第三章 再会 ~想像以上
「ノアコアには数人のクロスが住み着いていて、彼らがそこを管理しているんだ」
ケイティ内ミーティングルーム――。クリスにフライス、タグーとアリスとガイ、そしてフローレルとカールと数名の上官たちが集まって朝から話をしている。
室内の中央、長テーブルに向き合って座り、そこに手書きの地図を広げたタグーが指差し説明を始めた。
「この区画は居住区画。ここは兵器格納庫。この裏が滑走路になっていた。ここは貯蔵庫で、この一帯はフリースペース。植物も多くて、花壇もあったり、あと遊技場もあるよ。クロスもいたから彼らにも合わせて作られていたのか、さらわれてきた人たちのためにっていう目的があったのか、わからないけど……。ここいらの区画はもう機能を果たしていないけど、ノアの環境機構だけは完全な状態で残されていて、そこの管理をクロスたちに任せてる。……問題なのは、ノアコア内の中枢核。地下六階にある部屋。通信から情報から、すべてが途絶えてる。どこかの回線を遮断されているんだと思うんだけど、それを探すのが大変で、未だに見つけられないんだ。たった一本なのか、それとも複数なのか……、とにかく、それを見つけることができればヒューマの情報も居場所も探し出せると思うんだけど」
「光の柱……タイムゲートを喰らった時、その発信源を捉えることはできなかったか?」
フライスが訝しげにクリスに尋ねると、彼はため息混じりに小さく首を横に振った。
「遠距離だったということしかわからない。測定不可能地点だった」
「……昔と変わらないな」
「ああ。発見されることを避けてるとしか思えない。けれど……ヒューマの目的が今回も生身の人間の全滅を防ぐためだとしたら、もう必要はないだろ? 実際、地球じゃ今は自然保護も人権運動も盛んだし、平和を求め敬う活動が強い。……いったいヒューマが何を企んで光の柱を放っているのか。地球人保護が目的じゃなく、今度は何か別のことを思いついたのかも知れないな」
「……ヒューマに会ってみないとわからない話だ」
「会ったら会ったでタダじゃ済まないと思うよ? 十年前に散々なことをしてここを乗っ取ったし。ヤツらにしてみたら、それこそ目の上のたんこぶってヤツだろ」
フライスとクリスの話に割って入ったタグーに、フローレルは首を傾げた。
「たんこぶ? みゅ? どういう意味みゅ?」
「邪魔者ってコトだよ」
と、簡単に答えてタグーは訝しげに腕を組んだ。
「けど……それでも不思議なんだ」
「ん? なにがだ?」
「ヒューマはノアのことを知っています」
クリスが問い掛けると、壁際に立っているガイが口を挟んだ。
「彼らが作ったも同然のこの宇宙船で私たちは生活をしている。ヒューマがその気になれば、いつだって奇襲を掛けることは可能だと思うのです。あの戦いの後、ノアは瀕死の状態を喰らいましたし、撤退したヒューマが再び体制を整え乗り込んできたなら、ここは間違いなく破壊されていたでしょう。ヒューマがその気になればそれは実現できるのに、なぜそうしなかったのか」
「ノアコアに住んでいる仲間の話じゃ、おかしすぎるって話ッスよ」
次にカールが怪訝に眉を寄せて入り込んだ。
「ヒューマがノアの番人たちに腹を立てたっていうのはそうらしいッス。だから、ノアの番人たちを殺してしまったんだと思うッス。でも、それだったら、このノアに住むオレたちをも殺してもおかしくないッスよね? ……ノアコアの重要な部分だけを壊して、環境機構だけは手を付けずにいたなんて、まるで、オレたちがここで生活できる最小限を残したみたいで、なんかしっくり来ないンスよ」
「ヒューマの本当の目的がわからないんだ。だから、ノアコアを早く起動できればって思うんだけど……」
タグーは少し視線を落とす。
「また光の柱を放ってるし、ヒューマも何かしら行動してくると思うんだ。ここの場所は把握してるだろうからね。……それが話し合いになるのか、それとも攻撃になるのか……。……どちらにしても、戦いの場は宇宙に持っていけたらっていうのが僕らの唯一の望みだよ」
「戦いになればオレたちクロスも参戦するッス。万が一に備えて、オレたち、ちゃんと戦力だけは鍛えてましたから」
「しかし……ヒューマのあの戦力……。……あの時はかろうじて勝つことができたようなものだからな……」
フライスが目を細めると、上官の一人が少し胸を張った。
「けれど、十年前に比べたらわたしたちの戦力もアップしてますぞ」
「同じようにヒューマも戦力を付けているだろう」
「……、それは……」
モゴモゴと言葉を濁して口を噤む。分が悪そうな彼にそれ以上話を振ることなく、フライスは気を改めるように軽く息を吐いてクリスに目を向けた。
「どちらにしても、しばらく用心をしよう」
「ああ、そうだな。インペンドを数機、見回りとして起動させて、至急クロスの機体にゲートシールドの装着をさせる」
「ノアコアへは?」
「装甲車を手配しよう。ケイティのエンジニアも数名、同行してもらう。あと、念のためにインペンドも一機、監視として待機させる」
「非常事態に備えて、ノアの住人たちにはシェルターにて数日生活できるよう手筈を整えておくよ」
「……彼らには悪いことになってしまったな。またこんなことになってしまって……」
「いつかはこうなると予想はしていた。早かれ遅かれ、なんらかの決着は付けないとみんなも安心して生活できないしな。……いい機会と言えばいい機会だ。……今度こそは、本当の平和をここに取り戻す」
「連邦からは、まだ認めてもらってないんでしょ?」
アリスに問われてタグーはうなずいた。
「再三要求はしてるんだけどね……。宇宙船ってのが気に食わないんだろ」
「……こんなに人が生活してるのに」
呆れてため息を吐きながら動き回る人たちを目で追うと、タグーも同じくため息を吐いた。
「そこが問題じゃないんだよ。地球が作ったものではないし、それをどうして加盟国として認めなくちゃいけないのかってモンだと思うよ」
「……イヤな感じね。なんだか人の裏を見てるみたい」
「厄介な物には蓋をするのさ」
数時間後、ミーティングを終えた足でケイティを出た。ガイたちはノアコアに向かうための準備で格納庫へ。タグーもそこに向かおうとしたが、途中、キッドたちの元へ一度戻るアリスを見送るべく、一緒に外に出た。
外を見渡すと、晴れ渡った空の下、異人たちの機体が並び、エンジニアたちが総出で作業している。
「……ゲートバリアもまだまだ試作の段階だったのに」
「それでも、ないよりかはマシだよ」
「……そうね」
風が吹き抜けて、アリスは軽く髪の毛を耳に掛けた。
「……戦いにならなければいいけど……」
「話し合いで済めば理想的だ」
肩を並べ、居住区画まで赴くべく足を進めながらアリスはタグーを窺った。
「……今回のヒューマの様子、どう思う?」
「さぁ……ホントによくわからないよ。ずっとおとなしかったのに、なんで今頃なのかもわからないしさ……」
「……。M2が復活した、ってことはないのよね?」
ためらいを含めて訊くと、タグーは軽く首を振った。
「情報はないよ。それに、M2は今では医療スタッフになってるから。アンドロイドを作るような人たちは、もう存在しないはず」
「……。……そう」
「今の僕たちにできるのは、ヒューマの動向を探ることと防御策を練ることぐらいかな……。フライの言うとおり、十年前はなんとかヒューマを退散させたって感じだしね……」
「……そうね……」
アリスは深く息を吐き出し、部品を抱えて声を掛け合いながら行き過ぎるクルーたちを目で追った。
「……ノアコアにはいつ行く?」
「準備ができ次第向かうはずだよ。また、そっちに連絡入れるから」
「じゃあ……それまで少し時間があるわね……」
目線を上に向けて呟くアリスに、タグーは「ん?」を首を傾げた。
「なにかあるの?」
「んー……。クロスの機体を見せてもらおうかなって思って」
はぐらかすように目を逸らしながらも、はっきりと告げるアリスにタグーは顔をしかめ、そして、しばらく間を置いて呆れ気味に息を吐くとその場で立ち止まった。
「聞いたよ。パイロットの資格を取ったんだってね?」
アリスも数歩先で足を止め、振り返ってにっこりと笑った。
「すごいでしょ?」
「……何企んでるの?」
その笑顔が嫌なんだよ。と、言わんばかりに目を細められ、アリスは苦笑して首を振った。
「企んでなんかないってば。みんなの戦力になりたいだけ」
「戦力? 足手まといの間違いじゃなくて?」
