第十三章 とある星見の夜… ~epilogue~
「もー! どうしていつも無視するの!?」
「……してない」
「してるじゃない!!」
「……そうじゃない」
「じゃあなに!?」
「……、邪魔だから」
「なんですって!?」
見渡せきれないほどの無数の星が広がる夜空の下。
ノア居住区画にライトが点々と焚かれ、その明かりの下でたくさんの笑い声が広がっている。だが、それにも負けないリタの怒鳴り声――。
「私のどこが邪魔なの!? どこがなの!?」
「……そうゆうとこ」
「どういうとこ!?」
「……だからそうゆうとこ」
「わかんない!!」
「……、ジュード、……助けて」
すがるような目で助けを求めるハルに、傍でお酒を片手にキ-ファーと話していたジュードは振り返り、頬を膨らませるリタに笑い掛けた。
「リタ、その意気で攻めろ。もう少しで落ちるぞ」
「踏ん張りどころだな」
ジュードに続いてキーファーからも苦笑気味に励まされ、リタは「よし!」と拳を作って意気込み、ハルは「……違う違う」と目を据わらせた。
「……落ちるとかじゃないから。オレ」
「いい加減落ちろって、お前もさー」
ジュードが苦笑すると、「そうそう」とキーファーもうなずいた。
「楽になるのに」
「……地獄が待ってるだけだ」
真顔で呟くハルをリタはギロッと睨んだ。
「ハルさんも大変ッスね。けど、おかげでタグーさんはのびのびと作業してるッス」
カールが愉快げに笑うと、フローレルも「みゅっ」とうなずいた。
「あのタグーののびのび具合は初めて見たみゅ。ハルには同情するみゅー」
「……同情はいらないから助けて欲しい」
と、ハルが目を据わらせ、リタはムスッと頬を膨らませた。
……あれから一年が過ぎた。
ノアでは平和な日々が続いている。地球の情報が届くことはほとんどないが、たまにサイモン輸送艦がやって来て、彼らとの再会で地球の話を聞く程度だ。
――あの時、地球に帰ったものだと思っていた二人は“また”こっそりとケイティに身を潜めていた。出てきたのはノアに着いてから。
「やっぱりノアがいいです。ここから、本当にイチから始めますよ」
「……ジュードの後を付いてきました」
決意新たに意気込むジュードに続いて、相変わらず愛想のないハル。……とは言いつつも、二人ともロックがいなくなったことを知り、残る決心を付けたようだが。
ノアもあれから落ち着いた。植物も増え、戦いの傷跡も消えた。広くなった北の霊園所はガラスで囲まれることなく自由解放され、今では周囲にたくさんのエバーラブが咲き乱れている。
この場所で、みんなが幸せに暮らした。そうなると、自然と人口も増えた。ヒューマが人間に化けて居着くタイプもある。“スーツ”が嫌になったヒューマは、自らこの地に住む“気に入った人間”の細胞を分け与えてもらって異人になることもあった。ヒューマの進んだ技術により、以前の記憶をなくすことなく、そして、より人間に近く生まれ変われた。そんな彼らと結ばれる“元クルー”もたくさんいる。ここもベビーラッシュを迎えそうだ。
一足先に、その先駆けとなって誕生したのは――
「ダグ。ほら。そっちに行っちゃ駄目だろ」
そろそろ一歳になる息子、ダグ・クエイドを抱き上げたフライスは、彼をちょこんと膝に乗せた。“はいはい歩き”ができる彼はなんにでも興味を示す年頃だ。目を離すと何をしでかすかわからない。ついさっきもフォークで誰かが刺されたばかりだ。
「……名前が悪かったか」
と、がっくりと項垂れるフライスに、「ブッ」とお酒を片手にザックが笑った。
「だからやめろって言っただろ! ろくなヤツにゃならねーぞ!」
「あら。失礼ね」
ザックの背後からキッドが方眉を上げて顔を覗かせた。
「じゃあ、ダグはどっちに似たのかしら?」
硬直するザックの隣り、アーニーは少し笑って手を上下に振った。
「キッド、聞かなくてもわかるでしょー?」
「そうね。よかったわ」
笑顔で歩いて行く彼女にフライスは少し目を据わらせ、「クククッ」と笑うザックとアーニーを睨んだ。そこに、てててっとジェイミーが走ってきて、体当たりするようにザックの胸に飛び付いた。
「ザックっ」
そう名を呼んで笑顔で見上げられ、ザックはいったん仰け反らせた背中を伸ばし、苦笑して頭を撫でた。
