実力
夜恵がここに来てどれくらい経っただろうか?
いつの間にか兵たちに囲まれて懐いているようだ。
特に秀光のことは『兄ぃ』と呼び慕っているようだ。
「秀光、夜恵を見なかったか?」
鍛錬の最中であろう秀光に声をかける。
「夜恵ならば先程から長槍隊の者と鍛錬をしておりますが…」
秀光は困ったような顔をする。
「どうした? 何か問題でもあったか?」
そう訊ねると少し迷ってから言う。
「それが…五人がかりでも夜恵には勝てないということで……」
なるほど。彼女ならありえる。
「どれ、様子を見に行くか。お前も来い」
そう命じて強制的に秀光も連れて行く。
「はっ」
気合を入れた声と共に棒のようなもので殴る音が聞こえる。
「次、どなた?」
「も、もう勘弁してくださいよ~」
「こ、降参です!」
「情けないわね」
夜恵と兵の声だろう。七人ほどが完敗した様だ。
「仮にも女子に負けるとは…鍛錬を怠ってるのではないだろうな?」
「ひ、秀光様!」
急に声を掛けられた兵は慌てて跳ね起きる。
「あ、兄ぃ! 今の見ててくれたんですか?」
夜恵が嬉しそうに秀光に駆け寄る。
「あ、ああ。この者達の情けない姿をしっかりと拝見した」
「みんなが弱いんじゃなくて頭を使ってないだけですよ。兄ぃ、何とか言ってやってくださいよ」
「その『兄ぃ』と言うのはやめてくれぬか? 私は秀光というと何度言ったら…」
「知ってますよ。でも、兄ぃって感じがします。尊敬してるんですよ。これでも」
そういう夜恵は本当に楽しそうだ。何だか気に入らない。
「夜恵、鍛錬に混ざるのもいいが、そろそろ鉄砲隊の方へ行ってくれぬか?」
「は、はいっ」
私がいることに気がつかなかったのか、突然声を掛けられた事に驚いたのか、夜恵は跳ね上がるように返事をした。
「ははっ、そんなに慌てる事はない。そういえば鉄砲隊がお前の鉄砲を羨ましがっていたぞ。壊れたのを処分しようとしたら、さらに軽量化したものに作り直してしまったと」
鉄砲隊のものはそれを『らいふる』と呼ぶらしいということを言っていた。
「あ、ライフルですね。十三発まで装弾できますよ」
笑いながら言う。
「十三発装弾できるなら連射も可能だな」
「ええ。でも、ライフルには他にも使い方があるんですよ」
「他の使い方?」
打つ以外にも使えるのか?
「実演しましょうか? 兄ぃ相手して」
そう言って夜恵は先程長槍隊を倒した場所に秀光を呼ぶ。
「何使ってもいいですよ。本気で来ても平気ですから遠慮しないで下さい」
そう言って噂の鉄砲を構える。対する秀光はこちらの様子を気にしているようだ。
「本人が言っているのだ。遠慮はいらん」
そう指示するとようやく決心がついたのか、夜恵に向けて槍を構える。
槍で切りかかったかと思うとそれは一瞬で弾き飛ばされ、いつの間にか秀光は夜恵の前に伏せる形になり背中に足を乗せられ頭には銃口が向けられている。
「実践なら死んでましたよ? 兄ぃ本気だった?」
勝者の余裕の笑みを浮かべていた。
「本当にたいした腕だ…」
半ば呆れるように言いながら秀光は起き上がる。
「格闘技の資料も読み漁った事があるからね。頭で理解したのを行動に移せれば成功ってとこかな?」
なんて事もないように言ってのける。
「本当に戦場に出れば一番の活躍が期待できそうだな」
「いやだなぁ、光秀公には敵いませんよ」
笑いながら言うのは照れ隠しだろうか? そんな夜恵を愛しく思う。
「さ、行きましょう。暗くなったら作業できませんよ?」
そう言って覗き込んでくる夜恵に驚き、思わず後ずさる。
「わ、わかった」
「どうしたんですか?」
不思議そうに覗き込む大きな瞳は、少女の幼さが消えてはいない。
「なんでもない。ところで軽量化とは言うがどのくらいの重さなのだ? 持ってみてもいいか?」
「どうぞ」
持ってみると確かに軽い。赤子よりも軽いかもしれない。
「これなら確かに連射も可能だな。秀光、実践なら本当に死んでいたぞ」
「解っています…」
よほどの衝撃だったのか、秀光はすっかり落ち込んでしまっている。
「鉄砲隊も落ち込むことになるだろうな」
私だってこれだけ驚いているのだ。鉄砲隊の衝撃は之の比ではあるまい。
「光秀公の腕前も拝見したいです。光秀公は凄い鉄砲の名手だと聞いていますので」
そう笑って言う夜恵に断る事など出来るはずもなかった。
「後世に渡り響くほどだというのか?」
「一尺四方の的に二十五間の距離から命中させたという記録が残っておりました。あの重い銃でここまでの記録を出すとは相当な腕の持ち主かと…戦闘用サイボーグでもこの結果は出せないのではないかと」
世辞だと解っていても悪い気はしない。そう思わせるのは夜恵だからだろうか。
「そこまで言うのであれば的を用意させよう」
そう言って鉄砲隊の訓練所へ足を運ぶ。その間も、夜恵が秀光を『兄ぃ』と呼ぶことがどこかに引っかかるような気がしてならなかった。