顔をしかめて馬鹿にされ、アリスはムッと頬を膨らませて傍に寄るとギュッと腕をつねった。タグーは「いてて!!」と大声を出してすぐに彼女から離れて後退し、ジンジンと痛む腕を撫でながら不愉快さを露わにした。
「なんでつねるのさっ?」
「インペンドで踏み潰してやるわよ?」
ギロッと睨まれ、タグーは「うっ……本当にやりそうだ」と恐怖で顔を引きつらせたが、すぐに気を取り直して眉をつり上げ刃向かった。
「だ、大体っ、目的があやふやだろっ。ライフリンクのままでいいじゃんかっ!」
「……、ディアナに乗りたいの」
タグーはピタっと動きを止めて表情を消し、真顔で告げたアリスを真剣な目で見返した。
「……。アリス」
「クリスやフライには反対されてる。……タグーもどうせ反対でしょ?」
拗ねて口を尖らせ伺うと、タグーは「当たり前だ」と即答した。聞くまでもないだろ、と、どこか不愉快げに睨む彼に、それでもアリスはめげることなく首を振った。
「けど、乗るの。そのためにパイロットの資格をがんばって取ったんだから」
「がんばる方向が違いすぎるよ」
まるで不都合なことでもあるのか、拗ねながらも目を逸らす姿にタグーは呆れてため息を吐いた。
「わかってるはずだよ、ディアナに乗ったらどうなるか。……見てたんでしょ? セシル教官がどうなったのか」
「……。セシル教官の場合は積み重ねが祟ったのよ。たまに乗る程度だったらどうってことはないはず」
「駄目だよ。アリスには無理」
「……なんでなのよ? みんなして……」
「心配してるんだろ」
「だったらディアナに乗れるように改良してよっ」
まるで八つ当たりだ。
頬を膨らませて睨むアリスに、タグーもムッと眉をつり上げた。
「どうしてそんなにディアナにこだわらなくちゃいけないんだよっ。パイロットだったらインペンドでもいいだろっ」
「他にもいるじゃないっ」
「ディアナだって他にもいるかも知れないじゃないかっ」
「ライフリンクで一番優秀なのは今じゃ私よっ? 私しかいないわよっ」
「自惚れじゃんかっ!」
「なんですって!?」
堂々とケンカを始める二人を周囲のみんながじっと見つめる。だが、彼らの興味津々な視線など、今の二人には感じ取る余裕がなかった。
「自分でやってることがおかしいと思わないのっ? ハタから見てりゃおかしいことだらけだよっ」
「何がよっ? なにがおかしいのっ? パイロットになりたかったからパイロットの資格を取って、そうなったら誰だって個人機に乗りたいじゃないっ。私にはちょうどぴったりのディアナがっ」
「ピッタリじゃないって言ってンだっ!」
「ピッタリよ!」
「ピッタリじゃない!!」
「ピッタリ!!」
お互い引くことなく激しく睨み合う。
「この十年でどれだけ成長したかわからないけど、成長してなかったら大変なことになるんだぞ!」
「何言ってンのよ!?」
「バカ!! 無限大の力を吸収するディアナに乗ってみろよ!! キミは一度それで死にかけたじゃないか!!」
怒鳴るタグーの大声に、周りがしんと静まり返って息を潜める。
「キミは限度をわきまえないだろ!! セシル教官だってそうだった!! ギリギリまで力を使ったから死んだんだ!! それで誰かを護れても残される僕たちはどうなるんだよ!? わかるだろ!? セシル教官が死んでロックまで死んだんだから!!」
アリスは眼光鋭くグッと歯を食いしばった――。タグーは「……ハッ」と目を見開いて言葉を切ったが……その時は遅い。アリスは背を向けると足早に歩き出した。
「ア、アリスっ……」
「付いてこないで!!」
振り切るように怒鳴ると、そのまま彼女は不愉快さを露わに地面を踏みつけて歩いていく。タグーはまずそうに眉を寄せて伸ばした手を下ろし、がっくりと頭を落とした。
――なによなによ! なんなのよ!!
苛立ちを全身から噴きだして歩きながら、アリスは途中、木があるとバシッ! と平手打ちした。
みんなして!! ……みんなして、もう!!
怒りと悲しみが入り交じって、なんだか泣きたいくらいだ。
――タグーの言っていることがわからないわけじゃない。いや、彼が言っていることはよく理解できる。心配して言ってくれているんだということもわかる。過去、自分だってそういう感情を抱いたことがあったから。
けど、頭ごなしにダメって言わないでっ。最初っから無理だなんて、どうしてそんなことっ……。
「……あら、アリス」
ドスッドスッ、と、大股で歩いているうちにさっさと居住区画まで戻ってきてしまった。
地下シェルターに荷物を運び入れるノアの住人たちの中、森の向こうから歩いてくる姿に気付いたキッドが笑顔で近寄るが、彼女の険しい表情に少し身じろぎ、苦笑した。
「どうしたの? 怖い顔をして」
問い掛けられても何も答えられず、アリスは足を止めてじっと地面を睨み付けるだけ。拗ねているようにも見える彼女にキッドは少し笑って傍に寄ると、肩を抱いて木陰へと誘い歩き、そこに辿り着くと「ほら」と座らせてその横に自分も腰を下ろした。
「なんだかバタバタしちゃって大変ね。みんな大忙し。早くこんなことは終わればいいのに」
地下シェルターへ入っていく住人たちを目で追いながらため息混じりに愚痴をこぼすが、それでも優しい笑顔。
キッドは、山にした膝を抱いて爪先を置いている地面をじっと睨んでいるアリスを見て苦笑した。
「どうしたの? ……そんなに怖い顔をしていると、ジェイミーも近寄れないわよ?」
そっと教えられて顔を上げると、目の前、少し離れたところでジェイミーが行ったり来たり、こちらを見てウロウロとしている。キッドが笑顔で手招きするが、ジェイミーは足を止めてフルフルと首を横に振って、また困った顔でウロウロとし出す。
その姿を目で追いながらキッドは苦笑した。
「あの子、勘が鋭いのよね」
「……」
「タグーとケンカした?」
アリスが気まずそうに上目遣いで見ると、彼女はにっこりと笑った。
「私も勘が鋭いの」
「……だってっ、タグーもクリスもっ……」
すがるように勢いよく切り出したものの、すぐに口を尖らせて俯く。
悲しげな横顔にキッドは鼻から軽く息を吐き、笑みを絶やさないまま、まだウロウロとしているジェイミーを目で追った。
「クリスから聞いたわよ。セシルが乗っていた個人機に乗りたがってるって。そのこと?」
「……、はい……」
「フライからも話があったんじゃない?」
「……。あったけど」
ムスッと頬を膨らませるとキッドは少し笑った。
「私も反対」
「……。だから、みんなが心配してくれるのは嬉しいけど、私は別に馬鹿なコトしようってワケじゃないし」
「そうかな? ディアナに乗りたいって時点で、馬鹿なコトしようとしてるって思うわよ?」
笑顔で突っ込まれると、なぜかあまり口答えできない。いや、彼女の言っていることもわかるので反論ができないだけかも知れない。
「ディアナがどういうものかわかってるなら尚更。あなたは自ら自分の命を削ろうとしているんだから。それは賢い選択とは言えないわよね? 自殺行為よ?」
笑顔でなだめられ、アリスは膝をギュッと抱いて少し視線を落とした。
「……でも……。……乗りたい……」
「どうして? なぜそんなにディアナにこだわらなくちゃいけないの? セシルが乗っていたから? ……ロックがパイロットだったから?」
「……」
「あなたはどうしてそんなに二人を追いかけようとするの? あなたはあなたでしょ? あなたの進むべき道は二人を追いかけることじゃない。他にもあるはずよ?」
問い掛けを含んだ説得に、アリスは悲しげに目を細めるだけ。何も言えずに俯く姿に、キッドは間を置いて遠くを見つめた。その顔に笑みはない。
「ディアナは確実にあなたの体を蝕んでいくわ。……フライも、元気にしてるけど時々発作に襲われてる。……アポロンの超高速機動のせいで、今になって体に影響が出てきてるの。……呼吸ができなくなるほど苦しい思いをしているのよ」
アリスの目に段々と涙が浮かぶ。それをこぼさないようにと、何度も瞬きを繰り返す。
「……セシルだってそうだったんでしょ? ……あなたはそれを見ていたんだから、ちゃんと自覚しなくちゃいけないわよ。……命を縮めるのは愚かな行為よ。苦しむのはフライだけでいいし、それを見守るのは私だけでいい。……よく考え直して」
軽く背中を撫でると、腰を上げてそこからゆっくり歩き出す。すれ違うようにジェイミーが近寄ってきてアリスの前に立ち、俯くその頭を撫でた。
「あいう、あかないえ」
昨日覚えた言葉をもう忘れたのか、ぎこちない言葉を耳で受け止め、アリスは頭を撫でられながら背中を丸めた。
……乗りたい。どうしても。……乗らなくちゃいけない。……私、そんなに馬鹿なことをしようとしてる?