「よしよし、良い子にしてろよー」
「ザックっ」
「わかったわかった」
「ザックっ」
「よーしよーし」
「もういいから」と言わんばかりにグリグリとジェイミーの頭を撫でる。
最近のジェイミーの“趣味”は「人の名前を呼ぶこと」だ。
人の心を聞く、という特殊能力を持っているんだとわかった彼女に、みんなが協力した。心と、そして同時に口で言葉をしゃべる、ということを。そのうち、ジェイミーは耳からも直接言葉を聞くようになりだした。――今では、“心で聞く”ということを忘れつつあるようだ。
ジェイミーは「えへへっ」と笑うとフライスを振り返って、彼の膝の上にいるダグに笑顔で近寄った。
「タグっ」
「タグじゃなくて、ダグだろ?」
フライスが苦笑して訂正すると、今度は「タグーっ」と呼ぶ。
「ややこしいのね、きっと」
アーニーが笑って肩をすくめ、フライスも「やれやれ」と言わんばかりにため息を吐いてジェイミーの頭を撫でる。ジェイミーは代わりに腕を伸ばしてダグの頭を「よしよし」と撫でた。
――今日は“星見の日”だ。
ヒューマからノバの誕生の報告があると、それをみんなで祝福している。ノアの新しい行事だ。星の誕生は命の誕生。地球では「誰かが星になった」と意味を含めるが、ノアではそれを逆に捉え、笑顔で迎えている。
とは言っても、みんな一緒に集まって笑っていたい、――その口実に過ぎないのだろうが。
賑やかな声と空気に包まれて、夜の静寂はしばらくはお預けだ。しかし、少し離れれば、落ち着いた静かな場所で星と語り合える場所もある。
「やっぱりここにいた」
ガサガサ、と、2メートルほどに成長したひまわりたちを掻き分け入り込んできたタグーは、星明かりしか明かりがない暗い視界でナイトスコープを下ろし、地面に仰向けに寝転がっている姿を頭の方から見下ろした。
「ナイトスコープがなければ踏んじゃうよ? いいの?」
「さっき、何かの動物に踏まれちゃったわ」
「……。よくそんなことを平気で言えるね」
体を起こそうともせず苦笑するアリスに、タグーは呆れてため息を吐きつつ、ひまわりたちを避けて彼女の頭上の地面にあぐらを掻いて座った。
「みんな、あっちで楽しそうにしてるよ。一緒にすればいいのにさ」
「それを言うならタグーもそうでしょ」
「僕は、さっきノアコアから戻ったばかりだから」
「お疲れ様」
笑顔で労われ、タグーはひまわりたちの間から夜空を見つめるアリスの顔を見下ろして鼻から息を吐いた。
「こんなところで寝てると、ホント、いつかひまわりと一体化しちゃうよ」
「……好きなの、ここ」
アリスは笑顔でそう答えて目を閉じた。
「……護られてる、って感じがして……」
囁くような声に、タグーは間を置いて顔を上げ、「……そうだね」と呟き返事をした。
――しばらく沈黙が続き、風にザワザワとひまわりたちが揺れる。
タグーは空を見上げ、小さく切り出した。
「……ノアコアのほう、そろそろいけそうなんだ」
「……そっか」
「うん。あとは……カールたちに任せても大丈夫だと思う」
「じゃあ……もうすぐ?」
「うん」
「そっか」
「うん……」
お互い顔を見合わせることもなく返事だけを繰り返す。その目は星空に向いている。
――タグーがノアを離れることになった。
半年ほど前のことだ。
ヒューマが正式に申し出てきた。彼らの住む惑星に、地球人を一人、移住させたいと。ノアと今後も親密な交流を図るため、外交官のような勤めを果たしてもらいたいとの申し出だが、おそらく、それだけではないだろう。手荒な真似はしないはずだが、誰もがそれにはためらった。そこに、タグーが挙手したのだ。
ヒューマとしても、彼の受け入れは大歓迎だった。地球の機械学にも詳しい彼の頭脳は彼らの興味の的でもあったのだろう。
しかし、それをザックたちは止めた。それならば自分が行こうと、申し出る人が増えた。けれど、最も反対するだろうと思っていたアリスがそれを後押ししたのだ。
「タグーのことだもの。どうせヒューマの技術とかに興味があるのよ」
そう肩をすくめて呆れるアリスに、タグーは「バレたか」と笑っていた――。
ノアコアでやり残したことを終えて、それからヒューマたちの住む惑星へ旅立つことになっていた。そして、――その時が段々と近付いてきた。
