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第五章 ロック VS ・・・

 みんながしんと静まり返った。誰もピクリとも動けず、この“状況”を冷静に考えようとしている。

 ロックはもうひとつ大きなあくびをすると脱力して腕を降ろし、しばらくぼんやりとしていたが、肩を押さえながら首を回してのんびりとそこから降り立ち、腕を回したり、両手を握ったり広げたりを繰り返して最終的には顔をしかめた。

「あー、すっげーナマってる。古くさい部品を積んだんじゃないだろうな? 誰だよ? 俺を作ったヤツは」

 ポカンとしていたみんなは、そのままの表情でゆっくりと横目をタグーに向けた。だが、彼自身もポカンとして立ち尽くしているだけ。

 ロックは顔をしかめて、ただ立ったまま微動だにしないみんなを見回して腰に手を置いた。

「なんだ? お前らもアンドロイドなのか? どうした、固まっちまって。起動させてもらってないのか?」

 訝しげな顔で首を傾げられ、キッドはそっとフライスに目を向けた。フライスもキッドを見る。アイコンタクトをする二人に気付いたロックは「おい」と顎をしゃくった。

「そこのおじさんとおばさん。お前ら、しゃべれないのか?」

 ――二人は怪訝に眉を寄せた。

 タグーはハッ! と我に返って顔を上げ、一歩近寄った。

「ロ、ロック!」

「あン?」

「……。僕が誰か……わかる?」

 そっと問い掛けるタグーの声に、ドクンッ! とアリスの心臓が高鳴った。

 ロックは「うーん……」と眉間にしわを寄せながら腕を組み考え込むと、間を置いて首を振った。

「誰だ? お前、人間か? ……弱そうだから人間だな。そうだろ?」

 ずばり当ててやった。そんなしめた顔でニヤリと笑われたが、タグーは答えることなく真顔でクリスに手を向けた。

「この人は? 誰かわかる?」

「さぁ? ただのおじさん?」

 肩をすくめて答えられ、クリスは無表情ながら少し目を据わらせた。

 ロックは、どこかホッとしたような、けれど少し寂しげに視線を落とすタグーを見て顔をしかめた。

「なんだよ? お前らなんだ? 俺の敵か? 殺すぞ」

 突然睨み脅されて、タグーは顔色を変え、両手を胸の高さまで上げて首を振った。

「ち、違う違う!」

「証拠を見せてみろ。暗号は?」

 方眉を上げて試されて、タグーはキョトンと瞬きを繰り返した。

「あ、暗号?」

「やっぱり敵か?」

 ギロッと睨まれ、「ち、違うって!」と再び強く首を振る。

「暗号なんか使ってなかったろ!?」

 手を伸ばすロックに慌てて身を引くと、ロックはにじり寄っていた足を止めて不敵に笑った。

「正直が一番だ。そう。暗号なんてない。けど、それが暗号みたいなコトだろ?」

 「ケケケッ」といたずらっぽく笑われて、タグーは「ったく……」と肩の力を抜いてため息を吐く。振り回されている彼を見つめていたリタはゆっくりとアリスを見上げた。

「……電撃ムチ、いらない?」

「おい、そこのガキ」

 指を差されて、リタは「へっ!?」と目を見開きロックを振り返った。

「電撃ムチってのはなんだ?」

「……。そ、それはっ……。その……」

 リタは咄嗟にアリスの後ろに隠れる。アリスはリタを目で追って顔を上げた――時、ロックと目が合い、バクンッ! と心臓が高鳴って条件反射で視線を逸らした。そんな彼女を見てロックは顔をしかめ、何かを言う、かと思ったが興味なさ気に「ケッ」と吐き出すとタグーに目を戻した。

「で、誰が俺を作ったんだよ?」

「……。……僕だよ」

 少し自信なさげにタグーが手を上げると、ロックは「はぁ!?」と愕然と目を見開いて仰け反った。

「お前が!? 嘘だろ!! なんでお前みたいなヤツに俺が作れるんだよ!! 何かの間違いだろ!!」

 タグーは不愉快そうに目を据わらせ、ロックは嫌そうな顔で額を押さえて項垂れた。

「くそーっ。絶対故障しそうだっ」

 その言葉にクリスが口元に笑みを浮かべる。それに気付いたロックは彼を見て、

「よぉ、おじさん、なんか着るモノ持って来いよ」

 と、顎をしゃくって命令した。

 クリスがムッと目を据わらせ、アーニーがため息混じりに「……クリス、私が持ってくるわ」と言って出ていこうとするが、

「ああ、おばちゃんおばちゃん、あんたじゃセンス悪そうだからやめてくれ」

 アーニーは足を止めると、眉をつり上げて彼を睨み付けた。

 不穏な空気が点々と生まれだし、フライスはため息を吐いた。

「……ロック」

「気安く名前を呼ぶな。俺の名前を呼ぶなら、お前も名乗れよ」

 睨まれてフライスは不愉快そうな顔をしたが、なんとか気分を落ち着けて自分の胸に手を置いた。

「……フライス・クエイドだ。……フライと呼んでくれ」

 自己紹介をしたが、「イヤだね」とロックはそっぽ向いた。

「どう呼ぶかは俺が決める」

 フライスはさすがに拳を握りしめるが、キッドが「落ち着いて」と苦笑気味に彼の腕を掴んだ。それを視界に捉えたロックは彼女を見て首を傾げた。

「おばさん、名前は?」

「……。キッドよ。ロック、よろしくね」

「ふーん」

「……。フライの家内です」

「はー。おばさん、人間を見る目ないんじゃないの? なんでこんなおじさんにしたわけ?」

 顔をしかめて問い掛けるロックにフライスは冷静ながらズン、と近寄るが、それをガイが腕を伸ばして押さえた。ロックは「ん?」とガイを見上げ、足下から頭のてっぺんまでジロジロと目を這わせて顔をしかめた。

「お前、古くさい格好してるな。今時鉄板なんて。まだそんなのがいたのかよ。ある意味希少だな。天然記念物に認定してやる」

 ガイは当たり前だが無表情。しかし、ロックを振り返って言葉を発した。

「私の名前はガイ。……ロック、少々言葉に気を付けた方がよろしいかと思われますが?」

「どうしてだ? 何かおかしいこと言ってるか?」

 ケロッとした表情で首を傾げる彼を見て、ガイは困惑気なタグーへ顔を向けた。

「……どこかを間違えましたか?」

「……。……か、かも……」

「なんだ!? 俺は失敗作か!?」

「ち、違うよっ。失敗はしてない!」

「そうだろー? 俺は完璧だねっ。優れたアンドロイドだぜ!」

 胸を張って威張る、その言葉にアリスは少し視線を落とした。

 ――アンドロイド……。……。

 ロックは「ん?」と、悲しげに俯いたアリスに目を向けた。

「おい、そこのオンナ」

 視線を感じてアリスは顔を上げた。――目を逸らすことなく、真っ直ぐ彼を見つめた。

 ……変わらない仕草と表情。……けど……

「お前、なんて言うんだ? 名前は?」

 アリスは俯き掛け、それでも精一杯、微笑んだ。

「……アリス。……アリス……バートン……」

「よし。後ろのガキは?」

 リタはソロっと顔を覗かせると、「……リタっ」と、それだけ答えてまたアリスの後ろに隠れた。

「んで……おばさんは?」

 目を向けられたアーニーは目を据わらせつつ「……アーニーよ」と答える。

「アーニー、と。……おじさんはクリスって言うんだな?」

 問われたクリスはムッとしたが「……。そうだ」と素直にうなずいた。

「よし。ここにいる奴らの名前は覚えたぞ。……あと、は……」

 ロックはそれぞれを見回してアリスに目を向けた。

「おい、アリス」

 アリスは「え?」と顔を上げた。久しく聞くその言葉に一瞬心が揺らいだ。「もしかしたら――」と期待してしまった。

「上から順番に言え」

 真顔で顎をしゃくられてアリスはぽかんとし、しばらく間を置いてキョトンとした表情で「え?」と首を傾げた。

「サイズだ、サイズ。スリーサイズ」

 「ほら言え」と、しつこく顎をしゃくられてアリスは顔をしかめ、タグーは「ったく!」と呆れてロックを睨み付けた。

「そんなの聞く必要ないだろ!?」

「何言ってンだ。個人情報だろ、情報。ちゃんと一人一人、区別できるようになって置かなくちゃな」

「顔と名前で充分じゃんかっ」

「ハッ。これだから人間ってのはまったく」

 困ったモンだ、と呆れるように首を振られて、タグーは訝しげに眉間にしわを寄せた。

「なんだよ?」

「いいか?」

 ロックは左手を腰に置き、右手人差し指でタグーの鼻の頭を指差した。

「顔を作り替えて変装する奴らもいるんだぞ? そんな時、パッと見てどこで判断すりゃいいんだ。……体だろ?」

「その前に指紋とか言え」

 目を据わらせると、ロックは「はあぁー」と更に呆れるようなため息を吐いて指差していた右手も腰に置いた。

「お前な、こいつは敵かもって感じたヤツに、指紋を採取させてくださいって頼むのか? まったく……少しは頭を使えよ。だから人間ってのは知能の低い馬鹿だってンだよ。脱がせた方が早いだろーが」

「絶対間違ってるよ、それ」

 タグーがムスッと頬を膨らませて注意するが、ロックは構うことなくアリスに目を戻した。

「で、上から?」

「……。教えるわけないじゃない」

 不愉快そうに目を細めると、ロックは方眉を上げて腕を組んだ。

「なんだよ? じゃあ目測でいいのか?」

 ロックは透視でもするようにジロジロとアリスを見る。アリスは目を泳がせ、リタを背後に一歩後退した。

「……よし、わかったぞ」

「……」

「上から85」

「……」

「んで……、85に85。メリハリねぇな。今度からお前をドカンって呼んでやる」

 アリスはムッと目を据わらせた。

 ロックはその背後を見たが、

「……ハッ、ガキにゃ興味ねぇや」

 とそっぽ向かれてリタはムカ! と膨れっ面をした。

 クリスは「まったく……」とため息を吐くと、一歩前に出た。

「ロック、少しおとなしくしろ」

「俺に命令すンな」

 生意気に睨まれてクリスは「……こいつはホントに」と脱力して肩を落とすが、ロックは気にすることなくキョロキョロと辺りを見回した。

「おい、いい加減最高責任者を呼んでこい。お前らみたいな雑魚と遊んでる場合じゃねぇんだ」

 腰に手を置いて不愉快そうに鼻から息を吐くロックを見て、クリスはフライスに近寄った。

「……。どうしてもあいつを使わなくちゃ駄目なのか?」

「……お前に任せる」

 関わり合いたくない、と言わんばかりの空気で丸投げされ、クリスは深くため息を吐くと、気を取り直し、真顔でロックに近寄った。

「……ここの最高責任者だ」

 その言葉にロックはキョトンとしていたが、「うそだろ!?」と愕然と身動いだ。

「若作りのおじさんが!?」

 キッドが少し吹き出すが、クリスは思い切り不愉快そうな顔をする。

「そういう言葉は慎め。……ロック、わたしが最高責任者だ。……今度無礼なことを言ってみろ。……。……スクラップにしてやるぞ」

 ロックは「チェッ」と舌を打ち、両手を軽く上げて降参のポーズを取った。

「わかったわかった。言うことを聞いてやる。……感謝しろよ」

 最後に目を逸らしてボソッと本心を混ぜる。そんな彼を見てクリスは呆れるように肩の力を落とし、タグーを振り返った。

「こいつの面倒は頼んでいいんだな?」

「……。え!? ぼ、僕!?」

「お前以外に誰がいるんだ」

 慌てて断ろうとした前に「こいつかよー」とロックに不満げな声を上げられ、タグーは「任せて」と怒りを露わにしてうなずいた。

 ロックはめんどくさそうに頭を掻きながらクリスを見た。

「……で。俺を作ったのは戦争のためなんだろ?」

 アリスはピクッと目蓋を震わせて俯いた。「戦争のため」――。その言葉を彼の口から聞くことになるとは……。元気をなくす彼女の様子を気に留めながらも、クリスは間を置いて小さくうなずいた。

「お前じゃないと起動することのできない機体があるんだ」

「俺専用の機体か!? すっげー!! どれだ!?」

 興奮気味に拳を握り締めてキョロキョロする。

「後で見せてやる。……いいか、ロック」

 クリスは真剣な顔で見据えた。

「……これは遊びじゃない。生きるか死ぬか、その瀬戸際なんだ。……生き残るにはお前の力が必要だし、……そのために協力して欲しい。……わかるか? お前の力がわたしたちには必要なんだ」

 アリスは俯いたまま悲しげに眉を寄せて目を閉じた。だが、そんな彼女の気配など察しないロックはクリスにニッと笑った。

「任せておけ。きっちり片を付けてやる。最後まで全力尽くしてやっから安心しろ。そのために俺はここにいるんだからな。この戦いが終わるまで。それが俺の義務ってヤツだ」

 アリスは少し眉を寄せた。のどの奥、「そんなことで生まれてきたんじゃない」と、そう言葉が留まっている。

 クリスは、ふざけた口調ながらも真剣なロックを見て、内心ホッとしつつうなずいた。

「これからお前にはこの戦いに置いての知識を付けてもらう。タグーに従って学習してくれ」

「学習? おいおい、学習ってのはな」

 ロックはガイに近寄ると、ガンッと胸元をグーで殴った。

「こういうヤツに向かって言う言葉だ」

 ガイはタグーを振り返った。

「ロックのメモリをもう一度全部クリアにして再起動掛けませんか?」

「なんだと鉄板ヤロー!!」

 と、ロックは不愉快げにガイを睨み付けた。






「……」

 機動兵器格納庫。

 インペンドの修理で大忙しのクルーたちと一緒に、アリスも手伝えることを手伝っている。――何かをしていないと、いろいろ考えてしまうから。

 ロックはあの後、タグーとガイに連れられてケイティの資料室へと向かった。一度、そこで過去、そして現在の状況を確認し合うらしい。彼らが消えた後のクリスたちの怒り様、いや、怒りと言うより呆れ様はすさまじかった。とは言っても、最終的には笑い話に変わっていたが。

「やっぱり性格までは変わらなかったか」

 そう言っていた。

 ……けど、ロックじゃない――。

「アリスさんっ」

 ロマノが笑顔で近寄ってきて、電動工具で簡単なボルト留めを任されていたアリスはその手を止めて顔を上げた。ずっと作業をしていたせいか所々肌が汚れているが、お互いそんなことは気にしないたちだ。

「聞いた話じゃぁ……アンドロイドの人、復活したんでしょ? ……どうだった?」

 ためらいもあるのだろうが、半分は興味。その彼女の遠い背後には、ジュードたちが別の作業をしていて、こちらをチラチラと窺っている。恐らく、彼らにも「聞いてこい」と押されたのだろう。

 アリスは少し間を置いて苦笑した。

「……別人よ。……変わっちゃった」

 視線を落として寂しげな笑みを浮かべるアリスに「……そっか」と、ロマノも残念そうに軽く俯き、そっと上目遣いで窺った。

「ちょっと、寂しい?」

「……そうね。……けど……もう、死んだ人だから」

「……。うん……、そうだね……」

 再び手を動かすアリスを見て、ロマノも彼女の側で使われていない工具類をまとめて片付けを始める。

「……ね、アリスさん、聞いて」

 重い空気を感じてか、ロマノは愉快げな声色で切り出した。

「ハルがね、アポロンの搭乗テストに出るんだって」

 アリスは電源を入れた工具を一旦止めて、笑顔のロマノを見るなり顔をしかめた。

「ハルが?」

「ジュードとトニーはね、絶対に無理って言ってるの。けど、どうだろうねー。ハルって結構、パイロットとしての腕はすごいと思うんだ。がんばり屋さんだし。アリスさん、どう思う? 合格すると思う?」

 無邪気に首を傾げて問われ、呆れ気味なため息を吐いて首を振った。

「絶対に無理ね」

 ツンと顎を上げてどこか高飛車な態度で答えるアリスに、ロマノはキョトンとした。

「どうして?」

「パイロットに合格したばかりでしょ。熟練したパイロットはたくさんいるんだから」

「んー……、まぁねー」

「大体、ハルにアポロンが操縦できるとは思えないわ」

「どうして?」

「だって」

 アリスは不意に言葉を切らした。

 ――だって? ……。だって……。……。

 次の言葉が続かない。否定する言葉が思い浮かばない。

 ううん。何か欠点があるはずよ。……欠点……、欠点……。

 訝しげに眉を寄せて考え込む姿に、ロマノは「……ふふっ」と愉快げに笑った。

「ほーら、ハルでも不可能じゃないでしょ?」

 アリスは少しムッとした。

 悔しいが反発できない。確かに、試験じゃ好成績を叩き出してはいる。“パイロットとして”の欠点を見つけ出すのは至難の業だ。

 「……好きにしたらいいわ」と無関心を気取って、再び電動工具のスイッチをONにしようとした、その時、「うえーっ! 油くせェし鉄くせェ!!」と、不愉快そうな大声が耳に届いて、アリスはピタッと動きを止め、ロマノや周囲のみんなは声の主を振り返った。

 開かれた出入り口、タグーとガイを背後に被弾している無数の機体を見てロックが顔をしかめている。

「なんだなんだ!? こんなにボコボコにやられやがって!! 情けねぇ奴らだな!!」

 周囲のクルーたちは「……なんだ、あいつは?」と顔を見合わせている。中には「……あれっ?」と驚きを露わにする者も――。

 ロマノは無視しているアリスをそっと横目で窺った。

「ひょっとして……あの人のこと?」

 アリスはうなずくこともなく、ボルト止めをしなくてはいけない部品を手前に寄せて位置を整える。黙々と作業を続ける彼女に何も言えず、ロマノも使用済みの工具の片付けを始めた。