ジェイミーは「あー……う……。……んー……」と片言で何かを言う。
……みんなの言ってることはわかる。……きっと、みんなが言ってることの方が正しい。でも、それじゃ私……。……。……私――
ジェイミーはアリスの頭から手を離すと、腰を下ろして彼女の顔を覗き込んでフルフルと頭を左右に振った。まるで「そんなことない」と言っているよう。
アリスは軽く目元を拭い、不安げに見つめるジェイミーに寂しく微笑んだ。
……ムチャはしない。……大丈夫……。
「うぇー……、気分悪ぃ……」
「飲み過ぎだろ」
「どれだけ飲んだの?」
「……わかんねぇー。うぇぇー……」
涼しい風が吹く青空の下、異人の機体にゲートシールドを装着させるため、今日もエンジニアたちの手伝いに励むのだが、約一名、昨夜の酒が祟って二日酔いだ。
「……みんな、あれだけ飲んでおいて、なんで今日はへっちゃらなんだよー……」
「セーブすることを知ってるからでしょ?」
「……飲む時は飲まなきゃ駄目だろー……」
「酒に飲まれてどーすんだよ」
「……うっ。気持ち悪っ……」
座り込んで口を押さえるトニーに、ジュードは呆れてため息を吐くと、嫌そうに顔を歪めているロマノに顎をしゃくった。
「医務室に連れて行ってやれ」
「えーっ。もーっ」
ロマノは渋々トニーの肩に手を置く。
「ほら、トニー。連れて行ってあげるから」
「うえー。吐くぅー……」
「ンもー、ヤダー」
口を尖らしながら、「ほらっ」とトニーの腕を掴み、肩を貸して引きずるようにケイティに戻っていく。
ジュードは「ったく……」と部品をボルト止めしながら、隣で細かい組み立て作業を黙々と続けるハルに目を移した。
「んで、お前は昨日どこにいたんだよ?」
「……クロスの人たちと話をしてた」
手を止めることなく答えられ、ジュードは「こいつわー……」と目を据わらせた。
「またそんな単独行動して」
「……お前たち、盛り上がってたから」
「一言声を掛けて行けよ」
「……今度からそうする」
そう冷静に返事をされたが、口だけだとわかっている。
ジュードは「ま、いいや」とすぐに話を切り替えた。
「で? クロスと何話してたんだよ?」
「……この機体の動かし方を教えてもらってた」
さらっと答えられ、ジュードは顔をしかめた。
「なんだって?」
「……意外に簡単そうなんだよな」
「お前、何考えてんだ? なんでクロスの機体なんかに」
「……だってさ、このままじゃオレたち……パイロットなのにエンジニアだ」
油とドロにまみれた姿を見せびらかすように、ハルは大きく腕を広げてみせる。無表情だが、どこか拗ねているようにも見える姿にジュードはため息を吐いた。
「そりゃ仕方ないだろ。そういうお約束なんだからな」
「……いつまでそのお約束が継続できるかわからないだろ」
ハルは少しムッとしつつ、再び異人の機体の足下、取付金具用の部品を組み立てる。ジュードは辺りを見回すと、こっそりとハルに近寄った。
「……で、この機体って、どうやって動かすンだ?」
小声で訊かれてチラっと見ると、ジュードは不敵にニヤリと笑った――。
「……。……あの。……アリス?」
アリスは「ふんっ」とそっぽ向いた。
装甲車内、乗員待機所――。
タグーはがっくりと肩を落としてそこから出て行く。そんな彼を見送り、ガイは、壁に備え付けられている椅子に腰掛けてそっぽ向いたままのアリスへと顔を向けた。
「そろそろ許してあげたらどうですか?」
「……。許さない」
「タグーも反省しています」
「……許さないっ」
二台の装甲車でノアコアに向かっている。一台にクリスたち、そして二台目に調査に当たるエンジニアたち。そして彼らより先に警備のインペンドが一機向かった。
ガイは揺れる車内もなんのその、バランスよく立ったまま、ツーンと不愉快さを露わにそっぽ向いているアリスを見下ろした。
「アリス、タグーたちの話を聞くべきです」
「……聞いてるわよ」
「では、なぜ怒るのですか?」
「……怒ってない」
「では、タグーを許しますか?」
「……許さない」
淡々と返事をされ、ガイはもう何も言葉を発せずに、ただその場に立ち尽くした――。
「はぁぁ……」
「まだ怒ってるッスか?」
「……リタと同じくらい手強いよ」
「アリスさんッスからねぇ」
戻ってきた気配にカールは操縦しながら苦笑する。
タグーはその横の空いている座席にドサッと腰を下ろしてため息を吐いた。
「ホンっトに頑固なんだからさ」
「なんでオレたちの周りの女性って、こうも強いのが多いンスかね?」
「……それって、すごく屈辱的だよ?」
「……まったくッス」
「どれくらいで着きそうだ?」
司令室から出てきたクリスとフライスが覗き込むと、カールは「もうすぐッスよー」と陽気な声で返事をした。
「ノアコアに着いたら、まずはそこのクロスたちと話をしよう」
クリスが振動に体を揺らしながら切り出すと、「じゃあ」とタグーは彼を振り返った
「僕は一足先にエンジニアのみんなをノアコアの方に連れて行ってるよ。話を聞くより、みんなにはやってもらいたいことがたくさんあるし。……みんなで手分けしたらなんとかなるかなぁ……」
「テスターじゃ遮断されてる場所を見つけられないのか?」
「それができてたら苦労はしないよ。何度かやってるけど、一応、全部クリアなんだ」
「じゃあ、配線絡みじゃないんじゃないのか?」
「けど、他に壊されたところが見あたらないんだよね。ガイが壊したのはタイムゲートのところだけだし。そこもコンピューターの回路はクリアだった。ガンガンに壊されてたのに、だよ?」
意味がわからないよ、と言わんばかりに肩をすくめると、「ンそういやぁ」と、カールが目の前を見据えながら話に割り込んだ。
「ガイが言ってたッスよね。何かが引っ掛かるって。……ガイの記憶回路に断片が残ってるなら、クリスさんたちの力を借りてもう一度それを見てみるもの手かもしれないッスね……。当てにはならないッスけど」
「でも、それをするとガイは自分で何かを思い出さなきゃって必死になるから。あまりそれはしたくないんだ。メモリを見た時もずっとそうだったし……。責任感が強いからね」
「そうッスねぇ……」
結局答えは出ないのか、と、クリスは鼻から息を吐いてフライスを窺った。
「キッドたちの準備は? 大丈夫だったか?」
「クルーたちも手伝ってくれていたから、そろそろ終わるだろう。遠出しないように言ってある」
「そうか。しばらくは窮屈だけど、我慢してもらうしかないな……」
装甲車のフロントガラスに少しずつノアコアが映り、クリスはそれを見て目を細めた。
「……イヤな景色だな」
「この戦いが終わったら立て直すよ」
フライスが苦笑すると、
「フローレルさんが花畑にするって意気込んでたッスからねえ」
と、カールが少し笑い、タグーは「絶対やめて欲しい」と目を据わらせ呟いた。
――それから数分して到着すると、ノアコア前に装甲車を止め、それぞれが外に出てくる。
みんなの後に続いて、アリスもガイを引き連れ外に出て、改めてノアコアを見上げた。
天まで伸びる巨大な建物。その側には先に来ていたインペンドが立っているが、まるでおもちゃのようだ。
……嫌な雰囲気……。
開いている門の向こう、ノアコア内を見回そうとすると、なにかしら背筋をゾッと滑るものがある。他のみんなは感じないのか、エンジニアたちは興味津々にタグーの指示に従い、他の同行者たちはフライスの指示を仰いでいる。彼らは至って普通だ。
アリスは再びそっとノアコアを見回した。段々と心音が速くなり、「……きついな。……ここ」と思うほど。だが、それをあまりみんなに悟られたくはなかったので平然を装った。
「それじゃ、行こうか」
フライスの言葉でみんなが足を進める。ノアコアのその奥では、すでに数人の異人たちが笑顔で出迎えの準備をしているようだ。アリスも、みんなから一歩遅れて静かに足を踏み出した。――が、ノアコアの門をくぐって敷地に入った途端、頭に激痛が走り、「!!」と慌てて後退して額を押さえた。
傍にいたガイが「アリス?」と腰を曲げて肩を支える。
アリスは背中を丸めて両手で頭を押さえ、「くっ……」と顔を歪めた。
……なにこれ!!
