第二章 再会 ~ノア
「すごかったよなー!! びっくりしたよなー!!」
「核爆発でも起きたのかと思ったよね。あの光のすごさ」
「結局、ありゃなんだったんだ?」
「さぁねー」
「先輩に聞いたらさ、あれは光の柱って言うらしいぞ!」
「光の柱? ってなに?」
「アレに飲み込まれたらどこかに消えちゃうんだってさ!」
「消えなかったぞ」
「けど消えるって言ってた!」
ケイティ内、ミーティングルーム第一室。先日行われた実技試験でのパイロット合格者たちが集まり、個々に設けられた机に座って先程まで中尉の話を聞いていた。初日の今日は、同期となるみんなとの顔合わせ、そして、今後の主な活動内容の説明を受けてスケジュール表を配られただけで済んだ。数時間のミーティングをこなした後、中尉がいなくなると彼らの話題はもっぱら昨日起こったあの事件のことに――。
「攻撃のつもりだったのかな?」
両腕を机に乗せて背中を丸め俯せているハルに構うことなく彼の席に固まる四人組。
ロマノが小首を傾げると、ジュードは「攻撃? ……ハッ」と鼻であしらいつつ肩をすくめた。
「その割にはあれ一回キリだったろ。脅しみたいなモンなんじゃないのか?」
「……攻撃でも脅しでもない」
聞き耳を立てていたのだろう、ハルがゆっくりと頭を上げる。
「……言ってみたら……狩りみたいなモン」
「カリ?」
彼の机の隅に腰をもたれさせていたジュードは繰り返して顔をしかめた。
「お前、そういえば昨日どこにいたんだ? 合格パーティーにも現れなかったし」
「……ここにいた」
「ここって?」
「……ケイティに閉じこめられて……司令塔にいた」
「マジ!? 司令塔って……総督がいる!?」
トニーが対面側から身を乗り出して目を輝かせると、ハルは背中を伸ばして大欠伸をした。
「……いたな。……忙しそうだった」
無関心そうに答えるハルに、トニーは「いいなー!!」と羨ましそうに顔を覗き込んだ。
「司令塔の方どうだったっ? 何かおもしろいことあったかっ?」
「……大して何もなかったよ。……みんなバタバタしてたし。ワケわかんなかったし」
「うっそマジでぇ!? いいないいなー!! オレも一緒にいればよかったなー!!」
「で、狩りって? 何か話を聞いたのか?」
トニーの顔をうっとうしそうに押しやってジュードが問い掛けると、ハルは眠そうな目で遠くを見つめた。
「……調べてたんだ。資料室でいろいろ。……その光の柱のこと」
「うん」
「……あの光の柱は、人のれいりょ……」
自動ドアが開いて、そこからアリスが入ってきた。彼女も一応パイロット合格者には違いない。だが、もうすでに中尉の話は終わっているし、遅刻も遅刻、大遅刻だ。しかし、周りのみんながそんなことを気にすることはない。
「昨日のアレはなんだったんですかっ?」
この中で誰よりも詳しいはず。そんな興味の眼差しを一斉に浴びたが、問われてもアリスは答えることなく、苦笑しながら壇上にあるテーブルの上、予定スケジュール表を手に取ってそれを折り畳んだ。
「勉強しなさい」
さらりと躱されたみんなは「えー!?」と不満げな声を挙げた。「何か少しでもいいから教えてよー」と拗ねるような声まで聞こえ、アリスは小さく息を吐くと、その顔から笑みを消して真剣な表情で彼らを見回した。
「とても大切なことよ。自分の目と耳で、真実を見極めなさい」
同じクルーとしてではなく目上として、教官としての立場なのか、厳しく発せられた言葉にしんと室内が静まり返った。
アリスは、チラチラと互いに目を見合わせて窺い、戸惑いを露わにする彼らにそれ以上のことは何も告げず、有耶無耶なままでそこを出た。彼女が消えた後、少しずつみんながザワつき出す。「いったいどういうことだ?」「……なんなんだ、あれ」――そう口々に話す同僚たちを見て、ジュードはぼんやりとしているハルを振り返った。
「お前は勉強したってことか?」
「……した。遅くまで資料室にいて、調べてた。……眠い」
「じゃあ、今のアリス教官……アリスさんの言った意味、わかるか?」
「……なんとなく」
「説明しろ」
ジュードが真顔で問うと、傍にいたトニーとロマノもじっと聞き役に徹する。
「……つまり……戦争が起こるってことだな」
欠伸混じりの、緊張感のないハルに三人は顔を見合わせた――。
……こんなものは無意味よ。
ミーティングルームを出て、一度デルガの個人部屋に戻ろうとシャトル発着場まで道のり、途中で持っていた紙を丸めてダストボックスへと投げ入れた。
「スケジュール表じゃないの? 捨てちゃっていいの?」
背後からの呆れた声に足を止めて振り返ると、捨てたはずの丸まった紙を、メリッサがいたずらっぽく笑って持っていた。胸の高さまで上げてチラチラと丸めた紙を左右に振りながら近付いてくる彼女を目で追っていたアリスは、「……はあ」と脱力気味に深く息を吐き、軽く首を振った。
「だって……そんなものいらないと思う」
「わからないでしょ?」
「ほら」と差し出され、アリスは渋々それを受け取った。
「……どうせこのスケジュール通りには進まないわ」
「だからといって、それを捨てるのは職務放棄と一緒よ」
先輩として一言注意。そんなメリッサの厳しい目に、アリスは拗ねて口を尖らせた。
「パイロットになった途端、これだもの。……なんだかツいてない」
「それはあなただけじゃなくて他の子もそうでしょ」
「……そうだけど」
「もっとシャキッとしなさい。あなたはまだAクラスの教官でもあるんだから。情けない姿を生徒たちに見せられないわよ?」
「……けど、ひょっとしたら、今回の合格者も候補生たちもみんな地球に戻らなくちゃいけなくなるのよ?」
「うそでしょ!?」
大きな声が届いて、二人はそちらへと顔を向けた。
「なに! 地球に戻らなくちゃって!」
焦りを浮かべてトニーが走ってくる。その後ろからジュードとロマノとハルも。
メリッサは首を傾げていたが、ハルの姿に「ああ……」と、訝しげに眉を寄せるアリスを窺った。
「あの子、ハルだっけ? 昨日会った?」
「あー……、メリッサなの? 私のトコによこしたのは」
「だってアリスしか知り合いはいないって言うから」
メリッサが肩をすくめると、アリスは小さくため息を吐いた。
……この子、もしかして友だちはジュードたちだけ? と内心考えつつ、「……まあ、“あの”調子じゃぁね」と、昨夜の休憩室での言われようを思い出して納得する。
「ど、どういうこと!? なになに!?」
目の前で立ち止まるなり困惑気にオロオロとうろたえるトニーをなだめようと、アリスは脱力気味な表情で軽く彼の腕を撫でた。
「落ち着いて」
「だ、だって!! ……地球に帰るの!?」
「……まだそうとは決まってないけど……」
「けどそうなの!?」
「確率的には半々ってことよ」
戸惑って答えられないアリスに代わって、太々しくメリッサが間に入った。
「もうすぐなんらかの判断が下されるとは思うけど、それ次第ではあんたたちは一時地球に戻らなくちゃいけないってこと」
「せっかく合格したのに!!」
「死んだら元も子もないでしょ?」
眉をつり上げていたトニーは、横目を向けるメリッサの冷静な声にピタっと動きを止めた。……今、「死んだら」とか聞こえたような――。
硬直するトニーを肩で押しのけたロマノは、胸の前で手を組み、困惑げにアリスへと目を向けた。
「アリスさんっ……、どういうことっ?」
「どう、って……」
「……ノアの番人」
その言葉にアリスとメリッサは少し驚き、みんなの後ろの方で突っ立つハルへ目を移した。
「……けど、ノアコアは破壊されたんでしょ?」
「……。勉強したの?」
「……しました。あんた、過去の資料を調べろって言ったから。調べました」
――どれだけ素直な子なのよ。と、無表情に答える彼を見てアリスはため息を吐き、真顔でうなずいた。
「そう。……ノアコアは破壊された。だから別のところからだとは思う。……けど、その場所もまだ特定されていないし」
「……逃げたヒューマの仕業ですか?」
「さぁね……。なんにしろ、またこんなことになってしまったのならいずれは対立することになるでしょ」
「……ということは、ノアに?」
「向かうわよ。それは昨日の時点で決まっていたから」
「……じゃあ、クロスの人たちとまた協力し合うんですか」
「そうなるわね」
淡々と言葉を交わす二人を交互に窺って、ロマノは顔をしかめた。
「全然話がわかんない」
「そ、それよりも!」
と、トニーは焦って身を乗り出し腕を大きく左右に広げる。
「ホントに地球の帰らなきゃ駄目なの!?」
「お荷物になるから」
メリッサが突き放すように答えると、トニーはムッと頬を膨らませた。だが、そんな不愉快げな空気も反抗的な目も“慣れて”いる。
「命は惜しいでしょ? あんたたちはまだ新米なんだし、どうせ出番はないんだから。邪魔なものは遠ざけたいの」
無愛想に告げてアリスの肩に手を回し押しながら、メリッサは目を据わらせる彼ら四人を振り返った。
「たぶんその通りになるだろうから、荷物をまとめる準備でもなさい」
冷たく言い捨てると、「行きましょ」とアリスを連れて歩き、その場から離れていく。二人の背中を追えず、トニーは口を尖らせて拳を振った。
「なーんだあいつ! 教官だからって威張りやがってーっ!」
「ホント。感じ悪ーい」
と、ロマノも同意し、二人で「ねー?」と相槌を打ち合う。
ジュードは遠ざかるふたつの背中からハルへと目を向けた。
「……で。……お前が調べたその資料ってのはどこにあるんだ?」
ハルは眠たそうな目で「……あっち」と顎をしゃくり歩き出す。その後をジュードたちが追った。
――それから数時間後……
デルガに戻ってメリッサと別れ、個人部屋に入るとしばらくぼんやりとソファにもたれて天井を見つめていた。だが、「……このままじゃ駄目ね」と気持ちをリセットすると、昨日、ケイティに寝泊まりをしていたために戻ってこれなかったここ、そう、衝撃を受けて棚の上の小物などが散乱しっぱなしのこの部屋を片付けることに。個人部屋とは言っても、所詮は教員部屋だ。個人的に大切なものはすべてステーション・スバルの自宅に置いてあるため、片付けもそう苦にはならない。つまり、自宅の掃除は大変なことになるだろう、との察しは付く。「……自宅の方は業者に頼もうかしら」と考えながら片付けも最終段階に入った頃、――通達が届いた。
やはり思ったとおりだ。エンジニアと特別な戦闘クルー以外は地球に送還されるらしい。
……それもそうよね。何が起こるかわからないんだから。
アリスは早速、教え子たちに内容を伝えた。ここを離れることを残念がる生徒もいれば、地球に戻れて嬉しがる生徒もいた。とにかく、緊急を要し、すぐに帰郷準備を進めるように促した後、彼らの見送りのため、自分自身も片付けで汚れた体を一度シャワーで洗い流して身を整えた。
そんな騒々しい時間を過ごしていた後――。
一旦落ち着いて、飲み物を用意しながら強化ガラスの向こうの星屑を見つめた。
……今度はどうなるんだろ。……ノアに行ったら……――
ピピピッ、ピピピッ、とドアホンが鳴り、顔を上げて足早にそこに近付きドアキーを解除すると、いきなりドドドッと人影が入り込んできてギョッと驚き後退した。
「なっ……。なにっ、あんたたち!」
「しーっ」
四人が入り込んできて、ドアが閉まるなり驚くアリスに詰め寄る。
「アリスさんっ、私たちもここに残りたいから許可をして!」
焦りの色を浮かべて身振り素振りで訴えるロマノに「……は?」と顔をしかめると、今度はトニーが真顔で身を乗り出してきた。
「絶対邪魔しない! なんでもする! なんでも言うこと聞くから!」
必死なトニーとすがるような目を向けるロマノにグイグイ迫られて背中を仰け反らせながらアリスは更に顔をしかめ、二人の背後にいる“まともそうな”ジュードとハルへと目を向けた。
「……あなたたち、地球に戻らなくちゃいけないでしょ? 準備は?」
通達に、合格後、地球時間一ヶ月以上をクルーとして活動しなかった候補生も送還という旨が記されていた。つまり、彼らのことだ。ジュードもそのことは承知なのだろう。真顔で首を振って答えた。
「戻らないから準備はしてない」
彼に続いて、ハルも無言でこくりとうなずく。
……いったい何を企んでいるのか――。
アリスは呆れてため息を吐き、腰に手を置くと四人を睨むように見回した。
「駄目。あなたたちが残ったってどうしようもないんだから」
「帰りたくないんだ」
ある程度、却下されるのは予想していた。だから、というわけでもないが、ジュードは茶化すことなく、真剣さを消すことなく更に続けた。
「どうしてもここに残りたい。けどオレたち、頼りにできる人ってアリスさんしかいないし」
「アリスさんは総督と仲がいいでしょ? なんとかできないのかな?」
ロマノがオロオロとうろたえる。
まるで切羽詰まった感じの四人――。いや、ハルだけは相変わらずぼんやりとしているように見えるが。
アリスは中に通すことなく怪訝に眉を寄せて胸の前で腕を組んだ。
「なんなの? 地球に戻るのがそんなにイヤなの? ……ここに残ったら本当にどうなるかわからないのよ? ……もしかしたらってこともあるのよ? だったら地球でおとなしくしていた方がいいじゃない」
至ってまともな意見だろう。ハルだって過去のことを調べているんなら何が起こるかわかっているはずだ。わざわざ戦渦に飛び込むようなことはしなくていい。
説得するように、とは行かなくてもなだめるように四人を見回すアリスに、トニーとロマノはそろっと互いを窺った。「どうしよう?」と目で言い合う二人の戸惑う姿に、アリスはため息を吐いて再び何かを言おうと口を開き掛けたが――
「……帰っても……行く当てがないですから」