「お、土管!」

 愉快な声が近寄ってきて、その後から「アリスだろっ」と注意するタグーの声が聞こえた。ロマノは振り返るが、アリスは無視して作業続ける。

 ロックは二人の傍で足を止めると、こちらに気を向けることなく無表情でボルトを数個手に持つアリスに首を傾げた。

「そりゃ、何やってンだ?」

 問い掛けたが無視。

 ロックは少し顔をしかめた。

「おい、何やってンだって聞いてンだ」

 やはり無視。

 ロックはムスッと口を尖らすと、そっと窺っているロマノに目を向けた。

「お前、なんて言うんだ?」

「えっ? ……わ、私? ……ロマノです」

「よし、ロマノ。上から言え」

「必要ないだろ!」

 背後からタグーが怒り、ロマノは眉間にしわを寄せた。

 ロックは「チェッ」と舌を打つと、周りのコトなんて関係ない、と言わんばかりに作業をし続けるアリスへ目を戻した。

「おい、土管」

 アリスは無視。

「土管」

 やはり無視。

 ロックはムッと目を据わらせて腕を組んだ。

「本当のサイズをバラしてやるぞ」

 アリスは睨むように顔を上げた。

「邪魔をしないでくれる? 私たち、忙しいのよ」

「自業自得ってヤツで忙しいんだろ。俺には関係のない話だよな」

 無関心っぽく肩をすくめるロックを見て、アリスはふいっと顔を背けて再び手を動かす。

 タグーはため息を吐いてロックの腕をポンポンと叩いた。

「ロック、ほら。グランドアレスにトコに連れて行ってあげるから」

 まるで子どもをあやしているよう。

 「ほらおいで」とうんざり気味に誘う彼を見て、ロックは再びアリスへ目を戻した。

「おい、アリス」

 アリスはピクッと眉を動かした。手の動きが一瞬止まった彼女の様子に気付いて、ロックはニヤリと笑い、背中を丸めて顔を覗き込んだ。

「アリス」

「……」

「アーリースー」

 馬鹿にするように何度も呼ぶ。彼女が名前を呼ぶことで反応する、と理解したのだろう。それでも無視するアリスにロックは「ケケケッ」と笑った。――と、その時、カツ、カツ、カツ……と誰かが近寄ってくる足音と気配に、ロックは「ン?」と顔を上げた。

 ロマノは「……あっ」と目を見開いて声を掛けようとしたが、その前に、ボグッ!! といきなり殴られて、油断していたロックは「うっ!!」と声を漏らして後ろに数歩よろけた。

 ――周囲のみんなが唖然と拳を降ろしたハルを見る。タグーも、アリスも。

 ロックは殴られた左頬に手の甲を当て、無表情なハルを愕然と見ていたが、「……なんで殴られた?」という疑問よりも先に怒りが沸き上がって「てめぇ!!」といきなり襲いかかろうとした。それをガイが後ろから腕を掴んで止める。

「このヤロ!! いきなりなにしやがんだ!!」

「……復活したら一発殴るって決めてた」

 冷静に告げられて、ロックは「……。はぁ!?」と顔をしかめるが、ハルはそれ以上何もすることなく軽く手を上げて見せた。

「……じゃ。もう永眠してくれていいから」

「殺すぞ!!」

「……壊すぞ」

「なんだと!!」

 ガイに掴まれながらも眉をつり上げていきり立つロックを見て、タグーは「まぁまぁっ」と二人の間に立つ。

 ハルは「……じゃ」と軽く会釈して、呆れるような顔をしているジュードとトニーの待つ作業場へと歩いていった。

「あのガキ!! あいつはなんて名前だ!!」

 遠ざかる背中を睨んでギリギリと奥歯を噛み締めるロックに、タグーは「あー……」と視線を上に向けた。

「ハル、だよ」

「あいつは俺がブッ殺す!! 絶対に俺の手で殺す!!」

「わかったから落ち着いて」

 「はいはい」と言わんばかりのため息を吐いて、タグーはロックの胸を押す。ロックは「くそーっ!」と悔しげに口をへの字に曲げて、それでも尚無視して作業を続けているアリスを振り返った。

「おいアリス!」

 アリスは作業の手を止めて、無表情な顔を上げた。

「あのクソガキを暗殺するから手伝え!!」

「……。一人で勝手にやったら?」

 興味なさ気に作業に戻る。

「くっそー! 絶対にあのガキだけは許さねぇぞ! この俺に拳を向けるなんて!」

 アリスは間を置いてカタ……と足下に電動工具を置き、ロックに近寄った。その気配にロックは「?」と顔をしかめながらアリスの行動を目で追っていたが、いきなりゴンッ!! と頭上にゲンコツを落とされ、「って!!」と反動で頭を前のめりに倒した。

 傍で見ていたタグーとロマノはキョトンとし、「……これってやばいよね?」と互いにそっと顔を見合わせた。

 アリスは赤くなった拳を降ろし、冷ややかに目を細めると、頭を押さえながら睨むロックを真っ直ぐ見据えた。

「……私も殺す?」

「殺すぞ!!」

「じゃ、いつでも来てちょうだい」

 アリスはそう捨て台詞を吐いてその場から足早に歩いていく。タグーが「アリス!」と振り返って名前を呼ぶが、彼女はそのまま格納庫から出て行ってしまった。

 ガイに掴まれたまま、ロックは歯をギリギリ言わせる。

「くそ! どいつもこいつも!! 俺をナメやがって!!」

 タグーは呆れてため息を吐き、じっとりと、蔑むような目でロックを見た。

「ロック……、その喧嘩腰はやめなよ」

「なんだとっ?」

「アリスだってハルだって、何も無しでキミに暴力は奮わないだろ? ……よく考えろ。そんなに喧嘩腰じゃ誰も」

「何言ってンだ! 俺は戦うために作られたんだろうが!! 喧嘩腰で何が悪い!! そういう風に作ったんだろ!!」

 睨み怒鳴られて、タグーは少し目を見開き言葉を詰まらせた。――彼の言っていることは間違いじゃない。ただ、それだけに何も言えない。

 ガイは戸惑い俯くタグーを見下ろして、間を置きロックをヒョイっと肩に抱えた。

「お、おい!! 何すンだよ!!」

 ガイの肩の上、屈伸状態で腰をしっかりと掴まれて降りようにも降りられない。ガンガンッと硬い胸を殴るが、ガイはピクリともしない。

「くそ!! 壊れろ!! このヘボロボ!!」

「わたしは、タグーの手によってインペンドの装甲を外装にしています」

 ――つまり、“人の手”ごときで凹ませることはほぼ100パーセント不可能だ。

「スクラップ場へと連れて行きます」

「ば、ばか!! やめろ!! 俺の力が必要なんだろ!!」

 くるりと体の向きを変えるガイに顔を青ざめさせ、ロックはバタバタと足を上下に動かし、バシバシッと尚ガイの胸を叩く。明らかに焦って嫌がるロックに、ガイは顔を向けた。

「では、反省しますか?」

「何に反省しろってんだよっ!」

「数々の暴言にです。それと、誰彼構わず殺すなどという言葉を使うのはやめてください。ここにいる人たちには特にです。あなたにはレベルの高い思考回路が積まれているのですから少し考えればわかることです。戦うために作られましたが、しかし、それだけではない。戦いの起こらない日常に置いて、あなたはその過ごし方を把握するべきです」

「よくわかんねぇ!!」

「いいえ。理解できるはずです。理解するよう、努力をしますか?」

 ――たくさんの視線を感じる。ガイは降ろそうという気配もない。

 ロックは口を尖らせ、「……ああーもう!」と、投げやりに手足をバタバタと上下に振った。

「わかったわかった! 努力する!! 努力するから降ろせ!!」

 ガイはタグーに顔を向けた。「よろしいですか?」と問う空気に、タグーはため息混じりにうなずく。

 ロックは、やっと自分を降ろしたガイを睨み付けながら服を伸ばして整え、「くそー」と不愉快そうな横目をタグーに向けた。

「お前が俺を作ったんだろ? なんでもうちょっとマシなプログラムを組まなかったんだよ。起動した後でゴチャゴチャ言われてめんどくせぇ」

「……。けど、キミには学習能力があるんだから。それはひとつひとつ、キミ自身が解決していけることだろ?」

 冷静に相槌を問われ、ロックは分が悪そうに「……チェッ」と軽く舌を打ってそっぽ向く。

 タグーは少し息を吐くと、ぼーっとしているロマノに目を向けた。

「ロマノ、悪いけど、アリスの様子を見てきてくれるかな?」

「……あっ、はいっ! わかりました!」

 ロマノは目を見開き、慌ててダッと走っていく。それを見送って、ロックは訝しげに眉を寄せた。

「アリスの様子って? なんだよ?」

「……。なんでもないよ。……さ、グランドアレスに案内する」

 タグーは曖昧なまま答えをはぐらかし、ガイを連れてロックを壁際のグランドアレスの元へと導いた。

 えーと! アリスさんのことだから……!

 ロマノはパタパタと走りながらとある一室へと駆け込んだ。

 ケイティ内監視塔――。

 強化ガラスの前、アリスが膝を抱えて座っているが、周囲のオペレーターたちにとっては“いつもの光景”だ。誰一人として気にする様子はなく、それぞれの仕事を進めている。

 ロマノは少し息を整えて、背後までそっと近寄った。

「……アリスさん?」

 そっと顔を覗き込んで声を掛けるがアリスは無反応。ただぼんやりと目の前を見ている。そこには、先の戦いでなぎ倒され、荒れ果てた森が広がっている――。

 ロマノは静かにその隣に腰を下ろした。

 ……タグーさんに様子を見てきてって言われたけど、どうしたらいいんだろ。

 うーん、と心の中で考え込む。

 慰め、とかじゃないよねぇ……。難しいなぁ。

 ブツブツ考えていると、

「……綺麗な森だったのに」

 呟くようなその言葉に、「……え?」と表情を消してアリスの横顔を見つめた。

「……こんなに荒れ果てちゃって……。……ここで戦いが起これば起こるほど、……またなくなってしまうわね……」

 寂しげな声に、ロマノはゆっくりと森へと目を移し、俯いた――。

 その頃、格納庫では……

 クレーンを用意して台に乗ると、そのままコクピットまで上昇する。タグーがコクピットの前で止めると手動でそこを開け、ロックは機体に手を付いて中の様子をぐるりと見回した。

「へぇー。結構広いんだな」

「……初代のパイロットが体の大きな人だったからね。その人に合わせて作られたモノなんだよ」

「なんだ、俺が一番乗りじゃないのか」

 ロックは少し不満げに口を尖らせながらもそのままコクピットに乗り込んでシートに座った。

「……おい、このシートもでかすぎるぞ。俺用にちゃんと変えておけよ」

「ああ。わかってる」

 タグーはうなずきながら、楽しそうに操縦桿を握るロックを見た。――何度と見た光景だ。

 ロックはコクピット内を見回してタグーに目を戻した。

「で、すぐ起動できるのか?」

「まだだよ。……けど、明日は早速こいつに乗ってもらう」

「なんだ? 攻撃でも仕掛けるのか?」

「……。ロック、さっき資料室で見ただろ。僕たちは攻撃を仕掛けることは絶対にしない。相手がどんなに好戦的でも、一発目を喰らうまでは絶対に行動しないんだから」

「わかってるって。で? 明日何をするんだ? テスト飛行か?」

「それも兼ねてる。……ほら、横にいるのがアポロン。……こいつのパイロットはまだ決まってないんだ。だから明日、このアポロンに乗るパイロットを選抜する。そのための相手役として、キミに出て欲しい」

「相手役?」

「早い話、アポロンに乗るパイロットと勝負して欲しいってコト」

「ああっ、試験ってコトか!」

 その言葉にタグーは少し息を詰まらせたが、「……そういうことだよ」と小さく微笑んだ。

 ロックは「へへっ」と笑う。

「腕が鳴るな! よーしっ、そいつらをボコボコにしたらいいんだな!?」

「……。本気になっちゃ駄目だよ」

「任せとけ!」

 ロックは笑顔で操縦桿をギュッと握った。

「よしっ、グランドアレス、今日から俺がご主人様だ! ちゃんと言うことを聞けよ!」

「グランドアレスとしては逆かもよ?」

 ギロッと睨まれてタグーはサッと目を逸らした。






 ようやくインペンドの大部分の修理が終わった。総掛かりの作業で思ったよりも効率がいい。あとは“素人”が参加できないエンジニアたちによる総点検と改善だ。

 交代で睡眠を取って作業を続けるクルーたちの中、エンジニアたちから指示をもらっていたアリスは、最後まで手を止めることなく動いていた。

「アリス教官、そろそろ休憩に入ってもいいですよ」

 エンジニアの一人が動きっぱなしの彼女を見て声を掛ける。

「そろそろ疲れたでしょう? もう大詰めですから」

 アリスは革手袋をはめた手の甲で軽く汗を拭って微笑んだ。

「まだ大丈夫よ。昨日までぐっすり眠ってたからね、その分、体力も有り余ってるの」

「無理しない方がいいですよ?」

「わかってる。疲れたらちゃんと休むから」

 「ありがとう」と笑顔で気遣いに礼を告げて再び手を動かす。

 ――時間ももう深夜帯。それでもここは皓々《こうこう》と明かりが広がっている。睡魔が襲ってこないのはその明かりのせいもあるだろう。

 この数日、大きな作業はできなかったが、それでもなんとか彼らの役に立ててほんの少しホッとしていた。ライフリンク、そしてパイロット以外の仕事で緊張感はあったが、エンジニアの仕事がどれだけ大変かも理解できたし、何より、エンジニアクルーたちとも親しくなれたのは実りのある収穫だ。

 少しでも手が空くと、足下で蹴られて転がるネジやボルトを邪魔にならないように拾い集め、種類ごとにそれぞれの工具箱に直していく。そしてたまに、エンジニアたちに飲み物を差し入れする。

 せっせと動く彼女に、「アリスさーんっ」とトニーが元気よく駆け寄ってきた。

「アリスさん、休憩したっ?」

「ううん。まだよ」

 左手一杯にボルトやナットや、小さな部品を山積みし、それらを右手人差し指で軽く転がし動かしながら「コレとコレは同じ……」と考えているアリスにトニーは手を差し出した。

「休憩しなよっ、続きはオレがやってあげるしさっ」

 少しいいところが見せたいのだろう。だが、

「おーい、そこの下っ端。こっちを手伝ってくれ」

 と、側に立つインペンドのコクピットからエンジニアに見下ろされ、見上げたトニーは「ぶーっ」と頬を膨らませた。口を尖らせつつも、お尻のポケットから軍手を引っ張り出すトニーにアリスは苦笑した。

「がんばって、トニー」

「りょーかぁーい」

 やる気なさ気な返事をしてコクピットまで登っていく。そんな彼を見送り、小さく息を吐いて壁際にある大型キャビネットまで歩み寄った。磁石皿に集めた部品を流して綺麗に磨き、所定の棚に直していく、至って簡単な作業だが、

「……それは違うでしょ」

 一度棚に直したボルトを取り出す。背後から伸びてきた腕の主を振り返ることなくアリスは顔をしかめた。

「うそ。だって同じ大きさだし形も同じだった」

「……ほら、ここを見て」

と、手に取ったボルトの“皿”を見易いように傾け見せる。

「……これはこのボルト専用の工具じゃないと使えないから、別のトコ。簡単にバラせないように、こういう特殊ボルトを使うんです。だから、これを使う一定のエンジニアさんのトコに返さないと。……えーと……、ああ、あの人」

 遠く作業をしているエンジニアを指差されて、アリスは「そうなんだ……」と、改めてそのボルトを受け取ってハルを振り返った。

「詳しいのね」

「……それなりに勉強してますから」

「ボルトのことまで?」

 訝しげに眉を寄せた後、「……はあ」と呆れ気味なため息を吐いた。

「キミ、ホントに勉強が好きなのね」

「……元々、パイロットになる前はエンジニアになるつもりだったんで」

 アリスはキョトンと瞬きを繰り返した。

「そうなの?」

「……はい」

 ハルは「おーい! 手伝ってくれー!」という声に振り返ると、「……じゃ」と軽く会釈をして歩いていった。

 アリスは「ふーん……」と彼の背中からボルトに目を移す。

 ――元々エンジニア、ねぇ……。おかしな子。そう思いながら、教えてもらったエンジニアの元へ足早に駆け寄り、「落ちていたから」とボルトを渡した。

「へぇ。アリス教官、このボルトがオレたちのってよくわかりましたねー」

 感心するように目を見開かれ、苦笑して首を振った。

「違うところに直してたらそう教えてもらったのよ。私がそんなことわかるわけないでしょ?」

「やっぱり」

 笑われて少し恥ずかしかったが、アリスは微笑むと「それじゃ、がんばってね」と手を上げ掛けて目を留めた。数人掛かりで“何か”を運んできている――。

「……あのシートは?」

「ああ、グランドアレスに新しく積み替えるんですよ」

 アリスは目をパチクリとする。

「新しく乗るパイロットに合わせて作ったんです」

「……ああ、そう……」

「明日、アポロンのパイロット選抜のテストで、相手役としてグランドアレスが出るんですよ。……ただでさえ大忙しなのに、上官はオレたちを過労死させたいんですかね?」

 不愉快そうに眉を上げるクルーに、アリスは情けなく笑ってポンポンと腕を叩いた。

「もうしばらくがんばって。これが終われば、たくさんお休みもらえるから」

「だといいんですけど」

 肩をすくめて再び作業に取りかかる。なんだかんだと文句は言っても、自分たちのやるべきことはちゃんと理解している。

 アリスはそんな彼らを見て小さく微笑むと、キャビネットの方へ戻り、再びボルト磨き。ひとつひとつ丁寧に磨きながら、それがピカピカになると満足げに棚に直す。

 ……そういえば――

 ふと思い出して手を止めた。

 タグーもよく、拾ってきたボルトとか磨いてたっけ。単純で無意味な作業だと思ってたけど……。……なんとなく、嬉しいな……。

 磨き上げたひとつが、いずれ機体の重要な一部になる。エンジニアは、こういうところにも魅力があるのかも知れない。

 ……エンジニアといえば、ハルは元々エンジニアを目指してたって言ってたわよね……。どうしてパイロットに変更したのかしら? ……エンジニアとしての腕がなくて、パイロットとしての腕があったから? それがわかったからパイロットに乗り換えた? ……有り得る話よね。どうりでって感じだわ。人のこと、ブツブツ文句言えないじゃない。

 勝手な予想だが、なんとなく腹が立ってくる。そうなると、ボルトを磨く手に力が入り、ギリ、ギリ、と布が奇妙な音を出す。

「アリスさん、それ磨きすぎ」

 近くを通り掛かって気になったのだろう、ロマノが苦笑しつつ背後から顔を覗かせて指差すと、アリスは「……え?」と彼女を振り返り、「……ああ、そ、そうね……」と慌ててボルトを棚に直した。