脳裏に飛び込んでくる様々な映像。そして……悲鳴と大声――。
ふらついて今にも倒れてしまいそうなアリスを横抱きすると、ガイは「タグー」と先を歩く彼を呼んだ。その声に振り返るなり、タグーは目を見開いて慌てて走って戻ってきた。
「アリス!?」
戸惑いと驚きを含めた声に、歩き続けていたフライスたちも足を止めて振り返る。
ガイは困惑するタグーを見下ろした。
「アリスには負担が掛かるようです。……ノアコアに入ることは無理でしょう」
ガイの腕の中、顔を歪めて額を押さえるアリスをタグーは不安げに覗き込んだ。
「……大丈夫っ?」
アリスはなんとか目を開け、冷や汗を流しながら深く息を吐き、「……はは」と情けなく笑った。
「……ここ……ちょっと……無理」
「うん。いいよ、無理しないで」
タグーはアリスの腕を撫で、真顔でガイを見上げた。
「悪い、ガイ。装甲車の中にバギー積んでるから……」
「はい。では、また後ほど一人で参ります」
「頼むよ」
ガイはうなずくと、アリスを抱えたまま装甲車に戻っていった。タグーは不安げにその背中を見送り、フライスたちに近寄る。
「……どうした?」
フライスが訝しげに尋ねると、タグーは少し戸惑い目を泳がせた。
「何かを感じ取ってるみたい。……辛そうだったから」
「そうか……。やめておいたほうが無難だな」
小さくうなずいたフライスにクリスは首を傾げた。
「じゃあ、キッドたちが来ても?」
「いや。キッドやリタが来た時はそんなことはなかった。……アリスの方が力が強いのかも知れないな」
「だったら力の弱いライフリンクを連れてくれば良かったか……。アリスの力で、何かが解明するかもと思ってたんだが……」
「また今度、改めてリストアップして連れてきたらいいさ」
「そうだな……」
再びノアコア内に向かって歩き出し、途中でタグーとエンジニアは「こっちだから」とカールを連れて別れた。そして、フライスとクリスは奥の方で待つ異人の元へ。
フライスが「やあ」と笑顔で手を上げると、待ち構えていた異人はにっこりと笑顔を見せた。
「こちらが今のクロスの指揮官のジャド」
「初めまして。クリス・ロバーツです」
フライスに紹介されて、クリスは笑顔のジャドと握手を交わす。人間の年で言うと50代だろうか。笑うと目尻や口元にしわが寄る。
「長旅、ご苦労様です」
ジャドは「さあどうぞ」と、ノアコア内の先にある小屋へと二人を通した。彼の自宅のようで、様々な家具が揃えられていて、フライスたちが住んでいる居住区画よりも作りが豪華だ。そして、室内を見回すと“地球製”らしきものがたくさん存在している。ノアの番人の“置き土産”か――。
リビングに通して二人に椅子を勧め、彼らが座ると自分も対面の椅子に腰掛ける。落ち着いたジャドを見て、フライスは早々に切り出した。
「彼らがつい先日、タイムゲートに襲われたらしいんだ」
ジャドは温かい飲み物を用意し掛けた手を止めて目を見開いた。
「よくご無事でしたな……」
「以前のデータがありましたから、それを元に防御策を練っていたんです。まだ試作の段階だったんですが、うまく逃げ切ることができました」
「そうですか。それはよかった……」
ジャドは安堵の表情で数回うなずく。
「しかし……、宇宙ではまたそんなことが起こっているのですな。ヒューマもいったい何を考えているのか……」
「何か手立てはないものですか?」
三人分のカップを用意するジャドに、クリスが少し身を乗り出した。
「ここにもいずれ、ヒューマが何かを仕掛けてくると思うんです。話し合いができれば一番いいんですけど、相手が相手だけに、それが可能かどうか……」
「そうですな。……ヒューマが素直に我々の言葉を聞くとは思えませんな」
ジャドは飲み物を用意する手を止めて、顎を触りながら視線を落とし考え込んだ。
「いったいヒューマは何がしたいのか……。我々としてもそれは疑問なんです。先の戦いにて生き延びたものの、なぜ生き延びることができたのかさえ不思議で。……ヒューマが本気になれば、我々など虫ケラに等しいはずなのに。話し合いができるようなら、我らが間に立ってその場を取り持つこともできるのですが……」
「ヒューマとはまったく話し合う余地はないのでしょうか?」
「全くないとは言えないでしょう。……彼らが地球人……ノアの番人たちに力を貸したことを思えば、何らかの良心たるものが存在するはず。……我々をここに生かしているのもそのひとつなのかも知れません。……まったく……考えがつかめませんな」
ジャドは不可解げに小さく首を横に振る。
フライスは訝しげに腕を組んだ。
「しかし……ジャド。このままにして置いたら、いずれはここにも何かが起こる。そうなる前に何かを考えないと」
「……そうですな……。……ヒューマが現れたら、なんとか掛け合ってみましょう」
「危険はないんですか?」
「危険は承知の上です。しかし、それで道が開けるのなら……何がなんでも掛け合ってみますよ」
クリスに顔をしかめられたジャドは、にっこりと笑ってうなずいた。
――その頃タグーは、エンジニアたちをノアコアに導くと早速地下六階へ。すべてをぐるりと案内したいところだが、あまり時間の猶予はない。それでも彼らは興味津々な目で辺りを物色した。タグーの説明もおとなしく聞いて、自分たちが何をすべきかを彼らなりに把握し、そして手際よく作業に掛かる。
「タイムゲートの動力源が、この組織自体の動力だったってコトはないですか?」
エンジニアの一人がコンピューターをバラしながら遠くから声を掛けると、タグーは彼を振り返って軽く首を振った。
「タイムゲートの動力は完全に孤立してる。そのためだけに使われてたみたいだよ」
「発電所みたいなところは?」
「ノアコアの一階にある。そこで環境機構も動作されているから。あとで連れて行くよ」
それぞれ、「ここだ」と思われる場所を丁寧に調べ上げていく。彼らを見回しながらカールはタグーに近寄った。
「これで何か見つかればいいンスけどね……」
「……早く何かがわかることを祈るよ」
タグーは集中して作業に当たるエンジニアたちをすがるような目で見つめた。
「大丈夫ですか?」
「……なんとか……。……けど……。……はぁっ」
ノアコアから離れると、だいぶアリスの顔色も戻ってきた。しかし、かなりの体力を消耗したのだろう。ぐったりとシートにもたれたまま、そこから動けない。
バギーを走らせながらガイはアリスを窺った。
「しばらく休まれた方がいいかと思います」
「……それは大丈夫。……あそこで死んだ人たちかな……。ものすごく強いものを感じた。こんなのって初めて……。どんなに騒々しいところにいても、ここまで酷いコトってなかったのに……」
「コアに霊力を吸い取られた彼らの残留エネルギーを直で受け止めてしまったのではないですか?」
「……かもしれない。……ただ……」
アリスはぼんやりと目を細めた。
「……なんだろう。……助けを求めるような感じでもなかったような気が……」
「とは?」
「んー……、上手く言えない。……悲しみ、……怒り。……絶望。……、ああ、複雑」
アリスは軽く首を振って額を押さえた。
「……もう一度行ったら……もっとわかるかな……」
「それは危険では?」
「……さっきは油断していたから。……次に行く時、こうなるってことをわかってれば、自分で制御できるから」
「しかし、無理はしないでください」
「……うん。……わかってる。……ありがとう」
小さく礼を告げて目を閉じる。そんなアリスを隣に、ガイは真っ直ぐバギーを走らせた。
そして、ノアコアを出てから十数分後――。
ケイティの側にバギーを止めて降りると、助手席側に回り込み、ドアを開けた。
「立てますか?」
「……うん、大丈夫……」
とは言うものの、降りたバギーに掴まり、車体にもたれる。
歩けそうで歩けない。そんな姿に見かねたのか、ガイは断りなくヒョイと横抱きした。しかし、アリスは抵抗もしない。
「キッドたちの元に行きますか?」
「……ううん。心配かけるから。……どこかでゆっくり休む」
「ケイティに入りますか?」
「あー……うん。……ちょっと栄養剤を打ってもらうわ……」
「その方が賢明ですね」
「……ガイ、いいわよ。一人でいけるから」
抱き上げたままケイティに向かおうとしたガイの横顔を申し訳なさそうに窺う。
「それよりタグーたちのところに戻ってあげて。……ガイがいないと、何しでかすかわからないし……」
「アリスを運んだ後に行きます」
「……一人で行けるってば……」
ガイは有無を言わさず歩き出す。苦笑気味にこちらを振り返るクルーたちの視線を感じながら、アリスは深く息を吐いた。
ケイティの中に入ると真っ直ぐ医療施設に向かい、診療室で栄養剤を打ってもらう。
アリスは付きっきりのガイを見上げた。
「ガイ、もういいよ」
「ご無理はなさらないように」
「わかってる。ひと眠りして、あとはみんなと一緒に外で作業するわ」
「わかりました。何かあったらキッドのところに行ってください」
「うん」
笑顔でうなずくと、ガイは「それではよろしくお願いいたします」と男性医務官に挨拶をして診療室を出た。
「心配性なロボットだね」
医務官が機具類を直しながら苦笑すると、アリスも少し笑って「ホントに」とうなずいた。
「ベッド、借りてもいいですか……?」
「ええ、どうぞ」
と、すぐに脇に並ぶひとつのベッドのシーツを整えてもらい、アリスはそこに近寄るとトスンっと腰を下ろし「……ふう」と深く息を吐いて肩の力を抜いた。
「すみませんけど、総督たちが帰ってきたら起こしてもらえますか……?」
「わかりました。ゆっくりと眠ってください」
笑顔で間仕切のカーテンを静かに閉める。アリスは小さく息を吐くとベッドに上がり、布団を引っ張ってそのまま丸くなった。
……それからどれくらい経ったか。
数時間後のケイティ内監視塔――。
数名のオペレーターたちが、張り巡らしたセンサーの情報と、監視で飛び回っているインペンドから送られてくる情報をチェックして整理している。