静かなハルの声に、アリスは「……え?」と表情を消して彼に目を向けた。
「……帰るところがないんです」
無表情だが、声に張り合いがない。
アリスは顔をしかめ、視線を落とすロマノへとそっと目を向けた。
「……ロマノ?」
「……。私たち、……」
「オレたち、施設出なんだ」
悲しげに俯くロマノに代わってジュードが答える。
「いわゆる身寄りのない孤児ってヤツ」
その言葉にアリスは四人をゆっくりと見回した。トニーとロマノは悲しそうに俯いて、ハルは特に表情を変えることなくじっとしている。
ジュードは少し視線を逸らし気味に続けた。
「施設での生活が窮屈でさ、……早く出ていきたくて。……軍に入ればいろいろ融通が利くし、将来的にも有利だと思ったんだ。だから軍隊に入った。ここは奨学金制度もあって、分け隔てなくクルーの育成をするって評判良かったから、オレたち、四人でここに入ったんだよ」
「……すごく……施設でね、……嫌な感じだったの。……私はよく三人に庇ってもらってたけど……。……。……もう戻りたくない」
ロマノが今にも泣き出しそうな顔で俯く。その姿をチラリと見て、トニーも口を尖らせ眉間にしわを寄せると、じっと窺うアリスに軽く腕を広げた。
「施設にどうしても戻りたくないから、オレたち、ここまで必死にがんばってきたんだよ。……人より何かひとつでも冴えてないと、オレたちは死んだも同然、……そんな扱いをされてきたから。だから、ここの立派なクルーになって、早く一人前になろう、って……。そしたら、誰も頼らなくて済むでしょ? ここではみんなが平等だし、気のいい奴らばかりだし。……ここが、オレたちにとっては本当に我が家みたいなモンなんだ」
「地球に戻っても、なんとかすることはできると思うよ。けどそれまでの間、保証も何もないし、……どこにも行けないし、頼りにできる人もいないし……」
ジュードが目を細めて続くと、ロマノは「ぐす」っと鼻を鳴らして胸の前で手を強く組み合わせた。
「アリスさん、お願い。……なんでもするから、ここに残して……」
次第に顔を歪めて鼻の頭を真っ赤にすると、ロマノは肩を震わせて目元を両手で隠した。
――彼らの生い立ちなんて、全然知らなかった。仲のいい四人だったから、幼い頃からの知り合いだろうと察しはしていたが。
彼らが放つ空気から、嘘をついているんじゃないということだけはわかる。わかるだけに、どうしたらいいか……。しかし、ここに残せば何が起こるかわからない。
視線を斜め下に置いて考え込むアリスに、ハルが間を置いて口を開いた。
「……オレたち、人として扱われてなかったから」
アリスはピクッと目蓋を動かして顔を上げた。その目がハルと向かい合う。
「……だから、人として認めてもらえるように努力してきました。どんなことに対しても、努力する気持ちだけは誰にも負けないと思います。……ここに残っても、必ず迷惑にならないように努力します。言われたことも、ちゃんと義務を果たします。……だから、ここに残してください」
「アリスさん、お願いだよ! こんなことを頼めるのはアリスさんしかいないんだ!」
トニーが必死な形相ですがり寄ると、ジュードも一歩近寄ってきた。
「ホント、なんでもする。だからここに残してください」
「……アリスさん……。……っ、お願い……っ。お願い……」
ロマノも息を詰まらせ、涙を拭いながら懇願する。
彼らの真っ直ぐな気持ちに押され圧迫するような息苦しさを感じながら、アリスは少し戸惑い、間を置いて深く息を吐いた。
「……けど、どうしてあなたたちを地球に帰そうとしているのかはわかっているわよね?」
「わかってる。オレたち、ちゃんと勉強した」
「十年前のこと、アリスさんのこともちゃんとわかったよ」
ジュードに続いてトニーにも真顔でうなずかれ、アリスは「……はあ」と呆れ気味なため息を吐いた。
「……。それでもいいのね? ……私は君たちを護ってあげれないかも知れないわよ?」
「そんなの必要ない。逆にオレたちが護ってやろうか?」
ジュードの申し込みにアリスは目を据わらせた。
「遊びじゃないのよ? 本当に危険なのよ?」
「……大丈夫です。……オレたち、あんたよりかは優秀なパイロットなんですから」
冷静なハルにはムッとしたが、――彼らの気持ちは前向きだ。
アリスは更に深く息を吐き出すと、肩の力を抜いて胸の前で組んでいた腕を解き、ハンカチを取り出してロマノの涙をそっと拭った。
「……ケイティに私用の部屋があるから、ロマノ、あなたはそこを使うといいわ。……あなたたち三人は相部屋でもいいわよね?」
ロマノは涙を浮かべた目を上げた。ジュードたちも少し目を見開く。
「ひと部屋、どこか確保して置いてあげるから」
仕方ないわね……、と言わんばかりの呆れ顔だが、その瞬間、彼らはパッと普段の明るさを取り戻した。
「ありがとー!!」
トニーがめいっぱいの笑顔で腕を広げ、ギュッとアリスに抱きついた。
「アリスさん大好きだよ!!」
「……私は嫌いよ」
目を据わらせ答えながらアリスは「離しなさいっ」とトニーの腕をつねって彼の力が抜けたと同時に押しのけ、またため息を吐いて改まると四人をじっと真顔で窺った。
「絶対にみんなの迷惑にならないように。指示にはちゃんと従うこと。いいわね?」
教官の顔の戻って腰に手を置くアリスに、四人は「はい!」と元気よく返事をした。――こういう時だけ物わかりがいい。
アリスは苦笑すると、「じゃあ……付いてきて」と、彼らを誘って部屋を出た。
――行き交うクルーたち、みんなが慌ただしく動いている。ケイティと複数の戦艦以外は地球に戻るのだから、みんながその準備で大忙しだ。
ケイティまでやってくるとアリスは四人と一緒に機動兵器格納庫に赴き、大声を張り上げているザックを見つけて近寄った。
「ザック教官」
ザックは焦りの色を消すことなく、黒く汚れた顔をそのままに傍に立つアリスを振り返った。
「どうした?」
「こっち、人手不足じゃありません?」
見抜いた台詞にアリスの背後に立つ四人は顔を見合わせる。
ザックは「そりゃもう!」と大きくうなずいて天を仰いだ。
「候補生を帰しちまうおかげでテンヤワンヤだ! あいつらはあいつらで下っ端として使えてたのに! クリスに文句付けたんだが、あいつも甘っちょろいコトばっかり言って!!」
久し振りに聞く彼の愚痴にアリスは苦笑し、背後に立つ四人へとそっと手を向けた。
「じゃあ、彼らをこき使ってくれませんか?」
ザックは「ん?」と彼らの形に足下から頭のてっぺんまで目を這わせ、顔をしかめた。
「なんだ、こいつら。この制服はパイロットじゃねーか。……んん? しかも、この前合格したばかりの連中だろ? 地球に帰るはずじゃ」
「ああ、ちょっと……私が引き留めてるんです」
「クリスに怒やされっぞ」
見透かすように方眉を上げられ、アリスは「はは……」と情けなく笑った。
「ちょっと訳ありで……。他のみんなが帰った後で報告します。だから、それまでこちらで使ってもらえませんか? パイロットですから手先は起用だと思いますし、体力もそこそこあります。四人とも賢いから、すぐに仕事も覚えると思うし」
「んぁー……」
「お願いします。この子たちに何か仕事を分けてあげてください」
四人からも「お願いします」という、するがるような視線を受け、ザックは分が悪そうに汚れた手でボリボリ……と頭を掻いていたが、結局、「……よし」と大きくうなずいた。
「じゃあお前ら、つなぎに着替えて早速作業だ。ヘトヘトになるまでこき使ってやるから覚悟しろよ」
更衣室はあっちだ、と顎をしゃくられ、訝しげに顔を見合わせる四人にアリスは少し笑った。
「あなたたちはしばらくの間、エンジニアとしてザック教官の言うことをちゃんと聞いて、がんばって働くこと」
言いながらアリスはロマノにカードキーを渡す。
「部屋のキーよ。番号は裏に書いてあるから。好きに使って。あなたたちの部屋も確保できしだい、キーを渡すわね」
ジュードたちがうなずくと、アリスは笑顔でザックに目を向けた。
「よろしくお願いします」
「おぅっ、任せとけ!」
拳を胸の高さまで上げてニヤリと不敵に笑うザックにアリスは少し笑うと、四人に「それじゃ、がんばるのよ」と手を振りそこを後にした。
留まることは許可しても、だからといって奔放にされたんじゃ困る。それに、いざという時のため、強引だが“理由”をこじつけたほうがいいだろう。
ザックは「さーて……」と言葉を切り出した。
「それじゃ、お前らには……地獄を見せてやるとするか」
アリスの背中を見送っていた四人はザックを振り返り、彼の意味ありげな言葉に内心恐怖を覚えた……。
――その後アリスは、地球へと帰る候補生の教え子たちや、顔見知りのクルー、その他親しい一般市民たちと再会の日を互いに誓いながら彼らを見送った。巨大艦隊だったフライ艦隊群も宇宙一の小艦隊に逆戻り。それでも艦内の慌ただしさは変わらない。候補生以外のほとんどのクルーは十年前のことを覚えているのだ。だから余計に緊張感も漂い、これから始まるだろう事態に備える必要性を充分認識した上で行動をしている
この十年間、ヒューマ用として彼らは彼らなりに対策を練ってきた。昨日のゲートシールドもその一部だ。ヒューマと対峙した彼らだからこその防御策。この十年、何事もなく時は過ぎていたため、その試験を行う術もなかったのだが……、ぶっつけ本番でそれを試すことになると覚悟はしていたものの、彼らの動揺は大きい。なんとか防ぐことはできた。防御策としては成功した。けれど、その“反撃”がどうなるか――。きっと奴らだって、タイムゲートを防ぐことのできる艦隊と言えば、と模索するだろう。そうなったら、間違いなくフライ艦隊群に奇襲が掛かる恐れがある。
この十年で成長を遂げているのは、ヒューマも同じだろう。
「いい加減、諦めてください」
「それはこっちのセリフでしょーが」
ケイティ内総督執務室――。
忙しそうに情報を整理しているクリスのデスクへとアリスは詰め寄り、空いている隅に両手を突いた。
「ヒューマがまた人をさらってる。今度こそは叩き潰さないと」
「わかってる」
「だったらディアナのマニュアルを」
「それとこれとは話は別」
「必要でしょっ? ディアナの能力は特別なんだからっ」
訴えるように身を乗り出され、クリスはため息混じりに見上げた。
「駄目なものは駄目なんだ」
「クリス!」
文句を言おうとしたが「アリス」と逆に睨まれ、アリスは言葉を飲んだ。
「今までよく一緒にがんばってきてくれたって本当に感謝している。キミがいなかったら昨日の光の柱にだって飲み込まれていただろうし、みんなの命を救えなかった。キミは本当に優秀なクルーだし候補生たちにとっても立派な教官でもある。この十年、キミの成長ぶりには感心するばかりだよ。……けれどキミの人生はこれからだ。キミはまだ若い。これからの出会いもある」
諭すような目を受けて、アリスは少し視線を落とす。段々と勢いをなくしていく彼女に、クリスは椅子を動かして彼女と向き合った。
「キミの申し出はあの機動兵器の設計者たちからしてみたらこの上なく喜ばしいことだと思うよ。……けれど、あの三体は人の命を削ってしまう。……キミだってよく理解しているはずだ」
「……」
「フライにも後遺症が出ているって聞いた。……フライがどれだけ優秀なパイロットだったかをわたしは知っているし、そのあいつに後遺症が出ているとなると……あいつがここを降りたのは正解だったと思うよ。……セシルは残念なことになってしまったけど、それで後生に危険を知らせることになった。……セシルもいずれ誰かがディアナを譲り受けるだろうとは思っていただろう。それがキミだとしても他の誰かになったとしても、セシルは喜んで支援したと思う。……けれど、アレが命を削るものだとわかればセシルは間違いなくアレを破壊しているよ。……フライも、そしてセシルも、優秀なパイロットが二人も命を削ってしまった。……それを知っていながら強靱でもないキミに誰がアレを譲ると思う?」
「……」
「確かにあの三体を起動することができればヒューマとの戦いになっても手こずることはないだろう。……けれど、そのためにパイロットが犠牲になるのはわたしは許せない。……だったら、それ以上の対策を練ることに専念する。……二度とセシルの二の舞は踏ませない」
クリスは言うだけ言うと、デスクに向き直し、乱雑に重なっている書類を手にとって職務を進める。
アリスは何も言えずに悲しげに俯き、そして「……失礼しました」と小さく断って背を向けた。
「……ジェイミーも大きくなったみたいだよ」
ドアに近寄っていたアリスは足を止め、そっと振り返った。
「……耳が聞こえなくて言葉足らずらしいけど、それでも元気に育ってるって。……寂しい顔をしていると、察知されるよ」
手を動かしながら告げたクリスを見ていたアリスは、少し笑みをこぼし、「……はい」と返事をしてそこを出た。
『……心配、することはないから……。……きっと……、大丈夫』
クルーたちとすれ違い、そして背後から追い越されながら通路を歩く。――どこに向かえばいいのかはわからない。
……大丈夫なんかじゃなかった。
『……心配すんなって。俺は大丈夫だしさ』
……。大丈夫なんかじゃ、なかった……。
鼻の奥が熱くなり、咄嗟に走り出して通路脇にある女子トイレに駆け込んだ。口を押さえて一番奥の個室に入るなり、蓋の閉じてある便座に座り込んで背中を丸め、肩を震わせる。
大丈夫なんかじゃなかった……!!
――脳裏で蘇る、鮮明な記憶。消したくても消えない、鮮やかすぎる場面。
騒ぎ立てるクルーたち、鳴り響く緊急サイレン、血の海、クリスの涙……。そして、受話器越しに告げられた報告……――
……消えろ! こんな記憶、消えてしまえ!! ……蘇らないで!!