「アリスさん、もう休憩したの?」

「ううん、まだ元気だから」

「そんなこと言ってると、後でヘロヘロになっちゃうんだよ。それに、ここ、空気良くないからね。あんまり居過ぎると頭がボーっとしちゃう」

 ロマノはわざとらしくふらつく仕草を見せ、笑い掛けた。

「ちょっと肺の中を綺麗にした方がいいと思うよ。アリスさんが戻ってくるまで、ここは見張って置くから」

 別にテリトリーにしているわけでもないのだが――。

 布を引き取られ、アリスは苦笑気味に「わかったわよ」と小さく息を吐いた。

「それじゃ……、ちょっと外の空気でも吸ってくるわ」

「はーい。いってらっしゃーい」

 間の伸びた挨拶に少し笑って歩き出したが、ふと、足を止めてボルトを選ぶロマノを振り返った。

「ねえ、ロマノ。ハルって、元々エンジニアを目指してたの?」

「うん。そうだよ」

 なんでもないことのように普通に返事をされ、アリスは怪訝に眉を寄せた。

「どうしてパイロットに?」

 首を傾げるアリスの問い掛けに、ロマノは「んー……」と視線を上に向けた。

「詳しい話は聞いてないけど。私とジュードとトニーがパイロット志望だったから、後で一人寂しくなってこっちに来たんじゃないかって思ってた」

「ふうん……」

「ハルは昔から細かい作業が好きなの。だからエンジニア向きはエンジニア向きで、逆にパイロットになる方が難しいんじゃない? って思ってたんだけどねー。体力だって、私よりなかったんだよ」

「……そうなの?」

「うん。部屋に引き籠もってるタイプ。地球にいる時もそうだった。だから人付き合いとか苦手なんだよね。それがいきなりパイロットに変更するって言ってきた時は、エンジニアのクラスでよほどのいじめに遭っていたのか、なんなのかって、ジュードが心配してた」

 アリスは少し眉を動かした。ロマノはそんな様子に気付くことなく、ニッコリと笑う。

「でも、ハルはがんばり屋サンだからねー。試験だってトップで合格したし。パイロットに変更したのは正解だったのかなー」

「……。それで、パイロットに変更した理由は?」

「んー、わかんない。全然気にしたことないし。私は四人一緒でパイロットになれるって事の方が嬉しかったしね。ずっと思ってたんだ。四人でパイロットになって、チームとか組めたらなー、って」

 笑顔のロマノに、「……そうね」と小さく笑顔を見せる。

 ロマノは「ん?」と首を傾げた。

「何か気になることでもあった?」

「ううん。なんでもないのよ。……そういうのって珍しいから。何か余程のことがあったのかなって」

「何かあったって、そこでヘタばる私たちじゃないからね。がんばるがんばる」

 両手拳を胸の前でグッと握りしめる。その仕草に少し笑うと、アリスは「じゃあ、ちょっと外に出てるね」と、ロマノにそこを任せて格納庫を後にした。

 ――時間帯も深夜過ぎだというのに、艦内はクルーたちが忙しなく行き交う。そんな彼らの間を縫って、一人、ライトで照らし出される外へと出た。途中で購入したジュースを持ち、軽く振りながらのんびりできそうな場所を探す……が、荒れてでこぼこになった大地の上では“のんびり”なんて場所はどこにもない。せめて座ることのできる場所に、と、爆撃の跡だろう、盛り上がった大地を暗闇の中手探りで登り、座っても平気そうな場所を見つけるとそこに腰を下ろした。少しお尻が痛いが、手で軽く土を撫で、そこに落ち着く。

 ジュースの蓋を開けてそれを喉に通すと、「……っふぅー」と深く息を吐いた。確かにロマノが言っていたとおり、新鮮な空気がおいしく感じられる。頭もすっきりしてくる。空気をいっぱい吸い込み、肩の力を抜くと同時に吐き出すと、缶を持ったまま、ゆっくりと夜空を見上げた。

 艦からのライトアップで多少星の数が減っているが、それでも見れないわけじゃない。遠くから聞こえる作業音に気を奪われながら、何かを探すようにじっと見つめ続けた。

 ……。なんだろうな。なんだかすごく――

「うぇーっ。くそ寒ぃぞーっ!」

 不機嫌っぽい声にアリスはピタっと硬直した。

 ロックは「さむさむっ」と腕を抱きながら“山”を登ってきて、アリスの横に立つと、こちらを見向きもしない彼女を見下ろした。

「何やってんだよ?」

 問い掛けるが、アリスはやはり身動きしないまま無視している。

 ロックは眉間にしわを寄せると、「よっこらせ」と座り込んでアリスの無表情な顔を覗き込んだ。

「おい、聞こえねぇのか?」

 しばらく間を置いて、アリスはゆっくりとジュースの缶を両手で挟み持ってロックを見ようともせずに小さく言葉を発した。

「……なんの用よ?」

「用なんてない。散歩してたらお前が見えた。だから来た」

「……。あっちに行って」

「なんでだよ?」

「……。タグーは? 一緒じゃなかったの?」

「あいつが少し散歩でもしてこいって言ったんだ」

 不愉快そうに口を尖らせる。

 アリスはやはり彼を振り返ろうとはせず、ため息を吐いた。そしてそのままそこを去ろうとして腰を上げる。……が、手を掴まれて腰を低くした体制で動きを止めた。――彼の手の温もりに、一瞬、心臓がバクンッ! と鼓動した。

 ロックはそれでもこちらを見ないアリスを見上げて訝しげに眉を寄せた。

「なんだ? なんかお前、おかしいぞ」

「……。……離してよ」

「なんで俺から逃げようとするんだ?」

「……。いいじゃない。別に」

「なんだよ? お前、最初っからツンツンしてるよな。何か気に食わないのか?」

「……。嫌いなのよ、あんたのことが」

「ってなんでお前にそんなこと言われなくちゃいけないんだよ」

 そっぽ向くアリスを睨み付けるが、その手は離さないまま。そして少し拗ねるように口を尖らした。

「ここの連中もそうだ。何かおかしいぞ。コソコソしてやがるし」

「……」

「お前、何か知ってないか?」

 アリスは「……え?」とやっと彼に目を向けた。真剣な、真っ直ぐな目と向き合い、同時にドクンと心臓が高鳴る。

「俺が造られる前、どうだったか知らないか?」

「……どう、……って……」

「お前らみんな、俺のことを知ってるって感じがするんだよな。ナレナレしいヤツもいるし。お前だってさっき俺のことが嫌いだって言ってただろ。なんでなんだ? まるで昔っから知ってるみたいな言い方だ。俺は前に起動していたのか?」

 怪訝に、それでも真剣さを消さないロックから目を逸らせず、ただ言葉を詰まらせて心臓を高鳴らせる。

 ――知ってるよ。ロック、私たちの仲間だった。……私たちの仲間だったのよ。

 頭の中で繰り返されるが、それを言葉にすることはできない。

 無口なまま悲しげに目を細める彼女を見てロックは深く息を吐くと、掴んでいた手を離し、遠くへと目を向けた。

「なんなんだ? なんかしっくりこねぇよな」

「……」

「タグーからいろいろ話を聞いてると、なんとなく艦の中やここのことがすっげー気になるんだ。珍しいモノもないし、前に一度、見たことがあるような気がする」

 独り言のように話し、ロックは立ち尽くしたままのアリスを見上げた。

「なぁ、お前知らないか? 俺が造られる前、どうだったか。初めての機動じゃないのか?」

 すがるような目を向けられ、アリスは問い掛けに答えられずにただ硬直する。

「それに、すっげーおかしいことだらけなんだよな。……俺、戦うために造られたはずなんだけどさ、なんだって人間みたいな作りをしてるんだ?」

「……」

「すごいんだぜ。ちゃんと呼吸もするし、心臓だって動くんだ。神経もある。……お前に殴られた時だって痛かったんだぞ」

 謝れよ、と言わんばかりに睨み上げるが、それもほんのひととき。

 ロックは自分の両手を胸の高さまで上げて広げ、そこをじっと見つめた。

「なんだって人間みたいに造られなくちゃいけなかったんだ? 戦うためだったら、痛みなんか感じない方がいいし、食べ物だって摂取しなくていいはずだし、人間と全く同じ機能なんか必要ないはずなんだ。ただ、パワーだけ上げてくれりゃよかったのによ。アンドロイドって言ったって、そこまでバカ丁寧に人間に似せる必要もなかっただろうに。タグーのヤツ、いったい何を考えて俺を造ったんだ?」

「……」 

「まるで、元々人間として造られたんじゃないかって、そう感じるくらいだぜ」

 ドクンッ――。

 高鳴る心臓につられて呼吸が止まる。

 “人間として造られた”。……そうよ。人間として生きてたのよ。……人として……。

 伝えたくても伝えられない。もどかしさが溢れて呼吸が乱れてきた。だが、そのことに気付かないロックは「うーん……」と唸りながら腕を組み、訝しげにアリスを見上げた。

「お前のこともさ、どっかで会ってる気がするんだよな」

「……」

「俺たち、会ってないか? 俺、お前のことを知ってる気がするんだ」

 アリスは戸惑い目を逸らして、微かに唇を震わせた。

 ひょっとして……記憶の回路が完全に失われていないのかも知れない。……だとしたら――。

 どうしようかと一瞬迷った。教えてあげたほうがいいのか、どうなのか。そう戸惑い考えていると、ロックは間を置いて再びアリスの手を握って引っ張った。アリスは引っ張られるまま隣りに座り、こちらをじっと見つめるロックを見返した。

 ――変わらない顔。手だって温かい。……これはロック。……やっぱりロックだよ……。

 目を逸らせず、ただ速い心音に併せて呼吸を乱す。どこか息苦しそうなアリスを見て、ロックは少し目を細めた。

「俺たち……会ってるのか?」

「……」

「もしかして、……ただの関係じゃない?」

 訝しげながら真剣さを消さない。そんなロックの問い掛けに、アリスはゴクッと唾を飲んだ。脳裏で「どうしよう。……どうしよう」と繰り返しながら。

「そんな気がするんだ。俺はお前のことを知ってるぞ。絶対に知ってる。……前に会ってるはずだ。……友だちとかじゃない。何か……それ以上のはず」

「……。……」

「そうだ。お前とは間違いなく会ってる。……待てよ、どこで会ったんだ……」

 思い出そうと顔を背けて、握っていた手を離して額を押さえ考え込むロックに、アリスは戸惑い目を泳がせた。

 このままでいいのか? 放っておいていいのか? 誤魔化したほうがいいんじゃないのか?

 ためらう気持ちとは裏腹に、けれど、心のどこかが「思い出して欲しい」と、そう願っている。以前のように笑って欲しいと、泣きたくなる――。

 ロックは「……ああ、くそ」と不愉快げに吐き出してため息混じりに首を振った。

「ダメだ、思い出せねぇ。……思い出したいのに」

 アリスは少し俯いた。「やっぱり、駄目、か……」と、心音を元に戻しながら。

「……。そうだ。いいこと思いついたぞ」

 不意にロックが顔を上げ、アリスもそれにつられて顔を上げた。

「試してみたらいいんだ」

「……?」

 首を傾げるアリスを見て、ロックはニヤリと笑った。

「セックスしたら思い出すぞ」

 アリスはキョトンとし、「……は!?」と眉間にしわを寄せた。

「そうだそうだ。そうしたら思い出す。絶対思い出す。よし、そうと決まれば……お前、部屋あるんだろ?」

 すっくと立ち上がって見下ろされ、アリスは段々と目を据わらせた。それを見てロックは笑う。

「人間と似せて造られてっから、ちゃんと生殖機能もあるんだぜっ!」

 ――ゴンッ!!

 アリスは立ち上がるなり腕を振り上げてゲンコツを落とした。ロックは「って!!」と頭を押さえてしゃがみ込む。それを見下ろしたアリスは眉をつり上げた。

「……あんた、そうやって女の子を口説いてたんじゃないの?」

「お前のゲンコツは痛ぇんだぞ!!」

「……最低っ。……ホントに……最低っ……」

 鼻の奥がツンと痛くなり、じんわりと涙が浮かぶ。居ても立ってもいられなくなり、アリスはそのまま滑るように山を下りた。

「アリス!!」

 ロックの大きな声にアリスは途中で足を止め、間を置いて不愉快そうに振り返った。

「……教えてくれ。……俺は前に起動していたのか? お前は知っているのか?」

 立ち上がって真剣に問い掛けてくる。茶化すこともない、真っ直ぐな目を見つめて、アリスはフイっとそっぽ向いた。

「……“機動”なんかしてないわよ。……私は……あんたなんか知らない」

 そう言い残し、山を下りていく。ロックは彼女の背中を見送ると、背を向けてその場にゆっくりと座った。

 アリスはケイティに戻りながらジュースを飲み干し、それを握り潰そうとして……できなかった。苛立ち気味にそれを遠くに投げ飛ばそうとして……手を止めた。

「……」

 ふと足を止めて、空き缶を見つめる。そしてしばらく間を置いてロックの方を振り返った。

 ――彼は山の上で座ったまま、背を向けて夜空を見上げている。その姿を見て、アリスは息を詰まらせた。

 苛つきも怒りも呆れも、全てが消えていく。そして、気が付けばまた山を登り、座ったままの彼の傍に立って同じように星空を見上げていた。

「……なんだっていいんじゃない? ……あんたはあんた。……。ロックはロックなんだし。……前に何があったとか、そんなことはどうでもいいじゃない。……今、あんたはここに居るんだから。……ここにいるあんたが……、現在いまなのよ……」

 慰めているわけでも、言い聞かせているわけでもないアリスの静かな声に、ロックは少し口元に笑みを浮かべた。

「ヘッ……。どこかで聞いたようなセリフだな」

「……」

「……そういやぁよ、明日、俺グランドアレスに乗るんだぜ。知ってるか、グランドアレス」

「……。知ってるわ」

「すげぇだろ。試験するんだぜ」

「……」

「応援しろよ。って言っても、ま、俺が負けることはねぇんだけどな」

「……大した自信ね」

「自信じゃない。こいつがそう言ってンだ」

 左胸、心臓の上に手を置く。その仕草を見てアリスの目に涙が浮かぶが、こぼすのを堪え、小さく笑った。

「……バッカみたい。……何クサいこと言ってンのよ……」

「お前、ライフリンクってヤツなんだろ? 俺の胸に手を置いてみりゃわかるぜ。ただし、ホレるなよ?」

 アリスは小さく息を吐くと、……ゴンッ! とまたロックの頭にゲンコツを落とした。ロックが頭を抱えて「イテェってんだろ!!」と文句を言っている間にアリスはそこから歩き出しケイティに向かう。

「私は忙しいの。あんたのおふざけに付き合ってる場合じゃないんだから」

「俺が前に起動してたとしても、絶対にお前とは気が合わなかったはずだ!! かわいくねぇ女だ!!」

「はいはい。私はかわいくない女よ。悪かったわね」

「お前も明日の試験に出ろ!! ボコボコにしてやる!!」

「してやられるの間違いなんじゃないの?」

「なんだと!?」

 握り拳を作って、立ち上がるなりドタタッと後を追いかける。

「誰に向かってそんな口聞いてンだ!! このクソ女!!」

「なによ、ナンパ男」

「はっ!! 誰がお前なんかナンパするモンか!!」

「誰もあんたになんか引っかからないわよ」

「このっ……性格ブス!! 土管!!」

「単細胞」

 冷静に吐き捨てられ、ロックはムカッ! と眉をつり上げた。その後もアリスの後を付けながら文句をブチ撒け続け格納庫までやって来ると、威勢のいい彼に目を付けたザックに捕まり、なぜかエンジニアたちと一緒に作業を強制的にやらされた。

