇うと、近寄ってきたガイを目を細め見上げた。

「ここから早く出ないと!!」

 ガイはうなずき、腰部に内蔵されていた剣を引き出した。

 ――艦隊郡にいるクルーたちが、みんな駆け回っていた。一部支障を来した通信機器のため、情報をいち早く伝達しようと駆け回るオペレーター、怪我人の処置に追われる医務官、エンジニアのクルーたちはそれこそ死に物狂いだ。

 爆撃の度に「キャッ!!」と、ロマノはジェイミーを抱きしめて体を丸めた。

「ロマノ!! あっちの隅っこに寄ってろ!!」

 ジュードが険しい顔で通路側の角を指差す。ロマノは怯えた表情でうなずくと、ぽかんとしているジェイミーを抱き上げそこに座り込んで身をすり寄せた。

 トニーは閃光に目を細めながら、上空を見上げた。

「……駄目だ!! 敵の数が多すぎるぞ!! このままじゃ負けちまう!!」

「何言ってンだよ!!」

と、ジュードはトニーを睨み付けた。

「勝手に勝ち負けを決めるな!!」

「ハンパじゃないんだぞ!? 敵はどんどん増えていってる!! これで勝てたら奇跡だよ!!」

「……ふざけんな!!」

 それしか言葉が出ず、ドアのコントロール回線をバラすハルを焦りながら窺った。

「どうだよっ? ……まだ掛かるのかっ?」

「……思ったより複雑だった。……カードキーないからナンバーキー入力しなくちゃいけないんだけど……そのナンバーわからないし」

「壊せないのかよっ?」

「……壊すにも……火薬が必要だ」

 ジュードは「……よしっ、弾薬を探す!」と再びデスクや棚の中を掻き荒らす。

 ジェイミーはぬいぐるみを抱きしめたまま、ロマノを見上げた。その視線に気付いて、ロマノは少し微笑んでみせる。

「だ、大丈夫。……すぐ終わるからね。……すぐ終わって……助けが来てくれるからね」

 元気付けようとして、震える声で言う。ジェイミーはそんな彼女を見つめていたが、手を伸ばして頭を軽く撫でた。ロマノは「う……。逆に慰められてる」と情けなく肩を落とす。ジェイミーはそれでも「よしよし」とロマノの頭を撫でていたが、ふいに、どこかに目を向けた。――ただの壁だ。じっとそこを見続け、動かなくなったジェイミーに気付いたロマノは「?」と、地響きに堪えながらその肩を軽く掴んだ。

「……どうしたの? ……なにかある?」

 ジェイミーは問い掛けに答えることなく、ただじっとしていた。だが、顔をしかめると「……あー、……うー」と小さく言葉を漏らし出した。

 ロマノは「……え? なに?」と口元に耳を寄せた。

「……うー。……あ。……あえ。え? へ? ……あへ。……。あー、あー、……しゃ。……さ、……うーっ。……あーっ。……、あめ。……あーえーっ」

 途中で「いやいや!」と口を尖らせて首を振りながらも何やら意地になり出すジェイミーにロマノはうろたえ、窓の外を見るトニーを振り返った。

「ト、トニーっ、この子がヘンっ!」

 戸惑うロマノを振り返って、トニーはすぐに近寄り腰を下ろした。

「なんだっ? どうしたっ?」

「あぅーっ。うーっ。……あえっ。……さっ、えっ。……ぺっ。……。めっ。……あめっ。……。あーっ。さ。……ちゃ。ちゃめ」

 トニーは顔をしかめ、物色し続けるジュードを訝しげに振り返った。

「おいジュード! この子、変なこと言ってるぞ!!」

「何を!?」

「わかんねーよ!」

「……ちゃめ。……ちゃ。しゃ。じ……じ、……じゃ、じゃめ。……じゃめ」

「……ジュード! じゃめってなんだ!?」

「知るか!!」

「うー、あー、……あいー、うー。うー、……す。……あいすー。……、あーいーすー。……じゃめ。……あいすーあーじゃめ。……あいすー。……あいすー」

 ジェイミーが繰り返す言葉に、ロマノは小首を傾げた。

「……あいす、って……、……アリス?」

 トニーは目を見開きロマノを見ると、ガバッと腰を低くして、まだ壁を見つめて顔をしかめているジェイミーを覗き込んだ。

「あいすー。……あーいーすー。……あ、……い、い? ……り。うー。……じゃめ。……ありす、……あ、じゃめ。……あ。……あ、……が。……。ありすー、が、じゃめ。……じゃ。……。だ。……ありすがーだめ」

 ロマノとトニーは顔を見合わせると、眉を寄せて訝しげな表情で呟くジェイミーを二人して覗き込んだ。

「なに!? アリスが駄目ってなんだ!?」

「ジュード!! この子、アリスさんのこと言ってる!!」

 ロマノが戸惑い声を掛けると、ジュードは顔を上げ駆け寄ってきた。

「アリスさんのコトってっ?」

「アリスが駄目って! ……ワケわかんないけど!」

 困惑気なロマノから、ジュードはジェイミーへと目を向ける。ジェイミーは「うー……」とどこかを見て小さく唸っていたが、ぬいぐるみを片手でなんとか抱きしめると、右手の指を動かし始める。真剣な表情で指を折り曲げていたが、ジュードを見上げると、右手を伸ばして向けた。

 首を傾げるジュードの目の前で、ジェイミーは小さな手でぎこちなく指を折り曲げていく。

「……おい、ハル。……5324って打ってみてくれ」

 ハルは言われたとおりにパネルの数字を打ってみる。……だが、

「……。なにもない」

「じゃあ、5324……0」

 ハルは再び言われたとおりに数字を押した。途端、ピッと青ランプが点いてドアが開き、それを見てトニーは愕然と立ち上がった。

「な、なんで開いたんだ!? って、なんでナンバーキーを知ってるんだ!?」

 ジェイミーを見下ろすが、彼女はぬいぐるみを抱いているだけ。

 ロマノは「やったね!」と、笑顔でジェイミーを抱き上げてジュードを見た。

「脱出!! これからどうするの!?」

「オレはクロスの機体を借りる!」

「今からじゃ無理だろ!」

 トニーが訝しげに身を乗り出すが、ジュードは首を横に振った。

「大丈夫だ! オレのコードネームでキーロックしてるから他のヤツじゃ乗れない! ケイティの格納庫、クロスの格納庫と繋いであるからそこから回り込む!」

「無理しないでどこかに避難しようよ!」

「駄目だ! 一人でも戦力が欲しい時だぞ! オレは行く!!」

 ジュードはロマノの制止を振り払い、そのまま部屋を飛び出し走っていった。

 トニーは「ったく!」と眉をつり上げロマノに顎をしゃくった。

「オレたちは避難するぞ! 地下に行こう!!」

 ロマノはうなずき、遠くなるジュードの背中を見つめるハルを見上げた。

「ハルはどうするのっ?」

 そう彼に問い掛けると、ジェイミーはロマノに抱えられたままハルの服を掴んだ。

「……うー。……、ありすがー。……、あー、あう……だめ。……。ああうだめ。……あ、……たうあう、……たう、た、……た、あ、か、……う、……たた、かう。……たたかう。……。……ありすがー、だめ。……たたかうー、だめ」

 三人は顔を見合わせた。

 ――アリスが駄目? ……戦う駄目? って……?

「……たたかうだめ。……ありすがー……。……ゆう。……たたかうだめ、ありすがだめゆう。……ありすがだめ、ゆう。……たたかうだめ。ゆう」

 「おいっ……!」と、トニーは焦りを浮かべてジェイミーからハルへと目を向けた。

「こ、これっ、つまりっ……!!」

 ハルは首を傾げるジェイミーを見て、服を掴むその手をそっと離し、トニーにうなずいた。

「……お前たちはすぐ司令塔に行って、総督にこの子の言葉を伝えるんだ。……あと、あの人の様子を見に行ってくれ」

「お前はどうするんだっ?」

「……ジュードの後を追う。……戦いをやめなくちゃいけないなら……そうしなくちゃ」

 そう告げて走っていくハルの背中に「気をつけて!!」とロマノは声を上げ、「……行くぞ!」と、トニーが彼女からジェイミーを引き寄せ抱き上げ、走り出した。

「私っ……! アリスさんの様子見てくる!!」

「大丈夫か!?」

「いける! トニー、その子お願いね!」

「わかった! 気をつけて行けよ!」

「了解!!」

 分かれ道で、走り回るクルーたちに紛れてそれぞれ突き進む。

 トニーはジェイミーを抱いたまま走っていたが、子どもを連れて走る彼にクルーたちの一部が「邪魔だ!!」と声を上げた。

「うるせえ!! お前らこそ邪魔だ!!」

 買い言葉に売り言葉で形相険しく吐き捨てる。だが、足を止めることはない。ジェイミーはトニーの腕の中で揺さ振られながらぬいぐるみを落とさないように抱きしめていたが、しばらくぼんやりとして、にこっと笑うとトニーの髪の毛を掴んだ。

「ありすがー、とにー、ありがとー、って、ゆー」

 トニーは「うっ……」と半べそ気味に顔を歪め、「く、くそー!!」と司令塔まで急いだ――。

 その頃、上空では……

 グランドアレスは弾切れを起こした銃を遠くに投げ捨てた。ミサイルの弾もそろそろ少なくなってきている。おかげでその巨体も最初よりか軽くなってきて動かし易い。

 新たな敵が出てくると、元気よく動くその機体に追いつけない味方機が為す術なく撃ち貫かれてしまう。それをなんとか庇おうと身軽になってきた体をそちらに向かわせるが、結局手遅れで味方機は地面へと向かう。ロックは舌を打ってグランドアレスを地面に向かわせ、激突する前に味方機を掴み取って地に横たえ《……ありがとう!》と搭乗のクルーたちに礼を告げられてまた上空に向かった。

 ……きりがない……!!

