ヤクザ屋さんとブラックコーヒー
風画が美奈とのデートを断った丁度その頃、競賀は駅前の喫茶店でカフェオレを啜っていた。
(まあ、焦ってもオレの実家は無くならないし、しばらくふるさとの空気を堪能しますか)
競賀はそう思いつつ、店に備え付けのファッション雑誌に目を通す。
そのおり、喫茶店に新たな客が現れた。
「いらっしゃいませ〜。お客様何名様ですか?」
直ぐさま店員が駈け寄って、客に訊ねる。すると、その客はやたらと低く渋みに満ちあふれた声で、『一人だが、あとでもう一人来る』と言った。
(待ち合わせか?)
その会話を遠巻きに聞き取っていた競賀はそんな事を思いつつ、新参の客を横目で視認する。
客は男だった。身長は一八〇後半でオールバック。質の良いトレンチコートを羽織り、重厚な輝きを放つサングラスを掛けていた。
(ヤクザか? いや、あの貫禄からして暴力団っぽいな。しかしまあ、物騒な世の中だなぁ……)
自分のふるさとに出没した異質な男に対し、言いしれぬ不安感と治安の悪化を嘆く。そして、その不安を飲み込むようにして、彼はカフェオレに口をつけた。
(っておい。向かいの席かよ!)
その男は窓際のテーブル席に座った。それは競賀の席と向かいの席でもあり、更に競賀はその男と向き合う形となる。
店員からメニューを受け取ると、直ぐさま『ブルーマウンテンのブラック』とオーダーし、店員にメニューを返す。
そのおり、男と競賀の目があった(様に見えた)。相手がサングラスを掛けていたので目が合ったかどうかは不明だが、それでもサングラス越しの眼光は鋭く感じれた。
男は凍り付く競賀を尻目に、いそいそとコートを脱ぐ。すると、男はダークスーツを着ていた。
(おいおい、完全にそっち方面の人じゃん! それに、『待ち合わせ』じゃなくて『取り引き』だろ!)
完全にビビる競賀。そのおり、男の元にコーヒーが届いた。男は店員に一礼すると、スーツのポケットから携帯を取り出し、誰かに電話を掛けた。
「私だ。もう来ている。……。わかった、ゆっくりで良い」
男は電話を切り、コーヒーを一口啜る。
(怖い、恐い、コワイ!)
自分がIQ二〇〇以上の存在であることを忘れ、もはや生まれたての子鹿の様に震える。自分を落ち着けるためにカフェオレを飲もうとするが、手が震え空中でカフェオレをこぼす。
そのおり、男が立ち上がった。一切無駄が無く、その上貫禄のある動き。その一挙手一投足に、競賀は更なる威圧感を感じる。
(トイレに行ってください、トイレに行ってください。トイレに行ってください!)
必死に心の中で懇願し、なるべく見ないようにうつむく。競賀の中は恐怖で一杯になり、瞬きすることすら忘れる。そのせいか、競賀の瞳がしぱしぱしてきたが、それに気付く程の余裕は彼に無かった。
その時。
「君、人違いだったら済まないが……」
やたら低くて重厚感のある声。
競賀の恐怖はピークに達した。
(ひぃぃぃぃぃっ! 違います、違います、間違いなく人違いです。白い粉なんて、持ってません! でも、貴方はわるくないです。ごごごご。ゴメンなさいぃぃぃぃぃぃぃぃ!)
競賀が泣き出す寸前、男は競賀にとって一番意外な言葉を発した。
「君は、白狼風画の弟の……競賀とかいったかな?」
十数分後。喫茶店に髪の長い女性が現れた。艶やかな黒髪を背中まで伸ばし、上品なファーのコートを羽織っている。
「槍ク〜ン。ゴメンね、何着てくか迷っちゃって」
店員が声を掛けるよりも早く、その女性は声を張り上げる。
「おう、沙輝。まあ、細かいことだ、気にするな」
男はそう言って、女性の方を向いて右手を掲げる。
「それじゃあ、槍牙さんは副キャプテンなんですね?」
男に質問したのは、他でもない競賀だった。
「ああ、そうだ。いつも君の兄には世話になってる」
「いやいや、不出来な兄です。いつもむちゃくちゃな事言ってるでしょ」
「まあ、『映画を作ろう』と言われたときには、少し驚いたがな。しかし、あれは風画らしくて良かった。実際、私も楽しませて貰った」
ほのぼのと談笑する競賀と槍牙。同じテーブルで向かい合って座り、身の上話に花を咲かせる。
「ねえ槍クン。この人誰?」
テーブルに近付いた沙輝が、槍牙にそう訊いた。
「ああ、風画の弟の競賀というやつだ。十年ぶりくらいに風画に合いにきたらしい。いやはやしかし、なかなか話が合う」
完結に説明を終えると、槍牙はコーヒーを啜る。
「ふーん。あ、ワタシは滝川沙輝って言います」
「えーと、先程ご紹介に預かりました白狼競賀です。よろしくお願いします」
「ところで、君は風画の家に行かなくて良いのか?」
「あ、そうですね。じゃあ、これから行きます。じゃあ、槍牙さん。後でメール下さいね」
競賀はそう言って荷物を抱えてテーブルを立ち、店を後にした。
競賀が去ってから数秒経ってから、沙輝が槍牙の向かいに座る。
「なんか似てたね、風画クンに」
「そうだな、少し似ていた。人に金を払わせる所が特にな……」
槍牙はそう言って、卓上の細長い紙に目をやる。その紙には『カフェオレ 五〇〇円』と明記されていた。
「しかし……、あまり高い物を頼まない辺りが違うな」
槍牙はそう言って、残りのコーヒーを飲み干した。
喫茶店を出てから数分後。競賀は新たな忘れ物に気付き、一旦立ち止まる。
「あ! 金払うの忘れた。ま、良いか」
競賀はそう言うと、寒空の下を歩き出した。
「映画を作ろう」が気になった方は、私の小説「シネマ七日間地獄」の閲覧をおすすめします(^-^)