「なんだって俺がこんなコトしなくちゃいけないんだ!!」

「愚痴ってないで手を動かせ」

 ゴンッ!! とザックにもゲンコツを落とされ、ロックは「くっそー」と恨めしそうにしながらも、結局言われたとおりに手を動かす。

 ロマノはボルト磨きを始めたアリスに近寄ると、そこから目を逸らさないようにボソッと囁いた。

「……あの人、なんかヘンだね?」

「そう。ヘンなのよ、あの人は」

 と、アリスはあっさりと認めた。











 ――翌日。偽の太陽が昇り、大地を明るく照らし出す。……見たくないほど鮮明に。

 この場所から数十キロ離れたところに広い範囲で防御ネットが張られ、その周りを四方インペンドが警備の意味も込めて立っている。

 クルーたちは必要以上に屋外に出ることは許可されず、窓からそちらを窺い、またある者はモニターから受信される映像に食い入っている。

「くっそー。寝不足だぜ……。戦略か? そうなのか?」

 不愉快げにブツブツ文句言いながら大きくあくびをすると、

「それはお前だけじゃない。みんな対等だ」

 と、クリスが呆れて横目を向けた。

 機動兵器格納庫――。本日の“試験”の為にパイロットたちが集まってきている。

 ロックは窮屈な戦闘服バトルスーツの襟を引っ張り広げながらクリスに目を向けた。

「で、どこまで叩きゃいいんだ? 死なない程度にボコボコにしてやっていいのか?」

「……。限度ってモノがあるだろ。それくらい自分で考えろ」

「限度ねぇ……。ま、ほどほど手を抜いてやるよ」

 余裕の態度で「ふふん」と薄ら笑いを浮かべて顎を上げる。ガイを従えてやって来たタグーはそんな彼を不安げに見上げた。

「いいかい、ロック。マニュアルをちゃんと読んでるだろうけど」

「読んでねーよ」

 あっさりと答えられ、クリスのみならずタグーも「……はっ?」と愕然と目を見開いた。だが、ロックはなんでもないことのように肩をすくめて首を振る。

「そんなヒマはなかったんだ」

「……。昨日何してたんだよっ!?」

「散歩して、ザックに捕まって、修理の手伝い。あとは寝た」

 タグーは額を押さえて深く息を吐き出した。「……なんてヤツなんだ」と呆れる彼に、ロックは笑いながら肩を叩く。

「任せとけっ。あんな機動兵器、マニュアルなんか見なくったって俺様の手に掛かればチョロイもんだぜっ!」

「……開始まであと数分あるから大事なところに目を通せ!」

 顔を上げて睨むと、ロックは訝しげに眉を寄せ、逆にギロリと睨み返した。

「いらねぇってんだろ、このクソガキ」

 ク、クソガキッ!? とタグーは身を引いて頬を引きつらせた。

 一方、別の場所では……

「絶対無理だって言ってンのに……」

 ジュードが呆れるように肩の力を抜く。彼の前には戦闘服バトルスーツに身を包んだハルがヘルメットを持っている。

 ロマノは「ふふっ」と愉快げに笑った。

「けど、ひょっとしたらってこともあるかも知れないよ?」

「有り得ないね」

と、ジュードは肩をすくめて首を振る。

「周りを見てみろよ。……どいつもこいつもパイロットとしての経験積んでる奴らばっかりだ。こんな奴らを出し抜いて合格できるワケないだろ」

「できたらすっげーよな!?」

 話を聞いていないのか、トニーが興奮気味のワクワク顔でハルへと身を乗り出した。

「がんばれよ! お前ならひょっとしたらひょっとするぞ!」

 ハルは何も言わずにうなずくだけ。

「……あ、いたいた」

 その声に四人が振り返る。アリスは彼らの傍によると、ハルを見て「ふうん……」と少し小馬鹿にするように顎を上げた。

「ホントに受けるんだ?」

「……悪いですか?」

「ううん、悪くないわよ。精々がんばることね。……相手が相手だし」

 遠く、クリスとタグーを相手に意気込みを見せるロックを横目で窺う。

 ハルはその視線追い、再びアリスに目を向けた。

「……そんなにすごいヤツですか?」

「さぁね。どうかしら」

「……弱点はありますか?」

「弱点……。短気。頭に血が昇りやすいわ」

「……見たまんまですね」

「見たまんまよ」

 アリスはうなずき答えてジュードを見た。

「カールが探していたわ」

「クロスの?」

「少し急いでいたみたい。……何か企んでる?」

「まさか。……まぁ、この前クロスの機体を借りたから、そのことだと思うけど」

「……。もう借りるんじゃないわよ? 今度勝手なコトしたら、ホント、パイロットの資格を剥奪されるわよ?」

 じっとりと目を細めて警告されたが、怖くもないのだろう。ジュードは苦笑して肩をすくめた。

「ンなこと言ったって、オレはパイロットだからね。それにあの機体、結構おもしろいんだ」

 「オレも借りようかな!?」「私も借りたい!」とトニーとロマノが同時に目を輝かせるが、アリスは「ダメよ」と二人を睨み付け、呆れ気味にジュードへ目を戻した。

「カールたちをあんまり困らせないで。あの人たち、ホントに気が良いから」

「わかってるよ」

 ジュードは笑顔でうなずいてハルの胸を軽く小突いた。

「ケガしないようにな」

「……うん」

 ハルがうなずくと、ジュードは「んじゃ」と軽く手を挙げ、足早にカールを探しに行った。アリスはその背中を見送り、トニーとロマノを窺う。

「あなたたちはまだお手伝いよね?」

「オレも機動兵器に乗りたいよーっ」

「順序ってものがあるの。さ、ザック教官のトコに行って何か仕事をもらってらっしゃい」

 「チェーッ」と、トニーは軽く口を尖らせて渋々歩いていく。ロマノは笑顔でハルを見上げた。

「がんばってよハル。合格したら私にもアポロンに乗せて」

 ハルは素直にうなずくが、「駄目よ」とアリスは目を据わらせる。ロマノは少し笑うと「じゃーねっ」とトニーの後を追いかけた。

 アリスは深く息を吐いて横目をハルに向けた。

「合格するわけないだろうけど」

「……あんたがディアナに乗る確率より高いと思いますけど?」

 いつものように無表情。

 アリスは不愉快そうに目を細めたが、腕を組み、気を取り直して訝しげに問い掛けた。

「それより、キミ、どうしてパイロットになったの?」

「……質問の意図がわかりません」

「元々エンジニアを目指してたんでしょ? どうしてパイロットに切り替えたの?」

「……なんであんたに教えなくちゃいけないんですか?」

「……。別に教えてくれなくったっていいわよ」

 ツンとそっぽ向くと、遠くから、

「アポロン搭乗テストを受けるパイロットは集合!!」

 と言う声が聞こえ、そちらを振り返ってハルに目を戻した。

「無理な時は途中で降参しなさいよ。全力で掛かってくることはないでしょうけど、相手はグランドアレスだから」

「……降参なんてしません。……するくらいなら一撃で仕留められた方がいいです」

「……。あのね」

 呆れて何か忠告をしようとしたが、ハルは移動を始める他のパイロットたち同様、そちらに足を向け、そして途中でアリスを振り返った。

「……パイロットになろうと思ったのは、そうじゃなきゃ、護れないってわかったからです」

 アリスは表情を消して顔を上げた。

「……エンジニアは所詮サポートですから。縁の下の力持ちですけど、パイロットほどの戦力はないですし」

「……」

「……あんたと同じかもしれないですね」

 アリスは少し目を見開き、「……じゃ」と軽く会釈して足早に歩いていく、その背中をじっと見つめて立ち尽くした。

 ……護れない――

「おっ。俺の応援に来たのか!?」

 陽気な声にアリスは無視していたが、頭を鷲掴みされ、強引に向き直された。

「よしよし、良い傾向だな。これからも俺様の忠実なしもべとしてバックアップしろよ」

 笑顔のロックをじっとりと見つめ、アリスは背後に立つタグーへと不愉快さを露わに目を向けた。

「……どうにかしてよ、こいつ」

「……。僕に言われても困るよ」

 深くため息を吐く。そんなタグーの横、ガイはロックに頭を固定されたままのアリスを見た。

「この間に、わたしとタグーはライフリンクを数名連れてノアコアに参りますが。やはり無理ですか?」

 「そうね……」と何かを言おうとしたその時、ロックが不愉快そうにガイを振り返った。

「俺の断り無しにしもべを勝手に使うんじゃねぇ」

「……誰がしもべよ」

 アリスはパシッとロックの手を叩き払い、ガイを見上げた。

「他のライフリンクが一緒なら、ひょっとしたら少しは分散されて楽かも知れない……」

「無理はなさらないでください。念のためにお伺いを立てておこうと思っただけですので」

「気遣ってくれてありがとう。……何も仕事がなければ一緒に行くわ」

「おいおいっ! お前は俺の応援だろ!!」

 ロックがまたアリスの頭を鷲掴みして自分の方へと強引に目を向けさせる。

 アリスは目を据わらせた。

「……応援なんて必要ないでしょ」

「俺が負けたらどうすんだ!?」

「応援で勝てるの?」

「勝てるぞ!! お前の応援があれば絶対に勝ってみせる!!」

 タグーはキョトンとした顔でアリスを見た。アリスはアリスで困惑気に眉を動かす。……とその時、

「あら、ロック」

 オペレーターの女性が近寄ってきて、笑顔で彼の横を通り過ぎる。

「昨日の夜は楽しかったわ。また今度誘ってね」

 背中を撫でてそのまま素通りしていく女性の出現に、しばらく沈黙が続いた――。

 タグーは、じとっと湿った目で、とぼけるように視線を斜め上に向けているロックを睨んだ。

「……昨日は寝てたんじゃなかったの?」

「……寝てたぞ」

「……。キミはいったい何を考えてるんだ……」

 もう嫌だ、こいつ。と言わんばかりに呆れてがっくり項垂れると、ロックはムッと口を尖らせた。

「なんだよっ。機能が正常か、ちゃんと試しとかなきゃいけないだろ!」

 開き直って突っ掛かるロックに「わきまえろ!」とタグーが睨み上げる。そんな二人に構うことなく、アリスは無表情にガイを見上げた。

「……ノアコアにはいつ行くの?」

「準備ができ次第向かいます」

「じゃあ、準備ができたら教えて。私も一緒に行くから」

 アリスは頭の上のロックの手をパンッ! と強く叩き落とすと、「いてっ」と言う彼を無視してどこかに歩き出した。ロックは手を押さえながら「くっそー」と口を尖らす。

「なんだ、あの女っ。ツンツンしやがって!」

 タグーは深く息を吐くと、腰に手を置いてロックを見た。

「……あんまり悪ふざけするんじゃないよ。……アリスはキミの遊びに付き合ってられないんだから」

 注意され、ロックは「……ケッ」と不機嫌さを露わにそっぽ向いた。

 アリスはズンッズンッと歩きながら、ザックの元に行く前に整列するハルの元へと近寄った。そして彼が振り返るなり、険しい顔で、

「……応援してあげるから、絶対にグランドアレスに負けるんじゃないわよ」

 そう言って背中をポンポンと叩き、素通りした。

 ハルは首を傾げつつ、今から始まるテストの内容説明へと耳を傾けた。


 その頃、ケイティから離れた居住区画では――


「みゅ……、と」

 フローレルは重そうな機材を装甲車に積んでいく。その中には銃器の姿もあり、「取扱注意」のラベルも見える。

 ジェイミーの面倒を見ているキッドに隠れてこっそり外に出てきたリタは、そんなフローレルの傍に寄って首を傾げた。

「フローレル、何してるの?」

 フローレルは「みゅ?」とリタを振り返るとにっこり笑い掛けた。

「今からタグーたちと一緒にノアコアに行くみゅー」

「また調査ぁ?」

 不満げに口を尖らせるリタに「んんみゅ」とフローレルは首を振った。

「クリスのトコの能力者を連れて行くらしいみゅ。何か感知できるかもしれないって言ってたみゅ」

「感知って……」

 リタは腕を組んで少し顔をしかめた。

「私とママが行ったって、なにも感じなかったんだよ?」

「タグーの話じゃ、ノアにいるから周りの空気に慣れちゃって何も感じないらしいみゅ。クリスのトコの能力者は初めて行くから、絶対何か感じるはずって言ってたみゅ。その通り、アリスはノアコアに入る前に強い刺激を受けみたいだから。アリスより弱い能力者を連れて行けば、何かわかるかも知れないみゅ」

 リタは少し拗ねて口を尖らせ目を細めた。

「私にはなんにも教えてくれない」

「仕方ないみゅ。リタは厄介みゅー」

 笑顔で言った後、「ハッ……!」と顔を上げる。

「う、うそみゅっ。厄介じゃないみゅっ!」

 リタは鋭い目つきで懸命に頭を振るフローレルを睨み付けていたが、深く息を吐くなり、「……よしっ!」と大きくうなずいた。

「私も付いて行く」

「……。みゅっ! それは駄目!」

「いいじゃない。ガイも行くんでしょ? だったら私も行く」

「……。どういう理屈かわからないけどダメみゅっ! フローレル怒られる!」

「見つからなければ怒られないよ。だから内緒ね」

「ダメみゅーっ!!」

 慌てて止めようとするが、その脇をすり抜け、リタは装甲車に乗り込んだ。






「いつ攻撃があるかわからないからな……」

 数台並ぶ外部モニターをフライスは目でチェックする。

「連邦にも情報を投げかけたんだが、詳しい返答が来ない。……まったく。あいつらは他人事のように」

「他人事なのよ」

 と、アーニーはフライスの横に立ち、同じようにモニターを見つめた。

「地球から離れているし、提携惑星じゃないもの」

「……明日は我が身だってことを再三言ってるのにも関わらずな」

「不測の事態にならなけりゃわからない連中なのよ」

 吐き捨てるようにあしらうアーニーを見ることなく、フライスは深く息を吐いた。

 ケイティ内司令塔――。

 監視塔にてテストの状況を見ているクリスに替わって、久し振りに総督席に腰掛けているフライスの姿に「おおっ」と驚くクルーも少なくはない。そんな彼らに気を向けることなく、モニターをチェックしながら送られてくる細かいデータに目を通し、そして異常がないことをアーニーと共に確認していく。

 アーニーはひとつのモニターに目を向けて深く息を吐いた。

「そろそろテストが始まるわね」

「ああ。そうだな」

「……大丈夫かしら。あのヤンチャ者、暴走しなきゃいいけど」

「いざという時は攻撃を仕掛けるようにインペンドのクルーには言ってある。……ロックもそこまでバカじゃないだろうけどな」

 そう言ったすぐ後、突然、ドゴーンッ!! と遠くで爆発音が響き、閃光と爆風が艦隊を襲った。みんなが「!?」と顔を伏せ、慌てて顔を上げるなり「敵襲か!?」と情報を探るが、

《あれ!? このスイッチってミサイルだったのか!?》

 誰かが入れた外線通話ボタン、焦るような声がスピーカーから流れてくる。

《ロック!! お前は何を考えてるんだ!!》

 ――クリスの怒鳴り声だ。

《外にはまだクルーたちが出てるんだぞ!! 無闇やたらにミサイルをブッ放つな!!》

《間違えたんだよっ。……ってコトはこっちのスイッチが……》

《触るな!! 操縦だけしていろ!!》

 二人のやりとりを聞いて、アーニーはゆっくりと目を据わらせているフライスを窺った。

「……。悪いことは言わないわ。……。……また今度にしなさい」

 不愉快げな命令口調に、フライスは深く息を吐いた。

「……屋外のクルーたちの被害状況確認。……至急、医療スタッフをスタンバイしろ」

「……。了解」

 アーニーは「ああ……嫌になる」と言わんばかりに鼻から息を吐いて近くで戸惑うオペレーターの元に向かった――。

「あっぶねぇあっぶねぇ。……こいつ、やたらとスイッチとかレバーとか多いんだよなぁ」

 心臓をドキドキ言わせながら、ロックは「っふぅーっ」と息を吐いてキョロキョロと操縦パネルを見回した。

《それだけ搭載されている武器が多いってコトだ。慎重になれ》

 不愉快げなクリスの声に、ロックは肩をすくめた。

「慎重ったって、やるしかねーだろ」

《……。テスト中のミサイル攻撃は無しだぞ。使っていいのはアックスだけだ》

「それ、どのレバー?」

《……。操縦桿の右横に赤いレバーがあるだろ》

「おお、コレか。コレを探してたんだよなー」

 嬉しそうにレバーを引くと、グランドアレスは重そうな鉄斧アイアンアックスを引き抜く。

 ロックは満足げに外部モニターに映る我が分身を見つめた。

「よしよし。座り心地も良いし、これで思う存分戦えるってモンだ」

《……テストの相手にも個人機を用意している。即席の機体だから数が足りない。お前は攻撃を仕掛けず、相手の出方を伺い、攻撃を避け、防御していろ》

 冷静な声にロックは愕然と目を見開いて「嘘だろ!?」と身を乗り出した。

「何言ってンだよ!!」

《相手の機体はまた次のパイロットが搭乗する。機体を壊すようなことはするな》

「バカか!? 意味ねぇだろ!! どんだけ甘いんだよ!!」

《あくまでもアポロンのテストだ。パイロットとしてふさわしいかどうかを判断するものであって、戦闘能力を問うものじゃない。お前は追いかけてりゃいいんだ》

「じゃあ俺の試乗はどうなるんだよ!?」

《お前はマニュアルを読破すれば充分だろ》

「!?」

《それとも……乗りこなす自信がないのか?》

 試すような声に、ロックはムッと眉をつり上げ、すぐにフンッと顎を上げた。

「こんな機体、すぐに使いこなしてやるよ! マニュアルなんかもいらねーくらいだ!」

 ――相変わらず単純だ。と、クリスも思っていることだろう。だが、そこは口に出してはいけない。

《制限時間は三十分。いいな?》

 ロックは「……チッ」と軽く舌を打ってため息を吐いた。

「はいはい。わかりましたよー」

《けれど、もしもの事態がいつ起こるとも限らない。その時は仲間を艦に安全に誘導し、お前はそのまま戦闘に付け》

「……よしっ。……早く敵襲ねぇかな!!」

 楽しみな声に、クリスは黙しながら不安を覚えた――。

 その同時期に、タグーたちを乗せた装甲車がノアコアを目指して走っていた。途中、爆撃音と衝撃が襲ったが、それが“誤爆”だと通信が入り、ホッとしつつ、「……誤爆って?」とみんなが疑問に感じた。アリスだけはじっとりと目を据わらせていたが。

 ガイがドライブする中、ゴゴゴッ……と微かに揺れる車内の乗員待機室。それぞれおとなしく壁沿いの座席に座っている。

「……ロックとは、どう?」

 対面に座っているタグーがそっと問い掛けると、アリスは目を細め、無表情にそっぽ向いた。無言で「知らない」と言っているよう。その雰囲気を感じて、タグーは頬を引き攣らせ笑った。「こりゃ……あんまりいい関係じゃなさそうだな」と。

 肩の力を抜きつつ、鼻から深く息を吐き出す。そんなタグーの隣り、フローレルはソワソワと落ちつきなく視線を動かした。……もうかなり走っている。あと数分もすればノアコアに辿り着くだろう。

「そろそろアポロンのテスト、始まった頃かしらね」

 同行のメリッサが軽く遠くへ目を向けた。

「敵襲がなければいいんだけど」

「その都合ばかりはわからないからね」

 タグーがため息混じりに腕を組んだ。

「その前にノアコアで何かがわかればいいな」

「何かを感じ取ることって、ホントにできるんでしょうか?」

 自ら名乗り出て付いてきたライフリンクの一人、マリーが訝しげに身を乗り出す。

「アリスさんが倒れたって話を聞いてみんな怖がっていたけど……。私、あんまり力がないからかなあ……。そんなに怖くもないし」

「能力値の低いあなたでもノアコアに行けばわかるわよ、きっと」

 と、マリーの対面、彼女と同じように付いてきたライフリンクのアンドレアが肩をすくめた。

「何も感じないはずはないと思うわ。私もあんまり能力値は高い方じゃないけど、この地に着いた時、すごく異様なものを感じたもの」

「異様なもの?」

 タグーが顔をしかめると、アンドレアは大きくうなずいた。

「どこから発せられるモノかはわからなかったけど、とてもイヤな感じ。……けど、それに交じって楽しさや嬉しさ、……寂しさや悲しさ。……異様な感じがしたのはなんだろう。……言葉で言い表すのはちょっと難しい……」

