月に願う
「光秀公。約束のものです」
しばらくして落ち着いた私は、そう言ってもう一台のバイクの入ったカプセルを渡す。
「これはどうやって使うのだ?」
「上のボタンを軽く押して地面においてください。少し待てば出現しますから」
う~ん、もうちょっとマシな表現を出来ればいいんだけど、どこまでの言葉がこの世界で通じるのかが解らない。
「これを押して床に置く……うわっ」
流石の光秀公も突然現れたバイクには驚いたようだ。
「ほ、本当にこんな小さなものから…今日は驚いてばかりだな。これで兵糧も運べれば楽なのだが…」
「運べますよ」
「何?」
あっさりと答えたら凄く驚いたような顔をされた。
「さっき水でも何でも運べるって言いませんでしたか? 実際私も食べ物も持ち歩いていますし…」
最初にこのアイディアを考えた人は天才よね。まぁ似たような発想は西遊記の時代からあったみたいだけど。
「では、それを貸してもらえぬか?」
「光秀公がおっしゃるのでしたらいくらでも作りますよ」
この時代の武人は自分の主に一生涯の忠誠を誓うらしい。私もそれに習うべきだろう。一生涯はありえなくても、ここにいる間ある程度のことは光秀公に従う事にしよう。
「誠か?」
「勿論です。仕組みさえわかれば結構簡単に出来るんですよ」
タイムマシンも直さなきゃだし、そういった作業をさせてもらえるのは有り難い。
「ついでにタイムマシンも直していいですか? あれが無いと帰れないので…」
「かまわぬ。広さが必要ならば庭を使ってもかまわないぞ」
そう言って笑ってくれる。歴史の時間に聞いた話だと、もっと残忍な人のように思えたけれど、目の前にいる光秀公はとても優しくて、思わす戸惑う事もある。
「ありがとうございます」
光秀公が戻ったら早速修理を開始しよう。必要な部品が足りるといいんだけど……。
「ここに残って作業をするのはかまわぬが暗くなる前に城に入るように。敵と間違えられて斬られるかもしれぬぞ?」
悪戯っぽく笑いながら言う。
「大丈夫ですよ。サイボーグはそう簡単に壊れたりしません」
毒飲めば死ぬかもしれないけど。
「そうか? だが、用心に超したことはない。夜恵は可愛いからな」
えっ?
「兵たちが騒いでいたぞ。『妖の術を使う娘は気が強いが可愛い』と」
な、な、なんて事を!
「そ、そんなことないですって! 光秀公! からかわないで下さい!」
過去人ってみんなこうなんだろうか?
「夜恵はなかなか可愛いと思うが…夜恵がそういうなら『からかった』という事にしておこう」
そう言って公は笑う。
「公はいじわるです…」
「そうか? そうかもしれんな」
そう言う公は何を考えているのかわからない。
「光秀様! そろそろ戻ってくださいよ。妖の娘の事を説明されていないものたちが戸惑ってますよ」
(あ、妖の娘…まだ言うか…)
公の部下の言葉に怒りに震えていた私に気付いてか光秀公が口を開く。
「これ、この娘には夜恵という名がある。名で呼びなさい」
「はっ、はい! 申し訳ございませんでした」
部下の人は光秀公の言葉一つで少し怯えているようにも見えるほどあっさりということを聞く。
「では、夜恵、光秀様に失礼のないように」
そう言って部下の人は去っていく。
「なにあれ! 私には失礼があってもいいわけ?」
何だかこの差別は腹が立つ。そりゃあ、身元のわからない娘と屋敷の主なら主の方が優先だろうけど。
「すまない、夜恵。悪気はないのだとは思うが…」