「半径500キロ内、異常なし」
「大気圏外異常なし。随時監視を続けます」
チェックし終わったデータを声にするオペレーターたちの言葉に、この監視塔の責任者であり副艦長のアーニー・ハドソンはうなずきながら、自分のコンピューターデスクに映る情報をチェックする。
「大気圏外のインペンドに小惑星の確認を」
「了解」
「南西方向インペンド、ナンバー16との交代要員、出撃します」
「副艦長、サブレット軍艦より戦闘機の非常事態配置確認要請出ていますが?」
「データを回して」
「了解」
総督であるクリスがいないため、全責任を彼女が負わなければならない。とは言っても、副艦長として選ばれただけあってそれだけの実力は備えている。元オペレーターの強みでもあるのだろうが。
データのやりとりを繰り返しながら、各艦隊に指示を出す。淡々と過ぎていく時間。
……今日は何事もなく終わりそうだ、と半ば心の中で思っていた。――だが、そういう時に限って突然の事態が降り掛かるのだ。
「……副艦長、大気圏外インペンド、ナンバー39からのデータで、隕石群らしき影をキャッチしました」
「規模は?」
「小隕石のようです。軸道は外れています」
「監視を続けて。危険区域内に入るようなら、警告信号を鳴らすように」
「了解」
「……。副艦長、恒星の影から不音電波を捕らえました」
アーニーは顔を上げて訝しげに眉を寄せた。
「信号式は?」
「不明です。……恒星の影響により途切れ途切れですが、微少な電波が届いています」
「……どうしましょう?」と、戸惑うような、問い掛けるような空気を感じ、アーニーは少し視線を斜め下に置いて考え込んだ。
どこかの艦隊の“残骸”の可能性もある。ただでさえまだ準備に追われている状況だ。そんな中、未確認な物体に対して警戒令を出せば、数少ないクルーたちの負担にもなりかねない。どうするべきか――。
アーニーはじっと考えていたが、顔を上げると真顔で告げた。
「全艦警戒令を。総督に至急連絡を入れて。全責任は私が負います」
オペレーターたちは少し目を見開き、「……了解!」と慌ただしく動き出す。アーニーもすぐに出撃許可のパスコードを入力し、顔を上げた。
「表に出ているクルーに艦内待避。戦闘クルーに集令。準備でき次第搭乗許可を」
「了解しました!」
「警戒に出ているインペンドを至急呼び戻して、艦隊、ノアコア、居住区画の保護命令を。ゲートシールドチャージ準備」
「了解」
何事もなければいい。思い過ごしなら……。けれど、何かあってからでは遅い。オペレーターたちが各クルーに通達を行い、アーニーも上官たちからの戸惑う連絡に対応していると、オペレーターの一人が顔を上げた。
「副艦長、恒星からの電波は衛星であることが判明しました」
どこかホッとしたような声に、周囲のみんなも「……よかった」と安堵のため息を漏らす。アーニーも内心ホッとし、「それじゃあ、誤報だと通達しなくちゃ……」と落ち着いた表情で苦笑し合うオペレーターたちを見回した、その時――
「副艦長! インペンド、ナンバー7からのデータです! 在籍不明の機動兵器確認!!」
アーニーはすぐさま警告ボタンを押す。艦内一斉に非常灯が点滅して、警告音が鳴り響いた。
「屋外の作業員、一般人を直ちに避難!!」
「了解!!」
「インペンド出撃準備でき次第、上空にて待機!」
「了解しました!」
「非常事態発生! 非常事態発生!! 戦闘員は直ちに出撃庫に集合せよ!!」
「インペンドの情報は!?」
「在籍不明機動兵器、およそ三十体!! 小型戦闘機……二十機以上はいる模様です!!」
「大気圏外インペンド、ナンバー39からのデータ解析! 隕石群ではありません!! すべて小型機です!! 数は……百機以上!!」
戸惑う声にアーニーは愕然と目を見開いた――。
その頃、突然の警報にアリスは目を見開いてガバッ! と起き上がり、布団を捲るなりカーテンを開けた。
「どうしました!?」
「まだわかりません!」
医務官も焦りの色を浮かべて右往左往している。
【非常事態発生! 非常事態発生!! 戦闘員は直ちに出撃庫に集合せよ!! 繰り返します!!非常事態発生!! ノア上空、大気圏外にて在籍不明機動兵器確認!! 戦闘準備に入ります!!】
アリスは顔を上げると舌を打った。そして走り出そうとして医務官に捕まえられる。
「アリス教官! ムチャをすると体に!」
「大丈夫! ……パイロットとして出るから!!」
恐ろしいほどの形相で睨まれ、医務官は問い詰めることもできずに「は、はいっ」と堅い返事をして手を離す。解放されたアリスは「ありがとう!」と礼を告げて走ってそこを出た。
艦内に響き渡る警告音に併せて走り回るクルーたちも尋常じゃない。異人の機体にゲートシールドを装着する作業だって始めたばかりで終わっていないのに、無防備な機体が並ぶそこにもし攻撃でも仕掛けられたら、それこそ今後の戦闘に影響を与える。
「なんなんだ!! いったい!!」
ケイティの外周、突然の非常事態にクルーたちが大慌てでそれぞれの艦に走っていく。
ジュードはそれらを見回して「くそっ!」と戸惑い気味に吐き捨てると、走り回るクルーたちの間、空を見上げるハルの腕を掴んだ。
「ハル! 行くぞ!!」
「……。……あれ、……なんだ……?」
見開いた目を少しも逸らさない彼に「はっ?」と顔をしかめ、視線を追って空を見上げた。
愕然と見つめる二人のその先に、無数の影が空からゆっくりと現れだした――。
その光景は誰もが目にしていた。そして、信じられないほどの数に息を飲む。「なんて数なんだ……」「……こんな数を相手にはできない」と。
騒々しさも頂点に達する監視塔。司令塔に赴けないまま、アーニーは険しい表情で舌を打った。
クリスもフライスもいない時に……!
「ノア上空、敵機出現!! 停滞しています!!」
「急いで総督に避難するように連絡をして!!」
「了解!!」
アーニーは焦りを浮かべて上空を映し出すモニターを食い入るように見つめた。
……まさか……総攻撃を仕掛けてくるつもりじゃ……!!
「総督!! 大変です!!」
装甲車に残っていたクルーが血相を変えて走ってくる。敬礼も何も無しに大慌てで駆け込んできた彼を、クリスとフライス、そしてジャドが振り返った。
「敵機が上空に!!」
クリスは目を見開き、すぐに建物から外に出て空を見上げた。その後からフライスとジャドも出てくる。
「副艦長が至急避難するようにと!!」
「ケイティは!?」
「戦闘態勢に入っているようです!!」
クリスは舌を打つと装甲車に走っていく。フライスは表情を険しく、ジャドの背中を押した。
「被害のないところに身を潜めるんだ!」
「わかりました!」
ジャドは急いでシェルターに向かう。
フライスは通信機を手にとって手早くそれを打った。
――その頃、地下六階で作業を続けていたタグーは、腰にぶら下げていた通信機の反応を確認し、ONのスイッチを入れた。耳にはめている翻訳機と無線で繋がり、すぐに焦るようなフライスの声が飛び込んでくる。その内容を聞いて、タグーは大きく目を見開いた。
「わ、わかった!! そっちも気を付けて!!」
タグーの驚きにも似た声に、その場にいたみんなが顔を上げる。
「どうしました?」
通信機を切ると、近寄ってきたガイを見上げた。
「敵機が現れたらしい!!」
タグーはそう答えると、ざわつくエンジニアたちを真顔で見回した。
「ここから出よう!! 一階にシェルターがある!! 急げ!!」
「こっちッス!!」
カールが機材をそのままに誘導を開始し、エンジニアたちも作業を放り出して慌てて彼の後を追う。タグーとガイも彼らと一緒に地上へと戻り、シェルターへと身を潜めようと建物内を走っていたが、ふと、ガイは通路の窓から外を眺め、顔を上げた。
「……数が多いですね」
ガイのその言葉に、タグーも走りながら空を見上げ、愕然と目を見開くと段々と足を緩めて立ち止まった。
「……なっ……。……なに……これっ……!」
――空を覆い隠すほどの小型機の数。遠い空だからか、まるで小さな虫が群れているようにも見える。だが、そんな虫などこの疑似惑星にはいない。
動き出す様子のない大群……。だが、まるで威圧しているようにも感じる。
「急げ!! モタモタするな!!」
「第三ハッチ、出撃準備OKです!!」
ケイティ内、機動兵器格納庫――。
急いで来ると、すでに準備の整ったインペンドが数カ所設けられた出撃口から飛び出している。
「アリス……!」
息を切らして険しい表情で辺りを見回す彼女の姿を見つけて、戦闘服を着込んだメリッサが駆け寄ってきた。
「あなた、さっき医務室に運ばれてたんでしょ!? そんな体で乗るつもりじゃないでしょうね!?」
ガイに運ばれる際、外には多くのクルーたちがいた。様子を見ていたクルーたちからの情報だろう。苛立ちと不安を交えた目でジロジロと見られ、アリスは息を整えながら軽く首を振った。
「パイロットとして乗るから大丈夫よっ……」
「何言ってるの!? この前やっと合格できたばかりでしょ!?」
「それでもいないよりかはマシじゃない!」
「死なれた方が迷惑よ!!」
怒鳴られて、アリスはムッと眉をつり上げた。
――その頃、監視塔では未だ騒々しさが続いたまま、オペレーターたちが情報収集と伝達に暮れている。
「副艦長!! 敵機、微動だにしません!!」
「インペンドよりデータ回収!!」
「屋外のクルー、避難完了!! ハッチを閉めます!!」
「インペンド、そのまま待機!! 敵機の出方次第では攻撃を開始する!! ゲートシールド、パワーは!?」
「チャージ率、70!!」
「対光弾シールドを半径50キロ内にてディスチャージ!!」
「了解!」
アーニーは額から一筋の汗を流した。見つめるモニターには無数の影が映り、ただ上空に停滞している。
……なんなの!? ……何かを待ってる!? こっちの出方を窺ってる……!?