「罪の意識と願いよ」

 口を挟まれてみんなが目を向ける先、メリッサは冷静な表情で続けた。

「その異様な感じっていうのは、罰を受けざるを得ない者の罪の意識。……自らが引き起こした物事を悔やむと同時に、先々の幸せを願う意識。……誰のモノかはわからないけど、良かれと思ってしたことが裏目に出てしまった。……手遅れになってしまったけど修復できるものならって、そう思ってる。複雑すぎる想いが交差している。……死んでしまったノアの番人たちのものか、それとも、ヒューマのものか。……ノアコアに着けば判明するわよ」

 メリッサの言葉にタグーとアリスは目を見合わせる。

「……ノアの番人の中にはヒューマの指示に従いながらも平和を望む人たちもいた。……その人たちのモノかも知れないな」

 タグーが呟くと、アリスは少し視線を斜め下に置いた。

「……それだけならいいんだけど」

「え?」

「……私がノアコアにちょっと足を踏み入れた時、感じたのはそれだけじゃない。……ううん。そんな生易しいモノじゃなかったの。……もっと、……すごいモノだと思う」

 意味深げに目を細めるアリスを見て、タグーは「うーん……」と考え込む。

「まぁ……あそこでは人が大勢死んでいるからね……」

「……そうね……」

「ママが言ってたよ。ノアコアには様々な生が宿ってたって」

 みんなは「――セイ?」と脳裏で繰り返して声の主を振り返った。リタはヒョコ、と通路脇から顔を覗かせ、「やっほー」と笑顔で手を振る。

「リタ!? なんでここ!!」

 タグーが驚いて身を乗り出すその隣でフローレルは無視を気取る。

 揺れる車内、リタは笑顔で彼らに近寄ると、空いている座席に座って愕然と目を見開くタグーを見上げた。

「私も一緒に行く」

「って勝手について来ちゃダメだろ!!」

「そうやってすぐ私を仲間外れにするっ」

「そうじゃないだろ! ……フライに怒られるじゃないか!!」

「私が勝手に付いてきたんだから大丈夫だよ。それに、もうここまで来ちゃったし」

 リタはあっけらかんとした様子で肩をすくめた。タグーが眉をつり上げて怒ろうとするが、その前にアリスは訝しげに首を傾げて、少し離れた席にいるリタへと身を乗り出した。

「……セイって?」

「つまり、生物ってコト」

 リタの代わりにタグーが答え、ふてくされるようにドスッと椅子に腰掛けた。

「タイムゲートてさらわれてきた人やノアの番人、ヒューマやクロス、それだけじゃない。ビットやロボット、……アンドロイド。いろんな生があそこには存在してた。……キミたちが複雑だと感じるひとつには、そういう多種様々な生が行き交っていたからだとも思うよ」

「ママはね、ノアコアはあんまり好きじゃないんだって。あそこは寂しいって言ってたよ」

 リタが口を挟む。

「何が寂しいの? って聞いても教えてくれないんだけどね。でも、パパはわかるみたい。……パパも特殊能力持ってたっけ?」

 首を傾げるリタを見てタグーは深く息を吐き、ギロッと彼女を睨み付けた。

「リタはここに残るんだぞ」

「えーっ!! 何言ってるの!? ぜーったいヤダ!!」

「じゃあ、ジャドのトコで留守番」

「やだっ!!」

「リタが付いてきたってなんの役にも立たないんだからな」

 リタはタグー以上に彼を睨み付けた。――いつもの目つきに、タグーは口をつぐんで視線を逸らす。

 メリッサはそんな彼らに構うことなく、装甲車の小窓から外を見た。

「……着いたわね」

 その小さな声とほぼ同時に装甲車のスピードが落ちていく。

 タグーは小さくため息を吐いて彼女たちを窺った。

「念のために、ダメージに堪えられるよう気を緩めないで。気分が悪くなったら、我慢しないですぐに教えること。……いいね、アリス」

 名指しされて、「どうして私だけなのよ?」とアリスは目を据わらせた。

 ――しばらくすると少々揺れながら装甲車が止まり、ドライバー室からガイが姿を現した。腰を上げるタグーに近寄りながら何か話しかけようとしたが、リタの姿に気付くと、彼女を見つめて言葉を発する。

「なぜリタが?」

「……隠れてたんだよ」

 と、タグーが呆れ気味に教え、軽くガイの腕を撫でた。

「ガイ、悪いけどリタが問題起こさないように見張ってて」

「了解しました」

 「おとなしくしてるのに!」と、リタがムスッと頬を膨らませる中、ガイは荷物を抱えるタグーへと顔を向けた。

「先程、クリスから連絡が入りました」

「なんて?」

「アポロンのテストが始まったそうです。ロックもおとなしく言うことを聞いているようですね」

「そっか。それは良かった」

「勢い余ってパイロットが一人、負傷した模様ですが」

 タグーが顔をしかめると、ガイはやはり変わらぬ鉄仮面で続ける。

「反省はしているとのことです」

「……。そりゃ反省してもらわないと。……重傷じゃないよね?」

「はい。軽い打撲で済んだそうです」

 タグーは深くため息を吐いた。

「……まったく。相変わらずだな」

 呟くように言ったものの、「……」と途中でその口を閉じる。

 アリスはそんな彼らに興味はないのか、装甲車のドアに歩み寄り、ボタンを押してそこを開け、外に出た。他のみんなも彼女の後に付く。

 リタは、「……ああ、またやっちゃったかも……」と額を押さえてがっくりと項垂れるタグーの近くに寄ると、蔑むように彼を見上げた。

「タグーってホント、周りの空気を読まないよね」

 そう吐き捨てるなりフンッとそっぽ向いて外に出る。タグーは目を据わらせ、ガイを見上げた。

「……アリスの前でロックの話題はやめよう……」

「いつまでもそのような状態ではまいりませんが」

「……もう少し時間が必要なんだ。……はあ。ロックって名前を変えてしまえば良かったかな……」

 後悔にも似た気持ちを抱きながら女性たちの後を追って外に出た。

「……ああ……なんだか……奇妙な感じ」

 雲ひとつない青空の下、そして豊かな森に囲まれているのになぜか雰囲気が冷たい――。

 メリッサは探るように目を細め、腕を抱いだ。

「なにかしらね、コレ……」

「……少し複雑すぎませんか?」

 マリーも何かを感じているのだろう、不安げにメリッサを振り返った。

「なんと言うか……、報告書で見た内容通りなんでしょうか?」

「と言うと?」

 タグーが問い掛けると、マリーは怖々ノアコアを見上げた。

「……人の滅亡を恐れたノアの番人とヒューマ……。ヒューマの手を借りてノアの番人は多くの人を誘拐してこの地に住まわせ……第二の地球としてこのノアを維持し続けていた。……結局、地球では彼らが思っていたほど人間の扱いは雑じゃなく、彼らの思い過ごしで、けれど後戻りができずに戦いになってしまった。さらった人を戦いのために洗脳して、クロスの人たちと、フライ艦隊郡のクルーと闘わせて……。元々、人をさらうために開発されたタイムゲートが、今度は人の霊力を動力源とした武器に変わって……、大勢の人が死んだ。そして、ヒューマはノアの番人を皆殺しにして、“最後の戦い”のあと、この地を去った――。……ン、それだけにしては、なんだか強すぎると思います。……漂っている想いが」

「……それだけじゃなかったんじゃないの?」

 アンドレアは訝しげな顔でタグーを振り返った。

「ホントに事実はそれだけ?」

 タグーはガイと顔を見合わせ、彼女に目を戻してうなずいた。

「それだけだよ。僕たちが経験したのは、それで全部」

 そうだよね? と、問うタグーにアリスも小さくうなずいた。

「それ以外のことは私たちにもわからない。……ヒューマとは会ったことがないし、話したこともないから。クロスの人たちからの話でしか、ヒューマの存在は知らないし」

 彼女たちの視線がフローレルに向く。フローレルは「……みゅっ?」と、キョトっとした顔で目をパチクリさせ、慌てて頭を振った。

「みゅっ。フローレル、よくわからないみゅっ」

「あなたはヒューマに会ったことがあるの?」

 メリッサに訝しげに問われ、フローレルは首を振った。

「会ったことはないみゅ。フローレルたち、クロスはノアの番人たちにかわいがってもらってたし、ヒューマはあんまりここにはやって来なかったみゅ。ヒューマに会えてたのはノアの番人みゅ。だから、ヒューマのこと聞かれても、フローレルたち、よくわからないみゅ」

 メリッサはため息混じりにリタを見た。

「あなたのお母さんは? ノアコアにいたんでしょ? 知らないの?」

「ヒューマに会ったって話は聞いたことはないよ」

 リタは肩をすくめてガイを見上げた。

「ガイは? ノアコアで作られたんだもんね?」

「私を作ったのはノアの番人ですから。ヒューマとの面識はありません」

 タグーは深く息を吐き、怪訝な彼女らを見回した。

「そういうのは、キミたちが中に入れば探れるんじゃないの?」

 ――それもそうだ。ここで議論しているよりも、中に入った方が早いかもしれない。

 言われてメリッサたちは顔を見合わせた。

「そうね。……じゃあ行きましょ」

 道先案内人も無しに歩き出す。「おいおいっ」とタグーは慌てて彼女たちの前に躍り出て足を進めた。

 アリスは小さく息を吐いてノアコアを見上げた。「……大丈夫かな」と不安を感じ、とりあえず気を落ち着かせようと数回深呼吸をしていると、そんなアリスの手をリタがキュと握りしめてきた。

「私がカバーしてあげる」

 にっこりと笑い掛けるリタにアリスは少し苦笑し、「……任せるわ」と、彼女の足が進むと同時に足を進めた。そんな二人の後から、ガイがゆっくりと狭い歩幅で歩き出す。

 先を歩いていたメリッサたちは、ノアコアに入るタグーの後からそっと敷地内に足を踏み入れた。――途端、メリッサは痛々しく顔を歪める。

 その様子を見たタグーは少し首を傾げ、マリーとアンドレアを見た。

「……キミたちは大丈夫?」

 「……なんとか」と二人は顔を歪めながら答える。

 メリッサは眉を寄せながらこめかみを押さえ、背後からやって来たアリスを振り返った。

「……これはひどいわね」

「……かなり?」

「……しばらく頭痛が続きそうよ」

 アリスは敷地内に足を踏み込めず、困った顔でノアコアを見上げた。

「試してみる?」

 と、リタが軽く手を引いた。

「私がちょっと負担してあげるから、おばさんほどの」

 「お姉さんよ!!」と、メリッサの怒鳴り声でリタは慌てて口を閉じる。

 アリスは少し笑うと、「……うん」とうなずいた。

「それじゃ……ちょっとだけ足を入れてみるわ」

「大丈夫。私がいるしね」

 余裕の笑みを浮かべるリタをガイが見下ろした。

「リタ、そのような根拠のないことを軽々しく言葉にするものではありません」

 注意されてリタは少し頬を膨らませた。

 アリスは「……行こう」とリタと一緒に、怖々と、ほんの少しノアコアの敷地内に入った。その瞬間、リタは「ヒァッ!!」と奇妙な声を上げ、いきなり二人してその場で硬直した。

 アリスは大きく目を見開いて息を止めていたが、すぐにホッと肩の力を抜いて呼吸を整えようと数回深呼吸をした。リタもアリスの手をギュッと強く握りしめながら、唖然とした顔で大きく息をする。

「……どう? 大丈夫?」

 タグーが不安げに二人を窺うと、リタは興奮気味に彼を見て身を乗り出した。

「す、すごい!! すごい!!」

「……なにが?」

「アリスお姉ちゃんから伝わって見えるの!! コレ、すごい!!」

「……わかんないよ」

 眉間にしわを寄せて理解不能な表情を見せるタグーを放って、リタは目をランランと輝かせアリスを見上げた。

「どう!? 少しは平気!?」

「……う、うん。そうね……。……けど……」

「けど?」

「……私の力がリタに回ってるんでしょ? ……リタは平気?」

「平気! すごくおもしろい!! ……じゃなくて堪えられる!」

 タグーに睨まれて慌てて訂正する。

 アリスは苦笑しつつ深く息を吐いた。そんな彼女を見て、タグーは少し心配げに顔を覗き込む。

「無理しない方がいいよ。後で負担になるかもしれないから」

「……これくらいなら平気。……ちょうどいいくらい」

 言いながらアリスはゆっくりと辺りを見回す。リタも、アリスの手を掴んだまま同じように辺りを見回した。

「……こんなの初めて。ママたちと来た時はなんともなかったのに。……なんだか不思議……」

 ぼんやりと呟くリタを見て、ガイはタグーへと顔を向けた。

「アリスとリタは一緒に行動させましょう」

「……うん。そうだね」

「では、二手にわかれましょうか。私は二人を連れて第二区画へと参ります」

「わかった。じゃあ、僕たちは第一区画に行ってみる。何かわかったことがあったら連絡してきて」

「はい」

 タグーはうなずいたガイから、フローレルと、辺りを見回すメリッサたちに目を向けた。

「それじゃ、付いてきて。何か異変を感じたらすぐに教えて」

「……了解」

 歩き出したタグーの後を付いていく。それを見送った後、ガイはアリスとリタへ顔を向けた。

「では、我々も参りましょうか」

「第二区画って、どんなところ?」

 リタの手を繋いだままアリスが問い掛ける。

「第二区画は主にノアの番人たちの生活区域となっていたところです。第一区画には主だった機構が集結していて、タイムゲート等の設備があります。アリスは能力値が高いのでそちらに向かうのは危険でしょう」

「……そうね」

「こちらです」

 導き足を踏み出したガイの後を付いていく。

 リタはキョロキョロと辺りを見回していたが、その目をアリスに向けた。

「アリスお姉ちゃんって、いつもこんな感じなの? これじゃ疲れちゃうよね」

「いつもいつもこうじゃないわよ。……やっぱり、その場の空気ね」

 答えながらアリスはゆっくりと辺りを見回した。

「……けど想像していたより……静かな所ね」

「と言いますと?」

 ガイが振り返ることなく問い掛けると、アリスは「……ん」と少し言葉を詰まらせ考える。

「……なんて言うのかな。空気はすごく重くて痛いんだけど……。……ンほら、残虐的で武力的なイメージが強かったの。……けど、……なんだろ。殺伐とした雰囲気よりも、……うん、やっぱり寂しさの方が強い」

 その言葉にリタも「……うん」と神妙にうなずいた。

「ママが言ってた寂しいっていうの、なんとなくわかる。……ヘンな感じ。……。ねぇ、ホントにここにいた人たちって悪い人たちだったのかな? なんかおかしい気がする。……悪い人たちだったってわかってるけど、……そうやって決めつけちゃってるだけなんじゃ――」

 戸惑うような声に、アリスは「……、そうね……」と目を細めて遠くを見つめた。


 その頃、ケイティでは――


「あーっ!! 退屈だ!! 退屈すぎる!! 退屈すぎて頭の回路がショートしそうだ!!」

 ロックはガシガシッ! と頭を掻きむしった。今、相手の交替時間。ほんの数分の間に「ガァーッ!!」と大きく叫ぶ。

「こんなの地獄だ!! 思ったように操縦もできねぇし相手は弱ぇし!! ……俺をナメてンのかぁーっ!!」

《敵機が現れた時に存分に戦わせてやるから、今はおとなしく言うことを聞け》

 スピーカーからのクリスの呆れ声にググッと拳を握りしめて震わせると、また「ウガーッ!!」と大きく叫ぶ。

「俺をここから出せぇ!! こんなトコに閉じ込めさせるなぁ!!」

《ほら、次の相手だぞ》

 あくまでも冷静なクリス。

 ロックは「くっそぉーっ!!」と外部モニターを睨み付けた。

「どこのヘナチョコだ!! 名を名乗れ!!」

《……。ハル・タカハシ。……よろしく》

 防御ネットを潜ってやってきた個人機からの声に、ロックは少し眉を寄せた。

「ハル? ……どっかで聞いたことのある名前だぞ」

《……物覚えの悪いアンドロイドっているんだな》

「なんだと!?」

 ロックは眉をつり上げてギリッと操縦桿を握りしめ、「……あ!!」と目を見開き声を発した。

「思い出したぞ!! 俺をいきなり殴ったヤツだろ!!」

《……いきなりじゃない。そう予定してた》

「こンのガキィー!!」

 ダーグバロンがいきなりアックスを構える。それを外部モニターで捉えたクリスが、

《ロック、わかってるだろうな? お前は一切手出しするなよ》

「!!」

 釘を刺されて、ロックはギリギリと歯を食いしばる。

《ハル・タカハシ。今から三十分間のテストを行う。準備はいいか?》

《……はい》

《では、……開始》

 クリスの言葉でグランドアレスが身構えるが……ハルの機体は身動きしないまま。そのままで数秒が過ぎ、ロックは「……?」と眉を寄せた。

「なんだ? おい、どうした? かかってこい」

《……。……すみません。これ、鉄剣アイアンソードはどのレバーですか?》

 ハルの問い掛けにロックはポカンしとしていたが、クリスが《……操縦桿の左にある青いレバーだ》という声が終わるか終わらないかのその時、また、「……ウガー!!」と頭を掻きむしりだした。

「イヤだ!! もうイヤだ!! なんでこんなド素人相手にしなくちゃいけないんだ!!」

《……すみません。……ついこの間パイロットになったばかりで個人機の操縦に慣れてなくて。インペンドの時は機体の仕組みはエンジニアから情報もらってばかりだったし》

 ロックはグググっ……と操縦桿を握りしめた。

「もぉーいい!! 瞬殺してやるからかかってこい!!」

《……その言葉は頂けないです》

「ハァっ!?」

《……あんた、自分を何様だと思ってるんですか?》

「なんだよ!?」

《……あんた、特別な造りをしてるからそうやって威張れるだけで、オレたちと同じ人間だったらきっと大したことなかったでしょうね》

 ロックはピクッと目蓋を動かし、目を細めた。――今までの怒り方とは全然違う。

「……なんだと?」

《……そう思います。あんたは所詮、見かけ倒しですよ。そうやって息巻いて、向かってくる人向かってくる人に牙を剥いて。……何も結果を残してないクセに、何を威張ってるんですか?》