「いえ、光秀公の気にする事じゃありませんので。それよりも早くお戻りになられたほうがいいのでは?」
光秀公はやっぱり優しい人だ。ちょっと子供っぽい所が目立つけど。
「そうだな。では、また後で会おう。もっと夜恵の話を聞いてみたい」
「いくらでもどうぞ。手の空いているときでしたら」
仕事を放り出して来られても迷惑だし、作業中に声を掛けられるのはもっと迷惑だ。
声に出さなくても感じ取ったのか、光秀公は去っていく。
光秀公の姿が見えなくなったことを確認してからタイムマシンの修理に取りかかった。
案の定、タイムマシンのシステムの多くは破損されていた。幸い特殊な部品は無事だったが、完全に修復するまで三ヶ月は掛かるだろう。
「夜恵、光秀様のご命令だ。中へ戻れ」
先程の無礼な部下が言う。まぁ、名前で呼ぶようになっただけマシか。
「はいはい、もうそんな時間か」
元々敬語は得意じゃない。だって、使う必要がなかったから。だから、光秀公以外に無理してまで敬語なんて使わない。光秀公にもまともに使えてないけど……。
「貴様、もう少し口の利き方を気をつけろ」
「無理。この時代の話し方解らないし」
まぁ、大昔の時代劇みたいにいかにも堅苦しい話し方の人は今のところ見ていないから、多分あんなのはいないんだろうけど。
「光秀様に失礼のないようにするんだぞ」
「言われなくても。光秀公のことは大分気に入ったし」
「貴様! なんと恐れ多い!」
「もう一発くらう?」
あまりにもうっとおしいので思わずフェアリーテイルを構える。どうやら先程の威力を忘れてはいなかったようだ。
「まったく、奇妙な武器を使いおって…」
「悔しかったら頭と技術を使いなさい! 不可能なんてないんだから」
『不可能なんてない』
よく両親が言ってた。それは事実だとおもう。いや、不可能は可能にするべきなんだ。たとえ神に対する冒涜だとか言われたって。
「こっちだ。付いて来い」
そう言って男はすたすたと歩いていく。明らかに機嫌が悪そうだ。からかいすぎただろうか?
まぁいいや。光秀公の反感さえ買わなければ未来へ戻れる。
「うわぁ、道に迷いそう…」
日本の城っていうのは廊下がくねくねしてるんだ。そういえば四角っぽい形をしてたっけ。
いくつか角を曲がって、光秀公のいる部屋に通された。
「下がってよい。夜恵、修理は時間が掛かりそうか?」
「は、はい。三ヶ月くらい…」
光秀公は片手で部下に下がるように指示すると私のほうを向いて訊ねる。
「そうか、ではその間この城にいるといい。その間に少しでも技術を学ばせてもらえるとありがたいのだが」
それは……。
「こちらこそ作業場と宿を提供していただけるなんて助かります」
そう言うと光秀公は声を上げて笑う。
「はははっ、ついでに食事もつけよう。たいしたものは出せないが、これで滞在期間の心配事も減るだろう?」
「はい。ありがとうございます」
夜に作業できないのは少々痛いが宿と食事と作業場を提供してもらえるならとりあえず滞在中の心配事はほとんど無くなったに等しい。
しばらくして食事が運ばれてきた。
(げ、玄米?)
そもそも食事を取る習慣がなかったから少し戸惑った。
「夜恵、どうした?」
「い、いえ…食文化の違いに軽く感動していただけです」
眩暈がしそうだ。こんな色のものを食べるなんて。
「そうか」
あっさりと納得してしまう公は天然なのか気にしていないだけなのか。
本当に理解できない人だと思う。
「ところで、夜恵、歳は幾つだ?」
へっ? 歳?