「……副艦長! ……どうなさいますか!?」
「各艦より指示を要請されています!!」
「……待って! ……先に仕掛けては駄目よ!!」
「しかし!!」
「命令よ!! そのまま待機!!」
「……了解!」
――それぞれの外部モニターに微動だにしない無数の敵機が映っている。「待機」と言われたものの、その間の緊張感がたまらなく心臓を締め付ける。呼吸困難に陥りそうなくらいだ。
静まり返るノア……。空は晴れ渡り、穏やかな風が吹き抜ける。……とその時、見慣れない敵機動兵器が動き出した。ほんの数体、ゆっくりと群の中から出てくる。心の中で「もしかしたら……」という希望が膨らみかけた。
もしかしたら話し合いの場を持ち掛けたいのかもしれない、と。だが、それは次の瞬間、見事に打ち砕かれた。
「!!」
突然、敵機動兵器が攻撃を仕掛けてきた。搭載していたミサイルを威嚇するかのように発射し、それがシールドに当たって爆発。その衝撃と閃光にオペレーターたちが小さく悲鳴を上げた。
アーニーは突然のことに目を伏せ、舌を打って顔を上げた。
「攻撃開始!!」
「り、了解!!」
「敵機拡散!! 応戦します!!」
「被害状況の確認を!!」
「了解!!」
アーニーは崩した体制を整え、外部モニターの向こう、迎え撃つために飛び立つインペンドの姿を凝視した――。
敵機の威嚇攻撃は、機動兵器格納庫にも伝わっていた。状況がわからないままだった戦闘クルーたちは、突然の衝撃に「うわ!」と驚きながらも踏ん張る。
アリスは揺れた足下に体勢を崩しながらメリッサに掴まった。みんなよりも脆くよろける彼女の腕を掴み、メリッサは焦るように顔を上げると戸惑うアリスの顔を真顔で覗き込んだ。
「アリス! どこかに避難した方がいい!」
アリスはメリッサに掴まったまま、悲痛な顔で首を振った。
「何言ってるの! 私も出る!!」
「言うことを聞きなさい!! 死にたいの!?」
険しい剣幕で怒鳴るメリッサに、「っ……」と言葉を詰まらせた。
外では爆撃音が方々で響き出し、インペンドも次々と出撃していく。
メリッサは悲しげに目を泳がせるアリスの肩を強く掴んだ。
「いいっ? ……あなたの死に場所はこんなところじゃないのよっ? ……死に場所はここじゃないし、今じゃないっ」
「……わかってるっ……」
「わかっているなら、今は耐えなさいっ」
悔しそうに視線を落として俯くアリスにメリッサはまだ何かを言おうとしたが、「……無事を祈ってて」とグッと肩を掴むと、機体に向かって走っていった。
上空に停滞する小型機はほとんど動かないが、敵機動兵器たちが十機ほど機敏に動き、インペンドを相手に飛び回っている。インペンドが奮う鉄剣を素手で受け止めてしまうところを見ると、かなり装甲は丈夫なのだろうということがわかる。いや、そもそもインペンドではパワー不足なのだろう。つまり、剣での攻撃は無意味だということだ。「それなら銃弾攻撃だ!」と光弾銃を手に放つと、今度はそれをすっと避けられ、弾はかすめることなく地上で爆発を起こす。
敵機がスピード重視だということは前の戦いで充分承知だ。しかし、今はインペンドでなんとか防ぐしかない。異人の機体は皆、整備途中だ。避難している異人たちも歯がゆい気持ちで見守るしかなかった。
――だが、ここに“無謀な企み”を試みようとするクルーが二人……。
「……っ!」
爆撃の振動が地面を伝いコクピットまでやってきて、思わず体勢を崩しそうになり足を踏ん張らせ、顔を上げた。
「……コード、……ハル」
足下のスイッチを入れると、パッと周囲にホログラフが浮き上がり、自分の体に薄い光がまとう。
ゲートシールドも装着していない、まだ無防備な異人の機体。中途半端な整備状態だったが、「これなら動かせそうだ」と見た目で判断した機体を選んで乗り込んだ。
インペントじゃ敵機に追いつけないというのは、過去の情報でわかっていた。異人の機体なら太刀打ちできることも。そしてその機体は人間でも乗りこなせることも。
《ハル! 行けそうか!?》
内線モニターにジュードが映り、ハルは顔を上げるとうなずいた。
《よし! ……こんなトコで死ぬなよ!?》
「……おまえもな」
《オレを誰だと思ってンだよ! 先に行くぞ!!》
モニターの映像が消える。
ハルは無数に飛び交うホログラフを見つめると、「……よし!」と真っ向からそこに飛び込んだ。
「状況は!?」
《敵機の数が多くて掴めません!! 苦戦を虐げられてます!!》
ノアコアの側に泊めている装甲車内。アーニーの戸惑う声に、クリスはデスクに手を突いて焦りの色を浮かべた。
「オレたちもすぐに戻る!!」
《今戻られるのは危険です!! 避難していてください!!》
近くにミサイルが落ち、閃光が車内に入ってくる。大きく響く地面に体勢を崩さぬよう、クリスはデスクに掴まった。
「――うわぁ!!」
シェルターに入る手前、とうとう戦闘になってしまった上空を見つめていると爆風で窓ガラスが割れ、タグーは咄嗟に腕をかざした。その前にガイが盾となり、彼に傷を負わせないように庇う。
タグーは「くそ!!」と腕を振り下ろし吐き捨ててガイを見上げた。
「アリスたちが心配だ!! 戻らなくちゃ!!」
「今は無理です。外に出れば間違いなく爆撃の餌食となります」
「そんなこと言っても!!」
「戦闘員の方々を信じるしかありません。今わたしたちにできるのは、生き延びることです」
「……アリスたちは!?」
今にも外に飛び出しそうな勢いの彼を、ガイは有無を言わさず片腕で抱え上げた。
「ガイ!!」
「シェルターへ避難します」
「降ろせ!! 帰らなくちゃ!!」
肩に担がれて暴れる間も、まだ爆撃が続き、窓をなくした壁がその振動に共鳴する。ガイは急いでカールたちが身を潜めるシェルターへと暴れるタグーを運んだ――。
「インペンド数機被弾!! 機体回収機を出します!!」
「敵艦より新たな機動兵器出撃確認!!」
「……!!」
アーニーは「クッ……!!」と拳を握りしめた。インペンドじゃまったく歯が立たない。わかっていたことだが、このままじゃ防戦一方だ。
しかし、それにしても……。
無数のモニターに目を向けながら、アーニーは怪訝に眉を寄せた。
敵機の行動がおかしい。確かに戦闘は繰り広げられている。だが、その割には総攻撃も仕掛けてこないし、インペンドに対して致命傷となる攻撃も仕掛けてこない。
……試されているのか? と、疑問が脳裏を過ぎった。
こちらがどれほどの攻撃力を持っているのか、どれほどの防御力を持っているのか。
ならば、手の内をすべて見せるわけにはいかない。異人の機体が出ていないのは幸いか――。そう思った瞬間、
「副艦長!! ……異人の機体です!! 二体出撃しています!!」
オペレーターの戸惑う声に、アーニーは大きく目を見開いて眉をつり上げた。
「誰が許可したの!! 搭乗しているのは誰!!」
「すぐに調べます!!」
アーニーは「チッ……」と舌を打った。
「こンのやろー!!」
ジュードは拳を振り上げてホログラフとして映る敵機体に攻撃を仕掛けるが、思った以上に相手は素早くそれを避け、そして逆に攻撃を仕掛けてくる。
……なんてスピードなんだよ!!