「……、このガキ」

《……あんたなんかね、ハナから眼中にないんですよ。……途中で逃げ出すような臆病者なんか、相手にしてるヒマはないんです》

 ハルの言葉が終わるか終わらないかのその時、いきなりグランドアレスがアックスを振り上げ個人機に向かって突進した。






「この先は危険だわ」

 メリッサが足を止めて首を振る。

「この先は無理よ。何か……大きなモノがあるんじゃない?」

 先を歩いていたタグーとフローレルは顔を見合わせると、メリッサを見てうなずいた。

「この先にはタイムゲートがある。……そこで何百って人が死んでた。あと……ノアの番人も」

「やっぱり」

 メリッサは項垂れてため息を吐いた。

「……そこは駄目。そこにあるのは恨みとか嘆きとか、まさしく良いように使われた人たちの想いがあるだけよ。とても危険だわ」

「……、できるなら見て欲しいんだけど……」

 タグーは戸惑い、少し顔色の悪いマリーとアンドレアを窺った。

「キミたちはどうだろ? ……やっぱり無理そう?」

「……私は駄目です」

 と、アンドレアが青い顔で首を振る。

「メリッサさんと同じ。ちょっと……進むのが怖い……」

「……私、……まだ平気です」

 マリーがオドオドしく、それでもなんとか気力を振り絞って言う。

「……二人より力が弱いから……私、なんとか堪えられるかも……」

「マリー、無理しない方がいいわよ。精神を犯されるわ」

 メリッサが注意するが、マリーは小さく頭を振った。

「……大丈夫です。……それに、タイムゲートのある場所もちゃんと探らないと、総督にまともな報告ができませんし……。……無理だったら引き返してきます」

 マリーは取り繕うような笑みをこぼし、タグーとフローレルに「……行きましょう」と促す。タグーはためらったが、マリーの意志は硬いようだ。ここで駄目だと言うよりも、駄目元で中に入って途中で引き返した方が彼女の気も済むだろう。

「……わかった。それじゃ……君たちはここで待ってて」

 メリッサとアンドレアを残し、タイムゲートのある部屋へと向かう。

 フローレルは「みゅー……」と辺りをゆっくり見回すマリーの隣に並んで顔を覗き込んだ。

「そんなに変な感じがするみゅ?」

「……ヘンな感じって言うか……メリッサさんの言ったとおりのものですね……。死んだ人たちの強い思いが残ってるんです。……けど、それは仕方ないですから……。……それより、その思いに混じって何かがないかを確認しないと……」

「なにかって?」

「……死んでいった人たちとは別のもの。……みんなを死に追いやった、誰かの気配を探らなくちゃ」

 真顔で前を見据えるマリーに、フローレルは首を傾げた。

 その頃、第二区画では……

「ねぇっ、アレなに!」

 リタが笑顔でアリスの手を引っ張って壁際にある棚に近寄り指を差す。その先の棚の上にはクマのぬいぐるみがある。

「かわいい!! アレなに!?」

 アリスは「……ああ」と小さく笑みをこぼした。

「ぬいぐるみよ」

「ぬいぐるみ?」

「……そっか、リタは知らないのね。……地球にあるおもちゃなの。中に綿を詰めて生地を縫い合わせて作っているのよ」

「なんの役目があるの?」

「役目……。気持ちを和ませる役目、かな。見てるだけでもかわいいって思えるでしょ? 抱くとフカフカしてて気持ちいいの」

「ふうん……。……いいなーっ」

「私もいくつか持ってるから、あとであげるわよ?」

「ホントに!? やったー!!」

 手を繋いだまま嬉しそうに飛び跳ねるリタに、アリスは笑みをこぼした。やんちゃでも、やっぱり女の子だ。

 一定距離にドアが並び、その一室一室を確認するわけにはいかず、近場のドアを開けて中を確認したところだ。ガイは興味津々にぬいぐるみを見つめる笑顔のリタから、辺りを見回すアリスへ目を向けた。

「だいぶ顔色が良いですね」

「そうね……。この辺はとても気持ちが楽よ。私たちと大して変わらない生活を営んでいたみたい」

 ゆっくりと部屋の中を見回すと、綺麗な家具が揃えられ、造花も絵画も飾られてある。

「ここで暮らしていた人は、特別ではなかったみたい」

「ノアの番人の中でも平和的な方だったのかも知れませんね」

「そんな感じ……」

 次に行きましょ……、と部屋を出て別の所へと向かう。だが、どの部屋に入っても、生活区域での異常さは見受けられないまま。

 リタは「うーん」と顔をしかめてガイを見上げた。

「おもしろくなーい」

「どういう意味ですか?」

「退屈っ」

 素直に頬を膨らませるリタにアリスは苦笑すると、足を止め、広い廊下に立ったままでぐるりと周囲を見回した。

「……それにしても不思議ね。……遠くから第一区画を見てると、ホント気持ちが悪くなるくらいだったのに、……ここは穏やかすぎる。……いったいなんなのかしら」

 考え込んでいたが、少し間を置いてリタを見下ろした。

「リタ、ちょっと手を離してみようか」

「えっ? いいのっ?」

「これくらいなら、なんとか受け止められると思う。……リタに横流ししない方が、なにか掴めそうな気がするわ」

「それじゃ私、もっと退屈」

 拗ねて口を尖らせるが、「ごめんね」と言われ、渋々握っていた手をゆっくりと離した。リタの手の感触がなくなると同時に、突然、脳裏に様々ななにかが飛び込んでくる。不意を突かれて思わずよろけ、傍にいたガイにもたれかかった。

「大丈夫ですか?」

 胸に寄りかかるアリスの腕を軽く掴み見下ろすと、アリスは目を見開き息を切らしながらも「う、うん……」とうなずいた。

「ち、ちょっと……驚いて……」

 アリスはビクビクしながら辺りを見回す。

「なにっ? なにか見えるっ? なにか感じるっ?」

 リタが興味津々で身を乗り出す。

 アリスは無口なままで辺りを見回し続けた。

 ――目に映るのは私服姿の誰かたち。数人、たまに一人、行き交い、すれ違う。表情は様々だが、時に笑顔がこぼれ、時に笑い合っている。

 ……なに、これ……。……。

 おかしな光景に、もっと気を向けてみる。……と、

[この前の実験はどうだった?]

 ――言葉が聞こえてきた。

[ああ、そういえばデイビットがまた奇妙なモノを作ってたぞ]

[知ってる。いったいなんだってあんなモノを作ってるんだ?]

[考えてることがわからないよ。まあ、あいつは変人って言われてるヤツだからな]

[天才と何とかは紙一重ってヤツか……]

[ヒューマのみんなに知れたら怒られそうだよ]

[注意はしてみたんだけど、人の話を聞かないから]

[まぁ、オレたちには関係ないことだけどな]

[そうそう。オレたちの役目は、どれだけここを住み易い大地にしていくかってコトだけだ]

[早く人がたくさん増えるといいな]

[楽しみだな。遊園地とか作りたいな。宇宙に飛び出すジェットコースターとかさ]

[いいな! おもしろそうだ!]

[住宅地の建設とか、どうなってる?]

[準備は進んでるらしい。最初の住宅地の名前は、エバーだ]

[へぇー。……ワクワクするなぁ]

[早く地球のみんなにも教えてあげたいよ。みんな、きっと誉めてくれるぜ!]

[間違いないね。良い仕事に就いたよな、オレたち]

 笑い声と同時に消えていく。その言葉を聞いてアリスは少し顔をしかめた。……と、今度は別の声が……。

[どうなってるんだ!?]

[ああ……ヒューマが怒ったんだよ……]

[……やっぱり]

[困ったな……これじゃ全ての計画が水の泡だ……]

[けど、このままじゃここは……]

[一度、上層部に問い合わせてみないか? これじゃオレたちがここに来た意味なんてなくなってしまう。ヒューマも怒ったし、きっと、もう見捨てられるだろう。そうなったらエライことだぞ]

[……参ったなぁ……。全然話が違うじゃないか……。これじゃ、やってることは悪者同然だぞ。……オレたちはその片棒担いでる。……くそっ、デイビットのヤツめっ……。あいつ、どこかのスパイじゃないのかっ?]

[とにかく、なんとか掛け合ってみよう。……給料が良すぎたのはこういうコトを想定してだったのかもなぁ……]

[……はぁ。ヤな長期出張だよ……。まったく……]

[穏便に済ませなくちゃ……な]

 遠ざかっていく言葉たち――。

 どこかを見つめて耳を澄ましながらも訝しげに眉を寄せるアリスを見ていたリタは、首を傾げてガイを見上げた。

「……アリスお姉ちゃん、どうしたの?」

「アリスにしか感じることのできないなにかを探っているんでしょう」

「ガイはなにかわかる?」

「いいえ」

「私も何もわかんない。……退屈」

 リタは口を尖らせてため息を吐いた。

 ――その頃第一区画では、タイムゲートのある部屋の前でタグーたちが足を止めた。

「いい? ……開けるよ?」

 マリーは問い掛けにうなずいた。それを見てタグーが真新しいタッチパネルに数値入力する。間を置くことなく自動でドアが開き、それと同時にマリーはビクッ! と肩を震わして思わずフローレルの背後に隠れた。フローレルは「みゅ?」と視線を後ろに向ける。

「みゅみゅ? どうしたみゅ?」

「……す、すみません……。……い、いきなりだったので……」

「みゅ?」

 マリーは怯えた顔でそっとフローレルの後ろから顔を覗かせ、ゆっくりと出てきた。胸を押さえて呼吸を整える彼女にタグーが「……平気?」と問い掛けると、マリーはか細く微笑みうなずいた。

「……なんとか……大丈夫です」

 そう言って、静かに開け放たれた部屋へと足を一歩踏み入れ、そこで立ち止まった。

「……。……すみません。……ここから先は……ちょっと……」

 やはり無理なのだろう。顔色が段々と青ざめていく。その様子にタグーはうなずいた。

「いいよ、無理しないで。……どうだろ? ここからなにかわかるかな?」

「……。なにかが聞こえます」

 マリーは探るようにゆっくりと見回した。

「……聞こえることを……教えますね……」

 タグーがうなずくと、マリーは目を閉じてじっと耳を傾けた。

「……複数の人たち。……言い合っています。……ケンカ……。……そう、ケンカをしているみたい……」

 タグーとフローレルは顔を見合わせた。

「……人間ではない何者かの気配がします。ヒューマ、でしょうか。……。怒っているみたいです。言葉がちょっと……よくわからない。……誰かが、もうやめようって言ってます。止めようとしている。……すごく苛立ちが感じられます。……ヒューマのモノだと思います。……すごく怒ってる。……、言うとおりにしないと殺されるって、みんな思ってるみたい。……強制的に、ヒューマに何かをさせられてた。……誰かが暴力を震われてます。……みんなが怯えてる。……ヒューマの存在にみんないつも怯えていて……、……間違いありません。……ヒューマによってみんなが殺されたようです。……ヒューマの気配が……コンピューターの方に。……あそこ」

 マリーが指差す。

「……そこで何かを触ってる。……、……何かの動きが止まった」

 タグーは「それか!?」と顔を上げるとすぐにマリーの指差す方へと走って向かった。パネルを外して持っていたペンライトを付け、内部を探る。

「……だめだっ。……何を触ってたのかわからない!?」

「……。何かを壊していたって感じじゃないです。……ホントに……何かに触れたような……何かボタンを押したような感じです」

 タグーは「うーんっ」と腕を組んだ。

 フローレルは目を閉じているマリーの顔を覗き込んだ。

「みゅー。ヒューマの姿が見えるみゅ?」

「……いいえ。……ただ、気配がするだけ。……とても怖い感じです」

「みゅー……」

「……駄目だな。……地下六階かな」

 と、タグーが首を振って戻ってくる。マリーはピクッと眉を動かした。

「……地下……六階?」

「うん。一番下の部屋に、何か秘密がありそうなんだよ。そこの方がいいかな。……タイムゲートとかはないから、そっちに行ってみようか?」

 誘うタグーに、マリーは目を開けて首を振った。

「す、すみません。もう、これ以上は無理ですっ」

 慌てて首を振って訴えるマリーに、タグーは「……あ、そ、そうか」とすぐに導き掛けた足を止め、労うように笑い掛けた。

「でも……これで少し見当は付いたし。また、エンジニアを連れてさっきの場所を調べてみるよ。キミよりもっと力の弱いライフリンクを連れてきたら、何かわかるかな?」

「……そうですね。ちゃんと中に入ってその場所まで行くことができたら、何かわかると思います」

「よし。じゃあ、すぐに別の子を連れてこよう」

 タグーはうなずいて、通信機のスイッチを入れた。

「ガイ、僕だよ。そっちの様子はどう?」

 問い掛けると、しばらく間を置いてプツ……という音の後にガイの声がスピーカーを通して聞こえる。

《今、アリスが残像思念と向き合っています》

 タグーは顔をしかめた。

「大丈夫なの?」

《はい。よほど重要な何かを掴んでいるようで、ずっと動きません。タグーの方はどうですか?》

「もうちょっとライフリンクのレベルを落とさなきゃ駄目みたいだ」

《一度引き上げますか?》

「そうだね」

《それでは、ノアコアのゲートに戻ります》

「うん。そこで待ち合わせしよう」

 タグーは通信を切ってフローレルとマリーを交互に窺った。

「話の通り。一度戻って、またここに来るよ」

「みゅー。行ったり来たり、大変みゅー」

「仕方ないだろ」

 口を尖らせるフローレルの背中を押し、タグーは少し汗を拭うマリーに笑みをこぼした。

「ありがとう、マリー。帰ったらゆっくり休んで」

「はい……。でも、すみません。……あんまり、お役に立てなくて」

「そんなことないよ。キミたちが近寄れないほど、ここがすごいところだってわかっただけでも充分だ」

 笑顔で労うタグーに、マリーは情けなく笑った。



「――アリス、一度戻りましょう」

 通信を切ったガイに肩を掴まれ、アリスはハッと目を見開いて顔を上げた。

「……あ、……うん」

「何かわかりましたか?」

「んー……。……ちょっと……ワケがわからないんだけど……」

 戸惑いを含め、困惑げに目を泳がせるアリスにガイは首を傾げた。

「と、言いますと?」

「……。一度、クリスとゆっくり話してみるわ。……もうちょっといろいろ調べてみたい」

「なになにっ? 教えて!」

 リタが飛びついてくるが、アリスは苦笑して見せた。

「事実がわからないからなんとも言いようがないわ。……ンただ、話を聞いていると、どうも……ここにいた地球人はノアの番人たちだけじゃなかったみたいね」

 リタが顔をしかめて「?」と首を傾げるが、アリスはそれ以上答えることなくガイを見上げた。

「タグーたちの方は?」

「今お連れになっているライフリンクの方々では無理のようです。能力値の低い方をもう一度お連れします」

「そう。……私もそっちに行けたらいいんだけど……」

「何か引っかかりますか?」

「うん……」

 小さくうなずきながら、またリタと手を繋いで歩き出す。

「……ガイは、ジャッカルってノアの番人の人に作ってもらったのよね?」

「はい」

「その人からは何も詳しい話は聞いていないの?」

「はい。起動したとほぼ同時に、ここから出ましたので」

「そっか……」

 アリスは少し考え込む。リタは手を繋いでいるアリスから伝わるモノに「……?」と少し顔をしかめ、聞き耳を立てるように、じっと踏み出す爪先を見つめた。

 ――しばらく歩き続けて外に出ると、真っ直ぐゲートへと向かう。そしてタグーたちと合流するなりメリッサが額を押さえて近寄ってきた。

「……アリス、大丈夫……?」

「私は平気。……メリッサ、すごく顔色が悪いわよ?」

「……サイアクよ。早く横になりたい気分だわ……」

 目を細め、ゲッソリと背中を丸めてため息を吐く。

「迷惑掛けてないだろうね?」

 タグーが疑い深く見下ろすと、リタは「かけてないもん!!」と、ムスッと眉をつり上げた。タグーは苦笑し、今度は真顔でアリスを窺う。

「どうだった?」

「……うん。……戻ったら、クリスと話をするわ。……タグーも一緒に来て」

「何かわかった?」

「う、ん……。私だけじゃ、判断できないから」

 ためらって目を逸らすアリスの、何か尋常ではない様子にタグーは「……うん」とうなずいた。

「とにかく、戻ろうか」

 そう誘って、みんなで装甲車へと向かう。

 ノアコアの敷地を出るとリタがアリスの手を離し、「んーっ」と背伸びをした。

「すーっごく貴重な体験をした気分!!」

「……そりゃよかったわね……」

 と、軽快に歩くリタの背中を見てアンドレアは「もうウンザリ……」という雰囲気で目を据わらせついて行く。

 マリーはちょっと額を押さえながら、立ち止まったままノアコアを振り返るアリスに近寄った。

「アリスさん、どうでした……?」

「……うん。……そうね……」

「メリッサさんとアンドレアさんは無理だったけど……、私、とりあえずタイムゲートのある部屋まで行ってみたんです……」

「ホントに? どうだった?」

 目を見開いて問うと、マリーは眉間にしわを寄せて額から手を下ろした。

「んー……。確かにすごい部屋でした。一歩足を踏み入れただけで、そこからはもう動けなくて……」

「……。何か感じた?」

「いろいろ。……あ。情報交換しますか? ……って言っても、私の場合、力不足だから大したことはないんですけど」

「そうね。ちょっと情報くれる? 私もタイムゲートのあるところまで行きたいんだけど無理そうだし……」

「絶対無理ですね」

 マリーが苦笑しながら手を差し伸べると、アリスは握手するようにその手を掴んだ。

「それじゃ、情報を流しますよ? 軽く行きますね?」

「ええ。お願い」

 マリーはスゥと息を吸った。そしてグッとアリスの手を握る手に力を込める。

 アリスはじんわりと熱くなる手に違和感を覚えながらも、気を強くして何かを感じ取った。――その瞬間、ドサッ! と、いきなりアリスが地面に倒れ込み、手をパッと離したマリーは愕然と目を見開いて見下ろした。

