戦争ワッショイ!
宗駕氏がショットガンを取り出してから十三秒後。最初の一発が放たれた。初弾は風画の右頬をかすめ、テーブルの上の霞草で飾られたガラスの花瓶を、一瞬のうちに吹き飛ばした。
『!!!!』
銃声の直後、ガラスが割れる音と水が弾ける音。その後ガラスの破片がテーブルに落ち、テーブルを伝う水が床に垂れる。
何が起きたか分からず、唖然として棒立ちする風画。海雅・競賀は座ったまま呆然とする。そんな三兄弟に非常事態を告げたのは、鼻腔をくすぐる硝煙の香りだった。
「ふう、外した……」
ぽつりとこぼした。
「って……」
風画が拳をわなわなと震わせる。
「殺す気かァァァァァァ!!!???」
地が割れそうな程の怒号。しかし、宗駕氏はたじろぐことなく言った。
「ああ、殺す気だ。この程度で死んだら、オレの子供じゃねえ!!」
『ふざけんなァァァァ!!!!!』
三兄弟が一斉に叫ぶ。
「はいはいはい。じゃあ次は……」
銃を構えたまま、銃口をゆっくりと左右に振る。その際、銃口は飢えた獣の目の様に、ギラギラ輝いていた。
「競賀!!」
言葉と同時に発砲。
「うぢょっ!!」
妙な声を発し、カエルの様に飛び出す。散弾はソファを直撃し、競賀の座っていた所の綿を盛大に巻き上げる。
「良いぞ。それでこそオレの三男。ナイス末っ子!」
意味の分からない賞賛をすると、今度は海雅に狙いを定める。
「海雅ちゃん」
またも、声と同時に発砲。
「なにおぅ!!」
海雅は横に跳びずさる。元サッカー部員でキーパーもやっていた海雅にとって、さほど難しい事ではなかった。
二発目が当たったソファは綿を吹き上げ、ゆらゆら揺れて後ろに倒れた。海雅はその陰にさっと身を隠すと、昼間のクリップボードを風画に投げつけた。
「風画! フォーメーションZ!! しっかり頼むぞ!!」
海雅の声を聞き風画が振り返ったとき、風画の肩にクリップボードが当たる。風画はそれを地面に落ちる前に拾い上げると、背後の父を気にしながら目を通す。B4版の紙の一番下に、赤ペンで囲われた一文があった。
『フォーメーションD 風画は囮 海雅は逃げながら警察へ通報』
そして、その最後に走り書きでこう追加されていた。
『競賀は風画と共同戦線を張る』
しかし、その一文には赤線が二本引いてあった。
クリップボードに書かれた無機質な一文に、風画は言いようの無い絶望を痛感する。そして、二人に抗議しようと彼らの方を向くと、
「そいじゃ。後頑張って」
「死ぬなよ。風画兄貴」
そう言って窓に向かって駆け出す。しかし、宗駕氏はそれを見逃さなかった。
「甘いわ! 小僧共!!」
そう言って、二人の足下に立て続けに二発発砲。散弾がカーペットごとフローリングの木材を荒く削る。
「逃がすかよ!」
宗駕氏は卵大の何かを彼らに向けて放った。それが地面に触れた瞬間、強烈な閃光と爆発音が二人を襲う。これはスタン・グレネードと呼ばれる兵器で、光と音で人を脅かすための物である。脅かすだけなので致死性は無いが、テロの鎮圧などによく使われる。
「うわっ、まぶしー!!」
「なんだよ、これはー!!」
二人は手で目を覆ってよろめく。
風画が唖然と二人を見てる間に、宗駕氏は箱の中身を全て出した。
「さあて、逃がしはしないぜ……」
そこには、全身フル武装で不敵に笑う宗駕氏がいた。
フル武装の宗駕氏と、それと対峙する白狼三兄弟。両者が睨み合う中、風画が静かに口を開いた。
「覚悟決めるぞ……」
『おう!!』
二人は同時に答えた。