「よーし、お前ら、休憩だ」
汗と油にまみれたザックが笑顔で近寄ってくる。その姿を見た四人は「っぶはーっ」と息を漏らしてその場で座り込んだ。ヘトヘトに疲れ切って脱力する彼らに、ザックは腰に手を付いて少し笑った。
「エンジニアの厳しさがわかったか?」
「っつうかエンジニアって、マジ体力勝負じゃん」
ジュードが黒く汚れた顔を更に汚れた袖で拭うと、隣でぐったりとトニーが「……し、しんどー」と声を漏らし、ロマノは汚れた手のひらを見て「……お風呂に入りたい……」と口を尖らせた。ハルに至っては肩の力を抜きながらも「……基礎体力作りになる」と、床に転がるボルトやナットを見つけて拾い集めているが。
汚い床に座っている四人を見下ろして、ザックは苦笑気味にある場所を顎でしゃくって指し示した。
「他のエンジニアの奴らもあそこにいるし、飲みモン食いモン、自由に持っていっていいぞ。休憩時間は15分。終わったら作業開始だ。今のうちに軽く腹ごしらえでもやってろよ。じゃねえと、保たねえからな」
忠告してひと足先にそちらへと向かう。その背中を見送って、トニーは「だはーっ」と体の力を抜いて背中を丸めた。
「エ、エンジニアって……結構大変なんだなーっ」
「ホント、好きじゃないとできない仕事だ」
「お風呂入りたーい……」
「……けど、勉強になる」
顔を見合わせることなく、それぞれポツリポツリと言葉を残す。
「アリスさん、わざとこの仕事をオレたちにさせたのかなー?」
「なんでだよ?」
「ヘロヘロにさせるため、とかさ」
「そこまで考えちゃいないだろ」
「アリスさんのことだから、きっとそうに決まってるぞ」
「……お前、ホントにアリスさんにいじめられるの好きなんだな」
「違うって言ってるだろっ」
トニーとジュードが“じゃれ合う”、そんな中、ハルは手の中一杯に集めた部品を「……サイズごとに分けないと」と考えていたが、ふと、視界に何かが映って顔を上げた。彼の視線の先をロマノが追う。
「……あー、アポロンとディアナとグランドアレスだ」
彼女の言葉にトニーとジュードも振り返った。休憩時間中、作業場の明かりがサッと消され、一部だけにスポットライトのような微かな明かりが落ちて存在を際立たせている。壁際にひっそりと佇む三体の機動兵器だ。普段から見慣れているだろうエンジニアたちは気にも留めないだろうが、見慣れない彼らの目はそこに釘付けになった。
「この十年、誰も乗ってないらしいね……」
ロマノがじっくりと見つめながら呟くと、ジュードは肩を回しながら骨を鳴らして続いた。
「ディアナだけはパイロットが死ぬ一年くらい前まで動いてたんだろ? 寿命を縮めるなんて。それだけすごい機体ってことだよな」
「オレ、グランドアレスに乗りたいなー」
トニーが無邪気な笑顔で口を挟み、ジュードは「そうか?」と顔をしかめた。
「あれ、重そうだぞ? 乗るならアポロンだろ」
「ディアナはさすがに誰も乗りたがらないよなー」
「そりゃそうだろ。……なんでも酷かったらしいぜ、そのパイロット」
「オレたちがここに来る前だったんだよな?」
「ああ。大騒ぎになったって話だ」
「……かわいそうだよね。……子どもが助かっただけでもラッキーかも知れないけど」
二人の話にロマノはどんよりと目を細めて深く息を吐いた。
「ノアに預けられてるんでしょ? ……かわいく育ってるといいね」
「けど総督、どうするんだろうな」
トニーは汚れた革手袋を外し、それをズボンのポケットに押し込んだ。
「未熟児のままで預けられたってことはさ、総督が父親だってことは知らないんだろ? 今……五歳くらいか? 今更パパですよーってわけにもいかないだろうしな」
「えー。けどそれじゃあその子がかわいそうだよ。ちゃんと、パパだって名乗って欲しい……」
「ここに連れてくるわけにも行かないだろうし、やっぱ、そっとしておくんじゃないのか?」
三人が交わす言葉をじっと聞いていたハルは、遠く佇む機動兵器を見つめたまま、深く息を吐いた。
「……そういう話は、あの人の前ではするなよ」
注意するような声に、三人はハルを振り返った。
「……死んだパイロットはあの人の教官だったんだ。……死んだ後にすぐ教職の免許を取ってるみたいだから、その人と何か関係してるんだろ。……仲が良かったのかも知れない」
「……、そうだね。うん。わかった」
ロマノが素直にうなずくと、トニーは「ん?」と顔をしかめた。
「ンじゃあさ、アリスさんが総督とデキてるってのは……なんだろうな?」
「ただの噂でしょ? アリスさんもだいぶ前に親友のひとりだって言ってたじゃない。十年前のその……ノア? その戦いがあった時から」
ロマノが「くだらないなあ」と言わんばかりのため息を吐きながら、捲っていた袖を伸ばす。
「アリスさん、勇敢だったみたいだし。すごいよねー」
「……そういやぁさ、そン時にアリスさんの同僚だったヤツ、どうしてるんだろうな?」
不意に怪訝に眉を寄せるジュードに「パイロットとエンジニア?」とロマノが訊くと、彼は「ああ」とうなずいた。
「候補生だった頃の話だろ? それでインペンドを起動させて戦闘クルーと一緒に戦場にいたってことは、出世コース間違いなしじゃん。なのに、アリスさんは教官やってるし。エンジニアのヤツはノアに残ったって記録されてたけどさ。パイロットはどうしたんだろうな」
「記録じゃ、ノアを発った後、すぐに地球に戻ったって書いてたな。もったいねー」
トニーが肩をすくめて首を振ると、ロマノも「んー……」と視線を上に向けた。
「なんで帰ったんだろう。もう、闘うのが嫌になったのかな?」
「ノアに行ったら何かわかるだろ。その時のエンジニアもいるしな。話ができるといいな」
ジュードが腰を上げると、トニーも「うんうんっ」と笑顔でうなずいた。
「アリスさんの話、聞いてみたいよなー!」
「……。お前、アリスさんのことばっかかよ」
「そ、そんなことないぞ!」
「トニーはアリスさんのことが好きだからねー」
遅れて立ち上がったロマノに笑われて、トニーは口を尖らせた。
ジュードは苦笑し、のんびりと立ち上がるハルに顎をしゃくった。
「腹ごしらえ行くか。食っておかないと、次の休憩、いつかわかんないしな」
「……たぶん、5時間後くらいだったはず」
冷静に答えるハルに、「嘘だろ!?」と、トニーは愕然と目を見開き、ガックリと肩を落とした。
――それから数時間後……。
警告音と共に艦内放送が流れてきた。ワープに入るらしい。……と、いうことはすぐにノアに着くだろう。クルーたちが再び着陸準備に備えるために慌ただしく動き出した。
アリスはトイレから出てくると、腫れた目をそのままにトボトボと歩き、通路沿いの壁にある小窓の向こうを見つめた。その数秒後、体が引っ張られるかのような違和感を感じると同時に視界に映る星屑が一瞬歪み流れ、すぐに再び星屑が戻った。しかし、先程まで見つめていた星屑とは位置も数も違う。ワープが成功したようだ。
強化ガラスにそっと手を付いて、痛いくらいの冷たさに肩を震わせながら星を見渡した。
『……何か刻もうかっ?』
……。そうね。……俯かないために、刻んだ。……楽しいこと、刻んだ……。
アリスは目を逸らすと、ガラスから手を下ろして俯いた。
……見上げる勇気が……ない――。
「おいっ、見ろよ!」
誰かの声にみんなが顔を上げる。壁際に一定距離を置いて設けられている小窓の向こうを覗き込むクルーたちの姿に、ジュードたちも作業を止めて窓に近寄り、その向こうを見つめた。
「……綺麗……」
ロマノがホッと吐息と共に呟いた。
宇宙船、ノア――。
下部はまさしく巨大な戦艦だが、その上部にはうっすらと青い光の膜が張り、その奥が緑にほとんど支配されているのが見える。一見、丸い地球を平らにしたかのようなそこに、みんなが興味の目を向け、息を飲んだ。
「……これがノアか」
ジュードの言葉に「……みたいだな」とハルが答える。
「着いたなー! 早く降りてみたいなー!!」
「バーカ、オレたちゃ簡単に降ろしてもらえないぞ」
トニーが笑顔で数回飛び跳ねると、隣の小窓に立つエンジニアが苦笑した。
「ノアに着いても、オレたちの作業はこのまま続くんだからな」
「マジッスか!? ひっでー!!」
「外に出られるのは上官たち一部だ。ノアの人たちとの話次第でオレたちも降りられるとは思うけど」
「はぁーっ。……せっかく楽しみにしてたのに……」
トニーががっくり、と肩の力を落とす。……と、
「大気圏に入るみたいよ」
ロマノの言葉が早いか遅いか、艦が少しずつノアに近寄り、それと同時に白い霧状のものが上に向かって流れだした。どこかで微かに「ゴゴゴゴッ……」と低い音が聞こえだし、ゆっくりと霧が晴れていくと、彼らの目に青々と茂る大地と木々の姿が映った。
「地球みてぇだなー」
「……おい、アレ……」
ジュードの視線の先に、黄色い“群”がある。
「なんだ、ありゃ」
「……何かの植物かなぁ?」
「にしては多くないか? 気持ちワリィなー」
「……ひまわり」
訝しげな三人に、ハルが小さく答えた。
「……クロスは、ひまわりを友好の証にしている。……ひまわりだろ」
「けど、どう見たって……多すぎだろ。育ち過ぎって感じだ」
段々とそこに近付くに連れて、目の前に現れるものが多くなっていく。集落や、何やら大きな鉄の建物。装甲車や見慣れない機動兵器――。
地上に近くなると響いている低音が更に耳障りなほどに大きく鳴り出し、逆噴射がされているらしく、段々と振動が激しくなってみんなは足を踏ん張った。
「来たみゅーっ!!」
煽り風を受けながらフローレルは飛ばされないように地面に足を踏ん張り、笑顔で艦隊郡を見上げた。そんな彼女の背後から、フライスたちが待ちかねていた様子で着陸を見つめる。
居住区画からは少し離れた広大な原っぱ――。
ガイは、強風に顔を歪めながらもずっと緊張しっぱなしでいるタグーを見下ろした。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。……。僕、変な顔してないよね? どこかおかしなところはない? 大丈夫?」
もう、朝から何度となく同じ問い掛けをしてくるタグーに、ガイは呆れることなくうなずいた。
「見た目、怪しいところはありません。けれど、動揺しすぎでは?」
「そ、そうか。……お、落ち着いていこう。うん。落ち着こう。……うん、落ち着いていけば、大丈夫だ」
よし、よし。と、数回うなずきながら自分に言い聞かせる。真顔だが、強張っても見えるその顔にみんなは内心「そんなに怯えなくても……」と情けない気持ちでいたが、敢えてそのことは口に出さなかった。突っ込めば逆効果になりかねない。
数分後、無事に着陸し終えた艦隊群は「プシューッ!」と艦の下から蒸気を吐き出し、機動を止めた。その頃を見計らって、「行くみゅーっ!!」とフローレルが花カゴを抱えて走っていく。カールも「ち、ちょっと待ってくださいフローレルさんーっ!」と慌てて追いかけた。
「その前に翻訳機を渡さないと、言葉が通じないッスよーっ!」
相変わらずの二人にフライスは少し苦笑して、硬直するタグーを振り返った。
「心の準備はいいか?」
「……う、うん。……、お、おかしくないよね?」
「その動揺を隠せたらな」
「やれやれ……」とため息混じりに笑われ、タグーはそろっと隣に立つガイを見上げた。
「そ、そんなに動揺してる?」
「はい」
即答されて、タグーはガックリと頭を落とした。
フローレルとカールが待ちわびていると、ケイティ艦の一部ハッチが上部から降り、足場となって地面に触れた。機械臭いような、自然とは違う匂いが艦内から漂い、二人は「うわっ、ノアコアみたいな匂い!」と顔を歪めつつそこに近寄って覗き込んだ。
左右に立つ警備クルーがチラチラと外を気にして窺う中、奥から数名の人影が現れてフローレルは目を見開いた。
「みゅーっ!! クリスーっ!!」
フローレルが嬉しそうな声を上げて大きく手を振り、坂道になっている足場のハッチを駆け上がった。元気のいい彼女の姿を捉えると、クリスのみならず、面識のある上官たちは「おぉおぉ。相変わらずだな」と笑い合う。カールは「待って待って!」と慌てて追いかけると、挨拶もそこそこに持ち合わせていた翻訳機を差し出した。クリスと、そして同行している上官たちは受け取った翻訳機を耳にはめ込み、改めて彼らと向き合った。
フローレルは笑顔で、
「友好の印みゅーっ!」
と、ひまわりを詰め込んだ花カゴを差し出す。クリスは少し笑ってそれを受け取った。
「フローレル、相変わらずだね。カールも元気そうだ」
「うッス。ご無沙汰ッス」
「みゅーっ! クリス、おじさんになったみゅーっ!」
笑顔で挨拶をする落ち着いたカールとは違って、フローレルの方は感情を爆発させて「みゃははっ!」と大笑いする。クリスは警備クルーを呼んで花かごを渡しながら苦笑した。
「キミらは全然変わらないな。あの頃のままだ」
「クロスは地球人と違って成長が遅いみゅーっ!」
「そうなのか」
クリスが笑顔で「よしよし」とフローレルの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに笑ってクリスの腕にしがみつき、「こっちこっち!」と引っ張った。無邪気なフローレルに笑っていたカールは、「……ん?」と、“いるはずの姿”を探してキョロキョロと辺りを見回した。
「アリスさんはどこッスか?」
その言葉に、クリスはカールを振り返って苦笑した。
「アリスも相変わらずでね。……どこかに閉じ籠もってると思うよ」
特にそれ以上のことは何も言わないが、様子を察したのだろう、カールは艦内へと目を向け、「……はあ」と落ち込むようなため息を吐いた。
「ほらこっちこっち!!」とフローレルに引っ張られ、一行はケイティから降りて大地に足を付けた。久し振りの自然の空気を鼻から勢いよく吸い込み、吐き出す。ホッと穏やかな気持ちを感じながらも、遠くから歩み寄ってくる三名に、彼らも誰からでもなく向かった。
そして――
「……よぉ、久し振り」
「ああ、元気そうだな」
クリスとフライスはどちらからでもなく手を差し出して握手を交わした。視診だが、笑顔で互いの無事を確認し、手を離すと、クリスはそのままフライスの背後に立つタグーを見て驚いたように目を見開き笑った。
「お前タグーか!? タグーなのか!?」
「……クリス、久し振り。……なんでそんなに驚くの?」
「見違えたぞ! あんなにチビッこいヤツだったのに!!」
「……。僕、そんなに変わった?」
ガイを見上げて訝しげに問うと、
「十年前に比べて身長は24センチ伸びました。体重は21キロ増加しています。見た目は成人男性。しかし、内面の変化はほぼ変わりありません」
冷静に答えられてタグーは目を据わらせ、周りは「プッ……」と吹き出し笑う。