 敵がいったいどれだけの戦闘機を持っているのか、予測もできない。

《ロックさん!! 敵艦を撃つのを手伝ってください!!》

 キーファーが「たまらない!」という雰囲気をそのままに訴えてきた。

《このままじゃ埒が明きません!! グランドアレスも弾切れを起こしていってるでしょう!? その戦力を充分に発揮せずに終わってしまうんですか!?》

 ロックは敵を相手にしながら舌を打った。

「うるせぇキーファー!! お前はブンブン飛んでろ!!」

 アックスを怒り任せに振り下ろし、逃げる敵機にミサイルを放つ。

《無駄弾を使わないでください!!》

 ロックはそれを無視すると、連動ミサイルを撃ち放つ。それらは無差別に放出され、辺りに広がった。敵に当たれば、それを狙っていたく味方を危うく巻き添えにしそうにもなる。

 グランドアレスのむちゃくちゃな攻撃に、彼が近寄ろうものなら味方機がまずその場から身を引いていく。身軽になってきたグランドアレスはその拳の破壊力を保って敵に襲い掛かった。敵が光剣ライトソードを振りかざしてきても、それをアックスで受け止め払い、拳を繰り出し、時に蹴りを出す。一撃を加えることができれば、大抵の機体は漏電して身動きがとれなくなり、艦に戻っていく。

 段々と味方機の数が減っていく中、それでもグランドアレスは戦いの中心に居続けた。そして襲い掛かってくる敵にはできる限りの攻撃を仕掛けていく。

 ――その時……

《……攻撃をやめてください》

 冷静な声に、ロックは聞く耳持たずに敵を追いかける。それは周囲のインペンドたちもそう。

《……みんな、……攻撃をやめてください》

 地上から二体の異人クロスの機体がやってくるが、彼らは敵機とすれ違っても攻撃を仕掛けようともしない。

《攻撃をやめろって!!》

 別の声が怒鳴るように告げた。

《すぐにやめてケイティに戻るんだ!! みんな、戻れ!!》

《わたしからの命令だ。クルー全員、ケイティに戻れ》

 クリスの声に、ようやくインペンドたちの動きに乱れが生じだした。

《退避しろ。敵に攻撃を仕掛けるな》

 いったいどういうことなのか――。わけがわからなかったが、インペンドたちは《帰艦します……!》と伝えてケイティへと戻っていく。それを追いかけようとする敵機には、アポロンとグランドアレス、そして異人クロスの機体が防戦する。

 ロックはアックスで敵の攻撃を防ぎながら舌を打った。

「クリス! ……どうするんだ!!」

《インペンド完全退避した後、お前たちもケイティに戻ってくるんだ》

「そんなこと言ったって、こいつらはまだ!!」

《戻ってくるんだ。……相手に一切の攻撃は許さない》

「……!?」

 ロックは「……くそ!!」と一言吐き捨てた。

 インペンドの全退避が確認されると、それぞれにも《撤退してください》とオペレーターから指示が入る。

《ロックさんっ、行きましょう!》

 アポロンが地上に向かい、異人クロスたちの機体も敵機から逃げるように地上へと向かう。だが、グランドアレスだけはシールドの前に停滞したままだ。

《ロックさん! なにしてるンスか!?》

 カールがいったん引っ込めた機体をまた上空に戻して横に並べた。

《シールドの中に入るッスよ!!》

「……自分だけ入ってろ」

 外部モニターの向こうには、敵機が群をなして集まってきている。警戒しているのか、「まだまだやれるぞ」と威嚇しているのかはわからないが。それでも、艦隊に戻る気配はない。

 カール機はグランドアレスの腕を掴んだ。

《ここは危険ッス!! 攻撃はシールドが防ぐッスから!!》

「……うるせぇな。あっちに行ってろよ」

《……。ダメッスよ!! もしあいつらが一斉に攻撃しかけてきたらいくらロックさんでも!!》

「……うるせぇってんだろ!!」

 グランドアレスは腕を振り上げ、カール機を払い地上に落とした。カール機は《うわ!!》となんとか体制を整えて、砂埃を上げて地上に降り立つ。

《ロック、戻ってこい》

 クリスに代わってフライスの冷静な声が響いた。

《お前がそこにいちゃいけないんだ。……もういい。戻ってくるんだ。……戻ってこい》

『……お願い……。……戻ってきて……』

 ふいに耳の奥に甦った言葉に、少し眉を寄せた。なぜだか、すぐ近くで言われたような気もする――。

《……戻れって命令が聞こえませんか》

 異人クロスの機体がやってきた。

 グランドアレスは有無を言わさず、カール機と同じように地面に落とそうと腕を振り上げたが、それをヒョイと避けられる。

《……戦っちゃ駄目なんです。……戻ってください》

「……。お前はハルだな? そうだろ」

《……だからなんなんですか》

「へっ。アポロンに乗せてもらえないからって、わざわざクロスに機体を借りるか?」

《……今はそんなことを言ってる場合じゃないんです。……ケイティに戻ってください。中止です》

「知ったことかよ」

《……。聞き分けの悪い人ですね》

 グランドアレスを引っ張ろうと手を伸ばしたその時、上空の敵機動兵器たちが一斉に銃口をこちらに向けた。

 それをロックも、そしてハルもモニター上で捉えていたのだろう、二人ともピクリとも動けない。――張りつめた空気が辺りを包み込む。

《……二人とも、すぐに戻ってくるんだ》

 クリスの真剣な声。

《……戻ってこい。……早くしろ》

 その言葉にハル機はグランドアレスの腕を掴んだ。

《……戻りましょう》

 しかし、グランドアレスはそれを振り払った。

「……お前だけ戻ってろ。……邪魔だ」

《……そういうワケにもいかないんです。……あんた一人が邪魔なんですよ》

「……知るかよ、そんなこと」

 もう一度掴んで引っ張っても、グランドアレスはそこから動かない。

 黒い空を背後に、敵機たちはピクリとも動かずに、ただこちらに対して銃口を向け、いつでも発射できるようにトリガーに指を置いている。グランドアレスも、ハル機もそこから動かない。

 ……沈黙が流れた。

 地上から数々の機体の残骸が煙を上げ、風が押し流していく。

 ロックはグッ……と操縦桿を握りしめた。

 更に沈黙が流れ、みんなが固唾を飲んでいると――、上空の敵機たちがゆっくりと動き出した。少しずつ上空へ、宇宙へと昇っていく。

《……退いていく……》

 そう誰かの小さい声が聞こえた。その言葉通りだろう。銃口を向けていた機動兵器も、それを下ろして背を向け上空へと昇っていく。そして最終的にはノアの上空からは敵の姿は全て消え去り、灰色の空だけが残された――。

《……戻りますよ》

 そうハル機から通信が入るが、グランドアレスはそれでも動かない。

《……聞こえてないんですか? ……敵は退きました。……戻りましょう》

 声をかけても動かない。

《……ハル、お前は戻ってこい》

 クリスからの声に、ハル機はしばらく間を置いてケイティへと降り立つ。

 ――グランドアレスだけはそこに留まったまま、ずっと停滞し続けた。






「……いったいどういうことなんだ……」

 フライスは少し顔をしかめて、膝の上に座る、ぬいぐるみを抱えたジェイミーを見下ろした。

 メリッサは背筋を伸ばしたまま、じっとジェイミーを見つめる。

「たぶん、その子の特殊能力だと思います。……それか、アリスがその子を媒介として言葉を送っていたのかも知れません……」

「……だとしても、いったいアリスは何を伝えようとしているんだ……。……応戦をやめたことで、確かに敵は退いたが……まだ大気圏外に留まったままだ。……これからが予測できない」

 慌ただしさの収まることのない司令塔。敵機の姿が消えた今、急いで機体の修理と次の攻撃のための準備をしなくちゃいけない。しかし、人手が足りない上に、負傷したクルーたちも動けず、各艦内は想像以上に混乱していた。

「みんな!! 大丈夫!?」

 司令塔のドアが開き、タグーとロマノ、そしてアリスを抱き上げたガイがやってきた。

 トニーとロマノはお互い無事を確認できてホッとしたのか、行き交うクルーたちの邪魔にならないように壁際に立って笑みをこぼし合い、タグーは総督席の側にいるフライスに近寄って、その膝の上、ジェイミーの視線に合わせて腰を下ろした。