パイロットとしての腕には自身はあった。たとえ異人の機体だとしても“喧嘩慣れ”をしている分、有利だと思っていた。しかし、現実は違う。
ジュードは動き回らなくちゃいけないこの機体の中、汗を流し息を切らしながら敵を追いかける。
「くそ! こいつら!!」
とにかく逃げるスピードが速い。
ジュードは素早く足下にスイッチを押した。腰元にブンッ、と光の剣が現れ、それを掴み引き抜いて構えると、勢いよく敵機に斬り掛かった。
――溢れるように出てくる敵機。インペンドたちが一斉に繰り出し応戦するが、敵機の機体の性能が良いため、スレスレで攻撃を交わされてしまう。そして交わされた後、逆に不意を付かれて軽く“叩かれる”。
地面に戻ってくる機体。激しい爆撃と、目を痛める数々の閃光。シールドで光弾を防いではいるものの、その衝撃は避けられない。
アリスは格納庫内クルー待機室の強化ガラスから焦りの色を濃くして空を見上げた。
……敵機の数が減らない……!! ……このままじゃ……!!
気持ちばかりが焦る。
……このままじゃあいつらには勝てない!! ……みんなが死んでしまう!!
うろたえるように辺りを見回すと、戦闘クルーのほとんどはすでに出撃済みで、残りはエンジニアたちが懸命に帰還してきた機体の修理にあたり、そして回収をし、怪我をしたクルーを運び出している。
……このままじゃ。……このままじゃ……。
視線を泳がせて呼吸を荒くしていたが、気を落ち着けようと、目を閉じて深呼吸をした。
響く爆音、閉じた目の奥にまで入ってくる閃光――。
――大丈夫。……きっと大丈夫。
そっと目を開けるとゆっくりとひとつ深呼吸をし、顔を上げて走り出した。エンジニアたちの間を抜けてそこに向かう中、クルーたちもあまりの忙しさに誰一人として彼女の行動に見向きもしない。機体の後ろに回ると、コクピットまで続く小さなはしごを登った。
マニュアルなんか見なくったって……そんなものなくったってできる。きっとできる。……ロックだってマニュアル無しであの時グランドアレスを動かした。……私にだってできる。
懸命に登るとやっとコクピットまで辿り着き、手動でハッチを開ける。その時にようやく機体の下にいたエンジニアたちが人影に気付いた。
「なにやってるんだ!!」
誰かが怒鳴るが、アリスはそのままコクピットへと乗り込んでハッチを閉め、シートに座ると手早くシートベルトを締めてコクピット内を見回した。複雑な作りをしているかと想像していたが、とてもスッキリとしていて手応えがない。
……機動スイッチ……機動スイッチは――。素早く視線を動かし、それを見つけるとスイッチを入れる。パッとコクピット内が明るくなった。
「……燃料……。……ちょっと入ってるか。……あと……」
手慣れない作業で慌ただしく目と手を動かしていると、
《アリス!! 何をやっているの!!》
と、内部モニターにアーニーの怒り顔が映った。どうやら内線のスイッチも入れてしまったようだ。それでも彼女に目を向けることなく手を動かす。無視をされたことが余計に気に食わなかったのだろう、アーニーは《アリス!!》と強めに声を張り上げた。
《勝手な真似をするんじゃないわよ!!》
「……燃料はなんとかいけます! ……これ……エンジンスイッチは!? どこ!?」
《出てきなさい!! あなたには操縦は無理よ!!》
「……あった!」
ボタンを押すと、機体の足下にいたエンジニアたちが「逃げろ!!」と慌ててそこから走り出す。
アリスは複数のゲージが現れたパネルを見て、機体のチェックを入れようと目を這わすが――パワーが上がらない。何か入れ忘れているのかと、焦って辺りを見回す。
《アリス!! パイロットの免許を剥奪するわよ!?》
脅されるが、それでもアリスの目と手は止まらない。……と、その時、キョロキョロと動かしていた目が留まった。コクピット内の至る所に丸い吸盤のようなものがある。それに手を伸ばし、掴み取って引っ張るとコードが伸びた。
……これ、パワーカプセルの中にあるコードだ。――そうか! これは私自身の力を動力源にするのか!!
理解すると素早くコードを引っ張り、体の至る所に密着させる。
《アリス!!》
コードを自身に一体化させると、大きく息を吸い込んでグッ! と力を入れた。その瞬間、グンッとゲージが上がっていく。
アリスは「……よし!」と心の中でうなずいて顔を上げた。
「……ディアナ、出ます!!」
《よしなさい!! 死にたいの!?》
アーニーの制止を聞かずに操縦桿を引いた。
「くそ!! 逃げろ!! 踏み潰されるぞ!!」
動き出したディアナの下、クルーたちが慌ててそこから離れる。ディアナは、ズンッ、ズンッ! と一歩ずつ確実に足を踏み出していく。
……できる。大丈夫。……ほら、普通に動かしてる。……こいつは私の意志で動いてくれる。……私の力で……、……私の力で誰かを護れる。
《アリス!! やめなさい!!》
「……アリス・バートン、行きます!!」
アリスはディアナを出撃口まで走らせ、クルーたちの悲鳴を足下に、勢いよく戦場へと飛び出した。念を込めて操縦桿を引くと、ディアナはグンッ! と空へ向かう。
艦内のモニターやガラス越しから見ていた以上の凄まじい光景に一瞬息を飲んだ。だが……
「……行くよ! ディアナ!!」
インペンドたちが攻防を続けるそこへと突っ込んだ。
「――誰か!! ディアナをカバーして!!」
監視塔で外部モニターを見守るオペレーターの数名がディアナの登場に小さな歓喜の声を上げたが、止めることができなかったアーニーは気が気じゃなく堪らず叫んでいた。
ディアナの出現に、報告もなかった味方の機体が一瞬動きを止める。
《誰だ!! 乗ってるのは!!》
《誰なの!?》
外線スピーカーからそれぞれの声が聞こえてくる。だが、それに答えることなくアリスは外部モニターに映る敵機を睨み付けた。
……反撃――。
操縦桿の横にあるレバーを押し下げるとディアナの背中のミサイルコンテナが羽を開く。アリスがカッと目を見開くと同時にコンテナから無数のミサイルが発射され、蜂の大群のようにそれは群をなして飛び交った。それらは味方機の間をすり抜け素早く逃げる敵機の後を追い、確実に仕留めていく。「うおぉーっ!!」と喜ぶような声がスピーカーから響いた。
《やったぜ!!》
《すごい!! 見ろよ!! 敵機が落ちていく!!》
アリスは小さく息を吐いた。そして、
「被弾した敵機に留めを刺して!!」
《了解!》
《わかりました!!》
それぞれから嬉しそうな声が届く。
アリスは帯刀していた光剣を引き抜くと、力を込め、素早く動く敵機に負けないほどのスピードで斬り掛かった。ガキィィーン! と受け止められるが、装備していた弾道ミサイルを発射して敵が怯んだ隙にその脇腹を切り裂く。そして、また身近な敵機に斬り掛かる。斬り掛かりながら、再び羽を開いてミサイルを発射。それは味方機たちを絶対に射抜くことなく、敵機だけを確実に打ち落としていく。そして傷を負って動きの鈍った敵機に、インペンドが留めを刺す。
味方機が狙われるようなら、ディアナは素早くそこに回り込み、逆に攻撃を仕掛けて味方を庇った。
その様子を見ていたオペレーターたちが歓声を上げた。
「すごい!! ディアナ!!」
「敵機の数が減ってます!!」
「敵艦より出撃していた機体が戻っていきます!!」
アーニーは嬉しそうに言う彼女たちの声を聞きながら、ぐっ……と拳を握りしめた。
……あンの……馬鹿!! どいつもこいつも勝手に!!
と、怒りを露わに眉をつり上げていると、通信が入りONにした。
《ディアナが出ている!! 誰が許可をした!!》
怒鳴るクリスの声に、聞こえていたオペレーターたちはドキッと肩を震わせ、アーニーは不愉快さを露わに身を乗り出した。
「誰も許可なんてしてません!! 勝手に出て行ったんです!! マニュアルも見ていないくせに……もう!!」
《チッ……》と舌を打つ音と同時に苛立つ気配も漂ってくる。
《戦況は!?》
「……、ディアナ出撃で有利に動いているようです!」
認めたくはないが、それも事実。呆れて吐き出すと、《……ったく!》と、どこかを叩き付けるような音が聞こえた。
《インペントを保護用にこちらに向かわせてくれ!! そっちに戻る!!》
「わかりました!」
どこか投げやりに答えて通信を切ると、その旨をオペレーターに告げて外部モニター、敵機に果敢に挑むディアナを目で追った。
「――誰か被弾したクルーを助けてあげて!!」
《了解しました!!》
《インペンドナンバー22、向かいます!》
アリスは指示を出しながら敵機に何度となく攻撃を仕掛ける。
今までとは違う機体に敵機も怯んだのか、ディアナから離れて別のインペンドへと向かいだし、「そうはさせない!」とアリスは操縦桿を引き、力を込めた。グンッ! とスピードを上げて敵機の前に回り込み、攻撃を仕掛けて切り落とす。その後で助けられたと気付いた機体のクルーが《すみません!!》と一言礼を言って、別の敵へと仕掛けるべく移動を開始した。
アリスは外部モニターを睨み付けた。――映るのは敵艦。
……アレさえ撃ち落とせば……!!
