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弟武勇伝

 フィッシャーマンズスープレックスホールドを喰らった競賀は、しばらくの間失神し、目が覚めたのは夕方だった。リビングの三人がけのソファで寝ていた競賀は、向かい合った一人用のソファに座ってテレビを観ていた海雅が最初に目に入った。

「あ、海雅兄貴。おひさ〜〜」

 目覚めと共に陽気に話しかける。

「るうせえ。この乱暴モンが」

 ふてくされて頬杖をつき、リモコンをいじくる。

「そういやさ。風画兄貴は?」

 上半身を起こし後頭部をさする。あの一撃は、相当重かった様だ。

「その前に、言うことがあるだろが」

 テーブルに置いたコーラを啜り、海雅がぽつりと言った。

 競賀はテレビの脇にある、綺麗に飾り付けられたクリスマスツリーに目をやり、

「ああ。メリークリスマス」

「こいつ……」

 海雅は競賀を横目で睨み付け、にわかな怒りを覚えた。


 風画は買い物から帰ってきた。今日はクリスマス、それも、一家全員が一堂に会するのである。風画は久々の一家集合をもてなすべく、近所のスーパーへ買い物に行っていたのである。

「ただいま」

 両手に大きなビニール袋を持った風画は、帰宅すると直ぐさまキッチンに向かう。その時、リビングで腕十字をくらい悶える競賀を見た。

(またやってる……)

 二人のやり取りに呆れながらも、風画は夕飯の支度を始めた。

「風画。今日のメシは何だ?」

 競賀を更に締めながら、海雅が言った。

「んーとね。フライドチキンと、シーフードスパゲティと、あとは、まあ、適当に……」

 風画はいそいそとフライパンやら鍋やらを取り出し、それをコンロに乗せ調理を始めた。


「はっはっはっはっは!」

「わっはっはっはっは!」

「がっはっはっはっは!」

 三人の男達が、食卓を囲んで高らかに笑う。どうやら、思い出話やこれまでの出来事について盛り上がっているようである。

「俺はよ、何度も言ってるように、いろんな所を旅行してんの。真冬の日本海とか」

 海雅はフライドチキンをかじりながら言う。

「後は、特にねえな」

「ふーん。競賀は?」

 風画はキッチンから追加のチキンを持ち、空の皿を下げながら訊いた。

「俺はさ、小学校行く前に天才児だって事が分かってさ、それからは世界中の大学を回ってたのさ」

 スパゲティをフォークに巻き付け、涼しい顔で言う。

「へぇ〜。どこの大学に行ってた?」

 海雅が訊いた。

「ん〜とね、七つの時に北京大学に行ったんだけど、そこは食い物がまずいので六ヶ月で辞めてしまった」

「次は?」

「次は、オーストラリアのシドニーだ。向こうは歓迎ムード満天でさ、ちょちょいっと論文書いたらもう喜んじゃって、喜んじゃって。『お礼にアボリジニのダンスをお見せします』って言われたんだけど、正直興味がないのでコアラと写真を撮って、すぐに次の大学へ向かった」

 ノンアルコールのシャンパンをくいっと一気飲みし、ふうっと一息つく。

「それで、次はケンブリッジ大学。でも、あそこは駄目だね。何てったって俺の行った学部にはオタクが多くて……。もうホント息苦しかった。それが、十歳の時だったかなあ?」

 こめかみあたりをぼりぼり掻く。

「それで、その次はオックスフォード。あそこは、特に普通だ。普通すぎてつまらなかったので、三ヶ月で脱走したみたいに次へ行った。その時、他の大学のオファーが凄くてさ」

 さらりと自慢話をしてみるが、他の二人は気にすることなく話の続きを待っていた。

「へえ、そんで次は?」

「ああ、次はハーバードだ。あそこはね、これまでで一番マシだったね……。普通って訳でもなく、変すぎって訳でも……なく。とにかく楽しかった……。うん」

 こみ上げる記憶を飲み込むようにして、いままで咀嚼していたスパゲティを飲み込む。

「んでよ」

 テーブルに両肘をつき、二人を交互に見渡して言う。風画はチキンの軟骨をセコくコリコリさせ、海雅はスパゲティのアサリの貝柱をけちくさくほじくっていた。

「きいてないか。ま、いいや……」

「そういえばよ」

 風画は食べ尽くした鳥の骨を背後に放った。その骨は、見事ゴミ箱に吸い込まれた。

「お前、いつ帰ってきた。連絡もよこさないで」

 風画は少し尋問口調だった。どうやら、延髄斬りとシャイニングウィザードが影響しているようである。

「ああ、今日の朝一の飛行機で日本に来てさ、そっから始発でここまで来た。すいてたから、座席占領して寝れた」

 そこで、競賀は何かを思いだした。

「そうだ。美奈姉ちゃんが『七福の馬刺おごって』っていってた。なんかさ、デートすっぽかした罰らしいよ」

「ええ! よりによって『七福』かよ。あの悪女め……」

 風画は「七福」の名げ出るなり、テーブルに突っ伏してうなる。どうやら、風画にとって『七福』という居酒屋は、かなりの強敵らしい。

 ぐじぐじぼやく風画に、競賀が更に続けた。

「つーかさ、何でデート断ったんだよ。美奈姉ちゃん……、泣いてたぞ……」

 『泣いてた』。その一言で、風画は顔を上げた。そして、慎重に言葉を選んでから、重々しく告げた。

「競賀。よく聞け。確かに、俺は美奈とのデートをドタキャンした。そして、あまつさえ泣かしてしまった。これは許されることじゃない。しかし、そうせざるを得ない、重大な理由があるんだ」

 競賀は風画の真剣な表情を読みとり、黙って頷く。海雅は二人のやり取りを、固唾を呑んで見守る。

「お前が俺を見損なっても良い。女々しいヤツだと思っても構わない。しかし、これは、お前の生命にも関わる問題だ」

 競賀は唾を飲み込んだ。

「親父が……、帰ってくる」

 その言葉の後の数分間、白狼家は不気味な静寂に包まれた。

今回の話にある、大学やその周辺に関する記述は、全くの大嘘です。関係者の方、すみませんでしたm(__)m

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