「え~っと、確か十五になってたはずです」
誕生日は覚えてないしそれほど気にした事がない。サイボーグになってしまえば歳はとらない。つまり永久にこのままの姿だ。
「かなりいい加減だな」
「歳はとらないので。だから…身長も伸びないんです!」
わずか百四十五センチというこの身長は結構コンプレックスだ。だからヒールとか履いて誤魔化してるのに……。
「歳を取らないのは人類の永久の憧れだと思ったが、取らなければ取らないなりの苦労があるのだな…」
「あれ? 光秀公も『不老不死』ってのに憧れちゃう人ですか? あんまり良くないと思いますよ? 住む所移らなきゃいけなくなるし、友達もみんな死んじゃうし…で悲惨な人生を送っている女性の話を聞いたことがありますよ」
まぁ二十代くらいなら不老でもいいかもしれないけど、やっぱり不死は嫌だよね。
「それは大変だな。だが、それでも権力者はそれを手に入れたがるものだ」
ふぅん。
「権力者って言うのはそのうち退屈して世界を壊し始める人たちのことでしょうか?」
実際にいるんだこれが。歳を取らないから寿命も長い。で、権力に飽きて自分の国をこわした馬鹿な君主が。
「退屈してか…ありえそうで恐ろしいな」
「光秀公はまともな考え方の持ち主で安心しましたよ。貴方なら惜しまずに技術を教えられます」
悪い人ではないので、規約に違反しない範囲で技術を伝えられたらいいのだが。
「人はいつかは死ぬものだが、歳を取らないというのは少し羨ましいな。歳を取らなければ力が衰える事もない」
武人の考え方だ。
「普通の人には化け物に見えるようですよ。八百比丘尼の話をご存知ですか?」
「人魚の肉を食ったという娘の話か? 漁村のものの間では有名なようだが…」
「それくらい歳を取らないというのも過酷なんですよ。どうしてもと仰るなら不老の薬でも何でも作りますが、解毒剤がないので責任は取れませんよ」
私の場合は解毒してどうこうなる問題ではないので解毒剤の開発なんかしようとも思った事ないけど。
「考えてみるか。だが、話を聞いていると夜恵は何でも出来るような気がするな」
「なんでも…まぁ、ここではある程度実現可能でしょうが、まだ、何でもというわけにはいきませんよ」
行燈の明るいとは言いがたい明かりを見つめながら答える。
「そうか。ところで、先程からあまり箸が進んでいないようだが?」
そりゃあずっと話を要求されたら食べられませんよ!
「あんまり食べる必要はないので。サイボーグは手入れが大変なんですよ。食べちゃうと」
こういった食品は完全に体内で消滅してくれるがエネルギーには変わらない。元々永久式エネルギーだから補給の必要もないのだけど。
「少しは食べた方がいい。倒れるぞ」
言った事が解っているのかいないのか、体を気遣ってくれるような言葉を貰った事に驚いた。
「…お気遣いありがとうございます」
(あんまり嬉しくない…)
ここじゃメンテナンスもろくに出来なさそうだ。
「そうだ、明日、信長公の下へ参るのだが、夜恵も同行するか? 面会は出来ぬかも知れぬがな」
信長公に会える? タイムマシンの修理は少し遅れるかもしれないが悪くない話だ。
「いいんですか?」
「私が誘ったのだ。悪いはずがない」
それはそうだと納得すると光秀公が声を上げて笑う。
(本当によく笑う人だなぁ)
ある意味感動だ。過去人というのは感情が豊かなのだと実感した。
「光秀公はいい人ですね」
「そうか? 兵たちは私を恐れているようだが?」
そういえば兵のあの反応は異常だ。
「私にとってはいい人です。少なくても、私の居た世界には公のようによく笑う人はいませんでした」
文明が進めば幸福になれると誰もが信じて疑わなかった。だけど、段々と人々から笑顔が消えていった。肉体は健康でも心が病んでいる人でいっぱいだった。
「夜恵の国はつまらないのか? 笑う人がいないとは」
「つまらないといえばつまらないかもしれませんね。そんな未来だったら変えてしまいましょうか?」
勿論冗談だ。本当だったら死よりも重い罰が待っている。
「未来を変える、か…誰もが夢見る言葉だな」
「ええ」
でも、私と貴方では意味が変わってしまう。私が未来を変えたら、私はきっと消えてしまうだろう。万が一助かっても時間管理局に捕まって、一生拷問を繰り返されるだろう。まるで地獄とやらのように。
光秀公が途切れることなく会話を望んだため、私の食事にはひどく時間が掛かった。ようやく食事が終わると、わかというメイドさん(女中さんだろうか?)が最初に光秀公が与えてくれた部屋に案内してくれた。
結構広い。そして暗い。
(ライト点けちゃダメかな?)
こんなに暗い空間に来たことはなかった。ウエストポーチからペンライトを取り出そうとしたとき、ふと外の様子が目に入った。
「綺麗…」
空に浮かんでいる月は満月だった。未来では戦場となる月がこんなにも美しいなんて考えた事もなかった。
「怖くて見れないなんて思っていた自分が馬鹿みたい…」
月に帰ったお姫様がいるなんて話も嘘じゃないのかもしれない。こんなにも美しい月にならきっとそのお姫様も帰りたくなったはずだ。
「あの場所は戦場になんてしちゃだめだよね」
未来に帰れたら、きっと戦を止めよう。心からそう思った。