「アリスさん!!」

 突然のことに、先を歩いていたタグーたちも驚き、すぐに走って戻ってきた。

「アリス!?」

「何をしたの!!」

 意識のないアリスを焦って抱き起こすタグーの傍、メリッサが形相険しくマリーを睨み付けた。マリーは大きく目を見開いて、困惑気に、泣きそうな顔で頭を大きく振る。

「わ、わからないです!! と、突然っ……。情報を交換しようとしていただけで!!」

「情報って何!?」

 メリッサがマリーの腕を掴もうと手を伸ばすが、アンドレアが「駄目よ!!」とすぐにその手を握り止めた。

「危険だわ!! もしあなたまで何かあったら!!」

 アンドレアの言葉に、マリーは愕然と目を見開き、オロオロとうろたえ、目に一杯の涙を溜める。

「す、すみませんっ……。……た、大した情報量じゃなかったのにっ……」

「早く戻ろう!!」

 タグーは切羽詰まった表情でアリスを抱え上げてガイを見上げた。

「意識が戻らない! ……あの時とまったく同じだよ!!」

「……ここにいては危険ですね」

 すぐに装甲車に走っていく。その後を泣き出したマリーを連れ、メリッサたちも後を追った。






「……脈拍数も正常に戻りました。もう大丈夫でしょう」

 ケイティ内医療区画――。集中治療室の前、出てきた医務官の言葉にタグーはホッと肩の力を抜き、背後のガイにもたれかかった。

「脳波に異常は?」

 クリスが真顔で問い掛けると、医務官は資料を捲る。

「多少乱れが生じています。……なんらかの衝撃波を与えられたものかと思われますね。それに対応すべく、反射的に防衛機能が働いて無理に力を掛けてしまったんでしょう。……何もしなければ、精神を犯され、一生昏睡状態に陥っていた可能性もあります」

「どんな衝撃波か、調べることは?」

「断定することは難しいですね」

「……目を覚ますまでどれくらいかかる?」

「はっきりとお答えはできません。個人差もありますし。どれだけの強い衝撃波を受けたのかにもよりますから。……我々も最善を尽くします」

 医務官は会釈すると、再び治療室の中へと戻っていった。

 キッドはホッと胸をなで下ろし、真顔ながらも同じく肩の力を抜くフライスに笑い掛けた。

「……命に別状なくて良かった……」

「ああ……」

「絶対あの人だよ!! あの人がアリスお姉ちゃんをこんな目に遭わせたんだよ!!」

 リタがフライスの服を掴み引っ張りながら、不愉快げに怒る。

「あの人しかいないモン!!」

 フライスはリタにグイグイ引っ張られながらクリスを窺った。

「……そのライフリンクは?」

「彼女の方もかなり困惑しているみたいだ。警備官たちの監視下で休ませている」

「駄目!! 怒らなくちゃ駄目なんだよ!!」

 リタが眉をつり上げるが、「……リタ」と、タグーが小さく注意した。

「まだマリーがやったかどうかはわからないんだから……」

「そうに決まってる!! だって、あの人と手を握った途端なんだよ!? あの人に決まってるじゃない!!」

「……マリーはライフリンクの中でも能力値の低い子だったんだ。タイムゲートの近くまで行けた子が、その何倍もの力を持っているアリスを簡単に倒すのは不可能だよ」

「……けどあの人だもん!! 絶対そうなの!!」

「リタ、少し黙りなさい」

 キッドが注意すると、リタはムスッ……と頬を膨らませてフライスにしがみついた。

 クリスは深く息を吐いて、俯くタグーに目を向けた。

「……それで、何かわかったのか?」

「うん……少しだけ。……僕はマリーと一緒だったから、彼女が言っていたことなら話はできるけど」

「なんて言っていた?」

「んー……、とにかく、ヒューマがすごく怖い存在だったってコト。ノアの番人たちはいつも怯えていたって。もうちょっと能力値の低い子を連れて行ったら、もっと詳しいことがわかるかも知れないんだけど……」

「……アリスの方は?」

「アリスとは、リタとわたしが傍にいました」

 タグーの背後のガイが言葉を発する。

「主にノアの番人たちが生活する区画へと行っていたのですが、そこでアリスは残像思念と向き合っていたようです」

「何か言ってなかったか?」

「詳しい話は聞いてませんが、何か気になることがあったようですね。クリスと話をしなくちゃいけないと、そう言っていました。あと、ノアコアにいた地球人はノアの番人たちだけじゃなかった、とも言ってました」

 フライスとクリスは顔を見合わせた。

 リタは、フライスにしがみついたまま彼を見上げた。

「アリスお姉ちゃん、すごく考え込んでたよ」

 その言葉に彼女を見下ろす。

「私、ずっと手を繋いでたから、なんとなくわかったの。すごく考えてた」

「なにを?」

「んーとね、意味はわかんないンだけど、ふたつのグループがすごく仲が悪かったみたい」

「ヒューマとノアの番人のことか?」

「わかんない。……アリスお姉ちゃんが考えてたのは……すごく複雑なこと。ヒューマのことじゃなくて……別の存在。んーと……デイビットって人が何者なんだろうって」

「デイビット?」

「そう聞こえたよ。デイビットがシュハンなのか、とか。すごくいろいろ考えてたみたい。ゴチャゴチャしててわかり難かった。……シュハンって、なあに?」

 首を傾げて問うが、フライスは答えることなくリタの頭を撫でてクリスを見た。

「デイビットって名前で、一度検索をかけてみよう」

「……聞いたことはあるわよ」

 キッドが口を挟み、みんなが彼女を振り返る。

「聞いたって?」

 フライスが顔をしかめると、キッドは真顔で答えた。

「ノアコアにいた時、その名前の人の話を聞いたことがあるわ。……みんなが嫌っていたみたい。よく問題を起こしてしまう人で、ノアの番人たちは文句を言っていたわ。ヒューマを怒らせるって。説得しなくちゃってことも話していたけど……」

「……わからない話だな」

 クリスが訝しげに腕を組む。

「監視しているライフリンクの子が言っていたっていう……ヒューマを恐れていたノアの番人。それはそれでその通りだろうけど、アリスの話は、やっぱり彼女から話を聞かない限りは……」

「じゃあ、もう一度別の人連れて行けばいいんだよ」

 リタが不愉快げに口を挟むが、クリスは頭を振った。

「ライフリンクだからと言って、みんながみんな同じだとは限らない。アリスの場合、能力値が高かったからそれだけの洞察力があったのかも知れないし。それに、こんな状況だ。何が原因でアリスがこうなってしまったのかわからないうちは、ライフリンクをノアコアに近付けるのは危険だろう」

 その言葉にタグーは深くため息を吐いた。

「……ってコトは、またノアコアの修理は延期か……」

「それより、アリスの目が早く覚めるコトを祈るよ」

「……そうだね」






「聞いた!? アリスさん、倒れちゃったんだって!」

 ケイティ内格納庫――。

 整備をしていたトニーとジュード、そしてハルの元へとロマノが駆け寄って来て慌てた様子で腕を広げる。

「全然意識が戻らないって……! ノアコアから帰ってきてすぐだよ!」

 周囲のエンジニアたちも手を止めて「……えっ?」と、驚きの眼差しを向ける。

「何かの攻撃か!?」

 ジュードが眉をつり上げて身を乗り出すが、ロマノは首を振った。

「わかんないンだってっ。けど……、噂じゃライフリンクの仲間の人にやられたんじゃないかってっ」

「うそだろ!? だって仲間なら!」

「今、その人監禁されてるらしいよっ」

 トニーはググッと拳を握りしめる。

「アリスさんになんてことを!」

 少しザワザワとし出す中、ザックが確認しようと待機室に走った。

「外傷とかは?」

 ジュードがスパナを手にしたままで問い掛けると、ロマノは不安げに頭を振った。

「傷はないみたい。えーと、ほら、ライフリンクの人たちって力を操れるでしょ? アリスさん、それを使い果たしたみたい」

「……使い果たす寸前ってコトだろ」

 ハルが作業の手を止めることなく言う。

「……使い果たしたら死んでしまう」

「それもそうか。……うん。使い果たす寸前で、今、意識不明の重体なんだって」

「けど、アリスさんほどのライフリンクがそんなに簡単に?」

「そう。おかしいよね。だから、しばらくノアコアは立入禁止になるみたいだよ」

 ロマノは三人の傍にペタンと座り込み、「……はあ」とため息を吐いた。

「アリスさん、大丈夫かなー。……ここのところ、起きたり眠ったり繰り返してるし。こういうのって、あんまり良くないよねー?」

「ライフリンクはオレたちとは違うからな。眠ってそれで元気になるなら、思う存分眠らせてやればいいと思うけど」

「アリスさんにそんなコトするなんて許せねーよな!!」

「お見舞いに行きたいんだけど、CRに入ってるから通してもらえないの。一般病棟移るのは、意識が戻ってからになるみたいだし。それもいつになるかわからないんだって」

「その間に敵襲がなければいいけどな……」

 少し視線を落とすジュードに、「……そうだね」とロマノも悲しげに目を細めて「……よいしょ」と立ち上がり、一緒に整備の手伝いを始める。

「いよぉーっ、ハル・タカハシ君ーっ!」

 陽気な声が近寄ってきて、ハル以外の三人が振り返った。

 ロックは笑顔でハルの傍に立ち止まり、腰を下ろした状態で作業をしている彼の頭をポンポンと叩いた。

「いやぁーっ、今日は残念だったねぇーっ。惜しかったよなぁーっ」

 ハルはいつもと同じ無表情で、頭に手を置かれたままロックを見上げた。

「……そうですね。残念でした」

「まぁ、またがんばれよ! ……って今度はいつテストがあるかわかんねぇけどなぁ!」

 ケケケケケッ、とバカにするように笑う。

 ――ハルは見事にテストに落ちた。しかも最下位で。

 あの時、グランドアレスが勢い任せで飛びかかってきた時、ハルは見事にそれを避けきった。元々アポロンの搭乗テストだ。乗っていた個人機もそれなりの機敏性はあった。だが、それに腹を立てたグランドアレスはその後も個人機を追いかけ回し、そのたびにヒョイ、ヒョヒョイと攻撃を交わし……続けているうちにタイムオーバー。どっちのテストだかわかったモンじゃない。

 ロックはフッと口元に笑みを浮かべてせせら笑いながらハルの頭を撫でた。

「お前はよくやった。うんうん。誉めてやるよ」

「……ただあんたのストレス発散に付き合ってやっただけでしょ」

「楽しかったぞー。お前はそのうちいいパイロットになれる。百年後くらいになっ」

「……一年であんたを倒す自信がありますけどね」

「まーたまた、そんなかわいげのないこと言って。ホント、負け犬の遠吠えだよなぁーっ、ハル坊っ。はっはっはっ」

 ポンポン、と頭を叩く。

 ジュードはため息を吐き、愉快げなロックに横目を向けた。

「それより、アリスさんが重傷らしいッスよ、聞きました?」

 ロックは「……は?」と眉間にしわを寄せた。

「……重傷?」

「意識不明でCRに入ってるらしいです」

「しーあーる?」

「集中治療室だよ」

 と、トニーが不愉快そうに答えた。

「ノアコアで襲われたんだ」

 ロックはしばらく間を置いて「……ふうん」と小さく鼻で返事をし、肩をすくめた。

「ハッ。どーせドジ踏んだんだろ。あの女のコトだしなっ」

「そういう言い方ってないだろっ!」

 トニーは身を乗り出して膨れっ面で睨み上げた。

「意識戻らないのに!!」

「知ったことかよ」

 バーカ、と言わんばかりに見下され、トニーは「ングッ……」と手にしていたドライバーを握りしめた。

「……でしょうね。あんたには関係のないことですモンね」

 ハルが作業しながら静かに口を挟む。

「……あんたには仲間意識なんてものないんでしょ? アンドロイドだし」

 ロックはムッとハルを睨んだ。

「お前はそんなに俺を怒らせたいのか?」

「……勝手に怒ってるんでしょ。……図星だから」

 なんだと!? と殴りかかろうとするのをジュードが慌てて立ち上がって背後から止める。

「まぁまぁっ。こんなトコでケンカしても始まらないっしょっ? ……ハルっ、お前も挑発するなっ」

 ロックを押さえながらもハルを睨むと、ハルは無関心な横目を向けた。

「……本当のことを言ってるだけなのに、こいつが勝手に怒るんだ」

 スパナで差されて、コノヤロ!! とロックが暴れだす。ジュードは「まぁまぁ!」とそれを必死で押さえながら、キョトンとしているロマノを見た。

「タグーさんを呼べっ。収拾つかないから!」

 ロマノは「う、うんっ」と慌てて内線機のある方へと走っていった。

 ロックは、淡々と作業を続けているハルを睨み付けた。

「お前なんか、俺が本気を出せばあっという間にこの世とおさらばなんだぞ!」

「……逆でしょ。……あんたなんか、回線ひとつ切ったらショートですよ」

「あンだと!?」

「……人間殺すより、あんたみたいなヤツを殺す方が簡単かも知れないですね」

「……この!!」

「ロック!!」

 遠くからタグーとガイが走ってくる。そしてジュードが押さえるロックの傍に立ち止まると、呆れて腰に手を置き睨んだ。

「何を騒いでるのっ? ロマノが大変だって言うから!」

「このガキをどうにかしろ!! どっかに閉じ込めろ!!」

 ジュードに押さえられながらハルを指差す。

 タグーは顔を真っ赤にして怒るロックに「ったく……」と深くため息を吐いた。

「ケンカはいいけど、周りを巻き込んじゃ駄目だろ」

「うるせぇ!!」

「みんなの迷惑だよ。……それに、キミはグランドアレスのパイロットマニュアルを読んで勉強しなくちゃいけなかったんじゃなかったの?」

「ンなもの必要ねぇってんだろ!!」

「何言ってンのさ。間違ってミサイル放ったって聞いたんだぞ。ちゃんとマニュアル見ていないからだろ」

 目を据わらせて説教する。それでもロックはギリギリ……とハルを睨み付けている。

「タグーさん、……アリスさんの容態は?」

 トニーが心配そうに問い掛けると、タグーは「んー……」と少し視線を斜め下に置いた。

「そうだね……。意識は戻ってないけど、脈拍も正常に戻ってきたし。命には問題ないから心配しなくても大丈夫だよ」

「仲間のヤツにやられたって聞いたけど……」

「それはまだ断定できない。……確かにそういう風にも見て取れたけど、アリスよりも遙かに能力値の低い子だったから、そんな子がアリスに刺激を与えられるとは思えないんだ。ン今クリス……総督たちが話しに行ってるから。何かわかるんじゃないかな」

「ケッ、どうせ油断したんだろっ」

 毒舌を吐く。そんなロックを見てタグーは再び深くため息を吐いた。

「確かにそうかも知れないけど、……ロック、今、アリスもがんばって元気になろうとしてるんだから、少しは励ます言葉とか言えないの?」

「励ます言葉? そんなモンで元気になるならいくらでも言ってやるぜ? なんて言えばいいんだ?」

「……あのね、ロック」

「教えろよ。言ってやるから。けど、それで元気にならなかったらお前を殴るぞ」

 タグーは睨んでくるロックを見て目を据わらせた。

 ガイは二人を交互に見ていたが、ロックに目を向けると静かに言葉を切り出した。

「ロック、あなたはまだ理解していないようですね」

「あン?」

「……何言っても無理ですよ、こいつには」

 ハルが小さく口を挟む。その言葉にロックは再び「こンのぉ!」と突っ掛かろうとして、またジュードが押さえる。ハルは知らん顔で作業を続けながら言葉を続けた。

「……あんた、自分を特別扱いしすぎですよ。……オレたちと大して何も変わらないのに、全てが優れてるって感じで。……みっともないですよね」

「はぁ!?」

「……都合のいいトコだけ利用して、都合悪いトコには蓋をして。……オレたちと変わりないのに、あんたはそれでも自分を特別だって思ってる。……そうやって思わないと辛いことでもあるんですか?」

 タグーは少し眉を動かした。

 ロックは「このヤロー!!」と暴れ出す。それをしっかりジュードが押さえるが、勢いよく腕を振り回されるとたまったモンじゃない。見かねたガイが、「私が替わりましょう」とロックをヒョイ、と抱え上げた。

「お、おい!! 何すんだ!! 下ろせ!!」

 また肩に担がれて暴れるロックにビクともせず、ガイはタグーを窺った。

「しばらくロックをお預かりしてもよろしいでしょうか?」

「……いいけど……、ケンカはしないようにね」

「はい」

 では、とガイはそのまま「下ろせーっ!!」と大きく叫ぶロックを連れて歩いていった。その背中を見送ってタグーは深く息を吐くと、「まったく!」と肩の力を抜くジュードに申し訳なく笑い掛けた。

「悪かったね。よく暴れるんだ」

「……まぁ、こっちもなんで」

 ジュードは恨めしそうにハルを見下ろす。彼はやはり黙々と作業をしているだけ。

「テストは駄目だったみたいだね……」

 タグーに残念そうに言われて、ハルは少し顔を上げ、また作業に戻る。

「……駄目元でしたから」

「けど、グランドアレスの攻撃をずっと避け切れてたのはすごいと思うよ」

「……それは誉めすぎでしょ。……あの人はマニュアルさえちゃんと読んでなかった状態の、言ってみたら素人ですよ。避けきれない方がおかしいんです」

「それは……まぁ」

「……攻撃仕掛けるよりも、避ける方が何倍も簡単なんです。……オレよりも、マニュアル読んでなくてあれだけ動かすことができたあの人の方が、すごいんじゃありませんか? ……例えアンドロイドだとしても、前に乗ったことがあるにしても。……才能か、なんなのかはわかりませんけどね」

