フィッシャーマンズスープレックスホールド
まさか、自分の尊敬していた兄が、こんなにも無責任でどうしようもない男だとは思わなかった。彼女とのデート(イブ)をドタキャンの上、あまつさえ二度も泣かしたのである。
自宅へ向かう一人の男の中では、地獄の炎よりも熱くたぎる闘志が燃えていた。
風画の自宅のリビングにて、風画と海雅は父親来襲に備え、入念かつ丹念な予行を行っていた。
「良いか。親父が包丁を振りかざしたら、お前が止めにかかれ」
海雅はカルチャースクールの講師のように説明する。
「兄貴は?」
風画からの質問。
「俺? 俺は警察に連絡」
海雅はそう言って、携帯を指差してひょうきんに言ってみせる。
風画が怪訝顔をしてるのを知ってか知らずか、海雅は次の行動パターンについての説明を始めた。
「よし。次は親父が釘バットを取り出した場合だ」
どこからともなく取り出したクリップボードに目をやり、ボールペンを片手にすらすらと説明する。
「風画はそれをグローブで受け止め、俺は……」
「警察」
「当たり」
「弟が可愛くないのかてめえ……」
「いいや、弟は大事さ。だから、大事になる前に警察を呼ぶのさ」
新人の漫才よりかは流暢なやり取り。
その時だった。
「クソ兄貴ぃぃぃぃぃ!!」
玄関のドアを乱暴にぶっ飛ばし、ほぼ全開状態の競賀が家に入ってきた。
「くたばれやぁ!!」
リビングに押し入るなり、海雅の背中にドロップキックをぶちかます。
「ぐぼぉ!」
蹴りの衝撃をまともにくらい、前のめりに倒れながら吹っ飛ぶ。その見事たるや、プロレスの試合さながらだった。
「あ、競賀じゃん。久しぶり〜」
吹き飛ばされた海雅から少し離れていた所にいた風画は、競賀に向けて軽く手を振る。
しかし、競賀は風画の存在に気付かず、目の前の海雅を風画だと思いこみ、呵責無き暴力の応酬を繰り返していた。
「何故、断ったァァァ!!」
逆エビ固め。
「痛い! 痛い!」
苦痛に喘ぐ海雅。
「女を泣かしやがって!!」
サソリ固め。
「止めろォォ!」
床を平手で叩き、苦悶の表情を浮かべる。
「とどめだ!」
最後は、最もポピュラーな技。四の字固め。
「ワン。ツー。スリー」
風画は顔を床に近づけ、カウントを取った。
海雅動かず、勝敗は決した。
「ウィナー。白狼競賀ぁぁぁぁー!」
カウントを取り終えるやいなや、風画は競賀の右腕を掴み、高々と掲げる。
その時だった。
「はっ!!」
競賀と風画の目が合う。
「よ、競賀。久しぶりの帰宅にしては飛ばしすぎだぜ。もうちょい穏やかに現れな」
言い終わると共に、指をパチンとならしてみる。すると、競賀の闘争本能が再び燃え上がった。
「貴様、よくもぬけぬけとぉ!!」
風画の手首を即座に捻り、そのまま床に叩き付ける。
「!!!」
突然の一発に言葉を失う。
「見損なったぞ! コラァ!!」
競賀は一旦風画と距離を置き、姿勢を正した風画に向けて延髄斬りをかます。
「うおっ!」
風画は数メートルよろける。体勢を崩した風画は、左膝を床につけてしまった。
競賀はそれを見逃さなかった。
「もらったぁ!!」
競賀は風画に向かって走り込み、左足で風画の右足に飛び乗り、右足で横から薙ぎ払うように膝蹴りを見舞った。その膝蹴りは、風画の後頭部を気持ちよく直撃した。
競賀の一撃をもろに食らった風画は、床に顔を擦りつけながら倒れた。
「出た! シャイニングウィザード!!」
いつの間にか回復していた海雅は、二人の激闘の様子を目の当たりにして、感嘆の声を漏らす。
「さあ、風画選手。ギブか、ギブか!?」
海雅は風画に駈け寄り、顔と顔とを肉迫させて荒い語気で問いつめる。その際、競賀は二人を見下ろす形で仁王立ちしていたが、そこで初めて標的を間違えた事に気付いた。
「あれ……? おかしいな……?」
その時。
「ちくしょ〜〜〜〜〜。っざけやがって、この野郎……」
後頭部に残る痛みを振り切って、風画は悠然と立ち上がった。
「この馬鹿競賀!! 藤波辰爾の大技でも食らえ!!」
風画はいつぞやの海水浴場での一場面の様に競賀を持ち上げ、そして。
「うおおお!!」
後方へブリッジしながらフォール。風画お得意の大技は見事に決まり、競賀のヒットポイントをみるみるゼロにした。
「決まった!! フィッシャーマンズスープレックスホールドォォォ!!」
実況みたいに熱く騒ぎ立てる海雅。
「流石、藤波辰爾選手ですね。彼は強いです」
今度は、解説の様にクールにコメント。どうやら、一人二役らしい。
固まったまま動かない競賀を放り出し、風画は高らかにウィナーコール。
「藤波たつ〜〜〜みぃ〜〜〜〜!!!」
彼らはつくづく暴れるのが好きなようである。血気盛んで芸達者な三兄弟であった。
えー、今回のプロレス技に関する描写について、その方面に詳しい方が見て「なんか違うな」と思われましたら、なんなりとご意見を下さい。自分自身、かなり自信が無いので………