「ジェイミー、心配したよ……」

 不安げな笑みで頭を撫でると、ジェイミーはキョトンとした様子でタグーを見てにっこり笑うなり「あうぅーっ」と呼んだ。

 タグーは優しく頭を撫でる手を下ろし、フライスを訝しげに窺った。

「ロマノに聞いたけど……ジェイミーが戦いをやめろって言ったって?」

「ああ……。アリスが何かの力を及ぼしているらしい。メリッサがジェイミーとコンタクトしてわかったんだ」

 タグーが腰を上げて振り返ると、メリッサは小さくうなずいた。

「その子には間違いなくアリスが力を及ぼしていたわ。あなた、アリスの傍にいたのよね? 何か変わったことはなかった?」

「……何も」

「そう……」

 ガイはアリスを抱き上げたまま、彼らに近寄ることはせずに遠くからクリスを見た。

「ロックはどうしました?」

 クリスは顔を上げると、呆れた様子で首を振った。

「シールドの外に出たまま、戻ってこないんだ」

「……連絡は?」

 怪訝に眉を寄せるタグーに問われ、クリスはため息を吐いた。

「連絡もない。……あいつは何を考えているんだか……」

 タグーは視線を斜め下に置いて考え込んでいたが、そこを離れると、近くのオペレーターに「ごめん」と声を掛けた。

「ちょっと……、グランドアレスの戦闘データを見せてもらえるかな?」

 別のオペレーターが「こちらです」と声をかけると、タグーはそちらへと赴く。

 クリスは深く息を吐いてガイを見上げ、彼の腕の中で目を閉じているアリスを窺った。

「……様子は?」

「何も変わりはありません。病室は衝撃で荒れてしまいましたので、新しい部屋を用意していただけますでしょうか?」

「わかった。手配しよう……」

 クリスがすぐ通信を入れると、そこにキーファーとジュードとハル、そしてカールが戻ってきた。トニーとロマノはすぐにジュードとハルとカールに近寄る。

 キーファーはクリスとフライスに敬礼をした。

「只今戻りました」

「ご苦労だったな……」

 クリスは少し笑みをこぼして労い、すぐに真顔に戻って切り出した。

「……敵の様子はどうだった?」

「恐ろしいほどの戦闘能力です。その機動力も。……悔しいですが、すべてにおいて勝っているようです」

 間違いなく惨敗――。そんな悔しさを滲ませるキーファーに、「……そうだな」とクリスは少し視線を下に置く。

「しかし……総督、……ロックさんはどうにかできないものなのでしょうか?」

 クリスは顔を上げて少々疲れ気味のキーファーに首を傾げた。

「どうにか、とは?」

「ロックさんの腕は確かに認めます。しかし、協調性も足りませんし、あまりにも無計画です。……彼がもっと我々と共に戦ってくれたなら、少しは敵に打撃を与えることもできたのではないかと思うんです。……今回の被害拡大の原因は、正直、彼の行動にあるものと思います」

「……。そうか。……そうだな」

「どのようになさるかはお任せしますが……、この次も同じようでしたら、わたしは正直、アポロンとグランドアレスの双方を出撃させたとしても勝ち目はないものと思います」

「……。わかった。報告ありがとう。しばらく休んでくれ」

 クリスに軽く腕を叩かれ、キーファーは再び敬礼すると、背筋を伸ばし、そこから歩いていく。

「……無計画、ね……」

 呟くようなハルの言葉に、前を横切りかけたキーファーは足を止めて彼を振り返った。

「何か言ったかな?」

「……無計画って言葉は、おかしいでしょ」

 ハルが軽く睨み言うと、ジュードが「またこいつは!」と慌てて彼の腕を掴み後ろに引き、キーファーに笑ってみせた。

「す、すみません。気にしないでください」

「……無謀は無謀ですけど、無謀なりに意味があってのことなんじゃないですか? 無計画な無謀さじゃありませんよ。……オレからして見たら、あんたのやり方の方が間違ってる気がしましたけどね」

 キーファーが少し眉を動かす。

 ジュードは「ああっ」とハルの前に出た。

「き、気にしないで! オレらまだまだ新米なんで!」

「……。だったら口の利き方を勉強した方がいい」

 キーファーはそう睨んで不愉快そうに司令塔を出ていった。その背中を見送り、ジュードは深く息を吐いてハルを睨み付けた。

「お前はなんだって、そうケンカを引き起こすようなことを言うんだ」

「……そんなつもりはない。……本当のことを言ったんだ」

「ホントも何も、あの人はあの人で必死に戦ったんだぞ」

「……それは、ロックさんだって一緒だろ」

「……。そりゃ……。……けど、ロックさんの場合はだな」

「……キーファーさんは、確かにパイロットとしていい人だとは思う。……だから、アポロンのパイロットになったんだ。……けど、……あの人にロックさんのこと、どうこう言える資格はない。……あの人の敵艦を打ち貫こうなんて提案……あれこそ無計画だろ。相手が何者かもよくわかっていないのに。……打ち貫いた途端、自爆でもされたらどうするんだ。……それが目的だったらどうする」

「……」

「……なんなのかもわからない敵艦を撃ち落とすなんて……低脳な人がやることだろ。レベルが同じじゃ……疑ってしまうな」

 言いながら、ガイの腕の中のアリスに目を向ける。ジュードは「……ったく」と深く息を吐いた。

 タグーは話を聞きながらオペレーターからデータを見せてもらい、それが終わると少し視線を落としてガイに近寄った。

「……ちょっと……出てくるよ」

「と言いますと?」

「……ロックと話をしてくる。……カール、悪いけど援護してくれるかな?」

「……ウッス」

「……と、……ハル。……ちょっと、機体で僕をグランドアレスのハッチまで運んでもらえる?」

「……わかりました」

 うなずいた二人は早速機体の元へ向かうべく司令塔を出た。

 タグーは少し視線を落とし、クリスのもとへと近寄った。

「……ちょっと、ロックと話をしてくる」

「何かわかったのか?」

「……。うん。……。話し次第では……ロックのメモリーをもう一度完全にクリアにする……」

 真顔だが、どこか寂しそうに俯く彼に、クリスは顔をしかめた。

「……どうした?」

「……。ううん。……いいんだ」

 タグーは軽く首を振ってガイの傍に行き、ジュードたちが目で追う中、眠っているアリスを見つめ、ガイを見上げた。

「……アリスのこと、頼むよ」

「わかりました」

 ガイがうなずき、タグーは「……行ってくる」と司令塔を出た。

 ……こんなことなら……最初から完全にクリアにして置くんだった……。

 走り回るクルーたちの中、緯線を落として俯き歩きながら、小さく息を吐いた。

 ハルの機体に乗せてもらうため、一旦外に出たタグーは辺りの光景に息を飲んだ。まだ所々、爆撃の後の炎や煙が上がっている。機体の残骸もあちこちに転がり、盛り上がった地面は歩くことも困難だ。

 待機していたハル機の手のひらに包まれ、カールの援護でシールドをくぐり、上空に待機しているグランドアレスまで近寄った。

 そして――

 ……コンコン、とノックされ、ロックはため息混じりにハッチを開けた。

「……お前はバカだろ?」

「キミが下りてこないからだろ」

 タグーはハル機の手のひらの上から操縦席にいるロックを睨み付けた。

 カール機が周囲に警戒をし、それを背後にハル機はグランドアレスの前に止まっている。まだまだ安全だとは言い切れないそんな中、タグーは不愉快そうなロックに鼻から息を吐いた。

「……下りてこないの?」

「ああ。まだだ」

「……もう大丈夫だよ」

「なんでそう言えるんだよ? あいつら、まだ大気圏外に居るんだろ?」

「そうだけど……。だからってここに居続けても仕方ないだろ? 燃料だって入れなくちゃいけないし、弾倉だって新しくしなくちゃ。装甲もちょっと手直ししなくちゃいけないんだし」

「他の機体に労力を回せよ。そっちが落ち着いたらこいつをやってもらう」

 意地でも動くつもりのないロックに、タグーはため息混じりにハル機の手のひらからハッチへと飛び移った。

「おい、こっちに来るなよ。ムサ苦しい」

 不愉快そうに顔を背けられ、タグーは「……ったく……」とハッチに膝を突いて座り込み、真っ正面から操縦桿を握ったままのロックを窺った。

「……ロック、そんなに意固地になることはないんだよ」

「意固地? 誰がだよ。俺はやることをやってるだけだろ」

 つんとそっぽ向くが、タグーは「……そうじゃないよ」と真顔で首を振った。

「確かにキミは“そのため”にここにいる。……キミのその行動……と言うか……、その気持ちは、すごく嬉しいんだ」

「何言ってンだ、お前?」

 ロックは顔をしかめるが、タグーはそれに答えることなく続けた。

「けどさ、ロック。……キミが夢中になればなるほど、僕は心配になるんだよ」

「……なにがだよ」

「……キミは、ホントにいいヤツなんだ。……いいヤツ過ぎるから、心配なんだ」

 ロックは少し目を細めた。

「……なんだ、それ?」

「……。キミの戦闘データを見たよ。……何か言うことはない?」

 首を傾げられ、ロックは「……別に」と小さく漏らして目を逸らした。

「本当に? 何かあるんじゃない?」

 軽く身を乗り出してしつこく聞かれ、ロックは訝しげに眉を寄せた。

「お前は何が言いたいんだ? はっきりしろ」

「……教えてもらいたいことはないの?」

「……は?」

「あるだろ? 知りたいことが」

 タグーの真っ直ぐな視線――。

 ロックは口の中をもごもごさせながら視線を斜め下に置くと、少し息を吐いた。

「……。アリスは無事なのかよ?」

「……。うん、大丈夫だ」

「……ふうん」

 愛想なく鼻から返事をする。

 タグーはそれっきりのロックに少し視線を落とし、意を決したように顔を上げて彼を見た。

「……攻撃データを見れば、キミが何をしたかったのかがよくわかるよ。……それを見てさ、僕は嬉しかった。……けど、ロック。……キミがここに居続けちゃ駄目なんだ」

「……。なんでだよ?」

「……キミは、ここにいちゃ駄目だ。……駄目なんだ」

 どこか悲しげに繰り返しながら小さく首を振られ、ロックはムッと眉をつり上げた。

「だから、なんでだよっ?」

「……わかるだろ?」

「わかんねーよ!」

「わかってるくせに」

「うるせぇクソガキ!!」

「……。頑固者!」

 ギリギリとお互い睨み合い、しばらくしてタグーは深く息を吐くと肩の力を抜き、そっぽ向くロックを睨むように見つめた。

「どうしてそんなに頑なに拒むんだ? なんで? 何が気に食わない?」

「気に食わないね。全部。全部気に食わない」

「そうやって茶化さないで」

「茶化してないだろ」

「茶化してるよ。……キミはそうやって逃げるのか?」

「……逃げてないだろっ」

「逃げてるよっ!」

 操縦席から軽く身を乗り出して睨むロックに、タグーも身を乗り出してハッチに手を付いた。

「キミはキミなんだ! それの何が不満なの!? 何がいけないんだ!? 僕らがキミを嫌ったか!? キミに冷たくしたか!? キミは僕らの仲間じゃないか!」

 ロックは訴えるように声を大きくするタグーをじっと真顔で見返した。

「アリスに衝撃がないようにって、そうやって優しい気持ちで戦ってくれた! 敵艦の砲撃口ばかり狙って地上に被害がないようにって心掛けて! そんなキミのことを誰かがケナすと思うのか!? キミは僕らの仲間なんだぞ!?」