何かいい武器はないかと視線を動かすと、
《……あんた、何やってんですか》
スピーカーからの声にアリスは顔を上げた。……ハルだ。
「キミこそなにしてるの!? インペンドに乗ってるの!?」
《……クロスの機体です》
「危ないわよ!!」
《……それはこっちのセリフでしょ。ディアナは無理だって言ったのに。……あんた、後で一発殴ります》
そんなことはどうでもいいのよ!! と、アリスは言葉を無視して目を動かしていたが、敵機が襲い掛かってきて、咄嗟にそれを避けながら「このーっ!!」と怒りに任せて光剣を振りかざした。そのすぐ後、別の敵機に攻撃を仕掛けられて舌を打ったが、どこからか猛スピードでやって来た異人の機体が間に入って敵機を切り裂いてくれた。
アリスは息を切らしながら顔を上げた。
「ハル! 銃器は積んである!?」
《……威力の程はわかりませんけど、エネルギー砲はあります》
「私がバックアップする!! 敵艦に近付いてそれを撃ち放って!!」
《……考えが浅はかすぎて笑えません》
「私を信じて!! 絶対に危険な目には遭わせない!!」
《……べつにいいですけどね、どうでも。……了解です》
《オレも手伝うぜ!》
元気よくジュードの機体もすっ飛んでくる。
《アリスさんやるじゃん!! ホレ直した!!》
「そんな話は後よ!! ……行くわよ!! ……突っ切って!!」
アリスの言葉と同時に二体は敵艦に猛スピードで向かう。背後のディアナがコンテナを開きミサイルを発射。それはまるで二体を護るように周囲を飛び、彼らに襲い掛かろうとしてやってくる敵機を狙い撃ち落としていく。アリスは操縦桿を引くと、すぐに二体の後を追いかけた。
ハルとジュードは足下のスイッチを押す。背後にエネルギー砲のホログラフが現れ、それを掴み抜いて敵艦に向かって身構えた。そして、ドンッ!! と、二体同時に引き金を引き、光弾が放たれ敵艦に向かう。その数秒後に敵艦の二カ所で爆発が起こり、黒い煙が立ち上った。
アリスはハルとジュードをカバーするように周りの敵機を切り倒していたが、煙を上げる敵艦がゆっくり動き出し、それと同時に敵機も上空に向かっていく様子を見て、ディアナをそのまま停滞させた――。
《……引いていくぞ!!》
誰かの声が聞こえると、ワッ!! とスピーカーから無数の歓声が上がる。
「副艦長!! 敵機が引き上げます!!」
「追撃いたしますか!?」
「いいえ! ……そのまま逃がしてやりなさい!」
アーニーはモニターから目を逸らすことなく告げ、深く息を吐いた。
……なんとか……持ち堪えたか――。
内心ホッとしつつ、それでも険しさを消さぬまま顔を上げた。
「……被弾した機体の回収を急いで。負傷者の手当を」
「了解!!」
「……敵が退いていく……」
クリスはその様子を見て、装甲車から外に出た。突風が吹き、それと同時にきな臭い匂いと黒い埃が襲う。それを腕をかざして防ぎながら、空を見上げた。上空を、まだ味方の戦闘機が飛び交い、様子を見守るようにインペンドも停滞している。
クリスの後に出てきたフライスと同乗者たちは同じように空を見上げた。その視線の先に、黒い煙を吐きながらも上空に昇っていく敵艦の姿が……。
「……油断はできないな……」
フライスが舌を打つと、クリスも小さくうなずいた。
「……早く戻ろう。……みんなが心配だ」
「ああ……」
「……」
……退いていく――。
外部モニターから様子を見ていたアリスは、ぼんやりとそれを見つめた。
……終わった。……。
ふいに気が抜けた。それはいつもの癖でもあった。ブレインスタッフは、戦いが終わればその役目を果たし終わったと言ってもいい。彼女たちは安堵のため息と同時にドッと、体中に張り巡らしている力を抜いてしまうのだ。――だが、抜いてはいけなかった。
ホッとしたと同時にガクンッと機体が大きく揺れ、突然コクピット内の明かりが消えた。「え!?」と驚き目を見開いた時には遅い。体を引っ張られ、アリスは「!!」と息を止めた。――落ちてる!!
ディアナが突然、無気力に地面に向かい、ハルとジュードは慌てて猛スピードで向かって彼女を捕まえ、逆噴射をしながら地面に降ろした。
《アリスさん!? どうした!?》
ジュードの心配する大きな声が響き、アリスは心臓をバクバク言わせながら目を見開いて荒々しく呼吸をした。
《……腰でも抜けましたか?》
《今更!?》
アリスは荒い呼吸を繰り返しながら硬直している体に気を向けた。そして、握りしめていた操縦桿から手を離そうとして……手が離れない。頭の中では操縦桿を握る手の力を緩めているつもりなのだが、どうしても手が離れない。段々と唇が震え、体と手が震え出す。――その時に気が付いた。
……初めてだ。一人で、たった一人で機体に乗り込んで敵と戦うなんて……。必ず誰かが一緒だった。……ここには誰もいない。……たった一人――
「……」
今になってきて恐怖が襲ってきた。あまりの怖さに体が動かない。
《……アリス?》
アーニーの冷静な声がスピーカーを通して伝わる。
《……戻ってらっしゃい。……どうなるか、わかってるでしょうね?》
《副艦長っ? どうって……どうなるんですかっ?》
《あなたは誰?》
《あっ、パイロットのジュードです!》
《パイロット? ……ああ、クロスの機体に乗っているのはあなたね? ……誰がそんなことを許したの?》
《あっ、いえっ……。……クロスの人に》
《……あなたたちも戻ってらっしゃい》
《……はい……》
《アリス、聞いてるの? ……アリス?》
返事のない彼女にアーニーが訝しげな声を出す。
《アリスどうしたの? アリス?》
スピーカーから話を聞いていたハルは、ディアナのコクピットの方へと手を伸ばし、コンコンとドアノックするように彼女のハッチを軽く叩いた。
《……入ってますか?》
《そういう冗談言ってる場合じゃねーだろ》
ジュードはため息混じりに言う。
《……仕方ない。ハル、そっち持て。運ぶぞ》
《……。わかった》
二体はディアナの脇に手を入れて持ち上げ、歩き出す。
機体が揺れ、それと同時にアリスの目から涙がこぼれた。頭の中が真っ白で、自分で何をしていたのかさえ思い出せない。段々と苦しくなってきて、吐いてしまいそうだった。それを必死で堪えると、更に涙が溢れる。
《……万事、上手く行ったってコトですかね》
ハルが言うと、ジュードは《ハッ》と鼻であしらった。
《上手く行ったって? ……ボコボコにされちまったじゃないか。……クソ、あいつら、なんて動きすンだ》
《……速かったよな。……この機体も結構速いのに、それ以上に速かったな》
《あれじゃインペンドも追いつけねぇよ。パワーも違うしさ。アリスさんが出てきたから良かったけど、……いなかったらオレたち全滅喰らってたぜ》
《……それはどうかわからないけど》
《全滅だろ。為す術がなかったんだから》
《……為す術……ね》
《だろ? ……想像以上に手強い奴らだな。くそ》
《……けど、想像以上に……諦めるのも早かった》
《そりゃ……。……確かにな》
ケイティまで辿り着くと、三体一緒に入れないため、ディアナをハルの機体が抱えて中に入れる。そして、エンジニアたちに誘導されて元々あった壁まで運ぶと、そこにゆっくりと降ろした。
ハルは、再びコンコンとディアナのハッチをノックした。
《……出てくるまでどのくらい時間が掛かりますか?》
《トイレに入ってるんじゃねーって》
後からやって来たジュードがハルの機体の隣に立ち、呆れてため息を吐いた。
《……しばらくそっとしておいてやれよ。……出て来たくなったら出てくるんだから》
《……。それでも出てこなかったら?》
《そン時ゃ……こじ開ければいいんだ》
《……じゃあ、今やったらどうだろう?》
《……。いいから放っておけって》
ジュードの機体がハルの機体を引っ張っていく。
「……」
やっと操縦桿から手を離すことができたアリスは深く項垂れ、背中を丸めて肩を震わせた――。