クリスは「へぇー!」と、やはり驚きを隠せずにガイを見上げ、足下から頭の上まで目を這わせた。
「復活したんだな、ガイ!」
「はい。ご無沙汰しておりました。お元気そうで何よりです」
「お前も無事に復活できて良かったな! ……タグーのことだから絶対に復活できないと思ってたんだが」
最後、ぽつりと呟かれてまた周りが「プッ……」と吹き出す。タグーは更に目を据わらせたが、チラチラ、と、彼らの左右に視線を動かした。……いない。……。
フライスは「……ん?」と艦隊の方を見回し、苦笑しつつクリスにため息を吐いた。
「なんだ? えらく減ってないか? お前、大きな艦隊にするって言ってたはずだぞ」
「見た目はこうでも、フライ艦隊郡は宇宙一の規模だぞ?」
「……、フライ艦隊郡?」
笑顔でウインクされ、フライスは顔をしかめた。
「まだその名称を使っていたのか?」
「ああ。その方が周知されているし、新しい候補生が“釣れる”んだ」
詐欺に近い言葉だが、ニヤリと笑われてフライスは「ったく……」と呆れ顔で目を細めた。
「違う名称を考えろ。お前の艦隊なんだから」
「じゃあ、遠慮なくフライ艦隊郡ってコトで」
相変わらずの軽い調子に、フライスは再度ため息を吐く。その隣、タグーは顔を知っている上官たちに「お久しぶりです」と笑顔で挨拶をし終えてクリスを振り返った。
「なんでこの数? 宇宙にいるの?」
見上げて姿を探すタグーに、クリスは首を振った。
「ちょっと訳ありでね」
「訳ありって?」
フライスが訝しげに繰り返すと、クリスは取り繕うように笑った。
「ここに来るって連絡入れた後に、実は、光の柱に狙い撃ちされたんだ」
その言葉に、フライスもタグーも、一緒にいたフローレルやカールも大きく目を見開いた。
「なんだって!?」
「まさかっ……飲まれたみゅ!?」
「いや、大丈夫。いろいろ対策を練ってたから飲まれなくて済んだよ。けど、こうなっちゃご対面する日も近いだろうからね。候補生たちや一般民間人は地球に帰して、必要最小限な艦だけを残したんだ」
首を振って、安心させようと笑みをこぼす、そんなクリスにフライスたちはホッと肩の力を抜いた。
「……そうか……。よく無事だったな……」
「ああ。あとでいろいろ説明しよう」
「ぜひ聞かせてくれ」
フライスが「こっちへ」と案内しようと足を踏み出し、みんながそれについて行く。タグーは足を止めたまま、戸惑い、「……クリスっ」と声を掛けて彼の足を止めさせた。
「あの……その……。……いないの? 地球に帰った?」
小さくそっと伺われ、クリスは情けなく笑って首を振った。
「呼んだんだけど出て来ないんだよ。なんなら探してくれてもいいけど?」
フライスはキョトンと瞬きを繰り返すタグーに顎をしゃくった。
「行って来いタグー。ついでにクリスの評判も聞いておいてくれ」
「ちゃんと職務を果たしてるってー」
疑い深いフライスにクリスが情けなく笑う。
タグーはガイを見上げた。「……どうしよう?」と不安げに目で問うと、ガイは小さくうなずいてみせた。まるで「行きましょう」と促しているようだ。その後押しに、タグーは間を置いて「……よし」と気合いを入れた。
「じゃあ……、ちょっと行ってくる」
「みゅーっ。一緒に探すーっ」
フローレルもセカセカと後を付いていこうとしたが、「邪魔だから来なくていいよ」ときっぱり断られてムスッと頬を膨らませた。タグーは睨む彼女を放って、「行こう」とガイだけを誘い、ケイティへと向かった。
フライスは二人の背中を見送り、真顔でクリスに目を戻した。
「……アリスの方は?」
「……立ち直ってそうでまだ全回復ってワケにはいかないようだ。……ディアナに乗りたいって、ずっと駄々を捏ねてるよ」
「やれやれ」と困り果てた様子で首を振るクリスに、フライスは訝しげに眉を寄せた。
「ディアナに?」
「パイロットの資格まで取ったんだ。……あとで言い聞かせてやってくれ。お前の言うことなら聞くと思うから」
「……そうか。わかった。……あとで話をしてみよう」
フライスは一行を案内すべく再び歩きだしたが、途中、顔を上げて足を止めた。クリスたちも追う足を止めて道の先に目を向ける。待ちくたびれたのか、キッドが笑顔で足早に近寄ってきた。その後ろからリタもやってくる。そのリタと手を繋いでジェイミーも。
「クリス、久し振り」
笑顔で目の前に立ち止まるなり、軽く背中に手を回して抱きしめるキッドに、クリスも微笑んで彼女を抱き返し、背中を撫でた。
「キッド……、元気そうだ」
「ええ」
お互い再会を喜ぶように笑みをこぼして離れると、キッドは斜め後ろに止まったリタを振り返って「ご挨拶は?」と勧めた。
「こんにちは」
素直に、恥ずかしそうな笑みで挨拶をするリタに、クリスはにっこりと笑った。
「あの時の子か。はぁー、タグーと同じで大きくなったモンだなぁ」
「それと……ジェイミーよ」
キッドが笑顔で見下ろし手を差し出す先、ジェイミーは見知らぬ大人たちをキョトンとした顔で見回していたが、キッドの手に気付くと嬉しそうに笑って足下に近寄り、腕を伸ばしてその手を掴み取った。――最初、クリスの顔色が変わったが、それも少しの間だけ。優しく微笑むと、ジェイミーの目線に合わせるように腰を下ろした。
「……こんにちは、ジェイミー」
頭を撫でられ、ジェイミーはやはりキョトンとした顔をしていたが、パッと笑顔になって「おーにいあーっ」と元気よく一言。だが、リタの方は「もー。またぁ……」とうんざり気味にため息を吐いて腰を下ろし、ジェイミーに自分の唇を指差して見せた。
「ジェイミー、違うでしょ。ほら、こ・ん・に・ち・わ」
「おぅにいわ?」
首を傾げて「合ってる?」と目で問われ、リタは「違う違う……」と深く息を吐き出し、クリスは戸惑うような笑みを浮かべた。
「タグーたちがいろんな補聴器を作ってくれているんだが、どれも合わないんだ」
その言葉に見上げると、フライスが少し困惑げに腕を組んでいる。
「オレたちで試してみても充分すぎる程良く聞こえるのに、ジェイミーにはそれでも聞こえないらしい。ただ、全く何も聞こえないってわけじゃなさそうだからな……。それが救いだ」
「……そうか……」
「もっと高性能なものをタグーたちが考えてくれているから。……いつまでもこのままじゃないさ」
「……そうだな」
クリスは首を傾げているジェイミーを見ると、優しく微笑んで頭を撫でた。
……言葉が聞こえないと、不自由だろうな。……なんの支えにもなってやれなくて――。
思わず悲しみが溢れたが、それを押し隠すと立ち上がろうと足に力を入れた。その時、何を思ったのか、突然ジェイミーがキッドの手を離してクリスの首根っこにしがみつくように腕を回してきた。クリスは少し目を見開き、立ち上がろうと腰を浮かせた状態で硬直する。
リタが「ジェイミー、苦しいでしょ?」と注意しながら少女の腕を掴むが、ジェイミーはしっかりとクリスにしがみついて離れない。
キッドは動けないクリスに苦笑した。
「誰に似たのか、愛想のいい子ですぐ懐いちゃうの。悪いけど、飽きるまでしばらく抱いていてもらえるかしら?」
クリスは少しためらい目を泳がせていたが、それでも結局、ジェイミーの背中に手を回して彼女を抱き上げた。ジェイミーは「キャッキャッ」と嬉しそうに笑う。
「ジェイミー、……クリスよ。わかる? ク・リ・ス」
キッドがジェイミーと向き合って笑顔で教えると、ジェイミーは少し考え、にっこり笑って一言。
「ういぅー」
リタはガックリと頭を落として「はぁ……」とため息をもらした。
――その頃……
開かれたハッチに数歩足を進め、立ち止まって艦内をじっと見つめた。――懐かしい匂いがする。
左右に立つ警備クルーたちが愕然と目を見開いて、「見ていいのか!? 見ないほうがいいのか!?」と唾を飲んで戸惑う中、彼らの興味の的であるガイはぐるりと顔を動かした。
「ここでは動体感知センサーは無意味ですね。どなたかに訪ねた方が早いかも知れません」
「……そうだね」
ゆっくりと足を踏み出して艦内に入ると、まずは左右に立つ警備クルーたちを見た。彼らは目を合わそうとせずに硬直している。ぎこちない様子に顔をしかめて「……ご苦労様です」と一言断り、中へと足を進めた。すると、通り掛かったクルーたちが一斉に二人を振り返り、そしてガイを見上げて唖然とする。
その様子に、やっと何事かわかったタグーは小さく息を吐いた。
「ここじゃ、まだガイみたいな人は作られていないみたいだね……」
「そのようですね」
「開発研究部は何やってンだろ。遅れてるなぁ……」
呆れてため息を吐くと、「行こう」とガイを連れて歩き出す。
すれ違うクルーたちがみんな、二人に道を譲り、その背後を振り返った。しばらく歩くと同僚だった元エンジニア候補生や顔を知っているクルーと出会い、再会をその場で喜び合う。思い出話に花を咲かせたいところだが――、今はまだその時じゃない。
「ところで……、アリスはどこか知らない?」
「ああ、アリス教官か?」
タグーはキョトンとして瞬きを繰り返し、「……ん?」と顔をしかめた。
「教官?」
「そうだよ。知らないのか? 彼女、教職免許を取ったんだぜ。今はライフリンクAクラスを受け持ってるんだ」
「……。そうか……」
……セシル教官の影響……かな――。
「それに、ついこの前はパイロットの資格も取ったしな」
視線を落としかけていたタグーはすぐに不可解げに顔をしかめた。
「パイロット?」
「そうだよ。すごい人だよな。あのがんばりようは、ホント、お前たちと一緒にいた頃と変わらないよ」
笑顔で報告されるものの、あまり嬉しくはない。
タグーはじとっと目を細めてゆっくりガイを見上げた。
「……嫌な予感がするのは僕だけかな?」
「……。アリスのことですから」
見抜いたガイの台詞に「……だよね」とタグーは肩を落とした。
「ああ、アリス教官探してるんだったら」
思い出したように、元同僚は軽く顎をしゃくった。
「よく機動兵器格納庫の方に行ってるから、そっちに行ったらいるかもしれない」
「格納庫?」
「久し振りだろ? ザック教官もいるから挨拶して来いよ」
「……うん、ありがとう」
「じゃあ、またあとで」とその場は別れて、記憶の片隅に残っている道順でそこに向かう。
「……アリス、何を考えてるんだろ」
「無茶な真似をしなければいいのですが」
「有り得るよね。……はぁ。ヤバイなぁ。パイロットの資格まで取っちゃうなんて……。……やっぱ絶対尾を引いてるんだよ」
「今更言っていてもしようがありません」
「そりゃそうだけどさ。……ヤダなー、こういうの。パイロットだなんて……。アリスが……。……はぁ」
何度となく深くため息を吐く。その度になんだか心の奥に毒が生まれてくるようだったが、それでもため息は消えなかった。
なんだか、すべてが悪い方へ進んでいる気がする――。
何かにチャレンジするのはいいことだ。しかし、チャレンジする方向を間違えると、それは危うい。“教官”までは許せる。しかし、パイロットとなると「なんで?」という疑問よりも「やめておけ」と止めたくなる。つまり、それが危ういチャレンジだ。……本人はわかっていないだろうが。
――数分後、ツンと鼻を突く匂いと共にそこが開かれ、タグーは「うぁー……」と辺りを見回した。
「……ここも相変わらずだなー……」
格納庫にやってきた二人を見て、特にガイを見て、周囲で作業をしていたエンジニアたちの動きが止まる。……と、
「タグー!? タグーか!?」
金属音が鳴り止み静まり返る中、油まみれのザックが笑顔で駆け寄ってきた。その姿に、タグーも嬉しそうな笑顔で彼に駆け寄る。
「ザック教官ー!」
「久し振りだな! 元気にしてたのか!?」
「元気ですよーっ! 教官も元気そう!!」
「そりゃぁな!」
互いにガッと握手を交わすが、瞬間、タグーは頬を引き攣らせた。……ザックの手が油で汚れていて、べたっとした感触が伝わってきた。
「もーっ、教官! 握手する時くらい手ェ拭いてよ!」
「エンジニアがンなこといちいち気にするか」
頬を膨らませてゴシゴシとズボンで手を拭うタグーに方眉を上げたザックは、彼の背後に立つガイを見上げて笑い掛けた。
「ガイ! タグーに直してもらったのか!?」
「はい。ご無沙汰しておりました」
「大丈夫か!? あとでオレが見てやろうか!?」
自分の鼻先を指差すザックの真剣さに、タグーは「……失礼な」と目を据わらせた。
「教官……、まだ僕の腕を信用してないの?」
「ガイ! おかしいところがあるなら今のうちに言え! ここには優秀なエンジニアが揃ってるからな!!」
焦るようにガイを見上げるザックに、無視されたタグーは更に目を据わらせる。
ガイはザックを見下ろして軽く頭を左右に振った。
「ご心配なく。何ひとつ不自由なく、タグーには綺麗に直してもらいました。彼の腕は一流のものです」
その言葉にタグーは少し照れ笑いをする。ザックは「ほへー」と、口をぽかんと開けてそんな彼をジロジロと見つめた。
「ナリも立派になったが、その腕も成長したか」
「僕だってがんばってるんですから」
「そのようだな。……ああ、本当に元気そうで良かったぞ」
ポンポン、と真っ黒な手で肩を叩く。タグーは「はは、ははは……」と引きつった笑みを浮かべた。
――その姿を遠く眺める四人組……。
「あれ、ひょっとして……アリスさんの?」
作業の手を止めるクルーたちと同じようにそちらを窺い、ジュードが顔をしかめると、「だよな?」とトニーも訝しげに見つめた。
「あのロボット、すっげぇー。でけー。……けど、中に人が入っていたら笑える」
「そんなことあるわけないでしょ」
ロマノが呆れて突っ込み、ザックと笑い合うタグーを見る目をあこがれの眼差しに変えた。
「へぇー……、あの人が有名なエンジニア……。……かっこいー」
「……変な格好してるな」
と、ハルにぽつりと呟かれ、ロマノはじっとりと目を据わらせた――。
互いの様子に少し談笑していたが、タグーは「……あ」と思い出してザックを見上げた。
「教官、その……アリスは?」
「あン? まだ会ってないのか?」
腰に手を置いて訝しげに眉を寄せると、タグーは「うん……」と視線を落とし、すぐに顔を上げた。
「クリスたちと一緒に外に出て来なかったんだ。……会いたいんだけど、どこにいるかわかる?」
「ったく、あいつは……」
呆れてため息を漏らすザックに、タグーはそろっと、戸惑うような上目を向けた。
「……アリス、……何か変わったところは?」
「そうだな……。まぁ……話は知ってるんだろ?」
「……大体は」
「ショックなワケはないからな。必死に立ち直ろうとしているのはわかるが」
「……そっか」
少し悲しげに目を細めるタグーを見て、ザックは元気付けようと笑みをこぼした。
「けど、お前たちに会えれば気分も晴れるだろ。早く会ってやれ」