「……」

「キミがいいヤツだってみんな知ってる! だからキミをなくしたくないんだよ! カールや、ハルやみんなと同じように戻ってきて欲しいんだ! キミはここにいて敵の攻撃を意地でも防ぐつもりなんだろうけど、でも、それでキミをなくしてしまったら僕たちはどうしたらいいんだよ!? キミに護られ、キミが死んでしまったら、僕はどうやってキミにお礼して、どうやってキミと無事を祝えばいいんだ!?」

「……」

「キミはアンドロイドなんかじゃない! ロックなんだ! みんなと同じなんだ! けど……ここにいちゃ、キミはみんなと同じじゃなくなってしまうだろ!!」

 怒鳴るように、それでもどこかしら悲しげに大きく言う。

 ロックは少し目を背けた。

「……だったら、……どうして人間みたいに作ったんだよ……」

 タグーは少し息を飲んだ。

「……人間みたいに造らなけりゃ、……俺は戻れと言われれば戻るし、戦えと言われれば戦えた。……人間みたいに造ったから、……余計なものがあるからいけないんだろ」

「……。余計なものなんかじゃない」

「余計なものだろ!!」

 ロックはガッ! と身を乗り出して食って掛かった。

「俺をなんのために造ったんだよ!? 戦うために造ったんじゃなかったのかよ!? だったら感情なんてものは必要なかったんじゃないのか!? 機動兵器と同じで良かったんじゃないのかよ!!」

「……。駄目だ」

「なんでなんだ!!」

「……、キミが……ロックだから」

 真っ直ぐ目を向けて静かに告げるタグーを見て、ロックは少し目を見開き、ゆっくりと目を逸らした。

「……機動兵器と同じになんかはできないよ。……キミはロックなんだから。……僕たちの、大切な仲間なんだから」

 落ち着いた優しい声に、ロックは俯き、操縦桿を握る手を見つめた。

「……ロック。……僕にはきっと、一生掛かってもキミの気持ちはわからないと思う。……ううん、わからないよ。……でも、……それでも、僕は努力したいんだ。……キミは大切な仲間だから。……キミが苦しいなら僕はなんとかしたい。キミが望むことはなんでもしてあげたい。……でも、敵わないんだよ。……キミが閉ざしたままじゃ」

「……」

「……ロック、……みんなと同じでいいんだよ。キミはキミなんだ。……キミが誰よりも何かをがんばろうとするのは嬉しい。誰かを護ろうとがんばってくれるのは嬉しい。……でも、その前にキミは僕たちと同じなんだよ、ロック。……キミは何がどうなったってロックなんだ」

 タグーは少し顔を下に向けた。

「……キミを……大切な仲間をなくしたくはないんだ……」

 完全に顔を下に向けてしまったタグーをチラッと見て、ロックはゆっくりと座席に背もたれ、目を細めてどこかを見つめた。

「……ロック……」

「……。……なんだよ」

「……戻ろう、ケイティに……」

「……」

「……一緒に、戻ろう」

「……。嫌だと言ったら?」

「……」

「……」

「……」

 無口なまま、ただ俯いているタグー。ロックも口を閉ざしていたが、結局、先に耐えられなくなったのはロックだった。「……あぁー! くそ!!」と不愉快げに言葉を吐いて首を振った。

「わかったよっ! 戻ってやるよっ! 戻りゃいいんだろっ! ……ったくよっ。……ただしっ、敵から攻撃あったって知らないからなっ! 俺は休むぞ!」

 太々しく宣言してそっぽ向く。

 タグーは深く、ゆっくりと息を吐き出して顔を上げた。

「ロック……」

「なんだよっ」

「……約束して欲しいことがある」

「……なんだよっ」

「……絶対に、……突然いなくなるようなことはしないで欲しい」

 真顔のタグーに、ロックは訝しげに眉間にしわを寄せた。

「なんだ、そりゃ」

「……約束だ」

「……そんな変な約束なんかできるかよ」

「約束しろ」

「やだね。大体、なんで男と約束なんかしなくちゃいけないんだよ」

「……」

「……」

「……」

「……。……だぁーっ! わかったわかった!! 約束してやる!! これでいいのか!?」

 このクソヤロウ!! と、恨めしそうな笑みで身を乗り出し睨むロックに、「うん。それでいい」と、タグーは大きくうなずくと、立ち上がってハル機の手のひらに戻った。そしてふてくされているロックを振り返る。

「ロック」

「なんだよ!?」

「……忘れるなよ。……僕たちは仲間なんだ」

 真剣に伝えるタグーを見て、ロックは一瞬表情を消したが、間を置いてため息を吐き、「……はいはい」と愛想なく返事をした。






「敵は未だノア大気圏外に停滞中です。……動きは見られません」

「……交信を続けてくれ」

「了解」

 アーニーは再び淡々と交信を続ける。

 ――戦いから数時間が経過し、すでに空は暗くなって星が昇っていた。ケイティ内では、厳戒態勢を取りながら動けるクルーたちで必死に戦闘機の修理に当たっている。

 クリスは総督席で深く息を吐いた。そんな彼の前に、静かに湯気の立つコップが置かれる。

「……疲れた顔をしているわ。フライと交替したら?」

 キッドが心配そうに、それでも微笑み言う。

 クリスは「……ありがとう」とコーヒーを飲み、軽く目元をマッサージした。

「……大丈夫。……今ここでフライと交替したら、総督の威厳もなくしてしまうからね」

「意地っ張りね」

「……プライドが高いんだ」

 キッドは少し笑うと、小さく息を吐いて視線を落とした。

「……聞いたわ。……あの子だったのね……」

「……ああ」

「……警備兵の二人は?」

「……意識不明だ。……医療スタッフが手当てしてくれているが……彼らは普通の人間だから。……アリスみたいにはいかないだろう……」

「……。……助かることを祈るわ」

「……ああ……」



「やっぱり私の言ったとおりだった!」

 油まみれになりながらリタが怒りを向ける。

「だから言ったのに!!」

「……今更そんなこと言うな。……そこのサンダー取って」

「はい! ああいうのは厳しく怒らなくちゃいけなかったんだよ!!」

「……そこのレンチ」

 ハルが言うとおりのものをリタは「はい!」と手渡す。

 格納庫――。みんなで一斉に修理にあたっている。リタも、タグーたちと一緒にいただけあってそこそこ機械には詳しい。それをザックに見抜かれて、「よし来い!」と強引にこの“戦い”に参戦させられた。

「大体、あの人いったい何者なの!?」

「……そこの赤いコード取って。……ニッパーも」

「はい! ヒューマの仲間だったのかも!」

「……モンキー取って。……オイラーも」

「はい! 早く見つけてとっちめないと!」

「……プライヤー取って」

「ねぇ、人の話聞いてる!?」

 膨れっ面で腰に手を置くリタを見て、ハルは“頂戴”と手を伸ばしたまま無表情で告げた。

「……話をしたいならどっかに行ってくれていい」

 リタはムスっと頬を膨らませて、「はい!」とプライヤーを手渡した。

 ――戦闘の口火を切ってしまった小型戦闘機。それに搭乗していたのはライフリンクのマリーだった。敵機が現れたと同時に、彼女は“本来の力”を発揮。監禁されていた部屋の鍵をいとも簡単に開け、警備兵二人に衝撃波を食らわし混乱に紛れて逃走。出撃口より待機していた小型機を奪取して、そのまま敵機に突っ込んだ。……その後の捜索で、ここから数十キロ地点に小型機は発見されたが、彼女の消息は不明である。いったい何者なのか、なぜそんなことをしたのかも……。