「はは……」

「……それに、アポロンに乗ったらあの人と組まなくちゃいけなくなるんでしょ? ……絶対無理です。あの人が改心しない限り組めそうもないですから、落ちて良かったです」

「お前も改心しろよ」

 と、ジュードは呆れ気味に言い放った。

「――どこに行くんだよ!! 下ろせよ!!」

 すれ違うクルーたちが振り返る。

 ガイは恥ずかしそうに暴れるロックを抱え上げたままで歩き続けていた。

「下ろせって言ってンだろ!! この鉄板ヤロー!!」

 罵声を吐かれてもガイは無視。その肩に担がれて、腕の中でロックはもがき暴れる。

 通路をただ歩き、そしてエレベーターに乗り、また歩き出す。そしてやって来たところは……

 ガイは窓口に立った。

「申し訳御座いません。通行許可を頂きたいのですが」

 窓口の係員はガイを見上げて苦笑した。

「悪いけど中には入れないんだよ」

「無理は承知でお願いします。手間は取らせません。少々、窺うだけで良いのです」

 無表情なガイの言葉に係員は「困ったなぁ……」と腕を組む。そして分が悪そうに腕をだらんと伸ばして抱えられているロックを見て顔をしかめた。

「……彼も一緒に?」

「はい」

「……それはちょっと……」

「お願いします。あなたも付き添いの上でいいので五分程度、お時間を許していただけませんか」

 係員は「うーん……」と考え込む。ロックもガイの腕の中で暴れることなく、グッタリと諦めた状態だ。

「……わかりました。……内緒ですよ?」

 係員は苦笑気味に「こちらへ」と案内する。ガイはぺこりと会釈した。

「ありがとうございます」

「いいよ。……キミに頼まれると、どうも断り難い」

 係員を先頭に歩き出す、その後を追いながらガイは彼を見下ろした。

「まだ脳波に乱れはありますか?」

「若干ね。何かが残っているんだろうけど、それをわたしたちが取り除いてあげることはできないから。がんばってもらうしかない。……孤独な道のりだな」

 しばらく歩いて係員はカードキーでドアを開ける。

「どうぞ」

 中に通され、ガイはロックを抱えたままそこに入った。係員もその後から入ってくる。

「……ロック、おとなしくできますか?」

「……。おとなしくしてるだろ」

 拗ねるような声に、ガイはゆっくりと床に下ろした。

 ロックは「……くそー」とボヤきながら、首を回したり腕を回したりしながら辺りを見回した。――とても殺風景だが、その片隅、いろいろな機材に囲まれたベッドを見たその目が留まった。首を傾げながらそこにゆっくりと足を向けると、「あ……」と声を掛けられて足を止めた。

「あまり近寄らないでください」

 係員が手を上げ掛けてそれを下ろした。

「……気配を探ることはできているんです。……今、別の何かを感じさせるのは非常に危険ですから」

 ロックは係員を振り返ると、「……危険……って?」と小さく問い掛けた。

「……アリスさんは今、障害を来した何かと戦っている状態にあります。……もしそこに別の何かが飛び込んだら、彼女は弱った意識でふたつの障害と戦う羽目になる。……たとえそれがアリスさんにとって励ましになる障害だとしても、なんとか早く元気になろうとして返って意識に負担を掛けてしまう。……ただ眠っているだけのようですけど、わたしたちの見えないところで彼女は必死に生きようとしてがんばっているんです」

 ロックはゆっくりとベッドの方を見た。いろいろなコードを付けられた誰かが横になっている――。

 ガイは静かにロックの横に並んだ。

「……これでも、あなたは何も感じませんか?」

「……」

「……わたしたちにとって感じるというものは無意味なものかも知れません。それに反応することも。……わたしたちは人間のような生き物ではないのですから」

 ロックは少し目を細めた――。

「しかし、感じるものを感じないものとして定め、違う生き物としての意識を高ぶらせていてもいいのでしょうか? ……わたしは見た目からして人間と同じではありませんからこのギャップを埋めることはできません。……けれど、あなたは見た目も、そして行動も生活も人間となんら変わりはない」

「……」

「……わたしたちは人間とは違う。けれど、それでもこの世に誕生したもの。それは人間と変わりない。……知能を持たない機械たちは無惨な一生を遂げますが、しかし、わたしたちには特別な頭脳がある。……人間と変わりのないように。……どんな将来が待ち受けようとも、わたしたちは人間と変わらないんですよ。……わたしは親友であるタグーにもしものことがあれば、彼をかばうでしょう。……しかし、それはタグーも同じ。私に何かがあれば、彼は必死になってわたしを助けようとする。……見た目と中身は違っても、例えこの手が堅く冷たくても、それでもわたしは人間と同等です。……それをタグーに教わりました。……そして、それはあなたも同じなんですよ」

「……」

「……感じるものがあるのなら、それは感じるべきなんです。そして向き合うべきなんです」

 じっとベッドを見ていたロックは、グッと拳を握った。

「……そんなの、知るか」

「……」

「……俺は俺だ。……誰の指図も受けないし、やりたいようにやる」

 フイっとそっぽ向いてドアの方に向かう。そして自動でドアが開いて廊下に一歩足を出し、その場で立ち止まると、

「……。くそ女!! 俺の応援しないでどっかに行くからだ!!」

 係員は「ギョッ!?」と走り去ったロックを振り返り、慌ててアリスのベッドへと駆け寄ると、全てのモニターに目を通し、ホッと力を抜いた。

 ガイはビクともせず立ったままでいたが、近寄ってきた係員が「……なんてヤツだ」と呆れるように言うその言葉を聞いて彼を見下ろした。

「すみません。あれが励ましの言葉なので」

 係員は恨めしそうにガイを見上げた。



 ――ただ、なんとなく静かなところに行きたかった。夕暮れ時、艦を出て、デコボコの道を歩いて、なぎ倒された木を避け……。どこに向かうつもりでもなく、ただ歩いていた。そして、見つけた。森の中、四方ガラスに囲まれた建物を。

 ロックはそこに近寄ると、ぐるりと見回してペタっと手を付けた。冷たくて硬い感触が伝わってくる。よく見ると分厚さから強化ガラスのようだ。そして、その中には青草の上、同じ石が一定に並んでいる。“記憶回路”から呼び起こすと、どうやら墓石のようだ。

 ――数々の磨かれた石。それぞれひとつひとつには誰かの名前が書かれ、その手前には綺麗な花が添えられている。

 それらひとつひとつを見ていた目が止まった。

 ……ダグラス……ウォール?

 なんとなく聞いたことがある。そう、あのケイティ艦のように。そしてタグーや他の人間たち同様に。

 ……誰だろう……。……ダグラス……。……。

 思い出そうと目を細めて考え込んでいると、建物の中、奥にある地下に続く階段から誰かが上ってきた。――小さな女の子だ。んしょ、んしょと花束を両手に抱えて危なっかしい足で地上に出てきた。その姿に、ロックは「?」と眉を寄せた。少女は彼に気付かないのか、花を石の前にひとつひとつ置いて歩き回っている。そして、やっとロックに気付くと、ニカーッと笑って走ってきた。

「……」

 目の前で足を止められ笑顔で何か言われたが、分厚いガラスに阻まれてよく聞こえない。

 少女は気付いていないのだろう。花束の中の一輪を手に取って、笑顔でロックに差し出した。

 ロックはキョトンと見下ろし、情けなく笑った。

「もらえねえって。ガラスがあるだろ?」

 話し掛けると、少女は「?」と首を傾げた。

「だから、ガラスがあるからもらえねぇだろ?」

「??」

 少女は更に首を傾げると「ほら、あげる」と言わんばかりに花を差し出しながらロックに近寄った。もちろん途中でゴンッと手からガラスに当たり、彼女は「うっ……」と顔を歪めた。ドジな姿に、思わずロックは吹き出し笑う。

「ほら見ろ、ガラスが張ってるって言ってるだろ。見えねぇのか?」

 少女は口を尖らせ、戸惑いながらキョロキョロとした。そして、「なぜそっちに行けないの?」と言わんばかりにガラスをペタペタと触り出す。

「無理だって。あっち行ってろよ」

 呆れて顎をしゃくるが、少女はそれでもこちらに来ようとしているのか、ガラスを押したり、叩いたり、地面から覗き込んだり、いろいろ試している。だが、どうやってもガラスが動くわけでも割れるわけでもない。――段々と少女の目に涙が溜まってきた。

 ロックは焦って腰を低くしてガラスに手を付いた。

「ンだから無理だって言ってンだろっ」

 少女の顔が歪み、微かに聞こえる泣き声と同時に目から涙がこぼれた。エグエグと泣き出し、ロックは「……おいおいっ」と腰を下ろして少女を見た。

「無理だって! こっちにゃ来れねぇんだよっ! ほらっ、このガラスは特殊だからっ!」

「おーうーっ! おーうぅーっ!」

「だからっ……。……おいっ、泣くな!」

「おーうぅーっ!」

 エーン!! と大きく泣き出す。

 ロックは「おいおい!!」と、花を落とし泣きじゃくる少女を見て困惑していたが、「……あぁーっ! くそぉ!!」と立ち上がり、

「ちょっと待ってろ!!」

 そう告げるなり走って居住区画へ向かった。表には誰も出ていないが、地下にあるシェルターに入るとそこでは女性たちがひとかたまりになって夕食の準備をしている姿があった。彼女たちをキョロキョロと見回し、そして見慣れた姿を見つけると「……あ!」と急いで駆け寄った。

「……キッド!!」

 大声で呼ばれたキッドは水汲みの手を止めて「あら」と顔を上げた。

「どうしたの?」

 ゼェゼェと息を切らす彼を見てキッドは首を傾げ、「お水でもどうぞ」とコップに水を注いで差し出すが、ロックは「じゃなくて!」と、それを断って指差した。

「あ、あっちに! ……強化ガラスの張った何かが!」

「……ああ、お墓?」

「そこの中に子どもがいてワンワン泣いてンだ!!」

「……。あら、まぁ大変」

「すっげー泣いてる!! どーすんだ!?」

 焦るロックを見てキッドは苦笑すると、「こっちよ」と足早に歩き出す。ロックはその後を付けた。

「ここにつながってるのか!?」

「そうよ。……どうしたのかしら。いつもちゃんとやってきてくれるのに」

 薄暗い中、しばらく歩くと細い通路に入り、段々と泣き声が聞こえてきだす。

「あらあら。あんなにたくさん」

 困ったわね、という雰囲気で呟きながらも走ろうとはしない。そんなキッドを背後から追いながら、ロックは顔をしかめた。

「早く行かないと!」

「そうね。急がなくちゃね」

 やっぱり走ろうとはせず、同じペース。ロックはイライラッと眉をつり上げた。

 やっと階段が見えてきてそこを登ると、さっき外から見ていた墓地内に出てきた。

「ジェイミー、どうしたの?」

 少し離れたガラスの前で大泣きしているジェイミーへと近寄り、キッドはスカートのポケットから布切れを取り出すと腰を下ろして「ほら……」と涙と鼻水を拭った。ジェイミーは真っ赤な顔をして息を詰まらせ、されるがままの状態でいたが、ロックを見つけると彼に走り寄り……その手前で立ち止まった。ソロ……と手を伸ばしてロックとの間に何もないことを確かめると、顔を歪めてヒシッと足にしがみつく。ロックは顔をしかめた。

 キッドは「あらまぁ……」と苦笑して腰を上げ、近寄った。

「ガラスの向こうで会ったの?」

 ロックが訝しげにうなずくと、キッドは少し笑った。

「ガラスを挟んで向き合うってコトを知らなかったから、驚いちゃったのね」

 キッドは腰を下ろし、ロックの足にしがみついたままのジェイミーの頭を撫でた。

「ほら、ジェイミー。ロックはちゃんといるから大丈夫よ。いないいないじゃないのよ」

 ジェイミーはいやいやっ! と頭を左右に振ってギュッ!! と強くしがみつく。ロックが「いててててっ!!」と声を上げるがそれでも容赦しない。

 キッドは「困ったわね……」と考え込んでいたが、腰を上げてロックに苦笑して見せた。

「こうなると、しばらくはどうすることもできないの」

「……はっ?」

「ロック、悪いけど我慢してね」

「が、我慢って!?」

「飽きるまで傍にいてくれれば、そのうち解放してくれるから」

「……。そのうちって!?」

「眠たくなったら」

「っていつだ!?」

「いつになるかしら」

 焦るロックにキッドは「ふふふ」と愉快げに笑ってシェルターへと戻る。ロックはロックで、「こ、こいつっ……離せ!」と、しがみつくジェイミーを見下ろし睨みながら引きずり歩いた。

 その後もなんとか逃げようとしたが、足を捕まえられて逃げられない。トイレまで付いてくる始末だ。怒りを通り越して呆れと諦めでがっくりとしていた。

「お前にも子守りができるんだな……。少しは見直したぞ」

 ロックは笑うフライスを睨み付けた。

 ――日も暮れて夜になった頃。

 シェルターに戻ってきたフライスは、キッドたちの住むテントの傍、コンクリートの壁に背もたれた格好のロックに笑いながら夜食を進めた。あぐらを掻いたロックの膝の上では、ジェイミーが気持ちよさそうな寝息を立てて眠っている。

 解放されると思っていたのに、彼女の手がしっかりと服を握っていて動くこともできない。それを解こうとすればパッチリと目を覚まし、「おーうー、おーいーおー」とワケのわからない言葉を言われて泣かれるのだ。どうすることもできず、ただキッドに「寝かせてあげて」と言われるままいうことをきくだけ。

「はい、ロック」

 キッドがロックの傍にグァバのジュースを置き、ぐっすりと眠っているジェイミーを見て微笑んだ。

「きっと、楽しい夢を見ているのね」

「……俺は悪夢を見そうだ」

「言ってるワリにはおとなしくしてるな」

 フライスに笑われて、ロックは分が悪そうに「くそー……」とそっぽ向いた。

 キッドは「はい」と食事を終えたフライスに水と紙の包みを差し出す。キッドが食器を片付けている間に、フライスは紙を広げ、その中に包まれていた何かを飲んだ。どうやら薬のようだ。

 様子を見ていたロックは首を傾げた。

「……それ、なんの薬だ?」

「ああ。強心剤みたいなモンさ」

 口元を軽く手の甲で拭って答える。ロックは「?」と更に首を傾げ、少しずつ静かになっていく辺りの住人たちを見回して膝の上のジェイミーを見下ろしため息を吐いた。

「……ったく。……艦に戻りてぇのに」

「戻ったって、どうせ騒ぎ立てるだけだろ」

「……。俺にだってやることはあるんだぞ」

 ムスッと頬を膨らませると、フライスは笑顔のままで傍にある果実酒を喉に通した。

「それで……どうだった? グランドアレスの操縦は」

「チョロイモンだね。ま、俺の手に掛かりゃ敵も木っ端みじんだぜ」

 軽く顎を上げて自信満々の笑みを浮かべる。威張った態度にフライスは少し笑った。

「頼もしいな。けれど、油断は禁物だぞ」

「わぁーってるよ」

 膨れっ面で口を尖らし、グアバのジュースを手にとって飲み干す。

 片付けの終わったキッドがやって来て、フライスの隣りに座った。

「リタは?」

「さっきフローレルたちと一緒にいたから、そっちの方だろ」

「またみんなにわがまま言ってるんじゃないかしら。困った子ね」

 ため息を吐きながらも様子を見に行こうとはしない。

 地下から引き上げた電力でぼんやりと灯るライトを避けた下、ロックは「……ふあぁぁー」と大きくあくびをした。そんな彼を見てキッドは苦笑する。

「眠たかったら眠っていいのよ。眠れるうちに眠って、体力を温存して置かなくちゃ」

「……いつコキ使われるかわからねぇし?」

「そういうこと」

 ニッコリと笑顔でうなずく。ロックは少し目を据わらせたが、また大きくあくびをすると、「……。んぁ」と、思い出したようにフライスへぼんやりと目を向けた。

「そういやぁさ、おじさん、知ってるか?」

 フライスは返事をしない。

「……おい、おじさん」

「……」

「……」

「……」

「……。フライ」

「呼んだか?」

「……。あの強化ガラスに囲まれた墓。あそこにさ、ダグラス・ウォールって名前の石があったんだ。誰だか知ってるか?」

 フライスとキッドは顔を見合わせた。それを見てロックは首を傾げる。

「知ってるヤツなのか?」

「……ああ。知ってる。……元々はオレの上官だった人だ。とても優秀なパイロットだったよ」

「ふうん……。なんで死んだんだ?」

「……。先の戦争でね」

「敵にやられたのか?」

「いいや、敵にやられるような人じゃない。……自分自身に負けたんだ」

「自分?」

「……どうした? 何か気になるのか?」

「んー……。イヤ、なんとなく知ってる気がしてなー」

「……そうか」

「あ、そういやぁよ」

 訝しげに眉を寄せて話を切り替える。

「アリスをやっつけたヤツ、ライフリンクのヤツなんだろ? 話はしたのか? 犯人なのか?」

 少し不愉快げに口をへの字に曲げると、フライスは軽く首を振った。

「まだ犯人かはわからない。そのライフリンクも動揺しているから、迂闊に近寄ることもできないし。……ただ、ノアコアで感じたものがどういうものだったかの話だけは少し聞けたけどな」

「ノアコア、ねぇ……。どっちにしろ、ヒューマって奴らが悪者なんだろ? そんな建物、早いこと壊しちまえばいいのに」

「できることならそうしたいところだがな……」

「とっとと壊しちまえよ。そんなものがあるからここは狙われるんだろ」

 投げやりに言いながら、ジェイミーを膝に乗せたままでズルズルと壁をずれて地面に横になる。

「こんなちっせぇトコで戦争始めちまったら、それこそ宇宙に放り出されちまうぜ。そうなったら誰も助けちゃくれねーんだ」

「……そうだな」

「まぁ、敵が現れたら俺がボコってやっけどな」

 あくび混じりで言いながら腕を枕代わりに頭の後ろに回し、目を閉じる。――しばらくすると、寝息を立てだした。

 キッドは傍にある毛布を広げると、ジェイミーと、彼女を膝に乗せたまま眠るロックにそっとそれをかけた。そして二人を見下ろして小さく微笑む。

「……まるで昔のガイとリタみたい」

 そう言ってフライスの隣りに落ち着いた。

「……ロックの記憶は、まだほんの少し残っているのかしら……」

「……全てを消し去ることはできないんだろう……。……タグーがわざとそうしたのか、それとも本当にミスをしたのか、わからないけどな……」

「……アリスは? 当分眠ったまま?」

「ああ……」

「その……ライフリンクの子はなんて?」

「アリスと情報交換をするつもりだったらしい。……タイムゲートで感じたものをそのままアリスに流そうとした途端、いきなり倒れたそうなんだ。……そんなことって、あるんだろうか?」

「……そうね……。……アリスにとってショックな情報……とか……そういうことも考えられなくはないでしょうけど。……それにしてもただ情報を流しただけでこんなコトになるとは思えないわ……。……リタの言うとおり、しばらくその子には警戒した方がいいかも知れないわね……」

「……けれど、クルーの中でこんなことが起こるなんて……。……たとえ、そのライフリンクが何かの目的があったとしても、それがわからないし」

「ええ……。……ただ、あのアリスがこんなことになったんだもの。……普通じゃないのは確かよ。……何も大きなコトがなければいいんだけど……」

「……そうだな……」

 フライスは小さく息を吐いて、眠るロックを見つめた。

「……全てが上手く進めばいい。……けど、そういうわけにも行かなさそうだ……」

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