アリスは仰向けに寝転んだまま、星をじっと見つめて笑みをこぼした。
「ここから、ヒューマの星って、見えるかなあ……」
「見えても、たぶんどれがどれだかわかんないよ」
「……星の地図でも作ろうかな。……時間はたくさんあるし」
「いいね、それ。出来上がったら見せてよ」
「時間が掛かるわよ?」
「いいよ。待ってるから」
「じゃあ……がんばろうかな」
「ふふ」と少し笑って、再び言葉が途切れる。
タグーはじっと夜空を見つめていたが、「……ふぅ」と一息吐くと同時に肩の力を抜いた。
「……なかなか落ち着かないなあ。……やることがたくさんありすぎて」
「……そうね。……でも、それって素敵じゃない。持て余す時間がなくて」
「おかげで時間が過ぎるのが速いよ。……、ヒューマのトコ、時間ってあるのかな?」
「ないかもしれないわよ? いろいろ確認しておいたほうがいいわね」
「……だよね。いきなり十歳年取ったとか、嫌だもんね」
がっくりと項垂れて「……はあ」とため息を吐く、その雰囲気にアリスは「ふふ」と愉快そうに笑った。
――またしばらく沈黙が流れた。
お互いそこから動くこともなく、ただ、この時間を過ごしていた。
タグーはゆっくりと顔を上げ、ひまわりたちの間から見える星空を見回し、間を置いて切り出した。
「……一度、聞いてみたかったんだけどさ」
アリスは「ん?」と、彼を見ることなく耳を傾けた。
「よかったら、一緒に行く?」
日常会話のひとコマのように、普通に誘われ、アリスはじっと星を見つめて笑みをこぼした。
「じゃあ……考えておく」
「……うん」
「……意外と、私の方がヒューマと気が合うかもしれないわよね。意思の疎通ができそうだから」
「じゃあ、その時は通訳に回ってもらうよ」
「ふふ、いいわね、それ」
互いに小さく笑って、星を見回す。
タグーは、風が吹く度に視界を隠すひまわりを見回した。
「……ヒューマの星にもひまわりがあったらいいな。……連れて行こうかな」
「……友好の証ね」
「うん……。だね」
……またしばらく言葉が途切れた。二人の視線が交わることはない。
タグーは星を見つめていた目を細め、ゆっくりと呼吸をすると、上着のポケットから何かを取りだし、すっとアリスの目の前に差し出した。視界を遮られ、アリスはそれに目を向けた。
星空とひまわりの花、それを背景に、歪な形をした透明な石が革紐にぶら下がって揺れている――。
「……お守り」
「……」
「……、取っておいたんだ。……キミが持ってなよ」
タグーが話すとユラユラと揺れるそれを見つめ、アリスはそっと手を伸ばして受け取った。自分の首から下げているそれとはまた違う歪さ――。指先でそれを摘み持ち、目の前にかざすとたまにキラッと輝く。
「……、いいの? ……私が持ってても」
「いいよ。……僕は僕で、大事なお守りを持ってる。……そのお守りは、キミが持つべきだ」
「……、ありがとう……」
アリスは笑みをこぼして目を閉じ、それをギュッと握って胸に抱いた。
タグーは少し笑みをこぼすと、ゆっくりと星空を見上げた。
「……もう、探さなくてもいいんだよ」
静かな声にアリスは目を開けると「……え?」と、この時初めてタグーの方に目を向けた。
タグーは星空を見回していた顔を下げてアリスの目と向き合い、にっこりと笑った。
「……一番大事な星は、キミと一緒にいるから」
笑顔でうなずかれ、アリスは少し表情を消した。――タグーはずっと笑顔でいる。
胸の上、ギュッと握っていた手の力を緩めると、アリスは「……うん」と笑顔でうなずいた。
――楽しいこと、嬉しいことを、星に刻んだ。
悲しくならないように、寂しくならないようにと、星に刻んだ。
けれど、本当はずっと傍にいた。
遠く離れていても、距離があっても変わらない。……それが想い。
――星に目を向けた二人の間を風がすり抜け、ひまわりたちがサワサワと音を立てて揺れた。
「ここにいるよ」と、そう優しく告げるように……
ホッと一息、入れてくださいね。
これでBAYは完結です。
誤字脱字、下手くそ、いろいろな不満もあったと思うんですが…、とりあえず、全話掲載完了でホッとしています。
長い長い物語に付き合ってくれて、本当にありがとうございました。
それではまた、機会があれば別の物語で……
一真 シン