 リタは深く息を吐くと、ほとんどエンジニアたちと変わらない作業をしているハルを見た。

「あの人が逃げちゃったら、アリスお姉ちゃんの回復も遅くなっちゃう……」

「……関係ないんじゃないのか」

「あの人がやったことだよ? 治療法だって知ってるはずだもん」

「……たとえ知ってるとしても、教える気はないだろ」

「……。そうかも知れないけど。……戦争招いて逃げるなんて。……めちゃくちゃ過ぎるよ」

 リタは呆れて深く息を吐いた。

 そんな彼らからかなり離れた場所――。

「思った以上に攻撃食らってるね」

「避けたつもりだったんだけどな。あいつらのスピードがハンパじゃねーんだ」

 肩をすくめるロックを見て、タグーはため息混じりに手を動かした。二人とも、エンシニアたちと同じ作業着に久し振りに着替え、せっせとグランドアレスの修理をする。

「まぁ……それでもこれだけで済んだんだから立派なモンだよ」

「だろ? さすが俺様だな」

「……そういう威張ったところがなければもっといいんだけど」

「なんだと?」

「う、うそだよ」

 睨まれて、スゴスゴと作業する。

「……あのライフリンクのヤツが悪者だったんだな」

 横から手伝うロックに切り出され、タグーは手を動かしながら「んー……」と言葉を濁した。

「それはわからないよ……。何が目的であんなことをしたのかすらわかってないんだから」

「けど、敵に攻撃しかけるなんざぁ、どう考えたって戦いの引き金を引いたって感じじゃねぇか」

「……まぁね……」

「ノアから逃げてなきゃそのうち見つかるだろうけどよ。……これがもし、ヒューマと手を組んでいたことなら厄介だぞ」

「……ヒューマと手を組むって?」

「元々ヒューマの仲間だったら、ノアコアでアリスを倒したのもヒューマの何かを知られたくなかったからじゃねぇのか? さっきヒューマに突っ込んだのもわざとかも知れないだろ。俺たちのせいにして攻撃を仕掛けやすくするために、ってな」

「……そうだね。……それもあるかもしれない」

「なんだ? なんか不満げだな?」

「そうじゃないよ。……そうじゃないけどさ、……。……だとしてもだよ、なんか腑に落ちないんだ」

「なにが?」

「だってさ、マリーがヒューマの仲間だったとしても、わざわざアリスを倒したり戦いを引き起こしたりなんかしなくったって、鉢合わせすれば自然に対峙することになってただろうし、アリスのことだって、そりゃ何か秘密を掴んでしまっていたのかも知れないけど、それだって他のライフリンクがノアコアに行けば同じこと。……僕らみんながいつどうなってしまうかわからないんだ。……そう考えると、マリーの役目ってあんまり意味がないよね」

「うーん……」

 ロックは剥がれかけた装甲に新しい鉄板を押しつけながら小首を傾げた。

「じゃあ……何が目的だったんだろうな」

「……それがわかれば苦労しないよ」

 タグーは苦笑して、「押さえてて」と、溶接機を取り出した。

 その頃、医療施設では――

「ガイ、ご苦労様」

「いいえ。お安いご用です」

 フライスは医療器具を仕舞うガイの肩に手を置いた。

 負傷したクルーたちの手当を行っている。特に傷の深い者に対してはガイが“特別治療”を施した。みんな、悲鳴を上げるほどの大騒ぎだったが、それが済めばケロっとした顔。「修理に向かいます!」と元気よく走っていく。

「しかし、今回も同じでしたね」

 ガイは、負傷者リストを確認しに来たフライスを振り返った。

「また、死亡者は出ませんでした」

「……そうだな。……おかしなものだ」

「ヒューマとは交信はできないのでしょうか?」

「ずっと試しているんだが、相手からの応答がないみたいだ」

「ヒューマの機体は回収しましたか?」

「ああ。……それも前回と同じ。……コクピットには誰もいなかったよ」

「理解不能です」

「まったくだな。自動操縦されていたのか……なんなのか。……一刻も早く交信ができればいいんだが……」

 用紙をデスクに置いて小さく息を吐く。……と、パタタっとジェイミーが走ってきてフライスの足にしがみついた。彼は軽くその頭を撫で、向けられた笑顔に微笑んでみせる。

「またアリスから“連絡”が入るかも知れない。ジェイミーも活躍しなくちゃな」











[なぜこんなことになってしまったんだ!?]

[わからない……! ……オレたちはどうなるんだ!?]

[上層部は何をやってる!!]

[くそ! ……救助船はどうしたんだ!! なんで来ないんだ!!]

[……オレたち……捨てられたのか?]

[……そんな!!]

[そんなことあるわけないだろっ……]

[そうとしか考えられないじゃないか!!]

[……。……落ち着いて考えよう。……なんとかしてここから逃げ出すんだ。……そうじゃなきゃ、オレたちみんな、このままじゃ……]

[……せめてっ、……ヒューマが!]

[期待するな! ……もう駄目だ。……駄目なんだ]

[……来た!! あいつらが来たぞ!!]

[……!!]




[お前がこの手紙を手にして見る時、僕は、もうこの世にはいないだろう。あともう少しで任務も終わって、地球に帰れるはずだった。お前が楽しみにしていた家族旅行、出来なく残念だ。今更だけど、僕は馬鹿だった。やめておけと言ったお前の言葉の意味が、ようやくわかった。お前は、こうなることを知っていたのかもしれないな。なのに、僕はお前の言うことを信じようともしないで、金と名誉に目がくらみ、愚かな道を選んでしまった。言いたいことはたくさんある。やり残したこともたくさんある。けれど、もう時間がない。僕を許してくれ、マリアン。父さんと母さんを頼む。この手紙がお前の元に無事に辿り着くように。――みんなのことを愛しているよ]











「……」

 そっと中を覗き込み、人がいないことを確認して入ってドアを閉めた。今、どこもかしこもみんなが忙しいため、彼がここにやって来ても「暴れないようにな!」と注意するだけ。とりあえず、“危害を加えるヤツじゃない”ということはわかっているのだろう。

 ロックは十分間の休憩を取り、ここにやってきた。――ベッドにはまだ眠ったままのアリスがいる。静かに近寄り、顔を覗き込むとため息を吐いた。

「……ノンキなモンだな、お前は。みんなバタバタしてるってーのによ」

 呆れながらベッドの周りを見ると、もう機械類はない。ただ、点滴の器具だけがポツンとベッドの脇にあるだけ。

「また点滴か。……果物とかないんだな。……チッ、ジュースでも持ってくれば良かった」

 悔しげに呟くと、静かに椅子に腰掛けて寝顔を見つめ、枕元に腕を乗せて背中を丸めた。

「……。思った以上に敵は強いな。……お前ら、よくあんなのとやり合ったモンだぜ。命がいくらあっても足りないだろ」

 話しかけるようにしゃべる。

「……そういや、お前をこんな目に遭わせたヤツはマリーだってな。……お前、ジェイミーに戦いをやめろって伝えられるンなら、マリーのことも早く伝えりゃよかったんだ。何をもったいブッてたんだよ」

 アリスが彼の話しに答えることはない。

「それにしても……いったいどうなってんだろうな。あいつらはまだ大気圏外に居るんだぜ。ずっとそこに居続けるつもりなのか、それとも、またすぐ動き出すのか。……ま、どっちにしても、戦いが起これば俺はまたすぐ出ていくことになるだろうけどな」

 遠く、微かに修理の音が無数に聞こえる。

「……なぁ、……、……いや、なんでもねぇや」

 言いかけた言葉を飲み込み、小さく首を横に振る。――じっと寝顔を見つめ、しばらく間を置いて再び口を開いた。

「……タグーが、俺のことを心配するんだってさ。……あいつ、おかしなヤツだよな。俺をアンドロイドじゃないって言うんだぜ。……なに言ってンだろうな。俺は正真正銘、アンドロイドなのに。人間よりも強靱なんだから、俺の心配なんか無用だと思わないか? ……なのに、心配なんだとよ。……」

 ロックは言いながら少し視線を落とした。

「……俺のことを仲間だって……あいつは言った。……戦うために造られたのに、……仲間だって……。……。あーあっ、やっぱ、感情ってヤツは余計なものだよなーっ」

 椅子の背もたれにふんぞり返り、天井を仰ぐ。

「……余計なものだ。……感情なんてさ。……感情なんて、欲しくなかったな……。……。……欲しくなかった……」

 しばらくそのまま無口になる。そして……

「……。……もし……この戦いが無事に終わったら……俺はもう必要なくなるんだろ……? ……そン時は……俺が眠ってる間に、生命維持装置を停止してもらえねぇかな……。……タグーは、突然いなくなるなって言ってたけどさ……。俺は……やっぱり人間じゃないんだ……。……人間みたいには、生きられない……。どんなに人間に似せて造られてても……俺はやっぱりアンドロイド……戦うために造られたんだからな……。……俺は……平和なところにいちゃいけないんだ……」

 再び沈黙が流れると、ロックはゆっくりアリスを見た。

「……、なぁ、もし……俺が人間で、お前たちに会ってたら……、それでも、仲間、ってヤツになれたのかな……。……は、ンなわけねぇか。……お前とは気が合わないし、タグーみたいな女々しい奴は嫌いだしな。他の奴らもみんな同じ。好きだと思えるヤツなんか全然いねぇし。俺が人間だったら、間違いなくヒューマに手を貸してただろうぜ。良かったな、俺がアンドロイドで」

 いたずらっぽく笑ったあと、視線を落として俯き、間を置いて椅子から立ち上がった。

「……そろそろ戻るか……。……次来る時はなんか果物持ってきてやるよ」

 じゃーな、とベッドから離れ、部屋を出る。――時、ガシャンッ! という音に背後を振り返った。

 ……点滴の器具が床に倒れている。

 ロックは顔をしかめると、すぐに近寄ってそれを立てた。そして、アリスの腕から針が抜けているのを見て、「……医務官呼ばなきゃな……」と内線機に近寄る。――が、ガシャンッ! という音に振り返ると、また点滴が倒れている。ロックは「……なんだ?」と再びそこに近寄り点滴を立て、「何かに引っ掛かってるのか?」とくまなく辺りを見回していたが……何もない。訝しげに首を傾げながら、壁に立てかけるように置く。そして、「もう倒れないだろうな?」とじっと見ていたその目の前で、それはまたグラ付いた。慌てて手を伸ばし、支えながら眉を寄せた。「な、なんなんだ?」と、辺りを見回していた目が止まった。

 ――アリスの手、指先が微かに動いている。

 ロックは目を見開くと、点滴器具から手を離し、ベッドに手を突いて顔を覗き込んだ。

「アリス!? おい!! 気が付いたのか!?」

 声をかけるが、アリスは何も言わない。

 ロックはその場でうろたえた。

 ど、どうすりゃいいんだ!? こんな時はどうするんだ!?