「……どこにいそう?」
顔をしかめて問うと、ザックは「そうだなぁ……」と腕を組んで考えた。
「クリスがいりゃ執務室に隠れてそうだが。あとは司令塔とか休憩室の方とか教員室、あ、ひょっとしたら自分の部屋に閉じ籠もってるかもな」
「そっか……。……わかった。探してみるよ」
「あ、おい、タグー」
背を向け掛けたが、呼ばれて足を止め、再びザックへ目を戻した。
「なんですか?」
「お前、手ェ空いてるのか?」
「……なんで?」
「人手が足りねぇんだよ。手伝いに来い」
真顔の命令口調で格納庫内を顎でしゃくられ、タグーはため息を吐いた。
「それはこっちも同じだよ。ノアコアの調査がまだ終わらないんだから」
「何年掛かってんだ」
「“あれから”ずっとです」
ガイが答えると、ザックは愕然と目を見開いて「はっ!?」と身を乗り出した。
「お前、ホントに大丈夫なのかっ?」
腕を疑われたタグーは不愉快げに目を据わらせて腕を組んだ。
「教官はノアコアの広さを知らないだろ。行ってみたらわかるよ。すごく大変なんだから」
「……。お前、もう一度試験にチャレンジしてみるか?」
真面目に提案され、タグーは更に目を据わらせたが、「もういいっ」とそっぽ向いた。
「アリスの部屋に行ってみるっ。どこっ?」
「あっ……、あのっ!」
タグーの不愉快げな声が耳に届いたロマノは、慌てて腰を上げてパタパタッとその場に走り寄った。そしてこちらを振り返ったタグーを見るなり「うわ、近くで見るともっとかっこいいし、……こいつ、でかい」とガイを見上げて心の中で思いつつ、身振り素振り、焦った様子で切り出した。
「あの……、アリスさん、部屋の方にはいないと思います」
「あ、ホント?」
「部屋のカードキー、私が預かってるから」
ロマノは胸ポケットからキーを取り出して軽く見せ、それを仕舞いながら「えーと……」と目線を上に向けて考え込んだ。
「アリスさんのことだから、たぶん監視塔の方にいると思うんですけど……」
呟くように答えるロマノに「……監視塔?」と顔をしかめて繰り返すと、ロマノは「はい」とうなずいた。
「そこでよくボーっとしてるのを見かけるんです。いつものことだから、オペレーターのお姉さんたちも無視してるし」
タグーは「ふうん……」と軽く返事をして少し視線を斜め下に向けた。“監視塔”といえば、ほぼ全面を強化ガラスで囲まれた、見晴らしのいい場所だ――。
ロマノはソワソワしていたが、意を決して、「……あっ」と切り出した。
「なんなら、一緒に行きましょうかっ?」
ロマノが案内役を申し出る頃、ジュードたちも近寄ってくる。タグーは苦笑して断ろうとしたが、
「アリスさんの行動パターンはバッチリわかってるしーっ! あ、オレ、トニーですっ、よろしく!」
トニーに笑顔で手を差し出され、タグーは状況もわからずなんとなく握手を交わした。
ザックは「ったく……」と、腰に手を乗せて四人を睨み付けた。
「お前たちはまだ仕事が残ってるだろ」
「けど、アリスさん探してるんですよねっ? 見つけたいですよねっ?」
ロマノが必死な笑顔でタグーに伺うと、トニーも笑顔でグッと拳を握った。
「オレたちに任せれば絶対に見つける自信アリ!」
「見つけないと、アリスさん、絶対に自分から出てこないだろうね」
「困った人だ」と言わんばかりにジュードがため息を吐き、「……頑固だし」とハルが小さく付け加える。
ザックがじっとりと目を据わらせる中、四人が何をしたいのか、やはり訳がわからずタグーはガイを見上げた。
「どうだろう?」
「私の動体センサーでは探しきれませんし、協力して頂けることで見つけ出すことが出来るのであれば、それに越したことはありません。実際、アリスが閉じ籠もっているのでしたら早急に見つけて話をする必要があるでしょう」
発せられたなめらかな言葉に四人は「しゃべった!」と少し驚いたようにガイを見上げる。
タグーは「うーん……」と考え込んでザックを窺った。
「教官、いいの?」
ザックは深くため息を吐き、顎を上げて目を細めた。
「まぁいい。あとでこいつらにはその分みっちり働いてもらうしな」
残業宣告に、逃げられると思っていた四人はゲッソリと顔の力を緩め、「その気持ちはよくわかるよ」とタグーは苦笑した。
「じゃあ……悪いけど案内してもらえるかな?」
「了解!」
こっちです! とロマノとトニーを先頭に歩き出す。その後ろ姿を見てザックは深くため息を吐くと、「さ、仕事だ仕事!!」と周囲のエンジニアたちを急かし立てた。
「えーと……。キミたちは……」
エレベーターに乗って目的の階に着き、歩きながら四人を窺うと、ジュードが振り返りそれぞれに手を向けた。
「オレはジュード。こいつはトニーに、こいつがハル、んで、ロマノ。ついこの前パイロットの試験に合格したばかりで、アリスさんとは一緒に試験勉強してたんだ」
「そっか。……あ、僕はタグー。タグー・ライト。そして……ガイ」
「以後お見知り置きを」
ガイに小さくお辞儀をされて、四人は「ど、どーも」とぺこりと頭を下げた。
ロマノは興味津々で、隣を歩くタグーを見上げた。
「タグーさんって……、アリスさんと一緒にここで戦ったんですよね?」
「ん? んー……まぁ、大したことはしてないよ」
「そんな謙遜しちゃってっ」
ロマノが笑顔で突っ込むが、タグーは照れるわけでもなく、取り繕うような笑みを見せて首を振った。
「ホントだよ。……ただ必死だった。それだけ」
どことなく寂しい雰囲気を感じ、ロマノは「……いけないこと聞いちゃったかな」と不安になり、話題を変えようと口を開き掛けたが、「あなた方は」とガイの声が聞こえて顔を上げた。
「この地にて起こったことを熟知しているのですか?」
「資料で調べた程度」
ジュードは先を歩きながら振り返って肩をすくめた。
「アリスさんに聞いても何も教えてくれないし、自分たちで調べろって言うから」
「そうですか。では、これから起こる事態もわかっていらっしゃるのですね?」
「戦争だろ? 絶対負けないよなーっ」
トニーが笑顔で拳を突き出すと「まあな」とジュードもニヤリと笑い、ロマノも笑顔でうなずく。
余裕の彼らにガイは斜め前を歩くタグーを見下ろした。その気配に、タグーは歩く足を止めることなく小さく息を吐いた。
「……アリスがキミたちに独自でここのことを調べろって言った意味、ちゃんと理解した方がいいと思うよ」
強くもなく、弱くもなく、ただ冷静に意見するタグーのその言葉に、四人は彼へと目を向けた。
「ただの戦争だとしても、さ。……ここで起こるのは、勝ち負けなんて関係ない……そういう戦争だから」
少し視線を落とすタグーに、四人は何も言えずにそっと目を見合わせる。
「勝ち負けでケリが付くんだったら、十年前に僕たちがなんらかの手を尽くしていた。……そうしなかったのは、それでも望みを捨てなかったからなんだ。……無駄だったみたいだけど」
どこか残念そうに最後の言葉を言い終えると、タグーは鼻から深く息を吐いて肩の力を抜いた。
「まぁ、ここに来てしまった以上、もう後戻りはできないだろうからね。あとでいろんな人から話を聞くことを勧めるよ」
ジュードとトニーは訝しげに顔を見合わせた。
――確かに、知識不足だろうとは思う。けれど、彼のこの……重い空気はなんだろう?
ロマノは少し考え込んでいたが、隣を歩いていたタグーから一歩遅れ、そっとガイを見上げた。
「……ガイ……さんって」
「ガイとお呼びください」
真っ直ぐな鉄の顔をこちら向かれ、ロマノはビクッと一瞬肩を震わせて「は、はいっ」と強めに返事をすると、気を落ち着けてから切り出した。
「……ガイ、って、その……すごく賢いの?」
「すごく賢いとは?」
「んーと、いろんなコトを知ってる?」
「大半の情報は学習しますが、周りの環境にもよります。この地で生活をしていればこの地なりの情報しか覚えることのないのと同様、わたし自身が体験したことない情報は未知の世界です。あなた方の学習能力と、さほど違いはありません」
「……でも、なんか……すごそう……」
「わたしを最初に見た人間の大半はそのように思われるようですが、実際はそうではありません。見た目で強靱だと錯覚されているのではないでしょうか? わたしたち、あなた方がロボットと呼ばれる者も限界はあり、死と同じように破壊されます。しかし、あなた方人間よりも頑丈であることも事実です。かと言って全てに優れているわけではありません。わたしたちには持てないものをあなた方人間は持ち合わせているのですから」
ロマノは顔をしかめて首を傾げた。
「なんだか難しい」
「複雑なようで、それは至って簡単なことなんです。簡単だからこそ、それを理解できる人間は悩み、苦痛を伴います」
タグーは少し視線を斜め下に向けた、その時、先を歩いていたジュードたちの足が止まって顔を上げた。
「ここ、監視塔」
トニーが教えて最初に中に入る。
ケイティ艦の最上階にあるこの場所。数名のオペレーターとクルーが仕事に励んでいる。
いるかなー、と、入り口付近でそれぞれが辺りを見回していると、ロマノがクイクイとタグーの服を引っ張って指差した。――強化ガラスの前、膝を抱えて座っている背中を見て、タグーは少し目を見開き息を飲んだ。
トニーが「あ!!」と駆け寄ろうとしたが、それをハルが腕を掴んで止める。
ガイは立ち止まったままのタグーの背中を軽く押した。タグーは彼を見上げて、少し戸惑いながら、それでも勇気を出して足を踏み出した。近場のクルーたちが「なんだ?」と彼らの様子を見つめる。
「……。……アリス?」
声を掛けられた彼女は、ピクリとすることもこちらを見ることもなく、窓の向こうにに広がる景色と向かい合ったまま。
タグーは首を傾げて更に数歩近寄った。
「……アリス?」
「……。すごく……木が増えたよね。……綺麗になってる」
アリスは呟くように言うと静かに立ち上がった。そして間を置いてゆっくりと彼を振り返って……
「……。……プッ!!」
いきなり吹き出し、そしてそのまま「あははっ!」とお腹を押さえて笑い出す。その笑い声にジュードたちも、そして室内のクルーたちもキョトンとし、タグーは「……はっ?」と顔をしかめた。
「な、なにっ? ……なんか付いてる!?」
一瞬、ザック教官に顔を触られたか!? と思った。だが、そうじゃないらしい。
アリスはお腹を押さえて背中を丸め、苦しそうに眉を寄せた。
「タ、タグーよね!? タグーでしょ!? ……プッ。……あはは! 何をどうしたらそんなになっちゃうのよ!? 整形でもした!?」
“そっち”のほうか、と、悟ったタグーは恥ずかしそうに目を据わらせた。
「失礼だよ、それ」
「くっくっくっ……。ふふっ。だってっ……ふふっ……」
アリスはまだ肩を震わせて笑っている。
タグーは「……どいつもこいつも」と不愉快げに口を尖らせながら彼女に近寄った。その気配にアリスは顔を上げるが、彼を近場で見るなりまた「あっはっはっはっ!!」と大笑いする。タグーは「ガーンッ!」とショックを受けて目を見開き、一歩後退して仰け反った。
「な、なんで笑うのさ!?」
「だ、だって!! こ、こんなに大きくなってる!!」
「……。当たり前でしょ!! 十年経ってンだから!!」
「あはは!! タグーがでかくなってるー!!」
「いちいちそんなことで大笑いしないでくれよ!!」
「あははははっ!!」
アリスはお腹を抱え込んで「ひーっひーっ」と苦しそうに息を吸う。
「やーだっ、タグーったらっ。もー笑わせないでーっ」
「そっちが勝手に笑ってンだろっ!」
「だーってっ……くくっ……」
笑い涙を手の甲で拭いながらなんとか呼吸を整えるアリスに、タグーはじっとりと目を細めて腰に手を置いた。
「そういうアリスだって、おばさんになったじゃん」
アリスはピタっと笑うのを止め、背筋を伸ばしてタグーを睨み付けた。
「そういうことを言う?」
「老けたよね。確実に」
「化粧のせいよっ」
「じゃあ、化粧取ったら恐ろしいね?」
背後で「ぷぷっ」と吹き出して笑う声が聞こえ、アリスは四人を睨み付けた。――その時、ガイの姿に目を留め、フッと表情を消した。
ガイは静かに近寄って、自分の行動を目で追うアリスの前で立ち止まった。
「アリス、元気そうで何よりです」
アリスはガイをじっと見上げていたが、うっすらと目に涙を浮かべて笑みをこぼし、その胸元を撫でた。
「……ガイ。……元に戻ったの?」
「はい。タグーに直してもらいました」
「……。どこも壊れてない?」
タグーが目を据わらせたのを視界の隅で捉え、アリスは少し笑うと、笑顔でガイを見つめた。
「……そう。……はは。そっか……よかった……」
安堵のため息と共にそう漏らして腕を伸ばし、しがみつくように抱きしめて冷たい胸元に頬を寄せた。ガイもアリスの背中に軽く腕を回す。
――タグーは目蓋を震わせて少し悲しげに眉を寄せた。彼の視線の先、ガイの胸元に頬を寄せるアリスの閉じた目から涙が伝い落ちたのが見えた。
「……。……アリス……」
タグーの心配を含んだ伺う声に、アリスは少し鼻をすすって笑みをこぼすとガイから離れて指先で涙を拭った。
「……はは。……ちょっと、気が抜けた。……、……安心した」
アリスはグスっと完全に涙を消すと、少し赤くなった頬をそのままに笑顔でタグーを窺った。
「フライは? 元気?」
いきなり切り出されてタグーは内心焦り、「え? あ、ああ……」と戸惑いながらもうなずいた。
「今クリスと話をしてると思うよ」
「そっか……。じゃあ……あとでご挨拶行かなくちゃ」
「そうだね。キッドも待ってる。フローレルたちも」
「……うん」
「あと……ジェイミーもね」
ためらうようなタグーの言葉に、アリスは間を置いて小さく微笑んだ。
「……うん。……元気に育ってる?」
「元気は元気だよ。すごく……元気すぎるくらい。……けど、耳に障害を負っててさ」
寂しげに少し視線をとすタグーに、アリスも「……そうみたいね」と俯き、顔を上げて小さく首を傾げた。
「耳って……全然聞こえないの?」
「微かに聞こえてるみたいだけど、ほとんど聞こえてないに等しいと思う。いくつか補聴器を作ってみたんだけど、どれも合わなくってさ」
無念さを少し滲ませてため息を吐くと、「……あ」と目を軽く見開いて顔を上げた。
「そうか、ザック教官にあとで聞いてみようかな……。ここにあるパーツを組み合わせてみたら、また違う仕組みを造り出せるかもしれない。ってコトは、チップをもう一度コアから造り直して」
腕を組んでブツブツと真顔で考え出すタグーにアリスはキョトンとし、苦笑した。――見た目は変わっても、こういう姿は全然変わらない。
なんとなくホッとして一息吐くと、動き出した彼の思考を止めようと切り出した。
「クリスは、もう会ってた?」
タグーは「ん?」と顔を上げ、「あ、ああ」と、組んでいた腕を解いて首を振った。