「競賀! そっちは段差がある! 気をつけろ!!」
「海雅兄貴! 後ろ取ったら容赦するな!!」
「アブねえ、かすった!!」
白狼家から徒歩数分の大きな公園にて、四人の壮絶な戦闘が繰り広げられる。
ショットガン、スタン・グレネード、手榴弾、コンバットナイフ、オートマチック数丁、ベルギー製マシンガン、エトセトラ、エトセトラ……。以上の物を武装した宗駕氏は、火酒の勢いも手伝って、鬼神の如く暴れ回る。銃弾が木々を引き裂き、爆弾が地面をえぐる。カップルで静かに賑わうはずのイブの公園は、四人の男が戦う戦場へと姿を変えた。
三兄弟は釘バットやバタフライナイフ、自転車のチェーンなどで応戦するが、飛び道具にはなかなか敵わない様だ。一定の距離を保ちつつ追いつめるが、決定打が出ない。しかし、それは相手と自分たちの装備を見れば当然の事である、未だ、一人の負傷者が出ていないのが不思議なくらいだ。
「わはははははは! 兄弟上等!! どっからでも来い!!!」
ベルギー製のマシンガンを乱射する。すると、金属製の箱形のゴミ箱が、ものの数秒で蜂の巣と化した。
「チクショウ! 誰か後ろを取れ!」
風画は弾丸の雨の中叫ぶ。
「駄目だ、片手でショットガン構えてる!」
競賀が花壇のレンガに身を潜めつつ言った。
「食らえ! うおっ!アブねえ!!」
海雅が水飲み場のコンクリートを盾にして電動ガンを発砲する。しかし、水飲み場に舞い落ちた手榴弾が炸裂し、ギリギリで爆発から逃れる。
全員が苦戦を強いられる。しかし、圧倒的不利な戦況であったが、徐々に戦況は三兄弟に傾きつつあった。酒に酔った宗駕氏の足取りが重くふらつき出し、動きが鈍ってきたのだ。
「行けるぞ! 確実に近付いて一気に倒せ! 肉弾戦はこっちが上手だ!!」
風画がそう叫ぶ。
そのおり、IQ二〇〇の競賀が閃いた。
「兄貴。ここは俺に任せて!」
競賀はそう言うと、宗駕氏に向かって走り出す。
「親父。親父の弾丸、全部避けてヤル!!」
競賀はそう言って、何かを持ち上げ何処かへ放った。
「さあ来い!!」
競賀は踵を返し走り出す。
「あ、逃げた!」
「この卑怯者!」
風画と海雅が口々に文句を言う中、宗駕氏は高らかに笑った。
「がっはははははは!! 逃げたって無駄さ!! 絶対に逃がさねえ!!」
競賀を追い走り出す。風画と海雅も、その後を追う。
その時だった。
(かかった!)
横目で後方を確認していた競賀は、己の術中に父をはめた事を確信した。
「!!」
突如、宗駕氏を追っていた風画の視界から、宗駕氏が消えた。
「え! どこに……!!」
周辺を見回す。
「風画兄貴。下だよ、下」
競賀はそう言って、地面を指差す。風画がそれに従い下を向くと、そこにはマンホールにはまった宗駕氏がいた。
宗駕氏は観念したのか、俯いて瞑目していた。
「ふいい、なんて傍迷惑な親父だ」
服についた埃を払いながら海雅が言う。
「コレだから、帰ってくるのイヤなんだよ……」
風画は地面に力無く座り込んだ。
「でもさ、以外と単純っていう弱点も見付かったじゃん。これなら、次からは大丈夫」
競賀は自信満々に言った。
「まあな、何はともあれ、一件落着だ。さあ、親父、帰るぞ」
風画は立ち上がって宗駕氏から武器類一切を取り上げると、彼をマンホールから引きずり出した。すると、宗駕氏は糸の切れた操り人形のように、その場に俯せになった。
『??』
三兄弟は不審に思い、揃って宗駕氏の顔を覗き込む。
「グー……。グー……」
宗駕氏は、暴れ疲れて寝入っていた。