『……アリス、聞こえる? 聞こえていたら……』

 不意に脳裏に浮かぶぼやけた光景。

 ……聞こえていたら……――

 ロックはアリスの顔を覗き込み、手を握った。

「アリス! 俺の声が聞こえていたらゆっくりでいいから手を動かしてみろ!!」

 そう告げて手を見つめた。しばらくすると、ピクっと指先が軽く動き、ロックは目を見開くと「……はは」と少し笑った。

「目を覚ましたな! 覚ましたんだな!? ……くっそー! やっと目を覚ましたか! このバカ女!!」

 ――アリスの眉が不愉快げに歪んだ。






「多少脳波にブレはありますが、大きな心配はないでしょう。もう大丈夫です」

 笑顔で報告する医務官に、集まったみんなが安堵のため息をもらした。

 ――格納庫にロックが走って戻ってきた。同じく休憩をしていたタグーを見つけるなり、「アリスが目を覚ました!!」と大騒ぎ。それからすぐにクリスとフライス、とにかく話を聞きつけたみんなが病室に集まってきた。

 タグーは安心しきった様子で、壁際に立つロックに近寄った。

「やったね、ロック」

「んぁ?」

「アリスが目を覚ましてホッとしたろ?」

 笑顔で問われて、「べっつにぃー」と素っ気なく後頭部に腕を回しそっぽ向く。

 ガイはカルテの内容に目を這わすクリスに近寄った。

「アリスが話をするようになれば、ヒューマのこともわかりますね」

「ああ。きっと、マリーのこともわかるはずだ」

 クリスはカルテからガイへと目を向ける。

「それまでアリスには警護を付けたい。ガイ、頼めるか? ……こんなことは言いたくないが、マリーと同じようなクルーがいないとも限らないから」

「はい。わたしもその方がよろしいかと思います。アリスのことはお任せください」

「ああ、頼む」

 クリスはガイの腕を軽く撫で、ベッドの傍に立つフライスに近寄った。

「脳波のブレからすると、まだもう少し回復には時間が掛かりそうだ。かろうじて意識を取り戻したってところか……」

「……それでも、眠ったままよりかはいい」

 フライスは少し肩の力を抜いた。

「……これで攻撃さえなければいいが……」

 安心した表情にも不安さを滲ませるフライスに、クリスも「……そうだな」とうなずいた。

 ――アリスの意識が戻った、という話しは徐々に艦内に広まりつつあった。ヒューマはまだ遙か上空に停滞しているが、彼女の意識さえ戻ればヒューマの情報を得られるだろうということはみんな知っている。少しでも早く、彼女が話せるようになればいいのだが。

 そんな、アリスに対する期待が増す艦内、ひとり奮闘している少女がいる。

「みゅっ! みゅみゅっ! これを使うみゅ!」

 司令塔にて、“ガラクタの箱”を差し出され、アーニーは嫌そうに目を細めて軽く身を逸らした。

「……あなただったわよね? 確か……前にここで交信機を爆発させたのは」

「みゅーっ。あれは失敗みゅ! 今度は大丈夫みゅ!」

 自信満々に見上げるフローレルに、アーニーは「……また変なのが」と、がっくりと項垂れてため息を吐いた。

 ……フローレルが交信機を作ってきた。ヒューマと通信を取るために。

「絶対こっちの方がいいみゅ! 絶対みゅ!」

「……試してみた?」

「まだみゅ」

「……」

「大丈夫みゅ!!」

 無言で疑われ、怒って口を尖らせる。

 アーニーは「困った子ね……」と疲れた表情でため息を吐くと内線を入れ、「……総督、……総督、至急司令塔までお越しください」と告げる。その声がスピーカーから流れ、フローレルは辺りを見回して頬を膨らませた。

「フローレルのこと信じてないみゅー」

「あなたはタグーの次に危険人物なのよ」

 知らなかったの? と、当然のように言われ、フローレルは「失礼みゅー!!」と、悔しそうに手作り交信機を待ってその場で地団駄を踏んだ。

 ただでさえ忙しい時に、こんな厄介ゴトを持ちかけられたこっちの方がいい迷惑だ。と、アーニーは再び敵艦に向かって交信をかける。

 フローレルはムスッと近くの椅子に腰掛けた。

「そんなのじゃ駄目みゅ。ヒューマ、きっとフローレルの交信機に答えるみゅ」

「……壊れなければね。……、こちらフライ艦隊、応答願います。こちらフライ艦隊」

 無視をされて、フローレルは膨れっ面のままでそっぽ向いた。

 ――しばらくしてクリスが戻ってくると、フローレルは立ち上がるなり誰よりも先に彼に駆け寄った。

「クリス! アリスは!?」

「ああ、大丈夫だよ」

 笑顔で答えられ、フローレルはホッと安堵のため息を漏らした。

「良かったみゅーっ! 何もかもが上手く進むみゅーっ!」

 嬉しそうに飛び跳ねるフローレルの背後、近寄ってきたアーニーは呆れるような目でクリスを見た。

「……総督、お呼びして申し訳ありません」

「どうした?」

「それがですね」

「みゅーっ! これ、使うみゅ!」

 アーニーの言葉を遮ってフローレルは「はい!」と交信機をクリスに差し出した。だが、その物体がなんなのかわからず、クリスは眉間にしわを寄せて首を傾げた。

「これは……なんだ?」

「みゅ! 見てわかるみゅ! 交信機みゅ!」

 自信に満ちあふれた笑顔に、クリスは少し間を置き引きつった笑みを浮かべた。

「フローレル、覚えているよ。……確か、ここでキミの治療をしたっけね?」

「それは過去のことみゅ!!」

 みんなそればっかり! と怒りを露わに眉をつり上げるフローレルに、クリスは苦笑してポンポンと彼女の肩を叩いた。

「気持ちだけありがたく受け取ろう。……今はできるだけ問題を起こしたくはないんだ」

 総督席へ向かおうとしたクリスの前にフローレルは立ちはだかる。

「駄目みゅ!! 使うみゅ!!」

「……フローレル」

「使うみゅ!!」

 意地でも道を譲らない気だ。

 クリスはため息を吐いて胸の前で腕を組んだ。

「それは試してみたのか?」

「してないみゅ」

「……」

「大丈夫みゅ!! どうしてみんな疑うみゅ!!」

 不愉快げに睨まれ、クリスはうんざり気味なため息を吐いてアーニーに目を向けた。

「隣の会議室を使う。……念のために医務官とタグーを呼んで置いてくれ」

「……了解」

 クリスは「……こっちだよ」と膨れっ面のフローレルを連れて司令塔の隣にある会議室へと向かう。

「フローレルだってちゃんと作れるみゅっ。みんな失礼みゅっ」

 ブツブツと文句を呟く彼女を中に通し、テーブルの上に交信機を置かせると、クリスはため息混じりにそれを見つめた。

「……それで、これはどうやって使うんだ?」

「電源入れるみゅ」

「……。電源って、どれ?」

 「これ!!」と、ちょこんと突き出ている突起に指を差す。

 クリスは再度深くため息を吐いて怒り顔のフローレルを窺った。

「わかった。……キミはテーブルの下に隠れてて」

「みゅ?」

「……ケガはしたくないだろ」

「爆発はしないみゅ!!」

「保証はないでしょうに」

「だったらフローレルが電源入れるみゅ!!」

「……はいはい。それじゃ……」

 クリスは腕を伸ばしてできるだけ離れ、電源に指をかけた。

「……交信、してみようか」

「……まだ疑ってるみゅー」

 目を据わらせるフローレルを見てクリスは少し苦笑すると、数回深呼吸をして――電源を入れた。











 ――夜が明けた。

 クルーたちみんなが徹夜をして戦闘機の修理をし、交代で睡眠をとる。そんな“下っ端クルー”たちと同じように、上官たちも何やら慌ただしく動き回っていた。

 昨夜、アリスの意識が戻ったと艦内中に話しが広がる頃、呼び出しの放送があった。

【お呼び出しをします。フライス・クエイドさん、タグー・ライトさん、至急司令塔までお越しください】

 アリスの病室にいたフライスとタグーは、警備をガイに任せて司令室へと赴いた。そして、その後すぐ、

【お呼び出しをします。医療スタッフの方、二名司令塔までお越しください】

 意味がよくわからない放送に、クルーたちは「……?」と訝しげに顔を見合わせていた。

 未だノア大気圏外にいるヒューマの存在はやはり不気味だが、とにかく、今はそれに気を取られないよう、戦うための準備を終わらせなくてはならない。いつ攻め込まれてもおかしくはない、それが現状だとみんなが認識している。

 ロックは「うっ……」と大きく腕を伸ばし背伸びをすると、深く息を吐き出しその腕を下ろした。――時、ゴンッと隣のハルの頭に腕が当たる。ウトウトとしていたハルは「……?」と不愉快げに目を覚ました。