「そこまでは見てないけど、たぶん、もう会ってると思うよ」
「そう」
微笑みながらも視線を落とすアリスに、タグーは間を置いて笑い掛けた。
「ジェイミーはホントにいい子だよ。クリスもかわいがってる頃なんじゃないのかな」
「……そうね」
アリスは笑顔でうなずき、「……あ」と思い出して顔を上げた。
「リタは? 元気にしてる?」
問われたタグーは今までとは打って変わって、露骨に嫌さを現し首を振った。
「すこぶる元気。手に負えなくて困ってるよ……」
言葉からも表情からも疲れ切っているのがわかり、アリスは「ふふっ」と笑う。
「リタはやんちゃだったものね」
「やんちゃってモンじゃない。ギリギリフライの言うことを聞いてるけど、もうしばらくしたら女王様にでもなるんじゃないかと心配だ」
「……そんなに酷いの?」
訝しげにガイを見上げて問うと、
「タグーが甘やかしているからです」
と即答され、タグーは「僕は甘やかしてるんじゃないって」と頬を膨らませた。
アリスは「ふふふっ」と笑い、深く息を吐いて肩の力を抜いた。
「……じゃあ……会いに行こうかな」
「うん。みんな待ってるから。おいで」
タグーは笑顔で導きガイを引き連れて足を踏み出したが、途中で「あ、そうそう」と、じっと窺っている四人の前で足を止め、アリスを振り返った。
「この子たち、アリスのなんなの?」
アリスは「ん?」と顔を上げて四人を見ると、しばらく間を置き、笑顔で答えた。
「今は私のしもべよ」
四人は「えー?」と不満げに口を尖らせた。……いや、ハルだけは無表情だ。
「なぁに、その目。地球に帰しちゃうわよ?」
方眉を上げて脅された四人はムスッと不愉快さを露わにする。アリスは「ふふっ」と少し笑ってタグーに目を移し、首を傾げた。
「クルーたちは外に出ちゃ駄目なの?」
「どうだろ? そういう話はまだ聞いていないから」
「そっか……」
アリスは少し残念そうな笑みで四人を見回した。
「じゃあ……あなたたちはまたザック教官のところに戻って、ちゃんとお仕事をするのよ?」
「せっかくここまで来たのにーっ!」
トニーがふてくされて、わがまま全開で拳を上下に振った。
「オレも行きたい!! 外に出たい!!」
「総督の許可がなくちゃ駄目よ。あとで許可が下りるだろうから、その時まで待って」
「そうそう、みんなで食事の準備を進めてるから。今夜は外で大騒ぎになると思うよ」
笑顔でタグーが続くと、トニーは「マジで!?」と顔を輝かせる。現金な彼にアリスは苦笑した。
「じゃあ、食事がおいしく食べられるように、たくさん働いてちょうだいね」
「えぇーっ!!」
「文句を言わないの。じゃ、しっかりね」
アリスは小さく手を振り、歩き出したタグーとガイの後を追って一緒にそこを出た。
「……仕方ない。格納庫に戻るか」
ジュードがため息混じりに歩き出すと、ロマノは「ねぇねぇっ」と彼の横に並んで笑顔で覗き込んだ。
「外で大騒ぎって、パーティーでもするのかなぁっ?」
「楽しみだなーっ! ……けど、それまで作業かー。あーあ」
トニーもコロコロと表情を変えながら後を追う。その三人の後ろ――。ハルは壁一面の強化ガラスの向こう、アリスがさっきまで見ていた広がる森を見つめた。……戦いが起こった大地。その割には綺麗だな。そんなことを思いながら――。
タグーとガイと並び歩いていると顔見知りのクルーたちに見つめられた。彼らは一瞬驚きを露わにし、けれど、すぐにホッとしたような笑みをもらした。十年前のことを知っているクルーならば、誰もが多少なりと不安を感じていたのだろう。けれど、再会を果たした彼らの笑顔を見る限り、心配は無用だったと感じているに違いない。
一番近いハッチから外に出ると、アリスは「……んー!」と大きく背伸びをして深呼吸をし、ゆっくりと辺りを見回した。
新鮮な空気と、どこからか漂ってくるおいしそうな匂い。そして、それに負けないくらいの緑の香り――。懐かしさと、そして、なぜだか急激に寂しさにも襲われた。
先を歩いていたタグーは、立ち止まっているアリスを振り返って首を傾げた。
「どうかした?」
「……ううん、なんでもない」
アリスは少し間を置いて笑顔で首を横に振り、足を一歩踏み出した。その時、靴底にふわっとした感触が――。「?」と足下を見下ろすと、青々と茂る名も知らないたくましい雑草が広がっている。笑みをこぼし、感触を楽しむようにフミフミとそこで軽く足踏みをすると、また辺りを見回しがら先で待つタグーに近寄った。
「……すごく落ち着く場所になったよね」
「苦労したよ。荒れ果ててたから」
「……そうね」
アリスは呟くように返事をして、苦笑するタグーに微笑んだ。
「よくがんばったね」
「そんなことないよ。周りのみんなの方が熱心で、僕なんかほとんどノアコアに入り浸りだし」
肩をすくめると、「ノアコア……か」と、アリスは少し視線を斜め下に向けた。
「……あとで行ってみようかな……」
「だったら僕が案内するよ」
「うん、お願い」
歩き出したタグーの後にガイと一緒に足を踏み出したが、「みゅーっ!!」と大声と共にドタドタッ……!! と遠くからフローレルが走ってくる姿が見え、アリスはキョトンと立ち止まった。タグーは「ああっ……」と慌ててアリスに翻訳機を渡し、アリスはそれを付けると目の前で立ち止まったフローレルに腕を広げた。
「フローレル!」
「アリスーっ!」
お互いどちらからでもなくギュッと抱きしめ合う。
「みゅーっ! 久し振りー!!」
「元気そうでよかったー!」
「元気みゅーっ! 会いたかったみゅーっ!」
「……ホントに?」
冷静に問い掛けると「ホントみゅーっ!!」と怒ってギュッと強く抱かれ、息苦しさを感じながらもアリスは少し笑って彼女の背中を撫でた。
彼女の雰囲気も変わらない。
安心していると、駆けてきたカールを見つけて笑顔を向け、フローレルとそっと離れた。
「カール、久し振り!」
「アリスさん元気そうでよかったッス! 見ないうちに綺麗になりましたねー!」
「そんなことないわよー」
「ホントっすよ! ね、タグーさん!」
笑顔で相槌を問われ、タグーは腕を組んで「うーん……」と訝しげに唸る。
「中身が変わらないんじゃね」
アリスはムッと目を据わらせ、カールは「あはは!」と笑った。
「……アリスお姉ちゃん?」
カールの後ろからリタが窺うように顔を覗かせている。アリスはか細いその声に「ん?」と目を向け、少し腰を低くした。――確かにカールの後ろから“見知らぬ少女”が一緒に走ってきていたのは見えた。
じっと見つめる目と向き合っていると、アリスは少し眉を寄せた。
「……もしかして……、リタ?」
リタが「うん」とうなずくと、アリスは「ええ!?」と笑みをこぼした。
「ホントに!? あんなに小さかったのに! すごく大人になったね! こんなにかわいくなるなんて!」
目を見開いて笑顔で驚かれ、リタは「えへへっ」と照れ笑いをする。その姿にタグーは顔をしかめた。いつもと様子が違いすぎるじゃないか。何か企んでるのか? と――。
アリスは「うわー……」と懐かしさを滲ませ、笑顔でそれぞれを見回した。
「ホント、みんな元気そうで良かった。……すごく安心した」
穏やかな笑みを浮かべる、そんなアリスにタグーたちも微笑んで見せた。
「あっちでキッドさんたちが待ってるッスよ! 行きましょ!」
「そうそうっ、今夜はたくさんごちそう用意したみゅーっ!」
カールとフローレルに左右から引っ張られ、アリスは笑顔で歩いていく。その背中を見てタグーは小さく息を吐き出し微笑んだ。
「……アリスお姉ちゃん、綺麗になったなー」
「そうだね……」
何気に答えた途端、リタの“睨み”が痛い――。
タグーは逃げるようにガイの背後に回ったが、リタはムスッと頬を膨らませて追いかけた。
「私とアリスお姉ちゃんと、どっちが大事っ?」
「……あ、あのね、リタ」
「どっち!?」
「う、うーん……。今はアリス、かな」
リタはムカッ!! とタグーを睨み付け、ガッ!! と爪先を力一杯踏みつけた。
「いて!!」
タグーが顔を歪めて座り込むと、リタは背中を丸めて爪先を押さえる彼を見下ろし「フンッ!」とそっぽ向いて歩いていく。ガイはその背中を見送り、「うぅーっ……」と唸り声を上げるタグーを顔だけで見下ろした。
「タグー、大丈夫ですか?」
「……てて。……ったくっ、リタの奴!」
「リタの扱いは難しいですが、意外に単純です。タグー、重傷を負う前に術を変えた方がいいのでは?」
「そんなこと言ったって……不可抗力だよっ」
タグーはよろけながらガイに手を貸してもらって立ち上がり、片足立ちで頬を膨らませた。
「僕が何したって言うんだっ? リタはいつも一人で勝手に怒ってるっ」
「人間の感情というものは一人では生まれませんよ」
「……。そうだけどっ。……でも、リタは勝手だっ」
膨れっ面で口を尖らし、不満を露わにする。
ガイは「やれやれ」と言いたいのか、特に何もすることなくみんなの後を追って歩き出した。タグーも「……あっ、ちょ、ちょっと待ってっ」と、慌てて足を引きずりながら彼を追いかけた。
――空一面に星が広がっている。
やっと艦内から解放されたクルーたちが、久し振りの大地に子どもに戻ったように走り回り、遊び、はしゃいでいた。そして日が沈むと今度はノアの住人たちからのおもてなし。賑やかな笑い声、打楽器の音楽、次から次へと料理が運ばれ、お酒を振る舞われ、みんなの機嫌も最骨頂になる。
大いに楽しんでいる彼らを横目に、アリスは笑みをこぼし、邪魔することなく避けるように遠くを歩いた。
ついさっきまで、タグーたちと一緒におもしろおかしく話をしていた。この十年間という年月を埋めるように。そして、みんなが楽しく話をしている間にそっとそこを抜けだし、一人、散策をしている。
この大地に野獣と言うほど恐ろしい生き物がいないことはわかっていた。だから、本当に気ままな散歩だ。お酒も少し入っているから、気分もいい。心地が良くて、フワフワしている。
――笑い声が段々と遠くなる。それでも行き先などわからず、何かに導かれるように足を進めた。時々、フラ……と足下が絡み木に寄り掛かるが、倒れ込むことはない。
微かに聞こえ出す虫の声……。頭上からは、生え渡る木々の間から月に似た恒星の輝きが辺りを照らす。
アリスは「ふぅーっ」と時々深く息を吐きながら、それでも歩き続けた。
そして森を抜けると、目の前に広がるのはひまわり畑――。
……見つけた。
アリスは少し笑みをこぼすと、ゆっくりそこに近寄ってひまわりたちの間を入っていった。
……大きくなったね。……あの時は、見るも無惨な姿になっちゃったのに……。
柔らかい風がひまわりたちの間を吹き抜け、そしてアリスの傍を通り過ぎる時に優しい空気を伝えた。
……そう。……大切に育ててもらってたんだね。……この感じは……。そうか、キッドさんがあなたたちを……。
フラフラと歩いていたが、ひまわりの大きな茎に足を引っかけてその場につまずいてしまった。軽く膝を打ち、「いったぁー……」と顔を歪めながら地面に付いた手を叩いて土を落とし、ひまわりたちを見上げた。
「……笑わないでよ。……ちょっとつまずいただけじゃない」
頬を膨らませて愚痴をこぼし、そのままそこに座り込んだ。
地面の冷たさが、足全体に広がってくる――。
ぼんやりと、定まらない視線でどこかを見つめ、しばらく間を置いてゆっくりと空を見上げた。その視界に、ひまわりたちの花の間から満天の星屑が映る。
『星に刻みたいこと……たくさんあるんだ。一晩だけじゃ足りないくらい。だから……』
いつかの光景が脳裏を過ぎり、星空を見上げていた瞳に涙が浮かんで目尻からこぼれ落ちた。
……足りないものばかりだよ……。……埋められない。……埋めることが、できない……。
何を探してこのひまわり畑に来たのか。いったい何を求めているのか。考えようとすればするほど、心が歯止めを掛けてしまった。
たまらなく寂しくて、たまらなく悲しい。
一度許してしまった涙は止まらない。ただただ胸を締め付けて、手足を痺れさせるほど熱くさせて、まるで病気にでも掛けてしまったかのよう。
その病を治すための薬は、持ち合わせていない。
――その昔は持っていた。いや、用意してくれる誰かがいた。
でも、今は……。
アリスは閉じた目の端からポロポロと涙をこぼし、息を、肩を震わせていた。広いひまわり畑の中、ただひとりで。――だが、「ガサッ」という音と人の気配にハッと目を見開き、咄嗟にそちらを振り返った。……何かに期待した意識に押されるように。
しかし、涙で歪んだ目に映ったのは、誰でもない、幼い少女だった。
「……。……ジェイミー」
ひまわりの茎を掴み押しながら、「邪魔だなー」と言わんばかりに避けて歩いてくる。アリスは涙を拭うと慌てて立ち上がって近寄った。
「こんな遠くまで来ちゃ駄目じゃないっ。誰か一緒なのっ?」
困惑げに訊くものの、ジェイミーは首を傾げて「あー……う、んー……」と小さな言葉を漏らすだけ。
アリスは少し戸惑い、ひまわりたちを避けながら腰を下ろしてジェイミーの頬を撫でた。
「……みんなのところに戻らなくちゃ。フライ……パパたちが心配するでしょ?」
「んー……う……。あ……、う……」
「なぁに? どうかした?」
少し笑みを浮かべて首を傾げると、ジェイミーは特に表情もなく、右腕を上げて手をアリスの頬に当てた。そっと触れた小さな温もりにアリスは少し目を見開くが、ジェイミーは構うことなく、今度は背伸びをしてアリスの頭の上に手を置き、左右に動かして撫で始めた。
アリスが顔を俯かせると、ジェイミーはそれに併せてかかとを下ろす。だが、頭を撫でる手は止まらない。
――地面と向き合う視線。ジェイミーが優しく撫でる感触。なぜだか胸が苦しくなって、止めた涙が再び浮かんできた。抑えが効かなくなってボロボロと地面に大粒の涙を落とす。何度も息を詰まらせて体を震わせる。それでもジェイミーはアリスの頭を撫で続けた。
アリスは顔を歪めると、「っ……」とジェイミーを抱きしめた。幼い体が締め付けられるが、ジェイミーは抵抗することなくおとなしくしている。……と、
「……あ……あ、いえ……」
ジェイミーが小さく言う。
「……あー、……ああ……あぁあ……いえ。……。……あ。あな、……あ、……う? ……。あないえ。……。ああないえ。……。? ……。あがないえ? ……。んー。……あ、あかな……いえ……、いで。……。うー。……あかないで。……。あ? ……あ? ……な? ……。……なあないで。……。なかないで」
アリスは、腕の中、ジェイミーの誰かと話すような言葉に息を止めて目を見開いた。
「……あかない……。……な、……なかない、で。なーかーなーいーでー。……なかないで。なかないで?」
アリスはジェイミーをそっと離して、涙でボロボロになった顔を彼女に向けた。