「あ、わりぃ」

 ロックが謝るが、ハルは無表情。

 格納庫内にある休憩室――。順番に、のんびりと休憩を取っている。

 同じソファの隣りに座ってロックは身動きしないハルを放ってあくびをすると、首を押さえながら回して骨を鳴らした。

「……ったく。タグーのヤツ、結局戻ってこねーし。何やってんだよ」

 あの放送後、戻ってきて作業の手伝いをするだろうと思っていたが現れなかった。

 愚痴をこぼすが、誰かが聞いているわけではない。ハルもソファに深くもたれたままやはり身動きしない。

 そこにジュードが現れ、「うーっす」と、ロックに声をかけた。

「攻撃、なかったですね」

「んあー。あったらあったでブッ飛ばすけどな」

 シャドゥボクシングの真似をして右拳を突き出すロックに、ジュードは「元気だな」と苦笑しながら、壁際の棚にあるオートコーヒーメーカーのボタンを押す。

「ロックさんも飲む?」

「ああ。ミルク2の砂糖1な」

「ハル、お前も飲むか? ブラックだろ?」

「……」

「おい、ハル」

 ソファにもたれ座ったままいつものように無表情だが、返事もなにもない。ジュードが首を傾げる中、ロックは「……なんだ?」と、背中を丸めて訝しげにハルの顔を覗き込んだ。

「おーい、ハル坊。壊れたか?」

「……」

「……ハル?」

 目の前で手をブンブンと振ってみせるが、彼は身動きしない。ロックは顔をしかめると、「……おい」と軽く肩に手を置いて揺さぶった。すると、やっとハルは少し顔を動かし、パチパチと瞬きを繰り返して大きく背伸びをした。

「……眠ってた」

 あくび混じりのその台詞にロックはキョトンとする。

 ジュートは「ああ、はいはい……」と、数回うなずきながら、出来上がったコーヒーを「はい」とロックに手渡した。

「お前、目を開けて寝る時あるモンな」

「……。開けてた?」

「開いてた」

「……うん」

「それ、治した方がいいぞ。気味悪ぃし」

「……うん」

 ぼんやりとした顔でうなずくハルを見て、ロックは少し間を置き大笑いした。

「なんだ! 寝てたのか!? お前、変なヤツだな!」

 ハルは不愉快そうにロックを睨み付けた。

 ジュードは「ほい」とハルにもコーヒーを差し出す。

「敵の様子はどうなってんだろうな。まったく情報が回ってこないけど」

「今頃寝てンじゃねーのか?」

 ロックがコーヒーをすすって肩をすくめた。

「余裕だろうしな」

「けど、あいつらだってかなりダメージ喰らってるはずでしょ? オレたちと同じように修理でもしてるのかも」

「そもそも、あいつら、修理とかあるのか? 勝手に自動再生とか、そういう技術があってもおかしくないと思うぜ?」

「それ……考えるとめちゃくちゃ怖いですね」

 ハルは二人の会話を聞きながらぼんやりとコーヒーカップを握ったまま。「……おい、また寝てるのか?」とロックが問い掛けると、「……起きてます」と返事をした。

 しばらくそこでのんびりと過ごし、「さて、作業に戻るか」と腰を上げた時に放送が流れてきて足を止め、耳を傾けた。

【……艦内乗組員全員に告ぐ】

 クリスの声だ。みんながそれぞれ作業をやめて顔を上げる。

【……艦内乗組員、ノアの住民、全ての者に告ぐ】

 ――疲れきった声。

【……今からわたしが言うことをしっかりと聞いてくれ。……。……我々は、ヒューマに降伏する】

 ロックたちは「……え!?」と目を見開いた。

【……今から地球時間の二時間後に、ヒューマの艦隊がノアに上陸する。……その後は彼らの指示に従うことになる】

「ちょっと待てよ!!」

 ロックが堪らず叫ぶが、「シッ」とハルが彼を睨んだ。

【……協力をすれば危害を加えられることはない。……乗組員諸君、……我々はヒューマの配下に付く。……今後の我々の動向については、ヒューマの司令官との会合によって決定となる。……不服がある者もいるだろう。しかし、いかなることがあろうと今は堪え忍んで欲しい。……新しい情報が入り次第、追って連絡をする。……諸君、……全ての作業を中断し、各自、指定のミーティングルームにて集合。……上官の指示に従うよう。……。……以上】

 プツッ……と放送が終わったが、誰も口を開かない。無音の空間が長いこと続いた――。

 ロックは唖然としていたが、突然、コーヒーの入ったカップを壁に投げつけた。

「ふざけんな!! 降伏だと!? 勝手にそんなこと決めやがって!!」

 彼の大声に、みんなも少しずつざわつき始める。……が、

「お前たち! 聞いただろう!!」

 ザックが真顔でみんなを見回した。

「エンジニアスタッフルームに集合!! 今から三十分までに移動しておけ!!」

 クルーたちは困惑気に顔を見合わせ、騒々しくざわつきながらも工具を置いた。

 ロックは待機室を出ると、ズンズンッ! と、眉をつり上げてザックに近寄った。その後からはジュードとハルも。恐ろしいほど雰囲気をまとうロックに、ザックは「……やっぱり来たか」と言わんばかりに体を向けて腕を組んだ。

「なんだロック。お前はパイロットスタッフルームだぞ」

「何か知ってるのかよ!?」

 冷静な様子にピンと来たのか、怒鳴って腕を振るロックにザックはため息を吐いた。

「言うことを聞け、ロック」

「聞けるワケないだろ!!」

 顔を赤くして拳を握り締め、唾を掛ける勢いで大きく言う。

「降伏だ!? そんなことしたらどうなるか!!」

「総督はオレたちが安全でいられる最善の方法を選んだだけだ。降伏という言葉は単にひとつのけじめに過ぎない」

「安全なんてどこにあるんだよ!! そんな保証がどこにあるんだ!!」

 落ち着いているザックに対して、身を乗り出し食って掛かる。

「相手がどんな奴らかもわからないのに!!」

「今は言うことを聞け」

「聞けるかよ!!」

「聞いてもらうぞ、ロック」

 背後からの声に振り返ると、フライスとタグーがやって来たところ。戸惑うクルーたちが注視する中、ロックは怒りを消すことなく足早に近寄った。

「タグー、いったいどういうことなんだよ!!」

「ロック」

 視線を落とすタグーの前にフライスが出て間に立った。

「今は騒ぎ立てるな」

「ワケわかんねーよ!!」

「詳しい話は後でする。とにかく今はおとなしく」

「おとなしくどうしろってンだ!!」

 今度はフライスに食って掛かる。

「お前らおかしいだろ!! いくら敵が強いからって簡単に折れるのか!? そんなに簡単に折れていいのかよ!?」

「ロック」

「お前らの勝手な決断にこいつらの命を預けるだけの価値があるのか!? こいつらがなんのためにここにいるのか、なんのためにきつい仕事に堪えてたのかわかってンのか!! 夜だってほとんど寝ずに修理をして!! なんのためにそうしてたかわかってるのかよ!!」

 タグーは顔を上げると、フライスの背後から少し出てきた。

「ロック、話を」

「どうしても降伏するなら俺はここから下りる!! 下りて一人であいつらと戦ってやる!!」

 ロックはそう怒鳴ると背を向けた。「ロック!!」とタグーが追いかけようとするが、その前にフライスがロックの肩を掴んだ。

「許さないぞ、ロック」

 「離せよ!!」とロックはフライスの手を振り払うが、逆にその手を掴まれた。

「命令だ。おとなしくしていろ」

「ふざけんな!!」

 離せ!! とフライスの手を振り解こうとするが、しっかり掴まれて離れない。

 フライスは険しい目でロックを見据えた。

「聞こえないのか。……これは命令だ。艦を下りることも反発することも許さない」

 脅すような低い声にロックは言葉を詰まらせながら睨み付けた。だが、それ以上にフライスが睨み付けてくる。その眼力に逆らうことができず、グッと拳を握りしめるだけ。――だが、ロックは腕を掴まれて横を見た。

 ハルはロックの腕を掴んだまま、いつもと変わらぬ表情でフライスを真っ直ぐ見つめた。

「……おとなしくしています。……けど、もし、誰か一人でも痛め付けられるようなことがあれば、その時は全力で」

「暴れてやる」とロックが言葉に続く。

 フライスは小さく息を吐くとロックの手を離した。

「……わかった。その時は許してやる。……だが、今はおとなしくしていろ、いいな?」

 ロックは不愉快そうにしていたが「……くそっ」と吐き捨てると、ハルの手を振り解いてどこかに歩いていった。タグーは彼の背中を振り返り、フライスを見上げた。

「……このままおとなしくしているとは思えない。僕、ロックの傍にいるよ」

「……わかった。……見張っていろ」

「うん」

 タグーはうなずくとロックの後を追いかけた。その後をハルとジュード、そして遠くから眺めるだけで動けなかったトニーとロマノが追いかける。リタはじっと、不愉快げに周りを見回しているだけ。