ジェイミーはどこかを見て何か考え込んでいたが、アリスを見ると、にっこりと笑って一言。
「なかないで」
アリスは愕然とした顔で、ジェイミーが見ていた自分の背後をさっと振り返った。――瞬間、風が二人を通りすぎ、ひまわりたちが揺れてアリスは唖然と目を見開いた。唇が震え、息が震えるが、硬直した体は動かない。
――何も見えない。誰もそこにはいない。けれど確かに“感じた”。風の中に、優しい気配を感じた……。
思わず息が詰まって顔が熱くなり、口を押さえると同時に涙が溢れ出た。
こんな体験は初めてだ。だが、恐怖なんてない。むしろ愛しくて、寂しさが心を襲った。会いたいという気持ちが全身を覆った。
腕を抱いて背中を丸め、項垂れた状態でポロポロと涙をこぼす。「うっ……うっ……」と声を漏らして泣くアリスに、ジェイミーは首を傾げ、そっと震える背中を撫でた。
「なかないで。なかないで」
最初、なんの感情も込もっていなかった。ただ、教えてもらった言葉を繰り返していただけ。けれど、泣き続けるアリスに不安を覚えたのだろう。
「……なかないで。……、なかないで……」
伝える声が、段々と悲しみを帯びてきた。
アリスは呼吸を乱しながらも、背中を撫でる感触に「うんっ……うんっ……」と何度もうなずいた。これ以上心配を掛けてはいけない、と、なんとか気を落ち着け、涙をこらえる。その間も、背中を撫でる手は止まらない。
戸惑いを含んだ優しさに、アリスは服の袖で涙を、鼻水を拭い、呼吸を整えようと数回深呼吸を繰り返した。そしてようやく……涙が止まった。
ぼんやりと地面を見つめ、しばらく無心でいたが、背中を撫でる存在にそっと目を閉じ、深く息を吐いて目を開けると同時にゆっくりと振り返った。
ジェイミーは背中から手を下ろし、そっと窺っている。その目が「大丈夫?」と訊いているよう。
アリスは悲しげな表情で真っ赤な目を彼女に向けていたが、膝を動かし真っ直ぐ向き合うと、ジェイミーの目をじっと見つめた。ジェイミーも、アリスの目をじっと見つめる。
「……う。……あ。……あ……い……う。……う? ……うー。……。……あいう。……?」
片言で首を傾げるジェイミーに、アリスは自分の口元を指差して口パクで何かを伝える。ジェイミーはそれをじっと見つめた。
「……あ……い。……い。……。……り。……う……うー……。……あい……あり、う。……。……す。……あいす。……あーりーすー。……ありす」
アリスは愕然と眉を寄せた。
……この子……耳で言葉を聞いてるんじゃない。心で言葉を聞いてる……。……ってことは……今私が言ってる言葉はちゃんと聞こえてるのね……?
ジェイミーは「へへー」と笑った。「やっとわかってもらえた!」そんな雰囲気で。
アリスは間を置いて、まだ乾き切れていなかった涙をぐいっと腕で拭うと、ジェイミーを「よいしょ」と抱き上げて立ち上がった。
「……どんな補聴器作っても無理なはずね……。……そっか……。……これがあなたの会話の仕方だったのね……」
言葉で言うとジェイミーは首を傾げる。
アリスは少し苦笑し、彼女を抱えたままで歩き出した。
……さっき……、……誰かの姿が見えた……?
ジェイミーは「へへ」と笑う。
……知ってる人……だった?
ジェイミーは「へへへっ」と笑う。
……いつも……現れるの?
ジェイミーはにっこりと笑う。
アリスは小さく笑みをこぼした。
……そう……。……そうだったのね……。
「ありす、なかないで」
覚えたての言葉に、アリスは少し微笑んだ。
「……うん。……。……もう泣かない」
……そうね。泣いてちゃ……心配かけるものね……。
今もまだ寂しい。寂しくて、心が爆発しそうだ。叫きたいくらいだ。けれど、ジェイミーの手前、もうこれ以上情けない姿を曝すことはできない。
心に、歯止めを掛けることにした――。
ジェイミーを抱えたまま、みんなの元へ戻ろうかとひまわり畑を出て森に入る手前、近付いてくる人影に気が付いて足を止めた。
――ハルと目が合った。
「……何してるんですか」
無表情に問われたアリスは咄嗟に、泣き腫らした顔を見せられないとそっぽ向き、無愛想さでそれを隠した。
「キミこそなにしてるのよ?」
「……ひまわり畑があったの、空から見えたから。見に来たんです」
「……。そう。……。ここよ」
アリスはそっぽ向いたまま答えて彼を追い越したが、袖を掴まれて足を止めた。
「……、なによ?」
振り返ることなく問うと、
「……あんたの子ども?」
そう訝しげな声が聞こえて、アリスはじっとりと目を据わらせた。
「違うわよ。こんな大きな子どもがいるわけないでしょ」
「……年相応、考えるといてもおかしくないですから」
アリスは更に目を据わらせ、心の中で「この……クソガキ」と呟いた。その途端、ジェイミーはキャッキャッと笑い、アリスに抱えられている状態でハルを指差し「うおがいーっ」と口にする。
顔をしかめるハルの雰囲気に、アリスは「ああ……」と、やはり振り返ることなくジェイミーを抱え直しながら言葉を漏らした。
「この子、耳に障害負ってるから。言葉が上手くしゃべれないの」
「……ふうん」
「あー、う……。うー。ありすなかないでー」
ハルは眉を寄せた。
「しゃべってますけど?」
「……。これは……特別よ」
「なかないで」
オウムのように繰り返す。
ハルは不可解気にアリスの後頭部を見た。
「……なかないでって?」
「……。虫に言ってるんでしょ」
「ありすなかないでー」
「……って言ってますけど?」
アリスは「ったく……」と小さく息を吐き、無関心を気取った。
「じゃ、私たちはもう戻るから」
「……あ。ちょっと」
「なに?」
「……帰り道、教えてください」
「……。は?」
「……帰り道、わからないんです」
切羽詰まった感じではない。だが、アリスは呆れてため息を吐いた。
「だったら付いてきなさいよ」
「……来たばかりなのに」
「じゃあ、残れば?」
構うことなく歩き出すアリスの後を、ハルは渋々追い掛けた。そして、抱えられながら手を伸ばすジェイミーと握手。ジェイミーは嬉しそうに笑った。
ハルは笑顔の少女からアリスの背中へと目を向けた。
「……オレ、抱えましょうか?」
「いいわよ、重いから」
「……だから代わろうかって言ってるんですけど」
「……」
アリスは目を据わらせて足を止めると、ハルに体を向けた。「ほらどうぞ」と鋭い目で言われたからかどうか、彼は手を伸ばしてジェイミーを引き受け、大きく抱え上げてそのまま肩車をした。ジェイミーは楽しそうに笑って、足を掴むハルの頭をギュッと抱く。
アリスは「危なっかしいわね……」と気にしながら、歩き出したハルの後を追った。
「気を付けて。枝にぶつかっちゃうわ」
「……それくらい避けるでしょ」
「何言ってるの、女の子なんだから怪我でもしたら大変よ」
「……小さい頃のかすり傷なんか、すぐに消えてしまいますよ。……おばさんになったら消えないですけどね」
アリスはムカッと彼を睨み付けた。
たまに背の低い木があると、「ほら危ない」とアリスがハルの体を突き押す。大きな根っこが足下を遮るように伸びていると、「足下気をつけて」と注意を促す。そんなうるさいアリスにハルはうっとうしそうな目を向けて歩いていたが、ふと、思い出したように切り出した。
「……クロスって親切なんですね。……ヒューマと人間の混血なら、多少ヒューマの味方をしてもいいはずなのに、誰一人としてヒューマのコトを庇わないし。……庇うって言い方もおかしいですけど」
「……そうね。……うん、親切な人たちよ」
アリスは静かに答えながら、ジェイミーのずれた洋服を伸ばして整える。ハルはその動きでジェイミーを落とさないようにしっかりと足を掴み直して真っ直ぐを見つめた。
「……ここにきたら、逆にここの人たちに迷惑が掛かるんじゃないですかね? ヒューマがまた誰かをさらってるなら、それを避け切れたオレたちって、奴らからしてみたらすごく……邪魔者ですよ」
「……そうなるわね。……けど、私たちがここに来るのをためらったとしても、ヒューマが動き出したっていう事実を知ったらフライたちもおとなしくしてないわ」
「……そうですね。……。あ、オレ……、今度クロスの人たちの機動兵器に乗せてもらうんです」
「……。はっ?」
突拍子もない発言にアリスは顔をしかめて彼を見上げた。
「な、なにそれ?」
「……乗せてくれって言ったら、いいよって言われました」
「……。いつの間にそんな話になったの?」
「え、と……。あの……誰でしたっけ。……ロボット連れて歩いていた人。……あの人にいろいろ話を聞けって言われたから、クロスやここに住む人たちに話を聞いてたんです。その時に」
淡々と話され、アリスは呆れて深く息を吐いた。
「……キミ、人から言われたことをそのまま実行しててどうするの?」
「……。仕方ないですよ。何もわからないんですから」
「……」
「……そうやって、言われたとおりにするしかないでしょ? ……でも、そのおかげでいろいろ知識はつきました」
「……ふうん……」
「……あんたと一緒に戦ってた……パイロット? ……名前忘れたけど、そいつ、アンドロイドだったんでしょ?」
「……」
「……あんたと、あのロボット連れてる人と、そのアンドロイドの三人。フライ艦隊群から引き離されてここに落ちたって。……その時に、あんたが重傷負ってたっていうのも聞いたし、……殉職したパイロット教官だった人の話も。いろいろ聞きました」
「……そう」
「……知識としては、ジュードたち以上に付いたつもりです」
「そうね……」
「……。それで、そのアンドロイドのパイロットは、どこに行ったんです?」
「……」
「……記録じゃ、その戦いの後に地球に戻ったって載ってたけど……。ここの人たち、それ以外のことはあまり話したがらないし」
アリスは歩く足下に視線を落とした。
「……。……死んだわよ。……とうの昔に」
「……アンドロイドでも死ぬんですか?」
「……。生きる気力をなくせば、たとえアンドロイドでも……死ぬわよ」
どこか不愉快げな声に、「……生きる気力……」とハルは繰り返し、少し顔をしかめた。
「……けど、地球に帰ったのはパイロット教官の奥さんと一緒に住むためだったんでしょ? ……その人がいるなら、意地でも生きていこうとするモンなんじゃないんですかね?」
「……。……生きてれば、ね」
アリスは目を細めて踏み出す爪先を見つめた。
「……事故死して……。……、生きる気力をなくしたのよ」
小さく答える彼女に目を向けることなく、ハルは目の前、道の先だけに目を凝らした。
「……そのアンドロイドとは、恋人だったんじゃなかったんですか?」
「……。違うわよ。……戦いが終わった後、すぐに地球に戻ったし。……仲間。……。うん……仲間だった。それだけ」
「……そうですよね。その奥さんが死んだからって、恋人がいれば生きる気力をなくすはずもないですモンね」
「……。……そうね……」
「……じゃあ、なんでそんなに塞ぎ込んでるんですか?」
「……。そんなつもりはないわよ。吹っ切れてるし」
「……それじゃ、この子が言ってた“なかないで”って言葉は、なんのためにあったんでしょうね」
「……。さぁ……ね」
「……あんたもホント、素直じゃないですよね。そういうのは若い奴がやればかわいいけど、おばさんがやるとみっともないですよ」
ため息混じりに貶されアリスは目を据わらせると、深く息を吐いて星空を見上げた。
「素直よ。……いつまでもウジウジしてられないじゃない。……それに、許せないのよね。そうやって最後を迎えたってコトが。……ホント、もし復活したら一発殴ってやりたいくらいよ」
「……アンドロイドなら、死体さえ処分しなけりゃ生き返るんじゃないんですか?」
「いいわよ、生き返らなくても。そんな奴とは一生会いたくない」
「……そんなモンですかね。オレだったら殴るために一時的に復活させて、んで……そのまま永眠させますね」
「……。キミ、結構性悪よね」
「……そうですか?」
ハルは小首を傾げる。と、その時、視界の片隅でアリスが星空を見上げているのが見え、自分も顔を上げた。ジェイミーもつられて空を見上げ、「あー……う、んー……」と、何か言いながら必死で空へと手を伸ばす。
「……願掛け……ですか」
アリスは「……え?」と少し目を見開いてハルを振り返った。
「……クロスの人が言ってました。キッドって女の人、星に願掛けをするって。あんたのことも、いつも願掛けしてたって。だから、あんたが元気な姿で現れたのはその人が願掛けしてたからだって」
「……。そう」
アリスは少し笑みをこぼし、再び星空を見上げた。
「……願掛けって、どうするんです?」
「……。星に、想いを刻むのよ。楽しいことや嬉しいこと……幸せなこと……なくしたくないこと。……悲しいことがあった時、星を見上げれば俯かないでいられるでしょ? ……がんばっていこうって思える。だから……星に想いを刻むの。……俯かないように」
「じゃあ……、何か刻みますか。……なんにします?」
「……何もない。刻むコトなんて」
「……そうですか? ……この子、しゃべれたじゃないですか。それって……嬉しいことなんじゃないんですか?」
アリスは星に手を伸ばしているジェイミーを見て、少し笑みをこぼした。
「……そうね……。……それがあった」
「んじゃ……この子がしゃべれたってコトを、……ほら、あの大きな星、わかります?」
指差す彼のその先を見て、うなずく。
「……あの星に刻みます。……。……よし。刻みました」
ジェイミーは「キャッキャッ」とハルの髪の毛を掴んで嬉しそうにはしゃぐ。ハルは「いてて」と少し顔を歪めた。
アリスは少し笑いながら、再び星空を見上げた。
……星に刻む、か――
「……アリス!?」
大きな声と走ってくる音に足を止め、森の奥を見つめていると、ライトを手にしたタグーとガイが現れた。
「突然いなくなったからビックリしたろーっ!!」
目の前で足を止めるなりタグーに険しい表情で睨まれて、アリスは苦笑した。
「ひまわり畑を見に行ってただけよ」
「ったくっ! それならそうと一言言ってから行きなよ!!」
「ごめんごめん」
アリスはやはり苦笑するだけ。まったく反省していない様子にタグーは目を据わらせて腰に手を置いたが、ハルと、肩車されているジェイミーを見てキョトンとした。
アリスは「ああ……」と言葉を漏らす。
「二人ともひまわり畑で会ったの」
ハルはタグーにペコリと頭を下げると、アリスに目を戻し、
「……オレ、先に戻ってますから」
そう断ってジェイミーを肩車したままで歩いていく。ジェイミーは笑顔でアリスたちに大きく手を振った。アリスも笑顔で手を振り返し、そのままタグーとガイに目を戻した……が、「!?」とハルを振り返る。
あれ!? あいつ、帰り道がわからないって言ってなかったっけ!?
先々歩いていくハルを見て顔をしかめるアリスに、「どうかした?」と、タグーが問い掛けるが、アリスはいなくなる二人を気にしながらも笑顔で首を振った。
「ううん……。……なんでもないよ」
タグーは少し疑い深く目を細めたが、いなくなるハルの背中を見て、アリスに目を戻すと少し笑った。
「あいつ、絶対にアリスのことが好きだよね」
アリスは「……は?」と眉を寄せた。
「……何言ってンの?」
「それくらいわかるよ。ねぇ、ガイ?」
「はい。人間の行動学からいくと、少なからず好意を抱いているということはわかります」
「ち、ちょっと、……あんたたちね……」
アリスは呆れて深くため息を吐いた。
「五つ以上も年が離れてるのよ? それに、私のことおばさん扱いだし」
「年は関係ないんじゃない? おばさん扱いって、それって子どもが好きな子相手に意地悪するのと一緒じゃん」
タグーは愉快そうに笑った。
「そんな感じはしてたんだよなー。あいつ、絶対にアリスのことが好きだよ」
「……あのね、だからって私は」
「照れることないじゃん」
言葉を遮っておかしそうに笑うタグーに、アリスはじっとりと目を据わらせた。
あんな感情表現が出来ない奴に好かれても嬉しくもない。おばさん扱いするようなヤツはなおさらだ!
タグーは「ふふ」と笑っていたが、「……あ」と途中で何かを思い出し顔を上げた。
「明日、みんなでノアコアに向かうことになったよ」
「……あ、ホント?」
気を取り直して素に戻ったアリスに、「うん」とうなずいて続けた。
「それと、ゲートシールド? 開発してたんだね。すごいじゃん」
「作ったのは開発部の人たちだからね」
「けど、情報提供するのに苦労したでしょ?」
「ンまぁ……ね」
「そのゲートシールド、クロスの機体にも装備しようかって話だから、明日から早速、みんな総出でその作業になりそうだよ」
「うん」
「フライとクリス、もう今度はヒューマを逃がさないつもりでいるみたいだから。……対峙することになったら大荒れになるね」
「……そうね。……けど……負けられないからね」
「そうだね。……インペンドに乗るの?」
「たぶんそうなると思うよ」
「そっか。……僕も久し振りにインペンドに乗りたいな」
「乗りなよっ。昔とほとんど変わりないしっ」
「そうだね。後でクリスに掛け合ってみるよ。けどパイロットは――」
言いかけてハッと言葉を切らす。
すぐに目を逸らしてなにやら「まずい!」という空気を前面に出すタグーに、アリスは間を置いて苦笑した。
「気にすることないよ。もう吹っ切れてるから」
笑顔ではっきりと告げられ、タグーはそっと窺った。「……ホントに?」と目で問うと、アリスは「うん」と笑顔でうなずく。だが、タグーはそれに納得することなく目を細めて俯いた。
「……そう、かな……?」
「そうよ」
ニッコリと笑う、その笑顔はいつもと変わらない。ただ、その“いつもの笑顔”が逆に痛く感じ、タグーは少し視線を落とした。
「……。……僕は……吹っ切れてないよ……」
悲しげに俯くタグーを見てアリスは一瞬表情をなくしたが、すぐに笑顔に戻って苦笑し、ポンポンと腕を叩いた。
「いつまでもメソメソしてちゃ駄目よ? そんなことじゃリタにもフラれちゃうわよ?」
タグーは「ゲホッ」と咳込んで、ニヤリと笑うアリスへと訝しげに眉を寄せた。
「な、何言ってンの!?」
「わかっちゃうんだなー。リタがタグーのこと好きだって。まあ、前からそうよねー」
「あ、あのね……、アリスと違って僕はそれこそ十歳も年が離れてるし」
「あれ? 年の差なんて関係ないんじゃなかったっけ? ねぇ、ガイ?」
「はい。タグーはそう言っていました」
うなずくガイを見て、タグーは恨めしそうに目を据わらせた。
アリスは「ふふっ」と笑うと一息吐き、笑みを浮かべたままでゆっくりと森の中を見回した。
「こんなに時間は流れてる。新しい出会いだってあるし……その度に過去にすがりついてちゃ駄目よね。……私たちは今を生きなくちゃ」
「……そりゃ……そうだけど」
「さぁっ、みんなのトコに戻ろうっ。今夜はたくさん楽しまなくちゃねー!」
足取り軽く歩き出し、鼻歌交じりでみんなの元に戻る、そんな彼女の背中を見て小さくため息を吐き肩の力を抜くタグーをガイは見下ろした。
「ロックのことは話さなくていいのですか?」
「……。折を見て、ちゃんと話しをするよ。……まだ立ち直っていないみたいだし……」
「……そうですね」
二人は先々歩くアリスの後を追って、賑やかさを増すみんなの元へと戻った。
――そう。いつまでも過去にしがみついてちゃいけない。時間は進んでいる。だから、自分も進むしかない。
けど、時々進み方がわからなくなる。道が見えなくなる。
不安で、怖くて……。
「大丈夫」――。そう平気なフリをされた時に、逆に言いたかった。「あたしは大丈夫なんかじゃない」と。
伝えたかった言葉は、どこにも行けないまま。いつまでもフラフラと心の中を漂っているだけ……。
――夜も深まり、辺りは静寂を取り戻していた。あんなに賑やかだった雰囲気も「そろそろお開きにしよう」というクリスの言葉で、一瞬にして消えてしまった。今はみんな、それぞれゆっくりと眠りに就いているだろう。
「……眠れないか?」
そう声を掛けられ、アリスは振り返ると少し苦笑し、隣りに腰掛けるフライスから夜空へと目を戻した。
「……ここから見る宇宙は綺麗ですよね……」
「近いからな……」
そう返事をしながら、フライスも彼女と同じように夜空を見上げる。
――どこかから途切れることのない柔らかい虫の声が聞こえ、二人を包み込んだ。
ケイティに背を付けたまま、膝を抱えて座るアリスを見ることなくフライスは小さく口を開いた。
「……北の森に霊園を作ってある。何かの時のために強化ガラスを張って頑丈にしてあるから、行くなら地下を通って行くといい」
「……。はい……」
小さく返事をする、そんな彼女に目を向けることなく一息吐いた。
「……クリスから聞いた。……ディアナに乗りたいって?」
「……。反対、ですか?」
「ああ。反対だ」
はっきりと即答され、アリスは「……はあ」とため息を吐いてガックリとうなだれた。
「……そう言うと思ってました」
「そうだな。みんなが反対するさ」
フライスは苦笑したが、すぐに真顔に戻って星を見回した。
「……そんなにディアナに乗りたいのか?」
真剣な声で問われ、アリスは俯いたままで「……。はい……」と返事をした。
「寿命を縮めてもか?」
「……。たまに乗る程度だったら大丈夫だと思うんです。……それに、ヒューマがやってきた時のことを考えると、ディアナは必要だと思うんです」
「そうだな……。確かにディアナが起動できれば心強いとは思う。……けれど、クリスが反対している理由もわかるだろ?」
「……」
「……オレも、段々と症状が悪化していっている。……いつセシルと同じようになるかはわからない。……そんな不安定な状態を身を以てわかっているから、キミには同じ目に遭わせたくないと思うんだ」
アリスは不安げに眉を寄せて顔を上げ、フライスの横顔を見つめた。
「……大丈夫ですか? ……そんなに……」
「時々ひどい動悸に襲われるくらいさ。……これくらいで済んでいるのは幸いだ」
アリスは悲しげに目を細めて地面に視線を落とした。フライスはやはりそんな彼女には目を向けず、ただ夜空を見つめる。
「……たくさんの犠牲を出してしまった……。……なのに、オレはまだ、こうして生きてる。……少し悔しいよ」
アリスは目を見開いてフライスを見た。彼はただじっと空を見つめているだけ。
――十年前、初めて食事をした時のよう。寂しげに、星に手を伸ばした時のように……。
「……けれど……生き続けなくちゃいけないんだ。……そう思うよ。……誰かを犠牲にしても。……オレにはキッドもいるし、リタもジェイミーもいる。……みんなのために、生きなくちゃいけない……」
「……」
「……キミは、なんのために生きる?」
静かな問い掛けに、アリスはピクッと目蓋を震わせた。
「……生きるための理由なんていらないかもしれない。……けれど、もし、生きるために理由を問われたら? ……キミは、なんのために生きる? ……そして、なんのためにディアナに乗ろうとする?」
「……」
「……生きるためにディアナに乗るのは……無理な話だな。……他の誰かが乗って、それでキミが護られ生きるのなら違うけど、……命を縮める機体に乗って、それで生きようなんて、矛盾してる。……キミは、なんのために生きようとしているんだ? ……なんのためにディアナに乗ろうとしている?」
話をじっと聞いていたが、アリスは視線を落として口を開いた。
「……ディアナで、……みんなを護りたいから」
言葉尻を細くして答えた後、すがるような目で星空を見回すフライスの横顔を見つめた。
「でも、それは他のみんなも一緒じゃないですか? ……ディアナは特別でも……、けど、戦場に出ればみんな同じ。……違いますか?」
「じゃあ、インペンドに乗ればいい。違うか?」
「……。でも、ディアナの方が数倍威力が上だし、私の力を発揮できるし」
「……キミは勘違いしてるな」
「……え?」
「それとも……誰かを護りたいというのは口実か?」
アリスは少し目を見開き、言葉を詰まらせた。――膝を抱えていた腕に力が入り、フライスを見つめていた目が泳いで、彼から逸れる。
フライスは戸惑うような空気を感じながらも、遠くに視線を向けた。
「……誰かを護りたいが為に戦うには、キミはまだ未熟すぎる。……その未熟さが命取りになる可能性が高い。……セシルがそうだったし……オレも同じだ。……唯一、ダグラスだけがこなせたのかもな」
「……」
「……よく考えてごらん。……ディアナに乗りたいっていう気持ちと正直に向き合うんだ。……夢中に求めても、キミが背を向けていたら誰にも届かないさ」
フライスはゆっくり立ち上がり、大きく背伸びをして再び夜空を見上げた。
「……星が綺麗だな」
「……」
「……想いを刻むといい。……今のキミに必要なのは……自分を見つけることだ」
フライスは言うだけ言うと、静かに足を踏み出してそこから歩き出した。アリスはゆっくりと、遠くなるその彼の背中を見つめた。
……苦しい想い……必死な想い……、そして……悲しい想い――。
アリスは地面に目を向け、寂しげに俯いた。
フライは、今もいろんなものを背負ってる。……クリスもそう。……きっと、タグーも……。……。
『……俺は大丈夫だ』
『……大丈夫よ……』
不意に甦る声に、膝をギュッと抱きしめ、そこに顔を伏せた。
……星が……見れない……――