 ザックはため息を吐いてクルーたちを促した。

「おらおらボケっとすんじゃねぇ!! スタッフルームに集合だ!!」

 彼の大声にクルーたちは急いで移動を始める。

 ザックは「ったく……」とフライスに近寄った。

「それで……大体の話は済んだのか」

「ああ……」

「とにかく、今はなるようになるしかない。……オレはエンジニアたちの方を見るぞ」

「頼む」

 フライスが吐息と共に答えると、ザックは彼の肩をポンとひとつ叩いて「走れ走れ!!」と、クルーたちを急き立てる。フライスは、ふと、顔を上げた。――リタと目が合った。

 リタはムスッとしてたが、ツカツカとフライスに近寄って目の前で足を止めた。

「……、降伏なんて、パパらしくないと思うっ。絶対そんなことしないと思ってたのにっ」

 拗ねるように睨み上げるリタに、フライスは少し苦笑して頭を撫でた。

「お前はシェルターに戻っていろ。……あとでいろいろとあるだろうから」

「……。ママには? 何も言わないの?」

「わかってくれているよ」

 そう答えて、「ほら、行くんだ」と軽く背中を押され、リタは不服そうに俯いて歩いて行った。

「――ロック! どこに行くの!」

 戸惑うクルーたちが足早に行き来する中、タグーが追いつき横に並ぶと、ロックは目を向けることなく息を吐いた。

「……アリスのトコだ」

「はっ!? キミが向かうのはパイロットのスタッフルームだろ!」

「……知るか」

 無愛想に吐き捨てられ、タグーは「……もーっ」と呆れてため息を吐いたが、背後から追いかけてきた四人に気付いて更に深く息を吐いた。

「キミらもパイロットのスタッフルームだろ!」

 振り返り注意すると、四人は顔を見合わせて首を振った。

「どこかわかりません」

 ジュードの言葉にハルたちも大きくうなずく。タグーは「……ったく」と額を押さえてため息を吐いた。

 彼らのそんなやりとりなど気にも留めず、ロックは医療施設に向かうその先を見つめながら切り出した。

「……いつ、そういう話になったんだ?」

 タグーは彼の横顔を見て、歩く足下に視線を落とした。

「……ついさっきのことだよ。交信は……ほら、アリスが目覚めたあの後、僕、司令塔に呼ばれただろ、あの時にはできてたんだ。でも、言葉が通じなくてね。急いでカールたちと一緒に翻訳機を作ってさ……。ひとつしか作れなかったんだけど、それでやっと話が通じて」

「……なんで降伏なんてことになったんだ」

 タグーは足下に視線を落としたまま口ごもっている。ロックは、何も答えない彼を睨み付けた。

「俺には教えられないことなのかよ?」

 タグーは目を見開き顔を上げてロックに首を振ると、ためらうように少し視線を後ろに向けた。その様子に気付いたロックは背後から付いてくる四人を振り返る。

「……。おい、ハル」

 ハルはロックを見上げた。

「俺たちはお前らのことを信用していいのか?」

 問い掛けの意味がわからずに四人は顔を見合わせていたが、

「……つまり、オレたちがスパイじゃないかってことですか?」

 ハルの言葉にトニーは「ハッ!?」と顔をしかめてロックを見た。

「オ、オレたちがスパイだって思ってンの!?」

 愕然と問うと、「……ひどい」とロマノも悲しげに呟く。

 ジュードは少し不愉快そうに口をへの字にした。

「なんだってそんなこと聞くンですか。オレたちが迷惑かけましたか?」

「スパイってのはおとなしくしてるモンなんだよ」

 ロックが素っ気なく突き返すとジュードは目を据わらせた。そして、何か言い返そうとしたが、「……ですね」と、ハルが話し出して口を閉じて彼を見た。

「……疑われても仕方ないです。……元々、オレたちは地球に戻らなくちゃいけなかった身分だったし。それをアリスさんに頼んでここに残してもらったわけですから。……この艦内で怪しいヤツがいるとしたら、それはオレたち四人が一番でしょうね」

 ロックは方眉を上げた。

「それで?」

「……信じるか信じないかは、あんたたち次第でしょ。いくらオレたちが信用しろって言ったって、信じないヤツは信じないし」

「だろうな」

「……。けど、……ほんの少しでも信じることができるなら、それに賭けてください。……オレたちは裏切らない。……ここに来たのも遊びで来たわけじゃないし、興味本位で残っているわけでもない。……スパイなんてものじゃないし、……オレたちはフライ艦隊群のクルーです」

「そうだよ! オレたちがスパイなんて、そんな知識もないのに!」

「絶対違うよっ。私たち、スパイとかじゃないっ! そんな頭良くない!」

 トニーとロマノが焦って自虐的に否定する。

 ジュードは、じっとこちらを窺うロックを見て少し肩の力を抜いた。

「ハルの言うとおりです。……オレたちを信用してください」

 真剣な眼差しを向ける四人を見て、ロックは俯いて考え込んでいるタグーに目を向けた。

「……おい、タグー」

「……。なに?」

「お前は俺のことは信用できるのか?」

「……そりゃ、当たり前だよ」

「なんでだ?」

「なんでって……。……キミがここにいるのは僕がそうしたからだし」

「けど、もし俺の知能回路になんらかのトラブルが生じていたらどうする?」

 タグーはキョトンとし、「……。え?」とロックを見上げた。

「ひょっとしたらアリスを襲った衝撃波みたいなものが俺にも浴びせられてて回路がおかしくなってるかも知れない。実は操られているかも知れない」

 真顔のロックに、タグーは顔をしかめた。

「そんなことあるワケないよ」

「なんでそう言える? なんで信じられる?」

「だって、……キミは僕の仲間だ……」

「じゃあ、こいつらはどうなんだ?」

 ロックは後ろの四人を指差した。

「こいつらは仲間じゃなかったのか?」

「……。ロック、そんなこと言ってたらキリがないだろ」

「はっきり言ってみろよ。こいつらは仲間じゃないのか?」

「……あのね、ロック」

「他のクルーたち以上にこいつらとは結構近くにいた。アリスだってこいつらとは仲が良かった。こいつらは仲間じゃないのか? 他のクルーと同じなのか? 俺はキーファーみたいなヤツよりこいつらのことを信用するぞ」

 試すような眼差しで睨まれ、「次はお前の番だ」と言わんばかりに顎をしゃくられる。

 タグーは恨めしそうにロックを睨み、これ以上は敵わないと思ったのか、間を置いて「……はあ」とため息を吐いた。

「……わかったよ。……。四人のことも信じる」

 ロックは「よし」とうなずいた。背後の四人も少しホッとしたような表情を浮かべる。

「じゃあ、何が起こったのか、ちゃんと話せるな?」

「話してあげるけど、ここじゃ駄目だよ。ガイとも話がしたかったから……とにかくアリスの病室に行こう」

 タグーの後を付いて、そのまま六人で医療施設へ向かう。そんな彼らとすれ違いにクルーたちが困惑気な顔で行き交う。途中、メリッサともすれ違い、

「どういうことになってるの? 降伏って……なに?」

 と、問い掛けられるが、タグーは「後で話があるだろうから」とそれだけで済ませた。

 ロマノは不安げにジュードを窺った。

「……私たち、捕虜ってこと?」

「……降伏したらそういうことになるだろ」

「……。なにか、されるの……?」

 怖々と目を泳がせる彼女を見てジュードはクシャっと頭を撫でた。

「大丈夫だ。そン時は奴らをボコってやるから」

 ロマノは「……うん……」と視線を落とす。怯えるような彼女の様子に、タグーは歩き保って振り返った。

「心配することはないよ。……捕虜になるなんてことはないから」

 彼の言葉にみんなが心の中で「……え?」と首を傾げる。

 医療施設に入ると、医務官に「総督からの指示です」と通してもらってアリスの病室に向かう。そしてノックしてそこに入ると、すぐにベッドの側にいたガイが近寄ってきた。

「タグー、先程の放送は?」

「……うん。そのことで話をしようと思って。……アリスの方は?」

「目を覚ましました。まだ動けない状態ですが」

 部屋の中に入ってドアを閉めると、早速トニーとロマノがアリスに駆け寄った。

「アリスさんっ、オレだよっ、トニーっ! わかる!?」

「アリスさーんっ!」

 すり寄る二人にジュードは少し息を吐き、タグーに目を移した。

「……オレたちもここにいていいんですか?」

「いいよ」

 タグーはそう答えるとガイを従え部屋の隅に移動する。

 ジュードとハルはアリスの様子を見て、ベッドの側の壁にもたれ、ロックはドアの側の床に腰を下ろして壁に背もたれた。

 ガイは、来客用の椅子に腰掛けて落ち着いたたタグーを見下ろした。

「降伏というのは事実ですか?」

「……まぁね」

「相手はヒューマですか?」

「うん……。……フローレルが交信機を作ってね、それが上手く相手に届いたんだよ。それで……いろいろ話をしたんだ。……正直、信じていいのかどうなのかはわからない。……けど、実際、相手の戦力は僕たち以上のものだし、なんとか穏便にことを済ませたいっていうのが腹の内だよ」

 タグーの言葉にみんながただ耳を傾ける。

 ガイはじっと身動きせずにタグーを見た。

「条件提示はされましたか?」

「……いや、何も。……ただ、ノアに着陸させて欲しいって。他には何も必要ないらしい」

「そうやって俺たちを騙すつもりなんじゃないのか?」

 ロックが訝しげに目を細めると、タグーは答えることなく少し視線を落とし、間を置いて切り出した。

「……アリス……聞こえているのかな? ……。十年前、僕たちはここで戦ったよね。……ノアの番人たちの勝手が許せなくて。……そして、そんなノアの番人たちを操って最終的には彼らを殺したヒューマが許せなくて。……。……キミは何かに気付いているんだろう? ……僕たちには、何が本当で、何が嘘なのかがわからないんだ。……クリスもフライも……みんな悩んでる。……人さえ信じられなくなりそうなんだ」

 ロックは少し目を細めて首を傾げた。

 タグーは顔を上げてガイを見ると、そのままロックを見た。

「……僕たちの敵はヒューマじゃない。……ノアの番人だ」

「……。そのノアの番人はヒューマに殺されたんだろ? なぁ、ガイ、お前がそれを最初に発見したんだろ?」

「はい。十年前、タイムゲートのある部屋で惨殺されていました」

「……。違うんだよ」

「と、言いますと?」

「……殺されていたのはノアの番人じゃないんだ。……殺されたのは普通の、地球の民間人。……その彼らを殺したのが……ノアの番人たちなんだ」

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